シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
教頭先生のお見合い騒動でドタバタした二学期初めの騒ぎも忘れる九月半ば。登校してみると、教室の一番後ろに机が一つ増えていました。会長さんが来るということです。間もなく現れた会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」とサム君を連れていて…。
「やあ、おはよう。サムはなかなか筋がいいよ。香偈なんかもう完璧だね」
「こうげ?」
聞き返したのはジョミー君。サム君は今朝も会長さんの家で阿弥陀様を拝んできたようです。
「お勤めの一番最初に唱えるんだよ。知りたかったら次からジョミーも一緒にどうだい? ぶるぅ特製の朝御飯もつくし…。今朝はチョンボッチュクだったんだ」
「…???」
「アワビ粥さ。栄養満点で美味しいだろ?」
アワビ粥! それなら焼肉を食べに出かけた時に「そるじゃぁ・ぶるぅ」に勧められて食べたことがあります。いいなぁ、サム君。羨ましいなぁ…。どうやら全員が同じことを思ったらしく、会長さんはクスクス笑い出しました。
「ダメだよ、ぼくの家はお寺じゃないからね。みんな揃って押しかけられたら抹香臭くなるじゃないか。朝のお勤めを習いたいならキースの大学でやればいい。ぼくの紹介なら大丈夫」
「あんた、俺に面倒事を押しつけたいのか? まぁ、朝飯がつくわけじゃないし、誰も来ないと思うがな」
キース君の言葉に一斉に頷く私たち。お勤めなんかは別にどうでもいいんです。美味しい朝御飯が魅力的だっただけなんですが、会長さんに資質を認めて貰えない身では無理みたい…。そういえば何故、会長さんが来ているんでしょう? 抜き打ちテストでもあるのでしょうか。と、カツカツと足音が響いてきました。
「諸君、おはよう」
ガラッと教室の扉を開けて入ってきたのはグレイブ先生。
「やはりブルーが来ているな。今日は諸君にお知らせがある。明日は健康診断だ」
「「「健康診断?」」」
「うむ。来週、恒例の水泳大会をすることになった。健康診断は球技大会の前にもやったし、内容は分かっているだろう。明日は体操服を持参して登校するように」
なるほど。それで「そるじゃぁ・ぶるぅ」も来てるんですね。球技大会では女子に混ざって大活躍をしてくれましたし、水泳大会でも去年みたいに助っ人をしてくれるのでしょう。水泳大会といえば男子は酷い目に遭わされるんでしたっけ…。
「またサメかよ…」
サム君の呟きに、隣の席の男子が反応しました。
「サメ? サメって、なんだ!?」
「当日になれば分かりますよ」
冷静な声はシロエ君。
「この学校の水泳大会、一筋縄ではいかないんです。でもブルーがいるから大丈夫だと思いますけど…。去年、ぼくとサムはクラスが別だったんで、とんでもない目に遭わされました」
ザワザワとクラス中がざわめき始めましたが、グレイブ先生が教卓をバンと叩いて。
「静粛に! 特別生諸君、去年の思い出を語るのは自由時間にするように。とにかく明日は健康診断。いいな!」
「「「はーい!!」」」
朝のホームルームが終わると、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は姿を消してしまいました。私たちはクラスメイトに尋ねられるままに去年の水泳大会の内容を話し、留年組のアルトちゃんとrちゃんも加わります。女の子たちはホッとした様子でしたが、男の子たちは震え上がって「このクラスでよかった…」と何度も繰り返したのでした。
放課後はいつものように「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で過ごす私たち。柔道部三人組は部活に出かけ、サム君は会長さんの隣に座って幸せそうにチョコレートパフェを食べています。会長さんに弟子入りしたとはいうものの、普段の生活では上下関係は無いようでした。賑やかにおしゃべりしている内に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお好み焼きの用意を始め、やがてキース君たちがやって来て…。
「かみお~ん♪ お好み焼きとチョコレートパフェ、どっちが先?」
「「「パフェ!!!」」」
暑いからな、とキース君たち。まだまだ残暑が厳しいんです。
「ホント、いつまでも暑いよねぇ…。こんな日はプールに飛び込みたいって思っちゃうよ」
でも今年の水泳の授業は終わっちゃったし、とジョミー君。
「市営プールもアルテメシア公園のプールも営業が終わりましたよね。屋外の分は」
暑い日は開けてくれてもいいのに、というシロエ君の意見に、私たちは全面的に賛成でした。シャングリラ学園のプールは屋内ですが、管理上の問題だとかで授業以外は使えません。それ以外の時間に泳ぎたければ水泳部に入るしかないのですけど、それも面倒な話です。
「そういえば…」
マツカ君が人差し指を顎に当てて、ちょっと考え込みながら。
「ここへ来る途中で掲示板を見たら、変な張り紙がありましたよ」
「「「張り紙?」」」
「ええ。…ぼくもチラッと見ただけなんで、あまり自信がないんですけど…」
プールのある建物への生徒の立ち入りを禁止する、と書いてあったとマツカ君は言いました。
「立ち入り禁止だと? …それは物騒な話だな」
キース君がパフェを食べ終え、お好み焼きをつつきながら。
「去年はサメを用意してきたが、直前に運び込んだだけでプールは普通に使えたぞ。主将に頼まれて水泳部に伝言に行ったんだから間違いない」
あれは水泳大会の前日だった、と記憶力抜群のキース君。先生方が水泳大会の用意に来ているのを見たのだそうです。だったら確かな話ですよね。
「その張り紙は去年もあったかもしれないわよ、気付かなかっただけで。水泳部の生徒は入れるのかもしれないし」
スウェナちゃんが言い、私たちは会長さんの方を見ました。三百年も在籍している会長さんはシャングリラ学園の生き字引ですから。
「どうなんだ、ブルー? マツカが言う張り紙は毎年のことか? 掲示板は毎日見ていたつもりだったが」
キース君の問いに、会長さんは首を左右に振りました。
「ううん、そんなのは見たことが無い。…えっと…。そうだね、マツカの言う通りだ」
本当に張り紙がある、と不思議そうな顔をする会長さん。
「何故だろう? プールを使う部活は当分の間、市営施設の方に場所を移すと書いてあるよ」
「「「えぇっ!?」」」
シャングリラ学園には男子と女子、それぞれの水泳部の他にシンクロナイズドスイミングなどのクラブもあります。ですから専用のプールを幾つも備えた立派な建物があるわけですが…その建物が立ち入り禁止?
「…水泳大会のためですよね…」
声が震えているのはシロエ君でした。去年は1年A組の生徒じゃなかったせいで、同じクラスだったサム君ともどもサメに噛み付かれているのです。サメの歯は削ってありましたからケガは全くしてませんけど、手足をガブリとやられた恐怖は半端なものではなかったらしく…。
「プールを閉鎖して何を飼おうっていうんですか! 今年はダイオウイカなんですか!?」
「ダイオウイカは無いだろう」
巻き付かれたら命が無いぞ、とキース君。
「マッコウクジラを絞め殺せるほどのイカだからな。いくらなんでも…」
「小型版かもしれないよ」
ジョミー君が言い、キース君がウッと顔を引き攣らせて。
「小型なら…あり得るか…。ダイオウイカは深海に住むイカだし、サメみたいに簡単にプールには馴染めないだろう。水族館で少しずつ減圧してきたヤツが仕上げ段階に入ったのか…?」
私たちの頭の中には巨大イカが暴れる光景が浮かんでいました。サメよりも遥かに始末が悪そうです。会長さん、今年は巨大イカを相手に戦うことになるのでしょうか…?
「…何をやらかすつもりなのかな。楽しみだね、ぶるぅ」
のんびりとお好み焼きを食べる会長さんは、水泳大会で何が起こるかは知らないのだと言いました。
「サイオンで探るのは簡単だけど、知らない方が楽しいしね。イカでもいいし、タコでもいいよ。ぼくたちの力を封じ込められるような凄い相手がいるわけないし」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は最強のサイオンを持つタイプ・ブルー。下調べをしない方がスリルがある、と言い切るような人なんですから、ダイオウイカが出てきたとしても軽くあしらってくれるのでしょう。私たちはプール閉鎖の原因を深く考えないことに決めました。
次の日は、グレイブ先生の予告どおりに健康診断。体操服のクラスメイトたちの中で会長さんだけが水色の検査服を着ています。まずは女子からということで私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れて保健室へ向かいました。まりぃ先生は今日も絶好調。
「あらぁ、ぶるぅちゃん! 今度はしっかり調べなくっちゃ。女の子に混じってるけど、男の子なのよね?」
「うん! ぼく、本当は男の子だよ。でも、水泳大会では女の子なんだ♪」
「ホントのホントに男の子かしら? とっても大事なことなのよぉ~」
とかなんとか言って、まりぃ先生は「そるじゃぁ・ぶるぅ」を特別室へ引っ張り込みます。もちろんヒルマン先生に代理を頼んで。スウェナちゃんと私は大慌てで追いかけ、いつものように閉じ込められてしまいました。
「私たち、結局こうなる運命なのよね…」
「球技大会の時もそうだったもんね…」
まりぃ先生と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は特別室の奥のバスルーム。防音のせいで物音ひとつ聞こえませんが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はセクハラだと信じてバスタイムを楽しんでいる筈です。まぁ…「そるじゃぁ・ぶるぅ」が喜んでるだけで、冷静に考えてみればセクハラなのかもしれませんけど。やがてフニャフニャになった「そるじゃぁ・ぶるぅ」が真っ裸で出てきて、まりぃ先生が手際よく体操服を着せてくれました。
「さぁ、ぶるぅちゃんの健康診断はこれでおしまい。お次はブルーを呼んで来てね」
ヒラヒラと手を振るまりぃ先生。私たちはヒルマン先生が健康診断をしている保健室をすり抜け、会長さんを呼びにA組の教室に戻って…。
「やっとぼくの番? ぶるぅ、今日も楽しかったみたいだね」
「楽しくて気持ちよかったよ! ブルーも遊んでくるんでしょ?」
「そのつもり。どんなサービスをしようかなぁ…」
意味深な台詞を口にして出かけて行った会長さんが戻ってきたのは一時間以上も経ってからでした。悪びれもせずに検査服のまま教室を横切り、ロッカーから制服を出して更衣室へ。それっきり姿を消すのだろうと思ったのですが、意外なことに真面目に授業を受けています。今日は教頭先生の古典は無いんですけど…。
「午後は雪でも降るんじゃないか?」
お昼休みにそう言ったのはキース君です。私たちは食堂でランチを食べていました。
「雪? ぼくが授業に出てるからかい?」
「そうだ。ぶるぅはとっくに逃げ出したのに、あんたが残っているとはな」
「…ちょっと気になることがあるのさ」
会長さんはランチセットのポテトサラダをフォークの先でつついています。
「え? いつもの味だと思うけど」
「ジョミー、ぼくが気にしてるのはポテトサラダの味じゃない」
ハンバーグの味でもないけどね、と会長さん。
「健康診断が気になるんだ。…まりぃ先生、いつもと様子が違ったような…」
「武勇伝ならお断りだぞ」
キース君の突っ込みに、会長さんは首を左右に振って。
「違うんだ、そっちのことじゃない。まりぃ先生、ちゃんと健康診断と問診もしているんだよ。それがね…どうも引っかかる。だから終礼までいようと思うんだけど」
「病院送りにされそうなのか?」
「…分からない…。もしそうなったら、頼むよ、キース」
私たちの心臓がドクンと飛び跳ねました。病院送りとなれば待っているのはエロドクターです。三百年以上も生きている会長さんを診られる病院はドクター・ノルディが院長をしている総合病院しかないのですから。そんなことになったら大変だ、と午後の授業を受けている間、私たちは気が気ではありませんでした。会長さんったら、こういう時こそサイオンで事情を探るべきだと思うんですけど~!
『それは反則。ぼくだってスリルを楽しみたいし』
聞こえてきた思念で後ろを振り向くと、会長さんが笑顔で手を振っています。
『プールが閉鎖になった理由を調べていないのと理由は同じさ。それより、君が気を付けた方がいい』
え? と思った次の瞬間。
「そこ! よそ見するなと言ったじゃろうが!」
ゼル先生の怒声が響き、黒板消しが飛んで来ました。私の机に見事にヒットし、もうもうとチョークの煙が上がります。生徒に直接当たらない限り体罰ではないというのがゼル先生の持論で、居合道八段の腕前にモノを言わせてチョークなどが飛ぶのはいつものこと。私は床に落ちた黒板消しを拾って届けに行かねばなりませんでした。特別生の身で黒板消しとは、恥ずかしすぎて情けないかも…。
チャイムが鳴ってゼル先生が出てゆくと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がヒョッコリ姿を現しました。会長さんの机にチョコンと腰をおろした所でグレイブ先生が来て終礼です。
「諸君、来週の水泳大会だが…。健康診断の結果、ブルーは出場不可になった」
「「「えぇぇっ!?」」」
教室中が引っくり返るような悲鳴が上がり、特に男子は上を下への大騒ぎ。会長さんが出られないのでは、男子は確実に大惨事です。プール館閉鎖の事実は既に知れ渡っていて、ダイオウイカが潜んでいるという噂が学園中に広まっているのでした。
「俺たち、いったいどうなるんだよ!」
「イカって吸盤あるんだよな? 吸い付かれたらメッチャ痛いんだよな!?」
「うわぁぁぁ、俺も出場不可になりたい~!!」
絶叫する男子をグレイブ先生はぐるりと見渡し、眼鏡をツイと押し上げました。
「落ち着け、諸君。ブルーが出場できないのには厳然とした理由がある。ブルーは身体が丈夫ではない。いわゆる虚弱体質だ。よって今回の水泳大会の男子の部に出場することは許可できん」
うわぁぁ、とか「もうダメだぁぁ」とか叫びまくっている男の子たち。気持ちはとってもよく分かります。落ち着けと言われたところで、落ち着けるわけがないでしょう。しかしグレイブ先生は…。
「ええい、やかましい! 落ち着けと言ったら黙らないか!」
バンッ! と出席簿で思い切り教卓を殴り付けて。
「私だってブルーが出場不可になったのはショックなのだ。ブルーとぶるぅ…。この二人さえいれば、我がA組が余裕で一位の筈だった。何度も言うように私は一位が大好きだ。学年一位はもちろんのこと、学園一位なら最高だ。たとえ罰ゲームが待っていようとも…」
球技大会名物『お礼参り』を思い出したらしく、先生はグッと拳を握ります。
「タコ殴りにされることになろうとも、やはり私は一位が好きだ! 諸君、私は一位を獲得して欲しい。そのためにもブルーは必要不可欠な貴重な戦力だったのだが…。健康診断で外されるとは…。だが!」
ビシィ、と先生が指差したのは会長さんの机でした。
「我々にはまだ、ぶるぅがいる。ブルーが駄目なら、ぶるぅが出場すればよいのだ!!」
「「「ぶるぅ!??」」」
「かみお~ん♪」
元気よく叫ぶなり「そるじゃぁ・ぶるぅ」は飛び上がって後ろ宙返りをし、机の上にストンと着地しました。
「ブルーが帰ってこないから迎えに来たんだけど、正解だった? ぼく、役に立つ?」
「もちろんだとも!」
グレイブ先生は感激した様子で日焼けした顔を輝かせます。
「ぶるぅ、君に頼みがある。水泳大会に男の子として出てくれたまえ。まりぃ先生の許可も出ている。本人が男だと言うなら男子の部に出場してもいい…とな」
「そっかぁ! それで何度も男の子よね、って言ってたんだね。ぼく、今度は女の子じゃなくて男の子なんだぁ!」
わーい、と喜んで飛び跳ねる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「決まったな。諸君、これで安心できるだろう。男子の部には、そるじゃぁ・ぶるぅが出場する」
「「「やったーっっっ!!!」」」
割れんばかりの拍手が起こり、「ダイオウイカでも平気だぜ!」と気勢を上げる男子たち。私もホッとしましたけれど、何か忘れているような…?
男の子だぁ、と浮かれて跳ね回る「そるじゃぁ・ぶるぅ」が手拍子に乗って踊り始め、十八番の『かみほー♪』を歌いながら教室を一周し終わった時。グレイブ先生がパンパンと手を叩きました。
「諸君、静粛に!」
けれど熱狂は収まらず、先生は再び出席簿で教卓を殴り付けねばなりませんでした。
「静かにしろと言ったら静かにせんか! ヒヨコどもめが!!」
ピタリと騒ぎが止み、シーンと静まり返る教室。先生はコホンと咳払いをして。
「諸君は何か重大なことを忘れていないか?」
「「「???」」」
「おめでたいヤツらだ。まったくもって、おめでたい。…ぶるぅの出場で男子の一位は安泰だろう。だが、女子の部はどうなるのかね?」
「「「あぁっ!!!」」」
忘れてた、という悲鳴が上がり、今度は女子が頭を抱える番でした。球技大会で助けてくれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」。去年の水泳大会での活躍ぶりも知られています。その「そるじゃぁ・ぶるぅ」が男子の部に引き抜かれてしまった以上、女子は自力で頑張り抜くしかないわけで…。
「すみません!」
アルトちゃんが立ち上がって頭を下げました。
「ごめんなさい、先生! 一位は無理だと思います!」
「私もです! 先生、本当にごめんなさい!」
立ち上がったのはrちゃん。二人ともグレイブ先生が顧問の数学同好会に所属してますから、一位が取れなくて申し訳ないという気持ちが他の子たちより強いのでしょう。特別生で二回目の担任をして貰っている私も謝った方がいいのかも…。スウェナちゃんと私は顔を見合わせ、同時に立ち上がりました。
「「ごめんなさい、先生! 一位は無理です!」」
「「「ごめんなさい、先生!!!」」」
他の女の子たちも自分の席で机に頭を擦りつけています。グレイブ先生はクッと笑って。
「そう決めつけることもあるまい。…万が一ということもある」
「「「でも!!!」」」
無理なんです、と更に頭を下げたのですが…。
「君たちの自信はその程度かね。駄目だと決めてかかってどうする。奇跡を起こしてみせるくらいの気概が無くては、私のクラスとも思えんな」
「「「…奇跡…」」」
それこそ無理というものです。自慢ではありませんけど、今年の1年A組は去年以上にヘタレでした。去年のA組だったらまだしも、今のクラスでは万に一つの望みすらも…。グレイブ先生、自分のクラスの実力をちゃんと分かってらっしゃいますか?
「そうか、奇跡は起こせんのか。…本当に諸君はまだまだヒヨコだ。いいか、奇跡が起こせないなら、起こるようにしてやればいい。実に簡単な理屈だよ、諸君」
グレイブ先生は軍人のようにカッと踵を打ち合わせて。
「では、私が奇跡を起こしてやろう。…女子の部に一人、助っ人を入れる。ブルー、お前は今回は女子だ」
「「「えぇぇっ!?」」」
会長さんが女子ですって!? あまりの展開に誰もがついていけませんでした。会長さんも赤い瞳を見開いてポカンとしています。
「ブルー、返事は?」
「…は……。は…い…?」
「もっとハキハキ返事をせんかっ! それとも異議を唱えるのかね?」
「い、いいえ…。分かりました…」
よろしい、と笑みを浮かべるグレイブ先生。
「では、水泳大会には女子として参加するように。これでA組は一位に決まりだ」
とんでもない決定を下したグレイブ先生は「届け出は私がやっておく」と言って終礼を済ませ、悠々と去ってゆきました。会長さんが女子の部だなんて、果たして許可が下りるのでしょうか…。
「…参ったな…。ぼくが女子なんて」
どうしよう、と呟く会長さんの前にドンと置かれたのはフルーツフラッペ。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に来ていました。柔道部三人組も今日の部活はサボリだそうです。グレイブ先生の決断で受けた衝撃が抜けない私たちを他所に「そるじゃぁ・ぶるぅ」は御機嫌でした。
「水泳大会、凄く楽しみ! ぼく、頑張ってダイオウイカと戦うんだ♪ どんなのかなぁ、ダイオウイカって? ブルーは女の子になるんだよね」
「…そういうことに…なるみたいだね…」
「ね、ね、水着も用意しなくちゃ! ぼく、学校のは女の子用しか持っていないよ。今日、買いに行く?」
「……そうだね……」
会長さんは思い切り遠い目をしていました。学校指定の水着を扱っているお店は近所にあるのですけど、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の水着はともかく、会長さんはどんな顔をして水着を買えばいいのやら…。
「あんたがスクール水着を買いに行くのか…。一つ間違えたら変態だな」
キース君の指摘に会長さんがガックリと肩を落として。
「やっぱり普通はそうだよね…。かといってサムに頼むわけにもいかないし…」
「フィシスさんに頼めばいいと思うぜ」
「それだけは避けたいんだよ、サム。…ぼくの心は繊細なんだ」
心臓に毛が生えているような会長さんですが、恋人にスクール水着を買ってもらうのは嫌みたい。並みの女装とは違いすぎるだけに、気持ちは分からないでもないかも…。
「スウェナとみゆに頼んでみれば?」
ニコニコ笑顔で言い放ったのはジョミー君でした。
「女の子だから問題ないし、サイズが違っても他の子からの頼まれ物だと思うだろうし」
「そうだよな! スウェナたちならオッケーだぜ、ブルー。お金を渡して頼んでしまえよ」
サム君も大いに乗り気です。そりゃあ…この際、水着を買いに行くくらいなら…。
「よーし、決まり! えっと、ブルーのサイズってどうなるんだっけ」
「女子用水着は身長の他に胸囲と腰囲よ」
スウェナちゃんが答え、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が奥の部屋からメジャーを取ってきて測ります。それをサム君がメモに書いてくれ、会長さんがお金をくれて…スウェナちゃんと私は帰宅途中に水着を買いに寄ることに。買った水着は会長さんが瞬間移動で自分の家に運ぶそうです。
「まりぃ先生、ぼくが女の子みたいだって繰り返してたのは、これだったのか…。いつもだと、綺麗ねぇ…って言うだけだから変だと思っていたんだけれど…」
健康診断と問診で「女の子みたい」を連発されたという会長さんの末路は「水泳大会に女子として参加」することでした。まりぃ先生がそういう発言をしていたのなら、グレイブ先生の無茶な申請も通りそうです。会長さんのウェディング・ドレス姿は何度も見てきましたけど、スクール水着は似合うのかな…?