シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
水泳大会から十日が経って、教頭先生が復帰しました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の介護とアルトちゃんの薬のお蔭でギックリ腰はすっかり治ったようです。欠勤中の古典の授業は他の科目が振替えられていたので、今日の1年A組は欠勤の埋め合わせに古典の授業が二時間続き。午後はまるっと古典なんです。授業開始から十五分ほど過ぎた頃…。
「やあ」
ガラッと前の扉が開いて、会長さんが入って来ました。眉間に皺を寄せる教頭先生。
「ブルー。…遅刻なら後ろの方から入りなさい」
「授業を受けに来たんじゃないよ。サム、今からちょっと出かけないかい? あ、もちろんジョミーたちも、みんな揃って。アルトさんとrさんも一緒においで」
「「「え?」」」
「いいから、いいから」
サボッてしまおう、と順番に机を回って勧誘する会長さんを教頭先生が睨み付けて。
「ブルー。授業中だと分かっているのか?」
「分かってるよ。特別生は出席の有無を問われない。…アルトさんとrさんは何故か留年しちゃっただけで、古典の成績は去年ので十分進級できる。問題はないと思うけど」
「………。それでサボリのお誘いか。私の授業を狙って来るとはいい度胸だな」
「狙ったわけじゃないってば。たまたま時間が重なったんだ」
そう言いながら会長さんは「おいで」と手招きしています。サム君がガタンと立ち上がり、それを合図に私たち七人グループは全員サボリを決意しました。アルトちゃんとrちゃんも。
「おいっ、授業中だぞ!」
「終礼までには戻ってくるから大丈夫」
全員が教室を出ると、会長さんがピシャリと扉を閉めました。教頭先生は諦めたらしく、ザワついているクラスメイトを一喝する声が聞こえます。えっと…鞄は置いてきちゃいましたが、これから何処へ行くんでしょう? 会長さんは微笑んで指を三本立てました。
「ハーレイが復帰してから、今日で三日目。素敵な所へ案内するよ」
「……教頭室か?」
キース君の問いに、会長さんは首を左右に振って。
「残念。場所としては普通なんだよね。お昼休みに君たちが行ってた所」
「「「学食?」」」
「正解。この時間でなきゃダメなんだ」
先に立って歩き出す会長さん。学食なら、つい半時間ほど前までいた場所ですが、変わった様子はありませんでした。みんな不思議そうな顔をしています。アルトちゃんとrちゃんに至っては狐につままれたような感じですけど、いったい何があるんでしょうか?
学食にゾロゾロと入ってゆくと、テーブルも椅子もガラ空きでした。生徒の姿はありません。会長さんは真っ直ぐカウンターに向かい、女性の職員さんに金色のチケットを差し出しました。
「ゼル特製とエラ秘蔵。全員分ね。あ、それと…」
「かみお~ん♪」
クルッと宙返りをして「そるじゃぁ・ぶるぅ」が現れ、ちょこんと隣に並びます。
「ぶるぅの分も。ぼくたち、あっちのテーブルにいるから」
「十一人前ですね。…特製セット、入りま~す!」
チケットを手にした職員さんが厨房に消え、私たちは学食の一番大きなテーブルを囲んで腰掛けました。会長さんは得意そうに…。
「ぼくのおごりだよ。サボッた甲斐はあると思うな。滅多に出ない隠しメニューさ」
「「「隠しメニュー?」」」
「うん。ゼル特製って言っただろう? ゼルの気が向いた時だけ出てくるんだ。エラの秘蔵のお茶とセットでね。ついでに特別生しか注文できない。注文するには条件が一つ」
「あの金色のチケットのこと?」
ジョミー君が尋ねると、会長さんは「あれは違うよ」と答えました。
「さっきのチケットは学食のタダ券みたいなものさ。在籍年数に応じて配られる一種の金券だ。五十年目から貰えるようになってて、年数によって色が違う。最初は赤、百年で緑、百五十年で銀、二百年で金になる。赤と金では価値が全然違うんだ。ゼル特製とエラ秘蔵のセットは、赤だと一枚で一人前だね」
「ふうん…」
金のチケットは十一人前の注文が出来るようです。半端な人数ですし、本当はもっと沢山いけるのかも。そもそも定価はどのくらい…? 私たちの疑問を見抜いたように会長さんが。
「ゼル特製のセットの値段はランチにすれば五人前だよ。ちょっとした喫茶店のケーキセットが食べられるだろう? その値段で出すのがゼルのプライド。それだけ腕に自信があるんだ。幻の料理長って渾名がつくほど料理が上手い。ゼル特製を注文できる条件は…」
「味覚ですか?」
シロエ君が言いました。
「利き酒…は学校でやるのはマズそうですし、紅茶のテイスティングとか…。何かそういう試験があって、合格した人だけが注文する資格を貰えるとか?」
おぉっ、なるほど! その可能性はありそうです。ゼル先生が「わしの料理は味覚オンチには食わせんぞ!」と叫ぶ姿が目に浮かんでくるようでした。会長さんはクスッと笑って。
「そんなシステムも楽しいかもね。でも、残念ながら違うんだ。…注文できる条件は、そのメニューが出ていることに気付くこと。これが案外、難しい。ほら、他には誰も来てないだろう? 今日のは分かり易かったのに」
昨日から生地を作ってたしね、と会長さん。
「ぼくたちが食べ始めたら、何人か来るんじゃないかと思うよ。これだけの人数が揃っていれば気配も派手だ。それにゼル特製は隠しメニューで幻のメニュー。食べたというだけで自慢できるし」
「へえ…。どんなのかな?」
サム君が興味津々でカウンターの方を眺めています。やがて奥から学食ではお目にかかったことのないワゴンがカラカラと押されてきて…。
「お待たせいたしました。本日のゼル先生特製と、エラ先生秘蔵のお茶でございます」
テーブルの上に胡桃のタルトが載ったお皿が並べられ、ティーカップと花の香りの紅茶がたっぷり入ったポット。最後に真中に置かれた大皿にはカヌレが山盛りになっていました。
「すげえ…」
ポカンと口を開けているサム君。
「これを全部、ゼル先生が?」
「そうだよ。昨日から作っていたのはカヌレの方。生地を丸一日、寝かせておかないといけないんだって。そしてカヌレの方が実はレアもの」
会長さんが自分のお皿に取り分け、サム君の分も取り分けながら。
「素朴なお菓子で誤魔化しがきかないから、って言っててね。最高の材料が手に入らないと作らない。ハーレイ、いい時にギックリ腰になったみたいだ」
「「「は?」」」
ゼル先生のお菓子作りと、教頭先生のギックリ腰。両者にどんな関係があると…?
「ゼルがお菓子を作る気になったのは、ハーレイのギックリ腰のせいなのさ。ハーレイが出勤してきて、迷惑をかけたお詫びに…って配った焼き菓子セットが好評でね。ゼルも久しぶりに腕を揮いたくなったってわけ。このお菓子は先生方にも配られるし」
「焼き菓子勝負か…」
キース君が苦笑しています。ゼル先生ったら、大真面目かつ真剣にお菓子を作っていたんでしょうね。
「ゼルは負けん気が強いからねぇ。…ハーレイのギックリ腰のお蔭で出たメニューだから、アルトさんたちも誘ったんだよ。アルトさんの塗り薬は効果絶大だったから」
げふっ、と咳き込む私たち。会長さんが教頭先生に直接薬を塗りに行ったのを見たのは初日だけですけれど、その後も毎日、お見舞いと称してせっせと通っていたんです。「ぶるぅがいるから一人じゃないよ」なんて言ってましたが、どんな悪さをしていたのやら…。何も知らないアルトちゃんたちはキョトンとした顔。
「ああ、気にしないで。薬の匂いを思い出してしまったんだろう」
効きそうな匂いの薬だよね、と会長さん。悪臭としか思えませんでしたが、ものは言いようというヤツです。そうこうしている間に学食にはチラホラと生徒が現れ始め、ゼル先生の特製セットが次々と…。
「ほらね、お客が来始めただろう? ぼくたちの宣伝効果絶大」
会長さんは得意そうです。きっとサイオンで分かるのでしょうが、私たちがゼル先生の特製メニューに自力で気付けるようになるのは、いったい何年先のことやら…。
「このお茶もね、エラが自分でブレンドしてるんだ。その中からゼルが作ったお菓子に合うのを選んでくれる。特別生なら一度はゼル特製とエラ秘蔵を味わっておかなくちゃ。まあ、向こう五十年ほどは実費だけども」
うーん…。サボッた上に実費。私たちにはまだまだハードルが高そうです。アルトちゃんたちは「私たち、特別生じゃないんですけど」と言い、会長さんに「今日は特別」とウインクされて幸せ一杯。お菓子と紅茶を楽しみながら時間を過ごして、終礼が始まる少し前に教室に戻ると、教頭先生の姿はとっくにありませんでした。じきにカツカツと足音が響いてきて…。
「諸君、今日も一日、よく頑張った。特に問題も無かったようだな」
午後の授業を丸々サボッた私たちですが、グレイブ先生からのお咎めは無し。教頭先生、やろうと思えば出席簿に事実を書いたメモを挟んでおけた筈なのに、見逃してくれたみたいです。えっ、特別生だから問題ないって? 授業中に抜け出していくのは流石にマズイと思いますけど。それにアルトちゃんたちは特別生ではないんですよ?
教頭先生が柔道部の稽古に復帰していないので、終礼が済むと柔道部三人組も欠けることなく「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に出かけました。会長さんにアルトちゃんたちからの御礼の言葉を伝え、ソファに座ると奥からワゴンが出てきます。
「かみお~ん♪ 美味しかったね、ゼルのお菓子! ぼくも焼き菓子で勝負するんだ!」
ワゴンの上には洋酒が並び、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がオレンジの皮をクルクルと剥いて…今日のお菓子はクレープ・シュゼット。お部屋を暗くしてブランデーの炎を眺める趣向はまさに「お菓子を焼く」ものですが、これって焼き菓子でしたっけ? 「そるじゃぁ・ぶるぅ」に尋ねてみると…。
「違うよ。でも焼いてるし、綺麗だし! みんなお菓子をたっぷり食べた後だし、軽めの量で勝負するならこれだよね。それともベイクド・アラスカの方が食べでがあって良かったかなぁ?」
要するに「燃えるデザート」をやってみたかったみたいです。
「そういえば…クレープ・シュゼットって、お店で食べると高いらしいわよ」
スウェナちゃんが温かいクレープを口に運びながら言いました。
「この前、雑誌で見つけてビックリしちゃった! ケーキセットより高かったのよね」
「えっ、そうなの?」
知らなかった、とジョミー君。私だってビックリです。ここで時々食べているので、まさかそんなに高いとは…。
「洋酒の値段もあるけど、どちらかといえば人件費かな」
会長さんがワゴンの方を指差しました。
「注文が入ってクレープを焼く。そこまではいいとして、その後が…ね。オレンジを剥いてジュースを搾って、洋酒と混ぜて…クレープにたっぷり浸み込むまでフライパンを動かしてなくちゃならない。それからフランベして切り分けて…。全部をお客様の前でやるんだからさ」
高くもなるよ、と言われてみれば納得です。贅沢なお菓子だったんですねぇ…。スウェナちゃんが雑誌で見たのはホテル・アルテメシアに入っているレストランの特集記事だったとか。まりぃ先生と教頭先生のお見合いの時に忍び込んだ高級レストランもその一つです。
「トップラウンジのデザート・バイキングが美味しそうだなぁ…って見てたのよ」
「美味しいよ?」
すかさず「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言いました。
「ぼく、ブルーと何回も行ってるもん。…なんだか行きたくなってきちゃった。ねえ、ブルー、今度みんなで食べに行こうよ」
「みんなで…かい?」
「うん! きっと楽しいと思うんだけど」
みんなでデザート・バイキング! とっても素敵な提案です。でも…。
「スウェナ、それっていくらするの?」
ジョミー君が言い、スウェナちゃんが答えた値段に私たちは一気に肩を落として。
「ダメだぁ…」
「ちょっと高すぎますよ。もっと安い所は無いんですか?」
シロエ君の現実的な意見に頷きそうになった時。
「いいじゃないか、スウェナの行きたい所にすれば」
割り込んだのは会長さんでした。
「ぼくも久しぶりに食べたくなったよ。あそこのケーキは美味しいんだ。…今度の土曜日なんかどう? お金は……そうだね、笑わないって約束するなら簡単に調達できるけど」
「えっ?」
「ハーレイに払ってもらえばいい。…知ってるんだ、ハーレイの望み」
ニヤリと笑う会長さんが良からぬことを企んでいるのは容易に想像できました。けれど「笑わないと約束するなら」って、どういう意味…?
「ハーレイは水泳大会が心残りでたまらないんだよ。ぼくが女子の部だって聞いた時から、ずっと妄想していたらしい。スクール水着姿のぼくを…ね。実際に泳がないことは分かっていたし、防寒着を身に着けるまでの間に見ようと思って待っていたのさ。だけど、実際は見られなかった」
そうでした。会長さんはサリーで水着を隠してしまって、誰にも見せなかったんです。
「だから水着姿を見せると言えばイチコロで財布を出すと思うよ。…ぼくも恥を晒すからには、ハーレイが鼻の下を伸ばす姿をみんなに見せたい気もするし…。どうする? 笑わないと約束できる?」
「「「…………」」」
私たちは額を押さえました。会長さんの女子用スクール水着姿。笑わずにいられるかどうか、正直、自信がありません。せめて参考資料でもあれば…。
「写真は撮ってないからね。多分、こんな感じ」
はい、と会長さんが取り出したのは、スクール水着姿の会長さんのカラーイラストでした。まりぃ、とサインがしてあります。…またしても、まりぃ先生ですか…。
水着姿の会長さんの絵は特に変わったポーズでもなく、スラリとした身体に紺色の水着は意外なことに似合っていました。
「思ったほど変じゃありませんね…」
シロエ君が呟き、サム君が。
「変って言うより似合ってるぜ? …あ、ブルーは怒るかもしれないけど…」
「レスリング選手みたいだな」
冷静な意見はキース君。
「あっ、ホントだ! レスリングの選手って、なんかこういう服だよね!」
「言われてみれば似ていますね」
ジョミー君とマツカ君が頷きます。スウェナちゃんも「そうね」と相槌を打ち、私は似合っていると思った理由が分かってホッと一息。まりぃ先生に毒されたわけじゃなかったんです。
「レスリング選手…ね。ちょっと足が露出しすぎてる気もするけれど」
「大丈夫だって、ブルー!」
サム君がグッと拳を握りました。
「なぁ、みんなだってそう思うだろ? 笑ったりなんかしないよな?」
「そうだな…。デザート・バイキングの金が目当てでなくても、笑うなと言われれば笑わないだけの自信はあるな」
腕組みをするキース君。
「しかし、だからといって…。やるのか、本気で?」
「今ので一気にやる気になった」
ふふ、と悪戯っぽい笑みを浮かべる会長さんは妙な自信に溢れています。
「それ、まりぃ先生がハーレイのお見舞い用に描いたイラストをコピーしてきたヤツなんだ。自分で鏡に映した時はアウトだと思っていたんだけどね…。こうして見ると案外おかしくないな、って。みんなに見せても笑われなかったし、これはやらなきゃ損だろう?」
前に着た白ぴちアンダーみたいに煽情的な服でもないし、とイラストを改めて披露してから会長さんは立ち上がりました。
「よし、決めた。…水着をネタにハーレイから軍資金を毟り取る! 土曜日はデザート・バイキングだ。いいかい、笑った人は自腹で参加にするからね」
「「「はいっ!!!」」」
思わず最敬礼をしてしまった私たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を引き連れ、会長さんは教頭室へ。重厚な扉をノックして…。
「失礼します」
足を踏み入れた会長さんに、教頭先生は苦笑しました。
「なんだ、今頃になって謝りに来たのか? お前がサボリの勧誘に来たことも、後ろの連中が抜け出したことも、グレイブには一切話してないぞ。私は何も見なかった。だから謝る必要は無いが」
あっ…。サボリのことを忘れてました。もしかして、恩を仇で返しに来ちゃいましたか?
やばい、まずい…と顔を見合わせる私たち。けれど会長さんは意にも介さず、机の方へ近付いていって。
「サボリの勧誘をして悪かったなんて思ってないよ。ぼくたち、ゼル特製を食べに行ったんだ。アルトさんとrさんを連れてったのは、ギックリ腰の薬の御礼なんだけど…。アルトさんちの薬だったし、アルトさんとrさんとは親友だしね」
「そうか、ゼル特製が目当てだったなら時間中に抜け出さないと品切れになるな。アルトには薬の恩がある。御礼に焼き菓子セットは送っておいたが、ゼル特製を食べさせてやってくれたのか。ありがとう、ブルー」
何も知らない教頭先生は、会長さんが報告に来たのだと思ったようです。にこやかに微笑む教頭先生に会長さんが言い出したことは…。
「ゼル特製、とっても美味しかったよ。…でね、ぶるぅの部屋で話をしていて、今度の土曜日にデザート・バイキングを食べに行きたいな、ってことになっちゃって…。ホテル・アルテメシアのトップラウンジでやってるんだよ」
「それで?」
「ぼくたち、それに行きたいんだ。九人分だから代金が…」
これだけ、と言葉と指で示す会長さん。
「もちろん出してくれるよね? だってハーレイは気前がいいし」
「ま、待ってくれ! 今は駄目だ。欠勤して迷惑をかけた先生方に配った菓子の代金が馬鹿にならなくて…」
「でも財布は空にはなっていないよ」
「勝手に覗くな!」
スーツの上から財布を押さえる教頭先生に、会長さんがニッコリ微笑みかけて。
「まあ、色々と…入り用だとは思うんだけど。もしも御馳走してくれるなら、水着を着て見せてあげてもいいよ?」
「水着?」
「そう、水着。…水泳大会の時、期待しただろ? ぼくのスクール水着姿」
うっ、と短い声が聞こえて教頭先生が鼻を押さえました。
「まりぃ先生にお見舞いのイラストを貰ってたよね。その目で見たいと思わない? 今ならボディーガードも大勢いるし、特別に着たってかまわないけど」
「…ほ…本当なのか…?」
「うん。嫌だって言ったら、それはそれで…」
ペロリと唇を舐める会長さんは妖艶でした。教頭先生が断ったとしても水着を着るに決まっています。そして最悪なシナリオを練って教頭先生を陥れた上、お財布の中身を無理やりに…。今まで何度も繰り返されたパターンです。もちろん教頭先生が気付かない筈はないわけで…。
「…わ、分かった…。要らないと言っても着てみせる気だな? ならば私からお願いしよう」
「そうこなくちゃ。じゃあ、ちょっと待ってね。あ、その前に…。みんな、念の為にもう一度。笑った人は自分の参加費を負担するんだよ」
「「「はいっ!」」」
赤い瞳でジロリと睨まれ、私たちは慌てて姿勢を正しました。パァッと青いサイオンの光が輝き、制服だった会長さんの姿が再び現れた時は…。
おおっ、という教頭先生の声が聞こえた気がします。会長さんはスラリとした身体に紺色のスクール水着を着て、裸足で絨毯の上に立っていました。胸のゼッケンには綺麗な字で『1年A組』『ブルー』と書かれ、本気で出場する覚悟だったことが明らかに…。
「どう? 本物を見られた感想は?」
クスクスと笑う会長さんにスクール水着は思った以上にお似合いでした。一人くらいは笑うだろうと思っていたのに、誰もが黙って見ています。サム君は少し頬を染め、教頭先生は感無量。
「ふふ、感激して声も出ないんだ? でも目の保養にはなっただろう? デザート・バイキングの代金なんて安いものだよ。せっかくだからクルッと回ってあげようか」
その場で優雅に回ってみせる会長さん。教頭先生の喉がゴクリと鳴って、会長さんは楽しそうに。
「サービスにもう一回だけ、ゆっくり回ってみせてあげるね」
しなやかな白い手足を伸ばして見せつけながらクルリと回り、ポーズを決めて止まってみせて。
「はい、おしまい。デザート・バイキングを九人前でよろしくね。アンコールは…」
無いよ、と朗らかに告げた瞬間、ケータイカメラのシャッター音が響いて、同時に声が。
「二人追加」
「「「ブルー!?」」」
会長さんとサム君、それに教頭先生が叫んだのは会長さんの名前ではなく、瓜二つのそっくりさんの名前でした。
「「「…ソルジャー…?」」」
呆然としている私たちの前で、紫のマントを着けたソルジャーが右手にケータイを構えています。
「うん、我ながらうまく撮れた」
満足そうに頷く姿に、教頭先生がアッと息を飲み、スーツのあちこちに手を突っ込んで…。
「な、無いっ! ケータイが無い! も、もしかして、そのケータイは…」
「君のだけど?」
ソルジャーは悠然と答え、「見る?」と私たちに画面を向けました。そこにはスクール水着で微笑む会長さんの上半身が…。
「とりあえず待ち受けに設定しといた。でも、これだけじゃ君は物足りないと思うんだ。えっと…」
口をパクパクさせている教頭先生の横を通り過ぎ、机の引出しを開けて取り出したのはデジタルカメラ。慣れた手つきで操作してからクスッとおかしそうに笑って。
「なんだ、ブルーの隠し撮りが沢山あるかと思ってたのに…ほんの数枚、それも顔立ちも分からないほどか。ぼくが活用してあげよう。そうそう、デザート・バイキングに行くんだって? ぼくとぶるぅも行きたいな。甘いデザートには目が無くてさ。二人追加でお願いするよ」
「「「………」」」
誰も言葉が出てきません。ソルジャーはデジカメを机に置くと、そこに置きっぱなしだったケータイを手に取り、教頭先生にさっきの画像を見せて。
「君には決して撮れない写真だ。ブルーは撮影禁止と言ってないのに、君は撮ろうとも思わなかった。だから代わりに撮ったんだけど、ぼくとぶるぅのデザート・バイキングの費用はこれで足りるかな。…足りないよね?」
勝手に決め付けたソルジャーはケータイを教頭先生のポケットに戻し、デジカメを手にして言いました。
「二人分の参加費代わりに、ぼくがブルーを激写する。さあ、撮影会を始めようか」
予想もしない人物の登場に加え、とんでもない展開になってしまってついていけない会長さんと私たち。もちろん教頭先生もです。いったいこれから、どうなっちゃうの~!?