シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
今年もシャングリラ学園に収穫祭の季節がやって来ました。おっと、その前に恒例の薪拾いがあります。収穫祭を主催してくれるマザー農場の冬の暖房用に薪を集める大事な労働。グレイブ先生が日程を発表した朝、教室の後ろには当然のように会長さんの机がありました。
「では諸君、薪拾いは明後日だ。服装はジャージ、弁当持参で来るように。それから、特別生の諸君」
ん? 私たちに何か用事があるのでしょうか。
「諸君はマザー農場に泊まり込んで収穫祭の準備を手伝うことになっている。詳しいことは放課後、改めて説明するから終礼の後も残っていたまえ」
「「「えっ?」」」
「えっ、ではない。はい、と元気よく返事をしないか!」
「「「はいっ!!」
よろしい、と満足そうに笑ってグレイブ先生は出てゆきました。会長さんもガタンと立ち上がります。
「じゃ、ぼくもこれで。…終礼までには戻ってくるよ」
今日は古典の授業は無いし、とサボリまっしぐらの会長さんを止められる人はありません。会長さんが授業に出るか出ないかは、教頭先生の授業の有無にかかっているとハッキリ分かっているんですから。
「収穫祭の準備って、何?」
ジョミー君の素朴な疑問に、キース君が腕組みをします。
「なんだろうな? 去年は食って遊んだだけだし、特に準備が必要だとは思えんが」
「そうよねえ。マザー農場って普段からジンギスカンとかやっているもの」
人手が要るとは思えないわ、とスウェナちゃん。答えを知っていそうな会長さんは逃げちゃいましたし、終礼を待つしかないわけで…。会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れて戻ってきたのは本当に終礼の直前でした。グレイブ先生が「ぶるぅもか…」と舌打ちをして。
「まあいい、特別生と後ろの二人。…後で私について来い」
終礼が済むと、グレイブ先生は鞄を持った私たちを連れて会議室のある建物の方に向かいました。てっきり数学科の準備室に行くんだとばかり思ってましたが…。小会議室の扉をノックするグレイブ先生。
「あいよ、開いてるよ」
入りな、と顔を覗かせたのは意外な事にブラウ先生でした。ヒルマン先生も中にいます。
「御苦労だったね、グレイブ。入りたまえ」
グレイブ先生と私たちは会議室に入り、示された椅子に腰掛けました。これから此処でいったい何が…?
「収穫祭は知っているね」
温厚な笑顔のヒルマン先生がゆったりと口を開きます。
「君たちも去年体験したろう? とても和やかな催しだ。特別生になった生徒は最初の年に収穫祭の裏方をすることになっている。…今年はブルーとぶるぅも来ているようだが、目的は物見遊山かね?」
「もちろん」
会長さんが悪びれもせずに答えました。ヒルマン先生が苦笑し、グレイブ先生は「私の指導が至りませんで…」と小さくなります。その肩をブラウ先生がバンと叩いて。
「気にするこたぁ無いさ。ブルーはいつもこうなんだから」
ソルジャーだしね、と豪快に笑うブラウ先生。…ソルジャーって…その肩書きが学校で出てくることは無い筈です。
顔を見合わせる私たちにブラウ先生がウインクしました。
「よーし、なかなかカンがいい。それじゃ本題に入ろうかねぇ。頼むよ、ヒルマン」
本題? 本題って…収穫祭の話じゃなかったんですか?
グレイブ先生がスクリーンを用意し、地図が投影されました。えっと…この地図はアルテメシア…?
「いいかね、ここが学校だ。マザー農場はここになる」
点線で囲まれた部分がそうだ、とヒルマン先生。酪農や農業を手広くやっているマザー農場はかなり広いのが分かります。グレイブ先生が機械を操作するとマザー農場の端に青い点が浮かび、そこから道を辿るかのように青い線がぐんぐん延びて行って…。ブラウ先生が私たちの方を向きました。
「どうだい、この道、覚えてるかい? 春にシャングリラ号へ出掛けた時に…」
「「「あぁっ!?」」」
そういえば…。進路相談会だと言われてブラウ先生と一緒に向かった宇宙クジラことシャングリラ号。そこまでの往復に使ったシャトルの発着場はシャングリラ学園の私有地でしたが、今から思えば私有地のゲートに着くまでにマザー農場の脇を通っていきましたっけ。
「思い出してくれたみたいだね。シャングリラ学園所有の空港が、ここ。提携しているマザー農場が…ここ。繋がりが無いわけないだろう? ヒルマン、説明の方を頼むよ」
「ああ。…君たちはシャングリラ号で三日間ほど過ごしたわけだが、もちろん農園も見学したね?」
「「「はい…」」」
「けっこう。シャングリラ号は宇宙船だけに、食料は自給自足が原則だ。地球に戻ってきた時に保存食や嗜好品を積み込むものの、食材は可能な限り船内で賄うことになっている。…マザー農場はそのためのサポートセンターになっているのだよ」
野菜の品種改良や栽培技術の開発、家畜の繁殖・交配などが主な仕事だ、とヒルマン先生は言いました。
「もちろん表向きは普通の農場と変わらない。収益事業として一般公開もされてはいるが、農場で働いているのは我々の仲間ばかりでね。仲間だけで構成された集団の生活を見るのも楽しいだろうと、特別生の一年目はマザー農場での宿泊体験がある。収穫祭の裏方というのは建前だよ」
「手っ取り早く言えば合宿だね。仲間と暮らして、ついでにシャングリラ号をサポートしている農場の実態も見て貰う。これが気に入ってマザー農場に就職した子も多いんだ。そうだね、グレイブ?」
ブラウ先生がニッコリ笑います。
「え、ええ…。私の後輩にもそういうケースがありましたね」
お前たちはどうか知らんが、と眼鏡を押し上げるグレイブ先生。
「とにかく薪拾いの次の日からマザー農場に泊まり込んでもらうことになる。収穫祭の日もそのまま泊まりだ。家に帰れるのは後片付けを済ませた後だな。各自、そのつもりで荷物を用意するように」
なんと! 収穫祭の裏方ではなく合宿でしたか。マザー農場がシャングリラ号と繋がっていたとは驚きです。でも会長さんはソルジャーとして来るのではなく、遊び目的みたいですけど…。
「先生、質問があるのですが」
キース君が手を上げました。おやっ、という顔のヒルマン先生。
「どうしたね? 何か納得のいかないことでも?」
「いえ、そうではなくて…。マザー農場から大学に行ってもいいですか? 朝の間だけでいいんです」
「朝だけ?」
「はい。実は法務基礎の…朝のお勤めが集中期間に入っているので、できるだけ出席するようにと」
本山からのお達しなんです、と頭を下げるキース君。先生たちは顔を見合わせ、ヒルマン先生が髭を撫でながら「ふむ」と頷いて。
「いいだろう、特別に許可しよう。ただし農場の人たちに迷惑をかけてはいかん。送り迎えをすると言ってくれても、公共の交通機関を使って自分で往復するのだよ」
「はい! ありがとうございます」
キース君が返事した時、黙って聞いていた会長さんが「待って」と割って入りました。
「せっかくの合宿中に大学へ行くのは頂けないな。ぼくが本山に連絡するから、お勤めは農場でやりたまえ」
「え?」
怪訝な顔のキース君。会長さんは微笑んで…。
「ぼくが何者かは知ってるだろう? 合宿中の君の勤行は毎朝ぼくが指導する、と本山に言えば問題ない。むしろ評価が上がるくらいだ。なんといっても伝説の高僧だからね。そうだろう、ヒルマン、ブラウ? それにグレイブも」
これで決定、と会長さんはケータイを取り出して誰かに電話しています。相手は璃慕恩院の人みたいですし、夏休みに会った一番偉いお坊さんかな…?
「はい、ちゃんと頼んでおいたよ、キースのこと。本山から大学に電話してくれるそうだ。よかったね」
「………」
キース君の顔は複雑でした。それから持ち物が書かれた紙を貰って、会議室を出て「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へと。話題はもちろん合宿のこと。会長さんも「そるじゃぁ・ぶるぅ」もマザー農場に泊まるのは久しぶりで、最後に泊まったのはフィシスさんが特別生になった時なんだそうです。
「じゃあ、フィシスさんも農場のお手伝いをしたんですか?」
シロエ君がガナッシュケーキを頬張りながら尋ねました。柔道部三人組、今日の部活は遅くなったのでパスだとか。教頭先生の直接指導が目当ての特別生ですし、パスしても主将に怒られることはないんですって。
「フィシスはぼくの女神だよ? いくらお遊び程度と言っても、仕事なんかをさせるとでも?」
バカバカしい、と会長さん。
「生徒会の仕事はさせてるじゃないか」
キース君が突っ込みましたが、会長さんは涼しい顔で。
「あれはいいんだ。フィシスがぼくの役に立ちたい、って望んでしていることだから。それに実務は殆どリオだよ。有能な書記がいるっていうのは心強いね」
「…あんた、生徒会の仕事をしたことあるのか?」
「入試問題の横流しはやっているじゃないか。あれはぼくにしかできないんだ。問題を管理してるのはハーレイだからね。…後、大事なのは人気取りかな。全校生徒の人望を集めておかないと」
入試問題の横流し…。頭を抱える私たちですが、会長さんは気にしていませんでした。
「そんなことより、合宿中の話だけれど。キースの朝のお勤めを監督するのは構わないとして、問題は仏様なんだ。マザー農場にはお仏壇が無い。お勤めをするには仏様が必須だし…。どうだい、サム? 君が拝んでいる阿弥陀様をキースに貸してあげてくれないかな?」
「阿弥陀様って、あの黄金の?」
「そう。ちゃんと御厨子も誂えてあるし、合宿の間だけ…ね。それともキースが自分で用意する?」
「………」
キース君は顎に手を当て、考え込んでいましたが…。
「俺の家にも阿弥陀様は何体かあるが、大きいしな…。サムの阿弥陀様を貸してもらうか。かまわないか、サム?」
「ああ、いいぜ。それに俺だけの阿弥陀様ってわけでもないし」
ジョミーにも拝む権利はあるんだもんな、と大真面目なサム君に、ジョミー君が震え上がって。
「ち、違うってば! ぼくは阿弥陀様なんかに用事はないよ。ブルーが勝手に決めたんじゃないか!」
「ぼくはジョミーを買ってるんだよ。タイプ・ブルーの君なら、修行すればきっと名僧に…」
「いやだーっっっ!!!」
すったもんだの言い争いの末、キース君はサム君専用の阿弥陀様を借りることになりました。阿弥陀様に失礼がないよう、マザー農場へは会長さんが瞬間移動で運ぶことに。農場の人が全員サイオンを持つ仲間だっていうのは、こういう時に便利です。
「マザー農場は楽しいよ。君たちは去年のジンギスカンしか知らないけれど、食事がとても美味しいんだ。仲間のみんなも親切だしね、きっと素敵な合宿になる。ね、ぶるぅ?」
「うん! ぼくも楽しみ。お料理、手伝わせてもらおうかな? お客さんになっちゃおうかな? 悩んじゃうよ~」
ワクワクしちゃう、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は目を輝かせて持ち物が書かれた紙を見ています。
「ぼく、去年は薪拾いに行かなかったけど、今年は頑張って拾うのもいいね。拾った薪はブルーに持ってもらえばいいんだもん!」
薪拾い用の袋は「そるじゃぁ・ぶるぅ」にはサイズが大きすぎるのです。会長さんが「持ってあげるよ」と言うと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜び。今年は薪拾いも賑やかかも…。
アルテメシア公園の裏山での薪拾いは平穏無事に終わりました。去年は会長さんが幻覚を起こすキノコのベニテングダケを集めてましたけど、今回は怪しい動きは全く無し。運搬用の丈夫なトートバッグに薪を集めていただけです。小さな「そるじゃぁ・ぶるぅ」も立派な薪を沢山拾って会長さんに運んでもらって大満足。お昼は温かい具だくさんのシチューを保温鍋に入れて出してくれましたし…。そして翌朝。
「おはよう。みんな早いね」
校庭に集まっていた私たちの前に会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が現れました。会長さんはボストンバッグ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は背中のリュックに荷物を詰めているようです。校庭には全校生徒が拾った薪が山と積まれていて、もうすぐマザー農場の人がトラックで取りに来る筈でした。私たちを運んでくれるマイクロバスも一緒に来る事になっていますけど、薪は私たちがトラックの荷台に積むのでしょうか?
「おはよう! みんな揃っているな」
爽やかな声がしてラフな服装のシド先生がやって来ました。後ろには教頭先生の姿もあります。普段の開門時間より一時間も早いんですし、見送りなんて無いんだとばかり思ってましたが…行先が行先だけに学校行事より重要なのかもしれません。間もなく三台のトラックが校庭に入ってきて…。
「おはようございます。マザー農場から薪を取りに伺いました」
トラックから若い男性が二人ずつ降り、教頭先生とシド先生に挨拶をします。そして会長さんに向き直って…。
「ソルジャー、御無沙汰しております。今日は農場にお越し頂けるそうで…」
「ブルーでいい。いつも言っているだろう?」
「しかし…」
特別生もお連れですし、と言う人たちに会長さんは「ぼくは引率の先生じゃないよ」と片目を瞑ってみせました。
「この子たちは友達なんだ。ぼくをソルジャー扱いするなら、もう一人特別扱いして貰わないと。なにしろタイプ・ブルーだからね、その一人は」
「……ぶるぅですか?」
「違う、違う。誰とは言わないけれど、この子たちの中にタイプ・ブルーが一人いるのさ。ぼくの身に何か起こった時にはソルジャーになってもおかしくない。…でも特別生一年目の子にペコペコしたくはないだろう?」
「いえ、それは…ご命令とあらば」
最敬礼する六人に会長さんは「やれやれ」と大袈裟に肩をすくめて。
「シャングリラ号で過ごした時間が長い連中はこれだから…。ご命令も何もありゃしないよ。どうしても、って言うなら命令しよう。ぼくを特別扱いしないこと。…ソルジャーってヤツは肩が凝るんだ」
「「は、はいっ!!」」
「もっと自然に。でないと悪戯させてもらうよ、腕によりをかけて」
「そ、それは…」
勘弁して下さい、と叫ぶお兄さんたち。会長さんの悪戯好きはマザー農場でも知られてるとか…? ともかく妙な脅しのお蔭で、それ以後はソルジャー扱いがなくなりました。お兄さんたちはシド先生と親しいらしく、陽気に笑い合いながら一緒に薪を荷台に積み込んでいます。教頭先生はスーツですから手伝いません。
「ふむ…。順調だな」
ブルーの手伝いは要らないようだ、と作業を見守る教頭先生。
「そうだね。ぼくの出番は無さそうだ。…ハーレイ、わざわざ見送りに来たのはジョミーたちのため? それとも、ぼくのためだって自惚れててもいいのかな?」
「…馬鹿!」
皆に聞こえる、と教頭先生は頬を赤らめています。そっか、本当なら見送りはシド先生だけだったというわけですね。教頭先生、会長さんを見送りたくて早めに学校に来たのでしょう。会長さんのスクール水着のアルバムを二種類も作っていても、やっぱり純情なんですねぇ…。やがて薪の積み込みが終わり、私たちは校門で待機していたマザー牧場のマイクロバスへ。
「ソルジャー、お待ちしておりました」
「ぼく、その呼び方は好きじゃないんだ。なんか責任重大そうでさ」
またしても運転手のお兄さんと会長さんの攻防戦が繰り広げられ、会長さんの圧勝です。特別生の一人だと主張する会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れて乗り込み、私たち七人が乗るとマイクロバスは発車しました。後ろには薪を積んだトラックが続き、教頭先生とシド先生が手を振っています。いよいよマザー農場へ出発ですよ!
市街地を抜け、牧草地や畑や果樹園が広がるマザー農場の門をくぐると、去年の収穫祭でジンギスカンをやった広場が見えます。マイクロバスとトラックの列は更に奥へ進み、立派な山小屋風の建物が建っている場所で停まりました。木造ですけど、かなり大きな建物です。車が停まると男女合わせて二十人ほどが現れて…。
「「「ようこそ、マザー農場へ!」」」
楽しんでいって下さいね、と笑顔いっぱいの人たちは会長さんを特別扱いしませんでした。みんなサイオンを持つ仲間だけあって、外見と実年齢が一致していないみたいです。
「ここの人たちはぼくをソルジャーとは呼ばないよ。管理棟の平均年齢は二百歳を超えているもんね」
会長さんがニッコリ笑うと、男性陣から「それは女性に失礼でしょう!」とすかさず突っ込みが入ります。女性陣は黄色い悲鳴を上げてますから、ここでも会長さんは大人気だということでしょう。なんといってもシャングリラ・ジゴロ・ブルーです。口説かれた人が混じっていても何の不思議もないわけで…。
「ブルーが御一緒ですし、説明は必要ないでしょうか? 宿舎はあちらになりますが…」
農場長だと自己紹介した初老の男性が指差したのは管理棟の隣の二階建ての木造建築。こちらもやっぱり山小屋風です。
「農場体験用の宿泊施設さ」
会長さんが説明役を引き継ぎました。
「普段は一般のお客さんたちを受け入れてるけど、合宿中はぼくたちの貸し切り。部屋数は十分にあるし、お風呂も各部屋についてるよ。食事は一階の食堂で。…暖炉があって、薪はそこで使うんだ。管理棟でも使うけどね」
「ホントに暖房用だったんだ…」
ジョミー君の言葉に職員さんたちがワッと笑って。
「全館が薪ってわけじゃないですよ」
「暖炉のある部屋で使うんです。薪ストーブも使いますけど、普通のストーブもありますから!」
要するに薪は「農場らしさ」を演出するアイテムだったみたいです。いまどき薪で暖房だなんて、変わってるなと思ってましたが…。
「じゃあ、部屋の方に行ってもいいかな? 薪運びは後で手伝うよ」
会長さんの言葉に農場長さんが微笑んで。
「薪は皆で運んでおきます。ゆっくり寛いで下されば…」
「そう? じゃあ、一つお願いがあるんだけれど。食堂に私物を置いてもかまわないかな?」
「私物…?」
「うん。彼に必要なものなんだよね」
指差されたのはキース君でした。
「彼はお坊さんの卵で、毎朝、阿弥陀様を拝むのが日課。だから仏像を置きたくて」
「なるほど…。宿泊用の部屋には置けそうな棚が無いですね。仏様には向いていないというわけですか」
「そうなんだ。ぼくも坊主の端くれだから、やっぱりきちんとしておきたいし」
「合宿中も毎朝お勤めとは…。お坊さんになるのも大変ですねえ」
頑張って、と農場長さんがキース君の肩を叩きました。
「食堂は自由に使って下さい。ここの連中は早起きですから、朝のお勤めに参加するかもしれませんね」
では、と管理棟に引き上げていく職員さんたち。思念波で会話はしませんでしたが、仲間だと実感できているのはサイオンのせいかもしれません。
宿舎には女性が二人ついてきました。部屋を割り振り、食事時間などを教えてくれて「用があれば一階の管理室にいるから」と親切です。全員、部屋は二階でスウェナちゃんと私は階段に一番近い部屋。柔道部三人組で一部屋、ジョミー君とサム君で一部屋、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」で一部屋。荷物を置いて一階に降りると…。
「この上でいいのかい、キース?」
食堂で会長さんが作りつけの戸棚を指差しています。戸棚の高さは暖炉くらい。会長さんの横では立派な厨子が宙に浮いていて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手には錦の布が…。阿弥陀様の設置場所を相談している様子です。私たちが覗き込むと、キース君が声をかけてきました。
「サムを呼んできてくれないか? 俺たちは此処でいいと思うが、あいつの阿弥陀様だしな」
「「はーい!!」」
急いで戻ると、みんな揃って階段を降りてくる所でした。食堂に入ってきたサム君たちは宙に浮いた厨子にまずビックリし、それからサム君が置き場所の説明を聞いて承諾し…。
「ぶるぅ、ここでいいんだってさ。布を敷いて」
「オッケ~♪」
棚の上に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が赤い錦を広げ、その上に厨子が置かれます。キース君がポケットから小さな容器を出し、手のひらの上でひと振りすると、たちまち周りが抹香臭く…。あれって七味入れじゃないですよねぇ?
「塗香だよ」
会長さんが笑いました。
「「「ずこう?」」」
「身を清めるための香の粉末。あれを手に塗るか、お焼香するか、手を洗うか。…仏様に触れる前の必須条件」
そうなんだ…、と呟く私たちの前でキース君は厨子に一礼し、恭しく扉を開けました。中には黄金の阿弥陀様。埋蔵金を掘りに行って見つけた阿弥陀様です。キース君は会長さんが宙に取り出すお線香立てや蝋燭立てを棚にセットし、鐘や木魚も揃えてもらって、食堂の椅子を引っ張ってきて…数珠をまさぐり、鐘をチーン、と。
「お経を読むのに半時間はかかるよ。あっちでお茶でも飲んでいようか」
会長さんが言い、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が備え付けのカップにココアを入れてくれました。テーブルの上には焼き菓子が盛られた器もあります。キース君を放ってくつろいでいると…。
「うわっ!」
ジョミー君が仰け反り、ゴトン!と鈍い音が。
「な、なに? いきなり上から…」
天井を見上げるジョミー君のカップの横に奇妙な物が落ちていました。長さ二十センチほどの雫型の黒い物体です。コロコロと左右に揺れてますけど、こんなものが一体どこから?
「なんだろう、これ? 天井に吊るしてあったのかな?」
ジョミー君が黒い物体をコロンと裏返すと…。
「「「ぎゃっ!」」」
黒一色だと思った物体の裏側には女性の顔がありました。角ばった白い顔はなんとも奇妙で、赤い目は左右がアンバランス。人形みたいなモノでしょうか? それともコケシ? 誰もが絶句している所に、さっきの女性職員さん二人が入って来ました。
「お経の声が聞こえてきたから来てみたの。いい声してると思うわよ」
「で、君たちはお茶ってわけね」
冷蔵庫の中にケーキもあるのよ、と近付いてきた二人の足がピタリと止まって。
「そ、それは…」
「そこにあるのは…」
二人の視線は奇妙な顔の物体に釘付けになり、同時にバッと駆け寄ると…。
「「テラズさまっ!?」」
叫んで掴み上げ、逆さにしたり裏返したりと仔細に検分しています。
「「「てらず…さま…???」」」
なんじゃそりゃ、と首を傾げる私たち。この物体の名前でしょうか? 我関せずと読経を続けるキース君の声が朗々と響く中、二人の職員さんは私たちをグルリと見回しました。私たち、何かマズイことでもやらかしましたか? 謎の物体は勝手に落ちてきたんですけど、私たちのせいにされちゃってますか~!?