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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

グルメの功罪  第1話

収穫祭が終わるとシャングリラ学園は中間試験を迎えます。でも会長さんのお蔭で1年A組は試験勉強とは無縁でした。更に特別生ともなれば成績なんかは二の次で…。中間試験は三日間。二日目の試験を終えた私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でシーフードたっぷりのグラタン風オムライスを食べていました。
「試験の時って、お昼御飯も食べて貰えるから嬉しいな♪」
自分の分をパクつきながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコ顔です。
「今日の卵はマザー農場で貰って来たんだよ。こないだ、ブルーと一緒にお泊まりした時、農場長さんが好きなだけ貰いに来ていいよ、って言ってくれたし」
「…マザー農場ね…」
ジョミー君が溜息をつきました。
「あそこのせいで、ぼくの人生、狂っちゃったよ。…テラズ様にさえ会わなかったら…」
「テラズ様? もう落ちてこないし、いいじゃない。ねえ、ブルー?」
「ああ。ただの人形に戻ったし、魂はちゃんと成仏している筈だよ。後はジョミーが供養してやれば、喜ぶだろうと思うんだけどね」
お念仏の声は極楽浄土まで届くんだ、と会長さん。
「農場長が言ってたよ。キースのお勤めも良かったけれど、ジョミーのお勤めも見てみたい…って。頑張って高僧になって下さいね、と伝えておいてくれってさ」
「…え? そんなの言ってたっけ? 確かに握手はされたけど…」
「あの日じゃなくて、また別の日だよ」
会長さんがオムライスをスプーンで掬って。
「この間の土曜日に行って来たんだ。アルトさんとrさんを連れてね」
「「「えぇっ!?」」」
アルトちゃんとrちゃんがマザー農場に? いずれ仲間に…とは聞いていますが、もう行動を起こしましたか!?
「違う、違う。あの二人にはシャングリラ号のことは教えてないし、ぼくたちの正体も明かしてはいない。君たちも経験してきたとおり、話すとしたら冬休み頃になるだろう。…マザー農場に行ってきたのは気分転換」
「気分転換?」
なんだそれは、とキース君が尋ねると…。
「ほら、いつも逢瀬は女子寮だからね。忍び込むのも迎える方もスリル満点で素敵だけれど、たまには見咎められない場所で会うのもいいかと思ってさ。あそこの宿泊棟は快適だったし、食事もとっても美味しかったし」
「泊まったのか!?」
キース君が叫び、私たちの目が点になります。会長さんは悪びれもせずに頷きました。
「そうだけど? アルトさんとrさんの部屋は個室にして貰ったんだ。ぼくは二人が一緒の部屋でも気にしないけど、女の子ってデリケートだしね。…両手に花で楽しくやるにはまだ早すぎる」
「た、楽しくって…」
口をパクパクさせるキース君でしたが、会長さんは全く気にしていませんでした。
「楽しくの意味が分からない? 女の子の部屋へ夜中に遊びに行ったら、やることは一つしかないだろう。ふふ、農場の夜も良かったよ。前と違って余計な邪魔も入らなかったし。ね、ぶるぅ?」
「うん! テラズ様がいないと静かなんだ。ブルー、ぐっすり眠れたみたい。ぼく、ブルーが帰って来るまで起きていようと思ったんだけど、すぐ寝ちゃった。朝になったらブルーもベッドで寝てたけど」
うーん…。会長さんったら、アルトちゃん達を外泊させちゃったみたいです。しかもマザー農場でお泊まりだなんて! そりゃあ、下手にホテルなんかに連れ出すよりは人目につかないと思いますけど…。

シャングリラ・ジゴロ・ブルーな会長さんは糾弾するだけ無駄でした。マザー農場の職員さんたちにも「特別に目をかけている子」だと紹介したらしく、アルトちゃん達は二日間の農場ライフを満喫して寮に帰って行ったのだとか。そんな話、私たちは全然聞いていないんですけど~!
「アルトさん達は質問されない限り、わざわざ話しはしないと思うよ。普通はそういうものだろう?」
プライベートなことなんだし、と会長さん。二人とも外泊許可はきちんと貰ったらしいのですが、同行者の欄にはフィシスさんの名前を書いて提出していたらしいです。それを聞いたキース君が顔をしかめて。
「あんたがそう書けと言ったんだろうが、フィシスさんはそれでいいのか?」
「いいんだよ。フィシスはぼくの女神だからね、ぼくのことには寛容だ。…ぼくがハーレイと泊まると言っても、きっと微笑んで許してくれるさ」
「「「教頭先生!?」」」
「…そんなにビックリしなくても…。冗談に決まっているじゃないか。ハーレイと同じベッドで寝る趣味は無いよ。ぼくがハーレイとそういう仲になることよりは、ジョミーが高僧になることの方が現実的な話だよね。…まだまだ先の話だけれど」
ねえ? と言われてジョミー君が金色の髪を押さえます。
「やっぱりお坊さんにならなきゃダメ? ぼくもいつかはツルツルに…?」
「そうしてくれると嬉しいねえ。サイオンで誤魔化すという手もあるけれど、坊主頭は基本だし…。キースも一度は剃ったことだし、ジョミーも剃髪してみるといいよ。ぼくが綺麗に剃ってあげようか、冬休みにでも?」
「やだよ! キースだって剃っていないのに!」
「簡単に決心はつかない…か。じゃあ、キースが道場に入る時に合わせて得度するかい? 二人一緒なら心強いだろう。…キースも坊主頭には抵抗があるみたいだからね、ジョミーが道連れっていうのは名案じゃないかと思うけど」
水を向けられたキース君は「なるほど…」と深く頷いて。
「それは確かに嬉しいな。一人よりは二人の方がいい。ジョミーも今から頑張っておけば、俺みたいに大学に行かなくっても道場入りが出来る筈だ。どうだジョミー、お前が道場に入れる時まで俺も入らずに待つっていうのは」
「ぼくの将来を決めないでよ! テラズ様のせいでおかしなことになっちゃったけど、まだ諦めちゃいないんだから! それに坊主ならサムがいるだろ!」
サムが剃髪すればいいんだ、とジョミー君はビシッと指差したのですが…。
「サムはダメだよ」
会長さんがすかさず割って入りました。
「ぼくの恋人候補なんだから、並んだ時に絵にならないのは困るんだ。坊主頭なんてもっての外さ。そうだよね、サム?」
「うん。…ブルーに前から言われてるんだ。剃髪だけはいけないよ、って」
デレッとした顔で答えるサム君。ジョミー君とキース君は顔を見合わせ、それから会長さんを見て…。
「「贔屓だ!!」」
「それが何か?」
会長さんは当然という風でした。
「悔しかったら、君たちも頑張りたまえ。ぼくの心を動かせたなら、剃髪コースを逃れられるかもしれないよ?」
「それより先にお坊さんコースから逃げてやる!」
ジョミー君が叫びましたが、そう上手くいくものでしょうか。マザー農場での一件以来、会長さんに仏弟子認定されているのは事実です。朝のお勤めをしに来るように、と勧誘されたり脅されたり。今のところは「そんな朝早く起きられない」とか何とか言って逃げてますけど、いつか捕まってしまいそうな気が…。

お坊さんは嫌だ、と騒ぐジョミー君の姿はすっかり名物になってしまっていました。会長さんが乗り気なだけに、助け船を出す人もありません。サム君は同士が増えたと喜んでますし、キース君も同じでした。今日は剃髪が関係していただけに少し流れが違いましたけど、基本はやっぱり変わらなくて…。
「いいんだ、どうせ誰もブルーを止めてはくれないんだ…」
いじけてしまったジョミー君。
「ぼく、お坊さんにされちゃうんだ。パパもお祖父ちゃんもハゲてないのに、ツルツル頭になっちゃうんだ…」
「落ち着きたまえ、ジョミー。誰も今すぐとは言ってない」
君を苛めるつもりはないし、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に食後の飲み物を頼みました。
「ゆっくり考えてくれればいいよ、出家のことは。仏様の道に親しむことから始めよう、って言ってるだろう。ほら、ジュースでも飲んで気を静めて」
これもいつものパターンです。根が楽天家のジョミー君は喉元過ぎれば熱さを忘れるタイプ。みんなでジュースや紅茶を飲んで雑談する内に、お坊さんの話題は何処かへ消えてしまいました。
「でね…」
明日はどうしよう、と会長さん。
「打ち上げパーティーは何を食べたい? この前は焼肉だったし、そろそろ鍋もいいかもね」
「串カツ!」
ジョミー君が元気一杯に叫び、みんな口々に意見を述べます。その最中に会長さんが言い出したことは…。
「今回はゴージャスに毟り取ろうと思ってるんだ。いつもの倍の予算でもいいよ」
「「「ゴージャス!?」」」
「うん。…最近のハーレイは熨斗袋を用意しているから、つまらなくって。この間のデザートバイキングの時はブルーが乱入して来て酷い目に遭ったし、今度はリベンジ」
「リベンジって…」
何をやらかす気だ、とキース君が尋ねると会長さんは悪戯っぽい笑みを浮かべました。
「おねだりだよ。…言葉通りのおねだりだけど?」
「…それの何処がリベンジなんだ?」
「ふふ、知りたい? じゃあ、予行演習しとこうか」
スゥッと息を深く吸い込んだ会長さんの唇が動き、そこから紡ぎ出された言葉は。
「……欲しいんだ、ハーレイ…」
吐息混じりの甘い声音に、私たちはビックリ仰天。な、なんですか、この声は!?
「…もっと…もっと、欲しいよ……ハーレイ…」
切なげに眉を寄せる会長さん。表情も普段とはまるで違って見えます。なんというか…妙に艶めかしいような…。と、そこへ突然、空気が動いて。
「やり直し!!」
「「「えぇっ!?」」」
いきなり姿を現したのは、会長さんそっくりのソルジャーでした。紫のマントを着けて部屋の中央に立っています。
「今の、最初からやり直し! 全然気持ちがこもってないっ!!」
「え、えっと…。何…?」
衝撃から立ち直った会長さんが何のことかと問いかけると、ソルジャーは優雅にソファに腰をおろして。
「まるで分かってないみたいだね。やり直し、って言ってるんだ。NGって言えば分かるかな? 大根だって言いたいんだけど」
「大根?」
「そう、大根。…大根役者」
ソルジャーはクスッと笑いました。
「今の台詞。ハーレイを落とすつもりなんだろ? 君のことだから冗談なのは百も二百も承知だけれど、ぼくとしては見ていられないな。下手くそすぎて涙が出るよ。…演技指導をしてあげよう」
「ちょっ…。ブルー、演技指導って!」
椅子ごと後ずさる会長さんにソファから立ち上がったソルジャーがゆっくりと近付きます。
「いいから、いいから。…さっきの台詞が完璧になるまで付き合おう。さあ、始めて」
「ブルーっっっ!!!」
絶叫する会長さんの腕をソルジャーがしっかりと掴み、ソファへ引き摺って行きました。並んで腰かけさせられてしまった会長さんは真っ青です。…演技指導って、いったい何?

「いいかい、君がおねだりするのはお金じゃなくってハーレイなんだ。ハーレイ自身が欲しいんだろ?」
ソルジャーは会長さんの肩に両手を乗せて妖しい笑みを浮かべます。
「さっきの演技じゃ全然ダメだね。何が欲しいのか、一言でハーレイに分からせないと。…ぼくがあんな調子で同じ台詞を言ったら、ハーレイはきっとこう言うよ。何をお持ちしましょうか…って」
お腹が空いて死にそうだとしか聞こえないし、と会長さんをなじるソルジャー。えっと、会長さんがおねだりしなくちゃいけないものは、お金じゃなくて教頭先生? それってやっぱり十八歳未満お断り…?
「そうだよ」
思考が零れてしまったらしく、ソルジャーがこちらを振り向きました。
「ブルーは色仕掛けでハーレイから毟り取ろうと思ってたのさ。…確かに君たちの世界のハーレイならば、あれで十分なのかもしれない。でも、その道の先達として下手な演技は許せないんだ。もっと迫真の演技でハーレイに迫ってくれないと…。ほら、ブルー。もう一度」
「…そ、そんなこと…言われたって…」
「その気になれない? じゃあ、その気になれるようにおまじない」
会長さんの顎を捉えたソルジャーが唇を重ねようとするのを、会長さんは必死の形相で振り払って。
「ブルー! き、君はいったい…」
「嫌だった? 前はキスしてくれたのに…。ああ、そうか。あれは交換条件だっけ」
ソルジャーは青ざめている会長さんに「ごめん」と謝ったものの、肩が笑いで震えています。
「そんなので色仕掛けなんて、百年早いと思うけどね。でも、やろうと思った以上はやり遂げたまえ。…ぼくは乗りかかった船は絶対に降りない主義なんだ。さあ、頑張って練習しようか」
気の毒な会長さんは蛇に睨まれた蛙でした。まずは表情から、と言われて四苦八苦。
「ダメだ、もっと瞳を潤ませないと。もっと、そう…欲情に濡れた感じが欲しいんだけど」
「ぼくには絶対無理だってば!」
「じゃあ、目薬」
持ってきて、と指図が飛んで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が走ります。目薬でなんとかクリアしたか…と思ったら、鬼監督はそれでは済まず…。
「今ので少しは分かっただろう? 次は目薬無し。もっと切なく!」
厳しい指導が飛びまくるせいで、台詞の妖しさは感じられなくなってきました。私たちの感覚の方が麻痺したのかもしれません。やっとのことでオッケーが出た時、会長さんも見ていただけの私たちもすっかり疲労困憊でした。
「うん、これでなんとか見られるレベルになったかな。…ぼくのハーレイでも落とせそうだ」
満足そうに微笑んだソルジャーは壁の時計に目をやって。
「あれっ、おやつは? 今日はまだ出して貰ってないよね」
「忘れてたぁ! 取ってくるから、ちょっと待ってて」
キッチンに駆けてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、ほんの小さな子供です。お芝居の稽古みたいだ、とはしゃいでいたのは最初の内だけ。同じ台詞の繰り返しに飽きると土鍋の中に入ってしまい、ウトウト昼寝をしていましたから、おやつも忘れていたのでしょう。
「かみお~ん♪ お待たせ! 今日はサバランを作ったんだよ」
シロップたっぷりのお菓子が入った器がテーブルに運ばれてきました。疲れに効くのは甘いもの。サバランで疲労回復ですよ!

美味しいお菓子と生クリームたっぷりのココアで人心地がついた頃、口を開いたのはソルジャーでした。
「明日は打ち上げパーティーだろう? ぼくも混ぜて欲しいんだけど」
夏休み前のパーティーが楽しかったから、と言われると会長さんも断れません。
「…それで演技指導に来たってわけ? 君の分の費用も毟り取るために?」
「うーん、それもあるけどね…。正確に言うと、もう一人混ぜて欲しいんだ。ついでに、まだ何を食べるかが決まっていない段階だろう? ぼくに選択権をくれないかな」
「君が料理を決めるって?」
「………ダメかい?」
私たちを見回すソルジャー。別の世界のシャングリラ号に住むソルジャーの生活はグルメなどとは無縁です。そのソルジャーに食べたい料理があるなら、ここは譲るしかないでしょう。でも…ソルジャーって私たちの世界の料理に詳しい人でしたっけ…? 会長さんも同じことを考えていたようで。
「決めるのは別にかまわないけど、行きたい店があるって言うほど食べ歩きをしていないだろう? そりゃ…何度かは一緒に行っているけれど」
「ぼくも店のことはよく知らないんだ」
ソルジャーは素直に頷きました。
「ほら、ぶるぅが前にアルテメシアのグルメマップを貰っただろう? 来る時の参考にしたいから、って」
「そういえば…渡したっけね。あれが何か?」
「この間、借りて読んでみたんだ。そしたら信じられない料理があった。あれって本当にそうなのかな…」
自信が無い、と呟くソルジャー。信じられない料理って…まさかソルジャーが食べたい料理は、ゲテモノ料理だったりしますか? 二人分と言い出すからには「ぶるぅ」も一緒に来るのでしょうが…。
「信じられない料理って、何さ? それを食べたいって思ってる?」
「うん。…あれが本当にそうならね」
「それじゃ全然分からないよ。あれって何なのかを言ってくれないと」
痺れを切らした会長さんに、ソルジャーは珍しく言い淀んで。
「…でも、本当に自信が無いんだ。ぼくが思っているとおりの料理だったら、ぜひ食べたい。それも一人じゃなくて二人で。…もしも違うなら、選択権は要らないよ。食べに行くのもぼくだけでいい」
「ますます分からないってば! とにかく料理の名前だけでも…」
「……スッポンなんだ」
「「「は?」」」
全員の頭の上に『?』マークが出たと思います。スッポンって…亀ですよね? スッポン鍋とかスープとかで食べる、あのスッポン? それがソルジャーの食べたいもの?

「…スッポンって…」
会長さんが恐る恐るといった様子で切り出しました。
「スッポン鍋? それともスッポン尽くし? 店は色々あるけれど…確かに高級料理の部類に入る。ハーレイの懐も、とても寂しくなりそうだ。でも、なんでまたスッポンなんか…。君は食べたことがあるのかい?」
「…ぼくが知ってるスッポンだったら、多分一生食べられないよ」
「一生食べられないって…どんなスッポン?」
「亀さ。…グルメマップにはスッポンとしか書いてなくって、写真も調理済みのヤツばっかりで…。亀かどうかは分からなかった」
大真面目なソルジャーの言葉に頷くしかない私たち。スッポンといえば亀に決まっていますし、わざわざ書きはしないでしょう。会長さんは宙にグルメマップを取り出し、パラパラとページをめくってみて。
「うーん…。君の言うとおり、これだけじゃスッポンが亀かどうかは分からないね。…で、結論から言えば、ここに載ってるスッポンは全部、亀なんだけど。君の世界では絶滅したとか?」
「いや、絶滅はしていない。…していない…と思う。多分ノアには、いるんじゃないかな」
「ノア?」
「首都惑星の名前さ。ぼくの世界を統治する政府が置かれている星。何処にあるのかは知らないけれど、メンバーズエリートだとか、元老だとか…お偉方が沢山住んでいるらしい。その連中くらいしか手に入れられないのがスッポンなんだ」
なんと! ソルジャーの世界でスッポンと言えば超のつく高級食材でしたか…。会長さんも唖然としています。
「…そうなんだ…。じゃあ、究極のグルメってわけだね」
「グルメどころの騒ぎじゃないよ。そのスッポンを食べるだなんて、本当に信じられないな」
「でもスッポンは食べ物だよ?」
「…ぼくの世界じゃ薬なんだ。それも薬の材料の一つ。スッポンだけで作った薬も昔はあったと聞いているけど…今は無い。とにかく希少な生き物なのさ。生息環境が限られていて、地球ではかなり早くに絶滅したと聞いている。それが食べられるんなら、食べてみたいよ」
薬ですって? スッポンが? 言われてみれば怪しげな薬の広告なんかにスッポンが…。と、シロエ君が。
「もしかして漢方薬の材料ですか?」
「そう。漢方薬は地球に昔からある薬だってね。ぼくの世界では入手できなくなった材料が多いらしくて、データしかない薬もある。スッポンだけで作った薬もそうなんだ」
我が意を得たり、とソルジャーは嬉しそうでした。怪しげな薬ではなくて普通に漢方薬でしたか…。ソルジャーは嬉々として続けます。
「効能が素敵なんだよね。スッポン配合を謳った薬も凄そうでさ…。でも、高級以前に希少品。お偉方しか入手できない。ぼくたちの船が隠れているアルテメシアじゃ、お偉いさんが小物すぎるから輸入されることもないだろう」
「…ブルー…」
低い声を出したのは会長さん。
「その薬って、ろくでもないヤツじゃないだろうね? スッポンといえば滋養強壮、健康維持に冷え性、美肌。でも一番先に思い付くのは…」
「精力増強、夫婦円満」
ソルジャーがサラッと言い放ちました。げげっ、やっぱり怪しい薬じゃないですか! 会長さんも不機嫌な顔で。
「夫婦円満は知らないけれど、一般的には精力剤だ。それを承知で君はスッポンを食べたい、と?」
「うん。スッポン配合の薬でさえ手に入らないと思っていたのに、原料のスッポンが食べられるんだよ? まるで夢みたいな話じゃないか。あ、ぼくの世界の薬っていうのも精力剤さ。メンバーズって独身が条件のくせに、お盛んだよねえ。そんな薬が入り用だなんて」
クスクスと笑うソルジャーは壮大な勘違いをしていそうです。スッポンを食べただけでは劇的な効果は無いんじゃないかと思うんですけど…。会長さんもその点を指摘しましたが。
「いいんだ、スッポンは伝説に近いからね。食べたってだけでも心理的な効果はあるかと」
「効果って?」
怪訝そうな会長さんに、ソルジャーはクスッと笑みを零して。
「二人分、って言っただろう? もう一人はぶるぅじゃなくてハーレイなんだ」
「「「ええぇっ!?」」」
「ハーレイにスッポンを食べさせたい。だから打ち上げはスッポン料理!」
勝ち誇ったように言うソルジャーの瞳は本気の色を浮かべていました。打ち上げパーティーにスッポン料理。しかもソルジャーの世界のキャプテンまでがやって来るって、何ごとですか~!

パニックを起こした私たちでしたが、ソルジャーは譲りませんでした。どうしてもキャプテンにスッポン料理を食べさせたい、と言うのです。
「だってさ。…伝説の精力剤の原料だよ? 粉さえも手に入らないものが料理になって出てくるんだよ? そんなのを食べたら効きそうじゃないか。ハーレイったらヘタレだからね、自発的に精力剤を飲んでくれたりはしないんだ。だから食べさせようと思って…」
それに美味しいって書いてあるし、とグルメマップを示すソルジャー。根負けした会長さんが選んだお店はスッポン料理専門店でした。お店の案内を覗き込んだ私たちは料金に顔面蒼白です。
「…ブルー、ほんとにこの値段なの?」
震える声はジョミー君。一人前のお値段は、一泊二日の安いツアーなら十分お釣りがくるほどで…。
「どうせなら此処がいいだろう。何回か行って美味しいことは分かっているし、ハーレイの懐への打撃も大きい」
「ぼくもその店を見てたんだ。夢が叶って嬉しいよ。…明日はスッポンが食べられるんだね」
ソルジャーはとても幸せそうに微笑み、「じゃあね」と帰ってゆきました。えっと、えっと…明日は打ち上げパーティーで…教頭先生からお金を毟って、ソルジャーとキャプテンを連れてスッポン料理。なんだかとんでもなさそうですけど、食べに行くだけだし、平気ですよね…?

 

 

 

 

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