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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

逃げたい年頃  第1話

学園祭が終わった次の日の朝、登校してみると1年A組の教室は後夜祭の話題で花盛りでした。会長さんの花魁姿もさることながら、ジョミー君とキース君の坊主頭がやはり話題の中心です。先に来ていたスウェナちゃんとサム君、マツカ君、シロエ君の周りには既に人だかりが出来ていました。ジョミー君は…遅いですねぇ…。いつもならもっと早いのに。
「おはよう。ジョミーは遅くなるそうよ」
スウェナちゃんが手招きしてくれ、サム君が言葉を引き継ぎます。
「キースと一緒に来るらしいぜ。俺の所にメールが来たんだ。…一人で来るのは嫌なんだとさ」
「無理もないとは思いますけどね…」
訳知り顔で大袈裟に溜息をつくのはシロエ君。
「全校生徒に坊主頭を晒されたんです。キース先輩だって多分、来たくはないと思いますよ。でも理由もないのに欠席するのは先輩の信条に反しますから、ジョミー先輩が一緒というのは心強いかと」
「ですよね。声をかけたのはジョミーらしいですし…それならキースの顔も立ちます」
うんうん、とマツカ君が頷いています。プライドの高いキース君だけに、自分の方から『一緒に登校』を持ちかけるなんて出来ないでしょう。二人はきっとキース君の大学の朝のお勤めが終わった後で合流してから来るのでしょうが…。
「おっ、来た、来た!」
誰かの声が響いてクラスメイトが一斉に後ろを振り返りました。教室の後ろの扉からキース君とジョミー君がコソコソ入ってきたのですが…。
「よおっ、昨日は凄かったな!」
感激したぜ、と男子の一人がジョミー君の背中をバン! と叩くと、私たちを囲んでいたクラスメイトはたちまち民族大移動。人垣の中心は鞄を手にしたままのジョミー君とキース君です。
「なあなあ、それってホントに地毛? ズラじゃなくって?」
「ちょっと触ってみてもいいかな。ん~、この手触りはやっぱり本物?」
「馬鹿、引っ張ってみなきゃ分かんねえって!」
「いやいや、今どきのズラは引っ張ったくらいじゃ…」
言いたい放題、触り放題の男の子たちを、女子がキャーキャー歓声を上げて眺めています。特別生といっても先輩扱いされてないのは嬉しいですが、普段は有難いこの公平さも今日ばかりは不幸の種でしかなく…。グレイブ先生が登場するまで二人は好奇の目に晒され続け、私やサム君たちは遠巻きに見守っているだけでした。
「諸君、静粛に! なんだ、朝から騒々しい! 実に嘆かわしい光景だな」
グレイブ先生の冷たい視線に教室は一気に凍り付きます。事情を把握した先生は笑いながらジョミー君たちに席につくよう促し、コホンと一つ咳払いをして。
「諸君、学園祭は素晴らしかった。お化け屋敷も好評だったようだ。よく頑張ったな。…そして特別生諸君のショーも楽しませて貰ったよ。…ドレスの件は私も大人だ、どうこう文句を言うつもりはない」
ドレスって! 後夜祭でのグレイブ先生のマリンブルーのドレス姿が頭の中に蘇りました。教室にドッと笑いが起こります。先生はニヤッと笑ってドレスを着ているかのようなポーズを取って見せ、みんな大喜びで拍手喝采。ジョミー君たちの坊主頭は忘れ去られたようでした。…先生、ひょっとして二人の為に…? かっこいいかも、グレイブ先生…。

大学の講義も入っているキース君は二時間目の授業が終わると大学へ行き、終礼直前に帰って来ました。なんだか顔色が冴えません。今日は学園祭の後片付けで部活は無いので、みんなで「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ出掛けていったのですが…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい! 今日のおやつはレモンパイだよ」
笑顔で迎えてくれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」をサクッと無視して、キース君が叫びました。
「あんた、いったい何をした!!」
「「「は?」」」
あんたって…誰? 呆気に取られる私たちの視線を浴びたキース君は「あんたと言ったら、あいつだろうが!」と声を荒げて。
「しらばっくれるな! 聞こえないふりをしやがって!」
ビシッと指差す先にいたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」ではなく会長さん。ソファに腰掛け、紅茶のカップを手にしています。
「ずいぶんな御挨拶だね、キース。…まあ、落ち付いて座りたまえ。とても美味しいレモンパイだよ。ぶるぅ、みんなにも飲み物をあげて」
「オッケー!」
大きなテーブルを囲んで座るとレモンパイのお皿と飲み物が配られ、ジョミー君が真っ先に「いただきま~す!」と食べ始めました。喉元過ぎれば熱さ忘れると言うのでしょうか、托鉢ショーと後夜祭の恨みは無いようです。私たちも釣られてフォークを手にし、キース君のことなど頭から消えていたのですけど…。
「おい。…俺は食い物で誤魔化されたりはしないからな」
地を這うような声が聞こえて、キース君が会長さんをジロリと睨み付けました。
「もう一度聞く。あんた、いったいどういうつもりで…!」
「ん? さっきから一人で騒いでるけど、なんのことだい?」
分からないなぁ、と首を傾げる会長さんにキース君は膝の上で握り締めた拳を震わせて…。
「よくも白々しいことを…! 今日、大学へ行ったら、教授に呼び止められたんだ。…でもって、「ブルー様の学園祭のお手伝いを無事に勤め上げられたようで良かったね」と。…特別講座の単位はちゃんと認定しておくよ、と満面の笑顔で言われたんだ!」
特別講座!? それってキース君がわざとサボッて落第を狙ったヤツのことでは…。会長さんはクスッと笑って「おめでとう」と言いました。
「良かったじゃないか、特別講座の単位が貰えて。これで来年の秋に修行道場へ入れるよ。…髪は短く切らなきゃダメだね」
「だから! なんでそういうことになるんだ! 俺は先延ばしにしたくて、わざと講座をサボッたのに…」
「熱心に練習してくれたからねぇ、ファッションショー。…君の努力に報いたくって、大学に電話をかけたんだ。君が特別講座を欠席したのは学園祭を手伝ってほしいと強引に勧誘しちゃったからで、埋め合わせはぼくがしておくと。講座の内容をちゃんと教えて、特別に勤行もさせるから…って。なんか感激していたようだよ」
「……あんた……」
そんなに俺を坊主頭にしたいのか、とショックを受けているキース君。
「別に? 君が真面目に住職への道を走ってくれれば、続くジョミーも走りやすい。だから手助けしただけさ。そうそう、これが特別講座の中身だからね」
キラッと青いサイオンが走ってキース君の額に吸い込まれました。情報伝達をしたのでしょう。何十時間もかけて覚えるような内容であっても、サイオンを使えば一瞬で相手にコピーできますから。
「…………。素直に感謝する気にはなれんな」
「そうかなぁ? だったら、こっちはどうだろう?」
再びキラッと走るサイオンの光。次の瞬間、私たちはポカンと口を大きく開けていました。

「「「…………」」」
誰もが沈黙を守っています。固まっている、と言い換えた方が正しいでしょうか? その中でジョミー君が恐る恐るといった様子で自分の頭に手をやって。
「…よ…良かったぁ…」
無事だった、と金色の髪を引っ張るのを見て、キース君はサーッと青ざめました。ええ、ツルツルの見事な坊主頭のキース君が。慌てて両手を頭に当てて何やら探っているようですが、自慢の髪はありません。
「お、おいっ! ど、どうなってるんだ、俺の頭は!? ま、まさか…」
ツルツルなんじゃないだろうな、と声を震わせるキース君の問いに答えられない私たち。もしかしてキース君の手には髪の毛の感触があるのでしょうか? しきりと頭を撫でていますが…。
「自分自身の目で確かめるのがいいと思うよ」
会長さんが「はい」と鏡を差し出し、キース君の絶叫が部屋中に響き渡りました。托鉢ショーではお金を入れた人にしか見えず、後夜祭では写真に写らなかったお蔭でキース君は知らずに済んだ自分自身の坊主頭。それをガッツリ見せられたのでは、たまったものではないでしょう。テーブルに突っ伏したキース君ですが、その後頭部は容赦なく鈍い光を放っています。
「…ブルー…」
唇を戦慄かせて尋ねたのはジョミー君でした。
「キースの髪の毛、どうなっちゃったの? まさか本当にツルッツルとか?」
「どうだろうね。君も体験すれば分かるよ」
キラッと光る青いサイオン。今度はジョミー君の頭から髪がスッパリ消え失せました。金色の髪の代わりに地肌が光を弾く姿に、私たちは目が点です。
「え? えぇぇっ!?」
ジョミー君は頭に手をやり、それからツルツルの地肌から少し離れた所でツンツンと見えない何かを引っ張って…。
「もしかして、ぼくもツルツル頭に見えてるの?」
「それは自分で確認したまえ」
会長さんが向けた鏡を覗き込んだジョミー君は「うへぇ」と間抜けな声を上げましたが、パニックにはなりませんでした。代わりに鏡を見詰めたままで頭をあちこち触っています。
「おかしいなぁ…。ちゃんと前髪もあるんだけども、全然鏡に映ってないや。…これってサイオニック・ドリームなの? それとももっと別の方法? そっか…みんなにはこんな頭に見えてたんだぁ…」
本物のお坊さんみたいだよね、と言うジョミー君は好奇心がショックに勝ったようです。まだ突っ伏しているキース君とは対照的に、坊主頭の原因追究を始めました。会長さんは満足そうに頷いて。
「いい質問だね、ジョミー。流石はぼくが見込んだタイプ・ブルーだ。…うん、それもサイオニック・ドリームだよ。ただし昨日のよりは上級レベル。昨日のは鏡に映したら髪の毛があるのがバレるんだけど、今日のはバレない。ついでに写真も撮れたりするんだ」
「「写真!?」」
ジョミー君の声と、跳ね起きたキース君の声が重なりました。キース君は顔面蒼白というヤツです。
「や、やめてくれ! 写真だけはやめてくれ!!」
「心配しなくたって撮らないよ。…それはもう少し先のことかな」
は? もう少し先って、どういう意味? 私たちが首を傾げた所へ、パチパチと拍手の音がしました。え? 今の拍手はいったい何処から…?
「こんにちは。楽しそうなことをやっているね」
紫のマントを優雅に翻して、ソルジャーがこっちに近付いてきます。ジョミー君とキース君は坊主頭のままですけれど、ソルジャー、何しに来たんですか~!?

当然のようにソファに腰掛け、「そるじゃぁ・ぶるぅ」からレモンパイを受け取ったソルジャーは興味津々といった様子でジョミー君たちを眺めました。
「学園祭だっけ? お邪魔しちゃいけないと思ってシャングリラから見てたけど…。どの催しも面白かったよ。でも、その髪型が最大級の見世物なのかな? 今もやってる所をみると」
「笑いが取れるって意味ではそうかもね」
会長さんが答えます。
「ジョミーはともかく、キースはこの髪型に人生がかかっているんだよ。なのに納得いかないらしい。そこが面白くて、ちょっと追い打ち。あ、ブルー、写真は撮らないであげて」
「何故だい? せっかく愉快な髪型なのに」
残念、と呟いて会長さんのポケットから抜き取ったらしいケータイをパチンと閉じるソルジャー。
「写真はね…。今、撮ったんじゃ意味が無いんだ。確実に写るに決まってるから」
「ふぅん?」
「自分の意志で、自分のサイオンの力でカメラに写る状態をキープできるようにならなきゃいけないんだよ。まあ、今日の所はここまでだけどさ」
再びサイオンの光が走って、ジョミー君たちの頭に髪の毛が戻って来ました。二人は鏡を覗いて安堵の声を上げています。写真も撮られずに済んで大喜びといったところでしょうが…。
「キース、今の感覚を覚えてるかい?」
会長さんの質問にキース君は「いや」と不快そうな顔をしています。
「あんたに散々遊ばれた上、ブルーまで乱入してきたんだぞ? 覚えるも何も…」
「そうなんだ。それはとっても残念だったね。…今のが君の将来を左右する重大な鍵になるイベントなのに。ジョミーも特に覚えてないかい?」
「…うん…。触ったら髪の毛は確かにあるのに、なんで鏡に映らなかったのかな?」
「そこが大事な所なんだよ」
キースは気付いてないようだけど、と会長さんは苦笑しました。
「坊主の道を選んだ以上、どう転んでも避けられないのが剃髪だ。キースもそれで悩んでいる。…だけど何度も言ってるように、ぼくは剃髪したことがない。サイオンで周囲を誤魔化していたと言っただろう? それには鏡にも映る、写真にもちゃんと写るっていう高度なサイオンの扱いが必要なんだ」
「…それじゃ、さっきの技を練習すれば…」
縋るような目のキース君。
「俺は剃髪しなくて済むのか? 来年の秋の修行道場も短く切らずに潜り込めるのか?」
「そうなるね。とりあえず、これから時々練習しようか。ぼくが坊主頭にしてあげるから、その状態を維持できるよう訓練するのがいいかもしれない。ジョミーもだよ」
「えっ、ぼくも!?」
声が裏返るジョミー君。前から阿弥陀様を拝むようにとか勧誘されてはいますけれども、いきなり剃髪対策を始めるように言われたのでは驚くのも無理はないでしょう。
「もちろん。君にはぜひとも高僧になって貰いたい。…あ、サムは練習しなくていいよ。剃髪せずに位が取れる別枠を用意するつもりでいるから」
「「「別枠?」」」
そんなモノが存在するんだったら、キース君にも紹介してあげればいいのに…と非難の声を上げる私たち。けれど会長さんは涼しい顔で受け流しました。
「ダメだよ、別枠は一人が限界。しかも法力が期待できそうなサムだからこそ使える道だ。昔々、法力で有名なお坊さんがいたんだけれど、その力を使う時は角がある鬼に見えたというのさ。…それにあやかって、サムが法力を発揮するには髪の毛が必要不可欠なんだ、と本山に進言するつもり」
「え? でも…」
俺にそんな凄い素質は無いし、と遠慮するサム君の肩を会長さんがポンと叩いて。
「大丈夫。ぼくだって伝説の高僧なんだよ? お坊さんになれさえすれば、後のことはなんとでもなる。サイオンがあることだけでも他の人より有利なんだ。それにサムが坊主頭になってしまったら、ぼくと全く釣り合わないよ。デートできなくなっちゃうじゃないか」
「そっか、ブルーがそう言うんなら…」
頬を染めるサム君は今も会長さんの恋人候補です。朝のお勤めがデート代わりのカップルですけど、進展する日は来るのでしょうか…。

そんなこんなでジョミー君とキース君は「坊主頭に見せかける訓練」を始めることになりました。でも今日はソルジャーも遊びに来たことですし、訓練は無しでお茶会です。ソルジャーは会長さんからお寺のシステムやお坊さんについてレクチャーを受け、キース君が行かねばならない道場のこともキッチリ理解したようでした。
「なるほど、髪の毛があってはダメだというわけか…。なかなか厳しい所らしいね」
「うん。住職を目指すなら、女性も坊主頭にしなきゃならない。キースの大学にもそんな女の子がいる筈だよ。若い女の子に坊主頭はかなりキツイと思うんだけど、帽子を用意したりしてそれなりに乗り切っていくものなのさ。なのにキースときたら…」
情けない、と舌打ちをする会長さん。キース君は何も言えずに俯いています。鏡に映った坊主頭の自分の姿で絶叫していたくらいですから、覚悟どころか更に恐怖が募ったのでは…。そんなキース君を見ていたソルジャーが突然、「可哀相だよ」と口にしたからビックリです。
「可哀想? どこが?」
信じられない、といった表情の会長さんにソルジャーは肩を竦めてみせて。
「自分の意志ではない髪型を強制されるって所かな。髪型ってけっこう大事じゃないかと思うんだ。…ぼくが生きてる世界のことは知ってるよね? 昔は実験体だったことも」
「「「………」」」
私たちは無言で頷きました。ソルジャーはミュウと呼ばれて人類に迫害され、研究所に閉じ込められて非人道的な実験を繰り返されていたのです。けれど、そのことと髪型の間に一体どんな関係が…?
「実験体だった頃、ぼくたちは檻みたいな部屋で暮らしてた。思い出すだけで吐き気がしそうな実験を受けて、死んでしまった仲間も多い。でもね…何の自由もない日々の中で、一つだけ自由だったものがある」
「「「???」」」
「決まり切った味気ない食事、誰もが同じ簡素な服。色も形も選べやしない。なのに髪型だけは強制されなかった。管理する側の都合や衛生面の問題からすれば、それこそ男女の別を問わずに丸刈りにすれば面倒がなかったと思うんだよね。でも人類はそうしなかった」
女性は好きな長さに伸ばすことが出来、男性も好みのヘアスタイルでいられたのだ…とソルジャーは真顔で言いました。
「もうお笑いでしかないんだけれど、実験で殺してしまっても顔色一つ変えないくらいにミュウを人間扱いしないくせにさ。個体の識別をしたいんだったら方法は幾らでもあっただろうに、髪型は個人の自由なんだ。サイオンを研究していただけに、脳を保護する大切なものだと思ったのかな?」
実際はサイオンと髪の毛は全く無関係だけど、とゼル先生にそっくりだという機関長を例に挙げるソルジャー。なるほど、ゼル先生とそっくりならば髪の毛は既に無いでしょう。しかし実験体時代のミュウの唯一の自由がヘアスタイルとは驚きでした。
「まあ、髪とサイオンとは直接関係が無いにせよ、サイオンは心に関係するし…。心を平穏に保つためには個性を尊重するって意味で髪型も大事なんだと思うよ。…お坊さんの修行の場合は、その髪の毛を捨てるってことが大切なプロセスなんだろうけどね」
「そうだよ。だから出家って言うんじゃないか。出家イコール剃髪なんだってば、本当は!」
自分は姑息な手段で逃れたくせに、会長さんは強気です。
「キースも一度は覚悟したんだ。なりゆきでそうなっただけなんだけど、ぼくがこの手で坊主頭にしてあげようって迫ったことがあったんだよ。あの時、剃っとけばよかったかな…」
げげっ。あれはキース君がサム君をからかって、会長さんの逆鱗に触れた時のことでしたっけ。墨染の衣やらシェービングクリームやらを取り寄せてきて、本当に剃りかねない勢いだったのを覚えています。結局はサイオニック・ドリームで前髪を切り落とす幻覚だけを見せて終了したのですけど…。
「ふうん、そんな事件があったのか…」
誰かの記憶を読んだらしいソルジャーがクスクスとおかしそうに笑いました。
「キースはよっぽど坊主頭が嫌なんだね。ジョミーも嫌がっているみたいだけれど、キースの方が根が深そうだ。そんな二人の坊主頭を目撃できたとは運がいい。今日のお菓子も美味しかったし」
そろそろ帰るよ、と立ち上がるソルジャーに「そるじゃぁ・ぶるぅ」がキッチンから箱を抱えてきます。
「あのね、今日はパイを余分に焼いたんだ。これ、お土産」
「嬉しいな。ぶるぅが喜ぶよ。…あ、ぶるぅにぼくの記憶を見せてもいいかな? キースとジョミーの坊主頭を」
「「………」」
二人は答えませんでした。なんといっても相手がソルジャーなだけに、ダメと言っても勝手に見せてしまいそうです。ソルジャーは沈黙を了承と受け取ったらしく、御機嫌で私たちに別れを告げるとレモンパイの箱を抱えてシャングリラに帰ってゆきました。

「あーあ、ソルジャーにまで見られちゃったよ…」
ガックリと落ち込むジョミー君。キース君は鏡を覗いて髪の毛の無事を何度も確認し続けています。会長さんは「ギャラリーがいて良かったじゃないか」と微笑んで。
「いいかい、あんな風に突然人が現れることもある。サイオンで坊主頭を装うっていうのは大変なんだよ。油断してると大変なことに…。修行中は自分の個室も無いからね」
男女が別なだけで雑魚寝だし、と修行道場を語る会長さん。
「寝てる間も気を抜けない。夜中に隣の人が目覚めて、髪の毛があるとバレたらどうする? そういうリスクを回避するには、サイオンなんか使おうとせずにスッパリ剃るのが一番だけど」
それが絶対ぼくのお薦め、と得々と語る会長さんはキース君とジョミー君を坊主頭にしてしまいたいのかもしれません。それも面白そうだという動機だけで。…これならば「可哀相だよ」と言ったソルジャーの方が、よほど優しいと言えるかも…。けれど会長さんは全く気にせず続けます。
「修行道場では記念写真も撮るからね。写真にも写るレベルのサイオニック・ドリームを維持し続ける根性が無いと、その場でバレる。バレたらもちろん丸刈りにされるし、せっかくの道場入りもパアになってしまうのさ。次の年に改めて道場入りってことになるけど、ブラックリストに載るのは確実」
だから剃るのが一番だよ、と会長さんは言いましたが…。
「嫌だ! 少しでも光が見えた以上は、俺はこの髪を守り抜く!」
キース君が叫び、ジョミー君が。
「ぼくも! まだお坊さんになるって決まったわけじゃないけど、練習しといて損は無いから頑張るよ。キース、一緒に練習させて!」
「もちろんだ。二人なら技を競い合えるし、競争することで力も伸びる」
ガシッと握手をしている二人に、会長さんは溜息をついて。
「やれやれ、二人とも坊主頭から逃げる気なんだ? まあいいけどね、気持ちは分からないでもないし…。でも修行道場を乗り切った後、本格的にお坊さんへの道を歩むなら五年間は丸坊主でいなきゃならないよ。サイオニック・ドリームを保ったままで五年間だ。頑張れる所まで頑張りたまえ」
力尽きて剃りたくなるのがオチだろうけど、とニッコリ笑う会長さん。
「坊主仲間から聞いた話じゃ、剃髪したら楽らしいよ? 髪の手入れをしなくて済むし、お風呂で背中を洗ったついでにタオルでそのままゴシゴシと…頭まで洗えてしまうんだってさ。一度剃ったら二度と伸ばす気になれないだなんて言ってる人を、ぼくは沢山知っているんだ」
それにね…、と会長さんは声を潜めて。
「修行道場も、キースの来年の秋の道場入りも、お風呂は大浴場だから。短髪や坊主頭のふりをして入り込む以上、髪の手入れに時間はかけられないよ? もちろんシャンプーなんか持ち込めない。覚悟を決めて挑むんだね」
ぼくは自由自在にサイオンを駆使できるから全く問題なかったけれど、とトドメの一撃を繰り出す会長さんは本当に楽しそうでした。ジョミー君はともかく、来年の秋には髪を短くしなければいけなくなってしまったキース君は逃げ切ることができるのでしょうか? 坊主頭を装う訓練、見ている方は笑っていればいいんですけど、やってる方は必死です。これから時々、キース君たちの坊主頭を見ながらお茶をすることになりそうですよ~!




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