シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
賑やかだった教頭先生の家での一泊二日。あれから早くも数日が過ぎて、今日は楽しいクリスマス・イブ。今年も会長さんの家に招かれた私たちはお泊まり用の荷物を持って、会長さんのマンション近くのバス停前に集合しました。クリスマス当日は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の誕生日ですし、プレゼントの用意もぬかりなく…。
「去年がエプロンで今年はパジャマか…」
芸がないような気がするが、とキース君が呟きます。
「だって! 他にいいもの思い付かなかったし!」
ジョミー君の言うとおりでした。あれこれ考えたものの、相手は家事万能で三百年も生きてきている子供です。自称一歳児とはいえ最後に卵から孵ったのが数年前で、このクリスマスで三歳で…本当の年はプラス三百と何年か。子供っぽくて子供そのものでも、やっぱりちょっと違います。
「アヒルちゃんの鍋つかみを却下したのはキースだぜ」
サム君が首を振り、シロエ君が。
「アヒル型の一人用土鍋はサム先輩が却下しましたよね。嘴から湯気が出るっていうのが可愛い、って意見が一致しかかったのに」
「だってさ…。いかにも料理をしてくれっていう感じじゃないか。ブルーの家へ朝のお勤めに行ったら、朝粥がよく出るんだぜ。一人用土鍋なんか買ったら、一人前ずつ心をこめて作ってくれって言ってるようなもんだろう?」
いつもは鍋で纏めて炊いてるのに…との経験者ならではの言葉に反論できない私たち。一人用土鍋は会長さんの家にもあって、御馳走になったこともありますけれど…新しいタイプの土鍋を一個だけ買って持って行ったら、アヒルちゃん大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」は人数分のアヒル型土鍋を買い足しそうです。それは流石にまずいかも…。
「結局パジャマが無難なのよ」
ぬいぐるみの趣味は無さそうだし、とスウェナちゃん。アヒルちゃんぬいぐるみを却下したのはスウェナちゃんと私でした。そう、私たちはアヒルをモチーフにした何かを求めて繁華街を彷徨ったのです。
「マグカップとかもイマイチいいのが無かったですしね…」
マツカ君が溜息をつきます。アヒルちゃん模様のパジャマは子供服売り場でキース君が見つけ、枕カバーとどっちにするかで揉めた挙句にパジャマの方に決まったのでした。パジャマならベッドでも土鍋でも、どちらで寝るのにも使えますから。
「気は心って言うもんね。アヒルがついてれば喜ぶよ」
いっそ普段着にもアヒルをプリントすればいいのに、とジョミー君が言いましたけど…。
「「「却下!」」」
普段着というのは会長さんのソルジャー服のミニチュア版です。何処にアヒルをプリントしろと?
「えーっ? マントの裏とかにするのは変かなぁ?」
「お前、どういうセンスをしてるんだ…」
何かが違うと思わないか、と全員の考えを代弁してくれたキース君は更に続けて。
「いいか、仮にそのアイデアが通ったとする。ぶるぅのことだ、マントの裏にアヒルちゃんの絵がプリントされたら大喜びではしゃぐだろうが…。大事なことを忘れていないか? あの服はソルジャーの正装のミニチュアなんだぞ」
「うん、知ってる。可愛いよね」
「だから、可愛いとかそんな次元の問題じゃなくて! ぶるぅのマントがそれになったら真似をするヤツが出てきそうだとは思わないのか? 本物のソルジャーがマントの裏にアヒルちゃんをプリントしたらどうする」
「「「………」」」
やりそうなソルジャーを私たちは一人知っていました。普段ソルジャーと呼んでいるのは別の世界からのお客様ですが、会長さんだってソルジャーです。会長さんのマントの裏にアヒルちゃん…。頭痛がしそうな光景を頭の中から必死に追い出し、私たちはアヒルちゃん模様のパジャマをサム君のバッグに預けて、会長さんのマンションを目指したのでした。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
出迎えてくれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は元気一杯、満面の笑顔。
「もうお客様、来ているよ。入って、入って!」
フィシスさんが招かれているというのは聞いていました。去年は夕食からのゲストでしたが、今年は最初から一緒のようです。時間は正午を少し過ぎた所で、家の中にはいい匂いが…。お馴染みのゲストルームに荷物を置いてリビングに行くと、会長さんが待っていました。
「こんにちは」
ん? あれ? 会長さんが…二人??? フィシスさんを間に挟んで会長さんが二人います。ということは片方は…。
「メリー・クリスマス! あ、その挨拶には早すぎるかな?」
どうなんだっけ、とフィシスさんともう一人の会長さんに尋ねる会長さんの隣には「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。いえ、多分…あれは「ぶるぅ」です。
「ごめん、ごめん。驚いた? ブルーが地球のクリスマス気分を味わいたいって言うものだから…」
セーターの色で区別して、と苦笑している会長さん。テーブルにはスコーンにサンドイッチ、ケーキとパイが何種類か。昼食を兼ねたアフタヌーンティーになっているんですね。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコニコ顔で。
「晩御飯はクリスマス・パーティーだから、お昼とおやつは一緒の方がいいかなぁ…って。ね、今年は飾りつけも頑張ったんだ」
大きなクリスマス・ツリーの他にも華やかな飾りが一杯です。色とりどりのリボンにキラキラの星、それに天井から下がっている枝は何でしょう?
「キッシング・ボウだよ。ヤドリギのリース」
会長さんが得意そうに説明してくれます。
「ほら、赤い実がついているだろう? あの飾りの下にいる女の人にはキスをしたっていいんだってさ。キスをしたら実を一個、毟る。実がなくなればキスもおしまい」
「面白そうな習慣だね」
反応したのはソルジャーでした。
「じゃあ、ぼくがフィシスにキスをしたってかまわないわけだ」
「う…。まあ、それはそういう理屈かな…。あっ、まだ今はダメだからね! パーティーが始まる時間から! …フィシス、あの下に立ってはいけないよ」
独占欲丸出しの会長さんに、フィシスさんが困ったように。
「あら…。そういうのはいけませんわ。せっかく綺麗に飾り付けたのに、ヤドリギだって可哀想…」
「ね、フィシスだってそう思うよね?」
我が意を得たり、とソルジャーが膝を乗り出します。
「ぼくの世界じゃヤドリギは希少な植物なんだ。人工的に作り出した森や林にヤドリギは無い。見学用の植物園や研究所とかにあるだけさ。もちろん、ぼくのシャングリラにもヤドリギなんかあるわけがない。それをゴージャスに飾ってるからには、大いに役立ててくれないと…。そうだ、無礼講っていうのはどう?」
女性限定はやめてしまおう、とソルジャーは悪戯っぽく笑いました。
「キスの相手は男でもいいってことにしようよ。ぼくはきみのキスを狙いたいな」
「………。言い出した以上、撤回する気は無いんだよね?」
渋い顔の会長さんにソルジャーはクッと喉を鳴らして。
「ご名答。みんな、聞いてた? パーティーの間、ヤドリギの下に立ってる人は誰にキスされても怒らないこと。…そうだ、サムには嬉しい話じゃないのかな。まだブルーとはキスしてないだろ?」
「え? …ええっ!?」
そんなこと…、とサム君は耳まで真っ赤です。公認カップルを名乗って半年以上も経つというのに、会長さんとサム君のデートは健全な朝のお勤めだけ。一向に進展しない二人なだけにチャンスなのかもしれませんけど、フィシスさんの立場はいったい…?
「そうですわね…。ブルー、応えてあげるのも素敵じゃないかと思いますわ」
女神のような笑みを浮かべてフィシスさんはサム君を眺めました。
「頑張って、サム。…ブルーのキスをゲットですわよ」
「で、でも…」
「あらあら、公認カップルなのでしょ? せっかくのチャンスですもの、利用しなくてはいけませんわ」
でないと逃げられてしまいますわよ、と焚きつけているフィシスさん。冗談で言っているのではなさそうです。そういえばエロドクターことドクター・ノルディが会長さんに言い寄っているのをサッパリ理解してくれない、と聞かされたことがありましたっけ。フィシスさんって天然かも…。
それからは色々な話題に花が咲き、ソルジャーは教頭先生が坊主頭にされた話に大笑い。いつもサイオンで覗き見しているわけではないらしくって、宿泊券を手に入れるための様々なバトルも大ウケでした。
「ブラウが大食いとは知らなかったな。ぼくの世界のブラウは何杯くらい食べられるだろう? わんこそばの大食い大会、やってみたいと思うけど…ハーレイが文句を言うだろうね。食べ物を無駄にするな、って」
わんこそばの大食いには自信がないというソルジャーでしたが、スイーツの大食いだったらシャングリラの頂点に立てる自信があるそうです。そして大いに興味があるのは教頭先生の坊主頭で…。
「結局、その後どうなったんだい? ハーレイの頭」
「翌日の朝までっていう強力な暗示をかけたからね…。入浴シーンがけっこう笑えた」
会長さんの説明によると、お風呂に入った教頭先生はいつもの習慣で髪にシャンプーをつけようとしてツルツル頭の感触に衝撃を受け、しばらく動けなかったのだとか。それからボディータオルをガシガシ泡立て、背中をゴシゴシ洗ったついでに頭まで一気にゴシゴシゴシと…。
「坊主仲間から聞いてた洗い方そのものだったよ、豪快でさ。こう、タオルの両端を持って背中から頭の上まで左右にゴシゴシ」
「へえ…。タオルが髪に引っかかってバレそうな感じがするけどねえ」
「もちろん引っかかったと思う。でもその程度で解けちゃうようなサイオニック・ドリーム、意味ないし!」
「確かにね。髪の毛が傷みそうだけど…一度くらいなら問題ないか」
元がデリケートとは言い難いし、とソルジャーはクスクス笑っています。教頭先生はお風呂の後も髪の毛の存在には気付かないままバスタオルで拭き、猛烈に悩んだという話でした。来るべき新学期に向けてカツラを被るか、坊主頭のままで挑むか。カツラの広告と坊主頭のヘアカタログ雑誌『ボウズスタイル』を交互に眺める様子は「被るか、被らないか」とハムレットばりの悩みっぷりで…。
「残念なことにハーレイったら、結論を出す前に寝ちゃってさ。…それで夜が明けてゲームオーバー」
髪の毛が元に戻っちゃった、と会長さんは残念そうです。
「被りたがるタイプか、坊主頭でもオッケーなのか…。それくらいは知りたかったんだけどね。被るタイプだとは思うんだけど」
「…うーん…。ぼくのハーレイなら被るだろうね。キャプテンの服に坊主はちょっと」
「似合わないって? 坊主にも色々あるんだよ。ほら、地肌の色とのコントラストを生かしてこんな風に…」
模様とかね、と『ボウズスタイル』を宙に取り出してページをめくる会長さん。ソルジャーは雑誌を眺めましたが、あちらの世界のキャプテンと相思相愛なだけに複雑なものがあるみたい。
「…ぼくはハーレイを外見も含めて愛しているから、坊主頭にはしたくないな。君の世界のハーレイが坊主頭になっちゃった時は、ちょっかいを出すかもしれないけれど。しかしハーレイも災難だねえ…」
坊主頭にされちゃうなんて、と言いながらもソルジャーは笑いを抑えきれません。教頭先生は坊主頭が幻覚だったことに気付いた途端に上機嫌になり、普段の何倍も時間をかけて鼻歌交じりにスタイリングをしたとか、しないとか。
「その次の日に別の宿泊予約が入ってたんだ。…それもサイオンを持った仲間と、これから目覚める子が二人。そんな連中の前に坊主頭で出なきゃならないと思ったハーレイは、凄く絶望してたと思うよ。そこへ髪の毛が戻ったんだから、鼻歌だけじゃなくて狂喜乱舞をしてほしかった」
「狂喜乱舞?」
「うん。…ハーレイはバレエも踊れるしね。こう、喜びのグラン・フェッテ・アントゥールナン…歓喜の三十二回転を披露したっていいんじゃないかと」
会長さんが言い、ソルジャーと「ぶるぅ」以外の全員が笑い転げました。少し遅れてサイオンで情報を読み取ったらしいソルジャーと「ぶるぅ」が笑い出し…。
「「「わははははは!!!」」」
情報伝達に便利なサイオン。私たちはパジャマ姿の教頭先生がドスンドスンと回転する映像を共有して笑い、笑って笑って涙が出るまでテーブルや床を叩いたのでした。
そう、サイオン。…私たちが初めてサイオンという言葉を聞かされ、会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」たちの仲間であると知らされたのは去年のクリスマス・イブのこと。それからたった一年の間にシャングリラ号で宇宙に出かけ、特別生になり、別の世界からソルジャーまでが現れて…。目まぐるしく周囲が変化した割に、私たち自身はちっとも進歩が無いような…?
「一昨日にアルトさんとrさんが来たんだよ。健全に一泊していった。…ぼくたちの仲間だと知らされて、ね」
会長さんが言い、ソルジャーが。
「ああ、君が口説いている子たちか。来年はもっと賑やかな面子になるのかな?」
「…いや、メンバーは変わらない。友達と恋人は区別しなくちゃ。アルトさんたちはレディとして特別に扱うんだ。この子たちみたいな万年十八歳未満お断りとは違うからね」
「「「え?」」」
私たちは一斉に視線を会長さんに向けました。万年十八歳未満お断りって…それって馬鹿にされてますか?
「万年十八歳未満お断りって言ったんだよ。もう一度ゆっくり言おうか? ま・ん・ね・ん…」
一文字ずつ区切られて聞こえた言葉は、間違えようもなく『万年十八歳未満お断り』というものでした。会長さんはフィシスさんと微笑み合って頷き、私たちの方に向き直って。
「ぼくたちの仲間には二通りのタイプがあるんだよ。ある程度まで順調に成長してゆくタイプと、そうでないのと。ハーレイやゼルたちは大人だけれど、ぼくやフィシスや特別生の連中たちは違うだろう? 個体差があると言ってもいい」
年齢を重ねるタイプとそうでないタイプが存在するのだ、と会長さんは具体例を挙げました。
「そして大人にならないタイプは、更に二つに分かれるらしい。精神年齢の成長まで止まるタイプと、そこそこ成長するタイプと。分岐点が何処かは謎なんだけど、一度成長が止まってしまうとそれっきりになってしまうみたいで…君たちは全員止まってしまった方なんだよね」
「「「えぇっ!?」」」
とんでもないことをサラッと告げられ、私たちは口がポカンと開いたまま。精神年齢が成長しないって…それでもって万年十八歳未満お断りって…。もしかしなくても私たちは本物の一年生だった去年と同じで進歩はゼロってわけですか!?
「ああ、誤解しないように言っておこう。積んだ経験は身についていくから、キースが大学でやってる授業やお勤めなんかは無駄にはならない。ただ、大人になることが出来ないっていうか…。なりきれないって言うべきか。たとえば恋人。…サム、君はぼくに惚れ込んでるけど、ぼくを抱きたいって思うかい?」
「…えっ? そ、そんな……」
プシューッと湯気を噴きそうな顔をして、サム君はブンブンと首を左右に振りました。
「これがサムの本音で限界。…ぼくを好きだって自覚はあっても、そこから先へ進めない。キース、君も覚えがあるんじゃないかな? 大学のコンパとかではモテる方だと思うんだけど、硬派がどうとか云々以前に他の男子と違ってないかい? パルテノンへ遊びに行こうと誘われたことは?」
「そ、それは……。坊主になる身がパルテノンなんかへ遊びに行くのは…」
「でも、行く学生は多いよね? はっきり言えばソープとか。…君が全く興味を示さず、ついて行かないのは何故だと思う?」
「…うっ…」
黙ってしまったキース君を見て、ソルジャーが「ソープって何?」と尋ねます。会長さんはソルジャーの耳に何やら囁いてますが、ソープといえばソープランドの略でしたっけ。詳しいことは知りませんけど、大人の時間が買える店です。えっと…大人の時間が買えるお店で、十八歳未満お断り。…ん? 十八歳未満お断り…!?
「君たちは来年、十八歳になるんだっけね」
会長さんが私たちをグルリと見渡して。
「十八歳といえば大人の世界が解禁になる年齢だけど、君たちはそれに見合わない。ぶるぅが決して六歳以上にならないみたいに、君たちは十八歳の壁を越えられないのさ。…つまり大人になれないってこと」
「「「………」」」
誰もが自覚していたものか、反論はありませんでした。万年十八歳未満お断りとは衝撃ですが、だからといって大人の世界に飛び込みたいとも思いませんし…。会長さんはクスッと笑って軽くウインクしてみせました。
「大丈夫、そのままで別に問題ないから。外見は一年生のままなんだからね、年相応でちょうどいい。…アルトさんとrさんは大人の世界に片足突っ込んでしまったけれど、個人差ってことで納得したまえ」
うーん、アルトちゃんとrちゃんですか…。あの二人は去年から会長さんに惚れてましたし、私たちはスタートダッシュで負けていたのかもしれません。特別生の一年生を繰り返すだけで、いつまで経ってもお子様だなんて…。
外見も中身も成長しない、と言われてしまった私たち。会長さんはソルジャーに向かってお説教を始めました。
「いいかい、この子たちは来年になっても十八歳未満のままだからね。生まれてから十八年以上が経ったからって、大人扱いは困るんだ。ちゃんと弁えてくれないと…」
「分かったよ。ぶるぅだと思って対応するさ。大人の時間になったら締め出しておけばいいんだろう?」
「そんな時間を控えてくれると嬉しいんだけど」
「君のハーレイとかエロドクターとか、からかい甲斐がある連中が揃ってるのに?」
控えるなんて絶対に無理、とソルジャーは主張しています。私たちは溜息をつき、こんな人たちに付き合わされる人生ならば子供のままでいるのがベストと思い始めていたのですが…。
「困った…。一生嫁が貰えないのか」
シビアな問題を口にしたのはキース君でした。
「嫁がいないと後継ぎが…。親父になんて言えばいいんだ」
あ。キース君の家はお寺です。後継者がいないと大変なことになるのかも…。けれど会長さんは余裕の笑みで。
「後継ぎ? 元老寺のことなら無問題だと思うけどな。君の寿命はどれだけあると思ってる? ぼくは三百年以上生きているんだよ。君も余裕で三百年はいけるってことだ。お嫁さんなんか貰わなくっても、君一人だけで他のお寺の何世代分も持ちこたえるさ」
それに、と人差し指を立てる会長さん。
「お嫁さんがいないというのは住職としてポイント高いよ? 生涯不犯は坊主の理想だ」
「「「…ショウガイフボン?」」」
キース君を除いた全員が首を傾げました。もちろんソルジャーも同じです。
「一生、異性と交わらないこと。仏教には五戒というのがあってね…更に五つ加えて十戒というのもあるんだけれど、守るべき大事な戒めなんだ。五戒の一つが邪淫戒」
「「「…ジャインカイ…?」」」
「そう、邪に淫らと書く。それが異性と交わるな…ってヤツ。今では夫や妻以外の異性と言われてるけど、本来はもっと厳しかった。異性は全てダメだ、とね。もちろん同性ならいいって意味じゃない。誰とも交わらないのが理想の生活、生涯不犯。キース、君なら楽勝だ。戒めるような欲望が無い」
独身を貫いていれば弟子も増える、と会長さんは言いました。
「弟子入り志願が大勢来れば、後継ぎだって見つかるさ。…どうしても君の血を残したいんなら、手を打たないと大変だけど」
「…いや…。俺はその辺は特に…」
「じゃあ、このままでいいじゃないか。目指せ、生涯不犯の高僧。…ぼくも記録の上ではそうなってるだろ?」
「……そうだったな……」
ガックリと肩を落としたキース君。ガックリの理由は生涯不犯がどうこうではなく、会長さんの正体である伝説の高僧、銀青様の公式記録の方でしょう。
「記録って何さ?」
ソルジャーが好奇心に満ちた瞳で会長さんを見ています。銀青様どころか会長さんの法名も知らないソルジャーのために解説が始まり、ソルジャーと「ぶるぅ」は楽しそうに耳を傾けていたのでした。
やがて日が暮れ、飾り付けられたリビングでクリスマス・パーティーの始まりです。ソルジャーの世界のシャングリラ号でもクリスマス・イベントがあるそうですが、ソルジャーは「今年はサボリ」だと言い切りました。キャプテンとの甘い時間も別の日を予約したのだとか。
「だってさ。本物の地球で迎えるクリスマスだよ? 体験しなくちゃ損じゃないか」
ズラリと並んだクリスマスの御馳走を前に、ソルジャーは嬉しそうでした。ローストビーフにターキーに…クリスマス・プディングにブッシュドノエル。食いしん坊の「ぶるぅ」は次から次へとお腹に詰め込み、私たちも美味しい料理に大感激です。舌鼓を打っていると玄関のチャイムが鳴って。
「かみお~ん♪ サンタさん来たから行ってくるね!」
飛び出していった「そるじゃぁ・ぶるぅ」が連れて来たのは体格のいいサンタさん。真っ赤な洋服と帽子、白いお髭に大きな袋。どう見てもサンタさんですけれど、見覚えのある目許と褐色の肌は…。
「メリー・クリスマス!」
サンタさんの声は教頭先生と同じでした。会長さんが笑顔で出迎えます。
「メリー・クリスマス! ぼくたちのパーティーにようこそ、ハーレイ。プレゼントを配ってくれたら、後は一緒に食べて行ってよ。それと余興をよろしくね」
「ああ。…まずはサンタの役目からだな」
袋から最初に取り出されたのはお菓子が詰まった金色のブーツ。クリスマスの定番商品ですけど、「ぶるぅ」の瞳はお菓子ブーツに釘付けです。
「これは…。ふむ、『よい子のぶるぅへ』と書いてある。どっちのぶるぅだ?」
「んーと、んーと…。ぼく! 多分、ううん、絶対にぼく!」
「そっちのぶるぅで合ってるよ! ぼく、リクエストしてないもん」
自分の物だと言い張ったのは「ぶるぅ」でした。プレゼントは会長さんが用意してくれたみたいです。教頭先生は「ぶるぅ」にお菓子ブーツを渡し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」にもお菓子ブーツを渡し…。私たちやソルジャー、会長さんとフィシスさんには焼き菓子を詰めたバスケット。これって一年前から予約しないと手に入らないお店のでは…?
「予約なんかは必要ないよ。ぼくのコネならいつでもオッケー」
会長さんが得意そうに言い、サンタに扮した教頭先生を「御苦労さま」と労って。
「せっかくのクリスマス・パーティーだから、サンタの格好をしてて欲しいけど…。それじゃ食事が出来ないよね。髭は外してくれていいから」
「そうか? では、ありがたく外させてもらおう」
教頭先生がサンタの髭を外した所で、ソルジャーが。
「今日は無礼講でいくらしいよ。ほらね、あそこにヤドリギがあって…」
「ヤドリギ? ほほう…綺麗な飾りだな」
独身生活三百年余の教頭先生はキッシング・ボウを知りませんでした。ソルジャーの瞳がキラリと妖しく光ったものの、教えるつもりは無いようです。無礼講だなんて言い出した以上、何かやらかすと思うんですけど…ヤドリギにくっついている実の数のキスは、誰のもの…?