シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
元老寺で新年を迎えた私たちのその後は平穏でした。三が日の間はキース君は元老寺の本堂で初詣に来る檀家さんのお相手でしたから、三が日が済んでからみんなでアルテメシア大神宮へ初詣に。会長さんも誘ったのですけれど、フィシスさんとデートだとかで断られました。そんなこんなで冬休みも終わり、今日は三学期の始業式です。1年A組の教室に行くと…。
「おはよう」
「かみお~ん♪」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が教室の一番後ろに増えた机に座っています。会長さんが椅子で「そるじゃぁ・ぶるぅ」は机の縁に腰掛けて元気よく手を振っていました。すぐ側にアルトちゃんとrちゃんの姿もあって、新年早々またプレゼントを貰ったみたい。会長さんは二人に微笑みかけて席から立つと、私たちの方にやって来ます。ええ、ジョミー君たちはとっくに登校していたのでした。
「みんな、例のモノは持ってきてくれただろうね?」
「もちろんだぜ!」
サム君が答え、キース君が自分の鞄の中から四角い箱を取ってきます。
「持っては来たが、これは何だ? 開けるなと注意されてもな…。中身くらいは教えておくのが礼儀だろう」
「そうかなぁ? 新年恒例イベント用だって分かってるんだし、特に説明しなくても…。食べ物なのは確かだよ」
「…それはそうだが…」
言い淀んでいるキース君。シャングリラ学園の新年恒例行事は『お雑煮食べ比べ大会』でした。男女別に学園1位が決められ、1位のクラスは先生を一人指名できます。その先生を待っているのは恐怖の闇鍋。1位のクラスの生徒が持ち寄った食べ物が全て放り込まれた闇鍋を食べねばならない決まりです。去年、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が持ち込んだのは『くさや』とドリアン。そんな会長さんが昨夜、私たち全員に『持参する食べ物』を瞬間移動で送って寄越してきたのでした。
「それ、みんなに同じものを送ったんだけどさ。素人が開けると危険なんだ」
会長さんは真顔です。
「「「危険?」」」
「そう、危険。見事1位を獲得したら、ぶるぅが鍋に入れに行くから預けてやって」
え。「そるじゃぁ・ぶるぅ」に任せなくてはいけないくらい危険な物って…本当に食べ物なんでしょうか。キース君が手にしているのと同じ箱を私も鞄に入れてますけど、中身は生きたサソリだとか…?
「サソリですか…」
有り得ます、とシロエ君。
「揚げると美味しいらしいですよ、小エビみたいで。でもサソリにしては重かったような…」
「ああ。これにギッシリ詰まっているなら話は別だが、それだと既に死んでいる筈だ」
窒息してしまう、とキース君が箱を眺めています。
「冬眠中の毒蛇かもしれんな。小さくても猛毒の毒蛇がいるし、毒蛇料理も存在するし…」
「それって鍋に入れたら危ないんじゃあ…」
ジョミー君が首を傾げましたが、キース君は。
「だからぶるぅに任せるんじゃないか? 毒抜きも簡単にやりそうだ」
「毒蛇料理はしたことないよ?」
ゲテモノだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が割り込みました。
「えっとね、それは蛇じゃなくって…」
「ぶるぅ」
会長さんにジロリと睨み付けられ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はビクンとして。
「あっ、いけない! 内緒、1位を取るまで内緒だったっけ! ごめんね、今は言えないや」
「…よくできました。そういうわけで、知りたかったら1位を目指して頑張るんだね。お雑煮食べ比べ、健闘したまえ」
ニッコリ笑う会長さん。うーん、危険な食べ物って何…?
毒蛇を除いた危険な食品について悩んでいる間に登場したのはグレイブ先生。
「諸君、あけましておめでとう。…やはりブルーが来ているのか…」
溜息をついて出席を取り、クラスを引率して始業式の会場へ。卒業を控えた三年生への訓示の間にアルトちゃんとrちゃんを見ると、二人は肘でつつき合いながら複雑な顔をしていました。去年の私たちと同じでアルトちゃんたちも特別に卒業するようです。やっぱり来年からは二人とも特別生になるんですねえ…。一通りの行事が済むと教頭先生がマイクを握って。
「では、これから新年恒例お雑煮食べ比べ大会を開催する。全員、体育館へ移動するように」
ワッと歓声が上がり、体育館へ移動していくと司会は今年もブラウ先生。「一番沢山食べた生徒が在籍するクラスが学園1位」のルールも去年と同じでした。男子の部と女子の部に分かれますから、1年A組は男子に会長さん、女子に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が加わります。
「いいかい、制限時間は二十分だ。それじゃ1年生、テーブルについて!」
はじめ! の合図と共に白味噌仕立ての甘い御雑煮との戦闘開始。経験していてもヘビーな味に変わりは無くて、私たちは早々にリタイヤしました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は平然と食べ続けています。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は底なし胃袋、会長さんはサイオニック・ドリームの応用で「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお椀に自分の分を転送中。終了の合図までに積まれたお椀は半端な量ではありませんでした。そんな記録を破れる人がいるわけもなく…。
「よーし、今年の優勝は男子も女子も1年A組! 優勝祝いのお楽しみ会はグランドでやる。1年A組の生徒は用意してきた食べ物を持って集合だよ」
ブラウ先生の指示で私たちは教室にとって返しました。学校からは一昨日に「これだ、と思う食べ物を一品持参するように」と謎のメールが来ただけですけど、クラスメイトの中には闇鍋をやると知っていた人もいるようです。キース君たちの柔道部と違って、軽いノリのクラブなんかは先輩から情報が入るんでしょうね。
「俺はクリームパンなんだ」
「シュークリームも凄いと聞いたぜ」
怪しげな…いえいえ、食べ物としてはまっとうなモノを鞄から出す人がいるかと思えば、去年の私たちみたいにお歳暮の残り物を持ってきた人もありました。私たちは…会長さんから送られてきた謎の箱です。黒幕の会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は机の下から大きな保冷ボックスを引っ張り出して…。
「それじゃ行こうか。今年は豚骨らしいんだよね」
「「「トンコツ?」」」
「うん。去年は味噌仕立てだっただろう? ぼくとぶるぅが入れたヤツのせいで凄い匂いになったのがウケて、より悪臭になりがちな出汁をベースにしようと決まったみたいだ」
どこのクラスが優勝してもね、と会長さんは楽しそうです。お祭り好きな学校なのは知ってましたが、最初から悪臭狙いで出汁を作っていいのでしょうか? 誰が闇鍋を食べる羽目になるのか分からないのに…。
「先生方は平気だよ。ほら、ギブアップの制度があるだろ? 食べられそうもないモノが出来た場合はギブアップすれば済むことだから、ブラウが大いに煽ったらしい。自分は食べる気ゼロのくせにね」
どうせ被害者は決まっているも同然だし…、と唇を舐める会長さん。そうでした。会長さんが1年A組に頻繁に出現しているからには闇鍋だって狙うに決まっているのです。ならば犠牲者も容易に想像がつくわけで…。教頭先生は確定ですし、担任のグレイブ先生と…他に誰か一人。去年はゼル先生が指名されましたけど、今年は誰が…? グランドに行くとブラウ先生が威勢良く声を張り上げました。
「さあ、1年A組の登場だ! 優勝記念に男子と女子は先生を一人ずつ指名しておくれ。さあ、誰にする?」
会長さんはクラスメイトに自分と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に指名権をくれるように頼むと、サッと手を挙げて。
「男子は教頭先生を指名させて頂きます!」
続いて「そるじゃぁ・ぶるぅ」がピョンピョン飛び跳ねてはしゃぎながら。
「ぼくはシド! 去年ゼルにしたから、今年はシド!」
うわぁ…。シド先生の顔が青ざめています。実はシャングリラ号の主任操舵士だと聞いていますが、普段は爽やかなスポーツマン。こんなイベントに巻き込まれるとはなんと不運な…。ブラウ先生がククッと笑って。
「よし! ハーレイとシド、それと1年A組担任のグレイブ! 以上三名に決定だ。では1年A組の健闘を讃えて、新年恒例、闇鍋開始! みんな持ってきた食べ物をあそこの鍋に入れるんだよ」
グランドの中央には大きな鍋が置かれていました。煮え滾っているのは会長さんが言っていたとおり豚骨スープ。今のところはいい匂いです。教頭先生とグレイブ先生、シド先生は逃げ出せないように周囲を固められ、悄然として立っていますが…。
「ブラウ先生!」
会長さんが叫びました。
「なんだい? 何か質問でも?」
「ううん、注文があるんだけど…。今年は最初から目隠しルールにしたいなぁ、って。誰が何を入れたのか分からない方が面白そうだし、恨まれることもなさそうだし…」
「なるほど、それも一理あるねえ…」
どうしようか、と先生方と相談したブラウ先生は…。
「オッケー、目隠しをさせておこう。…うん、用意ができたみたいだね。それじゃ食べ物を入れとくれ」
教頭先生たちはキッチリ目隠しされていました。男子生徒が飛び出して行って次々に食品を投げ入れています。カップ麺の中身やレトルトカレーや、他にも色々。女子もあれこれ入れてますけど、アルトちゃんとrちゃんは食べやすいサイズに切った大根と山芋を放り込んだではありませんか。去年の惨事を知っているだけに、普通の具材を選びましたか…。
「違うよ、あれは二人の心遣い」
私たちが持ってきた箱を回収しながら会長さんが言いました。
「二人ともハーレイの隠れファンなんだ。こうなるだろうと分かっていたから、健胃作用のある食べ物を選んだらしいね。…まあ、焼け石に水だけどさ」
さて、と箱を開ける会長さん。出てきたものは保冷剤と缶詰です。重かった理由が分かりました。缶詰の数は全部で七個。えっと…これで何をすると…?
「…あ、あの…。その缶詰はもしかして…」
マツカ君の声が震えています。缶詰に書かれた文字はアルファベットに似ていましたが、読んでも意味が分かりません。でもマツカ君には心当たりがあるようでした。会長さんがポケットから缶切りを取り出し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に手渡して。
「頼んだよ、ぶるぅ。…気をつけて」
「かみお~ん♪」
七個の缶詰を抱えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大鍋の方へ走ってゆきます。既に魔女の薬と化している鍋から少し離れた地面に座った「そるじゃぁ・ぶるぅ」の身体が青く発光しました。シールドです。身体の表面だけを覆うシールドですが、そんなのを張っていったい何を…?
「…いろんな意味で遮断しないとヤバイんだよね、あの缶詰」
腕組みをしている会長さんにマツカ君が。
「それじゃやっぱり…」
「君の考えで正解だよ。あれはシュールストレミングだ」
「「「…シュール…???」」」
超現実的な…なんですって? 聞いたこともない単語に私たちが首を捻った瞬間、プシューッという音がしました。そこへ冷たい北風がゴオッと吹きつけ、風下にいた生徒たちが…。
「「「ぐわぁぁぁ!」」」
凄まじい悲鳴が上がり、「臭い、臭い」と誰もが鼻を押さえています。風上では「そるじゃぁ・ぶるぅ」が缶詰をキコキコと開けていますが、ひょっとしてあの缶詰が…?
「シュールストレミングというのは世界一臭い缶詰さ」
会長さんが涼しい顔で解説します。
「中身はニシンの塩漬けなんだ。発酵中に缶に詰めるから中で発酵が進行してね、缶を開けると猛烈な匂いがするらしい。ついでに汁も噴き出しちゃうし、だから危険だって言ったんだよ。保冷剤を一緒に入れてあったのは爆発するのを防ぐためで…」
「「「爆発!?」」」
「うん。空輸中に気圧が下がると爆発するって話だけれど、発酵が進み過ぎても缶が膨れるらしくって。膨れたくらいじゃ爆発しないとは思うんだけどね…。万一っていうこともあるから保冷剤。でも怖いのはサイオンかな」
下手にサイオンを使われた方が恐ろしい、と会長さんは思ったようです。開けるなと注意されたのはそのためでした。
「箱を開けてみて謎の缶詰が入っていたら気になるだろう? キースはネットで調べそうだけど、ジョミーあたりはサイオンで中身を覗き見したくならないかい? そんな能力はまだ無いくせにさ」
「…う……。そうかも…」
ジョミー君が呻き、サム君が「俺もやりそう…」と呟きます。
「そうだろう? サイオンは便利だけれど両刃の剣だ。使いようによっては爆発くらい簡単に…。あ、サイオンに関する話は他の人には聞かれないように細工したから安心して。…で、あの缶詰」
キコキコキコ。青い光に覆われた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は噴き出す液体をシールドで弾き、六個目の缶詰を開けていました。グランドのあちこちで生徒が鼻を押さえていますが、1年A組は全員無事。会長さんがシールドを張っているものと思われます。
「あれって半端なく臭いそうだよ。この際だから、ちょっと体験してみたいよね」
「「「えぇぇっ!?」」」
遠慮します、と叫ぼうとした次の瞬間。
「「「おえぇぇぇ!!!」」」
ものすごい臭気が私たちの鼻を襲いました。この匂いは…下水? それとも汚水? 人間が食べるものとは思えません。どちらかと言えば排泄物です。あぁぁ、目の前が暗くなりそう…。
「なるほど…。ドブ川を煮詰めたような匂いだって聞いたとおりだ。納得した」
満足そうな会長さんの微笑みと共に臭気はフッと消え失せて。
「A組のみんな、ぶるぅの力に感謝したまえ。…ぶるぅが防いでくれているから、ぼくたちは無事でいられるんだ」
でなけりゃ今頃あのとおりだよ、と会長さんが指差す方では全校生徒が鼻を押さえたり摘んだり。
「でも、そろそろ助けてあげないと…。恨まれちゃったら大変だしね。ぶるぅ、ハーレイたち以外にシールドを」
「かみお~ん!!!」
プシューッと七個目の缶詰から液体が勢いよく噴き出しましたが、悲鳴は上がりませんでした。臭気は綺麗に消えたようです。ん? そうでもないのかな…? 目隠しをされた教頭先生とグレイブ先生、シド先生が両手で鼻を覆っています。闇鍋を食べる先生方はシールド効果の対象外になっていたのでした。それに気付いた全校生徒は拍手喝采。なまじ悪臭を体験しただけに、喉元過ぎれば…というヤツです。
「入れてきたよ、ブルー!」
空き缶を大鍋の近くに放ったらかして「そるじゃぁ・ぶるぅ」が戻って来ました。片付け上手な「そるじゃぁ・ぶるぅ」が缶を放置ということは…缶から悪臭がするのでしょう。気の毒な教頭先生たちは鍋と空き缶、両方からの匂いに耐えて闇鍋を食べねばならない羽目に…。
「ありがとう、ぶるぅ。匂いは平気だったかい?」
会長さんの労いに「そるじゃぁ・ぶるぅ」は元気一杯。
「うん! 大丈夫、匂いも汁もくっつかないように注意してたし、平気、平気!」
「よかったね。…本当に凄い匂いだったよ、ちょっと体験してみたけどさ」
「そうなんだ…。えっと…?」
好奇心旺盛な子供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自分の周囲のシールドを一瞬だけ解いてしまったらしく、ウッと呻いてパタリと地面に倒れました。
「……くひゃい……」
臭い、と言ったつもりでしょうが、可哀相に呂律が回っていません。けれど立ち直りは早くって…。ムクリと起き上がった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大きな保冷ボックスの蓋を開けます。
「今度はぼくたちの番だよね? ブルー、どっちにする?」
よいしょ、と中から取り出したのは二個の金属製の大きな器。あの焼き型はケーキでしょうか、それともクグロフ…? 世界一臭い缶詰に比べればケーキなんて、と顔を見合わせる私たち。今回の悪役はシュールストレミングの運び屋をさせられた私たちですか、そうですか…。
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が一個ずつ抱えた器は、ケーキにしては重そうでした。アルミ箔を被せてあるのでどんなケーキか分かりません。ドライフルーツがみっしり詰まったヘビーなヤツとか…?
「これはケーキじゃないんだよ。対闇鍋の最終兵器さ」
「「「最終兵器?」」」
私たちとクラスメイトが覗き込む中、会長さんはもったいぶってカウントダウンを始めました。
「いいかい? 十、九、八、七…」
五まで数えてアルミ箔の端に手を掛けて。
「三、二、一……。はい、ぶるぅ特製ブルーハワイ・ゼリー!」
「「「は?」」」
現れたのは真っ青な色のゼリーでした。大きなケーキ型とクグロフ型の縁までビッチリ入っています。これの何処が闇鍋用の最終兵器…?
「見てれば分かるよ。ぶるぅ、行こうか」
特大のゼリーを抱えた会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は悪臭を放つ大鍋――私たちはもう悪臭を感じませんが――の所まで行き、ゼリーをドボンと投げ込みます。グツグツと煮える豚骨ベースの出汁に青いゼリーがたちまち溶けて、出汁はみるみる青色に…。それは出汁とも思えぬ不気味さでした。青いゼリーは綺麗でしたが、青い色をした出汁なんて…。全校生徒が凍りつく中、ブラウ先生が。
「1年A組、闇鍋は準備完了かい?」
「そうだねえ…」
会長さんがクラスメイトを見回してから頷いて。
「うん、具は全部入ったみたいだよ。始めてくれていいと思う」
「よーし! それじゃシャングリラ学園、新年恒例の闇鍋ルールの説明だ。ハーレイ、グレイブ、シドは改めてよっく聞いときな。各自、お椀に一杯ずつ掬う。掬った分は完食すること。…これは無理だと思った場合はギブアップだけど、全く食べずにギブアップするのは認められない。最低、三口。食べずに逃げるヤツが出てきた時は残った者が責任を持ってその分を食べる。…いいね?」
「「「………」」」
教頭先生たちが無言で拳を握り締めます。あの悪臭を今も嗅いでいるなら、鍋への恐怖は大きいでしょう。ブラウ先生は更に続けて。
「もしも全員がギブアップしたら、1年A組の生徒全員にお年玉のプレゼントだ。食堂の無料パスを一週間分!」
大歓声が上がりました。先生方がギブアップすれば無料パス。嬉しくないわけがありません。1年A組以外の生徒も、大鍋の中身の恐ろしさに固唾を飲んで見守っています。やがて教頭先生たちは大鍋を囲むように座らされ、目隠ししたままでおたまを持たされ、それぞれお椀に一杯ずつ…。不幸なことにお椀は白い陶器でした。目隠しを外した先生方は湯気の立つ青い汁を見るなり顔面蒼白。
「…青は食欲減退色さ」
得意そうな会長さん。
「「「…ゲンタイショク…?」」」
それってどういう意味なんでしょう?
「青い色の食べ物は自然界には殆ど存在しない。ソーダアイスとかブルーハワイは涼しい気分になれるからね、平気で食べられるものなんだけど…青い色の温かい食べ物なんてゾッとするだろ? あそこの闇鍋みたいにさ。…脳は青色を本能的に毒物と認識するように出来ている。危険回避のための信号」
「…あれって毒…?」
ジョミー君が大鍋の方を指差します。会長さんはクスッと笑って。
「まさか。ブルーハワイ・ゼリーだって言っただろ? ただの合成着色料だし、食べても身体に問題はない。ついでにシュールストレミング…。悪臭も脳に危険を知らせる。腐ってますよ、と警告するわけ。色と匂いのダブルパンチを克服できるか楽しみだな」
「…あんた、去年より悪質だな…」
キース君が言いましたけど、会長さんはクスッと笑っただけでした。全校生徒がドキドキしながら教頭先生たちを見ています。と、シド先生が立ち上がって。
「…ぎ……ギブアップします! 俺、無理です!」
一口も食べずに走り去ったシド先生の後を追うようにグレイブ先生が逃げ出しました。こちらのお椀も手つかずです。ということは…教頭先生、三人分のノルマを食べ切らないとギブアップ不可…? 色と匂いで「食べられません」と自己主張する恐ろしいモノを三口分で三人前…。誰もがダメだと思いました。ところが…。
「うおぉぉぉぉっ!!!」
一声叫んだ教頭先生はお椀の中身をガツガツと食べ始めたではありませんか。あの具は…多分アルトちゃんたちの大根です。お次はベーコンみたいですね。続いて青い汁を一気に飲み干し、シド先生の分のお椀を掴んでガツガツガツ。溶けかかったクリームパンと青い汁をお腹に収め、残るはグレイブ先生の分。これにはシュールストレミングの缶から出てきたニシンの塩漬けも入ってましたが、教頭先生は息もつかずに完食でした。
「…………」
無言で箸をきちんと揃えて「ごちそうさま」と合掌をする教頭先生。次の瞬間、グランド中に割れんばかりの拍手が起こり、教頭先生コールが響きます。教頭先生は左手で口を押さえながらも右手を高く上げ、大歓声に送られて悠然とグランドを出ていきました。残されたのは青い汁を湛えた大きな鍋。…1年A組、お年玉も貰えず完敗です…。
「どうしてあんなことになるのさ!」
終礼が終わって「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ向かう道中、会長さんは不機嫌でした。
「吐き気がしそうな青いスープに、あの匂いだよ? 激マズな具まで入っていたのに、完食しちゃって余裕の合掌。去年はくさやとドリアンだけでギブアップしてたヘタレなんかに、食べられるわけがないじゃないか!」
「そうですよね…。去年も酷い匂いでしたけど、今年ほどではなかったですよね」
シロエ君も不思議そうです。シロエ君だけではありません。誰もが疑問を抱いていました。去年の教頭先生は自分の分と、一口で逃げ出したゼル先生とグレイブ先生のノルマの残りの計七口でギブアップ。しかもその場にへたり込んでしまい、まりぃ先生からペットボトルの水を貰っていたと記憶しています。
「あんなハーレイ、有り得ないよ。絶対、正気のハーレイじゃない。…君たちも変だと思ってるだろ?」
そう言いながら会長さんは生徒会室の壁の紋章に触れ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の中へ。私たちも順番に足を踏み入れたのですけれど…。
「こんにちは」
ゆったりとソファに座っていたのは会長さん。いえ、会長さんがもう一人いるということは…ソファに座っているのはソルジャーです。ソルジャーは会長さんの制服を着て、襟元の校章だけを外していました。制服を借りる時の約束事で、これで区別をつけるのです。ソルジャーは立ち上がり、私たちに手を差し出して…。
「あけましておめでとう。今年もよろしく」
にこやかに微笑まれると場が和みます。私たちは新年の挨拶と握手を交わしましたが、会長さんはプイッとそっぽを向いたまま。挨拶する気もないようですけど、ソルジャーはいつから此処に居たんでしょう? 勝手に制服を引っ張り出して着替えまでしているお客様。ただでさえも機嫌が悪い会長さんがブチ切れちゃったりしませんように…。