シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
学園1位の副賞で教頭先生とグレイブ先生がフラダンスなどを披露してくれた水中かるた大会。先輩たちのリクエストだった花魁の舞よりもフラダンスの方がウケたせいもあって、最近のグレイブ先生は…。
「諸君、ア~ロハ~!」
出ました、今日も派手派手アロハシャツ。授業が始まるまでにはスーツに着替えてしまいますけど、朝のホームルーム限定サービスです。暖房がよく効いてますから全然寒くはないのだとか。先生はテキパキと出席を取って。
「来週は我が学園の入試がある。入試期間中は学校は休みで部活もない。不要不急の登校は控え、家で勉学に励みたまえ。…そろそろ下見に来ている者もいる。学園の品位を落とさないよう、言動に十分気を付けるように」
分かったな、と念を押されてホームルームは終了でした。そういえば受験シーズンです。去年の今頃は私たちは先の進路も決まらず、なんとも不安でしたっけ。それに比べて今度卒業の筈のアルトちゃんとrちゃんが落ち着いてるのは、会長さんがきめ細かくフォローしているせいでしょうか? 私たちに質問をしに来るわけでもないですし…。どうなんだろう、と疑問を抱えつつ、放課後に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと。
「かみお~ん♪ いらっしゃい! 今日はフルーツグラタンだよ」
すぐ出来るからね、とキッチンに駆けていく「そるじゃぁ・ぶるぅ」。いつものテーブルの横に小さなテーブルが置かれていて、その上に天然石のビーズを入れた器が幾つか並んでいました。会長さんがニッコリ笑って。
「よし、キースたちもちゃんと来たね。柔道部の方に行くかと思ったけれど」
「あんたが呼び付けたんだろうが!」
キース君が言うとおりでした。朝のホームルームの後で「そるじゃぁ・ぶるぅ」がおつかいにやって来たのです。終礼が済んだら全員揃って来るように…との会長さんの伝言を持って。何か用事があるのでしょうか? 当の会長さんは悪びれもせずに微笑んでいます。
「呼び付けたって…別に必ずとは言わなかったよ。いつものように柔道部に行ってくれても構わなかった」
「なんだと!?」
ならば部活に…とキース君は踵を返そうとしたのですが。
「いいのかい? 生徒会の秘密の一部を見せてあげようと思ったのにさ」
意味深な言葉にキース君だけでなく私たち全員が好奇心の塊と化しました。生徒会の秘密って…もう充分に知ってるのでは? それとも他にまだ何か?
「うん、もう充分に知ってるだろうね。だけど手形は知らないだろう? ストラップは去年教えたけれど」
今日は手形を押す日だよ、と会長さんは天然石のビーズを指差しています。シャングリラ学園の受験シーズンにだけ売り捌かれる天然石のストラップ。0点のテストも満点になるという「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手形パワーが詰まった必勝合格アイテムです。…手形はしばらく見ていませんし、これは確かに興味あるかも…。
「今から押すのか?」
キース君が尋ねると会長さんは「ほらね」とウインクしてみせました。
「呼んであげてよかっただろう? おやつが済んだら作業にかかる。まずはティータイム」
「フルーツグラタン、出来上がったよ!」
ワゴンを押してくる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。今日のおやつも美味しそうです。あ、でもその前に聞きたいことが…。
「ん? なんだい、何か質問でも?」
会長さんに視線を向けられ、私はストレートに尋ねました。
「あの…。アルトちゃんとrちゃんのことなんですけど、会長さんがフォローしてらっしゃるんですよね? 二人とも妙に落ち着いてるんで、私たちの時と違うなぁ…って」
「ああ、そんなことか。あの二人なら心配いらない。…もちろんぼくも大切なレディとして遇しているし、ソルジャーとしてもフォローしてるけど…仲間の力が大きいかな。二人とも数学同好会だろう? あそこは特別生の溜まり場だ。あの二人以外は全員特別生だし、あそこに在籍している間に自然と心構えができる」
因子があっても無くてもね…、と会長さんは自信たっぷり。過去に数学同好会に1年以上在籍した生徒はもれなく特別生になったのだそうです。
「特別生養成用の同好会か?」
キース君の問いに会長さんは首を横に振って。
「ううん、単なる偶然ってヤツ。ただ、1年も在籍してると仲間意識が生まれるからね…。普通に卒業して別れていくのが寂しくなってくるらしい。そこでぶるぅの出番なのさ。ね、ぶるぅ?」
「うん! 手形を押した人、何人もいるよ。でも…」
口ごもっている「そるじゃぁ・ぶるぅ」。何か問題があるのでしょうか? 会長さんがクッと喉を鳴らして。
「ぶるぅの手形で仲間になっても数学同好会を辞めちゃうケースが多いんだ。卒業してシャングリラ号の乗員志願とか、理由は色々。…だから数学同好会は常に存亡の危機なんだよ」
なるほど。グレイブ先生が熱心に勧誘していたわけです。アルトちゃんたちは辞めない方だといいんですけど…。
カスタードクリームに洋酒が効いたフルーツグラタンを食べてしまうとクッキーが盛られたお皿が出てきました。好みの飲み物とセットで楽しんでいればいいようですが…。
「ごめんね、飲み物のお代わりは自分で淹れて。ぼくは今からお仕事なんだ」
ポットの中身が足りなくなったらキッチンでお願い、と言って「そるじゃぁ・ぶるぅ」は腕まくりします。ん? 腕まくり? 手形を押すなら手のひらが出ていればいいのでは…。
「えっとね、気分の問題かな? 売り物にする手形なんだし、真剣に押しておかないと買ってくれた人に失礼でしょ?」
「そういうこと。こっちは明星の井戸のお水さ」
会長さんが宙に取り出したのは真新しい木の手桶でした。たっぷりと水が入っています。
「ちょっ……明星の井戸って!」
キース君が目をむいたので私たちも思い出しました。明星の井戸といえば璃慕恩院の奥の院にあり、限られた人しか汲めないという有難いお水。ソルジャーの世界の「ぶるぅ」が掛軸の中から飛び出して来た時、異次元との扉になっていた掛軸を封印するのに会長さんがその水を使ってましたっけ。会長さんの正体が伝説の高僧の銀青様だと分かった今では不思議でも何でもないんですけど…。
「うわぁっ、何をする!」
悲鳴を上げるキース君の前で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が手桶の中に両手を突っ込み、パシャパシャと洗い始めます。会長さんは平然として。
「清めの水だよ、究極の…ね。お寺や神社にお参りする前に手を清めるのと同じ理屈さ。ぼったくり価格で販売するんだ、有難さも組み込んでおきたいじゃないか。何の根拠もなく風水お守りを謳ったんでは心が痛む」
「そ、それは……それはそうかもしれないが…」
歯切れの悪いキース君。明星の井戸のお水って高いのでしょうか? 会長さんは笑みを浮かべて。
「高いなんてレベルじゃないよ。お金を沢山払ったからって手に入る水じゃないんだからね。魔除けになるとか万病に効くとか言われてるけど、璃慕恩院に知り合いがいないとどうにもならない。…コネをお金で買おうとしても門前払いを食わされるだけだ」
「「「…………」」」
そんなに有難い水だとは知りませんでした。しかも万病に効くというのはゴージャスかも。奇跡の水ってヤツでしょうけど、本当にちゃんと効くのかな?
「効くんだよ、これが。…自然治癒力が高まるせいじゃないかと思ってるけど、治った例が沢山ある」
得意そうな会長さんをキース君が横目で眺めて。
「その水が手桶に一杯分も…。これだけあれば檀家さんに…」
「配れるとでも言うのかい? 君の手柄にしないんだったら分けてあげるよ、今夜にでも。で、病人は?」
「……今のところは一人もいない……」
「じゃあ却下」
アッサリと言う会長さん。
「まあ、本当に欲しいという人が出たらいつでも言って。ぼくも一応、高僧だし…。代金を取ろうだなんて言いはしないさ。でも今回はお断りだね。必要もないのに配っていいようなモノじゃないんだ、このお水は」
その割に風水お守りに使おうとしていませんか……という言葉を私たちは必死の思いで飲み込みました。両手を清めた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は新品のタオルで水気を拭くと、天然石のビーズが置かれたテーブルについて。
「よいしょっと…」
ビーズを1個左手に取り、右の手のひらをその上に重ねて…ペタン! 水晶のビーズに変化は全くありませんでしたが、それを空のお皿にコロンと入れます。
「はい、1個。見た目は普通のビーズでしょ?」
だけど手形のパワー入り、とニコニコ顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。作業はテンポよく続いていって、最後のビーズに手形パワーがこめられたのは校門が閉まる少しだけ前のことでした。
「後はストラップを作るだけだよ。今晩から作り始めるんだ!」
疲れた様子もない「そるじゃぁ・ぶるぅ」と、見ていただけの会長さんに別れを告げて私たちは部屋を出ました。うーん、手形パワーはいつ見ても不思議…。
翌日の放課後はストラップ作り。部活を休んできた柔道部三人組と私たちも手伝いを申し出ましたが…。
「ダメだよ、それはぶるぅの仕事」
そう言った会長さんはクーラーボックスを手配してきたみたいです。クーラーボックスは入試の時に『パンドラの箱』と名付けて売られ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が注文を書いた紙が中から次々出てくる仕組み。その注文を全部こなせば補欠合格という奇跡が起こる…筈なんですが。
「やっぱり今年もパンドラの箱に付き合える人はいないだろうね」
去年も一人もいなかった、と会長さんが溜息をつきます。
「お遊びアイテムではあるんだけどさ…。ハードルを低くした方がいいのかな? 注文を全部クリアしろとは言わないけれど、せめて3つはこなしてほしいと思うんだよね」
えっ。お遊びアイテムですって、あの箱が? 自慢じゃないですけど『パンドラの箱』の注文を全てこなした私です。苦労の甲斐あって補欠合格できたというのに、今更ハードルを下げるだなんて…。いえ、その前にお遊びアイテムって…?
「…そのまんまの意味だよ。お遊びアイテム」
赤い瞳が楽しそうにキラキラ輝いています。もしかして…私、遊ばれましたか?
「うーん、遊ばれてないと言えば嘘になるけど……補欠合格は出来ただろう? あの箱の注文を全部こなしたら、ぶるぅが書類に手形を押して補欠合格になるんだと去年教えてあげたよね。だから効果に間違いはない。お遊びなのは注文メモさ」
「…注文メモ…?」
「そう。あのメモ、本当に全部ぶるぅが書いたと思ってた? 書いたのは確かにぶるぅだけれど、注文の方は原案者がいることもある。…正確に言えば殆どのメモは原案つきかな」
「そ、それって…」
まさか…。まさかとは思いますけど、私が一昨年に頑張ってこなした注文は…もしかして…?
「言いだしっぺはぼくなんだよ。一番最後の注文メモも…ね」
げげっ。あの恥ずかしくも情けなかった一番最後の注文が…あれの発案者が会長さん?
「ごめん、ごめん。…まさかやるとは思わなかったし」
苦笑している会長さん。みんなが私を見ています。私が『パンドラの箱』で補欠合格したのは知られていますが、注文メモの中身を話したことは一度もありませんでした。
「なに、なに? 最後の注文って何だったの?」
ジョミー君が興味津々で問いかけ、スゥエナちゃんが。
「そういえば私も聞いたことないわ。他の注文も知りたいかも…」
「俺も! 俺も興味ある!」
ブルーが出した注文だろう、とサム君までが乗り気です。柔道部三人組も口に出しては言わないものの、聞きたがっているのは明らかでした。もうこうなったら開き直って喋っちゃえ!
「……一番最初は商店街のタコ焼きだったの」
「「「タコ焼き!?」」」
「うん。それを箱に入れろって書いてあったから自転車に乗って家を出て…。タコ焼きを買って箱に入れて、蓋を開けたらタコ焼きの代わりにまたメモがあって、今度はアイスキャンデーで…」
「えっ、あの店のを全種類ですか!?」
それは大変でしたよね、とシロエ君。ええ、金銭的にも自転車の走行距離も大いに大変でしたとも。アルテメシアの市街地を縦横無尽に走り回った私の体験談に誰もが同情してくれました。足は疲れるし、お財布の中身はどんどん減るし…泣きたいほどの心境でしたが、奇跡を目指して走ったんです。
「…それで最後は何が出たんだ?」
キース君の質問に私は拳を握り締めて。
「駅前の…銭湯の男湯の脱衣場に……この箱を置いてね、って…」
「「「男湯!?」」」
全員の声が引っくり返り、スウェナちゃんが目をまん丸にしています。
「………それで…置きに行ったの?」
「…パパのコートと帽子を借りて、マスクとサングラスで顔を隠して…」
ボソボソと答えた私に「凄いです!」と驚嘆の声を上げたのはマツカ君でした。
「生半可な決心じゃ出来ませんよ。合格ストラップを買った人より価値ある合格じゃないですか」
「同感だ」
根性がある、とキース君が頷いています。笑われるかと思っていたのに、報われた気分になってきました。でも「そるじゃぁ・ぶるぅ」に注文メモを書かせた会長さんは笑いながら。
「自分で置きに行けとは書かせなかったよ? 時間指定もしてなかったし、お父さんに頼めばよかったのにさ」
「それじゃ反則じゃないですか!」
抗議の声を上げた私でしたが、会長さんは「そうかなぁ?」と涼しい顔。
「お父さんに頼むにしても、理由を話すかデッチ上げるか…。なんにせよ君は苦労する。どう言い抜けるか楽しみにしてたら、正面突破しちゃっただろう。ぶるぅは感激していたけどね、愛がなくっちゃ出来ない…って」
「「「愛?」」」
お風呂グッズを抱えて『パンドラの箱』から飛び出した「そるじゃぁ・ぶるぅ」が男湯に走って行った話はバカ受けでした。みんなが笑い転げています。…ああ、あのメモを書かせたのが会長さんだったなんて…。考えてみれば入学したての頃に「ぶるぅは悪戯好きだ」と会長さんに聞かされましたが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が悪戯したのは最初の間だけだったような…。
「なんだ、今頃気付いたんだ?」
赤い瞳が私を見詰め、それからみんなを見渡して。
「…ひょっとして全員、騙されてたかな? 悪戯好きなのはぶるぅじゃなくて、ぼくの方。ジョミーが食べたクレープ冷麺も原案はぼく。ぶるぅが自分でやったのは親睦ダンスパーティーのウェディング・ドレス事件くらいだよ。あれにはぼくもビックリしたけど、みゆとスウェナの提案だって?」
「「えぇっ!?」」
スウェナちゃんと私は必死に言い訳を並べました。会長さんにドレスが似合いそうだと思っていたら「そるじゃぁ・ぶるぅ」が面白がってカタログを持ってきたということ。カタログを見てる内に脱線しちゃって、ジョミー君たちに似合いそうなドレスを二人で選んでしまったこと…。あぁぁ、男の子たちの視線が冷たい~!
「「…ごめんなさい…」」
頭を下げたスウェナちゃんと私を男の子たちは笑って許してくれました。友情って有難いものですよねえ。それに比べて会長さんときたら!
「いいんだ、ぼくの悪戯好きは先生方も公認だしね。秘かに賭けをやってるくらいさ」
「「「賭け?」」」
なんですか、先生方が秘かに賭けって? もしかしなくても会長さんの悪戯をネタに賭け事を…? でも悪戯って…数ある中のどれのこと? どの悪戯にも教頭先生が絡んでるような気がしますけど、教頭先生は賭けに参加していないのでしょうか…。
「賭けはね…。年に1回なんだ。他の時期にはやってない」
ぼくの悪戯は気紛れだから、と会長さんは微笑みました。
「毎年、入学試験が近づいてくると賭けの話が持ち出される。ただしハーレイは除外されてて、賭けの存在自体を知らないと思う。…みんなバレないようにしてるし、心は読まないのが礼儀だからね」
やはり教頭先生は蚊帳の外でした。入試の前に会長さんが必ずやる悪戯で、教頭先生が絡んでいるもの…。そんな悪戯ありましたっけ?
「…正確には悪戯とは言わないかな。生徒会の資金稼ぎの一環だから」
「「「え?」」」
入試の時期の生徒会の資金稼ぎは合格グッズの販売です。風水パワーを冠した「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手形ストラップに、『パンドラの箱』と名付けたクーラーボックス。どちらも教頭先生はまるで関係ありません。えっと……えっと…? と、キース君がハッと顔を上げて。
「試験問題の漏洩か!? あれが先生方にバレてるのか?」
「ご名答」
よくできました、と会長さんはパチパチと手を叩いています。去年、私たちは『見えないギャラリー』としてシールドに入り、会長さんが試験問題のコピーを入手するのを見ていました。教頭室に出かけた会長さんは教頭先生に膝枕で耳掃除をしてあげて…その代償に試験問題を…。
「ハーレイが試験問題を流しているのを先生方はお見通しさ。全部の問題を最終的に保管するのはハーレイだし……それのコピーが売られてる以上、流出したのはバレバレだろう? で、試験問題が流出するかどうかで賭けをしている。今年は流出しない方に賭けてる人が多いようだね」
セクハラとか色々あったから…と会長さんは先生方が作ったらしい表を空中に取り出しました。
「ゼルの引出しから拝借してきた。ほらね、ここに賭け金が…」
「「「…………」」」
賭け金の額はピンからキリまで、賭けている人も先生だけではなく職員さんまで。ブラウ先生が大きな額を賭けているのは素直に納得できますけれど、エラ先生は意外でした。付き合いにしては金額がちょっと凄すぎるような…。
「エラはね、案外ノリがいいんだ。年に一度の娯楽だからって毎年ポンと大きく賭ける。実は麻雀も強いんだよ」
先生方がやる麻雀大会では上位の常連、と会長さんが教えてくれます。私たちが順番に回し読みした後、表はゼル先生の引出しに瞬間移動で戻されて…。
「どう? 今ので何か気付かなかった?」
え。私たちは互いに顔を見合わせたものの、気付いたことはありませんでした。首を横に振ると会長さんはおかしそうに笑い始めます。
「ふふ、全然気付いていないんだ? ぼくは賭けの表を盗み出していたんだよ? バレないようにコピーすることも可能だった。ということは……試験問題くらいハーレイに頼まなくても盗み出せるし、コピーも取れる」
「「「!!!」」」
そうでした。会長さんなら教頭先生に頼らなくても問題ゲットは朝飯前です。なのにどうして教頭先生の所まで…?
「ハーレイの所に行くのはね……悪戯だって言っただろう? ハーレイをたぶらかして試験問題を手に入れるのが楽しいんだ。盗もうだなんて思っちゃいないよ、もう長年の伝統だから。…そしてゼルたちも全て承知だ」
とんでもない伝統もあったものだ、と私たちは溜息をつきました。会長さんに「教頭先生の家に一人では行くな」と厳重に注意するかと思えば、その会長さんが色仕掛けで試験問題を漏洩させているのを許している上に賭けごとだなんて。
「いいんだってば、娯楽だからさ。…それにゼルたちは色仕掛けだとは思っていない。ハーレイがぼくに悪戯された挙句に問題を脅し取られると信じてるんだ。…だから今年は流出しない方に賭けてる人が多いんだよ。セクハラとかで懲りているから、わざわざ悪戯しには行かないだろう…って。さて、君たちはどっちに賭ける?」
ニッコリと笑う会長さん。
「今年のぼくはどっちかな? 入試問題をゲットしに行くか、行かずに資金源を諦めるか。賭けをするなら今の内だよ、明日には答えが出るんだからさ」
試験問題が教頭室の金庫に揃うのは明日らしいです。会長さんは表を作ってくれましたけど、どっちに賭けても負けそうな気が…。お小遣いもあまり無いですし…。結局、誰も賭けませんでした。先生方の賭けの結果は入試当日に会長さんが試験問題を売るかどうかで決まるのだとか。はてさて、今年はどっちでしょうね…?
翌日、私たちはドキドキしながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入っていきました。会長さんは今年も教頭室に行くのでしょうか? 柔道部三人組も一緒です。教頭先生は入試問題のチェックのために部活の指導を休んだらしく、そんな日は柔道部に行く意味がないのだとか。
「かみお~ん♪」
元気に挨拶してくれる「そるじゃぁ・ぶるぅ」はストラップをせっせと作っています。しかし…。
「こんにちは」
お邪魔してるよ、と挨拶したのは会長さんに瓜二つの顔のソルジャーでした。会長さんの制服ではなくソルジャーの正装でソファに腰掛け、ストラップを手にして眺めています。
「これ、いいね。試験に落ちないお守りだって? ぼくもぶるぅも、こういう力は真似できないな。手形っていうのも見せてもらったけど…どういう理屈になってるんだろう?」
分からないや、と言うソルジャーの前には赤い手形と黒い手形が押された紙がありました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の右手から出る赤い手形はパーフェクト。左手の黒い手形はダメ印。両方が押された紙だと効果は相殺されちゃいますから、見本に押して見せたのでしょう。私たちが揃ったので「そるじゃぁ・ぶるぅ」はザッハ・トルテを切り分けてくれましたが…。
「あっ、これ、これ!」
嬉しそうな声を上げるソルジャー。
「このケーキも手に入れたいんだよね。要予約って書いてあったから来たんだよ。…これと、これと…」
取り出したのはデパートのバレンタインデー特設売り場の小冊子。すっかり忘れていましたけれど、もうすぐ予約が始まります。スイーツに目が無いソルジャーだけに目ざとく見つけてきたのでしょう。
「ふうん、どれ?」
冊子を覗き込んだ会長さんが素早く付箋を貼リ付けて。
「了解。予約受付開始と同時に行ってくるよ。出遅れないから大丈夫。限定品もちゃんと買えるさ」
「…………。何か隠しているだろう?」
疑いに満ちた目でソルジャーが会長さんを見、会長さんは慌てたように。
「ううん、何も隠してないけれど? それよりザッハ・トルテ、ぶるぅが作るのは絶品なんだ。予約する分と食べ比べるならバレンタインデーに合わせてまた作らせても…」
「やっぱり怪しい。…チョコレートの代金を誰が支払うのかも訊かない上に、バレンタインデーに合わせてザッハ・トルテを作らせるって? 絶対、何か隠してる。ぼくを早く追い返したくてたまらないように見えるけれども、そんなに急いで何をする気…?」
うわ。流石ソルジャー、とっても読みが鋭いです。会長さんが急いでいるとしたら……それは教頭室へ試験問題を貰いに行くため。のんびりお茶をしている間に教頭先生が帰っちゃったら耳掃除どころじゃありませんから!
「…………耳掃除って何さ?」
ソルジャーが首を傾げました。会長さんが額を押さえ、私たちは両手で口を押さえます。よ、よかった……耳かきのことを考えたのが私だけじゃなくて全員で…。って、そんな場合じゃないのかな? みんなでバラせば怖くない…で済みそうな話じゃないですよね、これ。…ど、どうしよう、ソルジャーにバレた!?