シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
卒業式が終わった後の1年A組では2年生に向けての授業が始まりました。何日か登校してみたものの、進級できない特別生にはあんまり意味がなさそうです。来年は何組になるのか分かりませんけど、また1年生になることだけはハッキリ決まっているんですから。
「う~ん、やっぱり本当は春休みなんだよね…」
ジョミー君が呟いたのは放課後のこと。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に揃っていました。
「2年生用の勉強をしたって2年生にはなれないし…。グレイブ先生には毎朝また来たのかって笑われちゃうし、セルジュたちはもう学校に来てないし! 特別生らしく休むべきかな?」
「…俺は登校し続けるぞ。最後の一人になったとしてもな」
キース君が腕組みをしています。
「家にいたら親父を手伝わないといけないんだ。早めの春休みだなんて言ったが最後、親父について毎日のように月参りだぜ。一人で行くなら我慢もできるが、親父と行くのはキツすぎる。…親父は俺の髪の毛に不満を持っているからな」
お参りが済んで檀家さんの家を出る度にネチネチ文句を言われるのだ、とキース君は溜息をつきました。
「坊主頭でないと有難味が無いとか、檀家さんに顔向けできないだとか…。終業式まで授業に出てれば、その間は文句を言われずに済む。…だが、お前たちは休みたかったら休んでくれ」
「「「………」」」
深刻そうな事情を聞いてしまうと、春休みを取りにくい雰囲気です。今日はその相談で集まったのに…キース君はお休みしないってことなんでしょうか? と、会長さんが口を開いて。
「なるほど、キースは今年も単独行動ってことか。去年は一人で歩き遍路をやっていたしね。…で、君たちは春休みを取るのかい?」
「そうしようかって言ってたんだけど…。せっかくだから旅行もしたいし」
ねえ? とジョミー君が言い、シロエ君が。
「そうですよ! 卒業旅行はおかしなことになっちゃいましたし、今度はもっと…。春休みを取るんだったら今年こそピラミッドに行きたいですね。パスポートだって取りに行ったじゃないですか」
うんうん、と頷く私たち。実はこういう場合に備えてパスポートを取っていたんです。シャングリラ学園は不思議一杯の学校ですから、何が起こるか分かりません。突然の長期休暇ということもある、と言い出したのが誰だったのか…。とにかく私たちはパスポートを持っているのでした。
「ピラミッドですか…」
いいですね、とマツカ君が頷いています。
「去年は行けませんでしたけど、今年は行ってみましょうか。ぼくもピラミッドは久しぶりですし…。ブルーとぶるぅはどうします?」
「ぼくもぶるぅも行ってみたいな。…じゃあ、キースだけ留守番ってことで」
「ちょっと待て!」
誰が行かないと言った、と眉を吊り上げるキース君。
「家から脱出できるんだったら春休みでも全く問題はない。俺も一緒に旅行に行くぞ」
「…それじゃ、いつものメンバーですね。日程が決まり次第、ホテルとかを全部手配して…。費用の方も任せて下さい」
おおっ、マツカ君、太っ腹! 私たちは早速カレンダーを囲み、計画を練り始めました。今度こそ夢の観光旅行。それも初めての外国ですよ~!
目的地のビザを取ってもらって、ホテルなどの手配も整って…後は出発の日を待つだけになった私たち。今日は会長さんのマンションに集まり、服装や持ち物の確認をしていたのですが…。
「ふうん…。これがパスポートなのか」
いきなりヒョイと手が伸びてきて、リビングのテーブルにあった会長さんのパスポートをつまみ上げました。
「生年月日に顔写真に…。うん、これなら簡単に偽造できそうだ」
「「「!!???」」」
私たちの目に映ったものは、ソルジャーの正装をした会長さんのそっくりさん。ソルジャーはパスポートをパラパラとめくり、マツカ君にニッコリ微笑みかけて。
「どうやら休暇が取れそうなんでね。…追加、お願いできるかな? あ、ぶるぅは留守番に置いてくるから一人分で」
「え? で、でも…」
マツカ君は真っ青でした。国内旅行なら何人増えてもいいんでしょうけど、今回の行先は外国です。ソルジャーはパスポートもビザも持ってませんし、いきなり追加と言われても…。でもソルジャーは平気な顔で。
「大丈夫、絶対にバレないように細工するから。…ぼくたちの世界は君たちの世界より遥かにチェックが厳しいんだ。そんな世界で生きてるんだし問題ないよ、こっちで旅行するくらい。…パスポートもちゃんと用意するさ」
ソルジャーは自信満々で会長さんを見詰めました。
「ブルー、君なら分かるだろう? ぼくがヘマをするわけないってことが。…君たちが旅行の計画を始めた時から参加したいと思ってたんだ。だけど直前まで休めるかどうか分からなくって…。ふふ、シャングリラの連中への言い訳はいつもどおりに特別休暇」
「「「………」」」
私たちの顔には非難の色が浮かんでいたかもしれません。ソルジャーの言う特別休暇とは、あちらのキャプテンと過ごす大人の時間を指すのです。つまりソルジャーが私たちと旅をしている間、キャプテンは「ぶるぅ」と青の間で留守番しながら過ごさなくてはいけないわけで…。
「いいんだってば。ハーレイはぼくに甘いんだ」
だから安心、と笑うソルジャーの手から会長さんのパスポートがパッと消え失せて。
「ちょっと借りるよ。ぶるぅに頼んで偽物を作りに行ってもらった。ぶるぅはシャングリラと外の世界とを自由に行き来しているし…街の事情にも詳しいし」
ソルジャーの言葉に「そるじゃぁ・ぶるぅ」の目がまん丸になりました。
「ぶるぅって凄かったんだ…。ぼく、パスポートの偽物が作れるお店なんかは知らないよ」
「ぼくの世界には色々あるのさ。体制が厳しければ厳しいほど、抜け穴を作る連中も増える。まあ、パスポートの偽物なんて偽物の内にも入らないけどね。ぼくたちからすれば手帳を複製するレベルだし」
それはそうかもしれません。ソルジャーの世界は宇宙船が普通に行き交う所。パスポートがあったとしても紙媒体ではないでしょうね。やがて「ぶるぅ」から会長さんのパスポートとセットで送られてきたものは…。
「うわぁ、本物そっくり…」
「ビザもあるわ」
「でもブルーのと同じじゃないか! 生年月日まで!」
これじゃバレるぜ、とサム君が指摘しましたが、ソルジャーは動じませんでした。
「そこでサイオンの出番なのさ。ぼくは電子情報も操れる。…ブルーにだって出来るだろ? もちろん人間相手の情報操作も簡単だ。このパスポートの持ち主はブルーであって、ブルーじゃない。どこに出しても平気だってば」
そしてソルジャーはマツカ君の肩をポンと叩くと。
「人数の追加、よろしくね。ブルー、細かいフォローは頼んだよ。また出発の日にこっちに来るから、ぼくの荷物も用意しといて」
「えっ? 荷物って…ブルー!!」
会長さんが叫んだ時にはソルジャーの姿は消えていました。増殖したパスポートだけがテーブルの上に残っています。
「……やられた……」
面倒なことを押しつけられた、と会長さんは深い溜息。人数の追加のフォローにソルジャーの分の荷物の用意とは、会長さんも貧乏クジです。けれど旅行は楽しそうですし、それを励みに頑張って下さ~い!
数日後の朝、私たちは会長さんのマンションの前に集合しました。マツカ君が手配してくれたマイクロバスも来ています。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、それにソルジャーがスーツケースを持って出てきて…。
「おはよう。昨夜はブルーに泊めて貰ったんだ」
旅行の知識ももうバッチリ、とソルジャーは明るい笑顔でした。会長さんも元気そうですし、どうやら平和な夜だったみたい。たまにソルジャーが会長さんに迫ろうとして言い争いになるらしいんですよね。私たちの荷物がマイクロバスに積まれ、私たちも乗り込んで、いざ空港へ。
「すげえや、俺たち、あれに乗るのか…」
サム君がポカンと口を開けています。空港のVIPルームで出国手続きを終えた私たちの前には立派なジェット機がありました。マツカ君の家の自家用ジェットというヤツです。どう見ても小型ではありません。タラップを上がると中は普通の飛行機ではなく、ゆったりとしたソファにテーブルに…。
「あ、離陸の時だけシートベルトをお願いします」
マツカ君がキョロキョロしている私たちに言いました。
「普通の飛行機よりも高い所を飛びますからね、飛行中は安定してるんですけど…離着陸の時は危ないですし」
えっと。どうやら一般の空域を遥かに超える高高度って所を飛ぶようです。滑走路に入る待ち時間も無く、私たちはアッという間に空の上。機内見学に回ってみると、驚いたことにシャワールームまでありました。お菓子も食事も好きな時に食べられますし、眠くなったらベッドもあって……快適なフライトを終えるとピラミッドの国。
「…まさか機内で入国審査が出来るとはな。おまけに両替まで手配済みとは…」
ビックリしたぜ、とキース君。会長さんがクスッと笑って。
「自家用ジェットならではだよ。出国の時も早かっただろう? テロやハイジャックの危険を避けるために色々と…ね。マツカに感謝しておきたまえ」
タラップの下には迎えのバスが来ています。まずはピラミッド観光ですけど、ソルジャーのパスポート、出国の時も入国の時も何も言われなかったのは流石と言うか…。
「…バスの外って暑いんだよね?」
空港を出たバスから外を見ながらジョミー君が首を傾げました。
「飛行機を降りてすぐにバスに乗っちゃったから、太陽が眩しいなって思っただけで終わったけどさ。…ベストシーズンでも暑くないってことはないよね?」
「もちろん暑いさ」
バスに冷房が入っているだろう、と会長さん。でもジョミー君の疑問も分かります。歩いている人はみんな長袖。男の人は足首まである長いワンピースみたいな服を纏っていますし、女の人も似たようなもの。頭のてっぺんから足の先まで黒い布で覆った女の人も…。半袖やノースリーブの人はどう見ても観光客でした。
「ああ、あれね。…あの格好の方が涼しいんだよ。君たちもバスを降りたら納得するさ」
長袖を着ろと言ったのに、と会長さんは私たちを見ています。会長さんとソルジャーは長袖のシャツを着ていましたが、私たちはマツカ君を除いて全員半袖。砂漠の国に来たというのに、長袖なんてきっと暑いに決まっています。現地の人が長袖なのは宗教上の問題に違いありません。肌の露出を避けるように、という厳しい戒律は有名ですから! そして早めの昼食を食べるために立ち寄ったホテルの綺麗な庭で…。
「やっぱり普通に暑いよなあ?」
サム君が空を見上げました。見たこともないほど深い青色が木々の間から覗いています。
「暑いですよ! 湿気は全然ないですけども、気温は真夏並みですよね」
シロエ君も暑いを連発しています。まだお昼にもなっていないのにこの暑さでは、これからどれほど暑くなるやら…。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、それにソルジャーはビュッフェ形式の食事をのんびりゆったり楽しんでいるんですけど、暑さが酷くなってくる前に早く出発しましょうよ~!
ピラミッドに到着したのはお昼過ぎでした。駐車場から歩いていると足元の砂が焼けるようです。おまけにピラミッドの中は息苦しいほどの蒸し暑さ。狭い通路は思った以上の急傾斜で…。
「足場が無かったら滑りそうだね」
ジョミー君の言葉に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「そっかぁ、これって滑り台にできるかもね! 帰りは滑ってみようっと!」
今はぼくたちしかいないもん、と言った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は帰りに本当に滑って行ってしまいました。木製の足場に引っ掛かりもせず、ツーッと凄い勢いで…。どうして引っ掛かったりしないんでしょう?
「サイオンで少しだけ浮いているのさ。リニアカーにちょっと似ているかもね、磁力じゃないけど」
子供ならではの発想だよ、と会長さんが微笑んでいます。なるほど…リニアカーですか…。だったらピラミッド自体も巨大滑り台になったりして…?
「かみお~ん♪ それって最高!」
うわわわわわ…。滑って行った筈の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が目の前にヒョコッと出現しました。
「入口の所で待ってたんだけど、なかなか降りてこないから…。みんなも滑って降りればいいのに。とっても早くて楽しかったよ。また先に行って待ってるね~!」
ピューッと滑り降りていく「そるじゃぁ・ぶるぅ」。まさかピラミッド本体を滑る気になってしまったとか…?
「滑ると思うよ。君たちはラクダにでも乗っていたまえ」
会長さんの読みは大当たり。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はピラミッド……それも3つある中の最大のヤツを滑り台にして遊ぶつもりでした。その前に3つとも中を見物しなくては、と歩き始めた私たちですが…。
「…痛い…」
ボソリと言ったのはジョミー君。
「まさか太陽が痛いだなんて! 腕がヒリヒリしてくるんだけど」
それは私も同感です。日焼け止めを塗ってきたというのに、肌が真っ赤になっていました。キース君もサム君も、シロエ君もスウェナちゃんも…みんな半袖から覗いた腕の痛さを実感中。長袖着用の会長さんたちは涼しい顔をしていますけど、あの長袖には日よけの意味があったんですか~! しかし後悔先に立たず。もう諦めて日焼けするしか…。
「マダーム」
後ろから声をかけられたのはその時でした。女子高生に向かってレディーならともかくマダムだなんて失礼な、と振り向くと色とりどりの布を籠に詰めたオジサンが立っています。ズルズルの民族衣装で頭には布。どう見ても土産物売りというヤツです。
「これ、日よけ、なるね。とってもチープね、みんな、買う、買う?」
派手な花模様の大きな布を肩にフワッとかぶせられると日差しがスパッと遮られました。これこそまさに地獄で仏。オジサンはキース君やジョミー君たちにも悪趣味な模様の布を次々にかぶせ、誰もがホッとした表情に…。ここで買わねば負け組です。私たちは財布を取り出し、言われるままに支払って…とてもいい買い物をしたと心の底から喜びながら次のピラミッドに入ったのですが。
「…君たちの買値、相場の百倍!」
会長さんがニヤリと笑って言い放ったのは空っぽの石棺がポツンと置かれた部屋でした。
「「「百倍!?」」」
そんな馬鹿な。多少はボラれたかもですけれど、いくらなんでも百倍は…。アルテメシアで似たようなものを買ったら多分値段はあのくらいですし…。
「物価が全然違うんだよ。ああいう時には値切らなくっちゃね。まあ、あの状況じゃあ…そんな余裕も無いだろうけど。いいかい、ラクダに乗る時はしっかり値切る! 相場は…」
会長さんがしっかり教えてくれたというのに、私たちはダメダメでした。いえ、ラクダ屋さんが百戦錬磨と言いましょうか。どう頑張っても相場の5倍以下には負けてはくれず、それ以上安くするなら乗せないとまで言われてしまい、仕方なく支払ってピラミッドを一周する旅に出てゆくと…。
「あっ、あそこ!」
私の前のラクダに乗っていたスウェナちゃんが指差しました。一番大きなピラミッドの斜面をピョンピョン跳ねて登って行くのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。確か登るのは禁止の筈です。なのに番人の人も観光客も全然気付いてないみたい。キース君たちも一列に連なったラクダの上からそっちの方を眺めています。
「かみお~ん♪」
御機嫌な声も他の人には届いていない様子でした。小さな身体のお蔭でピラミッドの大きさがよく分かりますが、どうして誰にもバレないんでしょう?
『シールドを張っているんだよ。見えないギャラリーの時と同じさ』
会長さんの思念が届き、2頭のラクダがやって来ました。会長さんとソルジャーが乗っかっています。
「君たちが高値で乗ってくれたお蔭で安く乗れたよ、ありがとう」
いいカモだよね、と顔を見合せている会長さんとソルジャーが支払った額を聞かされ、私たちは大ショックでした。なんと相場の半額以下。二人分でも1頭分より安いんです。
「君たちという上客を連れて来ただろう、と言ったら喜んでオマケしてくれたんだ。布を売ってた人も仲間だったらしくってさ」
「「「………」」」
涙目になりそうな私たちの耳に「かみお~ん♪」と雄叫びが聞こえ、大ピラミッドの頂上に着いた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がピラミッドの斜面を滑り台にして一気に滑っていきました。会長さんとソルジャーはラクダに相場の半値以下で乗り、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は巨大ピラミッドを遊び場に。三人とも旅を満喫しています。…私たち、これからどうなるんでしょう? 負けっぱなしはキツイんですけど…。
ピラミッドの滑り台遊びが気に入ったらしい「そるじゃぁ・ぶるぅ」は3つのピラミッドを全部滑って、最後に再び大ピラミッドに挑みました。ピラミッドの石はとても大きく、一段が「そるじゃぁ・ぶるぅ」の背丈くらいもあるんですけど、リニアカーみたいに少しだけ浮いて滑る分には全く問題なかったようです。
「楽しかったよ、ピラミッド! みんなも滑ってみればいいのに」
あんな大きな滑り台って見つからないし、と大喜びの「そるじゃぁ・ぶるぅ」は次に「ぶるぅ」が遊びに来たら一緒に滑ると言っています。瞬間移動でパッとやって来て滑りまくって遊ぶのでしょう。ソルジャーもその意見には大賛成で…。
「いいねえ、ぼくたちの世界じゃピラミッドはもう地球に残ってないらしいから……ぶるぅもきっと喜ぶよ。ぼくもラクダに乗りに来ようかな。地球といえば海が真っ先に浮かぶんだけど、砂漠もなかなか楽しいし…」
「だろう? ここは巨大なオアシスみたいなものだから」
さっき見てきた川がこの一帯を潤している、と会長さんが川の方角を指差します。地球で一番長い川だと習っていますが、案外川幅は小さいように思えました。ピラミッド見物の後はバスで川沿いに市街地へ戻って、夕食は川に浮かんだクルーズ船でのディナーです。そこで出て来たのは…セクシーな衣装のベリーダンサー。
「ふうん…。地球には変わったダンスがあるんだね」
ぼくたちの世界じゃ見かけないな、とソルジャーが面白そうに眺めていたのが悪かったのでしょうか。
「…おい、なんか俺たちの方を見てないか? 近付いてきてるように思うんだが…」
キース君の言うとおり、スパンコールやビーズで飾られた黒い衣装を煌めかせながらダンサーが距離を縮めてきています。オイルダラーのオジサンたちで賑わうテーブルの近くで踊っていたのに、いつの間にやらこっちの方へ…って、ひぃぃっ、私たちの背後で踊られても~! 腰をくねらせ、艶めかしい踊りを披露するなら別のテーブルに行った方が…って、会長さん?
「…まったく…。何をパニック起こしてるのさ、単なるサービスってヤツじゃないか」
しごく冷静な会長さんにジョミー君が。
「で、でも…。これって大人の人向けじゃないの?」
「民族舞踊だと思うんだけどねえ…。まあ、君たちにはちょっと刺激が強すぎるようだし、残念だけどお帰り願おうか」
ぼくにとっては目の保養なのに、と言いつつ会長さんが取り出したのは紙幣でした。それもこの国の最高額の。会長さんは紙幣を無造作に折り、やおら立ち上がるとダンサーの衣装の腰の部分にスッと挟んだではありませんか。
「「「!!!」」」
目が点になった私たちの前でダンサーは派手に腰を振ってみせると別のテーブルへ向かいました。か、会長さんって凄すぎるかも…。ダンサーの衣装の胸元や腰には紙幣が挟んでありましたけど、そういうのは全部おじ様たちからのチップってヤツで…。ソルジャーも呆気にとられています。
「シャングリラ・ジゴロ・ブルーの名前はダテじゃないっていうことか…」
「そりゃあね。…君には出来ない芸当かな?」
「出来ないことはないと思うけど、別にやりたいとも思わないしさ。ぼくは女性にはさほど興味が…」
「そこまで!」
十八歳未満の団体だよ、と会長さんがソルジャーを封じ、アヤシイ会話は打ち切られました。その夜から豪華ホテルに連泊をして、考古学博物館を見学したり、三大ピラミッドよりも古い時代のピラミッドを巡ってみたり、海底遺跡で知られた河口にある古い港町まで行って観光したり…と平穏な日々。ソルジャーの世界も平和らしくて、様子を見に帰る気配もないようです。
「今日はいよいよ王家の谷へ行けるんですね」
楽しみです、とシロエ君が言ったのは豪華な特急列車の中。快適なコンパートメントを幾つも押さえた私たちは食堂車で朝食を食べていました。自家用ジェットでひとっ飛びという案も出たんですけど、鉄道の旅も面白そうだと列車の中で一泊で…。えっ、通訳はついていないのかって? ついていません。タイプ・ブルーの会長さんが一緒ですから言葉の壁は無いも同然。ガイドさんはついているものの移動の足の手配がメインで、観光する時は私たちだけで行くというのが基本です。
「王家の谷ってファラオの呪いで有名だけど、呪いってホントにあるのかな?」
ジョミー君が尋ねた相手は会長さんではありませんでした。ハムエッグを頬張っていたソルジャーが赤い瞳を見開いて。
「…その質問を何故ぼくに?」
「えっ…。だってさ、世界は違うけど同じ地球があるっていうし……ピラミッドだってあったって言うし! だったらファラオの呪いもあったのかなぁ、って…。あったんだったら解明されているんじゃない?」
うわ。ジョミー君にしては鋭い指摘です。キース君がヒュウと口笛を吹いて。
「冴えてるな、ジョミー。確かにその手は使えそうだ」
「だろう? だから訊こうと思ってさ。…ファラオの呪いってホントにあった?」
興味津々の私たちにソルジャーは「残念ながら…」と肩を竦めてみせました。
「それについては君たちの世界の方が望みがあるんじゃないかと思うな。ぼくの世界にも王家の谷は確かにあったし、ファラオの呪いも歴史上の出来事として伝わってはいる。でもそこまででおしまいなんだ。歴史の中の点に過ぎない。…あまりにも昔の出来事な上に、王家の谷ももう無いからね」
「そうなんだ…。じゃあ、ファラオの呪いも一つだけ? 二十世紀のヤツだけだった?」
ジョミー君の問いにソルジャーはコクリと頷いて。
「うん、それだけしかぼくは知らない。呪いの正体についても仮説だけだ。…いっそ君たちが解明したら? この世界の未来はぼくの世界とは大きく違っていそうだしさ」
春休みのいい思い出になるよ、とソルジャーは笑って言いましたけど、春休みレベルで解決するような問題でしょうか、ファラオの呪い…。とにかくまずは見学です。乗り心地のいい特急列車に別れを告げた私たちは一旦ホテルにチェックイン。バルコニーの向こうに見える川の対岸が王家の谷のある場所でした。もしもファラオの呪いが解明できたら、私たち、一気に有名人かも~?