シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
大型連休の終盤にシャングリラ号で宇宙を旅した私たち。進路相談会で乗り込んだ時と違ってクルーの人たちと一緒に草餅を作ったり福引をしたりと素敵な二泊三日でしたが…船長の教頭先生にとっては受難の旅になってしまいました。あれから一週間が経ちますけれど、教頭先生は今でも時々…。
「教頭先生、今日も頭を気にしてたね」
ジョミー君がそう言ったのは放課後のこと。例によって「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で特製パフェを食べつつ雑談中で、部活を終えた柔道部三人組も来ていました。今日のキース君は大学の講義と重なったので教頭先生の授業を受けていません。ですからジョミー君をじっと眺めて…。
「そうだったのか? 俺は古典は出なかったからな…。柔道部ではいつもどおりだったぞ」
「運動したらヘアスタイルだって乱れるよ。撫で付けてたって不自然じゃないし…。でもね、授業中だと目立つんだ。今日も5回は触ってたかな」
髪の毛をね、とジョミー君。シャングリラ号で会長さんに坊主頭にされそうになって以来、教頭先生は髪に敏感です。サイオニック・ドリームで丸坊主にされたと思い込まされた悲惨な過去を持っているだけに、余計なのかもしれません。そこへクスクスと笑い始めたのは会長さん。
「ぼくが教室にいるならともかく、いもしないのに警戒するのが傑作だよね。よほど懲りたのかな、自分でお願いしに来たくせにさ」
「…だが、お願いはもう時効だろう? そもそも最初から勘違いして来たんだし…。全部あんたの計略だったと俺は今でも思っているぞ」
福引も込みで、とのキース君の指摘を会長さんはサラッと流して。
「君の権利を譲ってくれって頼んだんだよ、ハーレイは。それも一生のお願いときた。…ぼくはハーレイを脅せただけで満足だけど、ハーレイの方はどうだろうねえ…。隙を見せたら坊主にされると思い込んでいるのかな? 小心者のヘタレだからさ」
「…あんた、気の毒だとは思わないのか?」
「思わないよ。ぼくを抱き枕にする権利を譲ってくれ、なんて頼みごとをしたイヤラシイ男に同情するほど甘くはないさ。せいぜい怯えていればいい。鋏を持ったぼくが来るんじゃないか…って」
因果応報、と会長さんは涼しい顔です。教頭先生は当分の間、会長さんを警戒しながら暮らすのでしょうか?
「警戒されるの、大いに歓迎。熱い視線を向けられるよりもよっぽどいいさ。…ハーレイの視線は暑苦しいんだ」
「…視線だけで熱くなれる、の間違いだろう?」
えっ。なんだか変な台詞が聞こえたような…。それも笑いを含んだ声で。ギョッとした私たちの視線の先で空間が歪み、紫のマントが翻りました。
「こんにちは。…みんな相変わらず楽しそうだね」
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
お客様だぁ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大喜びで飛び跳ねています。空間を越えてきた会長さんのそっくりさんは空いた場所に腰掛け、テーブルの上を見渡して…。
「ぶるぅ、ぼくにも特製パフェ。チョコレート・リキュール多めでね」
「オッケー!」
キッチンに駆けて行く「そるじゃぁ・ぶるぅ」。さて、ソルジャーの目的は何でしょう? 好物の特製パフェを食べに来たのか、単に遊びに来ただけなのか。会長さんの家に行くことも多いそうですが、私たちの前に現れた時にはもれなく騒ぎになる傾向が…。今日こそ何ごともありませんように!
運ばれてきた特製パフェは大盛りでした。ソルジャーは目を輝かせてスプーンを持ちます。
「そうそう、この間、みんなシャングリラに乗ってたっけね」
「「「えぇっ!?」」」
あんな所まで見えていたのか…と私たちはビックリ仰天。だって二十光年の彼方ですよ?
「二十光年なんて大した距離じゃないだろう? ぼくがいるのは別の世界だし、二十光年で着くとでも? まあ、二十光年を飛び越えるよりは楽に来られたりするんだけどね」
ほんの隣の世界だからさ、とソルジャーはホイップクリームをペロリと舐めて。
「ブルー、君ならぼくの言う意味は分かるよね? ぼくの世界に来たこともあるし…。でも君たちのシャングリラは本当にぼくの世界のとソックリだ」
細かい所までよく似ている、とソルジャーは感心しています。
「あの船、一から造ったんだろ? ぼくのシャングリラと違ってさ」
そういえばソルジャーに聞かされたことがありました。ソルジャーの世界のシャングリラ号は敵である人類から奪った船で、それを改造したものなのだ…と。
「確かに一から造ったけれど…設計図をくれたのは君だと思う」
会長さんが返すとソルジャーは「それが凄いんだよ」と微笑みました。
「まるで形が無いものを…この世界には存在していないものをゼロから造り上げたんだろう? 資金も要るけど人望も要る。君もやっぱりソルジャーだよね。実戦経験皆無でもさ」
「…そ、そうかな…」
「そうだよ。もっと自信を持ちたまえ。…クルーのためにイベントを催すというのも素晴らしい」
草餅作りを見ていたんだ、とソルジャーは実に楽しそうです。
「みんなで餅つき、おまけに福引。君は皆の心を上手く掴んでいると思うな、ソルジャーの必須条件だよ。皆の心が纏まらないと長の立場は務まらない。…特別賞に自分を差し出せるのも、慕われてるから出来ることで…」
「…ちょ、ちょっと…」
止めに入った会長さんはソルジャーにサックリ無視されました。
「うん、特別賞は実に凄かった。ぼくも真似たい所だけれど、ハーレイがショックで寝込みそうだし…。あれで意外と気が小さいから、ぼくが他の誰かの部屋に行くなんて絶対耐えられそうにない。…で、本当の所はどうだったんだい? 誰に当たってもいいと思ってた?」
「…………」
「言えないだろうね、本当のことは。…被害者のキースがいる前ではさ」
「「「!!!」」」
会長さんがウッと息を飲み、キース君の顔が引き攣っています。特別賞はやはりキース君が引き当てるように計画されていたのでした。そうじゃないかと思ってはいても尻尾を掴めなかったのに…あっさり見破ったソルジャーには驚嘆するばかりです。会長さんの心を読み取ったのか、覗き見で分かったのかは謎ですが…。
「あ、ぼくの名誉のために言っておくけど、君の心は読んでいないよ。…ちょっとカマをかけてみただけ。こんな手に引っ掛かってるようでは、テラズ・ナンバーとは戦えないねえ…」
「「「てらず?」」」
何ですか、それは? テラズ様ならマザー農場の宿泊棟の屋根裏ですが…。怪訝な顔の私たちを見回したソルジャーがプッと吹き出し、おかしそうに笑い出しました。
「そ、そうか…。そうだっけね、君たちにとってのテラズ・ナンバーといえば全然違うモノなんだっけ。…確かキースの…」
「言うなぁぁっ!」
キース君の悲鳴も空しく、ソルジャーは…。
「そう、キースの曾お祖母さんがやってた伝説のダンス・ユニットのメンバーだよね。本名を隠してナンバーを名乗る。キースの曾お祖母さんはナンバー・ファイブ。…そして、ぼくが戦ってる相手もナンバー・ファイブ」
「「「は?」」」
ソルジャーの敵がナンバー・ファイブって…まさかテラズ様? いえ、そんな筈はありません。テラズ様はジョミー君への恋を諦めて成仏しましたし、その後ソルジャーの世界に行ってモンスター化したなんてことは有り得ないと思うのですが…。ソルジャーはクックッと笑い、会長さんが苦い顔をしています。
「ブルーには話してあるんだよ。ぼくの世界のテラズ・ナンバーとは何なのか…をね。正体はSD体制を牛耳るコンピューターで、宇宙のあちこちに存在する。ぼくたちの船が隠れてる星にはテラズ・ナンバー・ファイブがいるのさ。だから仲間を救出するには戦うしかない。…あれがキースの曾お祖母さんだったらどんなに楽か…」
実に老獪な相手なのだ、とソルジャーは溜息をつきました。
「あの手、この手で心理攻撃を仕掛けてくる。仲間だけでは逃げ切れないこともよくあった。最近はみんな慣れてきたから、ぼくの出番も減ったけれども」
だから遊びに来られるんだ、と得意げにウインクするソルジャー。
「まあ、ブルーにはテラズ・ナンバーの相手は無理だと思うよ。ぼくにも勝てないようじゃダメだね。発想は冴えているのに詰めが甘いし、まだまだだ。…例の特別賞にしたって、あれで終わりじゃ甘すぎる」
「…えっ?」
思わず訊き返してしまったらしい会長さんに、ソルジャーは。
「…甘すぎるって言ったんだよ」
パフェなら甘いほど嬉しいけども、と特製パフェの器の縁を指先でチンと軽く弾いて。
「君のハーレイは一生のお願いに来たというのに、お説教だけで終わりかい? 一生のお願いなんて言われたからには相応のお返しをしてあげないとダメじゃないか。…一生とまでは言わないけどさ、せめて一週間は尾を引くくらいのお返しを…ね」
「……十分じゃないか。ハーレイは坊主にされるのを恐れているし、今日で一週間になる」
「君はそれで満足してるというわけか…。つまらないね」
実につまらない、とソルジャーは唇を尖らせています。嫌な予感がしてきましたが、会長さんなら上手く逃げ切ってくれるでしょうか? 逃げてくれると思いたいです…。
つまらない、と繰り返すソルジャーの狙いはどう考えても会長さんへの挑発でした。下手に相槌を打ったが最後、ソルジャーのペースに乗せられてしまってロクでもない結果になるのが見えています。会長さんは懸命に話を逸らし、ソルジャーは逸らされまいと頑張り続けて…。
「そうだ、前から聞きたいと思ってたんだ」
切り出したのはソルジャーの方。
「君のハーレイって筋金入りのヘタレだけどさ…。本当のところ、経験値の方はどのくらい?」
「…経験値?」
眉を寄せる会長さんにソルジャーはしれっとした顔で。
「そう、経験値。…まさかゼロってことはないよね、あの年で?」
「「「………」」」
これはどうやら大人の時間に関係している質問らしい、と私たちにも分かりました。思い出したのは教頭先生の童貞疑惑。去年の夏休み明けに教頭先生がお見合いを強要されていた時、ゼル先生とヒルマン先生が酒席で口にしたのです。会長さんもそれを肯定していた記憶が…。
「え? 本当にゼロ…なのかい?」
誰の思考が零れていたのか、ソルジャーが赤い瞳を見開いて。
「あの年で…男も女も経験無しって…。どうしてそんな悲惨なことに…? 君のハーレイはモテないとか?」
「…ついこの間、二人ほどにモテた」
憮然と答える会長さん。アルトちゃんたちのことでしょう。ソルジャーは軽く頷き、不思議そうに。
「その二人とやらが特別ってこともなさそうだね。…ぼくのハーレイはぼくのモノだってバレバレだから誰もアタックしてないけどさ、それなりにファンはついてるようだよ。君のハーレイにも誰かいそうなものだけど…」
「ファンは多いと思うんだけどね…。ハーレイの方が振り向かない。いや、見えていないと言うべきか…。ぼくしか視界に入ってないから」
「そして君にはその気が無い…というわけか」
不毛だねえ…と呟くソルジャー。
「君一筋に思い続けて経験皆無の人生だなんて…。ヘタレっぷりにも納得がいくよ、童貞なんじゃ無理もない。なんだか気の毒になってきた。…そんなハーレイの一生のお願いを却下するとは可哀想に」
「却下してない! …断ったのはハーレイの方だ」
ぼくは剃ろうとしたんだから、と会長さんは指で鋏を真似てみせます。ソルジャーは嘆息し、会長さんをじっと見つめて。
「…最初から全部罠だったんだよね、特別賞も坊主頭も。…君のハーレイが特別賞を欲しがることを見抜いた上でキッチリ罠にかけたんだ。経験値ゼロが本当だったら一生のお願いの重みも増す。…きっとハーレイは心の底から君が欲しくて言ったんだろうに…」
「そうだろうね。だから後先考えずに飛び込んできて坊主頭にされかかるのさ」
「………可哀想すぎる」
あんまりだ、とソルジャーは非難の目つきになっていました。
「夢くらい叶えてあげればいいのに…。サイオニック・ドリームをプレゼントすれば終わりじゃないか。ハーレイのものになってあげたっていう夢だけできっと喜ぶと思う」
「…そんな夢、こっちがお断りだ! 言っただろう、ハーレイの気分が盛り上がってきたら困るのはぼくの方だ、って! ラブレターやらプレゼントやら、そういうのを送りつけられるって!」
「…そうだっけね。でも、ぼくは心底ハーレイが気の毒になってきたんだ。…一生に一度のお願いすらも君にかかればタチの悪い冗談に変換されて終わるだなんて…。何といっても君のハーレイとぼくのハーレイは姿形がそっくりだからね、ぼくも同情したくなる」
あちらのキャプテンと両想いなソルジャーは教頭先生の肩を持ちたくなったようです。仕返しだとか言っていたくせに、いつの間にやら話は別の方向に…。
「…気の毒すぎるよ、君のハーレイ。…三百年以上も君一筋で、男も女も経験皆無で過ごすだなんて凄いじゃないか。そこまで深く想われてるのに応えないなんて信じられない。…ぼくが応えてあげたいくらいだ」
「ブルー!!!」
「ほら、そうやってすぐ怒る。君にとっては迷惑だってことだろうけど、ぼくはハーレイが可哀想でさ…。一度くらい応えてやりたまえ。なんならぼくが手ほどきしようか…?」
こんな風に、とソルジャーは会長さんの顎を捉えて…。
「……!!!」
いきなり唇を重ねられた会長さんですが、固まったのはほんの一瞬。すぐにソルジャーを突き飛ばすと…。
「…久しぶりだったから油断した。…君には挨拶代わりだろうし、ぼくも女の子が相手だったらキスくらいお安い御用だけれど……男は別! 男は論外!」
ウガイしてくる、と奥の部屋へ走り去る会長さん。間の扉を開け放したまま嫌味たっぷりにウガイの音を響かせています。ソルジャーは何度目かの溜息をつき、私たちに向かって尋ねました。
「抱き枕ってどんなモノなんだい? ブルーが言ってた特別賞のヤツじゃなくって、本物の抱き枕について知りたいんだけど」
「「「…え?」」」
「ブルーにその気は無さそうだから、抱き枕っていうのがどういうモノか…。答えによってはそれをハーレイにプレゼントするのもいいかと思って」
どうだろう? と真剣な表情をされてしまって、私たちは顔を見合わせました。抱き枕…。快眠用の癒しグッズで、細長い大きな枕ですよね? 寝具店で普通に売られていますし、何も問題ないですよね…? 教頭先生が余計な夢を見ているだけで、ホントはクッションみたいなもので…。
「君たちは何を教えたのさ!!!」
数分後、部屋中に響き渡っていたのは会長さんの怒声でした。
「よりにもよってフルオーダーの抱き枕だって!? ハーレイの思う壺じゃないか!」
「…す、すまん…。そんなつもりは…」
必死で弁明するキース君は冷や汗まみれで、私たちはただ項垂れるだけ。ソルジャーは嬉々としてパソコンの画面に見入っていました。
「うん、色々見たけど此処がいいね。サイズも素材も好きにオーダー出来るようだし…。ブルーの身長に近付けるならサイズは多分こんなものかな? 素材の方はどうだろう…。ぶるぅ、こういうのって分かるかい?」
おいで、と手招きされて「そるじゃぁ・ぶるぅ」が画面を横から覗き込みます。
「えっと…。んとね、お店で確かめるのがいいと思うよ。行ってみる? このお店、アルテメシアのデパートに支店が入っているし」
「なるほど。善は急げって言うからね。…案内して」
「かみお~ん♪」
元気一杯の雄叫びと共に「そるじゃぁ・ぶるぅ」は消えていました。ソルジャーの姿もありません。残されたパソコン画面を指差し、会長さんの雷が…。
「この店なんだよ、ハーレイが抱き枕を注文したくて何度もチェックしてたのは! ここに注文フォームがあるだろ、特注品のカバー用のさ!」
「…すまん、本当に知らなかったんだ! ソルジャー…いや、ブルーが抱き枕っていうのはどういうモノかと訊いてきたから、寝る時に使う快眠グッズで寝具の店で売っている…と答えただけで…」
キース君の言うとおりでした。けれど会長さんは怒り心頭。
「マザー農場で聞いただろう!? ハーレイがぼくの写真を使ってオーダーしようとしてる、って! それの何処が快眠グッズか訊きたいんだけど、誰が答えてくれるんだい?」
「「「………」」」
教頭先生が欲しくてたまらない会長さんの抱き枕。添い寝用のぬいぐるみ感覚では…なかったのでした、困ったことに。でもでも、私たちは本当に知らなかったのです。ここまで露骨にそれっぽい絵がプリントされた抱き枕が売られているなんて…。
「……忘れてたよ。万年十八歳未満お断りだっけね、君たちは」
失敗した、と会長さんは後悔しきりの様子です。
「でも見たらもう分かっただろう? ハーレイが抱き枕を欲しがったわけも、ブルーが大喜びで下調べをしに出てったわけも! …君たちに当たり散らしても仕方ないって分かってるけど、これから何が起こると思う? ブルーはオーダーするつもりなんだ。…よりにもよってこんな枕を!」
会長さんがパソコンを操作し、現れたのはソルジャーがさっき見ていた画面。誘うようなポーズを取った女性の絵柄の抱き枕が幾つも並んでいます。会長さんは返す言葉もない私たちを眺め、元のお店の画面に戻すと…。
「ハーレイがオーダーしようとしたのはスクール水着のぼくの写真らしい。前にブルーに撮影会をやられた時のアレなんだけど、抱き枕にプリントされると思うと死にたくなる…」
情けない、と会長さんは頭を抱えて苦悶の表情。ソルジャー主催の撮影会は私たちの記憶に今もハッキリ残っていました。会長さんがスクール水着で撮影に応じるか、ソルジャーのストリップを撮影するか…という二択で決まったスクール水着姿の撮影会。水着だけでも大概なのに、セクシーショットが嫌と言うほどありましたっけ。
「…よりにもよってあんな写真を…。もう、死にたいなんてレベルじゃなくて!」
消えてしまいたい、と会長さんがテーブルに突っ伏した時。
「死にたいって?」
物騒だねえ、と声が聞こえてソルジャーがそこに立っていました。デパートへ行ってきただけあって、会長さんの私服を見事に着こなしています。隣にはカタログを持った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が…。
「かみお~ん♪ ブルー、ただいま! どうしたの? 頭、痛いの?」
大変、大変…と大急ぎで冷たいおしぼりを用意してきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんは額におしぼりを乗せてソファに転がり、ソルジャーの方はカタログを広げて上機嫌です。実物を見てイメージが固まってきたのでしょうか、付箋をつけたページを眺め、あれこれチェックして書き入れて…。
「うん、だいたいこんな感じかな? 注文はネットでするとして…絵柄の方は、と…」
ソルジャーの視線が会長さんの寝ているソファで止まりました。もしかして何か閃いたとか? これ以上、騒ぎを大きくしないで欲しいんですけど~!
抱き枕騒動で疲れ果てた会長さんはソファでぐったり仰向けでした。瞳を閉じて額におしぼり、制服の上着は脱いでしまってシャツの襟元も緩めています。
「…いいかもね」
そう言ったのはソルジャーでした。
「ハーレイが注文しようとしていたヤツよりいいかもしれない。…あっちはスクール水着の写真だろう?」
あちゃ~。聞かれていたのか、誰かの思考が零れ落ちたか…ソルジャーにバレてしまったようです。会長さんが死にたくなるほど嫌がっている理由が何処にあるのかを。ソルジャーはクスクスと笑い、私たちをグルリと見渡して。
「水着もいいけど、寝姿もいいね。…寝乱れた格好なんかは最高だろうと思わないかい?」
「「「!!!」」」
まずい、と青ざめるのとソルジャーの動きは同時でした。スッと会長さんの側に近付き、サイオンを使ってベルトを緩めるなりシャツの裾を素早く引っ張り出して…。
「うん、こんな感じ」
捲れ上がったシャツと覗いた素肌。でも煽情的な光景は一瞬だけで、会長さんがガバッと飛び起きます。
「何するのさ!」
「撮影会」
…の予行演習、と悪びれもせずに言い放つソルジャー。
「抱き枕のカバーにスクール水着の写真を使われるのは、死にたくなるほど嫌なんだろう? だったら新しく撮り下ろしたらどうかなぁ…と。君のハーレイが喜びそうな抱き枕用のショットをね」
「………」
呆然とする会長さんを他所に、ソルジャーは私たちの方を振り向いて。
「これからみんなでブルーの家に場所を移して撮影会をするのはどうかな? 帰りが遅くなった時には泊めて貰えばいいんだからさ。…賛成の人は手を挙げて」
わわっ、どうすればいいんでしょう? ソルジャーの提案を受け入れるべきか、断ってサッサと帰宅すべきか…。会長さんを伺い見ると顔に「帰れ」と書いてあります。私たちは慌てて鞄を手にしましたが…。
「おや、みんな帰ってしまうんだ? 困ったな…。撮影用の助手が足りない」
「ぶるぅがいれば十分だろう!」
ピシャリと撥ねつける会長さん。けれどソルジャーは首を横に振って。
「ダメだよ、ぶるぅには食事を作って貰うんだから。夜食も要るかもしれないし…。この子たちが帰っちゃうならノルディに頼んでみようかな?」
「ブルー!!」
切羽詰まった悲鳴が上がり、ソルジャーが不敵な笑みを浮かべました。
「ふふ、ノルディは避けたいみたいだね。…じゃあ、この子たちを連れて行くよ。ぶるぅ、一気に飛ぶから用意を」
「かみお~ん♪ わ~い、お客様が一杯だあ!」
大人の話がまるで分からない「そるじゃぁ・ぶるぅ」は無邪気に喜び、青いサイオンを発動させます。私たちの身体がフワッと浮いて、移動した先はもうお馴染みの会長さんの家のリビングで…。
「それじゃ、ぶるぅは食事を頼むよ。ぼくたちは撮影会を始めるからさ」
「うん、抱き枕に使う写真だね! 抱き枕、ハーレイにプレゼントするんでしょ? あのね、素材はいいのが見つかったから、ハーレイとっても喜ぶと思うよ♪」
ブルーのお墨付きだもん、とソルジャーが選んだ素材を会長さんにカタログで示した「そるじゃぁ・ぶるぅ」は完璧に丸めこまれていました。会長さんが教頭先生に日頃のお礼として抱き枕をプレゼントするのだと思い込んでいるのです。夕食を作りにキッチンに向かう姿を見送り、キース君がボソリと…。
「何もぶるぅまで巻き込まなくても…。まだ子供なのに」
「いいじゃないか。紅白縞のトランクスを買いに行くのはぶるぅの役目だと聞いてるし?」
問題ないさ、とソルジャーはニッコリ微笑みました。
「さてと、寝姿を撮るならベッドがいいかな? 制服にするか私服にするか、パジャマというのも捨て難いよね…」
どれにしよう、とソルジャーの赤い瞳が会長さんを見詰めています。よりにもよって抱き枕のカバーに使う写真の撮影会に巻き込まれるとは夢にも思っていませんでした。私たち、これからどうなるんでしょう? いえ、そんなことより会長さんは? スクール水着よりも悲惨な写真を撮られちゃうのか、どうなっちゃうの~?