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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

弾ける夏休み  第1話

一学期の期末試験が無事に終わって、今日はいよいよ終業式。夏空の下を登校してみると校門前に人だかりが。ジョミー君たちも先に来ていて何やら騒いでいるようです。また信楽焼の狸でも出たのでしょうか? 一昨年の夏休み前に学校中に信楽焼の狸の置物が溢れたことがありました。その中に混ざった金の狸と銀の狸が注目の的で…。
「あっ、おはよう!」
凄いんだよ、とジョミー君が手招きをして指差す先には無数の氷柱。これはなかなか涼しそうです。暑いから特別サービスなのかな?
「それは分からん」
冷静に状況を分析中のキース君。
「一度入って見てきたんだが、校舎の外は氷柱だらけだ。しかもこの氷は花氷らしい。どの氷にも何かの花が入れてある」
花の種類も様々だった、とキース君は教えてくれました。
「法則性があるのか無いのか、そっちの方も見当がつかん。ついでに茎には紙が結んであるんだぞ」
言われてみれば神社でおみくじを結ぶみたいに白い紙片が結わえられています。もしかして今年はこの氷柱が…?
「恐らくはな。…ここに立っていても暑いだけだし、教室に行くか」
「そうだね。朝から暑いと参っちゃうよ~」
ジョミー君が氷柱をペタペタと触り、その手で顔を冷やしています。私たち七人組は氷柱の涼を楽しみながら校舎の方へと向かったのですが…。ん? 中庭の日陰に机を据えにかかっているのは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」?
「やあ、おはよう。今日も朝から元気そうだね」
「かみお~ん♪」
挨拶してくる二人ですけど、こんな所でいったい何を?
「これかい? 出店の用意をしているんだよ」
「「「出店!?」」」
「そう。じきにお客が来ると思うな、終業式が終わったら。まずは看板を出しとかないと」
会長さんが取り出したのは手書きの小さな看板でした。机の上に立てられたそれに書かれた文字は…。
「「「アイテムあります?」」」
「うん。夏休みの宿題免除アイテムってヤツがあるだろう? あれを売ろうと思ってさ。今年は必要とする仲間もいないし…。特別生は全員宿題免除だからね」
「そういえば…。アルトさんたちも特別生になっちゃいましたし…」
確かに誰もいませんね、とシロエ君が言うと、会長さんは満足そうに頷いて。
「君たちの時と、去年のアルトさんたちと。二年も続けてぼくがアイテムを持ってきたから、当時の生徒は知ってるだろう? ぼくはアイテムを確実に手に入れられる…って。チャンスはきちんと活かさないと」
「「「………」」」
商魂たくましい会長さんに誰も言葉がありません。横を通って行くかつての同級生たちの中には看板に目を止める人が少なくなくて、ついに以前のクラスメイトが…。
「アイテムって例のヤツですか?」
訊いてきたのは3年生の男子でした。私たちが入学した年、1年A組にいた一人です。ジョミー君たちと今も仲良くしていますから、声を掛け易かったのでしょう。
「宿題免除のヤツらしいよ」
会長さんよりも先に答えるジョミー君。相手の顔がたちまちパァッと輝いて…。
「やっぱりそうか! で、いくらなんですか、生徒会長?」
「残念だけど開店前でね」
ほら、と会長さんが机を示すと『準備中』の札が出ていました。
「フライングはフェアじゃないだろう? アイテムが発表されたら開店するから、急いで走ってくるといい」
「分かりました! 俺、頑張って走りますから!」
また後で、と立ち去る一昨年のクラスメイト。それからも何人かが問い合わせに来て、予鈴が鳴ると会長さんが。
「教室に行かないとグレイブが来るよ。そうそう、開店したら君たちにも手伝いをお願いしたいんだ。…終業式が済んだらよろしくね」
ここに集合、と笑顔で告げる会長さんは有無を言わさぬ口調でした。私たちに店番をさせて自分はサボるつもりでしょうか? 多分ボッタクリ価格でしょうし、あんまり気分が乗りませんけど…逆らったら何が起こるか分かりませんから、おとなしく店番するしかないかな?

グレイブ先生は今年も宿題を山と出してきました。愕然とするクラスメイトたちに先生は…。
「宿題はもちろん始業式の日が提出日だ。期限を守らなかった場合はペナルティとして更に課題が増やされる」
「「「えぇっ!?」」」
たちまち起こるブーイングの嵐。しかしグレイブ先生は動じもしません。
「当然だろう、自業自得というヤツだ。学生の本分は勉強である、と私は常に言っている。これを機会に勉学に励み、充実した夏休みを過ごしてくれたまえ。だが、残念なことに我が校には…実に嘆かわしい制度があるのだ!」
バン! と教卓を叩くグレイブ先生。
「私は毎年廃止を提案するが、一度も通ったことがない。よって今年も宿題免除のアイテムが登場するのだよ、諸君!」
「「「宿題免除?」」」
「詳しい説明は終業式で行われる。ただし、今年は私の案の一部が採用されたのでな……昨年までのようにはいかん。楽しみにしておきたまえ」
では、とクラスを引率して終業式会場へ向かうグレイブ先生。今年のアイテムは一筋縄ではいかないのかも、という予感がします。でも私たちには無関係ですし、アイテム販売さえ無難にこなせばいいんですよね。終業式の退屈な訓示が終わると教頭先生が出てきました。
「それでは今年も宿題免除の制度について説明しよう。とあるアイテムを探し出して提出すれば、夏休みの宿題は全て免除になる。やる必要がなくなるのだ。…そしてアイテムは毎年変わる。今年はおみくじ形式となった」
「「「おみくじ?」」」
私たちの脳裏に浮かんだ花氷の中に入った紙片。教頭先生が発表したアイテムはまさにそれでしたが…。
「宿題免除の制度に反対する教師の提案を容れて、今年は免除の他に加算というのが加わった。大吉ならば宿題免除、吉ならば何も起こらない。大凶の場合は紙片に書かれた課題が宿題に加えられる。もちろん誰が引いても問題ないよう課題は全学年分が書いてあるから、該当する自分の学年の分を…」
会場はお通夜さながらの雰囲気です。花氷は全校生徒の数の三倍あるそうですが、選べるのは一人一個だけ。選んだ氷柱を本館前の特設テントに運んで行くと先生方が氷を融かして紙片をチェックする形式でした。つまり運任せで、ゆえにおみくじ。教頭先生は更に続けて。
「中には大凶を引きたくない者もいるだろう。そういう生徒には引かない自由も与えられる。…氷柱を選ばなければ宿題の量は最初に示された分だけだ。アイテムを探す時間は正午までとするから、よく考えて行動しなさい」
幸運を祈る、と締め括られた終業式。例年なら凄い勢いでアイテムゲットに飛び出して行く生徒たちなのに、今年は元気がありません。そんな中、勢いよく駆け出す生徒が何人かいて…。
「あっ、いけない!」
急がなくちゃ、とジョミー君が立ち上がりました。
「今の連中、ブルーの店に行ったんだよ。早く手伝いに行かないと…」
「まずい、忘れてたぜ!」
サム君が慌ててジョミー君を追い、キース君たちもバタバタと。スウェナちゃんと私も大急ぎです。会長さんが店を構えた中庭に着くと既に並んでいる人が。会長さんは来客に説明を始めた所でした。
「いいかい、アイテムは数に限りがあるんだ。全員にはとても行き渡らない。アイテム販売に頼りたくない人もいるだろうから、ぼくが販売するのは七個。誰に売るかは公平にクジで決めようと思うんだけど、それでいいかな?」
机の上に四角い箱が置かれています。その中のクジを引いて当たった人だけがアイテムを買える仕組みなのです。
「それで気になる値段の方は…」
会長さんが貼り出した紙に書かれたボッタクリ価格。けれど列を離れる人はいなくて、それどころか会場を出てきた人が後ろに並び始めていたり…。
「この通りだけど、希望者がいれば七個の内の一個をクジから外して確約コースを設けようかと思ってる。もちろん値段はドンと上がるし、希望者全員でジャンケンをして勝者に販売するんだけどね。…確約コースの値段は十倍。希望する人は?」
何人かが手を上げました。会長さんはニッコリ微笑み、『確約コース受付中』の看板を新たに机に置いて。
「じゃあ、今から半時間受け付ける。ジャンケンで負けた場合はクジ引きの方に回れるからね、クジの方の開始時間は半時間後だ。確約コースの人は優先的にクジ引きに回すから、クジの方だけを希望する人は整理券を貰って涼しい所で待っていて」
説明を終えた会長さんは私たちに視線を向けて、「聞いていたね?」とパチンとウインク。
「それじゃキースとシロエは新しく来た人に説明を。受付係がジョミーとサムで、みゆとスウェナは整理券の配布。マツカは行列の整理をよろしく」
はい、とキース君たちはチラシを渡され、ジョミー君とサム君は店を任され、スウェナちゃんと私は整理券の束を持たされました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は後ろに白いテーブルと椅子を並べてのんびりお茶を楽しんでいます。アイテム希望の生徒は順調に増えて、私たちは半時間後にはクジの箱だのジャンケンだのの仕切りをしっかり丸投げされて…。
「おめでとうございます。確約コース成立です」
シロエ君がジャンケンの勝者の男子に引換券を手渡しました。
「では、指定の時間にこちらまでいらして下さいね。この券と引き換えにアイテムの方をお渡しします。代金はこちらの口座の方に三日以内ということで」
「おっしゃあ! もう今日にでも振込むぜ!」
大喜びで引換券を財布にしまい、学食の方角に消えるラッキーな彼。それから確約コースの敗者を先頭にクジ引きが始まり、六枚目の当たりが出た段階でアイテム販売終了です。最後の引換券を手にした人が小躍りしながら立ち去った後、未練がましく残った生徒も泣く泣く四方へ散って行って…。
「はい、お手伝いありがとう」
会長さんが私たちにアイスキャンディーを振舞ってくれ、やっと人心地がつきました。日陰に居たって猛暑の中での接客業は大変です。アイテムの引き換え時間まで休憩ですよ~!

「そるじゃぁ・ぶるぅ」お気に入りの店のアイスキャンディーは絶品でした。その昔、私が『パンドラの箱』の名を持つ合格グッズをゲットした時、中から出てきた注文メモで全種類を購入させられた店のです。
「ここのはいつも美味しいよね」
どれも最高、とピスタチオ味を舐めるジョミー君。私は無難にイチゴ味ですがエスニック系なども評判が高く、一度は食べたいものが一杯。全種類を制覇している「そるじゃぁ・ぶるぅ」は新作チェックも怠りなくて…。
「あのね、今度は醤油バニラが出るんだよ。前からあるけど、ちょっと捻りを加えるんだって!」
楽しみだよね、とバナナミルク味に齧りついている「そるじゃぁ・ぶるぅ」。和やかな時間がゆったりと流れ、中庭にも並ぶ氷柱を品定めする生徒なんかを眺めていると。
「…そろそろいいかな。みんな食べ終えたみたいだし」
会長さんが腰を上げました。
「指定の時間にアイテムを渡せなかったら信用問題になっちゃうからね、早く探しに行かないと」
「ちょっ…。あんた、確保したんじゃなかったのか!?」
「静かに、キース。…声が大きい」
シッ、と唇に人差し指を当てる会長さん。で、でも…アイテムは七個あるって言いませんでしたか?
「もちろん確保してあるさ。正確に言えば、誰も大吉を見つけることが出来ないようにシールドで隠す…って感じかな。だから早めにゲットしないと残りの大吉アイテムが出ない」
「…最低だな…」
キース君が呟く先には氷柱を抱えて本館に向かう生徒がいます。この状況では中身が大凶か吉かはともかく、大吉だけは有り得ないわけで…。せっかく一大決心をして命運を託した氷なのに。
「さっきから二十人は通って行ったぞ、氷を持ってな。他の道から行ったヤツらもいるんだろうし、あんたの良心は痛まないのか?」
「…別に? 元々おみくじなんだし、引かない自由もあるんだしさ。それに売り上げは生徒会の方に入れるんだから、ぼくの懐には入らない。つまりぼくには関係ない、と」
商売の種にしておきながら無関係も何もないものです。けれど揉めてる場合ではなく…。
「もういい、あんたに言うだけ無駄だ。とにかくサッサと大吉のヤツを探しに行こう。それが俺たちに出来る精一杯の償いだ」
行くぞ、と歩き出そうとしたキース君に会長さんが。
「行き先は分かっているのかい? サイオンもロクに操れないヒヨコの君たちがぼくのシールドを破れるとでも?」
「…くっ……。仕方ない、頼む、案内してくれ」
「いいよ。ただし文句は一切禁止。何処へ行こうとぼくの自由だ」
分かったね、と釘を刺した会長さんは机に『定休』の札を置きました。札にはサイオンで仕掛けがしてあり、店番がいなくても悪戯されない仕組みだそうです。
「これでよし、と。…アイテムゲットの旅に出ようか」
会長さんはとても楽しげでした。私たち七人と「そるじゃぁ・ぶるぅ」をお供に引き連れ、足取りも軽く向かう先には本館が。特設テントでゼル先生がバーナーで氷柱を融かしています。あれはさっき見かけた生徒では…?
「うん、さっきの彼だよ。何が出るかな、大凶かな? 見ていたいけど急ぐからね」
こっちだよ、と本館に足を踏み入れる会長さん。この道はまさか、もしかして…? 全員の顔が引き攣ったのを会長さんは見逃しません。
「ふふ、今頃やっと分かったんだ? だけど、ぼくを止めたら大変だよ? 大吉の氷を掴める生徒がいなくなってもいいのかい? ああ、特設テントにいた彼が持ち込んだ氷、大凶だったみたいだけれど」
「「「………」」」
自己責任のおみくじとはいえ、大吉の氷が全て隠された状態なのでは大凶の確率がアップします。これ以上の被害者を出さないためには会長さんを好き放題にさせておくしかないのですけど、目的地は多分、例の場所。私たち、一体どうすれば…?

天井の高い廊下を歩いて辿り着いた重厚なお馴染みの扉。会長さんは右手でノックし、そっと扉を押し開けました。
「失礼します」
スルリと入り込んだ部屋では教頭先生が書類のチェック中。羽根ペンを持った教頭先生は顔を上げるなりウッと息を飲み、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」とオマケの私たちを見渡して…。
「ど、どうした? いきなり私に何の用事だ?」
「御挨拶だねえ、ハーレイ。用が無ければ来ちゃ駄目なのかい?」
会長さんは一直線に机に向かい、頬杖をついて教頭先生を見上げる形で。
「こんにちは。ハーレイズの熱演以来だけども、あれからあっちのハーレイに会った? あの時は大変だったよねえ…。人魚の尻尾が外れなくって」
「い、いや……」
居心地が悪そうな教頭先生。ソルジャーの世界のキャプテンと組まされて人魚ショーを披露した教頭先生ですが、そのお礼にとキャプテンから思念波で情報を貰ったのでした。『大人の時間の過ごし方』の知識の詰め合わせセットだった贈り物を受け取った途端、教頭先生はオーバーヒートを起こしてダウン。その上、興奮すると外れなくなる人魚の尻尾が取れなくなってしまったり…。
「せっかく素敵なプレゼントだったのに、無駄にしちゃって勿体ないとか思ってるだろう? 吹っ飛んじゃった記憶をなんとか取り戻せないか、毎晩必死に頑張ってるよね」
「…な…! わ、私はそんな…」
「嘘は良くないと思うんだ」
会長さんは宙に一枚の写真を取り出し、ヒラヒラと振ってみせました。
「一応、これが隠し撮り。ブルーに貰った抱き枕を相手に一所懸命になっているのが君じゃなければ誰だって? この写真をゼルとかエラに見せたら謹慎処分は確実だろう?」
ほらね、と会長さんが回してきた写真の中ではパジャマ姿の教頭先生が例の枕を抱き締めています。会長さんの写真がプリントされた枕である、とハッキリ分かる角度なだけに流出したらマズイかも…。教頭先生の額に脂汗が浮き、縋るような目で会長さんを見て。
「頼む、それだけはやめてくれ! それにハーレイ……あちらの世界のハーレイとは、あれから一度も会っていない。お前と違って思念で連絡し合うことも出来んし、疾しいことは誓って何も…!」
「そうだろうねえ、たとえ会えてもプレゼントの贈り直しは不可能だろう。なんといっても君のヘタレが酷過ぎる。あれを受け取るにはもっと修行を積まないと…。せめて鼻血を出さない程度に鍛え上げなきゃ無理じゃないかな」
右から左へ抜けるだけ、と鼻で笑った会長さんはスッと右手を差し出すと。
「…謹慎処分を免れたければ、分布図を出してくれるかな?」
「分布図…?」
「しらばっくれても無駄だからね。氷柱の分布図、持ってるだろう? 大吉の氷が欲しいんだ。くれないんなら勝手に探して、ついでに特設テントのゼルに写真を届けに行ってくるけど?」
「……うう……」
教頭先生はグウの音も出ず、引出しから一枚の校内地図を引っ張り出して。
「…赤い印が大吉だ。氷柱は全部台座に据えてあるから、上の氷柱が持ち去られても台座の位置ですぐ分かる。だが、お前ならこんな煩わしい真似をしなくても…」
「分かる筈だって? 確かにね。でもさ、この攻防戦が醍醐味なんだよ。次はどんな手で脅そうか…って考えるだけでワクワクするんだ。…で、どれだって?」
地図を奪った会長さんは素早くチェックし、ジョミー君たちに思念で伝達したようです。
「いいかい、ぼくが伝えた通りの場所のを手分けして回収してくること。お客さんがやって来る前に集めるんだよ」
「分かった!」
ダッと飛び出していく男の子たち。教頭先生はポカンとして…。
「…お客さん…?」
「うん。宿題免除アイテムあります、っていう看板で店を出したんだよね。あ、限定七個で売り出したから、他の生徒にも大吉の氷は残ってる。…恩に着るよ、ハーレイ」
商売、商売…と嬉しそうに口ずさみながら会長さんは教頭室を後にしました。机の上に残されたのは教頭先生と抱き枕とのツーショット。あんな写真を隠し撮りしに出掛けるだなんて、会長さんも立ち直りが早い人なんですねえ…。

中庭の店に戻った会長さんが『定休』の札を撤去した所へ息せき切って飛び込んで来たのはキース君でした。両腕に氷柱を抱えています。
「持ってきたぞ、ブルー! 他の場所のも回収済みだ。だからあんたのシールドを…」
「もう解いてあるよ、大吉の氷は誰でも発見できるってことさ。後はみんなの運次第かな」
「…運次第って…」
気の毒な、とキース君は本館の方を見ています。氷を自分で選ぶ道に踏み出した生徒の大多数の命運は既に決していました。ゼル先生とシド先生がバーナーで融かした氷の中から出たおみくじの内訳は吉と大凶。大吉が一枚も出なかったせいで、選んだ氷柱を融かすことなくテントに置いて立ち去る棄権者もかなり出ていたのです。
「かみお~ん♪ 今、一人、大吉を見つけたみたい!」
サイオンで校内を探っていたらしい「そるじゃぁ・ぶるぅ」が元気一杯に言いましたが…。
「あれ? 氷、運んで行かないのかなぁ? ポケットからコインを出してるよ」
「「「コイン?」」」
キース君とスウェナちゃん、そして私の声が重なり、氷柱を抱えて戻ってきたジョミー君たちが話に加わります。大吉の氷を自力で見つけた運のいい人はコインを投げて、表か裏かで運ぶかどうかを決めたのでした。結果の方は…大吉氷は放置と決定。あれだけ大吉が出なかったのでは無理もないことだと言えますけれど…。
「あんたのせいだな」
「どう考えてもブルーのせいだよ」
大凶を引いた人も沢山いるのに、と責めるキース君たちの声を会長さんは綺麗に無視しました。
「最初からおみくじ形式なんだし、自業自得というものさ。賢明な人はちゃんと安全な選択をしてアイテムを買いに来てたじゃないか。…言っておくけど、この店のクジに外れた人で氷を自分で選んだ人はゼロなんだからね」
君子危うきに近寄らずだよ、と会長さんは涼しい顔。やがてアイテムの引換券を手にした人が順次訪れ、氷柱を受け取って本館の方へと向かいました。それから間もなく「大吉が出た」との噂が飛び交い、終了時間の正午を目前にして駆け込みで氷柱を運んだ人が何人も。
「うーん、今度はどうだろう?」
店を片付けた私たちは特設テントの脇で氷柱を融かす作業を見ています。バーナーの炎で融けた氷の中から出てきた花をエラ先生とブラウ先生が取り出し、茎に結んだおみくじを外して…。
「大凶!」
「吉!」
ガックリと項垂れた大凶の男子生徒におみくじの中身が告げられました。グレイブ先生特製の数学ドリルを一冊プレゼント、と聞かされた彼は泣きそうな顔。吉を引いた生徒の方はホッとした顔で特設テントを出ていきます。大凶よりかはマシですもんね。そんな調子で大凶と吉が続きまくって制限時間終了のチャイム。
「…出なかったねえ、大吉の氷」
なんでだろう、とジョミー君が呟いたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でした。
「ぶるぅが言うのが本当だったら何人か大吉を見つけてたのに、運んだ人はいなかったなんて…。どうしてなのかな?」
「運が無いって言うんだよ」
会長さんが即答します。
「もしも男でなかったならば、大吉が出たかもしれないけどさ」
「「「え?」」」
「商売繁盛の秘訣は信用を得ることなんだ。ぼくに頼めば楽勝だ、って大いに宣伝しなくちゃね。だけど女の子には優しくしたいし、もしも女の子が見つけていたら結果は違っていたと思うよ」
クスクスクス…と笑う会長さん。もしかしてコインの表と裏とか、サイオンで小細工していましたか?
「ここだけの話、少しだけね。…その代わり、大凶を引いた女の子は一人もいないんだよ。氷を選ぼうとした女の子の方は吉の所へ誘導したから」
「だったら大吉の所へだって…!」
案内してもいいだろう、とキース君が噛み付きましたが、大吉が解禁になった段階でチャレンジャーな女子は一人も残っていなかったそうです。それにしたってアイテム販売のためのこの所業。明らかに不正行為では…。
「いいんだってば、元を糺せばグレイブが悪い。本来なら宿題免除なんだよ、あのアイテムは。なのに加算だなんて酷い提案をゴリ押しするから、ちょっと反省して貰おうかと…。今は職員会議をやってる」
おみくじ形式が招いた結果は宿題を加算された人が免除組を遥かに上回るという悲惨なことになったのでした。シャングリラ学園の夏休み直前のお楽しみイベントを悲劇に塗り替えてしまったグレイブ先生、長老の先生方に糾弾されているとかいないとか…。来年からは元の形に戻りそうです、宿題免除のアイテムゲット。
「とにかく明日から夏休み! 楽しくやろうよ、今年の夏は何処へ行きたい?」
色々相談しなくっちゃ、と会長さんが手帳を取り出し、柔道部三人組の合宿日程を書き込みました。それ以外の日はフリーですから、今年も沢山遊べそう! 海がいいかな、それとも山? 素敵な夏になりますように~!




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