忍者ブログ

シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

それからの夏  第1話

キース君の経過観察期間終了と共に私たちのお寺ライフも終了となり、今度こそ楽しい夏休み! と思ったのですが…。ところがどっこい、大宴会が終わった後で出された指示は自宅待機というヤツでした。正確には家から出てもいいんですけど、アルテメシアを離れないのが条件です。それというのも…。
「なんでぼくたちまで巻き添えなのさ!」
ジョミー君が頬を膨らませたのは会長さんの家のダイニング。元老寺にお別れした後、こちらへ流れてきたのです。何故かキース君までくっついてきてしまいましたが。
「…すまん。俺が悪いんだ、全面的に」
キース君が申し訳なさそうに頭を下げます。会長さんの家に移ってきてから今日で三日目、このやり取りも見慣れたものになっていました。そこへ会長さんがサム君を連れて入ってきて…。
「なんだ、またやっているのかい? 毎朝毎朝、よく飽きないねえ。そんな不毛な言い争いより、お勤めがいいと思うんだけど。…キース、君なんかサボリっぱなしじゃないか。朝のお勤めは大切だよ? 一日に何回とかっていう数よりも、節目節目が重要なんだ」
「………。ちょっと行ってくる」
スックと立ち上がったキース君が向かった先は阿弥陀様が安置されているお部屋です。去年の夏休みに蓮池の底から掘り出してきた黄金の像で、会長さんとサム君が相談して決めた立派なお厨子に入っていました。サム君は登校前によく立ち寄ってお勤めをして、会長さんと朝食を食べて一緒に登校したりしています。会長さんの家に来てからは毎朝きちんと拝んでますし…。
「ジョミー。君は行かないのかい?」
会長さんの視線がジョミー君に向けられました。
「阿弥陀様に朝のご挨拶をするのは大事なことだと思うけどねえ? せっかく本山で修行したんだ、機会があればお勤めしたまえ。元老寺では一回もやってなかったじゃないか」
「やだよ! ぼく、お坊さんになんかならないし!」
またも始まる不毛な争い。そうこうする内にキース君が戻ってきてしまい、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が焼きたてのパンや卵料理やサラダのお皿を並べてくれて朝食です。
「…まったく、ジョミーときたら…」
ブツブツと呟く会長さん。
「自宅待機も嫌みたいだし、璃慕恩院に行ってくるかい? あそこも一応アルテメシアだ」
「嫌だってば! 自由時間がなくなるじゃないか!」
この夏の修行で懲りたのでしょう、ジョミー君は泣きそうです。修行体験に放り込まれたら自宅待機どころの騒ぎではなく、もう間違いなく修行三昧。今はまだ自由に出歩けるだけマシだというか、別に普通の日々だというか…。楽しみにしていたマツカ君の別荘行きがオジャンになっただけですし。
「でもさあ…」
サム君がベーコンエッグを頬張りながら言いました。
「行きたかったよな、山の別荘。今からじゃもう海か山かのどっちかだしなぁ…。みんなは断然、海なんだろ?」
「そりゃあ…。どっちか一つって言うんだったら海ですよね」
シロエ君が頷き、他のみんなも頷いています。
「サム先輩は山の方が良かったんですか?」
「え? え、えっと…俺は別に…」
何故か真っ赤になるサム君に私たちは首を傾げましたが…。
「山の方がデート向けなんだ」
答えたのは会長さんでした。
「高原で散歩とか、白樺林で森林浴とか……あとは二人で乗馬とか。サムはまだまだ遠乗りに行けるってレベルじゃないけど、それでも十分楽しいしね。…そうだろう、サム?」
「あ…。う、うん…。実は…そういうことで…」
消え入りそうな声のサム君。山の別荘に期待していたみたいです。なんだか気の毒な気もしますけど、日数的に海と山との両方はもう無理そうでした。自宅待機さえ食らわなければ大丈夫だった筈なのに…。
「すまん、サム…。本当に俺が悪かった」
またも頭を下げるキース君。自宅待機になってしまったのはキース君が原因でした。キース君のサイオン・バーストで壊れてしまった「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の工事が完了するまで禁足令が出たのです。対象者はキース君一人で良さそうなのに、私たちまで何故か巻き添え。
「…ぶるぅの部屋の常連だからねえ…」
仕方がないよ、と会長さん。
「あの部屋は普通の部屋じゃないって知ってるだろう? 工事が終わったら特別生にお披露目するって聞いてるよ。そうなると常連の君たちが留守にしてたんじゃマズイんだ。日頃お世話になってます、って溜まり場っぷりをアピールしなくちゃ」
でないと誰かに取られちゃうかもね、と言われてしまうとそういう感じもしてきました。自宅待機はショックでしたが「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に居座る権利が無くなる方が大打撃です。ここは退屈を紛らわせながら待ちに徹するべきなのでしょうね…。

それから更に三日目の朝。会長さんとサム君、キース君がお勤めを終えて朝食を始めた所へ電話が鳴って。
「もしもし? なんだ、ゼルか。おはよう。で、何? ああ、そう…。うん、うん。分かった」
電話を切った会長さんは満面の笑みで向き直りました。
「ぶるぅの部屋の工事が今日で完成するんだってさ。家具とかも今日中に揃うらしいし、明日になったら見に来てくれ…って。よかったね、これで禁足令が解けるよ」
「ほんと?」
嬉しそうな顔のジョミー君。私たちもホッと息をつき、前祝いにと朝食の後はドリームワールドに繰り出しました。こんな日は暑さも苦になりません。男の子たちはアトラクションを制覇し、スウェナちゃんと私は身長制限などに引っ掛かってしまう「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒にのんびり園内を回り…夜はもちろん楽しくカラオケ! そして翌日、シャングリラ学園に出掛けて行くと、校門の所にゼル先生が。
「来たか、悪戯小僧どもめが」
「御挨拶だね、ゼル」
会長さんが軽くいなしてゼル先生の肩を叩きました。
「妻に向かって悪戯小僧はないだろう? 阿弥陀様の前で誓い合った仲じゃないか」
「それも悪戯の内じゃろうが! まあ、ハーレイに見せつけるのはなかなかに楽しかったがのう。…いいか、ブルー。ハーレイとだけは式を挙げてはいかんぞ、あやつの場合は真に受けおるしな」
「分かってるってば。…ぼくだって自分が可愛いんだ」
結婚なんか御免だよ、と苦笑いする会長さん。ゼル先生は教頭先生のアブナイ趣味と嗜好について会長さんに厳重に注意を促してから校舎の方へと向かいました。会長さんの日頃の行いは全くバレていないようです。教頭先生を婚前旅行に連れ出してみたり、抱き枕をネタに脅してみたりとやりたい放題なんですけどねえ…。
「どうじゃ、見事に直ったじゃろう?」
生徒会室に入ったゼル先生は得意そうに壁を指差しました。会長さんがサイオンで破壊した壁は今やすっかり元通り。この壁の向こうに「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋があるとは普通の生徒には分からないでしょう。爆発騒ぎの時に写メを撮っていた人がいましたけれど、その人たちも二度とお部屋を見つけることは出来ないわけで…。
「工事中は一般生徒は立ち入り禁止にしておったんじゃ」
色々と秘密があるからのぅ、と壁の紋章に触れるゼル先生。えっ、今日はゼル先生も入るんですか? 続いて会長さんが紋章に触れ、私たちも急いで続きましたが…。
「「「!!?」」」
お部屋の中には長老の先生方が揃っていました。この部屋には先生方は立ち入り禁止だと聞いていたのに…。驚き慌てる私たちに会長さんがパチンとウインクして。
「この部屋はぼくとぶるぅのプライベートな空間ってことで、長老といえども立ち入り禁止。…でも今回は特別なんだ。なんと言っても部屋を直してもらったしね」
「そういうことじゃ。現場監督はわしじゃったんじゃぞ」
ゼル先生の話によると、本来は陣頭指揮は教頭先生の仕事だそうです。けれどシャングリラ号の乗員交代の時期と重なってしまい、それどころではなかったらしく…。教頭先生はとても残念そうでした。好きでたまらない会長さんのプライベート・ルームの工事なんていう美味しい仕事をむざむざ逃してしまったのですから。
「…ブルー…」
「ん? なんだい、ハーレイ?」
「備品はお前の注文通りに発注したが、一応確認して貰えるか? キッチンの方はゼルだがな」
「ありがとう。ぶるぅ、一緒に見てくれるかい? あ、みんなは座っててくれていいから。スペースは十分足りてるよね?」
どうぞ、と促されて先生方がソファに腰掛けました。私たちも座りましたが、それでもソファは余っています。つくづく贅沢な空間でした。内装も綺麗に直っていますし、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がチェックしている食器などの備品もきちんと揃っているのでしょう。修理するのに大金がかかるのは当然かも…。
「うん、注文したものは揃っていたよ」
会長さんが戻って来ると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が早速ワゴンに飲み物を載せて運んできました。
「素敵なキッチンありがとう! ピカピカで嬉しくなっちゃった♪」
普段からピカピカに磨いているのに、新品となると「そるじゃぁ・ぶるぅ」も嬉しいようです。オーブンとかが最新式だ、と大喜びで跳ねていますし。
「ねえねえ、明日お披露目するんでしょ? ぼく、おもてなしをしてみたいなぁ…」
ケーキとか沢山作りたいよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言うとゼル先生が。
「もちろんやっていいんじゃぞ。わしも一緒にやってみたいが、ここはブルーの管轄じゃからのう…」
残念そうなゼル先生。特別生に自慢の料理を振舞いたいと思っているのは間違いなくて…。
「やってくれても気にしないけど?」
会長さんが微笑みました。
「お披露目の時は長老どころか先生方も来るわけだしね、キッチンくらい好きに使ってよ。それにゼルとは他人じゃないしさ」
結婚式を挙げたばかりだし…と悪戯っぽい笑みを浮かべる会長さんに、ゼル先生がニヤリと笑って。
「よし! ぶるぅ、明日はわしと二人で頑張るか! 買い出しリストを作らねばのう」
「わーい! じゃあ、何を作るか決めなくちゃ!」
あれとこれと…、と打ち合わせをする二人は本当に楽しそうでした。他の先生方はお披露目をする時間などを会長さんと相談したり、連絡リストをチェックしたり。休暇で帰宅している特別生たちにも事故の話は伝わっていて、大部分が明日のお披露目に来るそうです。私たち七人グループはお部屋にいるだけでいいようですが、賑やかなことになるんでしょうねえ…。

会長さんのマンションに帰り着いたのは夕方でした。ゼル先生と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がキッチンの使い勝手を確かめがてら昼食やおやつを作ってくれたお蔭で空腹感はありません。夕食はサッパリ軽いもので、と意見が一致し、トマトとサーモンの冷製パスタに。ワイワイ賑やかに食べながらの話題は見てきたばかりのお部屋です。
「あの工事って何処に発注したんですか?」
シロエ君が尋ねました。
「内装はともかく、あの壁なんかは普通の所じゃ無理でしょう? だって、すり抜けられるんですし…」
「別に? 発注先は確かに仲間絡みの会社だけどさ、工事に来たのは普通の人だよ。壁だけは仲間に任せたけどね。…普通の人に頼んだ場合は記憶操作が必要だから」
記憶操作は面倒で…と会長さんは笑っていますが、さほど力を要しないことは私たちにも薄々分かっています。工事に関する一切合財を丸投げされた先生方が会長さんに遠慮したのでしょう。でも、あの壁ってどういう構造になっているんでしょうか?
「壁の造りが気になるのかい? あれはね、…あそこの人形と同じさ」
会長さんが示した棚の上には鈍い金色に輝く教頭先生人魚の像。ひょっとして、またもジルナイトですか?
「そういうこと。サイオンを伝達しやすい物質が仕込んであって、更にサイオンを増幅しながら方向づける。…あの壁を通過する時には瞬間移動をしているんだよ、誰でもね」
「「「瞬間移動!?」」」
その言葉は私たち全員の憧れでした。会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」みたいに一瞬の内に移動出来たり、移動させたり出来る力があれば…と何度思ったことでしょう。その憧れの瞬間移動を壁を抜ける時にやってるですって?
「嘘じゃないよ。サイオンさえあれば理屈の上では誰でも瞬間移動が出来る。タイプ・レッドでもイエローでも…もちろんタイプ・グリーンでもね。…現時点では成功させた人が無いってだけで、可能性は誰もが秘めているのさ。でなきゃあの壁は抜けられないよ」
サイオンの増幅装置が隠されているのが紋章のある場所なのだ、と会長さんは教えてくれました。言われてみれば紋章に触れると身体が浮き上がるような感じがします。それは瞬間移動の時に受けるのと同じ感覚で…。
「…じゃあさ」
ジョミー君が口を開きました。
「あそこの壁を何度も行ったり来たりしてたら、瞬間移動をマスターできる? ぼくってタイプ・ブルーなんでしょ? ブルーやぶるぅと同じだよね?」
「間違いなくタイプ・ブルーだねえ…。だけど壁を何回往復したって瞬間移動は覚えられないと思うけど? あれは一種のコツなんだ。ぼくもぶるぅも誰に習ったわけでもないし」
自分で努力してみたまえ、と会長さんは笑っています。でもジョミー君は食い下がって…。
「ぼくだって努力してるじゃないか、サイオニック・ドリームとかさ! 1分間しか持たないけれど、あれでも頑張っているんだってば!」
「…そうかなぁ? 同じ坊主頭でもキースは5分を越えてたよ? タイプ・ブルーってわけでもないのに…。君は努力が足りなさすぎだ」
「そうだ、キースだ! キースみたいにパパッと一発でなんとかならない?」
いいことを思い付いたとばかりにジョミー君の瞳が輝きました。
「…えっと、サイオン・バーストだっけ? あれを起こしたらサイオニック・ドリームが完璧なレベルになったんでしょ? ぼくもさ、あんな風にパッと力に目覚めないかな? 瞬間移動だけでいいから」
げげっ。自分からバーストしたいと申し出るとは、ジョミー君、目先のことしか考えていないらしいです。下手に起こすと三途の川を渡りかねないと聞かされたように思うのですが…。案の定、会長さんは深い溜息をついて。
「……ジョミー…。君は自覚も足りないのかい? タイプ・ブルーは最強だって言ってるよね。キースのサイオン・バーストでぶるぅの部屋が吹っ飛ぶのなら、君の場合はどうなると思う?」
「え? え、えっと…どうなるんだろう? もしかして校舎が吹っ飛ぶとか…?」
「最初に一応説明しとくと、ぶるぅの部屋には厳重に補強がしてあった。タイプ・ブルーの部屋なんだからね、バーストとまではいかなくっても何が起こるか分からない。シャングリラ号の青の間も同じさ。…これが工事費が高かった理由」
核シェルター並みの強度だったそうです、あのお部屋。中がメチャクチャに吹っ飛んだのに壁が壊れたりしなかったのはそのせいだったようですが…。ひょっとしてジョミー君がバーストしたら壁まで微塵に砕け散るとか?
「…青の間は部屋が大きい分だけ衝撃を受け止める力も大きい。バーストの現場が青の間だったら部屋が全壊するだけで済むと思うよ、理論的には。…でも、ぶるぅの部屋は青の間よりずっと小さいんだ。封じ込められる力に限界がある。つまり、ジョミーがバーストしたら……シャングリラ学園が全部吹っ飛ぶ」
「「「!!!」」」
あまりのことに私たちは声も出ませんでした。ジョミー君も呆然としています。…校舎どころか学校が吹っ飛んでしまうのがタイプ・ブルーの底力ですか! 会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はサイオンのプロですから安心ですけど、ジョミー君は若葉マーク。楽してコツを掴もうだなんて考えないで、地道に努力をしてほしいです…。

翌日はいよいよお披露目の日。私たちは朝早くから「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行って、長老の先生方と一緒にあれこれ準備をしていました。特別生が全員一度に入れるほどの広さは無いので、時間差で入って貰えるように招待状が出してあるとか。フィシスさんとリオさんも手伝いに来てくれ、生徒会室での受付係を引き受けてくれて…。
「ふむ。こんなものか」
全体をチェックして回った教頭先生が頷き、エラ先生が時計を眺めて。
「そうですわね。キッチンの方も順調ですし、時間通りにお客様をお迎え出来そうです」
キッチンでは「そるじゃぁ・ぶるぅ」とゼル先生が奮闘中。ゼル先生は真っ白なコックの衣装と帽子を持ち込んでいました。コック服は左胸にシャングリラ学園の紋章と先生の名前の刺繍入り。ご自慢の衣装というわけでしょう。…どうせなら黒い革のライダースーツとやらを見たかったのに、と思わないでもないですが。
「…うーん、やっぱり馬子にも衣装?」
会長さんがキッチンを覗き込んでから人差し指を顎に当てました。
「せっかくゼルも張り切ってるし、お披露目らしくホストがいると映えるかな?」
「「「ホスト?」」」
私たちと先生方の声が重なり、会長さんが頷いて。
「そう、ホスト。…ここはキースに一肌脱いで貰うのがいいかもね。なんと言っても部屋を壊した張本人だ」
「俺!?」
「うん。申し訳ないと思っているなら受けてくれると嬉しいんだけど?」
「…………」
考え込んでいるキース君。
「…念のために聞いておきたいが」
「どうぞ」
「ホストというのは具体的には何をするんだ? 内容によっては引き受けかねる」
「用心深いねえ…。そういう所も君らしくっていいんだけどさ。ホストの仕事はおもてなしだよ。部屋に入ってきた特別生や先生方に飲み物を勧めたり、食べ物をお皿に取り分けたり…って所かな。この部屋は君たちの溜まり場だから座ってるだけで十分だろうと思ってたけど、君は働いた方がウケがいいかも」
部屋を壊した犯人だってバレてるし…、と会長さん。これって半分脅迫なのでは? お客様は部屋の値打ちも修理費用も知っている人が殆どでしょう。その前でキース君が我関せずと座っていれば反感を買う可能性だってあるのです。…キース君、これじゃ断れませんよ~。
「……分かった」
キース君は素直に頷きました。
「あんたの言うのが正論だろうな。知らんぷりして座っているより働いた方が良さそうだ。接客業には自信が無いが、やればなんとかなるだろう」
「平気、平気。…坊主も一種の接客業さ。ただ今回はホストだからね、重要なのはスマイルかな。とにかく笑顔でにこやかに! じゃあ、制服を用意するから」
こっちの部屋に、と奥の部屋へと引っ張られていくキース君。…あれ? 制服って何でしょう? 私たち、今日は全員制服ですけど…?
「冬用の服じゃないですか?」
マツカ君が自分の半袖シャツを示しました。
「ほら、夏服だといかにも普段着ですからね。冬服の方が改まった感じがしますよ、先生方のスーツと同じで」
なるほど、ゼル先生を除いた男の先生方はきちんとスーツをお召しです。それは勿論カッチリ長袖。ならばキース君だって長袖の上着を着込んだ方がシャキッとしますし、好感度グッとアップかも…。やがてカチャリと扉が開いて、会長さんが顔を出しました。
「出ておいで、キース。そろそろお客様が来る時間だよ」
「……………」
「キースってば! 出ないんだったら引っ張り出すよ」
「……出る!!」
仏頂面でズカズカと出てきたキース君の姿を私たちは多分、忘れられないと思います。…ホストってホント、大変なお役目だったんですねえ…。

「笑うな!!!」
キース君の怒鳴り声が響き渡ったのは会長さんの家のリビングでした。お披露目は恙なくお開きとなり、引き揚げてきた私たちですが…。
「ご、ごめん。…で、でもさ…」
やっぱりダメだぁ、とジョミー君が吹き出し、皆も必死に笑いを堪えています。そんな中で御機嫌なのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。お部屋は元に戻りましたし、お客様も大勢来ましたし…ゼル先生と一緒にお菓子やお料理を沢山作って素敵な一日だったのでしょう。
「かみお~ん♪」
ピョンピョンと飛び跳ねている「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭の上で白いカチューシャが揺れていました。フワフワのそれにはウサギの耳がくっついています。とても可愛く似合ってますけど、あの耳は…。うぷぷぷ…。
「だから笑うなと言ってるだろうが!!!」
バーストするぞ、とキース君がブチ切れましたが、会長さんは平然と。
「そう簡単にはバーストしないよ、残念ながら…ね。ついでに言えば自分の意思でバーストするのは至難の業だ。それは脅しにならないさ。だから…」
君たちは存分に笑いたまえ、とお許しが出たので私たちの笑いは一気に加速し、それに加えて。
「どうせなら再現しちゃおうか。…ぶるぅ、その耳をお願いするよ」
「オッケー!」
飛び上がった「そるじゃぁ・ぶるぅ」の小さな両手がカチューシャをスポリと押し付けた先はキース君の頭でした。ピョコンと揺れるウサギ耳。そこへ青いサイオンの光が走って…。
「「「ぶわはははははは!!!」」」
もう止められないこの笑い。キース君はアッという間に蝶ネクタイつきの付け襟に白いカフス、丸い尻尾の飾りがついた黒いレオタード…いわゆるバニースーツを着けていました。足には黒い網タイツとハイヒール。キース君に豊かな胸があるわけないので、レオタードの胸元はテープか何かでくっつけているようですが…。
「ブルー!!!」
キース君は真っ赤になって怒ってますけど、これがお披露目会場での衣装。部屋を壊した罪悪感から必死にスマイルを浮かべるキース君は特別生の先輩たちに男女を問わず大ウケでしたし、グレイブ先生も「ほう、今日のキースはバニーちゃんなのか」なんて笑いながらミシェル先生と三人で記念写真を撮ってましたし…。とにかく一番の人気者。ゼル先生のコック姿もウケましたけどね。
「おい、笑うな! ブルー、元に戻せ!!!」
「嫌だね、せっかく着替えさせたのにさ。ぼくたちは君のサービスを受けていないし、飲み物くらい運んでくれても…。ぼくはグレープフルーツジュースがいいな。ぶるぅ、飲み物の用意をしてくれるかい?」
「うん! みんなは?」
「俺、レモネード!」
「ぼく、オレンジスカッシュ!」
無責任に炸裂する注文の嵐にキース君は思い切り顔を顰めました。けれど逃げ切れるものでもなくて、諦めた様子でキッチンに向かおうとクルリと踵を返します。耳と可愛い尻尾が揺れて、まさにリビングを出ようとした時。
「クリームソーダ」
注文が一つ新たに加わり、キッと振り返るキース君。
「お前ら! 注文は一人一つだ、調子に乗るな!」
「…ぼくは一つしか言ってないけど?」
ユラリ…と空間が揺れて紫のマントが翻りました。クリームソーダの注文主は会長さんのそっくりさん。このタイミングでやって来るなんて、偶然ですか、それともわざと? どう考えてもわざとですけど、クリームソーダが欲しいだけなのか、他に目的があるというのか、いったいどっち~?




PR
Copyright ©  -- シャン学アーカイブ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]