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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

笑って許して  第1話

今日は二学期の始業式。蝉の声がうるさい中を律儀に登校した私たちは終礼が済むと早速「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に向かいました。キース君のサイオン・バーストで吹っ飛んだお部屋は元通りに直っていますけれども、ゆっくりするのは今日が初めて。お披露目の時はお客様が大勢来ていましたし、その後は別荘ライフとか…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「やあ。新学期もよろしくね」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が迎えてくれて、出てきたおやつはアイスケーキ。苺シャーベットの土台に真っ赤な苺が沢山飾られています。会長さんの家やマツカ君の別荘でもいろんなおやつを食べましたけど、このお部屋はやっぱり落ち着きますねえ…。
「ねえねえ、綺麗に直ったでしょ? 壊れた時は泣いちゃったけど、新しいキッチンも気に入っちゃった♪」
とっても使いやすいんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は嬉しそうです。けれどキース君は私たち全員に頭を下げて。
「すまん、みんなに迷惑をかけた。…俺がバーストしなければ…」
「バーストさせたのはぼくだよ、キース。そういつまでも気にしなくても…」
問題ないさ、と会長さん。
「そんなことより、その後はどうだい? 今日も朝練だったんだろう?」
「えっ?」
「ハーレイだよ。いつもどおりに練習できてる?」
「…どういう意味だ?」
首を傾げるキース君に会長さんはクスッと小さな笑いを零して。
「やっぱりねえ…。ハーレイもいい弟子を持ったよ、あんなことをやらかしたのにキッパリ忘れてくれるなんてさ。…柔道といえば嫌でも身体が触れ合うだろうに、セクハラの危機を感じないかい?」
「セクハラだと!? そ、それは…あの時はビックリしたが、あれはあいつの悪戯のせいだ! 教頭先生に責任はない」
キース君が力説するのは別荘ライフ最後の夜に起こった珍事。同行していたソルジャーが教頭先生に施した暗示が引き金になって、キース君は身体を撫で回されたらしいのです。それもバニーガールの格好で…。キース君の絶叫を全員が耳にしていましたが、正気に返った教頭先生が土下座を繰り返すのを止めたのもまたキース君でした。
「俺は本当に気にしてないんだ。不可抗力っていうヤツだしな。…だから部活に支障はない」
「そうなんだ? 精神の鍛錬も積んでるってことか。じゃあ、こっちの方も問題ないね」
「は?」
キョトンとしているキース君。何が「こっち」だと言うのでしょう? 私たちにもサッパリです。会長さんは涼しい顔で私たち全員を見回して…。
「分からないかな、もう何回もやってるのにさ。新学期と言えば決まってるだろう? ぶるぅ、取っておいで」
「かみお~ん♪」
トトトトト…と走って行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が奥のお部屋から抱えてきたのはリボンがかかった平たい箱。ひょっとしなくてもこの箱は…。
「ふふ、実物を見たら分かってくれた? 青月印の紅白縞を5枚、教頭室に届けに行かなくちゃ。キースがハーレイを怖がるようならメンバーから外そうと思ってたけど、いつもどおりに全員揃って出掛けられるね」
「「「………」」」
えっと。また今回もトランクスを届けに行列ですか? そんなのすっかり忘れてましたよ…。会長さんのこの習慣はいったいいつからあるのでしょう? そしていつまで続くのでしょう…?
「いつから届けに行ってるのか、って? ぼくもはっきり覚えてないよ。下着売り場で紅白縞のヤツを見たのが始まりなのは確かだけどさ。…あの時はフィシスも一緒だった。こんなの誰が履くんだろうね、と笑い合ってて、ぼくが履いたらどう思う? ってフィシスに訊いたら…」
その後は惚気話でした。フィシスさんは会長さんがやることだったら何でも許せるらしいのです。紅白縞でも凛々しく見えるとか惚れ直すとか…。けれどあくまで会長さんが履くからであって、紅白縞自体は笑いの対象。
「でね、スーツの下に紅白縞とかは最低だよね、って話をしてて…ふとハーレイの顔が浮かんで、いっそプレゼントしちゃおうかと。ぼくが贈った下着だったら絶対履くに決まっているし」
結果は思った以上だった、と満足そうな会長さん。今や教頭先生の下着と言えば紅白縞です。会長さんからのプレゼントだけでは足りないからと自分のお金で買い足すものも紅白縞。…会長さんの黒白縞とお揃いだという大嘘を信じ、きっと今日だって紅白縞…。溜息をつく私たちを引き連れ、会長さんは教頭室へと向かいました。

本館の奥の重厚な扉を軽くノックする会長さん。この光景もお馴染みです。中から「どうぞ」と声が返って、会長さんは。
「失礼します」
トランクスの箱を抱えて部屋に入った会長さんに、教頭先生は相好を崩しました。
「来てくれたのか? いつもすまんな」
「まあね。ハーレイが期待してるだろうから来てあげた。…浮気くらいで怒りはしないよ」
「…浮気だと?」
「ブルーが言っていただろう? 三角関係みたいだね、って。ぼくとキースと、それからハーレイ」
言葉に詰まる教頭先生。チェックしていた書類の上で羽根ペンが小刻みに震えています。
「…あ、あれは……あの話は……」
「分かっているよ、全部ブルーのせいだってことは。浮気できる程の甲斐性があればとっくに結婚できてるだろうし、その点はぼくも気にしない。…でもね、キースは心に傷を負ったと思うな」
糾弾にかかる会長さんをキース君が止めに入ったのですが。
「被害者はそこで黙っていたまえ。責任はしっかり追及しないと」
聞く耳を持たない会長さんは教頭先生をビシバシ追い詰め、容赦なく詰り倒しました。
「よく考えたら被害者っていうのはキースだけではないんだよね。ぼくと間違えて触ったんだっけ? ぼくにバニーガールの格好をさせて触りまくりたいと思ってなければ、あんな事件は起こらなかった筈なんだ。浮気の件はどうでもいいけど、ダブルセクハラは許し難いよ。ぼくとキースと一度になんて最低だ!」
「待ってくれ、ブルー! わ、私は夢を見せられただけで…」
「心に妄想を持っていたのが暗示にかかって表面に出た。言い訳の余地はないと思うな、ぼくもサイオンの扱いのプロだ」
この道一筋三百年、と会長さんの口調が俄然厳しくなります。
「ぼくもキースも大いに不快な思いをしたし、けじめをつけて貰おうか。…でもその前に…プレゼントだけは渡しておくよ。青月印の紅白縞を5枚、確かに買ってきたからね」
「す、すまん…。これは有難く頂いておく」
教頭先生は机に置かれたトランクスの箱を押し戴いてから、ガバッと床に土下座しました。
「申し訳ない、このとおりだ。ブルー、キース、不愉快な思いをさせて済まなかった」
別荘で言い渡された土下座千回の続きとばかりに謝りまくる教頭先生。けれど会長さんの声はあくまで冷たく…。
「土下座程度じゃ足りないね」
「…わ、分かった。だったらこれで美味いものでも…」
教頭先生は懐から財布を取り出しましたが、会長さんはフンと鼻を鳴らして。
「その程度でぼくの気持ちが和らぐと思っているのかい? 見せて欲しいのは誠意だよ。土下座なんかはもう見飽きたさ」
「で、では…」
どうしろと、と困惑顔の教頭先生。土下座もダメで財布の中身でも足りないとなると巨額の損害賠償とか…? 会長さんなら言いかねません。しかし…。
「ぼくの要求はお詫び行脚。今からぼくたちと一緒に学校中を回ってもらう」
「なんだと…?」
教頭先生の顔色がサーッと青ざめました。お詫び行脚ということになれば、教頭先生の所業を長老の先生方やグレイブ先生に知らしめた上で謝罪して回るという悲惨な事態に…? 会長さんは何処までバラすつもりでしょうか? 下手をすれば教頭先生、またまた謹慎処分とか…。
「ふふ、顔色が悪いよ、ハーレイ? ぼくとキースにセクハラとなれば絶対謹慎処分だもんねえ…。でもさ、それじゃ全然面白くない。お詫び行脚はぼくだけに詫びてくれればいいから」
「「「???」」」
教頭先生にも私たちにも意味が分かりませんでした。会長さんだけに謝るのならこの部屋ですれば十分なのでは?
「…分からないかな、誠意を見たいと言っただろう? だからね、ぼくが納得できる形で学校中をくまなく歩いてくれればいい。…ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
元気一杯に飛び上がった「そるじゃぁ・ぶるぅ」がクルリと見事に宙返り。その姿は一瞬の内に銀色の尻尾を持った可愛い人魚になっていました。ひょ、ひょっとして教頭先生、またまた人魚に変身ですか? それをジョミー君たちが御神輿みたいに担がせられて学校中を練り歩くとか…?
「う~ん、それとは違うんだよね」
私たちの思考が零れたらしく、会長さんは。
「君たちは一緒に来るだけでいいし、力仕事も何にもないよ。どっちかと言えば、力仕事はぶるぅの方かな。…ハーレイ、そこにビシッと立つ!」
「…なんだ…?」
「いいから立って。さっさとしないと…」
会長さんの赤い瞳に物騒な光が宿ったのを見て、慌てて立ち上がる教頭先生。そこへ「そるじゃぁ・ぶるぅ」がピョーンと跳ねて、教頭先生の首に両手でぶら下がります。これは何処かで見たような…?
「「「あっ!?」」」
サイオンの青い光がパァッと走って教頭先生のスーツがパッと消え失せました。紅白縞のトランクスも消え、代わりに「そるじゃぁ・ぶるぅ」の銀色の尻尾が大事な部分を隠しています。ひぃぃっ、これはマツカ君の別荘でソルジャーがやった『ぶるぅズ腰蓑』の応用では…?
「さあ、ハーレイ。…その格好で行ってもらおうか」
低い低い声が響きました。
「歩きにくいと困るだろうから靴下と靴は残しておいた。ぼくたちと一緒に校内一周、逃亡の機会は与えない」
クスクスクス…と笑う会長さん。
「あれはホワイトデーだっけね? この子たちが勘違いをして君のピンチだと焦ってた。裸エプロンで校内一周の旅に出ていると思ったらしい。…せっかくだから裸エプロンよりも素敵な姿で出掛けようか。ぼくも行くから心配ないよ」
大丈夫、と会長さんは太鼓判を押していますが本当に心配ないのでしょうか? 首から「そるじゃぁ・ぶるぅ」人魚をぶら下げただけの格好なんかで学校中を練り歩くなんて、正気の沙汰とも思えませんが…。『ぶるぅズ腰蓑』の時と違って「ぶるぅ」がいない分、背中側のガードがお留守ですけど、ホントにこれで出掛けるんですか~?

逞しい褐色の肌の身体に褌一丁ならぬ「そるじゃぁ・ぶるぅ」人魚と靴下、それから靴。教頭先生の姿は笑えるなんてレベルでは既にありませんでした。おまけに此処は学校です。始業式の日の放課後とはいえ、生徒だってまだいるでしょう。そんな中をこの格好の教頭先生と一緒に歩く…。私たちは泣きそうな顔になっていたものと思われます。
「ああ、君たちも問題ないから。…ほらね」
会長さんのサイオンがキラッと光り、教頭先生は元のスーツを着ていました。
「び、びっくりしたぁ~」
安堵の声はジョミー君です。誰もがホッと息をついて。
「冗談にしてもやり過ぎですよね、あの格好は…」
「俺も焦った。あんな格好で廊下に出たら俺たちも通報されそうだ」
シロエ君とキース君が頷き合っていますが、その通りです。ストリーキング一歩手前なあの格好では私たちまで叱られそうで…。
「だからサイオニック・ドリームなんだよ」
割って入った会長さんの言葉に私たちは目をむきました。サイオニック・ドリームがなんですって?
「スーツに見えるようにサイオニック・ドリームを使ってるんだ。君たちだってハーレイの無様な姿は御免だろうし、他の人たちと同じレベルに調整しといてあげようかと…。残念ながらハーレイ本人にはスーツは見えていないんだけどさ」
真っ裸だよ、と会長さんは楽しそうです。どうやらそれが真実らしく、スーツ姿の教頭先生、まるで元気がありません。首からぶら下がった「そるじゃぁ・ぶるぅ」を見下ろしながら…。
「本当にこれで歩けと言うのか? お前と一緒に?」
「うん、ぼくたちと校内一周。ぼくがついていればサイオニック・ドリームは完璧だろう? ちゃんとスーツ姿に見えているから、ぶるぅ人魚の宣伝ってことで行ってみようか。近くで見たいと思ってる人も沢山いるしね」
さあ行くよ、と会長さんは先頭に立って教頭室の扉を開け放ちました。
「言っておくけど堂々としないと怪しまれるよ? 特に長老には要注意だ。挙動不審で突っ込まれたら言い訳するのは大変だろうねえ。…その場合、ぼくは一切関知しないから」
頑張って、とニッコリ笑う会長さん。教頭先生は眉間の皺を指で揉みほぐし、平静を装って歩き出します。もっとも私たちにはスーツ姿にしか見えていないので、首からぶら下がった「そるじゃぁ・ぶるぅ」がちょっと気になるだけですが…って、前言撤回! 今、チラッと裸の後ろ姿が見えたような…?
「たまにサイオニック・ドリームを解くかもね。君たち限定のイベントだけどさ」
お楽しみに、と会長さんがウインクしてみせます。そんなイベントは要らないのですが…どちらかと言えばお留守番の方が嬉しいんですが、お願いするだけ無駄なんでしょうね。会長さんと教頭先生に続いてゾロゾロと本館の廊下を歩いていると…。
「おや、ぶるぅですか?」
シド先生が声をかけてきました。
「首にそうやってぶら下げるよりはおんぶの方が楽でしょう?」
どっこいしょ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」を両手で抱えて背中に回そうとするシド先生。ああっ、そんなことをしたら丸見えに…! 見えてないけど丸出しですよ~!
「い、いや、この方が楽なんだ」
教頭先生も額に汗を浮かべています。シド先生は「でも…」と言いながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」を抱え直して思案顔。おんぶは時間の問題かも、と思ったのですが…。
「ぶるぅには足が無いんだよ」
会長さんが銀色の尻尾を指差しました。
「おんぶするには不安定だと思わないかい? ねんねこを着るなら別だけどさ。でも、ねんねこだと人魚姿を披露できない」
「なるほど、ねんねこで尻尾が隠れてしまう…と。で、ぶるぅをぶら下げておいでなのは?」
「近くで見たかった人が多いようだし、新学期記念に連れて歩こうかと。…ハーレイに持ってもらって、ちょっと校内一周の旅」
笑みを浮かべる会長さんに、シド先生は素直に納得したようです。
「そうですか。…では、お気をつけて」
「すまんな、少し出掛けてくる」
「行ってくるね、シド」
教頭先生と会長さんの挨拶にシド先生は爽やかな笑顔で手を振り、私たちを見送ってくれました。それからは先生方と顔を合わせることなく本館を出て、向かった先はグラウンドです。
「あっ、人魚だ!」
「そるじゃぁ・ぶるぅだ!」
部活中の生徒に取り囲まれて写真をせがまれ、教頭先生は焦りましたが。
「いいんじゃないの? ほら、ぶるぅとそこに並ぶといいよ」
会長さんが教頭先生をベンチに座らせ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に隣に座るよう命令したからたまりません。銀色の人魚は腰蓑役から解放されて御機嫌で座り、教頭先生の方はと言えば…見た目はスーツ姿ですけど本当は多分真っ裸。それでも堂々と座る姿は流石でした。
「そるじゃぁ・ぶるぅってアイスキャンデーが好きなんだよな?」
「俺、買ってくる! 何がいい?」
「えっと、えっとね、チョコバナナ!」
陸上部員の好意のお蔭で「そるじゃぁ・ぶるぅ」はアイスにありつき、教頭先生は心許ない格好のままでベンチに腰掛けてしばし休憩。人魚登場の噂に生徒が集まり、撮影会も順調です。えっと…教頭先生のスーツ、ちゃんと写っているのかな?
『平気だよ。キースですら操れるようになったレベルのサイオニック・ドリームなんだ、ぼくは絶対ヘマしない』
会長さんの思念のとおり、ジョミー君が携帯で撮ってみた写真にはスーツがきちんと写っていました。でも私たちの目には時々チラチラ見えるのです。真っ裸で座る教頭先生の姿がモザイクつきで…。
「じゃあ、次は体育館に行ってみようか」
会長さんの合図で再び教頭先生の首にぶら下がる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。やはりこの方が安心できます。二度と外さないでもらいたいものだ、と心から願う私たち。お詫び行脚だなんて言ってますけど、絶対ただの嫌がらせですよ、この校内一周冒険の旅は…。

体育館では剣道部が練習していましたが、ゼル先生はいませんでした。自主練習の時間だそうです。けれど「そるじゃぁ・ぶるぅ」人魚はここでも人気。教頭先生の困惑を他所に写真が撮られて…。
「後姿だけじゃつまらないよね?」
会長さんの鶴の一声でまたも教頭先生の首から外れる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ぶら下がっていると教頭先生と向かい合わせですから、そのままでは後ろ姿しか撮れないのです。会長さんってホントに鬼かも…。私たちの目には真っ裸で仁王立ちしている教頭先生が見えていました。サイオニック・ドリーム、今回はちょっと少なめみたいです。
「さてと、後はぐるっと一周してから本館へ…と」
体育館を出ると校舎を端から回る羽目に。幸か不幸か教室に残っている生徒は殆どいなくて、写真撮影も滅多にありません。これはラッキー、と思った所へ。
「おっ、ぶるぅか!」
会長さんがカラリと開けた扉の向こうで楽しげな声が上がりました。
「見ろよ、パスカル! お前、見たいって言ってただろ? 人魚になったぶるぅだぜ!」
「なんだって!?」
飛んできたのはパスカル先輩。さっきの声はまさかのボナール先輩で…部屋の中にはセルジュ君とアルトちゃん…それにrちゃん? ここって数学同好会のお部屋…?
「ようこそ、数学同好会へ」
セルジュ君がニッコリ笑っています。存亡の危機だと聞いている割にそこは大きな部屋でした。テーブルも椅子も十分にあって、私たちは中へ招き入れられ…。
「教頭先生、ぶるぅは俺たちが預かりますよ」
「ええ、どうぞこちらでごゆっくり」
お茶を淹れます、とセルジュ君が言い、ボナール先輩が「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭を撫でながら。
「人魚の尻尾がどうなってるか、パスカルに教えてやってくれないか? あいつ、気になってしょうがないらしい」
「ああ、見せて貰えると嬉しいな。どんな風にくっつけるのかとか、大いに気になる」
パスカル先輩が銀色の尻尾を持ち上げています。ああっ、そんなことをしたら見えちゃう、見えちゃう~!
「見えるって…何が?」
怪訝そうな顔のボナール先輩。パスカル先輩とセルジュ君も私たちの方を眺めています。しまった、ここは数学同好会。特別生の溜まり場として有名な会で、セルジュ君も百年以上在籍してるんでしたっけ。思念波を拾うくらいはお手の物。ヤバいです、これはヤバすぎるかも…。
「ヤバイ? …全員パニック状態だな」
「何か理由があるんだろう。ぶるぅの尻尾か?」
うわぁ、まずい展開になってきました。尻尾は確かに問題ですけど、本当は…。
「ノーパンなんだよ」
「「「え?」」」
いきなり降ってきた救いの声。セルジュ君たちが会長さんを見ています。会長さんはクスッと笑って銀色の尻尾を指差しました。
「その尻尾はね、ぴったりフィットが売りなんだ。でなきゃ水には入れない。専用下着を履いて着けるか、ノーパンでいくか、二つに一つ。そしてぶるぅはノーパンの方」
「そうなのか…。それはウッカリ外れたりしたら見えてしまうかもな」
「ヤバイというのはそういう意味か…。子供でも一応、男だしなあ」
よかったぁ…。どうなることかと思いましたが切り抜けられたみたいです。セルジュ君が紅茶を淹れてきてくれ、テーブルの上に並べました。
「今日はおやつもあるんですよ。ゼル先生の新作です」
「「「えっ?」」」
ゼル先生の新作って…なに? 前に学食でゼル特製とエラ秘蔵っていうお菓子とお茶のセットを会長さんに御馳走になりましたけど、数学同好会って特別なコネでもあるんですか…?

「俺たちは試食係なんだ」
ボナール先輩が重々しく言い、出てきたものはパパイヤ入りのロールケーキでした。
「ゼル先生は探究心が旺盛だから、新作はまず先生方が試食する。評判が良ければ次は生徒だ。その大切な試食係に指名されたのが俺たちってわけさ」
「なんたってここには特別生しかいないからなあ…。常に存亡の危機ではあるが」
なるほど。特別生なら毎年顔ぶれが変わりませんから、安心して試食を任せられそうです。あれ? それじゃアルトちゃんとrちゃんは前々からゼル先生の新作を食べていたんでしょうか? そんな話は聞いてませんが…。
「試食係は特別生に限られるんだ。そうだよね?」
私たちの疑問を読み取ったらしい会長さんが口を開きました。
「アルトさんとrさんは今年初めて試食係に加わったのさ。去年までは二人が帰った後でコッソリと…」
「手っ取り早く言えばそういうことだな。で、食べてってくれるんだろう?」
せっかくだから、とボナール先輩。
「な、ぶるぅだって食べたいよな? ゼルの新作」
「うんっ!」
返事するなり「そるじゃぁ・ぶるぅ」は教頭先生の首からパッと両手を離しました。ストンと床に下り立った後には教頭先生が真っ裸で…。
「「「!!!」」」
「なんだ、どうしたんだ?」
ボナール先輩の声がなんだか遠く聞こえます。教頭先生、大事な所にモザイクはかかっていますけれども、まだ裸…って、ああ、やっとスーツを着てくれましたか…。って言うか、会長さん、いったい何をしてるんですか!
「いや、ちょっと…納涼お化け大会というか」
「納涼お化け大会?」
なんだそれは、と会長さんに突っ込みを入れるパスカル先輩。
「今年はとっくに終わったじゃないか。そういえば…この面子は全員欠席だったか? 教頭先生もお休みだったな」
「そうなんだよ。海に遊びに行っていたから出そびれちゃってさ。…代わりに肝試しの最中と言うか、なんと言うか…。いい感じに肝が冷えているわけ」
「それは今もか?」
「うん、冷えている真っ最中。まあ、君たちには関係ないけど」
いけしゃあしゃあと説明している会長さんに私たちは声も出ませんでした。これって肝試しだったんですか…。肝試しと言うより度胸試しな気もしますけど、冷や汗気分は本物です。そして一番寒い思いをさせられているのは他ならぬ教頭先生で…。
「肝試しねえ…。俺たちに関係ないって言うなら大歓迎だぜ、いくらでも好きにやってくれ。なあ、パスカル?」
「ああ、俺はぶるぅの尻尾さえ十分観察できれば別に…。教頭先生のファンもいるんだし」
アルトちゃんとrちゃんが頬を赤らめ、会長さんが。
「いけない、ぼくとしたことが忘れていたよ。ハーレイ、二人と並んで座ってあげたら? ついでに写真も撮ってあげよう。船長服が気に入ったとか言っていたよね」
サイオンでパパッと着替えさせるよ、と微笑んでいる会長さん。それって表面だけですよね? 裸エプロンどころかもっと恥ずかしいモザイク姿の教頭先生とアルトちゃんたちのツーショットとかスリーショットとかを撮ろうだなんて……あんまりじゃないかと思うんですけど、バレなければ別にいいんでしょうか? もう肝試しは沢山ですから、さっさと引き揚げちゃいましょうよ~!




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