シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
教頭先生のバニーちゃんやら、ソルジャーにバニーちゃんにされてしまったジョミー君たちの『かみほー♪』なフレンチ・カンカンやら。私たちが楽しみにしていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」の誕生日パーティーを兼ねた仮装パーティーはウサギだらけで終わりました。いえ、教頭先生はいいのです。問題はジョミー君たちで…。
「あれって本当に写真とか撮られてないんだよね?」
ジョミー君が会長さんに念を押したのは新年早々のことでした。とはいえ、お正月も今日で三日目、三が日の最終日というヤツです。
「大丈夫だよ。ブルーにきちんと確認したし、万一こっそり撮ってたりしたら二度と家には泊めてやらないって脅したから。もう本当にブルーったら…」
思い出しても腹が立つ、と会長さんは悔しそう。会長さんはタイプ・ブルーと呼ばれる最強のサイオンの持ち主で、力はソルジャーと互角の筈なのですが…経験値の差が大きすぎるらしく、ソルジャーの本気には勝てません。ですからバニーちゃんの衣装を着せられた上、フレンチ・カンカンまで踊らされる羽目になったわけで…。
「でもハーレイに見られなかったのは幸いだった。鼻血体質も便利なものだね」
「まあな。教頭先生、あの後、結局どうなったんだ?」
キース君が尋ねました。ソルジャーの悪戯で興奮してしまった教頭先生、鼻血を噴いてぶっ倒れたまま、バニーちゃんのダンスは見られず仕舞い。踊りは『かみほー♪』をフルコーラスで三回分もあったのですけど、教頭先生の意識はついに戻りませんでした。ソルジャーのサイオンによる束縛を逃れた会長さんは踊り終えた直後に教頭先生を瞬間移動で飛ばしてしまって…。
「ハーレイかい? ぼくが家まで送り届けたのは知ってるだろう? 明くる日の夜に凄く申し訳なさそうな顔で忘れ物のスーツを取りに来たよ。それと車と」
「「「………」」」
なんて気の毒な教頭先生! スーツは忘れ物などではなく、バニーちゃんの仮装に着替えた時にゲストルームに置いてあったものです。車だって自分で運転してきたのですし、失神しなかったならスーツを着込んで車に乗って無事に家へと帰れたものを…。
「気の毒なのはぼくたちだって同じだろう?」
同情なんか必要ない、と会長さんは唇を尖らせました。
「バニーちゃんの格好でフレンチ・カンカンをさせられたんだよ? ぶるぅは喜んで一緒に踊ってたけど、他は全員イヤだった筈だ。…ぶるぅの誕生日パーティーだったし、ぶるぅが楽しめたんならいいんだけどさ」
それでもあれは忘れたい、と額を押さえる会長さん。
「君たちはキースの家で除夜の鐘をついて厄祓いしてきたんだっけね。…でも、除夜の鐘は厄祓いアイテムじゃないってことに気付いてた?」
「えっ、違うの!?」
ジョミー君が心底驚いた顔をし、キース君が。
「だから何度も言ったのに…。除夜の鐘は人間が持っている百八の煩悩を落として新年を迎えるためのものだ。煩悩は祓えても厄祓いは出来ん」
「ダメなんですか? 会長までダメだって言うってことはダメなんですよね…」
ちょっとは効くと思ってたのに、とブツブツ呟くシロエ君。私も少しくらいは効果があると期待しましたし、他のみんなもそうでした。サッパリと厄を落として今年こそ平和な一年を! と心をこめて鐘を撞いたのに…。
「除夜の鐘では効果がないから初詣だよ」
そのために集合したんじゃないか、と会長さんがニッコリ笑いました。
「もちろんメインは遊ぶことだけど、お参りしといて損はしないさ。しっかり拝んでおきたまえ。ぼくは元日にもフィシスと行ってきたんだけどね。そして昨日はいつもの初売り」
フィシスさんのお供で福袋も沢山買ったのだ、と会長さんは嬉しそうです。二人きりで行ったわけではなくて「そるじゃぁ・ぶるぅ」も一緒に行ったそうですが…。そんな話をしながら私たちは集合場所のアルテメシア公園からてくてく歩いてアルテメシア大神宮へ。だんだん人が多くなってきます。道路は渋滞してますし…。
「やっぱり今日も混んでるか…」
元日ほどではないけれど、と会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」にはぐれないよう声をかけて。
「行くよ。あ、露店は帰りに寄るものだからね? お参りしてからが礼儀だよ。ぶるぅは子供だから構わないけど」
「「「はーい…」」」
渋々返事する私たちを他所に「そるじゃぁ・ぶるぅ」はお面と風船をゲットしています。きっとこの先、綿飴なんかも…。うう、子供って羨ましいかも…。
広い境内を人波に押されながら進んで、人で一杯の本殿でお賽銭を入れ、柏手を打って参拝終了。次は露店だ、とばかりに男の子たちが流れてゆくのを会長さんが呼び止めました。
「ちょっと待った! 絵馬は奉納しないのかい?」
「えー? あれって効果あるの?」
どうでもいいし、と行きかけるジョミー君に声をかけたのはサム君です。
「おい、ブルーが言ってくれてるんだぜ? 真面目にやれよ」
「効きっこないじゃないか、あっちのブルーに! それに高いし!」
ぼくはパス、と頬を膨らませるジョミー君。確かに別の世界の人間であるソルジャー相手にはあまり効果が無さそうです。けれど絵馬はソルジャー除けと限ったものではないわけで…。
「ふむ…。俺も一応、書いておくか」
キース君が早速申し込みに行き、サム君とシロエ君、マツカ君も。書いている文字を見ると柔道の上達祈願とか心願成就とか、ごくごく普通。スウェナちゃんと私は悩みましたが、ここはやっぱり心願成就! ジョミー君も結局サッカー上達祈願で絵馬を奉納することに。
「この辺でいいかな?」
同じやるなら目立つ所に、と背伸びしているジョミー君。私たちも思い思いの場所に奉納しましたが、会長さんは?
「ぼくは元日に書いたんだよ。…それじゃ行こうか、露店で何か買いたいんだろ?」
「買いたいじゃなくて早く食べたい!」
正直に叫ぶジョミー君の胃袋は焼きそばやフランクフルトを要求しているらしいです。寒いですから温かいものを食べたくなるのは誰もが同じ。さて…、と歩き出した所で会長さんの足が止まりました。
「…ごめん。少し待ってて」
スタスタと戻った会長さんは山と奉納されている絵馬をじっと見詰めていましたが…。
「……やられた……」
見るからに不快そうな顔で私たちの方に来た会長さんが「ほら」と思念波でイメージを送ってきました。
「わぁっ!?」
「なんですか、これは?」
口々に騒ぐ私たちに、会長さんは沈鬱な声で。
「見てのとおりさ、ハーレイの絵馬だ。…フィシスと来た時には気付かなかったし、ぼくたちより後に来たんだろう。たいしたサイオンも無いタイプ・グリーンの割に残留思念が物凄い。…これは半端な覚悟じゃないね」
教頭先生が奉納したという絵馬には『恋愛成就』と達筆な文字が躍っています。会長さんによれば他の絵馬に隠れて外からは見えないらしいのですが、一番上の右端あたりにあるそうで…。
「どうやら此処だけじゃないようだ。…予定変更、初詣スポット巡りをしなくっちゃ」
「「「えぇっ!?」」」
露店で買い食いは中止ですか? お腹も減って来たんですけど~!
「あ、そうか…。まずは腹ごしらえってことか。腹が減っては戦が出来ぬと言うからねえ…。いいよ、好きなだけ買い食いしたまえ。これから回る場所は一部を除いて露店がない」
初詣スポットとはいえメジャーな所ばかりじゃないから、と指を折っている会長さん。もしかして教頭先生、あちこちに絵馬を奉納しまくりましたか? 会長さんったら、恋愛成就と書かれた絵馬を探し出しては闇に葬るつもりとか…?
「…いや。仮にも奉納されているものを闇に葬るのは流石にちょっと…ね」
出来れば消し去りたいんだけども、と会長さんは苦い顔です。お正月から妙な展開になってきましたよ…。さっき厄祓いをお願いしてきたばっかりなのに、新手の厄の登場ですか?
お好み焼きに串カツ、ホットドッグ。あれこれと食べた私たちはアルテメシア大神宮を出て、少し離れたタクシー乗り場に行きました。この辺りでは車は順調に流れています。会長さんが先頭の三台のドライバーに声を掛け、行き先をあれこれ指示してから。
「いいよ、乗って。今日は貸し切りにしておいた。ぼくとぶるぅで一台、君たちは後ろの二台の車に」
「「「はーい…」」」
ジョミー君とサム君、スウェナちゃんと私の四人が会長さんの次の車に乗り込み、柔道部三人組が三台目に乗ると先頭のタクシーが走り出して続く車も次々と。えっと…何処へ行くんでしょう? 運転手さんは心得た顔でハンドルを握り、会長さんのタクシーの後ろにピタリとくっついています。この道は確か…。
「まっすぐ行ったらあそこだよな? 最近派手に宣伝してる…」
サム君が言うのは縁結びで知られた神社でした。元々はそのすぐそばのお寺が観光名所だったのですが、いつの間にやら小さな神社が御利益絶大と評判なのです。教頭先生が怪しげな絵馬を奉納するなら一番に選びそうな所かも…。案の定、タクシーが滑り込んだのは神社に近い駐車場。会長さんは私たちを引き連れ、ごった返している境内に行って…。
「ほら、あそこに」
見てごらん、と思念波で誘導された先には沢山の絵馬。今度はサイオンを同調させてくれているらしく、私たちの目でも重なった絵馬を透かして問題のモノが見えました。
「…ブルーと結婚できますように…?」
恋愛成就と書かれた横の文字をサム君が声に出して読み上げて…。
「冗談じゃねえよ! なんであんなの書いてるんだよ!」
サム君が怒るのも無理はありません。アルテメシア大神宮では恋愛成就だけでしたから…。会長さんが溜息をつき、サム君の肩をポンと叩いて。
「…ここは縁結び専門の神様だからね、結婚したい相手が決まってる人は具体的に書いておかないと…。恋愛成就と書いただけでは他の人とくっついてしまう可能性がある」
「だったらそれでいいじゃねえかよ、ブルーに特定しなくってもさ!」
「ハーレイのお目当てはぼくなんだってば。…行くよ、次」
タクシーに戻るのだと思っていたのに、会長さんが向かったのは神社に近いお寺の山門。ついでに初詣というわけでしょうか? 会長さんとは宗派が違いますけど、細かいことを言っていたのでは神社にもお参り出来ませんし…。お寺は観光客で賑わっています。会長さんは山門をくぐり、脇の小さなお堂に行って…。
「……ここもしっかり祈願済みか」
「「「は?」」」
そこにあるのは小さな祠。お地蔵様が祀ってあるだけで絵馬の類は見当たりませんが…?
「分からないかな、お地蔵様の視線の先が問題なんだよ」
会長さんが指差した先にはアルテメシア公園の広大な緑が見えていました。それがいったいどうしたと…?
「ここからじゃよく見えないけれど、あの方向にぼくの家がある。…このお地蔵様は変わっていてね」
祠に一礼した会長さんが不思議な呪文を三回唱え、お地蔵様の頭をスッと両手で抱えて。
「今のは地蔵菩薩の御真言。…ハーレイも多分唱えたと思うよ、舌を噛みそうになりながら…さ。このお地蔵様、首がグルリと回るんだ」
「「「あ!」」」
本当に首が360度クルリと回転する仕様でした。
「…おん、かかかび、さんまえい、そわか」
さっきの呪文を唱えた会長さんはお地蔵様の首を違う方向に向けてしまって。
「これでよし。…これは首振り地蔵と言ってね。お地蔵様の首を好きな人の家や、願い事のある方向へ向けて祈願するんだ。ハーレイが来た後、誰も参拝しなかったのか、それともハーレイの残留思念が勝ったのか。…とにかく別の方向へ向けたがる人が無かったらしい。厄介だよね」
「やっぱり結婚祈願なわけか?」
キース君の問いに、会長さんは頷いて。
「うん。この調子であちこち根性で回ったようだよ、それを今から虱潰し」
「「「………」」」
教頭先生、何ヶ所で願を掛けたのでしょうか? タクシーはアルテメシア中を走り回って、私たちは教頭先生が残しまくった祈願の痕跡を巡りました。恋愛成就のスポットなんかとは全く無縁に暮らしてるだけに、新鮮と言えば新鮮ですけど…。
お寺や神社をタクシーで幾つも回る中には意外なものや珍しいものが色々と。枝が地面に擦れるほどに長く垂れた柳の木が印象的なお寺では…。
「ここで縁結びを祈願する人は、二本の柳の枝をおみくじで一つに結ぶんだよ。ハーレイが結んだヤツはこれだね」
眺めているだけの会長さんにジョミー君が。
「外さないの?」
「それはマズイと言っただろう? 一応、願が掛かってるんだし、ここの仏様に失礼になる。…さっきの首振り地蔵みたいに誰でも次の願を掛けられるんなら問題ないけど」
外したいけどね、と舌打ちをする会長さんは悔しそうでした。更に何ヶ所か巡ってから行った大きな神社には二本の木が一つに繋がって一本に見える御神木が祀られていて、そこに教頭先生の絵馬が。
「連理のサカキさ。サカキは賢い木と書くんだ。比翼の鳥、連理の枝って言葉を知ってるかい? 天に在りては願わくは比翼の鳥と作らん、地に在りては願わくは連理の枝と為らん。…二本の木が絡み合って一本になっているから永遠の愛の象徴でね…。この御神木にお願いすれば、もう究極の縁結び」
えっと。教頭先生、願掛けに燃えているようです。あっちもこっちも絵馬だらけ。アルテメシア郊外の山奥にある別の神社にもしっかりと絵馬が奉納されていて…。
「…ここって丑の刻参りじゃなかったっけ?」
そう聞いてるよ、と首を傾げるジョミー君に私たちも同感でした。今でも藁人形がよく見つかると耳にしている神社ですけど…?
「違う、違う。悪縁を切って良縁を結ぶ。遥か昔から縁結びで知られた神社だったんだよ、本当は…ね。しかし、ここまで来るとは執念だよねえ…。この山道を来たわけだから」
ねえ? と会長さんが見下ろしているのはアルテメシアの市街地でした。かなり離れた山奥なのでアルテメシア公園が何処にあるのかもよく分かりません。だいたい人家が殆ど無いような山奥ですけど、教頭先生、相当気合が入ってますよね…。
「さてと、この神社でハーレイの足跡巡りはおしまいかな。ずいぶん沢山回ったけれども、お疲れ様。…お腹も空いてきたと思うし、そろそろ街に戻ろうか」
「「「さんせーい!」」」
私たちは再びタクシーに乗り込み、元来た道をアルテメシアへ。市街地に入り、会長さんのマンションが見えて来ましたが…。
「「あれっ?」」
ジョミー君とサム君が同時に声を上げ、通過してしまったマンションの方を振り返ります。行き先は会長さんが決めていましたし、もしかして何処か飲食店にでも行くのでしょうか?
「…え? あの道って…」
会長さんを乗せたタクシーが右折し、住宅街に入りました。私たちの車も続き、幾つか角を曲がった果てに。
「「「………」」」
「お客さん、着きましたよ」
タクシーのドアが開けられたのは嫌と言うほど見慣れた家の前でした。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が先に降りて走り去るタクシーに手を振っています。ということは……此処が最終目的地ですか! どうしろと、と顔を見合わせつつタクシーを降りると私たちの車も行ってしまって、続いて降り立つキース君たち。…なるようにしかならないだろうと思いますけど、よりにもよってこう来ましたか…。
「どうしたんだい? 新年の行事と言えば初詣と年始回りだろう?」
ニッコリ微笑む会長さんが門扉の横のインターホンを押そうとしています。初詣はたっぷりしてきましたけど、年始回りは想定外。しかもこの家には…って、時既に遅く。
「どなたですか?」
インターホンから響いてきたのは教頭先生の声でした。
「ぼくだけど? あけましておめでとう、ハーレイ」
「………!」
息を飲む気配がしてプツリと音が切れ、すぐにガチャリと玄関の扉が開け放たれて…。
「…なんだ、お前だけではなかったのか…」
あからさまにガックリきている教頭先生。会長さんはクスクスと笑い、私たちの方を振り返りながら。
「ぼく一人ってことは有り得ないって前から言っているだろう? ゼルたちに厳しく止められてるんだ、ハーレイの家に一人で行ってはいけない…ってね。ぶるぅが一緒か、でなきゃ友達を連れてくるか。…どっちかでなけりゃ年始回りなんて、とてもとても」
「年始回り…?」
「そう。もっとも回ると言っても此処だけだから…単なる年始の挨拶かな? もちろん入っていいんだろう?」
「あ、ああ…。散らかっているが…」
教頭先生は門扉を開けて私たちを入れてくれました。
「お邪魔しまぁ~す♪」
一人前の挨拶をして玄関に向かって跳ねて行くのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「待て、待て、ぶるぅ! 真っ直ぐリビングに行くんだぞ! ダイニングはまだ片付いてなくて…」
「かみお~ん♪」
ピョーンと家に飛び込んで行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」を追い掛けていく教頭先生。年末の大掃除はきちんとしたのでしょうが、元日は初詣ならぬ願掛け巡りに走り回っていた筈ですし、もしかしたら散らかりっぷりが半端じゃないのかもしれません。洗ってない食器が山積みとか…。これは御馳走もあんまり期待できないかもです。
「大丈夫だってば、食事の方は…ね」
保証する、と会長さんが太鼓判を押しました。
「ぼくの家で宴会しようと思って、ぶるぅと一緒に用意したんだ。おせち料理をたっぷりと…。それを運ぶから問題ないよ。それよりも…」
あそこ、と会長さんが指差したのはガレージでした。教頭先生の愛車が停まってますけど、それが何か?
「車じゃなくって、その奥さ。…自転車が入っているだろう?」
「ああ、あれな…」
ママチャリか、とキース君はちょっと意外そう。柔道十段の教頭先生にママチャリはあまり似合いません。もっとかっこいいのにすればいいのに…、と誰もが思ったのですが。
「どうもああいうのが好きらしいよ。家庭的な雰囲気を演出したいらしいんだ」
結婚してもいないくせにね、とフンと鼻を鳴らす会長さん。
「ハーレイが元日に乗っていたのはあの自転車さ。あれでアルテメシア中を走り回って、山道まで上って行ったってわけ。…もう根性としか言いようがない」
「「「自転車で!?」」」
タクシーの走行距離を思い返して私たちは目が点でした。おまけに最後に行った丑の刻参りで知られた神社への道は急な上り坂で、あれを自転車を漕いで上って行くのはキツそうです。…その分、帰りは楽でしょうけど…。
「理想は自分の足で歩いて回ることなんだけど、それじゃ一日で回り切れない。歩いて回れる範囲にするか、御利益を求めて全部のスポットを制覇するか。…そこで選んだのが全部のスポット。車では御利益が無さそうだから自転車にしたってことらしいね」
まさに執念、と肩を竦めて会長さんは玄関に入っていきました。恋愛成就だの結婚祈願だのと書きつけた絵馬を奉納しまくっていた教頭先生の家に押し掛けるなんて正気でしょうか? まあ、いざとなったらキース君たちもいるわけですし、ドクター・ノルディの家に行くよりマシだと思って入るしかないか…。
教頭先生の家の広いリビングは綺麗に片付けられていました。私たちは「あけましておめでとうございます」と年始回りらしく挨拶をして、それから会長さんが瞬間移動でおせち料理が詰まった重箱を沢山取り寄せて…。
「ハーレイ、お酒はないのかい?」
せっかくだから、と会長さんが言いましたけど、未成年が多数ということで飲酒は却下。梅シロップで我慢しろ、と教頭先生が出してくれたのは自作なのだそうです。この雰囲気は「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」の誕生日パーティーの時よりアットホームでいい感じかも…、と思い始めた頃のこと。
「ところで、ハーレイ」
会長さんが改まった口調で切り出しました。
「今年の書き初めはかなり気合が入っていたね」
「書き初め…?」
なんのことだ、と怪訝そうな顔の教頭先生。会長さんは「見たよ」と悪戯っぽい笑みを浮かべて。
「ほら、アルテメシア大神宮さ。みんなで初詣に行ったんだけど、絵馬を奉納しようとしたら君の書き初めを見付けちゃって」
「…み……見たのか、あれを?」
教頭先生は耳まで赤くなり、ゴホンと軽く咳払い。
「…あ、あれはだな…、そのぅ…なんと言うか………新年くらい夢を見たかったと言うか…」
「今年の抱負とかではなくて?」
「そ、そこまでは……そこまでとんでもないことは…!」
焦りまくる教頭先生に会長さんは。
「なんだ、残念」
「…残念?」
鸚鵡返しに訊き返した教頭先生の前に会長さんが一冊の本を差し出しました。
「これ。…最近流行りの本だよね? 君の寝室から拝借したけど」
「……そ、それは……」
タラリと冷や汗を垂らす教頭先生。本の表紙に書かれた文字は『アルテメシアの御利益さん』です。恋に金運、商売繁盛、ありとあらゆる御利益スポットを網羅していると派手な帯までかかったもの。会長さんは本のページをパラパラとめくり、とある部分を開いてみせて…。
「恋愛成就の御利益スポット一覧表と巡拝マップ。全部に丸がつけてあるのは回ったって意味じゃないのかい?」
「い、いや……その…いつか回れたらいいなと言うか、一度は巡拝したいと言うか…」
「…素直じゃないねえ…」
会長さんは軽く溜息をつき、巡拝マップを指で辿って。
「ここがアルテメシア大神宮だ。出発点もここになってるよね。次がこっちで、その次が…。時計回りにアルテメシアをぐるっと回って、一番最後に山に入って、ここが終点。…実はぼくたち、全部回ってみたんだけれど?」
タクシーで、と付け加えるのを会長さんは忘れませんでした。
「一年の計は元旦にあり。…その勢いで全部根性で回ったくせに隠すんだ? それも自転車で頑張ったのに…ね。そんなのじゃ恋は成就しないよ? 君の熱意を確認したから少しは気にかけてあげたのに」
だから年始の挨拶回り、と会長さんは綺麗な笑顔を見せました。
「あれだけ恋愛成就と結婚祈願を書き初めされたら、いくらぼくでも心が動く。君の巡拝の足跡を辿ったタクシー代を払ってくれたら、もっと気持ちが傾く…かもね」
「本当か?」
教頭先生の上ずった声に、会長さんは軽く小首を傾げてみせて。
「信じないならそれでもいいけど、巡礼の旅にはけっこうパワーがあるんだよ? そして御利益を頂戴するには元日というのは最高だ。…今年こそ、と思ったのなら、まずは自分を信じないとね」
「もしかして……結婚……してくれる…のか?」
「君の誠意と熱意によるかな。なにしろタクシーを三台貸し切ったからねえ、新年早々、痛い出費だ」
「いくらだったんだ、タクシー代は? 遠慮はいらんぞ」
私が出そう、と財布を取り出す教頭先生。その頬は赤く染まっていました。まさか会長さん、本気で教頭先生の熱意にほだされちゃいましたか…? それだけは無いと思いますけど、教頭先生はその気のようです。御利益スポットを回り倒せば会長さんとの恋愛成就って、世の中、そんなに単純なの~?