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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

門出を祝って  第1話

バレンタインデーもなんとか無事に終わって、残る三学期の行事と言えば期末試験と繰り上げホワイトデーくらい。繰り上げホワイトデーはバレンタインデーを派手に行うシャングリラ学園ならではの年中行事で、本物のホワイトデーまでに卒業してしまう三年生のために前倒しで実施されるのでした。
「えっと…今年は普通に卒業式?」
ジョミー君がそう尋ねたのは放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。テーブルの上には焼きたての温かいチョコレート・スフレ。会長さんが自分のスフレをスプーンで口に運びながら。
「普通に…ってどういう意味だい?」
「今年は特別に卒業する人、いないのかなぁ…って。修学旅行も無かったし」
シャングリラ学園ではサイオンの因子を持った生徒は入学してから一年で卒業することに決まっていました。私たちも一年だけで一旦卒業、それ以後は特別生として学校に戻ってきた口です。アルトちゃんとrちゃんも特別生ですが、私たちと同じ年に入学して一年留年していたために卒業は去年。そんな風に本来の修学旅行まで在校できない生徒が出ると1年生で修学旅行をするのがシャングリラ学園独自のルールで…。
「ああ、1年生の修学旅行か」
無かったね、と会長さん。
「君たちも知っているだろう? 今年は因子を持った生徒は一人も入ってこなかった。途中で目覚めた生徒もいない。だから卒業式は三年生だけが対象なのさ。…三年生といえば今年の三年生は得をしたよね、修学旅行が二回あったし」
会長さんが言うとおり、私たちの最初の同級生だった今の三年生は二度目の修学旅行をしていました。一年生で修学旅行を済ませたのでは寂しいですし、一般の学校と同じタイミングで正式な修学旅行があったのです。えっ、二回も修学旅行をしたら保護者の負担が大変だ…って? その心配はありません。一年生での修学旅行は特別なので費用の大半は学校が出してくれるのですから。
「そっかぁ…。行ってたよねえ、修学旅行」
羨ましいな、とジョミー君は言ってますけど、修学旅行を二回よりかはシャングリラ号で進路相談会を受けた私たちの方がお得なのではないでしょうか。特別生として一年生のままで学校に居座れますし、会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」と楽しく遊んでられますし…。
「修学旅行をしたかったのかい? 一度は行ったんだからいいじゃないか。それより、今度の週末は空いてるかな? ジョミーだけじゃなくて全員だけど」
「「「週末?」」」
会長さんの問いに首を傾げる私たち。週末に何かあるのでしょうか?
「ぼくの家に泊まりにおいでよ、二度目の修学旅行に呼ばれなかった埋め合わせってわけではないけどね」
「えっ、ホント?」
行く、行く! とジョミー君が歓声を上げ、私たちも大賛成。どうせ土日は暇なのですし、お泊まり会なら大歓迎です。
「じゃあ、決まり。御馳走を用意しておくからさ」
「かみお~ん♪ 待ってるね!」
食べたいものがあったら注文してね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も嬉しそう。私たちはここぞとばかりに注文しまくり、会長さんがメモを取り…。今度の週末は御馳走三昧できそうですよ~!

土曜日のお昼前、私たちは待ち合わせをして会長さんのマンションに向かいました。最上階のお部屋に入ると美味しそうな匂いが漂ってきます。お昼御飯は中華点心にフカひれスープと決めてましたし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が腕を揮ってくれたのでしょう。
「やあ。ぶるぅが食べ切れないほど作っているよ。もちろんデザートも中華風で」
ダイニングへどうぞ、と会長さんに言われて扉をくぐればテーブル一杯にお皿や蒸籠が並んでいます。小籠包に粽、餃子にシュウマイ…。お泊まり会に来て良かったぁ!
「かみお~ん♪ いっぱい食べてね! 晩御飯はエスニック料理でまとめてみたよ」
みんなが色々注文したから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコ顔。私たちは大喜びでテーブルにつき、お腹一杯になるまで食べて…食後はリビングでゲームに雑談と盛り上がりまくり。もちろん夕食も大満足で…。
「美味しかった~」
ぶるぅ最高、とジョミー君が褒めています。
「ママの料理も美味しいけれど、こんなに作ってくれないしね。あ、量じゃなくって種類の方」
「それはよかった」
会長さんが微笑みました。
「みんなも喜んでくれてるようだし、御馳走をした甲斐があるよ。…ところで、今からちょっと出掛けたいんだ。外は寒いから用意して」
「「「え?」」」
「だから君たちも出掛けるんだよ。風邪を引いたら大変だしね、ちゃんと上着を着てくること」
「…何処へ行くんだ?」
キース君が尋ねましたが、会長さんは「来れば分かる」と言うだけです。
「時間的にはそろそろいいだろ、食後の運動にもなりそうだから」
「「「運動?」」」
「そこまでハードじゃないけどね。…とにかく暖かい服を着ておいで」
有無を言わさぬ口調に私たちはゲストルームで外出の支度。いったい何処へ行くんでしょう? 上着を着込み、手袋も嵌めてリビングに戻ると会長さんもちゃんとコートを着ています。
「うん、全員準備オッケーだね。それじゃこれを…」
はい、とシロエ君に手渡されたのはノートと筆記用具でした。ジョミー君はメジャーを持たされ、キース君が持たされたものは梯子です。
「……おい……」
梯子を抱えたキース君が不信感丸出しの瞳で会長さんを睨み付けて。
「こんなものを持ってどうしろと! 抱えて歩けと言うのか、これを!」
「平気、平気。歩くだなんて言ってないだろ、出掛けるだけだよ」
会長さんは涼しい顔です。
「だから何処へ!!」
「すぐに分かるさ。ぶるぅ!!」
「かみお~ん♪」
パアッと迸る会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の青いサイオン。私たちの身体はフワリと浮いて瞬間移動をしていました。下り立った先は真っ暗闇です。ん? そうでもないかな、ちゃんと灯りが…。
「はい、到着」
「「「???」」」
キョロキョロと見回した私たちの目に映ったものは黒々と聳え立つシャングリラ学園の校舎でした。点在している灯りの中で雪がチラホラ舞っています。こんな時間には誰もいないらしく、校舎の窓は真っ暗ですが…。
「さてと。警備員さんの巡回時間はもっと後だし、今の内だよ。さっさと用事を済ませよう」
会長さんが指差したのは校長先生の大きな銅像。
「あれに梯子を架けるんだよ。登るのはジョミーが身軽でいいかな、それともキースが登るかい?」
「「「は?」」」
誰もが意味を掴みかねている中、会長さんはジョミー君が持っていたメジャーを手に取ると…。
「像のサイズを測るのさ。身長に胴回り、腕回り。もちろん手足の長さも重要。…シロエ、君が必要だと思う部分を測って貰うよう言いたまえ」
「ぼくがですか?」
「そう。卒業式にはこの銅像が変身すると教えた筈だよ、去年にね。その時に言ったと思うけど? 次からは君に頑張ってもらうから、って」
「「「あ…」」」
今まですっかり忘れていました。去年、卒業式の前夜に会長さんに呼ばれたのです。眠い目を擦りながら瞬間移動でやって来たシャングリラ学園では、数学同好会のメンバーが校長先生の銅像を創立者坊主とかいうモノに変身させる作業の真っ最中で…。
「思い出した?」
ニッコリ笑う会長さん。
「今年、特別に卒業する生徒はいないけど…。誰もいなくても校長先生の像は変身するのが伝統なのさ。これをまるっと変身させるのに必要なデータは何と何か。ちゃんと計測してノートに書くこと。分かったかい、シロエ?」
「は、はいっ!」
分かりました、と最敬礼したシロエ君は少し考え込んでからテキパキと指示を出し始めました。キース君が梯子を立て掛けて支え、ジョミー君がメジャーで像を測っていきます。冷え込む中で冷たい銅像を測るのは如何にも寒そうな仕事ですけど、お役目とあらば仕方ないですよね…。

「うひゃ~、寒かったぁ~…」
凍えそうだよ、と震えているジョミー君に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がホットココアを差し出します。シロエ君とキース君も熱いコーヒーが入ったカップで両手を温めている最中でした。銅像の計測を済ませて会長さんの家に戻って来たんですけど、最後の方は雪が激しくなっていたので大変で…。
「ブルー、なんでシールドしてくれないのさ!」
不満たらたらのジョミー君。
「みゆとスウェナだけシールドしといて、なんでぼくたちは雪の中? おかげで濡れたし、寒かったし! 銅像だって冷たかったし!」
「冷えは女性の大敵だからね。君たちまで守る義務なんか無いよ。必要だったら自分でシールドすればいい」
「出来っこないって知ってるくせに…」
ブツブツと文句を言い続けているジョミー君ですが、会長さんには勝てません。男の子たちは濡れた服を脱いでパジャマに着替え、人心地ついてきたところで…。
「シロエ」
会長さんが改まった口調で言いました。
「どんな感じかな、あの銅像は? ちゃんと変身させられそうかい?」
「そうですね…。データは一応取れていますし、多分なんとかなるんじゃないかと…。何にするかにもよりますけれど、実物大の模型を作ればやりやすいかもしれません」
ノートに書き込んだスケッチや数字を覗き込みながら答えるシロエ君。会長さんは満足そうに頷き、「ぶるぅ」と声をかけました。
「あれ、持ってきてくれるかな? その辺でいいよ」
「オッケー!」
次の瞬間、リビングの中央に出現したのは例の銅像のはりぼてでした。実物大なのは一目瞭然。
「ちょ…」
キース君が息を飲んで。
「これがあるなら、なんで測りに行ったんだ! これさえあれば十分じゃないか!」
「甘いね。これはぼくが変身させてた時に使ったヤツで、ぼくが作った。二度手間は時間のロスになるから貸し出すけれど、採寸くらいは自分たちでしてもらわないことには有難味がない」
「「「………」」」
反論するだけ無駄ということは分かっています。会長さんは前からこういう人ですし…。溜息をつく私たちを他所に、会長さんは。
「模型はこれで間に合うだろう。…今年は君たちの初作業だから、テーマは君たちに任せるよ。ただ、目からビームは外せない。去年パスカルがやっていたから、目からビームは絶対やりたい」
「…ついでにお数珠パンチもですか?」
ありましたよね、とシロエ君が確認すると。
「お数珠パンチは罰あたりだから要らないよ。…他の何かで代用できるなら欲しいけどさ」
「目からビームとパンチですね…。技術的には可能ですけど、何に変身させるんですか」
「君たちに任せるって言っただろう? 思い付かないなら、あれはどうかな。君のお父さんが凝ってるヤツ」
「えぇっ!?」
シロエ君の声が引っくり返り、私たちは首を捻りました。シロエ君のお父さんには何度か会っていますが、趣味は全く知りません。銅像を変身させるのに最適な何かに凝っているって……それって何?

アルテメシア大学付属の機械工学研究所。シロエ君のお父さんはそこの所長で大学教授もしています。笑顔が優しい太り気味のパパですけども、そのお父さんの意外な趣味とは…。
「「「プラモデル!?」」」
「ええ…。ひらたく言えばそうですけども…」
口ごもっているシロエ君。プラモデルも種類が多いですから、何か特殊なジャンルでしょうか? 会長さんがクスクスと笑い、「白状したら?」とけしかけました。
「あれが好きな人はけっこう多いよ、問題ないと思うけどな」
「で、でも…。そりゃあ、大学の研究室にも幾つも飾っていますけれども、思いっきり…」
「オタク趣味?」
ズバッと指摘した会長さんにシロエ君はグッと詰まって。
「…お、オタクって…! そこまでハッキリ言わなくっても…!」
「言いにくそうだから言ってあげた。初代から揃えて飾ってるだろ、凝り性だよね。どうだろう、みんな? 今年のテーマはモビルスーツで」
「「「モビルスーツ!?」」」
今度こそ誰もが仰天しました。モビルスーツと言えばガンダム。卒業式でスウェナちゃんが仮装させられた『赤い彗星のシャア』が出てくる有名なシリーズもののアニメで、それのプラモデルということは…。シロエ君のお父さんはいわゆるガンプラに凝っていたのです。
「…父にはロマンらしいんですよ。いつか本物を作ってやるって言ってますけど、どうなることやら…」
それで機械工学なのか、と思わず納得しそうでした。シロエ君の趣味の機械いじりはお父さん譲りみたいですけど、モビルスーツも…?
「ぼくはモビルスーツを作ろうだなんて思いませんね。シャングリラ号なんかを見ちゃった日には、ぼくの趣味はホントに子供のお遊びで…。でも目からビームはやり遂げますから!」
パスカル先輩には負けられません、とシロエ君は燃えていました。
「携帯電話で操作するのもやってみます。あれって格好よさそうですし!」
「頼もしいね。どうせなら初代のヤツにしようよ、それともシャア専用のザクがいい?」
会長さんの合いの手に「初代にします」と応じるシロエ君。
「やっぱり初代が基本ですよ! お数珠パンチはビームサーベルで代用しましょう、花火くらいは打ち上げられます」
「「「………」」」
初代が基本だなんて言い切る辺りは十分お父さんに毒されている気もしましたけれど、私たちは何も言いませんでした。今年の卒業式では校長先生の像が初代ガンダムに変身です。製作するのはシロエ君ですし、私たちは関係ないですよね? と、思ったのですが…。
「作るのはシロエの仕事だけれど、実装するのは君たちだから。卒業式の前夜には集まってもらうよ、作業をしに」
梯子を持ったり色々と…、と当然のように言う会長さん。そっか、やっぱり関係あるのか…。会長さんはシロエ君に作業場所があるのかを尋ね、シロエ君は「大丈夫です」と答えました。
「いつもガレージで機械いじりをやってますしね。実際にはガレージの二階ですけど…。半分が父のガンプラ部屋で、半分がぼく専用の作業部屋です」
ガンプラ部屋と言うからには展示スペースだと思いましたが、展示スペースは別にあるのだそうです。ガレージの二階はあくまで組み立て専門なのだとか。ガンプラ専用の部屋の隣で初代ガンダム仕様のアイテム作りをするというのがディープですけど、お父さんが知ったら、きっと手伝いをしたいでしょうねえ…。私たちがそう話していると。
「父には手出しも口出しもさせませんよ! この仕事はぼくがやり遂げるんです!」
プロの力は借りられません、と
シロエ君は言い切りました。プライドの高さは流石です。私たちは思わず拍手し、こうして今回のお泊まり会の目的は果たされたのでした。会長さんったら最初から言ってくれない所が相変わらず人が悪いんですけど…。

「ところでさ…」
夜食にと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ってくれた豚骨ラーメンを啜っていると会長さんが口を開きました。
「シロエは機械いじりと柔道、どっちの方が好きなのかな? 両極端な趣味だよね」
「会長なら知っているんじゃないですか? 父の趣味も知っていたでしょう」
「まあね。だけど他のみんなは知りようがないと思うんだ。…サイオンも未だに不完全だし、君の心は読めないよ」
「それはそうですけど…」
シロエ君は私たちをぐるりと見渡して。
「やっぱり言わなきゃダメですか? 言わなかったら会長が全部喋っちゃうとか?」
「…ブルーでなくても俺は前から知っているぞ」
そう言ったのはキース君です。
「柔道の方が後付けだよな。で、柔道を始めた理由は…」
「わーっ!! 喋ります、喋りますから先輩も会長も脚色しないで下さいよ~!」
それだけは勘弁して下さい、とシロエ君は真っ青でした。よほどユニークな動機なんでしょうか? 脚色されたら困るくらいに…? 私たちが首を傾げていると、シロエ君は諦めたように。
「…これを話すと笑われちゃうと思うんですけど、会長とか先輩とかから話をされると妙な尾ひれがつきそうで…。
あのですね、ぼくが柔道を始めた理由は体力作りだったんです」
「それの何処が変なのさ?」
おかしくないよ、とジョミー君。
「機械いじりばかりしてると閉じこもりがちになっちゃうし…。適度な運動って必要じゃないか」
「…それはそうなんですけれど…。でも、子供の頃のぼくは運動ってヤツが大の苦手で、運動よりかは読書でした。そこを母に逆手に取られちゃって」
「「「は?」」」
説得するなら分かりますけど、逆手って…なに? シロエ君は大きな溜息を吐き出しました。
「ネバーランドって知ってます? ピーターパンに出てくるヤツ」
「知ってるわよ?」
夢の国よね、とスウェナちゃんが言い、マツカ君が。
「年を取らない国でしたっけ? ピーターパンが連れてってくれる…」
「そう、そのネバーランドですよ。…ぼく、小さい頃は絶対いつかネバーランドに行きたいなぁ…って思ってて…」
え。シロエ君がネバーランドに行きたかった? なんだかかなり意外な気が…。って言うか、あんまり似合わないような気が! みんなも顔を見合わせています。
「ほら、やっぱり…。若気の至りって言うんでしょうか、ぼくも忘れたい過去なんです」
「ネバーランド、いいじゃねえかよ。憧れるものは人それぞれだぜ」
子供だしな、とサム君が笑い飛ばしましたが、シロエ君は大真面目な顔で。
「ぼくは真剣だったんですよ。で、運動嫌いを心配した母がこう言ったんです。…ネバーランドに行きたいんなら体力作りが大切よ、って」
「「「はあ?」」」
ピーターパンが迎えに来てくれる夢の国に行くのに体力作りが何故に必要?
「要るんだよな、体力が? なあ、シロエ?」
覚えているぜ、とキース君がニヤリと笑みを浮かべました。
「俺と同じ道場に入って来た頃、毎日のように言ってたもんなあ」
「先輩は黙ってて下さいよっ!」
一喝したシロエ君はグッと拳を握り締めて。
「二つ目の角を右へ曲がって、あとは朝までずーっと真っ直ぐ。そうやって行くんですよ、ネバーランドへは」
「そうだっけ?」
覚えてないや、とジョミー君。私も覚えていませんでした。他のみんなも同じみたい。けれどシロエ君は…。
「とにかく今ので合ってるんです! だから母に説得されたんですよ、朝までずーっと真っ直ぐ行くには体力と根性が必要だって!」
それで柔道だったんですか! 私たちはプッと吹き出し、シロエ君には悪いと思いつつ涙を浮かべて笑い転げました。シロエ君とキース君に柔道部に引きずり込まれたマツカ君まで笑っています。あまりにも凄い動機ですけど、シロエ君の柔道の腕前は今や大したものなのですから、ネバーランドでもいいですよねえ?

散々笑った後で我に返ると、膨れっ面のシロエ君が据わった瞳で怒り心頭。
「先輩か会長にバラされた方がマシでしたね。…自分で言っても結果は変わりませんでしたもんね」
「子供の頃の失敗なんて誰でもあるって!」
キースにだって、とジョミー君が指差しました。
「坊主頭が嫌になったのって子供時代が切っ掛けだよね。剃ったら似合わなかった、って」
「…それはシロエがバラしたんだっけな」
「わわっ、先輩、もうこれ以上はナシですよ! このまま続けば泥仕合です」
「……不本意ながら確かにな……」
長い付き合いのキース君とシロエ君には互いに握り合っている弱みってヤツが掃いて捨てるほどあるようでした。全部聞きたい気もしますけど、それはやっぱりダメですよね…? 好奇心の塊と化した私たちに会長さんがクスッと笑って。
「それくらいで許してやりたまえ。ぼくが言いたかったのはシロエの趣味の話ではなくて、ネバーランドの方なんだから」
「ちょ…。会長も止めて下さいよ!」
古傷を抉られまくりなんです、とシロエ君の泣きが入りましたが。
「君の話をするとは言わなかったよ。ぼくが言うのはネバーランド」
「ですから、ネバーランドはもう言わないで下さいってば…!」
「いいのかい? 朝までずーっと真っ直ぐ行く必要のないネバーランドの話をしようと思ったのに。それも君だけの話じゃなくて、ここにいる全員に関係があると思うんだけどな」
「「「え?」」」
私たちとネバーランドにいったいどういう関係があると? しかも会長さんは行き方を知っているみたいです。もしかして本当に存在しますか、ネバーランド? シャングリラ号でワープをすれば入れちゃったりするのでしょうか?
「…シャングリラ号は関係があるね」
誰かの疑問を読み取ったらしい会長さんが唇に笑みを浮かべました。
「君たちは特別生になって二年目を終えようとしているけれど、これから先はどうするんだい? 一緒の時に入学してきた生徒たちはもう卒業だ。そりゃあ…特別生には百年以上在籍している生徒もいるから、何年いたって問題は無い。でも、君たちの御両親は?」
「「「???」」」
「シロエのお父さんも勿論だけど、アドス和尚もジョミーやサムたちのお父さんもお母さんも…今はいいけど、この先は? みんな普通の人間だよね」
「「「あ………」」」
それは心の底の何処かに誰もが抱えていた疑問。学費の要らない特別生になって楽しく遊び暮らしている間にも時間は流れているのです。私たちは年を取りませんけど、サイオンを持たないパパやママたちはどうなるんでしょう? 今は毎日家で迎えてくれてますけど、その内にきっと…。
「そう、このままではいつか君たちの御両親はいなくなる。寮に入っている特別生には両親を亡くした人も多いんだ」
「やっぱり……そうなんだ……」
ジョミー君の声が掠れました。
「ひょっとしたら、って思ってたけど、パパもママも…いなくなるんだ…。そしたら、ぼくも寮に入るの? みんなも一人ぼっちになるの…?」
「そうなるね」
会長さんの言葉に私たちは声を失い、一様に黙り込んだのですが。
「…君たちは大切なことを忘れてないかい? キースも、サムも…それからスウェナも」
「かみお~ん♪」
忘れちゃった? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が差し上げたのは右手でした。
「ぼくの手形を押してあげればサイオンを持てるよ、みんなのパパも! もちろんママも大丈夫! ね、ブルー?」
「そういうこと。普通の人間だったキースたちがサイオンを使えるようになったのと同じで、君たちの御両親にもサイオンを持ってもらえば問題ないのさ。…君たちが置いて行かれることもなくなる」
「それって…。だからネバーランドって言ったんですか?」
シロエ君の問いに会長さんは大きく頷き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭を撫でて。
「本当の名前はシャングリラ・プロジェクトと言うんだけどね。どうせなら笑い話とセットの方がインパクトがあっていいかなぁ…って。少しずつ仲間を増やしていくための計画の一部。サイオンに目覚めた生徒の身内にサイオンに理解のある人がいれば、仲間になって貰うんだ」
特別生の血縁者という縁で仲間になった人は少なくない、と会長さんは言いました。政財界にまで仲間が食い込んでいる理由の一つはそれだそうです。ネバーランド転じてシャングリラ・プロジェクト。凄い展開になってきましたけれど、これから一体どうなるんですか…?

 

 

 

 

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