シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
マザー、副船長の重責からやっと解放されました。が、今度はソルジャー補佐だそうです。『ソルジャー・ブルー様ファンクラブ』の皆さんの恐ろしさを身をもって思い知った直後の人事だったので喜びよりも恐怖がこみ上げてきます。こんなことなら「そるじゃぁ補佐」の方がよほどマシかも、などと考えながら部屋を出ました。ええ、まだシャングリラに来た時の個室のままでお引越ししていないんです。無事に青の間まで行けるでしょうか…。
闇討ちに遭うかもしれないと覚悟していましたが、居住区域を抜けていく間、何事も起こりませんでした。後日、噂で聞いた話では『ソルジャー・ブルー様ファンクラブ』には「ソルジャー付きの人には手出し厳禁」という鉄則があるそうです。さて、青の間に着いたのはいいですけれど…ソルジャー補佐って今度こそ何かの間違いでは?副船長の就任挨拶の時と違って同行してくれる人もいないので、青の間に入る勇気が出てきません。扉の前で固まっていると…。
『…入りたまえ』
ソルジャーの思念が届きました。本当に入ってもいいんでしょうか?でもソルジャーのお言葉だし、と思い切って青の間に入りました。エレベーターに乗っている時間がお掃除に来ていた時の何十倍も長く感じられた気がします。
「…君は清掃員の方が気に入っていたのかい?」
笑いを含んだ声がしました。ソルジャーがベッドの縁に腰掛けていらっしゃいます。
「ソルジャー補佐では不満だろうか」
「い、いえ…そんなことは…。ただ、どうしてこんなお役を頂けるのかが分からなくて…」
「今度はぶるぅの部屋に閉じこもらなかったようだね。ぶるぅを信じてくれたのかな」
「…思いつきもしませんでした。私、化かされているんでしょうか?」
「まさか。…君の仕事は今日から正式にソルジャー補佐だ」
銀色の髪に赤い瞳。溜息が出そうなほど美しい整った顔立ちに、ミュウを率いる長の威厳。この方の補佐を務めるなんて、副船長どころの騒ぎではありません。シャングリラに来て日の浅い私なんかが何故こんな…?
「強いて言うなら、ぶるぅかな」
ソルジャーはとんでもない名前を口にされました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がなんですって?
「ぶるぅを通してずっと見ていた。何度噛まれてもへこたれないし、ぶるぅと関わる内に、ぼくのこともずいぶん知ったと思うが。…そんなミュウはあまり多くない。長老たちとフィシス、リオを除けば皆無と言っていいだろう」
え。私が「そるじゃぁ・ぶるぅ」に振り回される間に知ったことといえば、青の間に妙な出前が届くこととか、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のグルメ日記をキャプテンが本に纏めてソルジャーに届けてらっしゃることとか、ソルジャー直筆の『南無阿弥陀仏』のお仕置き札とか…およそ役に立たないことばかりですが?
「普通のミュウはそういった事実に耐えられない。君もこの間、知ったはずだ。ぼくと会った時の記憶を見たミュウたちは信じようとはしなかっただろう?…ミュウたちが求めているのはソルジャー・ブルーで、ぼくじゃない」
だから、とソルジャーはおっしゃいました。
「だから君を選んだ。ぼく自身を知っても驚かないミュウをここに呼ぶには何か役目が必要だろう?」
これは…もしかしなくても大ラッキー!?感謝しちゃいます、「そるじゃぁ・ぶるぅ」!!回数も覚えてないほど噛まれましたし、散々な目にも遭わされましたが、全部チャラにして伏し拝みたいくらいです。
「ならば早速、拝んでみたまえ。…もうすぐ、ぶるぅがここに来る。君はまたひとつ、普通のミュウなら耐えられないものを見てしまうことになるだろうな」
あぁぁぁぁ。本当に拝みたいなんて言っていません。っていうか、私の思念はバレバレですか、ソルジャー…。
間もなくリオさんが台車を押して現れました。もちろん土鍋に入った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が寝たふりをして乗っかっています。リオさんは私にニッコリ笑いかけてくれました。
『ようこそ。…ソルジャー補佐になられたんですね』
「リオさんもソルジャー補佐なんですか?」
『いいえ、ぼくは特に肩書きは無いんですけど…ソルジャーのお世話が仕事のひとつなのは本当です』
リオさんが土鍋をよいしょ、と降ろすと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がゴソゴソ這い出しました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」入りの土鍋を一人で動かせるなんて、リオさん、実は力持ちかも。
『ソルジャー、今日は含鉄泉だと言っていますが…どうも癖のある温泉のようです』
「癖がある、か。…どんなものなのか興味深いな。ぶるぅ、何処から運ぶつもりだ?」
「…エネルゲイア」
あ。この流れはもしかして…。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はベッドを取り巻く溝に近づき、ブーツを脱いで両足を浸けました。澄んだ流れがアッという間に赤褐色に濁り、ほかほかと湯気が。
「…貧血に胃腸、筋・関節痛。湯加減はちょうどいいと思うな。気に入ったら後でバスタブにも入れてあげるよ」
マザー、今度の職場は青の間です。シャングリラ中のミュウが尊敬している神秘的な長、ソルジャー・ブルー。そのソルジャーが、私が補佐を拝命した日にいきなり足湯に入られ、更に奥のバスルーム(清掃員の時は見つけられなかったのに、確かに青の間に存在しました)で温泉浴を楽しまれるとは…。これは確かに並みのミュウなら卒倒するかもしれません。ミュウは本来、とても繊細だと聞いてます、マザー…。