シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
卒業式が終わると1年A組では進級に向けての授業が始まりました。2年生になれない私たち特別生には全く意味のないものです。ですから登校義務も無いのですけど、大学が休みになったキース君を筆頭に私たちは連日、登校中。去年の今頃はピラミッドの国に旅行してましたっけ…。
「うーん…。本当は休みなんだよね」
つまらないや、とジョミー君が呟いたのは放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。
「何処か旅行に行きたいなぁ…。時間はたっぷりあるのにさ」
「ジョミー。駄目な理由は分かってるだろう?」
会長さんに聞き咎められて、ジョミー君はフウと溜息。
「そりゃそうだけど…。大事な時期だって分かってるけど、やっぱり遊びに行きたいじゃないか」
「…シャングリラ・プロジェクトが大詰めなんだよ? 君たちには御両親のフォローを頼むと言った筈だ。シャングリラ号に乗り込むまでに色々と気がかりなこともあるだろうしね。サイオンの先達として御両親との会話を大事にしてほしい。…もちろん、みんなも」
「「「はーい…」」」
分かってます、と私たちは返事をしました。シャングリラ学園が春休みに入るとシャングリラ号が地球に戻ってきます。パパやママはその時に「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手形でサイオンを貰い、宇宙の旅に出る予定でした。表向きは温泉旅行になっていますし、会社の人へのお土産なんかも手配しているようですけども。
「ぶるぅのことはパパたちも知っているんだよね」
ジョミー君が「そるじゃぁ・ぶるぅ」に視線を向けて。
「入学式にも卒業式にも出てきていたし、御利益があるって説明してたし…。その御利益でサイオンを貰えるらしい、って言っていたけど、ブルーがソルジャーやってることは全然知らないみたいだよ? それを喋ろうと思ってるのにウッカリ忘れて、今も言えないままなんだ」
「俺も同じだ」
奇遇だな、とキース君が言い、シロエ君が続き…。そういえば私も同じです。ひょっとして会長さんが何か細工をしてますか? サイオンで妨害しているとか…?
「そのとおりさ。ソルジャーが誰かを知るのはシャングリラ号に乗ってからでいい」
それまでは真実を伏せておくのだ、と会長さんは答えました。
「ぼくたちの組織は仲間以外には秘密なんだよ? サイオンを持たない内からソルジャーを知る必要は無い。だから君たちの意識をブロックしてある。…キースのお父さんは感づいているかもしれないけどね。ソルジャーの称号は知らなくっても、ぼくが普通の生徒会長ではないってことを」
「それはあんたが銀青様だからか?」
キース君の問いに、会長さんは「まあね」と苦笑して。
「ぼくが三百年以上生きていることは君たちの御両親にも話してある。長老たちについても同じだ。ぼくのサイオンが最強のタイプ・ブルーなことも言ってあるけど、ぼくって見た目がコレだからさ…。長老たちの方が偉いと考えるのが普通だと思う。アドス和尚が銀青について話をしても、偉いお坊さんとしか認識してない」
「「「………」」」
それはそうかもしれません。会長さんの外見は高校生にしか見えないのですし、いくら高僧だと説明されても私たちの仲間の長だと認識するのは難しいかも…。教頭先生やゼル先生たちの方がずっと貫禄があるのですから。私たちだって会長さんがソルジャーだなんて、シャングリラ号に乗り込むまでは夢にも思いませんでしたしね。
「そういうわけで、ソルジャーが誰かはまだ秘密。君たちはサイオンについて訊かれたことに答えていればいいんだよ。もっとも思念波が精一杯なレベルなんだし、話せることはそうそう無いか…。キースを除いて」
「俺は絶対喋らんぞ!」
間髪を入れずに叫んだキース君。
「サイオニック・ドリームのことは喋るわけにはいかないんだ。ヘアスタイルを誤魔化していたとバレたら今度こそ有無を言わさず剃られてしまう。…ん? 待てよ…」
キース君の顔がみるみる内に青ざめていって。
「ひょっとして親父がサイオンに目覚めてしまえばサイオニック・ドリームもバレるのか!? もうヘアスタイルは誤魔化せないのか?」
やばい、とキース君は蒼白でした。
「今年の暮れには道場入りが控えているんだ。丸坊主が必須条件なんだ! 親父とおふくろにサイオニック・ドリームが効かないとなると、有無を言わさず坊主頭に…」
「ああ、その点は大丈夫だよ」
問題ない、と会長さんが即答します。
「君たちの御両親はサイオンを持つようになりはするけど、当面の間は年を取るのを止めるのだけで精一杯だ。思念波も連絡手段に使えるレベルまでいかないと思う。だからサイオニック・ドリームは見破れないさ」
「…そうなのか?」
「もっと自信を持ちたまえ。君のサイオニック・ドリームは完璧に近い。自分からヘマをやらかさなければバレないよ。集中力さえ途切れなければ何処から見ても坊主頭だ。だって写真にも写るんだから」
会長さんに太鼓判を押され、キース君は安堵の息をつきました。
「助かった…。一瞬、目の前が暗くなったぜ」
「やれやれ、よほど坊主頭が嫌なんだねえ。だけどいずれは元老寺の副住職だよ、覚悟しといた方がいい」
「その時はカツラを活用するさ。あんたに貰ったカツラだって言えば親父も反論できないからな」
カツラと言いつつ実は自前の髪なのですが、気付かれなければ大丈夫。いつか副住職を押し付けられたら、お寺や法事ではサイオニック・ドリームで坊主頭に見せかけておいて、私たちの前では自慢のヘアスタイルに戻るのでしょう。頑張って、としか言えませんけどね…。
「さてと。キースの件はそれで片付いたとして…」
会長さんが私たちに向き直りました。
「君たちの方はどうするんだい? 相変わらずサイオンはヒヨコレベルで進歩なし。そのままでも別に問題ないけど、この際だから強化合宿でもしてみるかい?」
「「「強化合宿!?」」」
「そう。モノになるかはともかくとして、目的を定めて合宿するのもいいんじゃないかと思ってね…。ぶるぅとも相談したんだけれど、ぼくたちがシャングリラ号に出掛けてる間、留守番を兼ねて泊まり込みはどう?」
「あんたの家にか?」
キース君が尋ね、ジョミー君が。
「そっか、パパもママもいないんだっけ…。一人で留守番しててもつまらないしね」
「二泊三日でしたっけ? みんなと一緒なら楽しそうです」
マツカ君は乗り気のようで、サム君たちも同じでした。もちろん私も大賛成! 家で留守番しているよりも合宿の方がいいですし……って、合宿? いつものお泊まり会ではなくて?
「だって、ぶるぅがいないんだよ?」
ねえ? と会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」と顔を見合わせて。
「食事も家事も一切合財、自分でやるしかないんだけれど? それでも良ければ家は自由に使っていいよ」
「ごめんね、ぼくも大事なお仕事だから…。えっとね、食材とかは用意しとくし、出前を取るなら電話番号も書いとくし!」
色々あるんだ、と出前してくれるお店を挙げる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。定番のピザやお寿司の他にもエスニックなど、とてもバラエティー豊かです。グルメ大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自分が食事を作らない時も美味しいものが食べたいようで…。こんなに沢山お店があるなら大丈夫かな? と、思った時。
「いや、合宿に出前は邪道だろう」
そう言ったのはキース君でした。
「合宿は自炊が基本だぞ? 柔道部は教頭先生の方針で全部俺たちが作るんだ。女子マネージャーももちろんいるが、炊事も洗濯もやってはくれん。…正確に言えば教頭先生がやらせないようにしてるんだがな」
「えっ、そうだったの?」
目を丸くしているジョミー君。シャングリラ学園の柔道部は実はけっこう強豪なので、女子にも人気がありました。必然的にマネージャー志願の生徒も多く、教頭先生が面接をして決めるほどです。炊事も洗濯もしないんだったらマネージャーの仕事って、なに?
「それはだな、対外試合の応援に行く生徒募集のチラシ作りとか、柔道とは直接関係ないことだ。会計なんかも部員が自分でやるんだぞ? マネージャーは飾りみたいなものだ」
「「「えぇっ?」」」
「何を驚くことがある? 俺たちの部活の手本はアルテメシア大学の柔道部だ。あそこは全寮制で非常に厳しい。教頭先生は俺たちの心身の鍛練のために心を砕いて下さっているんだ。なあ、シロエ?」
「そうですよ。特に合宿中は気が抜けません。1年生の時なんか地獄でしたっけね、キース先輩」
今もとっても厳しいですけど、とシロエ君が続けます。
「ぼくたちは今は最上級生扱いですからいいんですけど、1年生には辛いですよ。合宿中は上級生にビシビシしごかれますし、何よりも朝の始まりが…。1年生は朝練の1時間前に起きて道場の掃除に食事の支度。その合間に先輩を起こしに行かなきゃいけないんです」
「へえ…」
大変そうだな、とサム君が相槌を打つとシロエ君は。
「それだけじゃないですよ? 起こし方にも作法があって、朝練の始まる30分前に先輩の寝床に行ってですね、枕元に正座してこう言うんです。「先輩、朝練30分前です」。でもまあ、起きてはくれませんね」
「じゃ、どうするの?」
引っぱたくとか、とジョミー君が尋ねましたが、「とんでもない」と首を左右に振るシロエ君たち。
「とりあえず仕事に戻るんですよ。朝練が終わったら食事ですから、とにかく準備をしておかないと…。で、10分経ったらもう一度行って「先輩、朝練20分前です」とお伝えします。これを10分おきに繰り返して「朝練です」と言ったらやっと起きて下さるんですよ、先輩方は」
「「「………」」」
なんと言ったらいいのでしょうか。そんなに何度も起こされてるなら恐らく目覚めているのでしょうに、ギリギリまで寝るというのが凄いです。先輩たちが朝練に出て行った後、下級生は布団を片付けて部屋を掃除し、それからやっと道場へ。そこで先輩から「遅い! 何をやってた!」と罵声を浴びせられると言うのですから、理不尽な…。
「大学の体育会がモデルだったらそんなものだよ、ねえ、キース?」
会長さんの問いに、キース君は。
「そうだな。俺の大学でも厳しい所は厳しいようだ。柔道部も一応覗いてみたが、俺はやっぱり教頭先生の指導がいい。だから部活はシャングリラ学園のままにしておいた。俺の大学には強い選手も殆どいないし」
教頭先生を尊敬しているキース君にはシャングリラ学園の柔道部が魅力のようでした。えっと、話題がズレてますけど、このままにしといていいのかな? 私たちの強化合宿の方は? このまま行ったら柔道部並みの厳しい合宿になっちゃったりして…?
なんだかんだで合宿の話は柔道部の方に逸れていったまま、その日は無事に終わりました。ところが翌日、いつものように授業を終えて「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「やあ。合宿のことだけど、あれから色々考えたんだ。キースの話がヒントになったよ」
こんな感じで、と会長さんが取り出したのは手書きのスケジュール表でした。二泊三日分の予定がビッシリ書かれています。起床時間に就寝時間、食事の時間に炊事洗濯をする時間など。
「「「………」」」
なんですか、このスケジュールは! 会長さんの家でのお泊まり会に慣れた私たちには信じられない代物です。しかも空いた時間に書き込まれている『お勤め』というのは何でしょう? 会長さんはクスクスと笑い、スケジュール表を指差して。
「柔道部の合宿と、璃慕恩院の修行体験ツアーをミックスしてみた。柔道の練習の代わりにお勤めするのさ。木魚とかは人数分を用意するから頑張って。…キース、指導は君に任せる」
「はぁ!?」
「何をビックリしてるんだい? カナリアさんでの修行も終えたし、後は住職の資格だけだろ? サムも読経が上達したからアシスタントに使えばいい。サイオンの上達には集中力が必須だからね、この際、仏道修行ってことで」
「本当にそれで力がつくのか…?」
半信半疑のキース君。サイオニック・ドリームこそ完璧ですけど、キース君も他はダメダメです。しかも得意のサイオニック・ドリームだって、会長さんにサイオン・バーストという裏技を使って伸ばしてもらったものですし…。
「別に力はつかなくってもいいんだよ」
その方面には期待してない、と会長さんは微笑みました。
「ただ、御両親たちがシャングリラ号に出掛けるというのに、のんびり遊び暮らすというのもあんまりだしねえ…。その間はサイオンの強化合宿に行きます、と言っておいた方が心象がいいと思うんだ。君たちに戸締りを任せなくても大丈夫だし、いろんな意味で安心だろう?」
「そりゃそうだけど……なんでお勤め?」
ジョミー君の疑わしげな目に、会長さんは。
「君だって璃慕恩院の修行体験で精神修養できただろう? それとも柔道の方がいい? だったら指導をキースたちに…」
「えぇっ!? そ、それはパス! 柔道なんか要らないし! サッカーにしようよ、同じ運動ならそっちの方が…」
「いいかい、ジョミー」
会長さんは溜息をついて。
「好きなことばかりやっていたんじゃ、全く力はつかないんだよ。そうでなくても君には高僧になって欲しいし、この機会に更に仏の道に親しむといい。他のみんなは初心者だから少しは先輩顔ができるさ」
これで決定、と一方的に決めてしまった会長さんに逆らえる人はいませんでした。パパやママたちがシャングリラ号に乗り込む間、私たちはよりにもよって抹香臭い強化合宿。これでサイオンに磨きがかかるとも思えませんし、上達するのは読経と木魚の叩き方でしょうか…。
「木魚の叩き方、大いに結構」
会長さんが笑みを浮かべて。
「サイオンの扱いが上達すれば木魚もサイオンで叩けるよ? 二泊三日でそこまで行ったら素晴らしいよね。駄目でもお経は読めるようになるさ、前に元老寺でも練習したし」
「「「………」」」
キース君の家での有難くない宿坊生活を思い返して私たちは涙目でした。あれは普通の1年生だった夏休み。サイオンなんて知りもしなくて、キース君の家に遊びに行ったら宿坊で……アドス和尚にキッチリ騙され、本堂の掃除や読経三昧の日々だったのです。本当は元老寺の宿坊は普通の宿泊施設なのに…。
「そんな顔をしたってダメだよ、決めたんだから。炊事洗濯、掃除なんかは分担を決めてやりたまえ。ぶるぅに覚書を書かせておくから、それに従ってきちんとね」
帰ってきたらチェックをするよ、とお姑さんみたいな台詞を口にする会長さん。滞在中にはゴミ出しの日もあるそうです。今まで気楽にお泊まりしていた会長さんの家が修行道場に早変わり。私たち、無事に済むのでしょうか? 指導役のキース君だって大変そうな気がするんですけど…?
春休みまでの残りの三学期は普通に過ぎてゆきました。学校では授業、放課後は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でのんびり。たまに合宿の話題も出ますが、誰もが意識して避けています。家に帰ればパパやママからサイオンについての質問があったり、シャングリラ・プロジェクトの話をしたり…。考えてみれば卒業式以後の三学期を終業式まで登校するのはこれが初めての経験でした。
「諸君、一年間、よく頑張ってくれた」
グレイブ先生が終業式の後、教室で春休みの生活と心得などを注意してから。
「全ての行事で学園一位に輝いてくれた諸君を私は誇りに思う。成績も常に学年一位をキープしてくれて非常に嬉しい。しかし、あれは諸君も知ってのとおり、ぶるぅの力によるものだ。ブルーが2年生に進むことは無いし、来年からは自分で努力するのだぞ」
「「「はーい!!!」」」
会長さんから前もって進級しないと聞かされていたクラスメイトは騒ぐこともなく元気に返事をしています。今日は会長さんも「そるじゃぁ・ぶるぅ」も来ていません。それは会長さんが楽しめる要素が何も無い日だということで……私たちが騒ぎに巻き込まれる心配も無いということ。シャングリラ号は既に地球に向かっているので、会長さんも長老の先生方も色々と用事があるのです。
「それでは諸君、春休みを満喫してくれたまえ。そして4月になったら気分も新たに2年生のスタートを切って欲しい。落ちこぼれることのないようにな。以上で三学期を終了する!」
グレイブ先生の言葉を受けてクラス委員の男子が「起立、礼!」の号令を掛け、三学期はそれでおしまいでした。私たち七人グループは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に移動し、太陽系に入ったシャングリラ号の姿を会長さんがモニターに映して見せてくれて…。
「明日には月の裏側まで来る。シャングリラ・プロジェクトも大詰めだ。…君たちの御両親が出発するのは明後日だけど、ぼくとぶるぅは明日から準備に入るから…次に会うのは君たちの合宿の最終日だね。帰りはかなり遅くなる。だから合宿は二泊三日だけど、オマケに一泊つけてあげるよ」
「「「オマケ?」」」
「そう、オマケ。君たちが真面目に合宿してれば御褒美パーティーって所かな。でもチェックしてダメだと言わざるを得なかった時は合宿延長ということで…。ぼくの指導で仏道修行をもう一日」
「「「えぇぇっ!?」」」
私たちは抗議しましたが、聞いては貰えませんでした。これは合宿を頑張り抜くしかなさそうです。掃除も洗濯もキッチリこなして、お勤めの方も決められた時間どおりに粛々と…。お通夜のような雰囲気を察したらしい「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「元気出して?」と一冊のノートを差し出しました。
「えっとね、お買い物に便利なお店とか、ゴミ出しの決まりとか、色々書いておいたから! お鍋とかを置いてある場所もこれでバッチリ大丈夫。ちょっとくらい汚してもいいから頑張ってね?」
「う、うん…」
「やってみるしかなさそうだよな…」
ジョミー君とサム君が頷き、キース君がノートを受け取ります。会長さんはマンションの入口の暗証番号を教えてくれて、鍵も渡してくれました。いよいよ明後日から強化合宿というわけです。シャングリラ号に乗り込むパパやママたちも初めてのサイオンや宇宙旅行にビックリでしょうが、私たちだってまさかの合宿ですよ…。
シャングリラ号がパパとママを迎えに来る朝、私はパパたちよりも早い時間に家を出ました。戸締りはパパたちに任せた方がいいだろう、と集合時間を早くしたのは会長さん。強化合宿のスケジュール表はそこまで決めてあったのです。会長さんのマンションの入口に着くと眠そうな顔のジョミー君たちが立っていて…。
「おはよう。今日から三日間だよね…」
「オマケも入れたら四日間だぜ」
悲観的になるサム君の背中をキース君がバンと叩いて。
「アシスタントが弱気でどうする! オマケは御褒美パーティーにするんだからな、お前も頑張れ!」
「あ、ああ…。そうだよな。うまくいったらパーティーだもんな」
ダメだと決まったわけじゃないし、と拳を握るサム君の横でキース君が暗証番号を打ち込みます。入口のドアが開いて、私たちは仲間しか住んでいないと聞かされているマンションに足を踏み入れました。エレベーターで最上階に向かい、会長さんの家の扉を開けて…。
「よし。ぶるぅは綺麗に掃除をしていってくれたようだな」
全部の部屋を点検してからキース君が満足そうに頷きました。
「汚さないよう気をつけていれば掃除は問題ないだろう。要注意なのはキッチンか…。噴きこぼれとか油汚れは意外に目立つ。…まあ、料理は俺たちに任せてくれれば…」
「俺たちって?」
ジョミー君だけでなく私たちも首を傾げたのですが、キース君はシロエ君とマツカ君を振り返って。
「俺たちと言ったら俺たちだ。炊事は合宿で慣れているから任せておけ。掃除洗濯も完璧にできる自信があるが、そっちの方は修行も兼ねてお前たちにやって貰おうか。…だが、とりあえずはお勤めだな。朝一番の勤行を疎かにしては申し訳が立たん」
行くぞ、と連れて行かれた先は特別生一年目の夏休みに蓮池の底から掘り出してきた黄金の阿弥陀様が安置されている和室でした。元々はサム君が泊まるゲストルームに置かれていたのですけど、サム君が熱心に朝のお勤めに通うようになってから専用の部屋が出来たのです。そこには会長さんの言葉どおりに人数分の木魚と座布団とお経本が…。
「お経本には目を通したか? ジョミーはそこそこ読める筈だな。俺とサムとで先導するから、とにかく大きな声で読め。少々調子っぱずれでもかまわん」
キース君とサム君が前列に座り、おもむろに読経を始めました。えっと…木魚って適当でいいのかな? ポクポクやればいいんですよね、ポクポクと…。舌を噛みそうなお経を延々と読んで、お念仏の繰り返しになった頃には足がすっかり痺れています。でも、このお念仏で終わりの筈で…。
「…南無阿弥陀仏」
キース君がチーンと鉦を鳴らして深く頭を下げました。やった、終わった! 私たちは痺れる足を擦りながら立ち上がり、危うく転びそうになりながらも廊下を歩いてダイニングへ。会長さんが書いたスケジュールでは次の予定は朝食です。朝ご飯は食べてきたんですけど、会長さんの家までの道中と今のお勤めでお腹は既にペコペコだったり…。
「おい、朝飯は何にする? 飯を炊くには時間が無いからパンにしておくが、卵料理くらいでいいのか?」
オムレツとかスクランブルエッグとか、とキース君が尋ねてきます。
「ソーセージは? あとね、サラダとスープがあると嬉しいんだけど!」
遠慮の欠片も無いのはジョミー君でした。
「スープだと? お前には料理の手間が分からんのかぁ!」
「あのぅ…。簡単なヤツで良ければ作りますけど?」
冷蔵庫にスープストックがありますから、とマツカ君。流石は家事万能の「そるじゃぁ・ぶるぅ」、ぬかりなく用意をしてくれたようで…。
「ふむ。なら、お前が作ればいいだろう。俺とシロエで卵料理とソーセージにサラダ…と。そんなところか」
材料は揃っていたからな、とキース君が踵を返した時。
「オレンジとへーゼルナッツ入りのフレンチトースト。それと、リコッタチーズのパンケーキにメープルシロップをたっぷり添えて」
「なんだとぉ!? き…」
あまりにも無茶な注文に罵声を上げたキース君でしたが、「貴様」と続く筈だった言葉はゴクリと飲み下されました。私たちも声を失い、ただ呆然とするばかり。シャングリラ号の出発時間はもうすぐだったと思うのですが、こんな所で抜き打ち検査があろうとは…。ソルジャーの正装でダイニングに入ってきた会長さんがいつもの席に腰を下ろして。
「キース、返事は?」
「う…。あ、あ……。で、出来るかどうかは分からないが…」
「ぶるぅのレシピノートがキッチンにあるよ。じゃあ、楽しみに待っているから」
頑張りたまえ、とニッコリ笑う会長さん。もしかしてキース君が調理に失敗したら、私たち、いきなり赤点ですか? 合宿の終わりにパーティーどころか、始まった途端に合宿延長決定ですか? それにしたって掟破りな登場です。シャングリラ号からわざわざチェックに来なくても…、と私たちは泣きそうでした。熱心なのは分かりますけど、ここまで来たら迷惑です~!