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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

達人を目指せ・第1話

今年のゴールデンウイークは飛び石でした。私たちは登校義務のない特別生ですから好きに休んでいいのですけど、どうもそんな気になれません。纏まったお休みは5月の3日から5日まで。その間は何処も混むのが目に見えるようです。そうなってくると…。
「えっと…。今度の連休、シャングリラ号はどうなるの?」
ジョミー君が会長さんに持ち掛けたのは放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でした。今日のおやつはホイップバターとメイプルシロップをたっぷり添えたパンケーキ。会長さんはフォークを止めて怪訝そうに。
「シャングリラ号がどうしたって?」
「…えっ…。あの、だから…。去年の連休はシャングリラ号に行ったでしょ? 今年はどうかなあって話してたんだ、みんなで」
その話が出たのは昼休みだったので会長さんは当然いません。連休の穴場と言えばシャングリラ号! 春休みにはシャングリラ・プロジェクトでパパやママたちも乗り込みましたし、家でもたまに話題になります。シャングリラ号を知らない人には宇宙クジラと呼ばれる未確認飛行物体ですが、久しぶりに乗りたいじゃないですか。
「ふうん…。今年もシャングリラ号で過ごしたいって?」
「連休が短かすぎるからダメ?」
「そうでもないけど」
会長さんはカレンダーをチェックしてから。
「君たちの狙いは5月3日から5日までの間と見たね。当たってるかな?」
コクコク頷く私たち。第一希望はその日でした。ダメなようなら学校を休んで他の日に、という所まで実は相談してあります。会長さんは全てお見通しらしく…。
「サボリはあんまり感心しないな、ぼくが言うのもアレだけどさ。…君たちの読みどおり、シャングリラ号はゴールデンウイークに合わせて地球に戻る。ハーレイたちが揃って乗り込める時期だからね」
会長さんの説明では、長老の先生方による船内チェックが恒例なのだそうです。あ、先生方というのはおかしいかな? 船長に機関長、航海長などシャングリラ号での役職名がありましたっけ。とにかくシャングリラ号が先生方を迎えに来るのは確かでした。去年はそれに便乗したわけです。
「乗りたいんなら別にダメとは言わないよ。だけど今年はフィシスも行くから」
「「「え?」」」
「フィシス、去年は旅行の先約があってシャングリラ号に行けなかったんだ。だから今年は乗り込むつもりで用意をしてる。もちろんぼくはフィシス最優先で動くし、それでも良ければ一緒に来れば?」
「「「………」」」
私たちは顔を見合わせました。フィシスさんが来るってことは、私たちは放っておかれる可能性大。それって、ちょっぴりつまらないかも…。
「かみお~ん♪ みんなも来てよ、一緒に遊ぼう!」
ブルーはフィシスとデートだもんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が割り込みます。
「公園で鬼ごっこするの、楽しいよ? サイオンだって使い放題!」
「…俺たちは思念波くらいしか使えないんだが…」
キース君が返しましたが、会長さんが。
「うん、いいね。ぶるぅの遊び相手に良さそうだ。オッケー、シャングリラ号に連絡しとく。ハーレイたちにも言っておくから、今度の連休は宇宙ってことで」
「わーい!!!」
歓声を上げたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。うーん、私たち、鬼ごっこをしに行くんですか? でも、まあ…。
「宇宙船の中で鬼ごっこというのも珍しいか…」
非日常だな、とキース君が言い、サム君が。
「いいじゃねえかよ、鬼ごっこでもさ。シャングリラ号に乗れるんだぜ? 最初の希望どおりじゃねえか」
「サムはブルーのいる所なら極楽だもんね」
「言ったな、ジョミー!」
この野郎、とサム君がジョミー君の頭を拳でグリグリしています。会長さんと公認カップルを名乗って三年目のサム君は今も変わらず純情でした。ともあれ、連休はシャングリラ号! 会長さんがいなくったって、みんなと一緒なら楽しい旅になりそうですよ~。

去年はマザー農場でヨモギを摘んでいってシャングリラ号で草餅作りをしたのですけど、今年はそういうのはありません。会長さんとフィシスさんが乗り込むことはとっくに決まっていたのだそうで、クルーへのお土産は二人で選んでしまったとか。私たちは単なるオマケで、さほど歓迎されそうにもなく…。
「あーあ、シャトルまで別にしなくても…」
あんまりだぜ、とサム君が未練たらたらで呟いたのは5月3日の朝のこと。旅行用の荷物を持って会長さんのマンション前に集合した私たちを待っていたのはマイクロバスです。七人もいるのですから当然ですが、問題なのは黒塗りのリムジンが隣に停まっていたことで…。
「仕方ないですよ、会長はソルジャーなんですから」
シロエ君の言うとおり、会長さんは確かにソルジャーです。けれど普段はソルジャーとして扱われるのを嫌っているんじゃなかったのでは? リムジンなんかよりマイクロバスでは…?
「フィシスさんを乗せたかっただけだと思うぞ」
そういう奴だ、とキース君。
「現に恭しく手を取って乗せてやってたじゃないか。ぶるぅも一緒に乗っては行ったが、車でもシャトルでもラブラブだろうさ」
「そうなんだろうね…」
ジョミー君がガックリと肩を落としました。
「ぼくたち、ぶるぅの遊び相手って待遇だっけ? 去年はソルジャーのお友達だったのに、これって降格?」
「降格どころか左遷かもしれん」
だからあんまり期待はするな、とキース君が溜息をついた所で青空にキラリと光るシャトルの機影。私たちは専用空港の待合室で会長さんたちを乗せて行ったシャトルが戻るまで待たされていたのでした。一緒に乗せてくれればいいのに、と言うだけ野暮というものでしょう。だってリムジンとマイクロバスの差は歴然としているのですから。
「シャングリラ号でも左遷かなあ?」
飛び立ったシャトルの窓から外を見ながらジョミー君はまだブツブツと言っています。
「去年は一人部屋だったけど、今年はいきなり大部屋とかさ」
「大部屋はないと思うわよ?」
スウェナちゃんが冷静に突っ込みました。
「初めてシャングリラ号に乗り込んだ時に聞いたじゃない。クルーの人たちのプライバシーの尊重のために基本は一人部屋だ、って。大勢で泊まれる部屋っていうのはそれなりに立派な部屋だった筈よ」
「そうですよね。キッチンとかもついてましたっけ」
マツカ君が相槌を打ち、サム君が。
「俺も思い出した! 徹夜の宴会とかに使えるようになってたっけな、あそこだったら問題ないって!」
「そっか。ああいう部屋でもいいかもね」
たちまち御機嫌になるジョミー君。窓の向こうにはシャングリラ号の優美な姿が見えてきています。シャングリラ学園の紋章と同じマークがついた巨大な船にシャトルが滑り込み、格納庫から通路に出ると…。
「ああ、その問題はページの下の方にだな…」
携帯電話で話していたのはクルーの制服姿のシド先生。その右手にはなんと教科書。シド先生、何をしてるんでしょう?
「そうそう、そこに書いてある。あとは分かるな? いつでも遠慮なく訊いてこいよ」
じゃあな、と電話を切ったシド先生は私たちの視線に気付いたようで。
「見てたのか? なんだ、おかしな顔をして…。そうか、これか」
教科書を閉じたシド先生は私たちのシャトルを操縦してくれていたのですけど、今の電話はいったい何処から? それにシャングリラ号で何故に教科書?
「今の電話は生徒からだよ。操縦中は流石に出られないしな。オートパイロットの時なら問題ないけど、格納庫の手前で鳴りだしたんだ」
「ここって圏外じゃないんですか?」
シロエ君が尋ね、私たちは反射的に自分の携帯を取り出しました。表示はしっかり圏外です。そりゃそうでしょう、成層圏に近いんですから…って、シド先生の携帯電話は特別製? シド先生は得意そうに「ほら」と携帯の画面を向けてくれ、そこには立派なアンテナマークが。
「市販の携帯電話にちょっとした細工がしてあるんだ。どこでも普通に受信できるし、宇宙に出ても問題ない。ワープ中は流石に圏外だけどな」
「「「………」」」
凄い仕様の携帯電話もあったものです。シド先生は携帯と教科書を鞄に入れると先に立って歩き出しました。
「シャングリラ号に乗ってる間も教師の仕事は休みじゃないんだ。ゼル先生たちも似たようなものさ。やっぱり生徒を教えるからには、きちんとフォローをしてやらないと。…おっと」
明るい着信メロディーが鳴り、今度はサッカー部員からでした。顧問のシド先生がお休みなので自主練習中らしいのですが、フォーメーションについて相談してきたようです。シド先生はテキパキと指示をし、電話を切って。
「悪いな、いつもはこんなにかかってこないんだが…。それじゃ部屋の方に案内しようか」
船内を走るリニアに乗って居住区へ移動。割り当てられたのは一人部屋でした。
「荷物を置いたら好きに遊んでくれればいい、とブルーが言っていたぞ。みんなでワイワイ騒げるように会議室も一つ空けてある」
場所はここ、と説明してくれたシド先生はブリッジに向かい、私たちが自分の部屋をチェックしている間に発進準備が整ったらしく…。
「シャングリラ、発進!」
全艦放送で教頭先生…いえ、キャプテンの号令が流れ、シャングリラ号は出航しました。目指すは二十光年の彼方、シャングリラ号の定位置です。

「ブルー、来ないね…」
ジョミー君が扉の方を見るのは何度目でしょうか。ワープアウトしたら会長さんが遊びに来るかと思ったのですが、昼食に行った食堂でも姿は見えず、シド先生に教えて貰った私たち専用の会議室に移動してからも音沙汰なし。
「やっぱり降格で左遷なんだよ。この部屋だって誰も来ないし…」
「あら、お茶とお菓子はあったじゃないの」
こんなに沢山、とスウェナちゃんがテーブルの上を指差します。ケーキに焼き菓子、おせんべいにポテトチップス。飲み物も紅茶やコーヒーの他にジュースが色々揃っていました。それを食べたり飲んだりしながらゲームをしたりするわけですけど、シャングリラ号に来たという実感があまりないような…。
「確かにな…」
今一つ宇宙らしくない、とキース君が壁を眺めます。
「星でも見えれば違うんだろうが、この部屋に窓はないからな。展望室にでも行ってみるか?」
「展望室よりブリッジがいいな」
面白そうだよ、とジョミー君。
「運が良ければサイオンキャノンを撃たせて貰えるかもしれないし! ブリッジにしようよ」
「そうですね。ぼくも計器が見たいです」
シロエ君が賛成し、ブリッジへ行く方向で話が纏まりかけた時。
「かみお~ん♪」
いきなり扉がシュッと開いて「そるじゃぁ・ぶるぅ」が現れました。
「ごめんね、遅くなっちゃって…。お客様をお待たせするなんて悪いなぁって思ったんだけど…」
「えっ? べ、別にぶるぅは悪くないし!」
さっきまで左遷だの降格だのと愚痴っていたジョミー君は大慌て。三百歳を超えているとはいえ小さな子供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」を責めても仕方ありません。悪いのは多分、会長さんです。どうせ今頃は青の間か天体の間でフィシスさんとイチャイチャと…。
「ううん、ぼくが荷物にきちんと書けばよかったんだよ」
「「「荷物?」」」
「うん、荷物。いろんな物を積み込んだから行方不明になっちゃって…。でも見つかって良かったぁ!」
はい、と宙から湧いて出たのは箱でした。マザー農場で野菜の出荷に使う段ボール箱。そういう箱を使ったせいで貯蔵庫の方へ運ばれてしまい、それと知らない「そるじゃぁ・ぶるぅ」は食糧とは関係のない倉庫を探していたのだそうです。
「ゼルが見つけてくれたんだよ。ゼルもお菓子の材料が行方不明になったんだって。それで貯蔵庫に行ったら、箱と中身が合いそうにない箱があるって教えてくれて」
「「「???」」」
箱にはサニーレタスと書いてあります。えっと、どうすれば中身が合わないって分かるんでしょう? 首を捻った私たちに「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコッと笑って。
「だって、レタスはそんなに重くないでしょ? この箱、中身がこれだもん!」
ほらね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が箱に突っ込んだ右手に握られていたのはフライパンでした。
「…フライパン…?」
そう言ったのは誰だったのか。わざわざ積み込まれた荷物の中身がフライパンだなんて意外すぎます。しかもフライパンは一個ではなく。
「はい、一人に一つずつあるからね」
「「「………」」」
サニーレタスの箱にはフライパンが七個。どれも使いこまれて黒光りした同じ大きさのフライパンです。パンケーキを焼くのにぴったりサイズの「そるじゃぁ・ぶるぅ」の愛用品。料理上手の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は幾つものフライパンを同時に並べてパンケーキを焼くのが得意なのです。
「…おい」
一番最初に我に返ったのはキース君。
「一人に一つずつとか言ったな? このフライパンをどうしろと?」
「ブルーが貸してあげなさいって言ったんだよ」
「だからだな、どうしてそういうことになるんだ? フライパンを使って何かするのか?」
「フライパンは今、貴重だしね」
キース君と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の会話は全く噛み合っていませんでした。そうでなくてもフライパンが貴重だなんて話、耳にしたこともありませんが…?
「本当に貴重なんだよ、フライパン。それよりフライパンは無事に見つかったんだし、公園で鬼ごっこしに行こうよ! ブリッジに行こうとしてたんでしょ? 公園はブリッジがよく見えるし!」
「あ、ああ…。そうだったな」
キース君はフライパンの謎を追求するのを放棄しました。鬼ごっこは最初からの約束ですし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が満足するまで付き合ってやれば謎が解けるかもしれません。私たちは会議室のテーブルに七個のフライパンを積み上げておいて公園へ。あそこ、けっこう広いんですよね。

シャングリラ号の公園はブリッジの真下にありました。正確には公園の端の方にブリッジが浮かんでいると言うべきか…。鬼ごっこは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が瞬間移動を使いまくって逃げ回ったり鬼になったりと神出鬼没、実にハードな遊びです。
「も、もうダメだあ…」
走れないよ、とジョミー君が音を上げ、キース君たち柔道部三人組も肩で息をしています。サム君は芝生に倒れていますし、スウェナちゃんと私はとっくの昔にギブアップでした。
「なんだい、なんだい、だらしないねえ!」
ブリッジから容赦なく飛んできた声はブラウ先生。シャングリラ号では航海長です。
「それでも高校一年生かい? ハーレイならもっと頑張るよ」
「そうじゃ、そうじゃ! 頑張らんかい、気合で走れ!」
ゼル先生も野次を飛ばしてきますが、私たちは本当にもう限界でした。けれど「そるじゃぁ・ぶるぅ」はまだまだ遊び足りない様子。そこへ教頭先生が苦笑しながらブリッジを出てやって来て…。
「交替しよう。まだ夕食までは時間があるから、食堂で喫茶をやってる筈だ。ゆっくり休憩してきなさい」
「「「あ、ありがとうございます…」」」
膝が笑ってる、と情けないことを言いつつ公園を出る私たちの背中に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「うわ~ん、ハーレイに捕まっちゃったあ! 投げられちゃう~!」
「「「えっ!?」」」
振り返った私たちが見たものは、教頭先生に両足首を引っ掴まれて振り回されている「そるじゃぁ・ぶるぅ」の姿でした。ブンブンと振り回されて遠心力がついた所でパッと手が離れ、小さな身体がヒューンと勢いよく飛んでいきます。キャーッと悲鳴が上がりましたが、それはどう聞いても歓声で…。
「ああいう鬼ごっこをするとか聞いた気がするな…」
キース君が額を押さえました。
「俺たちも投げる方向でやるべきだったか? そしたら消耗しなかったかも…」
「もう手遅れだよ!」
そんな体力残ってないし、とジョミー君。私たちは教頭先生と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の過激な鬼ごっことやらを暫し眺めてから食堂を目指し、ティータイムのメニューにありつこうとしたのですが。
「あれ? 混んでる…」
「本当だ…」
食堂の前の通路にズラリと列ができていました。みんなクルーの制服ですから、一番暇な時間帯でしょうか? それとも人気メニューが出ているのかな? と、食堂のスタッフが通路に出てきて。
「次の方、五人どうぞ!」
その声で先頭の五人が食堂へ入り、その分だけ列が進みます。私たちも並ぶべきか、元の会議室に置いてきたお菓子で済ませるべきか…、と目と目で相談していると。
「ソルジャーのお客様ですよね?」
さっきのスタッフが声をかけてきました。
「奥へどうぞ! 今日は木イチゴのタルトがお勧めですよ」
「「「え?」」」
行列は? と尋ねる前に私たちは中へ案内されて公園が見える奥の席へ。これってVIP待遇ですか? 会長さんは姿を見せませんけど、左遷でも降格でもなかったんですか?
「こちら、メニューとなっております」
メニューには美味しそうなケーキが並んでいました。どれにしようかと悩んでいる間も行列は全く動きません。いいんでしょうか、会長さんの知り合いってだけで先に注文しちゃっても…? 迷いながら目を向けた公園では教頭先生と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がまだ鬼ごっこをしています。
「ご注文はお決まりですか?」
笑顔でやって来た女性スタッフに、キース君が。
「すみません、あっちで行列している人を抜かしてしまっていいんでしょうか? 並ぶつもりで来たんですが…」
「いえ、その必要はないですよ? ソルジャーから伺っておりますし」
やったあ、VIP待遇ですよ! ソルジャーの肩書きって凄いんだ、と改めて感動の私たち。ところが…。
「フライパンはお持ちなんですよね?」
「「「は?」」」
フライパンって…なに? メニューによっては自分で作れと?
「あちらはフライパン待ちの列なんですよ」
「「「フライパン待ち!?」」」
頭の中が『?』マークで一杯になった私たちに、スタッフは厨房の入口を指差しました。
「あそこに張り紙があるんですけど…。一度に五名様までです」
「「「………」」」
春休みのサイオン強化合宿のお蔭か、遙か遠くの張り紙の文字がハッキリ見えます。そこにデカデカと書かれていたのは次のような文句でした。
『フライパン、あります。お一人様、一回20分まで』。
なんですか、あれは? フライパンがあったら何がどうだと言うんですか~!

「オムレツ作りのコンテストがあるって噂ですよ」
注文したケーキやタルトをテーブルに並べながらスタッフが教えてくれました。
「いえ、本当にオムレツかどうかは分かりませんけど、とにかくフライパンを使う何かのコンテストです。シャングリラ号では自炊する人は殆ど皆無ですからねえ…。フライパンなんて部屋に持ってませんし、食堂のを借りて練習しようと長蛇の列で」
「それで1回20分なんだ…」
目を丸くするジョミー君のカップにスタッフが苦笑しながら紅茶を注いで。
「時間制限がないと不公平になるでしょう? 作った物は必ず食べて頂くことになっております。黒焦げのオムレツでも、焦げた炒飯でも、宇宙船の中では貴重な食品ですからね」
「「「………」」」
私たちは言葉を失いました。失敗作でも食べろというのは厳しいかもです。言われてみれば食堂のあちこちで悲壮な顔をして食事中の人がいるような…。
「皆さんはご自分のフライパンをお持ちだと伺いましたよ。いいですよねえ、お好きな時に練習できて。…ここにはフライパンは沢山あるんですけど、仕事中は練習禁止なんです。私も勤務が終わったら並ぶんですよ」
ごゆっくりどうぞ、とお茶を注ぎ終えたスタッフは厨房に去っていきました。そして間もなく「次の方どうぞ!」の声が聞こえて行列が進み、入れ換わりにトレイを持ったクルーが五人、厨房の奥から出て来ます。トレイの上には湯気の立つ炒飯やオムレツなどなど…。
「フライパンが貴重品だとはこういう意味か…」
キース君が大きな溜息。
「しかもわざわざ俺たちの分を持ち込んだってことは、俺たちも参加するんだよな?」
「そうみたいだね…」
ジョミー君が公園で遊ぶ「そるじゃぁ・ぶるぅ」に目をやって。
「ぼくたちのフライパンを用意されても、料理ができなきゃ意味ないし! オムレツなんて自信ないよ」
「俺も同じだ。オムレツは意外に奥が深い。…どうする、ぶるぅに教えを請うか?」
「うーん…。交換条件に鬼ごっこなんか持ち出されたら大変だしね…」
それだけは御免こうむりたい、とジョミー君が言い、私たちも賛成でした。あんなハードな鬼ごっこよりは自主トレの方がまだマシです。幸か不幸かフライパンだけはあるのですから。
「仕方ない、自力で頑張るか。…よし、食い終わったら部屋に帰るぞ」
努力あるのみ、と決意を固めるキース君にジョミー君が。
「部屋じゃなくって会議室! それとも部屋で練習するの?」
「うっ…。確かにあそこは会議室だが…。まあ、とにかく帰って練習だ。でないと何が起こるか分からん。なんと言っても言い出しっぺがアイツだからな」
「「「………」」」
アイツというのが誰を指すのか、言われなくても分かりました。シャングリラ号ではソルジャーと呼ばれる会長さんは仲間の頂点に立つ人です。その会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」にフライパンを持ち込ませてまで何かをしようと言うのですから、逃亡はまず不可能でしょう。
「会議室にキッチンがついていたのもこのためなのか…」
キース君の嘆きに私たちも泣きそうでした。コーヒーや紅茶を淹れるためのお湯を沸かせるようになっているのだと喜んでいれば、その実態はフライパン料理の練習用。この調子では会議室に戻れば山のような量の卵が届いているかもです。まさか卵を片手で割れとは言わないでしょうが…。
「分かりませんよ? ぶるぅは片手で割っていますし、コンテストとなればどの段階から審査されるか…」
マツカ君の言葉にウッと息を飲む私たち。卵を片手で割れる腕前は誰も持ち合わせていませんでした。コンテストで低い評価がついたら凄い罰ゲームが待っているとか、いかにもありそうな話です。こうなった以上、そこそこの点数を貰えるようにフライパンを持って頑張らなくては…。
「食い終わったか? 行くぞ」
キース君が立ち上がり、私たちも続きました。公園では教頭先生と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が今も元気に鬼ごっこ中。教頭先生のあのスタミナを見習いながらフライパンを振り回さねば! 覚悟を決めて食堂を後にし、会議室に戻った私たちは積み上げてあったフライパンを一人一個ずつ握り締めて。
「持った感じはまずまず…か」
少し軽いが、とキース君。
「このサイズからして炒飯の線はないと見た。噂通りにオムレツだろう。さて、と…」
次は卵だ、と冷蔵庫を開けたキース君が固まりました。
「おい…。嘘だろう…?」
「えっ、どうしたの?」
覗き込んだジョミー君にキース君が冷蔵庫の中を探りながら。
「卵が無い…。どこにも卵が入ってないんだ!」
「「「えぇっ!?」」」
山ほどの卵も困りものだとは思いましたが、まさか卵が無いなんて! それでどうやってオムレツ作りを練習しろと? フライパンだけ渡されたってどうにもこうにもなりませんよ~!




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