シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
シャングリラ学園に球技大会の季節がやって来ました。ついこの間は中間試験で、会長さんを迎えた1年A組は余裕の学年一位です。入学式の日に会長さんが約束していたとはいえ、実際に効果を目の当たりにするとクラスメイトの驚きと喜びは相当なもの。それだけに…。
「会長、球技大会も学年一位になれるんですか?」
そう尋ねたのは会長さんの噂を入学前から知っていたという男子の一人。この春に卒業して行った私たちの嘗ての同級生の後輩です。会長さんはニッコリ笑って…。
「もちろんさ。グレイブが嫌そうな顔をしてただろう? 君は球技大会の話は知らないのかい?」
「あ、はい。テストは確実に満点が取れる、ってことくらいで…。先輩に1年A組に入れました、って報告したら大いに楽しめと言われましたけど」
「なるほどねえ…。1年A組にいると色々とオマケがあるんだよ。球技大会も期待していてくれたまえ」
じゃあね、と椅子から立つと、会長さんはスタスタと出て行ってしまいました。残されたのは教室の一番後ろに増えていた机。今日は朝のホームルームで球技大会開催と事前の健康診断の日程のお知らせがあったのです。会長さんがやって来たのはそのためだけで…。
「あーあ、ブルー、行っちまった…」
残念そうに見送るサム君の肩をジョミー君がポンと軽く叩いて。
「仕方ないよ、今日は古典の授業も無いしね。また放課後に会えるってば。…って言うか、サム、ブルーと一緒に来なかったっけ?」
「おう! 朝のお勤めに行ってきたしな。そうだ、ブルーが嘆いてたぞ。ジョミーは全然来ないって」
「何度も言ったよ、お坊さんなんかお断り! 説得したって無駄だからね!」
絶対嫌だ、とジョミー君は膨れっ面です。
「お坊さんはキースとサムで十分じゃないか。なんでぼくまで誘われるのさ!」
「それは素質があるからだろう? 羨ましいぜ、ブルーのお墨付きなんて」
「サムもそうだろ! ぼくは霊感ゼロだもんね」
「修行を積めば力がつくってブルーがいつも言ってるぞ。俺と一緒に頑張ろうぜ」
サム君は会長さんにベタ惚れなので、会長さんの望みは何でも叶えてあげたいのです。ジョミー君を勧誘するのもその一つ。けれどジョミー君にとっては迷惑以外の何物でもなく…。
「嫌だってば! ぼくは普通の高校生! お坊さんとは関係なし!」
プイとそっぽを向いた所でエラ先生が入って来ました。一時間目の始まりです。エラ先生は出席を取り、会長さんの机が空いているのを見て苦笑しながら。
「今日もブルーはいないのですね。保健室かしら、それとも早退?」
「えーっと…」
分かりません、とクラス委員が答え、エラ先生も追求しませんでした。会長さんは常に特別扱い。それをいいことに好き放題ですが、先生方もとうに諦めているのでしょうね。
健康診断はその三日後。朝から会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が1年A組の教室に現れ、グレイブ先生が苦虫を噛み潰したような顔でクラスメイトに指示をして…。
「ぶるぅは女子で健康診断を受ける。そうだったな?」
「かみお~ん♪ 大当たり~!」
飛び跳ねている「そるじゃぁ・ぶるぅ」に、グレイブ先生はフウと大きな溜息をつくと。
「では、健康診断は女子からだ。ぶるぅを連れて保健室に行きたまえ。通常の授業は健康診断の後になる。授業時間に響かないよう、迅速に行動するように」
「「「はーい!!!」」」
元気一杯のクラスメイトたち。球技大会の名物、『お礼参り』の噂は既にクラスに流れていました。学園一位になれば、指名した先生を一人、学校公認でボコボコにすることが出来るのです。指名権を会長さんが持って行くことも知られてましたが、担任の先生は必ず巻き添えになる決まり。グレイブ先生にお礼参りが出来るとあって、クラス中が期待しているのでした。
「グレイブ先生、今年もやっぱり不人気ねえ…」
スウェナちゃんが保健室の前に行列しながら呟きました。
「なんで人気が出ないのかしら? もっと生徒に好かれるように努力すればいいと思うんだけど」
「好かれてるでしょ? 放課後に色々と相談されたりしてるじゃない」
「そうねえ…。だけど宿題とかをドカンと出すからお礼参りをされちゃうのよ。抜き打ちテストも嫌われてるし」
「抜き打ちテストかぁ…。あれは会長さんが来ないものね」
グレイブ先生が授業中にやる抜き打ちテストは非常に厳しいものでした。応用問題がバンバン出ますし、平均点に届かなければ即、補習。先々で躓かないようにとの心配りは分かるのですけど、補習が好きな人などいません。恨みは積もってお礼参りに…。
「ねえねえ、お礼参りってどんな感じ?」
楽しいんでしょ、とクラスメイトが尋ねてきます。スウェナちゃんと私は「噂通りとしか言いようがない」と答え、アルトちゃんとrちゃんは複雑な顔。二人とも教頭先生のファンでもあるので、教頭先生がボコボコにされるお礼参りはちょっと悲しいらしいのでした。そうこうする内に私たちの順番が来て。
「あっらぁ~、ぶるぅちゃん!」
まりぃ先生が大はしゃぎでヒルマン先生に代理を頼み、「そるじゃぁ・ぶるぅ」を保健室の奥に引っ張り込みます。そこはバスルームを備えた特別室。まりぃ先生が会長さんのために用意した部屋で、大きなベッドがメインだったり…。無邪気な子供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は健康診断の度にお風呂に入れられているのでした。
「ぶるぅちゃん、今日もセクハラしてあげるわね。先生、ドキドキしてきちゃったわぁ♪」
行きましょう、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」をバスルームに連れて行くまりぃ先生をスウェナちゃんと私は見ている事しか出来ません。そしてたっぷりと念入りに洗われた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は御機嫌になり、まりぃ先生は更に上機嫌で私たちに。
「生徒会長に保健室に来るよう伝えてね。あの子は虚弱体質だから、私が診ないといけないのよ~」
「「分かってます…」」
本当のお楽しみはその後ですよね、と突っ込みたいのをグッと堪えて教室に戻ると男子の健康診断は終わりに近く、戻ってきているクラスメイトが大半です。みんな体操服ですけれど、会長さんだけは水色の検査服を着ていました。まりぃ先生の指定の服で、趣味が反映されてます。
「おかえり、ぶるぅ。楽しかったかい?」
「うん! せくはら、とっても気持ち良かったぁ~。次はブルーの番だって♪」
「ぼくのはセクハラじゃないんだけどね? じゃあ行ってくるよ」
まりぃ先生と楽しまなくちゃ、と意味深な言葉を残して会長さんは出かけていきました。それっきり二度と帰っては来ず、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も自分のお部屋に帰ってしまい、クラスメイトは会長さんが何をしに出掛けたのかと詮索したり、深読みして頬を赤らめたり。
「まりぃ先生と楽しむんだよな?」
「ぶるぅがセクハラで、生徒会長はセクハラじゃなくて…。それってやっぱり…」
「色っぽいもんなぁ、まりぃ先生…」
「生徒会長ってオトナだよな…」
男子生徒たちは会長さんがまりぃ先生と大人な時間を過ごしていると信じて疑いもしませんでした。女子生徒だって同じです。本当の所はサイオニック・ドリームでまりぃ先生に大人の時間な夢を見させて、会長さんは昼寝している筈なのですが……そうなっているのだと聞かされてますが、真相は今も藪の中。
『まりぃ先生、サイオンに目覚めてるんだよね?』
ジョミー君の思念波が飛んできました。
『そう聞いてるな』
キース君が思念を返し、ハッと息を飲んで。
『待てよ、だったらブルーの導きは要らない筈だ。あいつ、まりぃ先生の因子を目覚めさせるために接触してると言っていたな?』
『うん。だからさ、ちょっと変だなぁ…って』
実は遊んでいるだけなんじゃあ? とジョミー君が紡いだ思念に私たちが同調しかけた時。
『違うよ、ブロックするって言ったろ?』
会長さんの思念が割り込みました。
『まりぃ先生のサイオンは最低限しか目覚めないよう抑え込むんだって言ってたじゃないか。まりぃ先生に接触できる健康診断の日は有効活用しなくっちゃね』
ぼくは真面目にお仕事中、と告げて思念波を切る会長さん。えっと…信じてもいいんでしょうか? 疑わしい気もしますけれども、精神衛生上、信じておくのが良さそうです。サム君なんかはホッとした顔をしてるんですから、そういう事にしておきますか…。
そして迎えた球技大会。グレイブ先生は前日まで朝のホームルームで「学園一位にならなくてもいい。学生の本分は勉強だから、学年一位で丁度いいのだ」と繰り返し言っていたのですけど、誰も聞いてはいませんでした。『お礼参り』は学園一位のクラスに与えられる副賞ですから、何が何でも学園一位! クラスメイトはやる気満々、朝から闘志に燃えています。
「絶対に勝つぞ!」
「勝たなきゃ面白くないもんな!」
ファイト! と叫ぶクラスメイトたちに会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「任せといて」とニッコリ笑い、開会式に続いて始まったのは男女別のドッジボールで総当たり戦。シャングリラ学園の球技大会ではどちらかのクラスの内野がゼロになるまで試合するというルールです。長引く試合が当たり前の中、1年A組は快進撃。会長さんも「そるじゃぁ・ぶるぅ」も素早くアウトを取っていって…。
「学園一位、1年A組!」
決勝戦で3年生のクラスを下した私たちの男女混合チームにブラウ先生が宣言しました。
「表彰式の後でお楽しみの時間があるからね。シャングリラ学園名物、お礼参りだ! 1年A組と教師チームの対戦だけど、教師の方は内野が二人。クラス担任の他に一人だけ好きな教師を指名できるよ。…誰にする?」
ブラウ先生の問いにクラスメイトの視線が会長さんに集まり、会長さんがサッと右手を挙げて。
「1年A組は教頭先生を指名させて頂きます!」
おおっ、と湧き立つ上級生たち。教頭先生がボコボコになるのに加担していたり、見守ったりした嘗ての同級生たちです。教頭先生、あれでなかなか手強いですから、観戦する側も血が騒ぐらしく…。
「「「頑張れー!!!」」」
表彰式を終え、お礼参り用のコートに入った私たちに向かって声援が飛び、応援に使っていた旗を振り回している人も大勢います。コートの外ではジャージ姿の教頭先生とグレイブ先生、シド先生が軽くストレッチをしていました。先生チームの外野は今年もお馴染み、シド先生です。
「準備はいいかい?」
ブラウ先生がマイクを握って。
「一応、ルールを説明しておく。教師チームからの攻撃は普通だからね、アウトになった生徒はきちんと外野に出るように。1年A組からの攻撃はアウトにならない頭を狙うのが基本だよ。まあ、身体に当たってもアウトは取らない決まりではあるし、内野の二人は時間いっぱいボールを食らうというわけだ」
ゴクリと唾を飲むクラスメイト。いくら噂に聞いてはいても、実際にコートに入ってルールを聞くとワクワクしてくるみたいです。
「それじゃ、始めるよ。制限時間は7分だ。最初の攻撃はジャンプボールで決めるから」
グレイブ先生と会長さんが向き合い、審判役のゼル先生がボールを高く投げ上げました。会長さんは素早くジャンプし、ボールをジョミー君の方へと叩き込み…。試合開始!
「かみお~ん♪」
コートの中を縦横無尽に駆け回るのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。先生チームに渡ったボールが飛んでくる度、小さな身体で受け止めます。私たちが普通の1年生だった時に初めてやった『お礼参り』でアルトちゃんだけがアウトになるという不幸な事故があり、それ以来、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は女子専門のボディーガード。ですから女子はアウトにならないのですが…。
「「「あぁっ!?」」」
全校生徒の悲鳴が上がり、男子の一人が教頭先生にアウトを取られました。トボトボと外野に出て行く彼を見送った会長さんの赤い瞳が怒りに燃えて。
「またハーレイの犠牲者が出たか…。だから言ったろ、ハーレイにボールを渡すなって! 狙うなら頭だよ、徹底的にね。もちろんグレイブも頭でなくちゃ!」
残り3分、とブラウ先生が告げ、男子生徒の敵討ちとばかりに攻撃が激しくなってゆきます。先生チームは押されまくってボコボコですけど、それでもなんとかボールを掴んで投げ返すのは流石でした。
「いっそ足元でも狙ってみるか…」
物騒な台詞を口にしたのは会長さん。
「どうせアウトは取らないんだし、ハーレイにはここで倒れてもらう。後は一方的にボールをぶつけてやればいいよね」
よし、と飛び出して行った会長さんがボールを捉えて凄いスピードで投げました。他の生徒には見えてませんけど、サイオンも上乗せしてあります。ボールは教頭先生の右足首にボスッと激突、バランスを崩した教頭先生の大きな身体がよろめいて…。
「「「!??」」」
そのまま倒れそうだった教頭先生が妙な動きを見せました。前のめりになった身体が一瞬固まり、ドスンと地面に倒れ込んで…。
「タイム!」
そう叫んだのはグレイブ先生。教頭先生を襲ったボールをしっかりと抱え、教頭先生の横に屈んでいます。
「「「……???」」」
何が起こったのか分かっていない私たちを他所にシド先生が教頭先生に駆け寄り、すぐに先生方の待機場所へと走って行って担ぎ出されたのは担架でした。ブラウ先生がマイクを握って言いにくそうに…。
「1年A組、試合中止か選手交代かを決めておくれ。ハーレイは棄権だ」
「「「えぇぇっ!?」」」
教頭先生が担架で運ばれてゆきます。会長さんの投げたボールで骨が砕けたとか、アキレス腱でも切れたとか…? まさか、まさか…ね…。この状態でお礼参りを続けるなんて無理ですよ~! ブラウ先生は代わりの先生を指名してもいいと言いましたけど、クラスメイトは試合中止を選びました。グレイブ先生、今年のお礼参りは2分ほど少なめで済んだみたいですね。
「教頭先生の具合はどうなんだ?」
キース君が会長さんに問い掛けたのは放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でした。終礼に現れたグレイブ先生は腫れ上がった顔を冷やしながらも学園一位の健闘を称え、一気に人気が上がったようです。けれど教頭先生の状態については「病院に行かれたから大丈夫だ」としか言ってはくれず、キース君は心配でたまらないようで…。
「ああ、ハーレイねえ…。心配ないと思うけど?」
「担架で運ばれて行かれたんだぞ! 大丈夫なわけないだろうが!」
「平気だってば、初めてじゃないし」
「「「は?」」」
会長さんの言葉に全員が首を傾げました。初めてじゃないって、いったい何が? 倒れるのが? それとも担架で運ばれるのが…? 私たちの顔に書かれた『?』マークに会長さんが。
「両方だよ」
「「「両方?」」」
「だから、担架も倒れるのも…さ。あ、前の時は倒れてないか。固まっただけか…」
「「「???」」」
ますますもって分かりません。頻りに首を捻っていると、会長さんは「忘れちゃった?」とクスッと笑って。
「そうだね、二年ほど前になるのかな? 君たちが特別生になって一年目の年の水泳大会。凍ったプールに落っこちかけたぼくを受け止めたハーレイが運ばれて行ったと思うんだけど」
「あ…」
ジョミー君が声を上げ、私たちも思い出しました。あれは…あの時は確かギックリ腰。またギックリ腰になったんですか、教頭先生?
「そのようだよ。一度やったら癖になるとは聞いていたけど、本当らしいね」
クスクスクス…と会長さんは楽しそうです。
「笑い事じゃないだろう!」
キース君の握り締めた拳が震えています。
「あんたが投げたボールのせいだぞ、少しは心が痛まないのか!?」
「痛まないねえ」
伸びをしている会長さん。
「ね、ぶるぅだって知ってるよねえ? ぼくのせいなんかじゃないってことを」
「うん! ハーレイ、自分でやっちゃったんだよ」
「馬鹿なことを言うな!」
「ホントだもん! ぼくにもちゃんと聞こえてたもん!」
プウッと膨れる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ハーレイ、凄く焦ってたんだよ。だから心の遮蔽が外れてしまって大きな声がしたんだけれど…。ひょっとして、みんな聞こえてないの?」
「…聞こえるわけがないだろう…」
悪かった、と謝りながらキース君が答えました。
「すまない、お前は嘘をついたりしないよな。だが、本当に聞いてないんだ。俺たちのサイオンはまだまだレベルが低いようだし、大きな声でも無理なんだろう」
「そうでもないよ?」
口を挟んだのは会長さんです。
「ハーレイは防御が得意なタイプ・グリーンだ。ちょっと遮蔽が外れたくらいで心の中身が垂れ流しになることはない。現にあの時、聞いていたのは二人だけしかいないからね。ぶるぅとぼくの二人だけ。タイプ・ブルーにしか聞こえなかった」
「え、そうなの? みんな聞いたと思ってた…」
違うんだ、とポカンとしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」に会長さんが微笑みかけて。
「そうなっていたら大変だよ。ハーレイは赤っ恥だし、ぼくだって…。あれをハーレイに贈ってるのは内緒じゃないか。それがバレたらどうなると思う?」
「えっと…。えっと、ブルーが困るの?」
「もちろんさ。場合によっては記憶を操作しなくっちゃ。まりぃ先生を除いてね」
「「「まりぃ先生?」」」
記憶操作だなどと物騒なことを口にする会長さん。けれど、まりぃ先生が除外になるのはどうしてでしょう?
「知ってるからだよ、あれをプレゼントしていることを。前にハーレイとお見合いしただろ?」
「「「???」」」」
まりぃ先生と教頭先生のお見合い騒動は覚えています。でも、プレゼントと言われても…何も記憶に無いんですけど…?
「あーあ、嫌な記憶は手放すのかい? まりぃ先生、見ちゃったじゃないか、紅白縞のトランクスをさ。ぼくのプレゼントだと聞いて感激しちゃって、あれ以来、妄想が激しくなった」
「「「………」」」
言われてみればそんな事件もあったような…。その紅白縞が何ですって? ギックリ腰とどういう関係が?
「分からないかな? ふふ、ハーレイはトランクスを庇ったんだよ」
腰より大事な紅白縞、と会長さんは片目を瞑ってみせました。
「転びかけた時にビリッと音がしたらしい。そのまま転べば絶対破れる。それは避けたいと思った結果が変な姿勢に繋がった。でもって見事にギックリ腰に…」
馬鹿だよね、と会長さんはクスクス笑いを零しています。
「ぼくと対戦できる日だから、ぼくが贈ったヤツを選んで履いてきたんだ。自分で買った普段使いのヤツにしとけば破れても平気だったのにねえ? もう間抜けとしか言いようがない」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に聞こえたという教頭先生の心の声はこうだったそうです。
「ダメだ、ブルーに貰った紅白縞が! 破くわけには絶対にいかん!」。
確かにこれを不特定多数に聞かれていたら大恥でしょう。紅白縞は破れずに済んだとのことですけれど、ギックリ腰になっちゃったのでは生活するにも困るのでは…?
「困るだろうね」
動けないから、と会長さんはソファからゆっくり立ち上がりました。
「紅白縞を庇った根性に免じて助けることにしようかな? 行くよ、ゼルたちの許可を貰いに」
「「「え?」」」
「だからハーレイの世話をするのさ。ハーレイの家に一人で行くのは禁止されてる。みんなも一緒なら許可が下りるし、ギックリ腰が完治するまでハーレイの家に泊まり込みだ」
「「「えぇぇっ!?」」」
とんでもない提案に私たちは仰天したのですけど、会長さんは容赦なく。
「君たちだってお礼参りをしてただろ? やってないとは言えないよねえ、同じ1年A組なんだし。…責任を感じて教頭先生を看病します、と申請すれば先生方の心象もいい。もちろん昼間は学校に行ってくれればいいし、最低限の家事を手伝ってくれればそれで」
万事オッケー、と決めつけてくる会長さん。この状況では逃げられません。私たちは仕方なく会長さんに連れられてゼル先生たちと話し合いをし、教頭先生のお世話係に任命されてしまいました。
「これで良し…、と」
勝手知ったる他人の家。何度か来たことのある教頭先生の家に上がり込んだ私たちが一番にしたのは寝室を整えることでした。家事万能の「そるじゃぁ・ぶるぅ」がテキパキとベッドメイクし、会長さんが自分の写真がプリントされた抱き枕を上に転がします。
「忌々しいけど、ギックリ腰には枕が効くこともあるらしい」
「そうなのか?」
初耳だぞ、とキース君が言うと会長さんは。
「膝の間に枕を挟んで横になるのが人によっては楽なんだってさ。ただ、ここまで大きいとダメかもね。ダメならダメで普通の枕を用意するしかないわけだけど、それは本人に訊くのが一番!」
教頭先生はまだ病院でした。ドクター・ノルディが院長をしている総合病院で手当てを受けているのだとか。受け入れ準備が整い次第、シド先生が車で送ってくれるそうです。教頭先生の愛車が学校に置きっ放しになっていたのもシド先生が運んでくれました。私たちは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の瞬間移動で来たんですけど。
「ベッドの方は用意できたし、そろそろシドに頼もうか。あまり遅くなっても悪いしね」
携帯を取り出した会長さんはシド先生に電話をかけて。
「用意できたよ、ハーレイを運んでくれるかな? 球技大会の後始末もあるのに色々やらせてすまないね。うん、うん…、ぼくなら大丈夫。ぶるぅもいるし、人手も十分足りているから」
足りてません! と叫びたいのを私たちはグッと堪えました。先生方は教頭先生のお世話を申し出た私たちに感動していましたし、会長さんに下心があろうが無かろうが、ここはお世話を務め上げるしかないでしょう。それから間もなくシド先生が教頭先生を連れ帰ってくれ、玄関を入った所で会長さんが瞬間移動で教頭先生を寝室へ。
「ご苦労様、シド。後はぼくたちに任せておいて」
「すみません、よろしくお願いします。出来るだけ様子を見に来ますので…」
「そんな心配要らないってば。これだけの人数がいれば買い出しだって楽勝だしね」
バイバイ、と手を振る会長さん。シド先生の車を見送った私たちは階段を上り、教頭先生が寝込むことになる寝室の方へ向かいました。会長さんはベッドに横たえただけだというので、まずは腰痛に楽な姿勢とやらを色々模索しなくては…。
「抱き枕がジャストフィットだったら腹が立つけど、どうなんだろう? そうだ、アルトさんに秘伝の薬を分けて貰わなくっちゃ」
前の時はアレが良く効いた、と会長さんが携帯を取り出しながら寝室の扉をカチャリと開けて。
「どう、ハーレイ? 少しは…」
そこで会長さんは言葉を飲み込み、ピシッと固まってしまいました。ベッドサイドの椅子に人影が…。
「こんにちは。…夕方だから、こんばんは…かな?」
紫のマントにソルジャーの衣装。会長さんのそっくりさんが笑みを浮かべて振り返ります。
「ハーレイの具合が悪いんだって? 及ばずながら、ぼくもお手伝いしようかと…」
げげっ。なんでソルジャーが来るんですか? 教頭先生だけでも手一杯なのに、この状態をどうしろと? ギックリ腰は三日間ほど絶対安静らしいんですけど、これでホントに治るんですか~?