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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

非日常に学べ・第1話

教頭先生がギックリ腰から復帰したのは球技大会の十日後でした。ゼル先生に蹴飛ばされて悪化した件については、ソルジャーがゼル先生の記憶を消去したので学校側に報告されずに無事に終わったみたいです。お蔭で病欠扱いも取り消されずに済みましたし、じっくり治して元通り。泊まり込みでお世話した甲斐がありましたよ~!
「すまんな、本当に世話をかけた」
職場復帰の朝、教頭先生は私たち全員に金一封を渡してくれて。
「お前たちはバスで登校だな。車に乗せて行ってやりたいんだが、この人数では乗れないし…。それでタクシーに乗りなさい。余った分は好きに使っていいぞ。私は色々と仕事があるから先に出る」
あれこれ滞っているようだから、と教頭先生は愛車で出発しました。それを見送った私たちは金封を開け、中のお札を引っ張り出して。
「…誠意がない…」
ボソリと言ったのは会長さんです。
「ゼロが足りないよ、ハーレイのドケチ! これじゃ全員の分を合わせても打ち上げパーティーなんか出来ないじゃないか!」
「仕方ないだろう」
キース君がお札を眺めながら。
「十日も病欠なさっていたんだ、お給料に響くのは間違いない。下さっただけでも有難いと思うべきだぞ、俺たちの食費も光熱費も全部、教頭先生のお財布から出ていたんだし…」
「そりゃそうだけどね。でも贅沢はしてなかったよ」
「人数が多けりゃ費用も嵩む。…それにもう一人多かった時期もあったしな」
「「「………」」」
もう一人の顔を思い浮かべて私たちは溜息をつきました。花嫁修業だと押し掛けてきたソルジャーは途中で追い返されましたけど、水光熱費に無頓着だった上に、私たちが登校している間に高価なお菓子を買い食いしたりと財布に優しくなかったのです。
「ブルーは好き放題にやってたからねえ…。ハーレイの懐を直撃したか」
花嫁修業が聞いて呆れる、と会長さん。
「家計簿もつけさせておくべきだったよ。そしたら金一封ももっと中身があったのにさ。…これでタクシー代も払えって? 冗談じゃない。瞬間移動で十分だ。ぶるぅ!」
「かみお~ん♪ 戸締り済んだし、オッケーだよ!」
パァッと青い光が溢れて、身体がフワリと浮き上がります。移動した先は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でした。
「ほら、君たちは教室に行く! ぼくはのんびり過ごしてるから」
また放課後に、と送り出される私たち。金一封は纏めて打ち上げパーティーに使うことに…。えっ、無理なんじゃなかったのかって? 会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」御用達の高級店には行けませんけど、ファミレスだったら十分な量が食べられますって!

授業を終えて「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に向かう私たちの頭の中は打ち上げパーティーのことで一杯でした。ファミレスと言っても色々あります。何処にしようか、と相談しながらワイワイと…。
「ハンバーグがいいな、オムライスとコンボで!」
ジョミー君はハンバーグとステーキが売りのお店に行きたいようです。サラダバーとドリンクバーも充実してますし、あそこがいいかな?
「それより中華の方がいいって! 色々頼んで取り分けようぜ」
サム君はバラエティー豊かな中華を希望。スウェナちゃんはピザとパスタを推してますから、これはジャンケンになるのでしょうか? それとも会長さんの鶴の一声? 隠れた名店があるかもですし…。生徒会室に着き、壁を抜けて「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入ると会長さんが待っていました。
「やあ、お疲れ様。グレイブは今日も絶好調だったみたいだね」
会長さんが言っているのは抜き打ちテストのことらしいです。球技大会の『お礼参り』でボコボコにされたグレイブ先生、お礼参りの御礼とばかりに抜き打ちテストを乱発中。今日のテストも補習の犠牲者が大勢出るのは確実でした。復帰した教頭先生の方は普通に授業をしただけなのに…。
「ハーレイは当分、授業を進めるだけで精一杯だよ。何処のクラスも自習になっていただろう? 早く遅れを取り戻さないと、一学期のノルマが達成できない。そうでなくても授業時間が潰れそうだしね」
「「「???」」」
「校外学習を忘れたのかい? あれで丸一日は潰れてしまうよ」
「そういえば…」
そんな時期か、とキース君が苦笑し、シロエ君が。
「会長、今年も何か企んでるんじゃないでしょうね? 教頭先生、去年は特訓してましたもんね」
特訓というのは人魚ショーのことでした。ハーレイズのショーよりも先に水族館でお披露目された教頭先生人魚ショーです。大水槽で素潜りダイバーとして泳がされたり、イルカプールで「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒にジャンプなんかをやらされたり…。その前の年はドルフィン・ウェディングに花嫁の父親役で出演でしたし、校外学習は教頭先生にとって鬼門と言ってもいいでしょう。きっと今年も絶対に…。
「それがね…」
顔を曇らせる会長さん。
「ちょっとマズイことになりそうなんだ」
「「「え?」」」
「今ね、職員会議をしてるんだけど…。ぶるぅ、中継してくれるかい?」
「うん!」
任せといて、と会議室の方へ視線を向けた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサイオンで映し出してくれた光景は…。
「このままではシャングリラ学園の恥さらしです!」
ダン! とテーブルを叩いたのはグレイブ先生でした。
「去年が人魚で、その前はドルフィン・ウェディングで…。一生徒の趣味で校外学習の場がお笑いになるのは大いに問題があると思われますが!」
「…しかしだね…」
落ち着きたまえ、とヒルマン先生。
「ブルーは生徒会長だ。それに人望もあるのだよ? なによりハーレイ自身が良しとしている以上は、少々のことは目を瞑ってもいいと思わないかね?」
「思いません! ですから私がプランを練らせて頂きました!」
グレイブ先生が分厚い書類袋を取り出し、何枚かずつに綴じられた資料をミシェル先生に渡して配らせて…。先生方は資料をパラパラとめくり、その表情が厳しくなります。
「なんだい、これは?」
ブラウ先生が顔を上げました。
「今年はこれでいこうってのかい? とっくに手配は済んだんだけどねえ」
「その件については調整済みです」
グレイブ先生は自信満々で滔々と説明してゆきます。
「我が校が行かない場合は休館日としてメンテナンスをするそうです。月に一度の休館日だけでは対応しきれない部分があるので有難いとの話でした」
「勝手に話を決めたんかいっ!」
ゼル先生が叱り付けましたが、グレイブ先生はツイと眼鏡を押し上げて。
「職員会議に諮ってからでは手遅れになると判断しました。そういうわけで水族館の方はいつでもキャンセル可能です。バス会社からも行き先が変更になるだけなので構わないとの承諾を既に得ております」
「…じゃあ、水族館は止めにするのかい?」
こっちのプランも面白そうだ、とブラウ先生が資料をめくって。
「林間学校気分ってことか。あそこは人気の場所だしねえ」
「いえ、林間学校のプランの方は参考として添えてみただけです。林間学校では水族館の二の舞ということも起こり得ますし、やはり行き先に相応しい非日常な活動内容が好ましいかと…。詳細は最終ページに書いてあります」
「ふむ…。これか」
ヒルマン先生が頷いています。
「なるほど。羽目を外す心配はないし、勉強にもなる。…ハーレイ、君はどう思うかね、教頭として」
「校外学習を楽しみにしている生徒たちには可哀想だと思うのだが…」
え。可哀想? 水族館がお流れになって別の行き先になりそうなことは読めていましたが、可哀想って…どんな所へ行くんでしょう? 林間学校に行けそうな場所で、非日常な活動が相応しいって…何処? 私たちは顔を見合わせ、会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「ぶるぅ、資料をアップにしてあげて。グレイブが持ってるヤツでいいよ」
「オッケー!!」
中継画面に映し出された資料の文字はこうでした。
『恵須出井寺・一日修行体験』。
なんですか、これは!? 恵須出井寺って……修行体験って、何なんですか~!

「やられちゃったよ、グレイブに…」
会長さんが嘆いているのは職員会議が終わった後。グレイブ先生のプランは最終的に満場一致で通ってしまい、今年の校外学習の行き先はアルテメシア郊外に聳える山の上に建つ恵須出井寺――エスデイデラと読むんですが――に変更されてしまったのです。しかも一日修行体験…。
「恵須出井寺って修行がキツイんじゃなかったっけ…?」
恐る恐る口を開いたジョミー君に、キース君が。
「ほう? 珍しく覚えていたか。坊主は嫌だと言っているのに素質があるな」
「な、無いってば! 絶対嫌だと思ってたから覚えただけで!」
「そうなのか? まあ、俺はどうでもいいんだが…。それはともかく、恵須出井寺が厳しい修行で有名なのは確かだな。それを一般向けにアレンジしたのが一日修行体験コースだ」
「だよね…。座禅に写経だもんね」
ズーンと落ち込むジョミー君。まさか学校から修行体験に行く羽目になるとは夢にも思わなかったのでしょう。それは私たちの方も同じで、校外学習はサボった方がいいかも…という考えが頭の隅に浮かんでいたり。去年までは水族館で楽しく遊んで笑っていたのに、修行だなんてあんまりですよう…。
「君たちもそう思うかい?」
会長さんが私たちをグルリと見渡しました。
「校外学習は楽しくなくちゃね、ぼくとぶるぅも楽しいからこそ参加することに決めたわけだし…。そりゃあ少しはやり過ぎたかもしれないけれど、去年のショーはゼルも一枚噛んでたんだよ? 一昨年のショーもそうだし、ハーレイはともかく他の教師は楽しんでいたと思うけどな」
会長さんの言葉は間違いではありませんでした。私たちの学年の担当でもないのに見物に来ていた先生方がおいでだったのを覚えています。グレイブ先生、校外学習という行事について固く考えすぎなのでは? 教頭先生の人魚ショーだって、シャングリラ学園の親しみやすさをアピールするためという側面が…。
「…その楽しさを逆手に取られたという気がするぞ」
キース君が口を挟みました。
「今度も教師は楽しめるんだ。俺たちが修行をしている間、先生方は見学なんだぞ? 座禅も写経も見ているだけなら傍目には立派な見世物だしな」
「「「………」」」
「ブルーは恵須出井寺で修行した経験があるし、座禅も多分平気だろう。だが、俺は座禅はサッパリだ。あれはな…、終わってから立ち上がる時がとてもキツイと聞いている」
立ち上がれないのは当たり前、と強調するキース君に私たちは既に涙目です。校外学習、参加しないのが吉なのかも…。特別生に登校義務は無いのですから、校外学習をサボッたとしても別に問題ありません。水族館なら行きたかったんですけども…。そして会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も。
「恵須出井寺じゃね…。行こうって気にはなれないよね…」
「イルカさんに会いたかったのに…。今年もショーだと思ってたのに…」
二人ともガックリと肩を落としています。こういう時は気分転換、パアッと打ち上げパーティーでしょうか? 教頭先生に貰ったお金でファミレスに行くのが一番かも~!
ジョミー君が行きたがったハンバーグとステーキが人気のファミレスは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお気に入りでした。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は高級店にしか行かないのだとばかり思ってましたが、シャングリラ号のクルーや仲間たちと出掛ける時にはファミレスというのもアリなのだとか。打ち上げパーティーはハンバーグなファミレスに決まり、お腹一杯になるまで食べて…。
「校外学習はサボリってことでいいんだよね?」
確認を取るジョミー君に、私たちは大きく頷きました。修行なんかやってられません。みんなでサボッて遊びに行こうということに…。イルカが見られる水族館は他の場所にもありますしね。こうして打ち上げパーティーは解散となり、教頭先生の看病からも解放されて、久しぶりの我が家へとそれぞれに散っていったのでした。

翌日の朝のホームルームで校外学習は発表されず、会長さんも1年A組には来ないまま。考えてみれば発表はいつも1週間前だった気がします。行き先変更の職員会議が昨日行われていたくらいですから、校外学習が実施されるのは3週間も先のことで…。
「ここなんかいいと思うんだが」
キース君が休み時間に取り出したのは、昨夜インターネットで調べたというマップでした。
「海沿いの小さな水族館だが、イルカのショーがメインだそうだ。ぶるぅにはちょうど良さそうじゃないか」
「えっと…。特急で1時間ちょっとですか」
日帰り範囲内ですね、とシロエ君。
「そうなんだ。気軽に行って帰れるあたりもポイントが高い」
「いいわね。ここにしておきましょうよ、ぶるぅもきっと喜ぶわ」
スウェナちゃんが賛同し、私も異議はありませんでした。他のみんなも大賛成で、校外学習の日は水族館行きになりそうです。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の喜ぶ顔を楽しみに放課後を待って出掛けたのですが…。
「「「えぇっ!?」」」
ソファに腰掛けて待ち構えていた会長さんの言葉は実に衝撃的なもの。そ、そんな…。昨日の今日でそんな殺生な…!
「なんで修行!?」
一番最初に食ってかかったのはジョミー君です。
「誰もそんなの行きたくないからサボるんだって決めたじゃないか! ぶるぅが好きそうな水族館も探してきたのに、どうして修行!?」
「…だって、面白そうだったから」
会長さんは平然として切り返しました。
「昨日、家に帰ってからサイオンでハーレイを追っていたんだよ。ぼくたちがいなくなったからホームシック状態かなぁ、って思ってさ」
「「「………」」」
自分の家でホームシックも何もあったものではないだろう、と思いましたが、言いたいことは分かります。昨日まで賑やかに住み込んでいた私たちが帰ってしまえば、あの広い家は火の消えたように静かになってしまうでしょうし……一人暮らしの教頭先生、寂しくなってしまうかも…。
「それでね、落ち込んでるかと期待してたら、なんだか嬉しそうなんだ。グレイブが作った資料を眺めてニヤついてるし、ちょっと心を読んでみた」
「…それで?」
気乗りしない顔のキース君に会長さんは。
「ハーレイも校外学習に参加しようとしているらしいよ。ぼくが恵須出井寺で修行したのを知ってるからね、罪滅ぼしって所かな。…ほら、ぼくの修行に付き合わなかったのを責められたことがあっただろ? 今からでも遅くはないと勝手に考えて盛り上がり中」
「それじゃ教頭先生は……あんたと一緒に修行しようと思っているのか?」
「うん。一日体験でもしないよりマシと考えたらしい。ハーレイに対するぼくの評価が上がると信じているんだよ」
「「「………」」」
教頭先生の発想の飛躍に私たちは目が点でした。会長さんが教頭先生をお坊さんの修行に誘ったのは遥か昔の話です。それも一日体験とは比較にならない厳しい修行に出掛ける時の出来事で…。坊主頭に抵抗があった教頭先生は「お気をつけて」と会長さんを一人で…、いいえ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」と二人きりで送りだしてしまったとか…。
「つくづくハーレイは間抜けだよねえ、今頃になって修行したって何の役にも立たないのにさ。…だけど勘違いして修行しようと決意したのは評価できる。グレイブたちは監督だけで済ますつもりだけれど、ハーレイは座禅も写経も参加するんだ。これは絶対見届けなくちゃ」
イルカショーよりワクワクするよ、と会長さんの瞳が煌めいています。
「だから校外学習に参加決定! 恵須出井寺で一日修行体験だ」
そうと決まれば善は急げ、と会長さんは携帯電話を取り出しました。通話ボタンを押し、誰かと話しているようです。私たち、今日はまだおやつも食べていないのに…。あれ? そういえばテーブルにお菓子が並んでないですよ? いつもなら私たちが現れた時点で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が用意し始める筈ですが…? アイスやシャーベットなら融けちゃいますから遅めですけど、そういう時は先に飲み物が…。
「ごめん、ごめん」
電話を切った会長さんが私たちに微笑みかけました。
「おやつの用意は必要ないかと思ってさ。…これからすぐに出掛けるから」
「何処へ?」
ジョミー君の問いに対する答えは…。
「璃慕恩院だよ」
「「「えぇぇっ!?」」」
璃慕恩院は会長さんが属する宗派の総本山。キース君が今年の暮れに修行に入るお寺ですけど、そんな所へ何をしに…?
「校外学習に向けて下準備をしなきゃいけないからね。恵須出井寺は璃慕恩院とは宗派が違うし、グレイブも宗派が違えば顔が利かないと思い込んでる。それで安心してプランを出してきたんだろうけど、蛇の道はヘビ」
きっちりコネをつけてやる、と会長さんはソファから立ち上がりました。えっと……コネって簡単につくんでしょうか? お坊さんの世界は分かりませんから、黙ってついて行くしかないかな…。

タクシーに分乗して向かった璃慕恩院はキース君の家である元老寺が建つ郊外から更に山奥へと入った所。一昨年の夏にジョミー君とサム君の修行体験ツアーを見学がてら出掛けて以来、私には縁のない場所です。あの時は会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、スウェナちゃんが一緒でしたっけ…。
「ほら、着いたよ」
会長さんが立派な山門を見上げました。ジョミー君とサム君は去年も修行体験ツアーに来ていましたし、もうお馴染みの光景でしょう。キース君も総本山だけに慣れていそうなものなのですけど、何故かジョミー君と二人で尻込みしています。
「先に行ってよ、ぼくは一番最後に行くから」
「い、いや、俺は…。ここは俺ごときが押し掛けていいような場所ではなくて…」
「キースはお坊さんだからいいじゃないか! ぼくは見つかったらマズイんだってば!」
目をつけられているんだから、と言うジョミー君はお寺の人に発見されたくないようでした。キース君の方は総本山に顔が利く会長さんに連れられているのが分不相応に思えるらしくて、二人揃って逃げ腰です。けれど会長さんは全く気にせず、サム君とシロエ君に命じて二人をガッチリ捕まえると。
「ぐずぐずしない! お待たせすると失礼だとは思わないかい、ぼくの友達ではあるんだけどね」
璃慕恩院で一番偉い人なのに、という言葉にジョミー君は震え上がり、キース君はガチガチに緊張しています。そんな二人を引っ張って境内を歩きながら会長さんは色々と教えてくれました。キース君が住職の位を得るための修行に入る道場はどの建物か…、とか、そういうことを。意外なことに寝起きする建物はジョミー君たちが修行体験ツアーで使っていたのと同じ所で…。
「ジョミーたちの修行体験ではクーラーなんかも一応使える仕様だけどね。キースが修行に入る時にはエアコンなんかは一切なし! 暖房なしで冬の寒さは厳しいよ。もちろんホカロンも使用禁止だ」
しもやけとかが出来るわけ、と会長さんは笑っています。キース君の修行はきっと厳しいものなのでしょう。やがて私たちはお坊さんたちが生活している建物に入り、ずっと奥へと案内されて…。
「おお、ブルー。久しぶりじゃの」
前に一度だけ会ったことのある老僧がにこやかに迎えてくれました。磨き込まれた机の上には美味しそうな和菓子が並んでいます。
「急に連絡してきおるから、ケーキの手配が間に合わなんだ。特上の寿司は注文したがのう」
「いつも悪いね。…そうそう、彼がキースで、こっちがサムとジョミーだけれど」
「サムとジョミーは知っておるわい。…去年の夏にも見に行ったんじゃ」
修行中に、とニコニコ笑う老僧。
「お前が見込んだ子じゃと聞いては見に行かずにはおれんでのう。二人とも素質がありそうじゃ。…そっちのキースとやらも中々…。確か元老寺の跡取りじゃったか?」
「は、はい! お目にかかれて光栄です!」
キース君は土下座せんばかりに平伏してお辞儀していました。サム君も礼儀正しく頭を下げていますが、ジョミー君はプイと知らんぷり。老僧はそんな所も気に入ったようで…。
「元気がいいのは良い事じゃ。そこのキースも反抗的な頃があったと聞いておる。今に気持ちが変わろうて」
「変わりませんっ!!」
ジョミー君の叫びを老僧はサラッと無視して会長さんに向き直ると。
「ときに、今日は何の用事じゃ? 恵須出井寺にコネをつけろと聞こえたように思うたのじゃが、緋の衣で行けば十分じゃろうが。高僧ならば賓客じゃぞ?」
「…そこまで派手にやりたくないのさ。どうせ一日だけのことだし」
「はあ?」
「だから一日だけって言った。ぼくの学校で一日修行体験に行くんだよ。その時に便宜を図ってもらえるように手を打ってほしくて来たってわけ」
あそこの修行は厳しいから、とウインクをする会長さんに老僧はニッと笑ってみせて。
「なるほどのぅ…。璃慕恩院の関係者として丁重に扱え、ということじゃな。修行の類は一切無しかのう?」
「その辺はまだ決めてないんだ。ある意味、出たとこ勝負かな。とにかく、ぼくが希望することは通るってことにしといてくれると嬉しいんだけど」
会長さんの厚かましいお願いはアッサリ通ってしまいました。蛇の道はヘビとはよく言ったもので、璃慕恩院の老僧と恵須出井寺のトップのお坊さんとのホットラインがあったのです。コネを確保した会長さんは老僧とお寿司を肴に楽しく飲み始め、私たちにもお寿司と飲み物。緊張していたキース君も最後の方には笑顔でした。
「今日はありがとう。また来るよ」
「恵須出井寺では無理せんようにの。…お前はともかく他の子たちが心配じゃ。一人で逃げずに、きちんと庇ってやるんじゃぞ」
「分かってるって。せっかくのコネだ、大事に使うさ」
じゃあね、と軽く手を振る会長さんに続いて私たちも部屋を出たのですけど、ひょっとして…璃慕恩院のコネで楽が出来るのは会長さん一人だけですか? 老僧の言葉を聞いた限りではそういう風に聞こえましたが…。
「ん? ぼくとぶるぅはバッチリだよ。ぶるぅはぼくとセットものだし」
「じゃあ、俺たちはどうなるんだ?」
キース君の疑問は私たち全員に共通でした。それに対して返って来たのは…。
「平気だってば、いざとなったらぼくがいるから。…ハーレイを助けるつもりはないけど、君たちは大事な友達だしね?」
「…と、友達って……その程度か? つまり俺たちは一般人か?」
「もちろんじゃないか。住職の位も持ってない君に璃慕恩院や恵須出井寺で優遇される資格があるとでも?」
「い、いや……そうは思わないが…」
歯切れの悪いキース君に、会長さんはクッと喉を鳴らして。
「分かってるならそれでいい。校外学習はきっと楽しくなると思うよ、勘違いしたハーレイがやって来るからね。グレイブの提案に感謝しなくちゃ」
恵須出井寺で座禅に写経、と指折り数えながら会長さんはタクシーに乗り込みました。辺りはとっくに真っ暗です。修行体験にコネが利くのは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」だけだと知った私たちの心も真っ暗ですけど、今更どうにもなりませんよね…?




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