シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
校外学習が終わると間もなく期末試験のシーズンでした。セミも鳴き始める暑い7月、しかも月曜日から金曜日までの五日間。けれど1年A組は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーこと会長さんのサイオンのお蔭で勉強しなくても全員満点間違いなしとあって緊張感の欠片も無かったり…。
「暇だよねえ…」
ジョミー君が呟いたのは試験初日の放課後のこと。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に集まって今日のおやつが出来てくるのを待っています。
「おい、暇というのは失礼じゃないか?」
注意したのはキース君。
「ぶるぅは特製パフェを作ってくれているんだぞ? 黙って待つのが礼儀だろう」
「あ、ごめん。そういうつもりじゃ…。暇っていうのは退屈だって意味なんだけど」
やたら放課後の時間が長いし、とジョミー君は小さな溜息。試験期間中は午前中のみで下校になるのが恒例です。試験勉強とは無縁の私たちには半日以上の自由時間があるわけですが、ここで校則という名の壁が…。シャングリラ学園では定期試験中に繁華街やゲームセンターなどに行くのは禁止でした。えっ、特別生は例外じゃないかって? ところがどっこい、特別生でもダメなものはダメ。
「なんで半日も時間があるのに遊びに行ったらいけないのさ? そりゃ、外はとっても暑いけど…」
「かみお~ん♪」
ジョミー君の不満を遮るように元気な声が響きました。
「出来たよ、特製マンゴーパフェ!」
ワゴンを押してきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」を見るなり上がる大歓声。テーブルの上に並べられてゆくパフェには黄色い薔薇が乗っかっています。それはマンゴーの果肉をスライスして花弁にした薔薇で、一つの器に二輪の薔薇が華やかに…。
「あのね、下にはキャラメルアイス! それとサクサクのパイも入れてみたよ。ソースはこっち。かけなくても美味しいけれど、試してみてね」
マンゴーとラズベリーだという特製ソースが別の器に入っていました。ジョミー君はさっきまでの文句も忘れて早速スプーンを握っています。会長さんが苦笑しながらマンゴーの花弁をフォークでつついて。
「ジョミー、校則には一応理由があるんだよ。試験期間中は勉強に集中しないといけないだろう? だから遊びに行くのは禁止。…特別生は普段から色々と優遇されているからねえ…。数少ない試験期間くらいは他の生徒と同じ規則を適用しようってことなんだけど」
「「「え?」」」
それは全く知りませんでした。漠然と『禁止』だと思っていたんですけど…。会長さんはクスクスと笑い、「呑気だねえ」と呆れた顔で。
「特別生も三年目になるんじゃなかったっけ? いつも真面目に守っているから、知ってるんだと思っていたよ。そういえば改めて教えたことはなかったか…。生徒手帳にも書いてないしね」
「生徒手帳自体が特製じゃないよ」
みんなと同じ、とジョミー君。私たちの生徒手帳は普通の生徒と全く同じものなのです。特別生ゆえの出席免除などは特別生になった時に貰った薄い冊子に書かれていただけで、そこには細かい規則の類は特に載ってはいませんでした。特別生の心得だって習った覚えは皆無です。
「特別生は特別なんだよ、いろんな意味でね」
会長さんが微笑んで。
「わざわざ文書で伝えなくても思念波があるし、先輩から口伝で教わることもある。…そういうわけで試験期間中の心構えは覚えておいて。外出しての遊びは禁止! とはいえ、一般生徒もコッソリ遊びに行っているから完全にアウトってわけじゃないけど…。でも、パトロール中の先生方に発見されたら生徒手帳は没収だよ」
「「「!!!」」」
それは困る、と私たちは顔を引き攣らせました。生徒手帳没収は校則違反の証です。もちろんパパやママたちに知れたら…。
「そりゃあ、こってり絞られるだろうね。だから試験期間中は…」
「ちょっとくらい暇でも我慢します…」
ジョミー君が肩を落としてマンゴーの花弁を見詰めています。美味しいおやつや「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋という素敵な溜まり場があるんですから、贅沢を言ってはいけませんよね。
「そういえば君たち、校則違反の経験は?」
会長さんに尋ねられて私たちは顔を見合わせました。えっと…私はありませんけど、ジョミー君たちは?
「普通の一年生だった時にサムと遅くまでカラオケを…」
あれって校則違反だよね、とジョミー君に問われてサム君が。
「どうなんだろう? 土曜日だったし、先生も見回りに来なかったし…。それに遅くなったのは時計を見るのを忘れたからだろ」
二人は新しく入った曲の選曲に夢中になって夜の10時頃まで歌い続けていたようです。校則では生徒だけでのカラオケは夜8時までと決まっていました。つまり明白な校則違反。先生方が来なかったのはパトロールの日じゃなかったか、その日の見回り範囲内ではなかったからかのどちらかでしょう。
「お前たち…」
キース君がハアと溜息をつきました。
「見つかっていたら確実に生徒手帳は没収だぞ。取り上げられたら大変なんだぜ、親のハンコが要るからな」
「「「ハンコ?」」」
なんですか、それは? キョトンとしている私たちにキース君は顔を顰めて。
「そんなことも知らないのか? 没収された生徒手帳を取り戻すには事務局へ行かなきゃいけないんだ。そこで専用の用紙を貰って始末書を書いて、所定の欄に親のハンコを…。そうだな、ブルー?」
「うん。ハンコだけじゃなくて署名も必須。それを生活指導の先生宛に提出しないと生徒手帳は返ってこない。…ついでに言うと、うちの学校ではサイオンで署名とハンコをチェックするから代筆とかは効かないよ。一般生徒は何故バレるのかと戦々恐々、バレた後では親にハンコを貰うのも一苦労さ」
始末書がもう一枚分増えているから、と会長さんは楽しそうです。増えた始末書というのは親の署名とハンコを捏造したことを詫びる書面で、そりゃ親だって怒るでしょう。私がやったらパパもママもハンコなんか押してくれそうにありません。ジョミー君とサム君は校則違反をやらかした過去があるだけに真っ青でした。
「…生徒手帳って持っていないとマズイんだっけ?」
ジョミー君の問いにキース君が。
「マズイもなにも、没収されてから一週間以内に始末書を提出しないと親に連絡が行くんだぞ? そしたら親が呼ばれて個人面談。生徒手帳は担任の先生経由で親に返されてしまうんだ。…その後はどうなるか馬鹿でも想像できるだろう?」
「「「………」」」
それはコワイ、と私たちは一様に押し黙りました。始末書にハンコと署名を貰うだけでも難関なのに、個人面談まで行ってしまったら…。果たしてパパとママは生徒手帳をちゃんと返してくれるでしょうか? 雷が落ちるのは絶対間違いありません。キース君だとアドス和尚に丸坊主にされてしまうかも…。
「だからキースは詳しいんだよ」
会長さんがクックッと可笑しそうに笑っています。
「生徒手帳を没収されたら坊主頭の危機だからねえ…。そうだよね、キース?」
「違う!」
憮然としているキース君。
「俺は柔道部の先輩たちから教わったんだ。あそこは教頭先生の方針で特に風紀に厳しいからな、校則は徹底的に叩き込まれる。覚えるまで何度も復唱なんだぞ。…そうだな、シロエ? それにマツカも」
「「はいっ!」」
でも罰則は習いませんよ、とシロエ君が付け加えて。
「ぼくも破ったらどうなるのかまでは初耳でした。柔道部では校則違反は一週間の部活禁止で、最悪は退部ですからねえ…。そもそも破ろうって人がいません。…キース先輩、地獄耳ですね」
「…規則がある以上、罰則も知っておかねばな。俺は法学部を目指していたんだぞ」
「「「あー…」」」
忘れてた、と全員が浮かべた曖昧な笑みにキース君は頭を抱え、会長さんが必死に笑いを堪えています。
「キースといえばお坊さんしか浮かばないもんねえ、今となっては。…思えば遠くに来たよね、キース?」
「空しくなるから言わないでくれ。…俺が自分で選んだ道だし、後悔はしていないんだがな…」
「だけど坊主頭は嫌、と。…つまり今でも生徒手帳を没収されると非常に困る」
お父さんに叱られて即、坊主! と会長さんがキース君の頭を指差しました。私たちはドッと笑い転げましたが、会長さんは「君たちだって」とクルリと全員を見渡して。
「キースみたいに外見の危機ではないだろうけど、お父さんたちのハンコを貰うのは厳しいよ? だから校則は守らないとね。いくら君たちの御両親の意識の下に介入するのが朝飯前でも、校則違反の後始末をしてあげるのは高くつく」
一件につきこのくらい、と会長さんが立てた指の数に目をむく私たち。これって指一本あたりゼロが幾つ?
「もちろん、お札は最高額さ。…女子の場合はレディース割引で三割引きになるけどね」
「ちょ…。それって暴利!」
「いや、それで済むなら俺の場合は頼みたいがな」
そもそも破らなければ必要ないが、と言いつつキース君は大真面目です。
「月参りでお経を長めに上げると御布施の他に御茶代をくれる家が何軒かある。それを軒並み絨毯爆撃」
「へえ…」
ジョミー君がからかうように。
「坊主頭の危機脱出にお坊さんの仕事をこなしてくるんだ? だったら坊主でいいじゃない」
頭の方も、とツルツル頭を撫でるゼスチャーをされたキース君が「やかましい!」と一喝して。
「お前だってブルーの意向一つで坊主頭の危機だよな。どうする、生徒手帳を没収された時にブルーが一言付け加えたら? 反省の意を示すためには坊主頭が一番です、とかな。…なんと言ってもブルーは一応ソルジャーなんだぜ」
仲間内では最高権力者、と告げられた言葉にジョミー君は顔面蒼白。
「うっわー…。パパとママなら信じちゃいそう…」
「な? だから校則は守っておくのが一番だ」
悪いことは言わん、というキース君の真剣な口調は他人事ではありませんでした。誰の家でもパパやママのハンコはそう簡単には貰えません。校則、しっかり守らなくっちゃ…。
食べた気がしなかったマンゴーパフェは「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお代わりを作ってくれました。いつもより放課後が長い上、お昼はサンドイッチで軽く済ませてましたし、パフェのお代わりは大歓迎です。もっとも「そるじゃぁ・ぶるぅ」は他のデザートを作ろうと思っていたようですが…。
「冷たいものが続くよりかはクレープとかがいいのかなぁ、って。でもマンゴーパフェ、ウケて良かったぁ!」
「キャラメルアイスにパイがよく合うんだよな」
サム君が絶賛し、スウェナちゃんと私はマンゴーの薔薇がお気に入り。お代わりには薔薇を一輪余計に乗っけてもらいました。さあ食べるぞ、と皆でスプーンを手にした時。
「かみお~ん♪」
「それ、ぼくたちも貰えるかな?」
ユラリと部屋の空気が揺れて、現れたのはソルジャーと「ぶるぅ」。二人の視線はマンゴーパフェに釘付けです。さては覗き見してましたか? 私たちの咎めるような視線にソルジャーと「ぶるぅ」は互いに顔を見合わせて。
「だって…ねえ?」
「うん、美味しそうだったし! だけどブルーが我慢しなさいって言っていたから我慢したけど、お代わりなんかが出て来ちゃったし!」
ぼくも食べたい、と「ぶるぅ」は涎が垂れそうな顔。会長さんは「やれやれ」と肩を竦めて「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「ぶるぅ、二人の分をお願いできるかな? あ、ぶるぅのは大盛りで」
「オッケー!」
キッチンに駆けてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」にソルジャーが。
「ぶるぅの分はバケツサイズでね! 薔薇はなくてもいいと思うよ、とにかく食べたいだけだから」
「うん!」
分かった、と返事した割に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ってきたのは特大サイズの見事なパフェ。ソルジャーの分は普通ですけど「ぶるぅ」のはフルーツポンチに使う器にたっぷりと盛られ、黄色の薔薇が咲き乱れています。
「わぁーい! いっただっきまぁーす!」
大喜びの「ぶるぅ」は毎度のことながら凄い食欲。スプーンの代わりにおたまで掬ってバクバクと…。先に食べ始めていた私たちが追い越されそうな勢いです。ソルジャーは「美味しいね」とマンゴーの薔薇を食べながら。
「この芸術性はなかなかだよね、今度うちのゼルに作ってもらおうかな? こんな感じで、って言えば大丈夫そうだ。ケーキにくっついてるクリームの薔薇と作り方の理屈は同じだろう?」
「そうだよ」
割と簡単、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が自分のパフェの薔薇を分解してみせて。
「だけど豪華に見えるでしょ? これ覚えとくと便利なんだよ、スモークサーモンで作ればオードブルになるし、お刺身を盛り付ける時にも応用できるし! みんなも家でやってみる?」
「ママの料理は食べる方がいいな」
即答したのはジョミー君でした。
「ぼくは食べるの専門だしね! それにママの料理は美味しいんだ」
ぶるぅみたいに何でも来いではないけれど、と言うジョミー君のママはポトフが得意らしいです。じっくりコトコト煮込んだものを寒い夜に食べるのが最高だとか。今の季節はスパイスの効いたカレーなんかがジョミー君のお気に入り。
「そうか、カレーか…。俺の家では滅多に出ないな」
残念そうなキース君。
「なんと言っても寺だからなあ、強い匂いはダメなんだ。まさかカレーの匂いをさせて月参りってわけにはいかないだろう? 友引の前日で次の日に月参りが無い時だけだな」
友引の日はお葬式が出来ないので前日にお通夜は入りません。そのタイミングを狙ってイライザさんが年に数回作ってくれるカレーがキース君の好きな『おふくろの味』の一つでした。滅多に食べられない分、美化されているかもしれないとの注釈つきです。それから私たちはああだこうだと自分のママの得意料理を語り始めて…。
「ぼくのパパもたまに作るんですよね」
男の料理、と言ったシロエ君のママの得意料理はブラウニー。それは料理じゃなくてお菓子だろう、とサム君が突っ込みましたが、ブラウニーはシロエ君の幼稚園時代からの大好物で決して譲れないみたいです。ガンプラが趣味なシロエ君のパパの料理はブイヤベース。魚市場で買ってきた魚介類をブツ切りにして豪快に…。
「これが案外いけるんですよ。元々は漁師が売れない魚を鍋で煮ていたものらしいですし、大雑把なのが合ってるのかもしれません」
調味料とかも適当だというシロエ君のパパのブイヤベースは入る魚もパパ次第。これだと思えばイケスで泳いでいた天然の鯛でも放り込んでしまうのが味の秘密かも…?
「天然の鯛ならいい味出るんだろうなあ…」
今度試してみようかな、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が呟いています。会長さんは「それはハーレイに買わせなくちゃね」と物騒なことを言っていますが、本当に実行されたとしても教頭先生のお腹には入らないんでしょうねえ…。
「ん? 決まってるじゃないか、なんでハーレイに御馳走しなくちゃいけないのさ」
食卓は家族で囲むもの、と澄ました顔の会長さん。ただし友達は例外なので、私たちは天然の鯛のブイヤベースにありつけるかもしれないそうです。と、不意に「ぶるぅ」が口を開いて。
「…ねえ。ぼくのママの得意な料理って何?」
「「「は?」」」
全員がポカンと口を開けました。「ぶるぅ」のママって誰でしたっけ? 得意な料理云々以前に「ぶるぅ」のママが謎なんですが…?
ソルジャーの世界に住んでいる「ぶるぅ」は卵から生まれたと聞いています。それは「そるじゃぁ・ぶるぅ」も同じ。けれど決定的な違いがあって、6年に一度は卵に戻って0歳からやり直す「そるじゃぁ・ぶるぅ」の卵は温めなくても孵化するもの。一方、「ぶるぅ」の方はと言えば…。
「ぼくってさあ…」
特大のマンゴーパフェをとっくに食べ終えた「ぶるぅ」の視線はソルジャーの方を向いていました。
「卵を温めて孵してくれたの、ブルーとハーレイだったよね? 他には誰もいなかったよね?」
「ああ、そうだが?」
当然のように頷くソルジャー。
「サンタクロースがくれたクリスマス・プレゼントの卵からお前が生まれた。温めたのはぼくとハーレイ。…ぼくはハーレイ以外の誰かをベッドに入れたりしないからね」
「…だよねえ?」
やっぱりブルーとハーレイだった、と「ぶるぅ」は満足した様子。
「じゃあ、もう一度、聞いてもいいよね? ぼくのママの得意な料理は?」
「「「はあ?」」」
今度こそ私たちは目が点でした。「ぶるぅ」の卵を温めたのはソルジャーとキャプテンの二人です。ですから「ぶるぅ」は「ぼくにはパパが二人いるんだ!」と自慢していたと思うのですが、ママって誰のことなのでしょう? サンタクロースに卵を託した人なんでしょうか? SD体制という特殊な世界で「ぶるぅ」を創った誰かがいるとか…?
「ねえねえ、だからママの得意な料理って何?」
好奇心に瞳を輝かせる「ぶるぅ」は心底知りたがっているようです。でも、ソルジャーは答えを知っているのかな? 卵を託した人の話はまだ聞いたことがないんですけど…。
「ほら、ぶるぅが知りたがってるよ?」
早く答えてあげないと、と後押ししたのは会長さん。
「子供の疑問には責任を持って答えなくちゃね。…そうだろ、ママ?」
「「「ママ!!?」」」
私たちの声が引っくり返り、ソルジャーが思い切り不機嫌な顔で。
「…………ママじゃない」
ひぃぃっ、そういう展開ですか!? ソルジャーが「ぶるぅ」のママなんですか? 私たちは肘でつつき合い、顔を見合わせて衝撃の事実を確認しました。そっか、ソルジャーが……「ぶるぅ」のママ……。
「……ママじゃないって言ってるだろう!」
勝手に話を進めるな、とソルジャーは会長さんをギロリと睨み、「ぶるぅ」の頭に右手を乗せて。
「ぶるぅ、正直に答えるんだ。…お前のママというのは誰だ?」
「え? えぇっ? えっと……」
「…ん?」
口籠っている「ぶるぅ」にソルジャーが冷たい笑みを浮かべてみせると「ぶるぅ」はビクンと震え上がって。
「……いない……のかな?」
「もっと正確に!」
曖昧な答えは許さない、とソルジャーの瞳が「ぶるぅ」をしっかり見据えています。小さな「ぶるぅ」は更に小さく縮こまるようにして消え入りそうな声で答えました。
「……ママは………いないよ」
「よくできました」
それで良し、とソルジャーは「ぶるぅ」の銀色の頭をポフッと叩いて。
「お前のママは存在しない。もちろん得意料理もない。…残念ながら、それが真実」
「「「………」」」
しょんぼりと俯いている「ぶるぅ」の姿に私たちの胸がチクリと痛みました。ママがいない「ぶるぅ」の前でママの得意料理の話に花を咲かせたのは悪かったでしょうか? でも…ママがいないのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」も同じですし、その「そるじゃぁ・ぶるぅ」は話の輪に入ってワイワイ一緒に騒いでましたし…。
「いいんだよ、気にする必要は無い」
暗くなってしまった私たちにソルジャーがクスッと笑いを漏らしました。
「君たちはちっとも悪くないのさ、あれはぶるぅの作戦だしね」
「「「作戦?」」」
「そう、作戦」
だから全く無問題、とソルジャーは「ぶるぅ」の額を指でピンと弾いて。
「これで何度目になるのかな、ぶるぅ? そう簡単には釣られないよ」
ダテにソルジャーをやってはいない、とソルジャーはふんぞり返っています。
「ぼくを引っ掛けるには十年早い。それとも百年……いや、二百年? どっちにしたってお前には無理だ」
年季も経験値も圧倒的に違い過ぎる、と言われた「ぶるぅ」は膨れっ面。何やら失敗しちゃったみたいですけど、いったい何の作戦だったの…?
「…ぶるぅはね…」
マンゴーパフェの器は片付けられて、ソルジャーが紅茶を飲みながら横目で「ぶるぅ」をチラチラと。
「まだ納得していないんだよ」
「何を?」
会長さんが尋ねました。相変わらず「ぶるぅ」は膨れています。ソルジャーはそんな「ぶるぅ」の髪をクシャリと撫でてから。
「…ママがいないということをさ。もしかしたらいるんじゃないかと思ってるんだ」
「だって…。いないんだろう?」
クリスマスに届いたプレゼントだろう、と会長さん。
「うん。ぼくも贈り主が誰かは全く知らないし、心当たりも全然無い。確かなことは卵を貰ったってことと、一年間温めていたら次のクリスマスにぶるぅにピッタリのサイズの服が届いたことだけなんだ」
服の贈り主も未だに不明、とソルジャーは軽く首を傾げて。
「やっぱりサンタクロースがくれたんだろうね、あれだけ捜しても誰だか分からないんだし…。ぼくのサイオンでも見つからないんじゃサンタクロースだと思うしかない。サンタクロースはぼくたちとは別の時間を生きているって言うからねえ…」
昔の地球のデータにそういう話があったのだ、とソルジャーは教えてくれました。私たちの世界とソルジャーの世界の地球は同じ名前の星系にあって、惑星の名前も並びも同じだとか。サンタクロースが地球の全ての子供にプレゼントを一日で配るためには、地球から冥王星まで十日間で到達できる速さが要るのだそうです。
「あ、その話なら聞いたことがあります」
マツカ君が相槌を打って。
「その速さでサンタクロースが地球上を飛び回った場合、何かに衝突したら大惨事になってしまうんですよね。そんな事故は起こったことがないから、サンタクロースは別の時間で生きている…って」
「そうなんだよ。別の時間を生きているんじゃ、いくらぼくでも捕捉できない。ぶるぅの卵はサンタクロースがくれたんだ。…でね、ぶるぅは卵から孵ったらパパとママに会えると信じてた」
卵を割って出てきた「ぶるぅ」の最初の言葉は「かみお~ん♪ 初めまして、パパ、ママ!」だったとか。けれどその場に居たのはソルジャーとキャプテンの二人だけ。ソルジャーに「どっちがパパなんだい?」と訊かれた「ぶるぅ」はキャプテンを指差して「パパ!」と答えたものの、ソルジャーを「ママ」とは呼べなくて…。
「あの日から……つまり生まれた時から、ぶるぅはずっと悩んでる。ママは本当にいないのか? パパが二人でそれでいいのか、やっぱりママはいるんじゃないか、と」
「…それで?」
会長さんが先を促し、ソルジャーは。
「ぶるぅは疑っているんだよ。パパが二人というのは嘘で、ぼくかハーレイか、どちらかが本当はママなんじゃないのか…、とね。事実、ぼくとハーレイの間では何度もママの座の押し付け合いが起きている。ハーレイがママに決まりかけたこともあった」
「「「………」」」
不毛な言い争いを思い浮かべた私たちの間に微妙な空気が流れました。そしてソルジャーは…。
「だから、ぶるぅは事あるごとに本当のママを探し出そうと仕掛けてくるんだ。さっきの料理談義もそれなのさ。ぼくが素直に得意料理を答えていたなら、ぼくがママ。…そうだろ、ぶるぅ?」
コクリと頷く「ぶるぅ」にソルジャーはフンと鼻を鳴らして。
「答えやしないよ、そもそも得意料理が無いし! まあ、それ以前にぼくはママではないんだけども」
そこが一番重要だから、と言い切るソルジャーに頭痛を覚える私たち。ひょっとしてママたちの得意料理を披露したせいでドツボにはまってしまいましたか? ソルジャーとキャプテンのパパ・ママ戦争に巻き込まれたりはしないでしょうね…?