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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

試練を越えて・第1話

会長さんの故郷を偲ぶ旅行に、マツカ君の海の別荘への旅。盛りだくさんだった夏休みが終わって、今日は二学期の始業式です。まだまだ蝉もしぶとく鳴いていますし、暑さの方も絶好調。校長先生からは夏休み気分を払拭するよう訓示があって、グレイブ先生も夏休みの宿題を集めた後で「だらけないように」と厳しく注意。学生の本分は勉強なのだと言われても……特別生には関係ないかな?
「かみお~ん♪ 始業式、お疲れ様!」
「やあ。相変わらず退屈な日だったようだね」
終礼が済んで影の生徒会室へ行くと会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が迎えてくれます。夏休み中は殆ど縁の無い部屋でしたけど、授業のある日は此処が私たちの溜まり場で…。
「はい、冷製パスタ、生ハムのバジルクリームソース! しっかり栄養つけなくちゃね」
夏バテするよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。早めのお昼ご飯に私たちは大喜びで飛び付きました。クリーミーなソースにバジルの風味が効いたパスタは絶品です。
「夏バテと言えばさぁ…」
ジョミー君が思い出したように。
「大丈夫だったのかな、倒れちゃった人。ほら、納涼お化け大会の時の…」
「「「あ…」」」
すっかり忘れてましたけれども、夏休みの締め括りは納涼お化け大会でした。普通の1年生だった時に参加したきり一度も出ていなかったのですが、今年は行ってみることに。マザー農場の夏祭りでシャングリラ号に乗り込んで行くクルーの人たちに会いましたから、勤務を終えたクルーたちにも会ってみたいと思ったのです。
「彼ならピンピンしているよ?」
平気だってば、と会長さん。
「張り切りすぎちゃったみたいだね。空調の効いたシャングリラ号と、蒸し暑い墓地とは違うのにさ…。そうでなくてもサイオニック・ドリームは使い慣れていないと消耗するんだ」
「そういうものか? 俺には特に自覚は無いが」
キース君が首を傾げると、会長さんは。
「君の場合は切実だからね。坊主頭に見せかけること限定とはいえ、プロの領域に入っているよ。だけど普通に生活してるとサイオニック・ドリームの出番は無いだろ? 力加減が掴めないのは仕方ない」
納涼お化け大会で倒れてしまった人というのは、シャングリラ号での一年間の勤務を終えて地球に戻ったクルーの一人。墓地に潜んでサイオニック・ドリームを操り、やって来る生徒を脅かす役目は交替後のクルーに人気でした。私たちは裏方を務めるクルーの人たちと仲良くなって仕事ぶりを見せて貰ったのですが…。
「今年の夏は暑すぎるのよね」
スウェナちゃんがパスタにソースを絡めながら。
「夜も涼しくならないんだもの。お化け大会で脅かされる方は涼しくなれても、脅かす方は大変だわ」
「それでも裏方、人気だったよ?」
あんな仕組みだなんて知らなかった、とジョミー君。普通の1年生だった頃の私たちはサイオンもサイオニック・ドリームも知らず、本物のお化けが出たとしか思えない状況に悲鳴を上げまくっていたのです。スウェナちゃんと私は「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れていたお蔭でコースをクリア出来ましたけど、男の子たちは途中でリタイヤ。つまりそれほど怖かった、と…。
「ぼくもいつかはやってみたいな、脅かす係」
瞳を煌めかせるジョミー君に、会長さんが。
「まだそれどころじゃないだろう? サイオニック・ドリームは既に操れなくなっていると見たけど? …キースが完璧にマスターしてから一度も訓練してないし…。出来るかどうか試してごらん」
始めっ、と会長さんが手を叩きましたが、何も起こりませんでした。
「「「………」」」
私たちはジョミー君の髪に注目中。以前だったらキース君と同じく坊主頭に見せかけられた筈なのですけど、明るい金髪が光を弾いているばかり。
「…どうやらダメになったようだね」
元の木阿弥、と冷たい口調で引導を渡す会長さん。
「仏門に入る時には綺麗に頭を剃りたまえ。二度とコツを教えるつもりはないし」
「えっ、そんな…。なんでぼくだけ!? キースは上手に誤魔化してるのに!」
「ふうん? 仏弟子になる覚悟はあるんだね。嬉しいよ、ジョミー」
「ち、違うってば! 今のは言葉のアヤってヤツで…!」
そんな気は無い、と絶叫しているジョミー君の姿に笑い転げる私たち。シャングリラ学園は今日も平和でした。そう、昼食を食べ終えるまでは…。

パスタの後はのんびりしてからティータイム、とばかりに冷たい飲み物で寛いでいると、会長さんが「また忘れてるし…」と呟きました。
「新学期と言えばこの行事、って何度言ったら覚えるんだい? ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
奥の部屋から「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運んできたのはリボンがかかった平たい箱。中には何が入っているのか、嫌でも分かるというものです。せっかく今まで忘れていたのに、やはり今学期も逃げられませんか! 箱の中身は青月印の紅白縞のトランクス五枚。会長さんが教頭先生に新学期を迎える度に贈るもので…。
「その顔つきだと、思い出してくれたみたいだね。行くよ、ハーレイがお待ちかねだ」
「「「はーい…」」」
仕方なく立ち上がる私たちを引き連れ、教頭室に向かう会長さん。トランクスのお届け行列の先頭は箱を掲げた「そるじゃぁ・ぶるぅ」で、私たちはそのお供です。日差しが眩しい構内を歩き、本館の奥の重厚な扉の前まで行くと…。
「失礼します」
会長さんが扉をノックし、返事を待ってガチャリと開けて。
「お待たせ、ハーレイ。いつものヤツを持ってきたよ」
青月印の紅白縞、と会長さんは箱を教頭先生の机の上に置きました。
「一学期にシルクのを1枚プレゼントしたから、期待してたかもしれないけどね…。残念ながらコットンのが5枚。君のお尻に贅沢をさせる必要はない」
「…そういうものか?」
苦い顔をする教頭先生に、会長さんはフンと鼻を鳴らして。
「不満だったら箱ごと引き取らせて貰うけど? シルクのを自分で買えばいいだろ」
「い、いや…。私にはこれは特別なもので…」
教頭先生は慌てて箱を手元に引き寄せ、押し頂くと。
「有難く頂戴させて貰おう。…お前からのプレゼントというだけで嬉しいからな」
「なるほどね。でもさ、さっきの顔は頂けないな。…こ~んなだったよ」
ね? と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の可愛い額を両手でギュッと寄せ、皺を作って。
「こんな感じで眉間に皺! そりゃ、普段から皺はあるけど、それよりずっと深かった!」
「…そうか?」
「そう! その皺、癖になってるとはいえ、年々深くなってないかい? メモを挟んでも落ちなさそうだよ」
試してみよう、と机の上からメモ用紙を取った会長さんは教頭先生の眉間の皺に押し付けてみて。
「さっきみたいにギュッと寄せて! …ほらね、やっぱり落ちないじゃないか」
「……お前……」
皺に挟まったメモがハラリと落ちて、教頭先生は世にも情けなそうな顔。
「挟めと言ったのはお前だぞ? いくら私でも普段はそこまで…」
「ううん、気が付いてないだけだって! 今更皺取りの整形をしろとは言わないけどねえ…。もっとにこやかな顔をするよう心がけたら? それだけで人生変わると思うよ。笑う門には福来る、ってね」
ほら、と会長さんが宙に取り出したのは卓上用の鏡でした。シンプルなのは私も持ってますけど、凝ったフレームの綺麗なヤツです。会長さんの趣味でしょうか?
「フィシスのをちょっと借りてきた。これをさ、こんな風に机に置いて、と…」
教頭先生から覗き込める位置に鏡を据えた会長さんは。
「コールセンターに鏡を据えてる会社があるんだってさ。お客様には笑顔で応対! それがきちんと出来てるかどうか、各自が鏡でチェックするんだ。君もそうすれば少しは皺が…。どう? 鏡に向かってスマイル、スマイル!」
「………。今一つ落ち着かんのだが…」
「そうかな? それはもしかして…鏡のせい?」
教頭先生の背後に回り込んだ会長さんが肩越しに顔を覗かせた途端、教頭先生は「うわっ!」と派手に仰け反りました。えっ、なんで? 会長さん、怖い顔とかはしてませんけど…?
「ふふ、やっぱり鏡のせいなんだ?」
クスクスクス…と笑いを漏らす会長さん。
「ぼくが鏡に映ると困る。…そうなんだろう?」
「…ご、誤解だ! 誓って何も疾しいことは…!!」
「疾しいこと…ねえ? 語るに落ちるってヤツだよ、ハーレイ。…とりあえず鏡は返しておこう。ぼくの大事な女神が穢れる」
卓上ミラーがフッと消え失せ、会長さんは眼光鋭く教頭先生を睨み付けると。
「さあ、白状して貰おうか。鏡で妄想したのは何? ぼくの姿には間違いないね。…それからこれも!」
机の抽斗から会長さんが引っ張り出したのは分厚い何かのカタログでした。それをドスンと机に投げ出し、声を荒げて。
「こっちも説明よろしく頼むよ。その子たちにも分かるようにね、ぶるぅは無理かもしれないけれど!」
子供だから、と会長さん。えっと…ぶるぅには理解不能かもしれない何かですか? そして理由が「子供だから」って、嫌な予感しかしないんですけど~!

「そのぅ…。リフォームをしようかと思って…」
教頭先生は蚊の鳴くような声で答えました。なるほど、カタログの一冊は内装とかのヤツみたいです。教頭先生の家は古くなってはいませんけれど、気分を変えたくなったのでしょうか?
「リフォームね…。それも寝室限定の、だろ?」
会長さんが指先でイライラと叩いているのはベッドのカタログ。
「しかもとってもマニアックだ。付箋までつけて買う気満々、どんな顔して行く気なんだか…」
ショールームに、と言った会長さんはカタログをバッと開きました。付箋が付けられたページに載っていたのは…。
「「「!!!」」」
「百聞は一見に如かず。この子たちにも一発で通じたみたいだね」
カタログの写真は色こそ全く違いましたが、見覚えのあるものでした。マツカ君の別荘に行った時、電車を間違えたキャプテンが泊まってしまったラブホテル。そこにあった円形ベッドというヤツです。…こんなベッド、普通に売られていたんですか? 仰天する私たちに会長さんはクスッと笑って。
「形が似てるっていうだけじゃなくて、これは回転ベッドだよ? ラブホテルに設置するのが禁止なだけで、一般向けには売られてるんだ。リクライニング機能もついている。ショールームじゃ子供に人気の品なんだよね」
「…子供?」
思わず訊き返したキース君に、会長さんは。
「うん、子供。回転するのが楽しいらしくて、回りながら本を読んだりゲームをしたり…。ぶるぅも気に入りそうなベッドだ。だけど、ぶるぅを遊ばせるために買おうってわけじゃなさそうだねえ? 残念だね、ぶるぅ」
「えっ、違うの? 回るベッドって楽しそうなのに…」
遊んでみたい、と教頭先生を見詰める「そるじゃぁ・ぶるぅ」はソルジャーがラブホテルに押し掛けていった理由をサッパリ理解していませんでした。会長さんは「ぶるぅが遊びたいってさ」と教頭先生に視線を向けて。
「子供は無邪気でいいよね、ハーレイ? ぶるぅのオモチャに買うんだったら、ぼくも文句は言わないけどさ…。実際の所はそうじゃない。回転ベッドを置くだけだったらリフォームは特に必要ないんだ。…問題はそっち。ぼくの姿が鏡に映ると心臓に悪いリフォームなんだろ?」
「…そ…それは……」
「ハッキリ言ってあげようか? やりたいリフォームは鏡張りだ、って!」
「「「鏡張り!!?」」」
私たちの声は裏返っていたと思います。鏡張りって…例のラブホテルがそうだったという壁や天井が鏡の部屋? 顔を見合わせ、肘でつつき合う私たちに会長さんは大きく頷いてみせて。
「そう、その考えで合っている。ハーレイときたら、寝室の壁と天井を鏡張りにしたくてリフォーム計画を練ってるんだよ。個人の家で鏡張りにするのは何の問題も無いからね。…つまり自宅でラブホ計画!」
「「「………」」」
ラブホがラブホテルの略だというのは分かります。鏡張りの寝室に回転ベッドって、教頭先生、正気ですか? 今のラブホテルでは作れない仕様の部屋だと聞きましたけど、そんなものを作ってどうすると…?
「…ブルーがハーレイに送った写真で目覚めたらしいよ」
会長さんは吐き捨てるように言いました。
「あの時の携帯は壊れたけれど、ハーレイの記憶には写真がしっかり残ってる。当然、ぼくにも読み取れるわけ。あれを撮ったのはあっちの世界のハーレイなのかと思ったけれど、あのハーレイもヘタレだし…。多分ブルーがサイオンで携帯を操作して写したヤツだろうね。あっちもこっちもブルーだらけ」
鏡が複雑に反射し合って山ほどソルジャーが写っていたのだ、と会長さん。しかもソルジャーは服など勿論着ていなくって…。
「ハーレイはあれを再現してみたいらしい。鏡張りの寝室にぼくを連れ込んでどうする気なのか知らないけどね。…回転ベッドもそれと同じさ。ブルーが絶賛していたせいで、ぼくが喜ぶと思ってるんだ。…そうだろ、ハーレイ?」
「………」
「沈黙は何よりの証拠ってね。確かに回転ベッドは嫌いじゃないけど…。でも、ぼくもそれに関してはレベルはぶるぅと同じなんだ」
回転するのが楽しいだけ、と会長さんはウインクしました。
「流行ってた頃に行ってたけどさ、回るベッドであれこれするのは趣味じゃなかった。だからのんびり寝転んでただけ。…いろんなタイプがあったんだよね、全盛期には。どんなベッドを置いているのか探索するのは面白かったよ。それでグレイブを陥れたこともあったっけ」
「「「えっ?」」」
「だからさ、グレイブはミシェルと付き合っていたし、そういうホテルにも行きたいわけ。何処がいいのか悩んでるのが分かったからね、意識の下にちょっと情報を…。で、回転しながら天井近くまで昇っていくベッドを置いてるホテルを紹介したのさ。…グレイブ、高所恐怖症だろ?」
グレイブ先生がどうなったのかは容易に想像がつきました。回転ベッド、恐るべしです。けれど「そるじゃぁ・ぶるぅ」は遊園地のアトラクションみたいに受け止めたらしく…。
「そんなのがあるの? ハーレイ、買うんだったら天井まで昇っていくベッドがいいなぁ、とっても楽しそうだもん!」
乗り物みたい、と叫ぶ「そるじゃぁ・ぶるぅ」は本当に何も分かっていませんでした。鏡張りだってミラーハウス感覚に決まっています。教頭先生のリフォーム計画、ラブホどころか遊園地では…?

リフォームのカタログを前に項垂れている教頭先生。会長さんには喜んで貰えず、期待に溢れた目で見ているのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」なのですから。会長さんは呆れたように溜息をつき、「皺!」と教頭先生の眉間を指差して。
「また皺が深くなってるし! 妄想するのは勝手だけどね、リフォームしたらぼくが来るとでも思ってる? そういうリフォームは君みたいなヘタレには敷居が高いって知っていた?」
もれなく自分も映るんだよ、と会長さんは指摘しました。
「回転ベッドは置いとくとして、鏡張り! ぼくが沢山映れば嬉しいだろうけど、君の姿だって映るんだ。ブルーが送って寄越した写真はブルーしか映らないようにしてあっただけさ。…自分が映りまくった鏡があっても出来そうなわけ? 何もなくてもヘタレな君が…?」
「………」
教頭先生の眉間の皺が一層深くなりました。会長さんはクッと笑って「無理だろうね」と可笑しそうに。
「でもさ、せっかくだからリフォームするのもいいかもしれない。鏡張りにすれば普段から自分を客観的に見られるし…。たとえば、これ」
紅白縞が入った箱をポンポンと叩く会長さん。
「寝室というのは着替える場所だ。君がどういう順番で服を着るのか知らないけどね、だらしない格好をしてれば一発で鏡に映るから! お風呂上がりにトランクス一枚でうろつくタイプは好きじゃないんだ。自分の家だと思ってリラックスしてやっているのは知ってるんだよ? 百年の恋も醒めるってヤツだ」
そもそも恋はしてないけれど、と会長さんは冷たい笑み。
「それに抱き枕もあったっけね。印刷されたぼくを相手に色々やっているのも映るよ? きっと空しくなるだろうねえ、一人で何をやってるのか…って」
そこで会長さんは「ああ」と両手を打ち合わせて。
「相手がいないから空しいわけだ。リフォームが出来たら、あっちのブルーを呼べばいい。どうせ呼んだってオモチャにされるだけだろうけど、そこそこ遊んでくれると思うよ。…なにしろ、ぶるぅのパパだしねえ?」
え。ぶるぅのパパって……それって確か……。青ざめる私たちに、会長さんは。
「そうさ、ブルーはハーレイ相手に突っ込むことが出来るわけ。せっかくのラブホ計画なんだし、ブルーと楽しく過ごせばいい。鏡張りも回転ベッドも経験済みのブルーだからこそ、色々教えてくれるかも…。ぼくを招待するのは実地で知識を入れてからだね。…名案だろう?」
「…し、しかし……。あのブルーは……」
「危険って自覚はあるわけだ? あの時の記憶は消していないし、下手をすれば自分がヤられる方だってことは分かってるもんねえ…。それじゃ知識の仕入れ方を変える? 鑑賞しながらお勉強」
「「「鑑賞?」」」
なんじゃそりゃ、と誰もが思ったのですが…。
「ブルーに部屋を貸すんだよ」
会長さんは事も無げに言い放ちました。
「鏡張りと回転ベッドが気に入ったって言ってたし…。青の間に導入したいらしいじゃないか。でも実際には不可能だろうし、君がそういう部屋を作れば喜んでハーレイと泊まりに来るよ。君は隠しカメラでも仕掛けて二人を観察すればいい。下手なアダルト番組なんかより刺激的でいいと思うけどな」
勉強にもなって一石二鳥、と会長さんは得意そうです。
「そうだ、マジックミラーの方がいいかも! クローゼットの扉をマジックミラーに取り換えるのはどうだろう? えっと…。そうそう、これだね」
カタログをめくった会長さんが見つけ出したのはマジックミラーのページでした。本来は間仕切りなんかに使うようですが、特注すれば扉などにも加工できます。部屋の側からは鏡に見えて、クローゼットの中から覗けば透明なガラスになる仕組み。…つまり覗き用の部屋を作るというわけですか…。
「ブルーなら覗かれていても平気だよ。あっちのハーレイはダメだろうけど、覗かれてるってバレさえしなけりゃ大丈夫だし…。よし、決まった。鏡張りと回転ベッドのリフォーム、許可しよう。ブルーもきっと喜ぶだろうし、ぶるぅは回転ベッドで遊んでみたいらしいしね」
天井まで昇るタイプとなると…、とカタログに書かれたオプションをチェックしている会長さん。教頭先生の自宅の寝室をラブホ化計画、会長さん主導でゴーサインですか?

最初の間は教頭先生は思い切り腰が引けていました。クローゼットにマジックミラーはマズイと思ったらしいのです。けれど会長さんに「知識を仕入れるチャンスだから」と強く言われて、だんだんその気になってきたようで…。
「私がきちんと知識をつけたら、お前が嫁に来てくれるのか?」
「さあね? その時の気分によるかな。だけど知識は仕入れておいて損はしないよ、ヘタレも直しておかないと…。クローゼットの中で鼻血と戦いながら頑張るといい」
ティッシュを箱ごと抱えて隠れること、と会長さんにそそのかされた教頭先生、素直にコクコク頷いています。そして会長さんと一緒に回転ベッドや専用のマットレスなどを選び、後は実行に移すだけ。予算の方も教頭先生のキャプテン貯金からドカンと出すことが決定して…。
「うん、完璧。これでブルーも大喜びだ。マジックミラーはブルーには教えていいんだよね?」
「そうだな。流石に黙って覗きをするのはどうも…。お前から伝えておいてくれ」
「了解」
会長さんはニッコリ綺麗に微笑んで。
「それじゃ改装計画ってことで、長老会議を招集しなくちゃ」
「「「長老会議!?」」」
なんですか、それは? 長老会議と言えばサイオンや仲間に関する重要な事を決定するための機関では? 何故に教頭先生の私的なリフォームに長老会議…?
「え、だって。…キャプテンとソルジャーが共同で練った計画だよ? しかもキャプテンの私邸の改装。これが重要事項ではないと?」
とても重要だと思うんだけど、と会長さんは大真面目な顔。
「ぼくとハーレイが企画した以上、仲間の福利厚生にも役立てないとね。…天井まで昇る回転ベッドと鏡張りの部屋はどう考えても娯楽用だ。あっちの世界のブルーだけでなく、希望する仲間に貸し出してこそのキャプテンだろう? まさか私物化しないよね?」
そんな心の狭いこと、と瞳を向けられた教頭先生はウッと詰まって。
「こ………こ、公共のスペースという扱いなのか?」
「もちろん。君が出資して仲間の娯楽に役立てるなんて素敵じゃないか。昔あのタイプのベッドで大失敗をしたグレイブなんかが喜ぶかもね、リベンジのチャンスがやって来た…って」
高所恐怖症を克服しようと頑張ってるし、と会長さんは内線電話に手を伸ばすと。
「とりあえず会議は明日でいいかな、今日はエラが早めに帰るみたいだし。…招集してから書類を作って、提出して…と。あ、もしもし、ゼル?」
「ブルー!!!」
教頭先生が凄い勢いで受話器を引ったくり、電話の向こうのゼル先生に。
「すまない、ブルーが悪戯を…。そ、そうじゃない、私は何も…。い、いや、だから…。待ってくれ、ゼル!」
ツーッツーッと響く、切れてしまった電話の音。会長さんがトランクス入りの箱を手に取り、「武士の情け」と肩目を瞑って。
「君の家に送ってあげるよ、この箱だけはね。ぼくがプレゼントしてると知れると何かとマズイし…。後は自分で頑張って」
さあ逃げるよ、と会長さんは踵を返して教頭室を飛び出しました。私たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も慌てて続き、廊下を少し走った所で反対側から駆けつけてきたゼル先生と出くわして…。
「どうしたんじゃ、ブルー! ハーレイの部屋で何があった?」
「新学期の挨拶に行ったら、寝室をリフォームしたい、って色々相談をされたんだ。ジョミーたちがいるから大丈夫だと思っていたのに、どんどん危ない方向に…」
「危ないじゃと?」
「うん。鏡張りの部屋がどうとか、マジックミラーにしようとか…。おまけに回転ベッドまで買うって言い出して…。ぶるぅが遊ぶためのベッドだと勘違いしたのも悪かったんだろうね」
ゼル先生の顔がみるみる憤怒の形相に変わり。
「鏡張りに回転ベッドじゃと!? おのれハーレイ、血迷ったか! 安心せい、ブルー、しっかり締め上げておくからな!」
任せておけ、と凄い勢いで教頭室に駆け込んで行くゼル先生を会長さんはペロリと舌を出して見送ると…。
「これでハーレイの妄想は終わり。カタログとかは目につくように広げといたし、思い切り絞られて懲りるといいよ。…なにが鏡張りに回転ベッドさ、扱えもしないヘタレのくせに」
「えぇっ、遊べるお部屋は作れないの?」
残念、と名残惜しそうな「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れて帰ってゆく私たちの後ろで聞こえた悲鳴とドタバタ逃げ回る激しい足音。教頭先生、とんでもない目に遭ってらっしゃるみたいです。新学期早々、お気の毒としか言えませんけど、トランクスの箱が発見されなかっただけでもマシと思って下さいね~!



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