シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
シャングリラ学園では水泳大会が終わると次の話題は収穫祭と学園祭です。収穫祭は学校ではなくてマザー農場での行事ですけど、ジンギスカンの食べ放題やら農場体験やらが大人気。学園祭の方は去年公開した「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋が今も話題で、今年はどうなるのかと噂されていたり…。
「ねえ、今年も公開しちゃうわけ?」
どうするの、とジョミー君が尋ねたのは放課後のこと。今日のおやつは木の実のキャラメルタルトでした。アーモンドにクルミ、様々なナッツがたっぷりです。話を振られた会長さんは「さあ?」とフォークで自分のタルトをつつきながら。
「学園祭まではまだ日もあるし、正直、なんにも考えてない。去年みたいに必要性に迫られてるわけでもないからねえ…。今年入学した1年生はぶるぅの部屋なんか見ていないしさ。吹っ飛んだのは去年のことだし」
「………すまん」
頭を下げたのはキース君です。
「俺がバーストしたばっかりに…。しかも個人的な悩みのせいで」
「そうだったねえ。うんうん、君以外には実にバカバカしい悩みだったよ」
情けない、と会長さん。
「君が素直に坊主頭を受け入れていれば、あんな細工は必要なかった。サイオニック・ドリームを操るのに必要なサイオンを引き出すためだったとはいえ、大いに高くついたよね。…まあ、保険で修理は出来たけどさ」
キース君は坊主頭になるのが嫌で、サイオニック・ドリームで誤魔化せないかと頑張った挙句、会長さんにつつかれて起こしたバーストが切っ掛けで全面的に解決したのでした。ただし今でもサイオニック・ドリームは坊主頭に見せかけること限定でしか使えないらしいですけども。
「…ところで、キース。ぶるぅの部屋のことはともかく…」
どうするんだい、と会長さんが尋ねました。
「今年の暮れには伝宗伝戒道場だろう? 準備の方は順調なのかな?」
「「「…デンシュウデンカイ…?」」」
なんですか、それは? 道場と名前がついてるからには、前から何度も話題に出ている道場を指しているようですが…。
「ああ、それはね…」
会長さんがニッコリ微笑みました。
「伝は伝える、宗は宗教の宗で、戒は戒律の戒と書くんだ。この道場を無事に終えたら、キースは本物のお坊さんになれるんだよ。今までは見習いみたいなものかな、一人じゃ何も出来ないしね」
「え? 色々やっているじゃない」
月参りとか墓回向とか、とジョミー君。仏の道は嫌だと言う割に覚えているのは毎年の修行体験ツアーのせいでしょうか? 会長さんは満足そうに頷いて。
「なるほど、キースの動向は気にしてるわけだ。…いずれは君も通る道だし、チェックしておくのはいいことだね」
「ち、違うってば! だってキースとは付き合い長いし、しょっちゅう聞いてりゃ覚えるよ!」
「ふうん? 確かにキースは熱心にお寺を手伝ってるから、必然的に話題になるか…。まあいい、そういうことにしといてあげよう」
それはともかく、と会長さんは私たちの方に向き直って。
「月参りだの墓回向だのは、得度……お坊さんになる儀式だけどね、それを済ませて修行をしてれば一応なんとか出来るんだ。お経が読めれば問題ない。だけどお寺を預かるとなると話は別だ。住職の資格が必要になる。ついでに伝宗伝戒道場をクリアしないと、お葬式を出すこともできないんだよ」
「「「???」」」
「そうか、キースはアドス和尚の手伝いでお葬式もやっているからねえ…。勘違いするのも無理ないか。引導を渡すって言葉を知ってるかい? トドメの一撃みたいな意味で使われてるけど、本来はお坊さんの言葉なんだよ。亡くなった人の俗世への未練を断ち切り、あの世へ導く手順を指すのさ」
「簡単に言えばそういうことだな」
キース君が応じ、会長さんは更に続けて。
「この手順がまた複雑でね。そのために必要な知識と資格を伝宗伝戒道場で授からないと、一人前のお坊さんになれないわけ。つまりキースはまだまだヒヨコ」
頑張らないとね、と発破をかけられ、キース君は。
「言われなくても準備はしている。先輩たちの体験談も聞いたりしてるし、親父にも色々教わってるし…。勉学の面で不安は無い。…問題はあそこの環境だな」
厳しいんだ、とキース君は珍しく弱音を吐きました。
「外との境は障子一枚、それで暖房は一切無し! もちろんカイロは使えないから、霜焼けが痛くて泣きたくなるとか夜は凍えて眠れないとか…。サイオン・シールドが使えたらな、と何度も思っているんだが…」
「シールドまでは面倒見ないよ」
会長さんが素っ気なく言い、キース君は「そうだろうな」と呟いて。
「これでも努力はしてるんだ。それなのにコツが全く掴めん。…駄目だった時は諦めて霜焼けだな」
「そうしたまえ」
暖冬になるといいね、と会長さん。私たちも無責任に「暖冬だといいね」を連発しながらキース君を応援しました。そうか、いよいよ道場入りが近付きましたか…。去年のカナリアさんこと光明寺の修行道場も大変だったみたいですけど、今度はその比じゃないのかな?
ワイワイ賑やかに騒ぎ立てながら会長さんから得た情報では、伝宗伝戒道場は完全に外部から切り離された世界のようです。カナリアさんでやった高飛びという名の外出なんかはもっての他。家族とも一切連絡が取れず、道場が終わる日にはお寺によっては家族の他に檀家さんまでがお迎えに来るというのですから凄いかも…。
「それだけ期待されてるんだよ」
会長さんがキース君を見遣りながら。
「正式にお寺の跡継ぎになるんだからね、檀家さんだって気合が入る。キースも檀家さんやアドス和尚の期待に応えて立派に修行をやり遂げないと…。剃髪しない分、人並み以上に!」
「…分かっている…」
この期に及んでもキース君は髪の毛を守り通す気でした。カナリアさんの道場の時と同じで会長さんに貰ったカツラだと周囲を誤魔化し、長髪をキープしようというのです。まあ、伝説の高僧の会長さんも剃髪したことがないのですから、私たちも突っ込んだりはしませんけども。
「髪の毛の分は頑張るさ。俺の目標は緋の衣だしな」
そのためにも道場をクリアしないと、と拳を握るキース君。そこへ…。
「こんにちは。今日も盛り上がっているようだね」
紫のマントが優雅に翻り、ソルジャーが姿を現しました。
「ちょっとお願いがあるんだけども、時間、いいかな?」
「「「は?」」」
「時間あるかな、って聞いてるんだよ。見たところでは暇そうだけど」
「え? あ、ああ…。まあ…」
会長さんが答えた所でソルジャーは。
「ありがとう。時間があるなら話が早い、と」
よいしょ、と掛け声をかけて伸ばされたソルジャーの右手の先で空間が揺らめき、続いて悲鳴が。
「やだやだ、やだーっ! ごめんなさいって言ってるのにーっ!!!」
「「「ぶるぅ?」」」
嫌と言うほど聞き覚えのある声は「ぶるぅ」です。けれど姿は見えては来ずに、空間を挟んで引っ張り合いになっている模様。
「うるさくしちゃって申し訳ない。悪いけど、三分間ほど我慢して」
「「「………」」」
三分間。それはサイオン全開の「ぶるぅ」が持ちこたえられる時間の限界でした。まるでカップ麺みたいですけど、本当に三分間しか持たないのです。キャーキャーと騒ぐ「ぶるぅ」の様子に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が不安そうに。
「ねえねえ、ぶるぅ、どうしちゃったの?」
「ん?」
ソルジャーは見えない空間の向こうを引っ張りながら。
「じきに分かるさ、ぶるぅが来れば…ね。それにしても往生際が悪いったら…。時間切れになったら体力もゼロって自覚が無いようだ。いいのかい、ぶるぅ、もうすぐ三分経ちそうだけど」
「いやーーーっ!!!」
そこで三分経過したらしく、「ぶるぅ」がドサリと絨毯の上に落ちて来ました。駆け寄った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が覗き込みましたけど、どうやら意識が無いようです。体力がゼロになるまで抵抗していた「ぶるぅ」が何をしでかしたのか、何が「いや」で「ごめんなさい」だったのか、分かるのはもう少し先ですかねえ…?
サイオンと体力を使い果たしてしまった「ぶるぅ」はクッタリと床に伸びていました。それをソルジャーが抱え上げてソファに放り出し、両手をパンパンと軽くはたいて。
「やれやれ、手間のかかる…。とはいえ、持って三分間だから! そんなに迷惑はかけないと思う」
「もう充分にかかったってば!」
うるさかった、と会長さん。けれどソルジャーは聞いているのかいないのか…。
「美味しそうなタルトじゃないか。ぼくの分もある?」
「うん!」
待っててね、とキッチンに走って行く「そるじゃぁ・ぶるぅ」をソルジャーは「いい子だよね」と見送って。
「いいお手本もついてることだし、ぶるぅも刺激になるだろう。これを機会に悪戯が減るとぼくも嬉しい」
「「「は?」」」
話が全く見えません。さっきまでの「ごめんなさい」と何か関係あるんでしょうか?
「ぶるぅを預かって欲しいんだよ。一ヵ月とまでは言わないからさ」
「「「えぇぇっ!?」」」
預かるって…なんで? そもそも誰に「ぶるぅ」を預けると? ビックリ仰天の私たちにソルジャーは。
「ぼくたちの事情を知っている人にしか頼めないから、お願いしたい。ぼくの世界では駄目なんだ。こっちの世界でも誰の家でもいいってわけではないんだけども…。ブルーかハーレイか……どっちも駄目ならノルディの家だね」
その三人、とソルジャーが言い終えるのと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が戻ってきたのは同時でした。ちゃんと「ぶるぅ」の分のタルトまで用意してきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「どうしたの?」と首を傾げて。
「えっ、ぶるぅをこっちの世界で預かるの? お客様はいつでも歓迎だけど、ぶるぅ、嫌がっていなかったっけ?」
「嫌がってたさ。だからサイオンを使い果たすまで無駄な抵抗をしたってわけ。まったく、子供ってヤツはこれだから…」
ブツブツと文句を言っているソルジャー。
「こっちの世界でいい子にしてろ、って言っただけなのに嫌だ嫌だって大騒ぎなんだ。青の間のカーテンの支柱にしがみ付いて離れないから引っ張り合いになっちゃった。どうせサイオンでは勝てないのにねえ?」
馬鹿じゃなかろうか、とソルジャーは「ぶるぅ」の額を指でピンと弾いて。
「さてと、目を覚ますまで待ってると夜になりそうだから起きて貰うとしようかな。…ぶるぅ!」
青いサイオンが「ぶるぅ」を包み込み、吸い込まれるように消えた次の瞬間。
「ごめんなさいーっ!!!」
大声で叫んで「ぶるぅ」がガバッと飛び起きました。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい! もうしないから捨てないでようーっ!」
え、捨てる? 不穏な言葉に私たちの視線がソルジャーの方へと集中します。ソルジャーは困ったように肩を竦めて…。
「捨てるとまでは言っていないと思うんだけどねえ? ちょっと訳ありでぶるぅを遠ざけておく必要があるから、こっちの世界に預けに来たってだけなのに…」
「ぼくは返事をしていないけど?」
会長さんがソルジャーをジロリと睨んで。
「ノルディは論外だから放っておくとして、ぼくかハーレイにぶるぅを預かれと言うんだろう? どうして急にそんな話に? それに本人が嫌がってるのに…」
「ぼくの世界では駄目なんだよ」
ソルジャーは先刻と同じ台詞を繰り返しました。
「ぼくたちの世界はシャングリラの中だけだってこと、知ってるよね? シャングリラの外でも大丈夫な世界だったら船の外に放り出すだけでいいんだけれど、そういうわけにはいかなくて…。だから、こっち」
ぶるぅにも馴染みのある世界だし、とソルジャーは「ぶるぅ」の頭を小突いています。その「ぶるぅ」は酷くしょげた様子で、しょんぼり座っているんですけど…。
「…ごめんなさいって言ってるのに…。それでもダメ…?」
「ぼくが駄目だと言ったら駄目だ」
ソルジャーはピシャリと冷たく言い切り、私たちをグルリと見渡して。
「好奇心旺盛すぎたんだよ。…いや、そもそもの原因はブルーにあると言うべきか…。前にぶるぅに余計な講義をしただろう? あのせいで不幸な展開になった」
「「「???」」」
余計な講義って何でしょう? 会長さん、何かやりましたっけ…?
ソルジャーが何を言っているのか把握できた人は皆無でした。名指しされた会長さんですら首を捻っている有様です。そんな私たちを他所にソルジャーは黙々とタルトを頬張り、「御馳走様」と紅茶で口を潤してから。
「木の実のタルトっていうのがタイムリーだよね、木の実には花が必須だし……そもそも花が咲いただけでは実はならないし! ブルー、忘れたとは言わせないよ。ぶるぅに花に例えて御立派な講義をしてくれたよね?」
「「「………」」」
私たちの背筋に冷たい汗が流れました。花と実の話で講義といえば、前に「ぶるぅ」が自分のママはソルジャーなのかキャプテンなのかと悩んでいた時に会長さんが教えた保健体育の授業です。あのせいで何か問題が? 不幸な展開って聞きましたけど、再びパパ・ママ戦争だとか…? ざわめく私たちにソルジャーは。
「パパ・ママ戦争が勃発したならまだいいさ。ぼくとハーレイの間で決着をつければ済む問題だ。…まあ、ぼくはママにはなりたくないからハーレイがママになるだけだけど」
おえっ、と誰かの呻き声が。あちらの世界のキャプテンがシャングリラ号の女性クルーの制服を着た姿を思い浮かべてしまったのでしょう。そう言う私も軽く目眩が…。ソルジャーはフンと鼻を鳴らしてふんぞり返ると。
「とにかく、ママはハーレイなんだ。ぶるぅもそれで納得した。…でもさ、ぶるぅは好奇心の塊と言ってもいいくらいだから、ライブラリで色々調べたらしい。そしたら疑問が湧き上がってきて、やっぱりママはぼくじゃないかと思い始めて…」
それだけなら罪は軽いんだけど、とソルジャーは溜息をつきました。
「一度気になると確かめずにはいられないのが子供ならでは。…ぶるぅは覗きに抵抗が無いし、こっちのハーレイがぼくの世界にヘタレ直しの修行に来た時に妙な知識を仕入れた挙句に、見られていると燃えると思い込んじゃってそのままだし…。ぼくは訂正したのにさ」
「間違えてないもん!」
即座に反論する「ぶるぅ」。
「ブルーは見られていても平気で、ハーレイは見られると意気消沈でしょ? だから隠れていたんだもん! ブルーにバレているのは知っていたけど、ハーレイにバレなきゃいいんだもん! それで問題なかったもん!」
「確かに問題なかったさ。見てる分には何一つ…ね」
無いのかい! と心で突っ込む私たち。話の流れからして「ぶるぅ」はソルジャーとキャプテンの大人の時間を覗き見していたようなのですが…? ソルジャーはクスッと小さく笑って。
「万年十八歳未満お断りの団体様でも大体のことは分かるようだね。あ、こっちのぶるぅは分からないかな? うん、分からなくてもかまわないよ。ぼくのぶるぅが普通じゃないだけ。…そしてぼくのぶるぅは発想の方も普通じゃなかった」
「隠し撮りでもしたのかい?」
揶揄するような会長さんに、ソルジャーは「いっそそれでも良かったかもね」と頷くと。
「記録って部分については正解なんだよ、今の言葉は。…隠し撮りの方が直接的だし、アダルトメディアなんてモノもあるから、却ってそっちの方がいいかも…。再生するだけで興奮できると思わないかい?」
「ストップ!」
それ以上は禁止、と会長さんが声を荒げました。ソルジャーは「でも…」と「ぶるぅ」を振り返って。
「話すと長い話なんだよ。アダルトメディアは置いとくとしても、ぶるぅが何をやらかしたのかは知る必要があるだろう? 預かってくれって頼んでるんだし」
「だから何をさ?」
「ぶるぅが預けられるに至った理由のことさ。…まさか嫌とは言わないよね?」
「それは理由によりけりだよ」
一方的な押し付けと押し売りの類はお断り、と返した会長さんにソルジャーは…。
「ぼくのハーレイが意気消沈なんだ。ぶるぅを見ると急に鼓動が速くなったり、胃が痛んだりするらしい。おかげでぼくたちの関係に大いに支障を来たしている。ぶるぅがいなくてもいるんじゃないかと疑念が拭えず、ヌカロクどころか勃たなくて…」
またまたアヤシイ方向に走り始めたソルジャーの話。会長さんがストップをかけても今度は止まりませんでした。
「そりゃ、ぼくだって悪いことをしたとは思っているよ? でもさ、マンネリの日々にストップをかけるにはチャンスじゃないかと考えたりもしちゃうよね? 記録がキッチリあるんだし! そういう点では及第点だよ、ぶるぅがやってたこと自体はさ」
滔々と話し続けるソルジャー。何が及第点で記録なんだかサッパリですけど、「ぶるぅ」が何かを記録したのはどうやら間違いなさそうです。好奇心旺盛で覗きも平気でやらかす「ぶるぅ」。けれどキャプテンが意気消沈で大人の時間に影響が…、って、「ぶるぅ」はいったい何をやったの?
私たちはソルジャーと「ぶるぅ」を交互に見比べ、お互いに肘でつつき合い。万年十八歳未満お断りでは想像に限界がありますけども、「ぶるぅ」のせいでキャプテンがEDになってしまったとか…?
「それに近いね」
誰かの思念を読み取ったらしいソルジャーがクッと喉を鳴らして。
「でもって、もっと正確に言えば、ぶるぅ一人のせいでもない。ぼくにも責任の一端はある。ぶるぅの記録を悪用したと受け取られても仕方ないかも…」
「「「悪用した?」」」
「うん。実際にしたのは校正とでも言うのかな? …これなんだけど」
ソルジャーが宙に一冊の本を取り出しました。茶色い革の表紙に金の飾り模様が入った渋い感じの装丁です。でもタイトルが無いような…?
「これはね、シャングリラ特製の仕様でハーレイ専用になっているんだ。ハーレイは毎日欠かさず航宙日誌をつけている。そのために作られた特別なヤツで、それの予備を拝借したんだけども…。これならハーレイの目に付きやすいし、航宙日誌ともすり替えられるし」
そこが肝心、とニヤリと笑うソルジャー。
「じゃあ、少しだけ読んでみるね。…○月×日、定刻に青の間に到着。いつもと同じ。第二ラウンドはブルーの希望でバスルームで」
えっ、ちょっと待って! ソルジャーは何を読んでるんですか?
「○月×日。到着が少し遅れる。いつもと同じ。…○月×日、定刻に青の間到着。いつもと同じ。…どう、何を読んでいるのか分かったかな?」
「も、もしかして…」
会長さんが掠れた声を絞り出しました。
「君とハーレイの記録とか? いつも通りだとか第二ラウンドとか…」
「当たり」
ソルジャーは本をパタリと閉じて。
「ぶるぅは毎日覗きをしては結果をメモしていたんだよ。「いつもと同じ」と書いたんじゃなくて「ブルーがママ役」と書いてたんだけどね。ママ役が積もり積もっていくんで疑惑はどんどん深まる一方。だから覗きも熱心になるし、ぼくも流石に気になってくる。…そのせいでメモに気がついたんだ」
最初は全然知らなかった、とソルジャーは苦笑しています。
「それでね、せっかくメモが残ってる以上、ハーレイに己のマンネリっぷりを自覚して貰うのもいいかなぁ…って。だけどぼくには地道な作業は向かないし…。それでぶるぅにメモをきちんと清書するよう指示したわけ。新品のハーレイ専用日誌を渡して、ハーレイっぽい文体で簡潔に、って」
ソルジャーは「ぶるぅ」の覗きとメモ書きを叱りつけた後、お詫びの印に清書作業をするよう命令した、と言い放ちました。
「ぼくがママ役って毎日記録していたんだよ? あれだけパパだと言ったのにねえ? ハーレイのママ宣言だって聞いたのにねえ? ぼくの言葉を信じない子はお仕置きされても仕方ない。…ママどころかパパまでいなくなるぞ、と脅して日誌を書かせたんだ」
これがタイトル、とソルジャーが広げてみせた内表紙には綺麗な文字でデカデカと『キャプテン・ハーレイ房中日誌』。えっと…房中って、キャプテン、独房にでも入れられました? 顔を見合わせる私たちに、会長さんがフウと吐息を吐き出して。
「独房の方がマシってものさ。房中というのは分かりやすく言えばベッドの中」
「「「………」」」
凄いタイトルもあったものです。航宙日誌に引っ掛けてあるのでしょうけど、このタイトルは「ぶるぅ」の字には見えません。ソルジャーが「あ、気がついた?」と笑みを浮かべて。
「これだけはぼくが書いたんだ。でもってハーレイの航宙日誌とすり替えておいて、部屋に遊びに行ったわけ。ハーレイの勤務が終わってすぐにね。…ハーレイは日誌を書いてからしか青の間に来ないし、ぼくの相手もしてくれない。だから後ろでニヤニヤ見てた」
日誌を書こうと広げたキャプテンは「ぶるぅ」の下手くそな字で書かれた中身を悪戯書きだと思ったそうです。そしてソルジャーに「見て下さい、この悪戯を!」と言った所でタイトルを指摘され、それから中身を強制的に読まされて…。
「マンネリの日々が分かるだろう、って言ってやったら脂汗を流していたよ。ぶるぅに観察日記をつけられたことが相当ショックだったんだろうね。マンネリを反省して脱マンネリに励んでくれるかと思っていたのに、その場で胃なんか押さえちゃってさ…」
その夜、キャプテンは胃薬を飲んで寝込んでしまい、ソルジャーと大人の時間を過ごすどころではなかったとか。それから後も青の間に来る度に「ぶるぅは何処です?」と警戒しまくり、やたら周囲を気にしまくった結果、何もかもがおざなりになってしまって…。
「でも、おざなりな内はまだ良かった。今じゃ、ぶるぅの影に怯えて全く役に立たないし! ぶるぅは青の間に立入禁止にしたと言っても信じていないし、もう、どうしたらいいんだか…。あれこれ考えまくった結果がぶるぅをこっちに預けることだ。シャングリラにいなけりゃ覗きの心配は無いんだからね」
ハーレイが落ち着くまで預かってくれ、とソルジャーは「ぶるぅ」の頭をポンと叩いて。
「悪戯と大食いは絶対禁止と言ってある。ついでだから、いい子になるよう躾けの方もお願いできると嬉しいな。あ、もちろん逆に使ってくれてもいいよ? ハーレイの家に預けて色々な知識を伝授させても構わない。その辺は好きにしてくれていいから。…ぶるぅ、ぼくがいいと言うまでシャングリラには戻らないこと!」
「え? えぇっ?」
「捨てるとは言っていないだろう! こっちの世界で大いにしごいてもらうといい。料理や掃除を習うのも良し、なんて言ったっけ……お勤めだっけ? サムがブルーに教えて貰っているお経なんかを一緒に読むのもいいかもね。とにかく、ぼくはハーレイとの関係修復に忙しい。パパもママも失いたくないならシャングリラには一切立入禁止!」
じゃあね、とソルジャーは一方的に告げて姿を消してしまいました。取り残された「ぶるぅ」は涙目です。
「ど、どうしよう…」
会長さんが心底困り果てた声で。
「ブルーの扱いには慣れているけど、ぶるぅだけ置いて行かれても…。明日には引き取りに来てくれるかな?」
一日では絶対無理だろう、と私たちは首を左右に振りました。ソルジャーでさえも扱いかねて放り出されてしまったらしい「ぶるぅ」ですけど、私たちの手に負えるんでしょうか? お願いですから一刻も早く回収しに来て下さいです~!