忍者ブログ

シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

仏縁の果てに・第1話

シャングリラ学園の秋の行事はマザー農場での収穫祭。それに先だって薪拾いというのがあります。マザー農場で冬の間の暖房に使われる薪を拾い集めてお届けするのが目的でした。間伐材を程良いサイズに切って置いてくれていたりするので、気分は山での遠足でしょうか。今年も無事に済み、今日は本番の収穫祭!
「かみお~ん♪ こっち、こっち!」
バスで到着したマザー農場では「そるじゃぁ・ぶるぅ」がはしゃいでいました。ジンギスカンの食べ放題に農場体験、楽しいことがてんこ盛り。まずはリンゴを収穫するのが「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお目当てで…。
「美味しそうなのを選んでね! アップルパイにはこれが最高♪」
小さくて背が届かない「そるじゃぁ・ぶるぅ」は私たちにリンゴをもがせて籠一杯に集めています。お次は牛の乳搾りで、それから作りたてのヨーグルトを食べに食堂へ。…しかし。
「ちょ、ちょっと待って!」
ジョミー君が悲鳴を上げました。
「食堂ってあそこにあるんでしょ? ぼく、ヨーグルトは要らないから!」
「なるほどね…」
会長さんの赤い瞳がジョミー君をひたと見据えて。
「宿泊棟には近寄りたくないというわけか…。あそこの屋根裏にはテラズ様があるものね。あんなに君を慕っていたのに、君の仏道修行の妨げにならないようにと成仏したのを忘れたのかい? お念仏も唱えてあげないどころか、近付きたくもないとは嘆かわしい」
「…だ、だって…」
「だっても何も、君の未来はあの段階で決まったようなものだと思うけどねえ? とにかく行くよ、ここまで来たからにはきちんと拝んであげたまえ。…おっと、逃がすわけにはいかないな。キース!」
心得たとばかりにキース君がジョミー君の腕をガシッと掴んで確保しました。私たちは嫌がるジョミー君を宿泊棟へと連行してゆき、顔なじみの職員さんたちに出迎えられて…。
「いらっしゃい。夏祭り以来ですね」
「今日のヨーグルトはスペシャルですよ!」
どうぞ、と食堂へ促す職員さんを会長さんが遮ります。
「その前に、二階へ案内して貰えるかな? ここは普通の生徒たちも来るし、お勤めっていう雰囲気じゃない」
「は?」
キョトンとしている職員さんに、会長さんは。
「ほら、テラズ様だよ。今年の暮れにはそこのキースが住職の資格を取る予定でね。そんな年だし、ぼくが読経ををしてあげようかと」
「住職ですか? そうですか、もうそこまで修行を積まれましたか…」
職員さんたちは感無量といった様子です。そういえば私たちが特別生になった年にマザー農場での宿泊研修があって、キース君が毎日のお勤めのために阿弥陀様を持ち込んでいましたっけ。テラズ様に遭遇したのもその時のこと。駆け出しのお坊さんだったキース君が住職になるというのは職員さんたちも嬉しいかも…。
「それでしたら是非、二階の方へ。テラズ様も喜びますよ」
職員さんに案内されたのは二階の奥の集会室。会長さんは早速サイオンでお勤めに使う道具一式を取り寄せ、私たちもお焼香をして厳かに読経が始まりました。会長さんの後ろにキース君とサム君が控え、キース君は朗々と会長さんに唱和しています。サム君もそこそこ形になっているのが驚きだったり…。ジョミー君は仏頂面でそっぽを向いていますけれども。
「………南無阿弥陀仏」
会長さんがチーンと鐘を鳴らしてお勤め終了。道具は綺麗に片づけられて、私たちは一階に戻って食堂へ。他の生徒たちも来ている中で、案内されたのは『予約』の札が置かれた奥のテーブル。
「お席は確保しておきましたよ。混んでくると座れませんからね」
運ばれてきたヨーグルトには蜂蜜がたっぷりかかっていました。砕いたナッツも散らしてあります。
「蜂蜜は輸入物なんです。国産でこれほど濃いものはちょっと…。ヨーグルトの方も水切りをして濃厚な味わいに仕上げました」
スペシャルですよ、と職員さんが自慢するだけあって「たかがヨーグルト」とは思えない味! ジョミー君もブツブツ文句を言うのをやめて夢中でお代わりしてますし…。会長さんが言うには、この蜂蜜ヨーグルトが名物だという小さな村が星座の元になった神話で有名な国にあるそうです。
「あの国の蜂蜜は美味しいんだ。何種類もあるけど、このヨーグルトの蜂蜜もそうさ。ぶるぅもお気に入りでお菓子の材料に使っているよ。そうだよね?」
「うん! 蜂蜜ヨーグルト、気に入ったんなら作ってあげるよ。シンプルすぎてつまらないかなぁ、って今まで作ってなかったけれど」
私たちは歓声を上げ、マザー農場での時間はアッという間に過ぎていきました。帰りのバスに乗り込む時には職員さん達が総出で見送りに来てくれ、シャングリラ学園の学食用に食材も沢山分けてもらって、収穫祭はこれでおしまい。マザー農場、楽しかったな…。

それから数日経った週末。いつものように「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でお菓子を食べながら柔道部の部活が終わるのを待ち、キース君たちが現れた所で会長さんが。
「やあ、今日も柔道、お疲れ様。…キース、君に招待状が来てるんだけども」
「俺に?」
怪訝そうな顔のキース君。その間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がタルト・タタンを切り分けます。もちろんマザー農場で貰ったリンゴでした。キース君たちの飲み物もテーブルに揃い、その隣に。
「はい、これ」
会長さんが差し出したのはマザー農場のロゴ入り封筒。宛名は書いてありません。
「昨日の夜にマザー農場からウチまで届けに来たんだよ。…だけど中身はキース宛だね、どう考えても招待状だし」
「だから招待状というのは何だ?」
キース君の問いに、会長さんは。
「文字通りの意味さ。読めば分かると思うんだけど、君の都合が良ければ明日、宴会をしたいって」
「宴会だと?」
「うん。壮行会って言うのかな? この間、君がいよいよ住職になるっていう話をしたから、あの後、ぼくに問い合わせが来てさ。…具体的には何をするのかって質問されて、伝宗伝戒道場のことを言ったら、厳しい修行に行く君のために是非とも一席設けたいそうだ」
「………。気持ちは嬉しいんだが、早すぎないか?」
首を傾げるキース君。伝宗伝戒道場は十二月に入ってからのことです。壮行会は確かに早すぎますよね。…けれど、会長さんは「マザー農場にも都合があるんだ」と切り返して。
「あそこはシャングリラ号のサポートなんかで忙しい。収穫祭前後はそっち方面が比較的暇な時期なんだ。だから今の間に壮行会をと言ってきたわけ。三週間、粗食の精進料理に耐える君のためにステーキとかが食べ放題!」
マザー農場のステーキは美味しいよ、と言う会長さんに続いて「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「あのね、あそこのお肉は普通のお店には出ないんだ。特別に契約しているステーキハウスとかホテルだけだよ」
「そういうこと。しかも滅多に出ない幻の味!」
会長さんは得意そうに。
「マザー農場はシャングリラ号の食糧自給システムを支えるために様々な技術を開発中。宇宙空間でも美味しい肉が食べられるように飼育のノウハウを蓄積してる。シャングリラ号の中で育った牛の肉は君たちも何度も食べているけど、不味かったかい?」
私たちは揃って首を横に振りました。言われてみればシャングリラ号の食堂のお肉は宇宙産です。なんとなく地球で補給しているような気がしてましたが、それだと足りなくなるわけで…。船内の農場には家畜飼育部もありましたっけ。でも…シャングリラ号で食べたお肉が宇宙産? 普通のお肉と変わらないような…?
「宇宙船の中で育てても肉質が落ちないように色々と気配りしてるんだよ。食事が不味いと士気も下がるし…。で、宇宙空間でも肉質を維持できるだけの飼育方法を地球上で実践したらどうなると思う?」
「え、えっと…」
ジョミー君が人差し指を顎に当てて。
「…ものすごく美味しくなっちゃうとか? ビールを飲ませるとかマッサージするとか、いろんな牛があるみたいだけど」
「ご名答。マザー農場の牛肉は有名な牛肉に引けを取らない。ただ、生産量が少ないからね…。名前をつけるに至ってないだけ。そしてキースの壮行会にはその肉を出すと言ってるけども?」
「行く!」
速攻で答えたのはジョミー君でした。会長さんが苦笑しています。
「…キース、ジョミーは行きたいそうだよ。招待状には「皆さんでお越し下さい」と書かれているから、ジョミーが行っても問題はない。…つまり招待を受けるかどうかは君次第だ」
「そうなのか…。せっかくの好意を無にするわけにはいかんしな。それに断ったらジョミーに恨まれそうだ。テラズ様があると分かっていてもステーキが魅力なんだろう?」
「え? あ、ああ、うん…。テラズ様はお念仏さえ唱えておけばいいみたいだし! それに宴会にお念仏なんか似合わないから問題ないよね」
平気、平気…とジョミー君は現金です。キース君は招待を受けると返事し、明日はみんなでマザー農場にお邪魔することに。宴会ですから夕方に出かけ、遅くなった場合は会長さんのマンションに泊めてもらうと決まりました。えっ、マザー農場に泊まらないのかって? それだけはジョミー君が絶対嫌だと言ったんです~!

キース君の壮行会の日、マザー農場は迎えのマイクロバスを出してくれました。会長さんのマンションに始まって私たちの家を順番に回り、最後は元老寺前でキース君をピックアップ。シャングリラ・プロジェクトのお蔭で、みんなのパパやママたちもマザー農場が何か知っていますし、マイクロバスが来ても問題なしです。
「ようこそいらっしゃいました」
マザー農場に着くと農場長さんが出迎えてくれ、宿泊棟ではなく管理棟へ。案内されたのは広くて立派な食堂です。いえ、食堂と言うより宴会場でしょうか? キョロキョロと見回している私たちに、会長さんが。
「いい部屋だろう? ここは宴会にも使うんだよ。シャングリラ号のクルーの交流会にはお馴染みの場所だ。普通のホテルやお店とかでもやったりするけど、勤務が終わった直後なんかは宇宙の話も出たりするしね…。仲間しかいない場所っていうのは貴重なのさ」
それに美味しい食事もある、と指差された先には様々なオードブルやサラダ、フルーツなどが並んだテーブル。壁際には温かい料理を提供するためのテーブルが並び、幻の味と名高いステーキの準備も整っています。農場長さん以下、職員さんたちが集まった中でシャンパンやジュースの瓶が開けられ、会長さんがシャンパンのグラスを高く掲げて。
「今日はキースの壮行会を開いてくれてありがとう。道場入りまでには日があるけれど、キースならきっと立派なお坊さんになってくれると思う。三週間の厳しい修行を見事に成し遂げてくれることを祈って……乾杯!」
「「「かんぱーい!!!」」」
私たちもジュースのグラスを差し上げ、キース君のグラスと触れ合わせて…その後は豪華な宴会です。普段からクルーの交流会に利用されているだけあって、パーティー料理も洒落たもの。ジョミー君が一本釣りされたステーキの方は注文に応じて目の前で焼いてくれ、ソースも好きなものを選べる仕組み。
「あのね、味噌ソースなんかも美味しいよ♪」
勧めてくれるのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。無難なソースを選びがちですけど、色々な味にチャレンジ出来るのも食べ放題ならでは! 会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に連れて行ってもらった高級店にも負けないお肉を沢山食べて、お腹一杯になった所でデザートが…。
「あっ、そっちのも美味しそう! それと、これと…」
ジョミー君が「別腹だもんね」とお皿に取り分けて貰っています。私たちも食欲をそそるスイーツをお皿に盛って、のんびりゆったり食後のひととき。コーヒーや紅茶も配られてきて、話題は自然とキース君が行く道場の方に。
「いやあ、三週間ですか…。大変ですなあ」
農場長さんが言い、会長さんが。
「ぼくの時代に比べれば遙かにマシなんだけどね。それでも現代っ子には厳しいだろうなぁ、外部との接触禁止だし…。情報化社会に育っていると三週間は長いと思うよ、新聞なんかも読めないんだから」
「ほほう、新聞も禁止ですか?」
「うん。外の世界がどんな状態になっているのか、情報は全く入らない。ぼくが修行に行った時にはサイオンで情報を得ていたけれど、キースにそこまでの力は無いし…。せいぜい思念波で連絡くらい?」
「俺は思念波を使う気は無いぞ」
心外な、とキース君が不快そうに眉を顰めました。
「他のみんなが携帯も禁止で頑張ってるのに、俺だけズルが出来ると思うか? 道場の決まりは絶対なんだ」
「へえ? だったら潔く剃髪すれば?」
会長さんの言葉にキース君はウッと詰まって。
「それとこれとは別物だ! 髪の毛だけは守り抜くんだと前々から決めているんだからな! あんただってサイオンで誤魔化していたと言っただろうが!」
「まあね」
クスクスと笑う会長さんの隣で、農場長さんも苦笑いしています。
「髪の毛だけは譲れませんか。確かにソルジャー……失礼、ブルーという前例はありますけどねえ。思念波も使わないと決めたのでしたら、髪の毛くらいは…」
「それが彼には大問題なのさ」
とても切実、と会長さん。
「去年のバースト騒ぎは聞いてるだろう? あそこまでして守りたいほど大事な髪の毛らしいんだよ。…物騒だよねえ、髪の毛のためにバーストなんて。おっといけない、すっかり忘れる所だった」
会長さんはそこで言葉を切ると、会場をグルリと見渡して。
「キースの壮行会で大勢集まってくれてることだし、ここで重大発表を…。お酒もかなり入ってるみたいだけれども、ぼくは正気だし、やってもいいよね?」
「「「は?」」」
重大発表って何ですか? キース君の道場入りに関係している何かだろうとは思うんですけど、まるで見当がつきません。会長さんはスッと立ち上がり、ジョミー君の手を取って。
「立ちたまえ、ジョミー。…まずは内輪で発表だ。ハーレイたちがいると大袈裟になるし、そっちのお披露目は落ち着いてからでいいだろう」
「え? ぼ、ぼく? ぼくが何か…?」
戸惑っているジョミー君を強引に立たせ、その肩に手を置いた会長さんは。
「ジョミーがタイプ・ブルーだというのは皆もとっくに知ってると思う。…現時点ではタイプ・ブルーはジョミーを含めて三人しかいない。ぼくに万一のことがあった場合にソルジャーを継がせられるのは……このジョミーしかいないんだ」
「「「………」」」
賑やかだった宴会場がシンと静まり返りました。
「ぶるぅもタイプ・ブルーではある。だが、子供だ。ジョミーもまだまだ幼くはあるが、いずれはぼくの後継者としてしっかりと立って貰わねばならない」
えっ、そんな…。ジョミー君が会長さんの後継者? ソルジャーを継ぐって、それじゃ会長さんはどうなるの? 万一のことなんて言いましたけど、それって、まさか会長さんの寿命が尽きるとか…? 私たちは青ざめ、農場の人たちも声を失っている様子です。会長さんはそれには構わず、ただ淡々と。
「ソルジャーを継ぐのは生半可な覚悟では出来ないだろう。サイオンも高めなければならないし、何よりも本人の自覚が要る。…だからいきなりソルジャー候補になれとは言わない。まずは最初の一歩からだ」
スッと伸ばした会長さんの手がジョミー君の頭に軽く乗せられて。
「誰でも踏み出せそうな一歩でいい。現にキースは歩き出しているし、壮行会をして貰える段階にまで辿り着いた。…次は君の番だよ、ジョミー。ぼくの弟子として仏門に入りたまえ」
「「「えぇぇっ!?」」」
ソルジャーを継ぐのかと思えば仏門ですって!? いったいどういう展開ですかー!

あんまりと言えばあんまりな話にジョミー君は声も出ませんでした。キース君の壮行会だと思ってノコノコついて来てみれば、いきなり自分が仏門に…。そんなジョミー君を他所に、会長さんは。
「ジョミーが仏弟子としての最初の一歩を刻む場所として、此処よりも相応しい所は無いだろう。あちらの宿泊棟にはテラズ様が安置されているし、テラズ様とジョミーとの縁は此処に集う誰もが知っている。あの時にジョミーと阿弥陀様を結んだ五色の糸を、改めてぼくが結び直そう。…ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
青い光がパアッと迸り、宴会場の西側のスペースにあったテーブルが両脇に移動したかと思うと、代わりに出現したのは戸棚。宿泊棟で見かけたような覚えがありますが、それかどうかは分かりません。その上に錦の布が掛けられ、錦の上には立派な御厨子が…。あれは会長さんの家にある阿弥陀様では?
「ほら、ジョミー。…運んであげたよ、阿弥陀様を」
会長さんは口をパクパクさせているジョミー君の肩をポンと叩いて。
「仏門に入るためには得度が必要。とりあえず師僧……お弟子さんにしてくれる師匠がいれば得度は出来る。君は大事な後継者だから師僧は喜んで引き受けるよ。得度自体は略式でも充分なんだよね。…そうだよね、キース?」
「あ、ああ…。阿弥陀様の前で誓いの言葉を言うだけだ。略式で行くなら剃髪の方は必須じゃないな」
大真面目に答えるキース君。ジョミー君はようやく自分の身に何が起こりつつあるかを理解し始めたようでした。
「ちょ、ちょっと…。冗談だよね? こ、これって余興か何かだよね?」
「残念ながら、余興ではない」
すげなく返す会長さん。
「この機会を逃すと君は一生逃げ続けそうだし、強引だけれど得度してもらう。…一度覚悟を決めてしまえば仏の道は開けるものだよ。法名もちゃんと決めてきたんだ」
「ほ、法名って…」
「お坊さんとしての名前さ。キースだって持っているだろう? それにサムだって持っている」
「え…?」
信じられない、といった表情のジョミー君に、会長さんは。
「サムはとっくに得度済みだよ。朝のお勤めに通ってる間に決心したのさ」
「ま、まさか…。嘘だろ、サム!?」
泣きそうな顔のジョミー君に、サム君は「すまん」と頭を掻いて。
「悪い、うっかり言いそびれてて…。まだまだほんの見習いだから、本山の方に届けは出てない。ホントはすぐに届けを出すのが正式だって聞いているけど、もっと修行を積んでからかな…って」
「なんだよ、それ! じゃあ、あれ? サムにも変な名前があるわけ?」
「いや、俺は…」
躊躇っているサム君の代わりに会長さんが。
「サムの名前はそのままだよ。響きがいいし、漢字二文字を当て嵌めるだけで形になった。作る夢と書いてサムと読むんだ」
「「「!!!」」」
ジョミー君ばかりか、私たちまで仰け反りました。サム君が既に得度済みとは驚きです。しかも法名まであるなんて…。この流れではジョミー君には逃げ場は全く無さそうでした。マザー農場の職員さんたちが固唾を飲んで見守っていますし、会長さんの後継者としての指名に近いものですし…。
「そ、そんな…。急にそんなこと言われても…」
顔を引き攣らせるジョミー君の前に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が平たいお盆を差し出しました。載っているのは輪袈裟やお数珠。会長さんもいつの間にか緋色の法衣を纏っていて…。
「さあ、ジョミー。…君の法名を受け取ってくれ」
一晩寝ずに考えたんだ、と輪袈裟の下に置かれた白い紙包みを会長さんが手にした瞬間。
「嫌だーーーっ!!!」
ブワッと膨れ上がった青い光がジョミー君の身体から弾け、拮抗したのも青い光。これってまさかのサイオン・バースト?

「…ふん、バカバカしい」
緋色の衣の会長さんが床に倒れているジョミー君の頬をピタピタと叩きました。
「本人が気絶しただけで被害はゼロか。坊主が嫌だと叫んではいても、切羽詰まってないようだ」
「おい」
キース君が背後から覗き込んで。
「今のはサイオン・バーストなのか? 前にあんたに聞いた話じゃ、ジョミーがバーストしたらシャングリラ学園全部が吹っ飛んじまうって話だったが…?」
「ああ、あれね。タイプ・ブルーのサイオン全部を開放するならそうなるさ。だけど今回は君と同じで髪の毛限定」
「「「はぁ?」」」
全員が首を傾げる中、会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に渡された剃刀をジョミー君の髪に押し当てて。
「はい、略式の得度終了。誓いの言葉はバーストのショックで記憶が飛んだってことでいいよね、此処にいる全員が証人だ」
「で、ですが…」
口を挟んだのは農場長さんでした。
「後継者を決めるという大切な儀式がそんな展開でよろしいので…? 長老の皆様方も納得なさらないかと思うのですが…」
「いいんだってば、後継者の話は嘘八百。こうでもしないとジョミーを仏門に入れるのは無理だ。…入れさえすればどうとでもなる。百年もすれば諦めるだろう」
ぼくが欲しかったのは仏弟子だしね、と会長さんは微笑んで。
「後継者はまだ必要ない。…仏弟子もサムだけで充分だけども、嫌がられると無理やり坊主にしたくなるのが人情ってヤツで…。まあ、可哀想だから髪の毛はサイオンで誤魔化せるようにしておいた。でも、ぼくに簡単に抑え込まれる程度のバーストじゃねえ…」
グラスの一つも割れてやしない、と宴会場を見回す会長さん。
「いくら髪の毛限定とはいえ、タイプ・ブルーが本気でバーストしたら抑え込もうとしても被害は出るよ? 坊主頭への抵抗感はキースの方が遙かに大きかったらしい。…サイオンの放出レベルからして、ジョミーの坊主頭に見せかけるサイオニック・ドリームはキースには及びもつかないね。写真に撮られたら即バレる程度」
「「「………」」」
「まあ、道場入りなんか当分しないし、それでも問題ないだろう。そうだ、法名を披露しておかなくちゃ」
これもみんなが証人だよ、と会長さんが開いた紙には綺麗な毛筆で『徐未』という文字が書かれていました。
「ジョミと読むんだ。意味は未来へゆっくりと歩む……といった所かな。百年後くらいには道場入りして住職の資格を手にして欲しいんだけど、こればっかりは分からないねえ…」
無理強いしてどうなるものでもないし、と会長さん。けれど無理やり得度させちゃって、法名まで勝手に押し付けることの何処が無理強いじゃないんですって? キース君だって気の毒そうにジョミー君を見てるじゃありませんか!
「ん? チャンスってヤツは大事なんだよ。ジョミーがテラズ様に出会ったこの場所で今日はキースの壮行会! これが御仏縁でなくて何だと言うのさ? 大丈夫、ジョミーはちゃんとフォローする。…そのために今夜はお泊まり会! 傷心のジョミーを皆で慰めて盛り上がろうよ」
夜食用に料理と食材のお持ち帰りをお願いするね、とニッコリ微笑む会長さんに逆らえる人はいませんでした。マザー農場の職員さんたちも「決まったことは仕方ないですね」なんて笑っていますし、ジョミー君の仏門入りは正式に決定したようです。
「ジョミー・マーキス・シン、改め徐未。いずれ自覚が芽生えることを祈るさ、それまでは小僧さんでいい。キースだって宿命に逆らい続けて喚いていたのに、暮れには道場入りなんだものね。…まずはキースが先に歩んで立派な高僧になりたまえ」
サムとジョミーがその後に続く、と会長さん。えっと…ソルジャーだとか後継者だとかは本当に関係なさそうですね。キース君の壮行会のせいでジョミー君の仏門入りが早まっちゃったみたいですけど、これも運命の悪戯ですか…?



PR
Copyright ©  -- シャン学アーカイブ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]