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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

足りない面子・第1話

ソルジャーとキャプテンの脱マンネリに振り回されている間に街はすっかりクリスマス気分。今年も残り1ヶ月と少しとなれば気持ちも浮き立つというものです。クリスマスは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお誕生日ですし、前日のイブは会長さんの家でクリスマス・パーティーがあるのでしょうし…。放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で、そういう話題で盛り上がっていると。
「あ。悪いが、俺は今年はパスだ」
「「「えぇっ!?」」」
キース君の言葉に驚く私たち。クリスマス・パーティーをパスって何事? ひょっとして「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお誕生日パーティーも…?
「すまん、そこはどうしても調整できないんだ。俺の分も目一杯楽しんでくれ」
「そんなぁ…」
悲しそうな顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「クリスマス・パーティーもクリスマスもダメなの? ぼくのお誕生日パーティー、来てくれないの?」
「俺も残念なんだがな…。しかし、俺だって」
「…でも…。最後のお誕生日だったのに…」
肩を落とした「そるじゃぁ・ぶるぅ」は本当に悲しそうでした。
「ぼく、今年で5歳になっちゃうから…。来年のクリスマスには卵の中だと思うんだ。ブルーには「クリスマスの日に起こしてね」って言ってあるけど、上手くいくかどうか分からないしね」
「そうなのか? その気になれば一晩で孵化できるんだと聞いてるが?」
キース君が尋ねると「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「うん…。それはそうなんだけど…。でも、卵になる前に風邪を引いちゃったりしたらダメかもしれない。病気の時ってぐっすり寝るでしょ? 起こされたって聞こえないかも…」
卵ってそういうものなんですか? 今一つよく分かりません。でも「そるじゃぁ・ぶるぅ」が今年で5歳になるのは事実。決して6歳にはならず、卵に戻って0歳からやり直すというのは以前から確かに聞いていました。だったらクリスマスにお誕生日を祝える最後のチャンスかもしれない今年は盛大にお祝いしてあげないと…。
「キース、なんとか都合つけろよ」
そう言ったのはサム君です。
「ぶるぅのことだから、来年だって上手くいくかもしれねえけどさ。…もしも失敗してしまったら、誕生日がズレてしまうんだぜ? クリスマス・イブにパーティーやって、サンタクロースにプレゼントを貰って、目が覚めたら自分の誕生日だっていう嬉しいこと尽くしが最後になるかも、って言われても平気なのかよ、お前?」
「…いや、それは…」
「相手は小さな子供なんだし、ちゃんと祝ってやるのが筋だろ? そうでなくても、俺たち、ぶるぅには色々世話になってるもんな」
「それは俺にも分かっているさ。…だがな、今回ばかりは流石にちょっと…」
無理なんだ、とキース君は「そるじゃぁ・ぶるぅ」に頭を下げて。
「本当にすまん。どうしても都合をつけられないんだ。…去年みたいに日程をずらしてくれないか? クリスマスが済んだらなんとかなる。パーティー自体は俺もやりたい」
「そっか、去年は日を変えてたっけ…。それでもいいかな、やっぱりみんなで集まりたいもん」
楽しいもんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は納得してくれた様子です。去年は会長さんが「久しぶりに内輪でクリスマスを祝いたい」と言い出して、フィシスさんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」と三人きりのクリスマスでした。私たちは日を改めて集まり、ソルジャーと「ぶるぅ」も加えて賑やかに仮装パーティーを…。
「ぼくもその案でいいと思うよ」
会長さんが頷きました。
「ぶるぅ、今年のクリスマスはキースの人生が懸かっているんだ。去年はすっかり忘れていてさ、クリスマス・パーティーの日をずらしてしまった。ごめんよ、ぶるぅ…。去年も今年もみんなで祝ってあげられなくて」
「…ううん、だったら来年頑張る! クリスマスの日がお誕生日になればいいんだもんね、早寝早起きして風邪引かないように気をつけてれば大丈夫だよ」
健気に答える「そるじゃぁ・ぶるぅ」はクリスマスが誕生日というのが癖になってしまったみたいです。今までは特に決まった誕生日は無く、6年ごとに気紛れに変わっていたようですけれど…。ん? 「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお誕生日に気を取られてサラッと流してしまいましたが、会長さんはなんて言いましたっけ? 今年のクリスマスにはキース君の人生が懸かっているって、どういう意味…?
「ああ、ひょっとして誰も知らないのかな?」
会長さんが私たちをグルリと見渡して。
「そのまんまの意味だよ、クリスマスにはキースの人生が懸かっている。つまり住職になれるかどうかがクリスマスに決まるということさ」
「「「えぇっ!?」」」
キース君の道場入りが暮れだというのは知ってましたが、よりにもよってクリスマス? それじゃ今年のクリスマス・シーズンはキース君は不在なんですか…?

思わぬ事態に私たちは軽くパニックに陥りました。キース君は道場入りを控えてはいても、髪は自慢の長髪のまま。ですから三週間という修行期間は聞いていたものの、それがいつから始まるのかなんて誰も気にしていなかったのです。去年の秋にはカナリアさんこと光明寺でも三週間の修行がありましたし…。
「カナリアさんのと今度のは違うよ」
まるで違う、と会長さん。
「…カナリアさんの時は昼間は大学に行って講義だったし、ちゃんと日常と接点があった。高飛びにだって連れ出せただろう? ほら、みんなで行った焼肉の店! だけど今度は高飛びは無理だ。いくらぼくでもキースの将来を棒に振ることは出来ないさ」
「え、ブルーでも連れ出せないの?」
ジョミー君の問いに会長さんは。
「うん。伝宗伝戒道場は一番大切な道場だからね、遊び気分でちょっかいを出せるものじゃないんだ。…君も得度を済ませたわけだし、将来に向けてきちんと覚えておくといい。この道場は住職の資格を貰って一人前のお坊さんになるのに必要不可欠。それだけに条件が厳しいんだ。なにしろ三日寝込むと下山だからねえ」
「「「ゲザン?」」」
なんですか、それは? 専門用語らしいですけど…。
「山を下りると書くんだよ。璃慕恩院が山奥だからって意味ではなくて、平地にあっても下山になる。山というのはお寺のことさ。…つまりね、お寺から放り出されると言えばいいかな。修行がチャラになっちゃうわけ。だから健康管理も大切! 三日寝込めばアウトなんだし」
言い訳は一切通用しない、と厳しい顔の会長さん。
「三週間の間、行事や講義がギッシリ詰まっているんだよ。寝込むってことは大切な修行を休んだ上に重要な行事や講義を落とすってこと。不眠不休で取り戻すにしても、それが可能とされるのが三日。…限度を超えて寝込むようなら修行を終える資格が無いと判定される。そうだよね、キース?」
「ああ。…だが、これでも昔よりはマシになったと言われているな」
「ぼくの時代は寝込んだら下山だったしね。…三日だなんて猶予は無かった。ついでに道場に入れるチャンスは一生の間に一度きり! 下山させられてもリベンジは出来なかったんだ」
それで泣きを見た知り合いも多い、と会長さんは話してくれました。
「何年も修行を積んで一所懸命頑張ったのに、道場で寝込んで人生を棒に振った人をぼくは何人も見てきたさ。今は下山になっても再チャレンジが認められてる。…とはいえ、本来は一生に一度の道場だからね。人生が懸かっていると言っても決して大げさではないと思うな」
「俺も一度で決めるつもりだ。下山になったら本山の記録に残るからな…。不名誉なことはしたくない。それに、あんたが一度でクリアしたと思うと負けてはいられん」
キース君の目標は会長さんと同じ緋の法衣。最高位のお坊さんを目指すんだったら、経歴に傷がつくのは避けたいでしょう。きっとキッチリ修行をこなして帰ってくると思うんですけど、その道場って一体いつから…?
「十二月の四日から二十五日までだよ」
会長さんが教えてくれました。
「つまり最終日がクリスマスなわけ。どう考えてもクリスマス・パーティーは無理だし、ぶるぅの誕生日だって祝いに来るには無理があるねえ…。道場が終わったその日はお祝いだから」
「「「お祝い?」」」
「そう、お祝い。一人前のお坊さんになれました、っていう目出度い日だろう? 前にも言ったよ、熱心な檀家さんがいるお寺だと璃慕恩院まで迎えにやって来る…ってね。元老寺も多分そうじゃないかな」
どう? と訊かれたキース君は。
「親父が色々やってるようだ。檀家さんにも期待されてるし、出迎え部隊は来そうだな」
「ほらね。…ぶるぅの誕生日を祝うどころじゃないんだよ。キースの方が祝って貰う立場なわけ」
元老寺を挙げての大宴会、と会長さん。そっか、それならクリスマス・パーティーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお誕生日パーティーは日を改めるしかないですよね。ちょっぴり残念ではありますけれど、キース君が一人前のお坊さんになったのを祝う日ならば、やはりそちらが最優先です…。

「すまないな、ぶるぅ。せっかく5歳の誕生日なのに」
キース君が謝ると「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「仕方ないよね」とニッコリ笑いました。
「お坊さんになるための道場なんでしょ? だったら無理は言えないもん…。ブルーが道場に行った時はね、ぼくも留守番してたんだ。一緒にお寺に住んでいたけど、道場には行っちゃダメだって言われちゃって…。だから他のお坊さんたちと暮らしていたよ」
「ぼくはシャングリラ学園に帰ってもいいって言ったんだけどねえ…。ぶるぅは意外に頑固だった」
「だって! ブルーの傍にいたかったんだもん! お寺にいたら顔を見られるチャンスがあるもん…」
会長さんが講義を受けている道場から本堂などへ移動する時に姿を見られるのが嬉しかった、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。お寺に住み込んでいたとは聞いてましたが、なんとも殊勝な話です。と、キース君が首を傾げて。
「おい、姿を見られるチャンスと言ったな? お前、璃慕恩院に住んでいたのか?」
「そうだよ? 言わなかったっけ?」
「聞いていない。…そういえば銀青様が修行なさったのは璃慕恩院だと教わったっけな。冷静に考えたことは無かったが……璃慕恩院で修行出来るのはごく少数のエリートだけだ。ぶるぅみたいな子供連れで住み込みの修行が可能だったなんて、どんなエリートだったんだ…」
想像もつかん、と呻くキース君に会長さんが。
「ほら、ぼくはこれでもタイプ・ブルーだしねえ? 経典を丸暗記するくらいのことは朝飯前だ。璃慕恩院の高僧たちの知識だって瞬時にコピー出来るし、そんなのが入門を願い出てきたらどうなると思う? 本来だったら師僧はカンタブリアの称念寺の御住職になるんだけれど、あっさり覆されちゃった」
璃慕恩院は会長さんを手許に置いて修行させようと当時の一番偉いお坊さんの弟子にし、そのまま住み込ませたらしいのです。会長さんは師僧になったお坊さんの身の回りの世話をしながら修行を積んで、伝宗伝戒道場に行って…。
「住職の資格を貰ってからも色々と勉強を続けたよ。恵須出井寺で修行したのもその頃のことさ。…キース、君は何処まで出来るだろうね? ぼくの時代とはシステムも違うし、真面目にノルマをこなしさえすれば緋の衣は貰えるわけだけど…。それに見合った力がつくかは別問題だ」
「あんたの読みではサムとジョミーに才能があるという話だな。俺については何も言わんし、さぞかし無能ということだろうが…」
「無能とまでは言っていないよ。生まれつきの資質はともかくとして、今の君にはサイオンがある。サイオンと法力に明らかな因果関係は無いけど、まるで無いとも言い切れない。人の心の声が聞こえるというのは凄いことだ。それだけでも法話に深みが出るさ」
努力したまえ、と会長さんは微笑んで。
「君はまだ若いし、サイオンがあるから寿命も長い。仏の道を極めていくのに才能の有無は問われないよ。頑張ろうという姿勢が大切。…大学も卒業するんだろう?」
「……知っていたのか……」
「まあね」
地獄耳だし、とウインクしてみせる会長さん。えっと…大学を卒業するって、そりゃあもちろん…キース君は大学の卒業資格が欲しくて二年間の専修コースではなく普通の学生生活を……って、えぇぇっ!? まさか四年間じゃなくて三年で大学を出るつもりですか? 今度の春に卒業ですか…?
「き、キース先輩…」
シロエ君が掠れた声で。
「卒業って、今度の三月ですか? 大学はまだもう一年あると思うんですけど…」
「普通ならな。だが、俺を誰だと思っている? 必要な単位は全部揃えた。卒論の方も万全だ。お前が飛び級をしてシャングリラ学園に入ったように、俺も同期生より一足お先に卒業させて貰うだけだ」
ニヤリと笑うキース君にシロエ君は「負けた…」と呟いて。
「あーあ…。こんなことなら、ぼくも大学に行くべきでしたよ。どうせ成長しないんだから、と特別生をすることに決めましたけど、先輩みたいに大学と二足の草鞋で走っておけば良かったです。そしたら学士号を貰えましたよね」
「…言っておくが、俺は学士と言っても仏教だぞ? とりあえず璃慕恩院ではエリートコースに入る資格をゲットできるが、一般社会では役に立たんな。それに大学を出たかどうかというのは、長い目で見れば大して意味は無いんじゃないのか?」
「………。そうかもしれません。ついでに先輩と真っ向勝負をするんだったら、同じ大学の同じ学科へ飛び込まないと公正な結果が出ませんね。……ぼくは流石に仏教はちょっと」
全く興味が持てません、とシロエ君は溜息をつきました。
「先輩との勝負は柔道だけにしておきますよ。…仏教の方で勝負するのはサム先輩とジョミー先輩にお任せします。…でも…。なんで三年で卒業を? 四年間みっちり学ぶというのも良さそうですが…?」
「最初はそのつもりだったんだがな。…気が変わった。あの学校にいると堕落しそうだ」
「「「えっ?」」」
耳を疑う私たち。キース君は仏の道を追求しようと専門の大学に行った筈ですが、学校に問題アリですか? 経営母体の璃慕恩院が手綱をしっかり握っていると思うんですけど、それで堕落ってどういうこと…?

キース君の大学は璃慕恩院の宗門校。お坊さんをしている教授も多くて、璃慕恩院とは切っても切れない関係です。全寮制で二年学べば伝宗伝戒道場への道が開ける専修コースもあるというのに、在籍していると堕落しそうだとは意味不明でした。長くいれば居るほど仏弟子としての自覚が高まるんなら分かるんですけど…。
「…キース、その言い方では名誉棄損になっちゃうよ」
会長さんが苦笑しながら。
「学校自体には何の問題も無いだろう? 問題があるのは君の方だ。万年十八歳未満お断りの君が大学生活を送ろうっていうのが間違いなんだよ、そもそもは……ね」
「う……。それはそうかもしれないが…。しかしだな…」
「妻帯禁止は昔の話。今のお寺は堂々と世襲制の所が多いと思うけど? 君だって最初の頃に言ったじゃないか。万年十八歳未満お断りで成長しないと嫁が貰えないから困る、って」
「あ、そういえば…」
言っていたよね、とジョミー君。私たちも覚えていました。会長さんから私たちは成長が既に止まっていると聞かされ、精神面でも本当の大人にはなり切れないと告げられた時のキース君の台詞です。会長さんは「年を取らない上に妻帯しないお坊さんというのはポイントが高いよ」と笑ってましたっけ。…キース君、後継者問題で大学の中で浮いちゃいましたか?
「…平たく言えばそういうことだね」
無理もないけど、と会長さん。
「キースの成長は高校一年生の段階で止まったままだ。大学に入った時点では周囲との差は二年ほどだし、同期生も高校を出たばかりだから大差は無い。でも大学には四年生まであるんだよ。三年生ともなれば立派な大人だ。その大人たちとサークル活動なんかを一緒にしてれば、一年生もたちまち成長するよね」
一年生の五月頃には新歓コンパ、その内に合コンなんかも始まるのだそうで…。
「実際、キースはよく頑張ったよ。ぶるぅの部屋で君たちと遊んだ後で大学の仲間と飲みに行く日も多いだろう? お酒の方は外見がコレだから飲まないとしても、話にはついていかなくちゃ。…そして話題は往々にして年相応に流れるもの」
「「「………???」」」
「大学生の旬の話題は男女関係! 誰が好みだとか、そういう話をしている間はいいけれど…。得てして中身は過激になる。男子ばかりで飲みに行ったら最悪だよね。酔った勢いでパルテノンの路地裏の店に流れちゃうことも多くてさ…」
えっと。パルテノンといえば会長さんに何度も連れてって貰った高級料亭が並ぶ花街です。舞妓さんや芸妓さんが行き交う華やかな場所ですが、路地裏の方は……風俗店とかいう怪しげな店が軒を連ねるネオン街。私たちには無関係だと思っていたのに、キース君はとっくの昔に足を踏み入れていましたか!
「すげえ…。お前、行ってたのかよ…」
サム君がポカンと口を開け、ジョミー君が。
「え、えっと…。キース、もしかして教頭先生よりも進んでるわけ? なんか大人…」
「ですよね、ぼくも驚きました」
ビックリです、とシロエ君が言えば、マツカ君も。
「…大学生って凄いんですね…。それも社会勉強の一環ですよね」
男の子たちは異口同音にキース君を褒め、スウェナちゃんと私は身の置き所が無い感じ。大人の時間を楽しんでるのは会長さんだけだと思ってたのに………って、キース君?
「おい、お前ら!」
バンッ! とテーブルを叩いてキース君が腰を浮かせました。
「誰が行ったと言っている! 俺は毎回、そうなる前に撤収なんだ!」
「「「は?」」」
「付き合いが悪いと言われてるがな、興味が無いものは仕方なかろう! 店の前まで連行されても逃げ帰るのが俺の流儀だ。だから大学にいると堕落しそうだと言っただろうが!」
勝手に話を進めるな、とキース君は息を荒げています。…そっか、万年十八歳未満お断りが見事に裏目に出ちゃいましたか…。大学の仲間の話題に置き去りにされ、遊びに行っても途中でサヨナラ。それがキース君の限界なのに、何度も何度も誘われるとなると…。
「分かったか! あの連中にはついていけん。いずれ嫁を貰って寺を継ごうという連中だ、自然なことだと分かってはいても、それは理屈の上だけで…。俺はほとほと愛想が尽きた」
疲れたんだ、とキース君はソファにぐったり沈み込んで。
「…そういうわけで俺は大学を出ることにした。卒業しても聴講には行けるし、気になる講義はそっちで受ける。元々、大学に行った目的は伝宗伝戒道場だったんだしな、これさえ終わればもう用は無い」
「そうだね」
会長さんが応じました。
「君の大学で必要な単位を取得してから道場に行けば、普通に道場に入った人より一段階上の位が貰える。他の方法ではこれは無理だ。…スタート地点で一段階上の位を持てるのは大きな魅力さ」
緋の衣への道が早くなる、と会長さんはサム君とジョミー君の方に視線を向けて。
「キースは君たちよりも一足早くスタートを切る。でも、そこから先は才能と腕が必要だ。…君たちが追いついて追い越して行くのも決して無理なことではないさ。頑張るんだね」
「おう!」
「……えっと……それって拒否権なし…?」
何処までも対照的なサム君とジョミー君でした。この二人とキース君、どっちが先に緋の衣まで辿り着くのか、外野にはちょっと分かりませんねえ…。

そんなこんなで、キース君の道場入りまで日は僅か。クリスマスまでの楽しい期間が丸ごと道場で吹っ飛ぶだなんて、誰も思っていませんでした。そりゃあ…キース君は前から覚悟をしてたでしょうけど…。お坊さんの世界とクリスマスとは無関係ですから、仕方ないんでしょうけれど…。
「いや、それがな…。仕方ないでは済まないようだ」
キース君が苦笑いして。
「クリスマスど真ん中の期間だろう? 将来のアテが外れて泣いているヤツも沢山いる」
「「「???」」」
「俺たちの未来は坊主だからな、寺の娘が嫁に来るということはあっても一般人はなかなか来ない。坊主頭になってからでは絶望的だ。…そうなる前に嫁を捕まえようと努力するヤツが多いんだが…。その嫁候補が今度の道場入りで大量に離脱したようだぞ」
「それってクリスマスの日に遊べないから?」
ジョミー君の素朴な疑問にキース君は「まあな」と笑って。
「遊べない…と言うか、一緒に過ごせない分にはまだいいんだ。社会人になって仕事を始めたら予定が合わないこともあるだろうしな。…だが、クリスマスには坊主頭で璃慕恩院、というのは非常にマズイ。漠然と未来は坊主の嫁だと思ってはいても、先のことまで考える女性は少ないらしい。なのにいきなりシビアな事実が…」
「「「シビア?」」」
「坊主の世界にクリスマスは無い。今どきは子供のためにクリスマス・ツリーを飾る寺も多いが、葬式が入ればそれで終わりだ。クリスマス・ケーキと御馳走の代わりに通夜というのは普通の女性にはまず耐えられん。…自分の彼氏がクリスマスを坊主頭で道場で過ごす、と聞いて一気に現実に目覚めるようだぜ」
「「「………」」」
大いに有り得る話でした。今年のクリスマスが潰れる分には「また来年」と思えますけど、お坊さんのお嫁さんになれば来年も再来年もその次の年も、クリスマスなんか吹っ飛んじゃうかもしれないのです。それに気付いたら逃げたくなっても仕方ないと言うか、当然と言うか…。
「そっかぁ…。お誕生日パーティーが流れるくらいは仕方ないよね」
今年だけだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「来年はみんなで遊べるだろうし、ぼく、頑張る! 新しいお誕生日もクリスマスだったら、ずっとクリスマスにお誕生日パーティーできるもん! そうだよね、ブルー?」
「…そうだね、キースがお葬式やお通夜に呼ばれなかったらね。でも、卒業したら副住職になるんだっけ? そうなるとクリスマスを確保するのは難しそうかな?」
会長さんの問いに、キース君はニッと笑って。
「その辺りのことに抜かりは無い。副住職として寺の仕事をするようになっても、シャングリラ学園が最優先だと言ってある。…親父もおふくろもシャングリラ・プロジェクトのお蔭で隠居生活とは無縁なわけだし、やりたいようにやらせて貰うさ」
「頼もしいねえ。…じゃあ来年は宜しく頼むよ、ぶるぅはクリスマスに誕生日パーティーをしたいらしいから。今年のクリスマスは残念だけど、立派なお坊さんになって帰っておいで」
「もちろんだ。暖冬にならなかったのは誤算だったが、俺は彼女に逃げられたわけじゃないからな…。精神的には参っていないし、三週間を根性で耐え抜くまでだ。サムとジョミーの先達として頑張ってくる」
「おう! 土産話を楽しみにしてるぜ」
「ちょ、ちょっと! ぼくはまだ…」
乗り気で握手するサム君と、腰が引けているジョミー君。そんな二人に「行ってくるぜ」とウインクするキース君に、お坊さんの道への悩みは微塵も見られませんでした。道場入りの前日までは普通に学校に来るそうですし、元老寺の副住職になれる資格のゲット目指して走り抜くのみ…といった心境でしょうか? とうとう此処までやって来ました。キース君、道場、頑張って~!



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