忍者ブログ

シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

俗人たちの宴・第1話

キース君が璃慕恩院での伝宗伝戒道場を終えたクリスマスから三日目、仕事納めの二十八日。私たち特別生七人グループはアルテメシアの街の中心部にある繁華街に来ていました。今夜は会長さんの家でお泊まり会があり、今日と明日とでクリスマスパーティーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお誕生日パーティーの仕切り直しをするのです。
「えっとね…」
スウェナちゃんがメモを取り出して。
「そこのデパートの子供用品フロアへ行けばいいのよ。ラッピングもちゃんと頼んでおいたし」
「ぶるぅ、喜んでくれるかな?」
ジョミー君の言葉にキース君が首を傾げます。
「今年は何を注文したんだ? 俺は全く聞いていないが」
「あ、そっか。キースは道場だったっけ…。スウェナ、写真まだある?」
「もちろんよ」
はい、とスウェナちゃんがキース君に渡したのは子供用パジャマのカタログでした。正確には乳幼児用で、ウサギやライオン、クマなどの着ぐるみタイプがズラリと並んでいます。その中で丸をつけてあるのが私たちの注文の品。黄色いアヒルの着ぐるみで…。
「凝ってるな。ちゃんと足先までアヒルの足の着ぐるみなのか」
「ちょっといいでしょ? 袖だって翼の形になってるのよね」
スウェナちゃんの言う通り、袖はアヒルの翼です。頭に被るフードの部分もクチバシがくっついていて、すっぽり被れば可愛いアヒルの出来上がり。アヒルちゃんが大好きな「そるじゃぁ・ぶるぅ」のためにスウェナちゃんが見つけてきたもので…。
「今年は仮装パーティーじゃないみたいだけど、ぶるぅ、こういうのも好きそうだもの。きっと似合うと思うわよ」
「すまないな。任せっぱなしにしてしまって」
「いいのよ、お勘定は割り勘だから! というわけで、集金するわね。みんな、財布を用意して」
デパートの一階ロビーで集金を済ませたスウェナちゃんを先頭に私たちは子供用品フロアに向かい、首尾よくパジャマをゲットしました。ラッピングの仕上げにリボンの結び目に付けて貰ったのも黄色い小さなアヒルちゃん。荷物持ちはシロエ君が引き受けてくれ、いざ会長さんのマンションへ…とデパートを出てバス停に行こうとした所で。
「悪いが、寄り道をしてもいいだろうか?」
真剣な顔のキース君。えっと…何か用事でもあるのでしょうか? 私たちが頷くと、キース君は「感謝する」と頭を下げて、傍にあったハンバーガーのチェーン店に入って行くではありませんか!
「「「えぇっ!?」」」
「何をビックリしてるんだ? 俺が奢るから、好きなのを好きなだけ食べてくれ」
そう言ったキース君はカウンターで注文を始めています。今日の昼食は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が用意してくれている筈なんですけど、どうして此処でハンバーガーを? うーん、サッパリ分かりません。でも…。
「奢りだったら食べなくっちゃね!」
海老バーガーにしようっと、とジョミー君が宣言し、ドリンクメニューを物色中。なるほど、確かに食べなきゃ損なのかも? とはいえ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお料理の方も楽しみですし…。スウェナちゃんと私はホットアップルパイとジュースだけにしておきました。その間にキース君の注文の品も出来上がったようで…。
「二階の席が空いてるらしいぜ。先に行ってる」
テーブルは確保しておくから、と階段を上がってゆくキース君のトレイの上にはダブルクォーターパウンダーにフライドポテトのLサイズ。食べ盛りの男の子ですし、あれだけ食べても昼食に差し支えはないんでしょうけど、何故お昼前にハンバーガー…? 首を捻りまくった私たちが二階に上がると、キース君はアッサリと。
「食べたかったからに決まっているだろう。…レシートを出せ、払ってやるから」
清算を終えると、キース君は早速クォーターパウンダーに齧り付きました。
「美味い! これこそ娑婆の味だな」
「「「娑婆の味…?」」」
「ああ。道場での自由時間は少なかったが、道場を終えたら食いたいモノを語り合うことが多かったんだ。スペアリブだとかステーキだとか、みんな色々言ってたぞ。…ダブルクォーターパウンダーは俺が羅列した中の一つだったし、見てしまったら食いたいじゃないか」
あの写真、とキース君が指差す先には店の表にあったのと同じポスターが貼られています。みんなの分を奢る羽目になっても食べたいだなんて、どれほど飢えていたんでしょう? 娑婆の味とか言ってますけど、刑務所帰りに匹敵するほど道場の食事は酷かったのかな…?

「…なるほど、それでハンバーガーをねえ…」
会長さんが可笑しそうに私たちを眺め回したのは一時間ほど後のこと。ついさっきマンションの最上階に到着し、ダイニングに案内された私たちの前では一人用の鍋からホカホカと湯気が上がっています。深い鍋の中には詰め物をした小さめの鶏が丸ごと入れられ、白いスープが満たされていて…。
「かみお~ん♪ サムゲタン、じっくり煮込んであるんだよ! 栄養たっぷりで胃に優しいし、キースのお昼御飯に丁度いいかなって思ったんだけど…。ハンバーガーが食べられるんなら他のにすれば良かったかなぁ?」
「いや、俺は…。ポスターの誘惑に負けたってだけで、美味いものなら何でもいいんだ」
頂きます、と合掌をするキース君。私たちも元気一杯に唱和し、柔らかく煮込まれた鶏をお箸でつつき始めました。鶏肉に小皿に盛られた粗塩をつけて食べるのが本場のやり方。詰め物の栗やナツメや高麗人参、もち米などはスープと一緒にスプーンで掬って…。うん、美味しい! ハンバーガーより断然こっちだと思うんですが…。
「キースが娑婆で食べたかった料理のラインナップにサムゲタンは入ってなかったようだよ」
思い付きもしなかったらしい、と会長さん。
「単調な精進料理しか食べていないと、凝った料理は頭に浮かんでこないのさ。…思い出せないと言った方が正しいかな? 食事に関しちゃ刑務所の方がまだマシだろうねえ」
「「「え?」」」
「知らないのかい? 刑務所の食事が不味かったのは昔の話。最近じゃ和洋中と何でもござれで、肉も魚も食べられる。飽きないようにメニューも工夫されてるし…。だけどキースが行ってた道場の方はそうじゃない。精進な上にワンパターンときた。…えっと、大根ステーキだっけ?」
水を向けられたキース君はムスッとして。
「…そいつの名前は聞きたくもない。皆も今頃は綺麗サッパリ忘れているさ」
「そうなのかな? 仮にも大根ステーキだよ? ステーキを食べたいって人は多かったよねえ」
「だから陰口を叩くんじゃないか! 来る日も来る日も出て来やがるから大根ステーキと呼ばれてただけで、あれはステーキなんかじゃない!」
あれっ、大根ステーキっていうのは大根のソテーじゃないのでしょうか? 味付けをして香ばしく焼いた大根なんかを思い浮かべていたんですけど…。お料理上手の「そるじゃぁ・ぶるぅ」も不思議そうにキョトンとしています。
「大根ステーキ、ちゃんとレシピが出回ってるよ? たまに作るけど、コンソメで煮込んでおくのがコツなんだよね。味がしみたらバターとお醤油でカリッとソテー! お肉と違ってカロリー低めのヘルシーメニューで人気があるんだ。…あれもステーキだと思うんだけど…」
お豆腐ステーキなんかもあるでしょ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ほらね、やっぱり大根ステーキというお料理があるじゃないですか! けれどキース君は「甘いな」と眉間に皺を寄せて。
「精進料理にコンソメは不可だ。鰹節も煮干しも使えないんだぞ? 醤油はともかくバターが駄目だし、そんな環境でぶるぅが言ってる大根ステーキが作れるとでも? …あれはな…、誰が言い出したのかは記憶に無いが、これが大根ステーキだったら…という願望から出た因縁の名だ」
「「「因縁?」」」
「ああ。大根ステーキと呼んでやるから成仏してくれ、という俺たちの気持ちが籠っていた。成仏したら二度と出ないし、別のメニューになるだろう? それくらい何度も出てきた料理だ。…食事といえば大根ステーキ! その正体はステーキどころかアッサリ味の大根の煮付け」
田楽味噌すら付かなかった、とキース君は顔を顰めました。薄味の大根の煮付けがメインディッシュで、それとタクアン、お味噌汁。飽きるほど繰り返された挙句に『大根ステーキ』と渾名がつけられ、成仏してくれと言われていたとは凄いです。御飯のお代わりは自由だったそうですけども、おかずがそこまでワンパターンでは…。
「あれで飯を食うのは三杯くらいが限界だった。ふりかけも海苔も置いてなかったし、せめて塩でもあったなら…。こんな風にな」
キース君はサムゲタンの柔らかく解れる鶏肉に小皿の塩を付け、口に含んで味わって。
「サムゲタンか…。娑婆には美味い料理が溢れ返っているというのに、大根ステーキしか食っていないと思い出せなくなるんだぜ? 辛うじて記憶に残った料理も、道場が終わって食べに行ったら食えなかったという話が多い。あの道場は俺たちの胃を精進料理向けに無理やり変えてしまうんだろうな」
「え、そうなの? でも…。さっき、美味しそうに食べてたじゃない」
ジョミー君がハンバーガー店での出来事を指摘しましたが、キース君は。
「三日も経てば胃袋も勘を取り戻すさ。…昨日までなら普通のハンバーガーが限界だったという気がするぞ。一緒に道場に行った同期のヤツらが打ち上げパーティーをやったらしいが、ビール1杯で泥酔したとか、焼肉の匂いで胸やけしたとか…。終わったその日に行くからだ」
その点、俺は恵まれていた……とキース君。
「親父が祝いの席を設けてなければ、俺も打ち上げに行ってただろう。食えないなんて落とし穴があるとは思いもしないし、親父も先輩も全く教えてくれなかったし…。それでも親父は経験者だから、食えそうな料理を揃えてくれた。リハビリ用のメニューだったようだな、今から思えば」
「あの料理は確かに絶品だったね」
会長さんが相槌を打ちました。
「見た目も素材もゴージャスなのに、味はあっさり上品で…。三週間も精進料理だけで過ごした君の胃袋に負担をかけない優しい料理! アドス和尚とイライザさんの気配りが分かるメニューだったよ。…ぶるぅのバースデーケーキはどうしようもなかったみたいだけれど」
「ケーキだけにな…。祝い事だし、と思って食ったが胃にもたれたぞ。俺の祝いの席なのに…」
ちゃっかり便乗しやがって、と文句を言いつつ、キース君は嬉しそうです。私たちが璃慕恩院まで出迎えに繰り出したことや、ジョミー君とサム君が元老寺の檀家さんたちに『未来のお坊さん候補』と紹介されたことが心強かったと語っていますし、一人前のお坊さんとしてやっていくには人との絆が大切なのだと自覚したとか…?

昼食を終えた私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお手伝いがてら食器などを片付け、リビングに移動してプレゼントの包みを取り出しました。代表のキース君から包みを渡された「そるじゃぁ・ぶるぅ」はワクワクしながら包装紙を開け、中のパジャマを広げてみて…。
「わぁ、アヒルちゃんだぁ! これ、パジャマなの? 着てみてもいい?」
もちろん、と答えると「そるじゃぁ・ぶるぅ」はサイオンを使って一瞬の内にアヒルちゃんパジャマに大変身! 黄色い翼に水かきのついた平たい足。クチバシつきのフードを被って得意そうな姿は可愛すぎです。
「似合ってるよ、ぶるぅ」
アヒルちゃんだね、と会長さん。
「せっかくだから明日のパーティーもその格好で出てみるかい? 仮装パーティーじゃなくても可愛いアヒルは大歓迎だ」
「え、でも…。このパジャマだと動きにくいよ? 袖だってこんな形だし…。上からエプロン着られないから、お皿を洗うにはタスキが要るよね」
「ぶるぅが家事をするんだったら、動きやすさも大事だけどさ。心配しなくても大丈夫だよ、明日は助っ人を呼べばいいんだ。…ほら、これ。忘れてた?」
会長さんがテーブルに置いたものは。
「「「!!!」」」
「…なんだ、これは?」
キース君以外の全員が息を飲みました。すっかり忘れていましたけれど、こういうヤツがありましたっけ…。
「おい、お願いチケットなんて俺は初耳だぞ? 午前十時から午後三時まで有効です…って、こんなモノを何処で手に入れた? そもそも使い方がサッパリ分からないんだが」
矢継ぎ早に質問してくるキース君に、会長さんが。
「身体を張ってゲットしてきた先生方からのお歳暮だよ。キースの分まで頑張ろう、ってね。もうあの時は大変で…」
こんな感じ、と思念で情報を伝達されたらしいキース君は唖然呆然。
「俺が道場に行ってる間にそんな行事があったのか…。で、手に入れたのはともかくとして、それを使ってどうするつもりだ? 明日のパーティーの助っ人に…と聞こえたんだが?」
「そうだよ。ぶるぅの誕生日とクリスマスを一緒に祝おうというのが明日のパーティーの目的なんだし、ぶるぅは主役。大好きなアヒルちゃんになれるパジャマを着せてあげたいと思わないかい? パジャマでは家事が出来ないとなれば、助っ人を呼ぶのが一番だよね」
これを活用する時だ、と会長さんは『お願いチケット』を右手の中指と人差し指の間に挟んでヒラヒラさせて。
「午前十時から午後三時まで。パーティーを楽しむには充分だろう? 使い道を色々考えてたけど、ぶるぅを家事から解放するのもいいかもしれない。…それでどうかな?」
えっと。お願いチケットは指名した先生がお願いを聞いてくれるというのが売りでした。パーティーの裏方をお願いしたって全く問題ないでしょう。会長さんがどう使うのかと心配していたチケットですが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」を家事から解放するというなら平和利用と言えますよね?
「…ぼくは賛成」
ジョミー君が右手を上げ、シロエ君たちが続きました。スウェナちゃんと私も頷き、最後にキース君が「そうだな」と短く呟いて。
「ぶるぅの誕生日とクリスマスを当日に祝い損なったのは俺が留守にしていたせいだしな…。仕切り直しになってしまった分、ぶるぅには存分に楽しんで貰うのが筋だろう。アヒルちゃんパジャマを着ていられるよう、家事は助っ人に任せるべきだ」
「じゃあ、決まりだね?」
会長さんはニッコリ微笑み、チケットの裏に書かれた注意書きをチェックすると。
「学校への届け出は特に必要ないらしい。…指名された先生が任務終了後に校長先生に業務報告するようだ。休日出勤みたいなもので特別手当が出るんだろうね。だったら遠慮なく行使しなくちゃ。…さてと、ハーレイは明日は暇かな?」
あぁぁぁぁ。やっぱり教頭先生ですか! 会長さんは早速、教頭先生に電話をかけて交渉開始。首尾よく明日のチケットの使用許可を得ると、満足そうに受話器を置いて。
「これでオッケー。パーティーの裏方はハーレイだ。…お手伝い券を思い出すよね、あの時みたいに家事を沢山溜め込んじゃおうか? 掃除も片付けも一切合財放置とかさ」
「「「………」」」
お歳暮が今の形式になった元凶の事件が『お手伝い券』。あの悪夢を再び教頭先生に味わわせようという会長さんは鬼でした。けれど、その程度のことで済むのであれば充分に平和利用です。きっと今頃、教頭先生もパーティーの裏方で済んで良かったと胸を撫でおろしているのでしょうし…。とりあえず今夜は焼肉パーティー! 教頭先生に洗わせる食器はそんなに多くはならない…かも?

お願いチケットの使い道を決めた会長さんは家事を溜め込み始めました。ティータイムに使ったお皿や茶器がキッチンのテーブルに放置されたのが最初です。お菓子の食べこぼしも放っておこうとしたのですけど、こちらの方はキース君が「耐えられない」と言い出して…。
「ぶるぅに掃除をさせられないのなら俺がやる! なに、掃除機は禁止だと? だったらアレだ、コロコロだ! カーペットクリーナーと言うんだったか、アレは何処だ!?」
キース君が探し始めたのはコロコロ転がして掃除する粘着式の道具です。家事万能で綺麗好きな「そるじゃぁ・ぶるぅ」は何かあるとサッと取り出して掃除しますし、この家の何処かにある筈ですが…。
「…コロコロなら此処にあるけどねえ?」
あちこちの戸棚などを開けまくっているキース君に、会長さんが溜息をついてコロコロを宙に取り出しました。
「掃除道具一式は奥の納戸に収納されてる。お客様の目に触れにくい場所に仕舞っておくのは常識だよ。…でも、なんで掃除にこだわるんだい? 食べこぼしくらい放っておいてもゴの字は出ないさ、普段は綺麗にしているからね」
「ゴキブリが出るか出ないかは関係ない。掃除はきちんとしておくべきだ、と言っているんだ。…道場では掃除も修行の内だったからな、割り当ての場所が汚れていたら罰礼が…」
「「「ばつらい?」」」
なんですか、それは? 罰とつくからには失敗を償うための罰ゲームみたいなものでしょうけど、校外学習で行った恵須出井寺の座禅みたいに棒でビシバシ叩かれるとか…? 会長さんとキース君の宗派に荒行は無いと聞いていたのに、この様子では存在するとか…? キース君が掃除をせずにはいられなくなるほど怖い何かが…?
「罰礼か…。そういえばあったね、そんなものが」
懐かしいなぁ、と会長さん。
「今でも派手にやってるわけか。百回かな? それとも千回?」
「…三百回だ」
キース君が苦々しい顔で吐き捨て、会長さんからコロコロを奪い取って掃除を始めます。床に膝をついて丹念に絨毯をコロコロやっているキース君を横目に、会長さんが。
「ぼくの頃よりも甘くなったね、三百回なら。…千回なんて普通にあったし、数千回でも文句は言えない時代だったし…。まあ、ぼくは一度も食らったことはないけどさ」
「ブルー、罰礼って何なんだよ?」
サム君の問いに、会長さんはニヤリと笑って。
「五体投地は知ってるだろう? 南無阿弥陀仏に合わせて立ったり座ったりするヤツさ。…あれを何百回、何千回とやるのが罰礼。…サムとジョミーは五体投地を体験済みだし、みゆとスウェナにも璃慕恩院でぶるぅが見本を見せたよね? マツカとシロエ用に分かりやすく言うなら、ヒンズースクワットに土下座をプラスって感じかな」
「「「!!!」」」
げげっ。掃除を疎かにすれば五体投地を三百回とは…。キース君が掃除に燃える筈です。焼肉パーティーの後もキース君はダイニングやキッチンの床を一人で掃除し、放置されたのは食器だけ。えっ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はどうしたのかって? 会長さんが家事は不要と言い切った以上、家事をしないのが『いい子』の条件。アヒルちゃんパジャマ姿でのんびりしてます。
「よし。いい感じに溜まってきたよね、食器がさ」
キッチンのテーブルに山と積まれたお皿を数える会長さん。焼肉パーティーはバラエティー豊かなタレが用意され、それぞれのタレに合わせてお皿の数も増えたのです。教頭先生、片付けだけでも大変そうなのに、明日はパーティーの裏方まで。ひょっとして料理もさせるとか…? 私たちが顔を見合わせていると、会長さんは。
「…料理はとっくに注文済みさ。素人料理じゃパーティー気分になれないだろう? ぶるぅの誕生日とクリスマスパーティーの仕切り直しだよ? 味も見た目も豪華でないとね」
ハーレイの料理は地味なんだ、と言われてみれば確かにそうかも…。特別生になって初めてのお歳暮で教頭先生の家に泊まりに行く権利を貰いましたが、あの時の料理はビーフストロガノフとピロシキでした。しかも教頭先生は「これが精一杯」だと自分で言っていたのです。
「思い出してくれた? パーティー料理には向いてないのさ、ハーレイの料理。…明日は思い切り皿洗いと裏方で苛めなくっちゃ。そうそう、ゲストルームの掃除なんかもやらせようかな? キースもそのくらいなら放置出来るだろ?」
「………。それは命令か?」
「そうなるね。ゲストルームは朝、起きてきたら戻る必要は無いんだし…。キッチンやリビングほどには気にならないと思うんだ。…あ、そういえば君は今回、一人部屋を希望だったかな?」
「「「一人部屋!?」」」
アッと驚く私たち。会長さんの家でのお泊まり会で一人部屋というのは過去に一度も無いのです。それにキース君、一人部屋を希望だなんて言っていないと思うんですけど…?

「…キース、一人部屋って、どういうわけで?」
尋ねたのはジョミー君でした。男の子たちは全部で五人。基本はジョミー君とサム君で一部屋、柔道部三人組で一部屋ですけど、ジャンケンやクジで部屋割を変えていることもあります。ゲストルームが多いですから一人部屋は可能でしたが、賑やかなのが好きな男の子たちは一人部屋どころか五人部屋を作っていることも…。なのにキース君が一人部屋を希望となれば、訝しむのも当然でしょう。
「……それが……。俺にも色々と事情があって……」
話したくない、と黙り込んでしまうキース君にシロエ君が。
「…事情があるってことは、本当に一人部屋を希望なんですよね? どうしたんですか、キース先輩? 先輩らしくありませんよ」
「らしくない…か。それはそうかもしれないが…」
だが、とキース君は言葉を切って。
「みんなに迷惑をかけたくないんだ。俺と相部屋になってしまうと恐ろしいことになる……かもしれない」
「「「は?」」」
「ブルーには筒抜けになってるようだが、道場での三週間が俺には色濃く染みついている。霜焼けだって未だに治っていないし、この霜焼けが完治するまでは誰かと同室というのはちょっと…」
え。霜焼けが治らない間は一人部屋を希望って、そんな理由がアリですか? 霜焼けって何か発作がありましたっけ? 痛いか痒いかの二者択一だと思ってましたが、痛いのと痒いのが酷くなったら無意識に飛び起きて暴れ出すとか…?
「……キース、みんなに勘違いされてるみたいだよ? 霜焼けのせいで一人部屋だ…って。霜焼けの発作って聞いたこともないけど、そういうモノでも起こすのかい、君は?」
会長さんがクスクス笑っています。
「物事は正確に伝えないとね。…霜焼けが治る頃まで道場の体験を引き摺ったままになりそうだ、って思ってるだけの話だろう?」
「あ、ああ…。まあ……。そういうことになるんだろうな」
とにかく今は相部屋というのはマズイんだ、とキース君が繰り返した時。
「…ふうん? 相部屋だと何が起こるわけ?」
気になるよねえ、という声が聞こえて空気が揺れて。
「こんばんは。キース、道場終了おめでとう」
フワリと姿を現したのは紫のマントのソルジャーでした。
「君たちの世界にはいつもお世話になっているから、御礼代わりに霜焼けの薬を分けてあげようと思ってね。これを塗っておけば一晩で治る。痛みも痒みも収まる筈だし、一人部屋だなんて寂しいことを言っていないで相部屋にすれば?」
医学が進んだ世界ならではの特効薬、と軟膏らしきチューブを手にしたソルジャーが近付いてきます。霜焼けの薬を届けにだなんて、本当にそれが目的でしょうか? 特効薬と引き換えに明日のパーティーに参加する気でやって来たとか、如何にもありそうな話でした。…なんと言っても相手はソルジャー。特効薬を受け取るべきか、突き返すべきか、そこが問題ですけども………キース君の霜焼けは特効薬が要るほど重症ですか?



PR
Copyright ©  -- シャン学アーカイブ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]