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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

ゆく年くる年・第1話

先生方からのお歳暮、『お願いチケット』を使い終わって一日経って…今日は早くも大晦日です。昨日はジョミー君たちも家で大掃除の手伝いに追われてましたし、私も漏れなく大掃除。ママが「明日は総仕上げよ!」と言ってましたから、今日も夕方まで大掃除かな? 早く日が暮れるといいんだけど、と眠い目を擦りながら起きて行くと。
「ソルジャーから電話があったわよ?」
ママがフレンチトーストを焼きながら振り向きました。
「キース君の家へ除夜の鐘を撞きに行くのは聞いていたけど、それは夕方からだったでしょう? ソルジャーがね、午前中に元老寺まで来て下さい…って。それと今夜は元老寺の宿坊に泊めて下さるらしいわよ」
「え? それ、ホント?」
「とにかく早めに用意をしてね。元老寺まではパパが車で送るらしいし…。あ、パパ! 送ってったきり逃げ出さないでよ、大掃除って言うとすぐにサボリたがるんだから!」
パパが生返事をしています。会長さんのお誘いは本当らしく、朝食を食べている間にジョミー君たちから確認の思念が送られてきました。全員の家に電話がかかったみたいです。キース君とも連絡を取り、集合時間は午前十時に決定し…。急いで用意しなくっちゃ! お泊まり用の荷物を持ってパパの車で元老寺に着くと、山門の石段下にジョミー君たちが集合済みで。
「おはよう! 急に泊まりって何なんだろうね?」
首を傾げるジョミー君。会長さんの意図は分かっていませんでした。キース君からも「とにかく来い」としか聞いてませんし、宿坊に行けばいいのかな? と、山門にキース君が姿を現して。
「何をしている、十時集合と言っただろうが!」
「「「………」」」
キース君は墨染めの衣に坊主頭。えっと……自慢の長髪は? 道場はとっくに終わりましたし、先日のパーティーの時は普通の髪型でしたけど? 私たちの遠慮ない視線に気付いたキース君は。
「此処を何処だと思っている? 俺の家だぞ、親父が何かとうるさいんだ! 住職の資格も取ったし、卒業したら副住職になると決まっているからな…。もうこれからは坊主頭でいいだろう、と!」
あちゃ~…。キース君が「会長さんから貰ったカツラ」と誤魔化して自前の髪に戻れる時間は自分の部屋にいる時だけになってしまったらしいです。心から気の毒に思いましたが、私たちがどうこう出来る問題ではなく…。
「分かったか! だったら俺の足を引っ張らないよう気を付けてくれ。…特にジョミーだ」
「えっ、ぼく?」
「他に誰がいるというんだ? お前とサムは檀家さんにもお披露目済みだし、見苦しい真似はしないようにな。…おっと、こんな所で話していると檀家さんの目に留まりかねない。中に入るぞ」
山門の向こうに消えるキース君。私たちは揃って山門をくぐり、境内を横切って宿坊へ連れて行かれました。元老寺の宿坊は年末年始は休業ですけど、私たちのために特別に開けてくれたそうです。そういえば、こういう特別扱いって特別生になって一年目の大晦日にもあったような…?
「ふん、今頃になって思い出したか」
キース君が以前のケースをヒソヒソ語り合う私たちに向かって呆れ顔で。
「そこまで見事に忘れるとはな…。その調子だとブルーのことも綺麗サッパリ忘却の彼方か? ブルーとぶるぅはとっくの昔に来ているんだが」
「「「えぇっ!?」」」
「おふくろが庫裏でもてなしている。だが、お前たちも無事に着いたことだし、この先は俺の仕事だな。…荷物を置いたら一緒に来い」
行くぞ、と庫裏に繋がる渡り廊下を指差すキース君。私たちは大慌てで指定された部屋に荷物を放り込み、キース君の後ろに続きました。まさか会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が一足先に来ていようとは…。このお泊まり会、ただでは済まない予感がします。大晦日まで波乱になるとは夢にも思っていませんでしたよ~!

アルテメシアは年末寒波で厳しい冷え込み。元老寺の宿坊と庫裏は部屋こそ暖房が効いてますけど、廊下はけっこう冷えるものです。部屋にコートを置いてきたのを後悔しながら案内された先は立派な座敷。『南無阿弥陀仏』の軸が掛かった床の間を背にした会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が着物姿のイライザさんと和やかに談笑していましたが…。
「やあ、みんな来たね」
笑顔で手を振る会長さんは、イライザさんに。
「キースが来たから、こっちはいいよ。今日は忙しいんだろう? ぼくたちは好きにやらせて貰うし」
「ありがとうございます。ろくにおもてなしも出来なくて申し訳ないのですけれど…」
失礼します、と深く一礼したイライザさんは、私たちにも会釈してから廊下へと出てゆきました。入れ替わりに座敷に入ると会長さんが手招きして。
「こっち、こっち。ほら、机の上にお菓子もあるしね」
「かみお~ん♪ 美味しいお饅頭だよ? こないだのケーキもとっても美味しかったけど!」
あ。このお座敷ってキース君が道場を終えた日にお祝いをした部屋じゃないですか! あの時は隣の部屋との間の襖なんかを外してしまって大きな広間になっていたので印象がガラリと違いますけど、床の間の飾りに覚えがあります。お祝いの宴では床の間の前に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお誕生日用の巨大ケーキが置かれてましたが…。
「ふふ、ここはキースのお祝いに使った部屋さ。あの日はサムとジョミーのお披露目もしたし、そういう意味でも此処がいいかと思ってね」
「「「???」」」
「今夜は除夜の鐘撞きがあるし、年が明けたら修正会もある」
「「「シュショウエ…?」」」
「ぼくが除夜の鐘を撞きに来た年にみんなで出たのを忘れたのかい? 新年最初のお勤めだよ。熱心な檀家さんは毎年来てるし、今度の修正会はキースが一人前になって初めての行事になるからねえ…。檀家さんが大勢来るらしいんだ。デビューには丁度いいだろう?」
ああ、なるほど。キース君がお坊さんとして正式にデビューするのに相応しい場所というわけですか! それで私たちも呼ばれたのだな、と素直に納得したのですけど、会長さんの言葉はまだ終わってはいませんでした。
「…そういうわけだから、サムとジョミーは此処でみっちり特訓だね」
「「えっ!?」」
サム君とジョミー君が同時に声を上げ、私たちも仰天しました。何が一体「そういうわけ」? それに特訓って何をすると?
「元老寺デビューに向けて特訓! 除夜の鐘撞きのお手伝いが前哨戦で、修正会ではお坊さんの卵として頑張る姿を見て貰うんだ。…そうは言っても修正会で読むようなお経はサムにも教えていないしね…。サイオンで教えるというのもアレだし、一応形だけってことで」
お経本を前にして合掌しているだけでいい、と会長さんは続けました。
「ただし本堂に座るからには、お坊さんらしくしておかないと。立ち居振る舞いにも作法があるんだ。全部はとても覚えられないし、檀家さんもそこまで見ないだろう。合掌さえ形になればそれでいいかな」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
ジョミー君が必死の形相で会長さんを遮って。
「なんでそういう話になるわけ? ぼくが得度させられたことはパパにもママにも言っていないし、急にそんなこと言われても…」
「じゃあ、御両親の了解を得ればいいのかい?」
携帯電話をポケットから取り出す会長さん。
「君は内緒にしたいようだし、黙っておいてあげたんだけどね…。ソルジャーとして御両親の承諾を得ようかな? お坊さんとして本格的に仕込みたいから、元老寺デビューに賛成してくれ…って」
「うわーっ、やめてーっ!!!」
それだけはやめて、とジョミー君は涙目でした。シャングリラ・プロジェクトで仲間になった私たちのパパとママはソルジャーの命令となれば承諾するのは間違いなし。ジョミー君の元老寺デビューの話なんかもアッサリ通るに決まってるわけで、そうなってしまえば会長さんの思惑通りにお坊さん修行の人生が…。
「やめてあげてもいいけどさ。…ちゃんと真面目にデビューするなら」
「します、しますってば! デビューでもお手伝いでも何でもやらせて頂きます~!」
土下座せんばかりのジョミー君に、会長さんは満足そうに。
「よし。…それじゃキースの出番だね。あ、その前にサムとジョミーにプレゼントだ。ぶるぅ、出してあげて」
「オッケー!」
脇に置いてあった風呂敷包みを「そるじゃぁ・ぶるぅ」が二人の前に運びました。結び目を解いた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が取り出したものは…。
「「「うわぁ…」」」
きちんと畳まれた墨染めの衣、その上に輪袈裟。それに真っ白な着物に足袋に…。要するにお坊さんの衣装一式が出てきたわけです。会長さんはサム君とジョミー君にニッコリ明るく微笑みかけて。
「二人とも、それに着替えてきたまえ。学園祭の時に練習したから着られるだろう? 坊主カフェで…ね」
キース君がズイと進み出ました。
「着替えはこっちだ。座敷は更衣室ではないからな」
早くしろ、と急き立てられてジョミー君は泣きそうです。お坊さんの衣装までついてくるとは夢にも思わなかったのでしょう。サム君の方は心得たもので法衣を抱えていそいそと…。会長さんとの公認カップルを名乗り、朝のお勤めをしに会長さんの家に行くのがデート代わりのサム君ですから、デビューするのが嬉しいんでしょうね。

法衣に着替えた二人がキース君に連れられて戻って来ると、会長さんは頭の天辺から足の爪先まで視線を何度も往復させてチェックして…。
「うん、着付けの方は及第点かな。…キース、君が手伝ったんだろう?」
「もちろんだ。サムだけだったら見ていられるが、ジョミーの方は心許ない。あんな着方じゃすぐに崩れる。…まったく、学園祭で覚えたことは右から左へ抜けたのか?」
「だって!」
覚える気なんかなかったし、と膨れっ面のジョミー君ですが、会長さんは。
「そう言われてもねえ…。あの時点で君は得度を済ませてたんだし、少しは自覚を持たないと。…でないと法衣を着て貰う機会をドカンと増やすよ? アドス和尚は協力的だし…。あ、噂をすれば」
ドスドスドス…と重たい足音が近付いてきて襖がカラリと開きました。
「御挨拶が遅くなりまして…。倅がお世話になっております」
廊下に平伏しているアドス和尚を会長さんが招き入れて。
「どうだい、サムとジョミーの出来は? 修正会に出して貰えそうかな?」
「それはもう…。銀青様の仰せでしたら喜んで」
「銀青の名では呼ばないでくれって何度も言ったと思うけど? でも、せっかく呼んでくれたんだから、銀青として君にお願いがある」
会長さんは改まった顔できちんと正座し、アドス和尚を見据えると。
「他でもない、キースの髪型の件でちょっと…ね。坊主頭を続けるようにと言ったんだって?」
「はい。春には大学を出て副住職になるわけですし、そうなりますと坊主頭にしませんと。それまでの間だけ髪を伸ばしてもロクな長さにはなりますまい。でしたらスッキリ坊主頭を続ける方がよろしいかと…。檀家さんの目もございますしな」
「それなんだけどさ。…キースに剃髪の義務は無いよね、今の本山の方針で行くと。大学で必要な単位を取得してから伝宗伝戒道場に入った場合は普通よりも一段階上の位が取れる。そうでない人は位が上がるまで坊主頭を続ける義務があるけど、キースはそれに該当しない」
「…はあ…。まあ、そういうことになっておりますなぁ…」
渋々頷くアドス和尚。そっか、キース君には坊主頭にしておく義務は無いんですね。会長さんはクッと喉を鳴らしてアドス和尚に。
「随分前にも話しただろう? 無理強いするのは良くないよ。キースが自分から坊主頭を希望だったら問題ないけど、そうじゃない。…それに剃髪義務も無いのに、坊主頭にさせるのかい? 形に囚われるのも煩悩の内だ。檀家さんへの見栄を気にしちゃ仏弟子失格」
広い心を持たなくちゃ、と滾々と諭す会長さん。
「第一、ぼくの髪を御覧よ。璃慕恩院までキースの出迎えに行った時だって剃っていないし、ぼくは長年このスタイルだ。…この髪型だと有難くないと思うわけ? だったら銀青様と呼んだりせずに呼び捨てにすればいいじゃないか」
「そ、そのような恐れ多いことは…!」
「だったら君は何に敬意を払ってるんだい? 今は衣も着ていないから見た目は普通の高校生だよ?」
「どのような姿をしておいででも、銀青様は銀青様ですし…」
アドス和尚が大きな身体を縮めるようにして言い訳すると、会長さんは「そこなんだよね」と微笑んで。
「今、どんな姿をしていても…って言っただろう? キースだって同じことさ。坊主頭でも長髪のままでも、キースの人となりは変わらない。…坊主頭でないと副住職としての値打ちが無いとか、威厳が無いとか思うんだったら、それは間違い。キースに人望と実力があれば長髪でも務まると思うけどねえ?」
「そんなものでしょうか…」
「形ばかりに囚われていては物の本質を見失う。…君自身が坊主頭に誇りを持つのは良いことだけど、その価値観を押し付けるのは頂けないな。…今夜の除夜の鐘撞きと明日の修正会、キースにカツラを被らせるのはどうだろう? ぼくもこの髪で出るんだからね、檀家さんに文句は言わせないよ」
会長さんは銀色の髪を指差すと。
「この髪でキースの露払いをする。髪の毛は急には伸びないからね、今夜はカツラで間に合わすとして…。いずれは自前の髪の毛で! お盆までには綺麗に伸びるさ。あの長髪がキースのスタイルってことで許してやって欲しいんだ。…それが銀青としてのお願い」
「………。承知いたしました…。お教え、心に留めておきます。心から許せる境地に至るまでには年数が掛かるかと存じますが…」
「それでいい。腹を立てないのも修行の一つだ、大いに努力してくれたまえ。…というわけだから、キース」
すぐにカツラを被っておいで、と会長さんに言われてキース君はポカンとしていましたが。
「…聞こえなかった? お父さんは長髪を許可してくれたよ。お父さんの気が変わらない内に既成事実を作るんだね。…ほら、カツラを」
「は、はいっ! ありがとうございます!」
キース君は畳に額を擦り付け、大急ぎでお座敷を出てゆきました。暫く経って戻って来た時にはカツラではなく自慢の長髪。坊主頭の方がサイオニック・ドリームだったことを全く知らないアドス和尚は…。
「そういえば銀青様が下さったカツラでしたな、倅のは。…仕方ございません、これも修行と思って耐えます。キース、銀青様に感謝するのじゃぞ。そしてしっかりお手伝いをな」
では、と深く頭を下げたアドス和尚は除夜の鐘と修正会の準備に行ってしまって、残されたのは法衣のサム君、ジョミー君、そして目出度く長髪に戻ったキース君と私たち。キース君は会長さんに何度も御礼を言っていますが、ジョミー君たちはどうなるのでしょう? お坊さんスタイルで何をしろと…?

「さてと…。キースの未来はこれで安泰。トレードマークは長髪だね。ぼくと並ぶと映えそうだろう? 今のままではダメだけどさ」
衣の色に差があり過ぎる、と会長さんは笑いました。
「早く緋の衣になってくれると嬉しいな。サムとジョミーも期待してるけど、長髪ってほどの長さは無いし…。ぼくとセットで目立つんだったらキースが一番! あ、サム、これは外見だけの問題だから気にしないで。さっきアドス和尚にも言ってただろう、形に囚われちゃいけない…ってね」
会長さんはサム君へのフォローも忘れません。流石は公認カップルです。けれど元老寺でのデビューについては譲れない面があるようで…。
「見た目も一応、大切なんだよ。姿形の問題じゃなくて礼儀作法は重要だ。お坊さんとしてやっていくためには尊敬される立ち居振る舞いが出来ないとね…。今からそれを頑張って貰う。さっきも言ってた合掌の稽古。これが案外、大変なのさ。…そうだよね、キース?」
「ああ。…俺も親父に厳しくしごかれた。大学から行った研修会では在家出身のヤツらが泣かされてたな」
「それじゃ経験者に任せるよ。君はもう弟子を取ってもいい身なんだし、サムとジョミーを様になるよう指導したまえ」
「いいのか? 俺は手抜きはしない主義だが」
ビシバシいくぞ、とキース君に問われた会長さんは。
「それでオッケー。とにかく合掌を徹底的にね。あれが坊主の基本だからさ」
「承知した」
ジョミー君が「ひぃっ!」と悲鳴を上げましたけど、会長さんは涼しい顔。そしてサム君はやる気満々です。やがてサム君とジョミー君は『南無阿弥陀仏』の掛け軸の前に正座させられ、合掌するよう促されて…。
「いいか、とにかくお念仏だ。声が嗄れるまでやれとは言わん。声は少々小さくてもいい、続けることが肝心なんだ。それと合掌! 掌はピタリと合わせておけよ」
始めっ、とキース君が号令を掛け、二人はお念仏を唱え始めました。それから間もなくイライザさんが「頑張ってらっしゃるわね」と顔を覗かせ、昼食タイム。ここで一旦休憩です。キース君のヘアスタイルが元に戻ったことを喜びながらワイワイ賑やかに御飯を食べて、それが終わるとサム君とジョミー君はまたお念仏。
「ジョミー! もぞもぞ動くんじゃない、正座を崩すな!」
キース君がジョミー君の足を扇子でピシャリと叩き、ジョミー君の背筋がピンと伸びます。サム君の方は朝のお勤めに通っているだけあって慣れたもの。キース君も「直さなくても大丈夫だな」なんて言っていますが、対照的なのがジョミー君で…。あ、またキース君がイライラと扇子を握ってますよ!
「しごきの必須アイテムなんだよ」
会長さんが言い終える前に、キース君は合掌しているジョミー君の両手の間にズボッ! と閉じた扇子を突っ込みました。
「また掌が開いてる! 掌をピッタリ合わせておけ、と何度言ったら分かるんだ!」
「だ、だって…。正座してるから足が痛くて、手まで集中できないよ!」
「言い訳は要らん! 背筋を伸ばしてお念仏だ! それが出来んのでは修正会に出せん!」
ピシャリ、とジョミー君の肩や背中を扇子で叩くキース君。赤い骨の扇子は朱扇と言ってお坊さんがいつも持っているそうなのですが、会長さんに言わせれば「しごきに必須」のアイテムらしく…。サム君はともかく、ジョミー君にはトラウマになりそうな扇子です。ジョミー君、除夜の鐘までにお坊さんらしくなれるのかな?

鬼コーチと化したキース君に朱扇で叩かれ、掌の間に突っ込まれ…。ついでに足も痺れまくったようですけども、日がとっぷりと暮れる頃にはジョミー君の合掌もなんとか形になりました。サム君は更に一歩進んで立ち方、歩き方などの特訓を受け、会長さんに褒めて貰って嬉しそうです。
「うん、これで修正会はバッチリだね。サムはなかなか筋がいいよ」
それに比べてジョミーときたら…、と会長さんは呆れ顔。
「あんなレベルじゃお彼岸の手伝いなんかは出来そうもないし、不肖の弟子にも程がある。璃慕恩院の修行体験ツアーだけではダメなのかな? やっぱり本格的に研修を受けさせた方がいいのかなぁ…」
「そうだな。あれなら徹底的に教えて貰える」
いいかもしれん、とキース君が応じ、サム君が。
「えっ、研修って…研修会かよ? あれって必要な講義の単位が無いとダメなんじゃあ…」
「残念ながらそうなんだよね」
そこが問題、と会長さん。
「ぼくのコネでゴリ押しできないこともないけど、弟子のレベルを問われてるのも同然だしねえ…。サムならともかく、ジョミーはキツイ。ぼくも生き恥はかきたくないし、キースにお願いするしかないか…」
「形に囚われるとか、そういう以前の問題だしな」
キース君が深い溜息をついて。
「分かった。副住職になったら、折を見てウチでも修行させよう。あんたの家での朝のお勤めにも出ないそうだし、もっと本格的なのをやらせてやる。御本尊様の前でキッチリとな」
「え…。ぼくに此処まで来いってこと!?」
「決まってるだろう。それが嫌ならブルーの家で頑張ることだな、サムは嬉しくないかもしれんが」
朝のデートが無くなるし…、とキース君は言いましたけど、サム君は「ブルーが喜ぶのなら気にしないぜ」とニコニコ顔。
「ジョミー、俺と一緒に頑張ろうぜ! まずは除夜の鐘と修正会だよな」
「だから、なんでそういうことになるのさ~!」
ジョミー君の叫びはサラッと無視され、早めの夕食が済むと年越しの準備が本格化。除夜の鐘を撞きに来る人のために甘酒のお接待もあったりしますし、イライザさんもお手伝いのおばさんたちも大忙しです。サム君とジョミー君はキース君に連れられて本堂へ行ってしまいました。今年最後のお勤めだとか。えっと…。会長さんは行かなくってもいいのかな?
「ぼくは除夜の鐘撞きからでいいんだよ。いくら高僧でも出ずっぱりでは値打ちが無い。ぼくの出番は除夜の鐘の百八回目と、撞き終わりだけさ。前に来た時もそうだっただろう?」
言われてみればそうでした。会長さんが元老寺の除夜の鐘に招待された時、撞いていたのは古い年を送る百八回目と、回数無制限で撞ける元老寺の除夜の鐘の締め括り。あの夜はキース君の法名をイライザさんがアッサリとバラして凄い騒ぎになりましたっけ。あれから二年の月日が流れて、キース君は立派なお坊さんに。今夜デビューするジョミー君とサム君が一人前のお坊さんになる日はまだまだ先になりそうですが…。
「キースも此処まで頑張ったんだ。百年もあればジョミーだってきっとなんとかなるさ」
なることを希望、と会長さん。やがて夜が更けてくると境内には除夜の鐘目当ての人が並び始めて、私たちも例年どおりその行列に加わりましたが、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は関係者向けのテントに行くので別行動です。それに毎年一緒に並んだサム君とジョミー君も今夜は墨染めの衣で関係者席で…。
「ぼくたち、年を取らないって言われてますけど……しっかり時は流れてますよね」
シロエ君が冴え冴えとした冬の夜空を見上げました。
「年が明けて春になったら、キース先輩、副住職になれるんですよ? 初めてみんなで此処に来た時は、お坊さんなんか絶対嫌だって言っていたのが嘘みたいです」
「そうね…。あの頃は特別生でもなかったのよね、私たち」
スウェナちゃんが応じ、マツカ君が。
「毎年みんなで此処に来られるっていうのが凄いですよ。特別生にならなかったら進路もバラバラだったでしょうし…。ぼくは会長に感謝してます。きっと誰よりもぼくたちのことを考えてくれる人でしょうから」
キースの髪型のことだって…、と続けるマツカ君。会長さんはいつも好き放題に見えますけれど、大切な局面では必ずフォローしてくれます。高僧ゆえなのか、ソルジャーとしての使命感なのか、それは分かりませんけれど…。寒さに震えながら行列して除夜の鐘を撞き、甘酒のお接待のテントに入って間もなく、隣の関係者用テントから緋の衣を纏った会長さんが鐘楼の方へ向かいました。
「「「あ…」」」
二年前の除夜の鐘で会長さんのお供に付いたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。しかし今夜はキース君が先導役なのは同じでしたが、ジョミー君とサム君が墨染めの衣で会長さんのお供をしています。鐘楼に上がった会長さんが撞木の綱を握り、百八回目の鐘が厳かに夜気を震わせて…。新しい年が明けました。あけましておめでとうございます。ジョミー君、サム君、元老寺デビューおめでとう!



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