シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
カレンダーが7月になり、夏休みもすぐそこ。その前に期末試験があるんですけど、我がA組は生徒会長さんがなんとかしてくれるだろうと危機感の無い日々を送っています。ええ、会長さんは相変わらず「気が向いたから」と言っては度々A組に現れますし、他のクラスには顔を出さないようですし…A組で期末試験を受けてくれるのは確かでしょう。グレイブ先生が気に入ったのか、会長さんの言う「仲間」が5人もいるからなのかは謎ですが。
「みゆちゃん、スウェナちゃん…。ちょっと、いい?」
放課後、掃除当番をしていた私たちに声をかけてきたのはアルトちゃんとrちゃんでした。
「教えて欲しいことがあって…」
二人は私たちが掃除を終えるまで残って待っていて、誰もいなくなってから声を潜めて言いました。
「あの…。生徒会長さんのことなんだけど。何処に住んでいるのか知ってる?」
え。会長さんの家って何処でしょう?そういえば全然、聞いたことないかも。
「やっぱり、みゆちゃんたちも知らないんだ…。ぶるぅっていう子と一緒に暮らしているのかなぁ」
「それは多分…そうだと思うけど…」
スウェナちゃんと私が知っているのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋までです。もしかしたら、あの部屋の奥に会長さんのお部屋があったりするのでしょうか?アルトちゃんとrちゃんは真剣な顔でこう尋ねました。
「本当は、家が何処かはどうでもいいの。…ぶるぅが手引きをしてくれる、って言ってたのは本当なのかなぁ、って。私たちの寮、とても警備が厳しいんだけど…会長さん、本当に忍び込めるのかな?忍び込むところを見つかったりしたら停学は確実だし、心配になって。それに…会長さんが私たちのことを好きだなんてことは…」
「好きかどうかはともかくとして、見つかるような人じゃないと思うわ」
スウェナちゃんが言い、私も即座に頷きました。
「うんうん、それだけは絶対ない!…だって会長さんだもん」
「そう?…そうなんだ…」
アルトちゃんたちが呟き、互いに顔を見合わせて。
「じゃあ、あとは私たちの心の問題なのね」
「うん。…会長さんに危険が及ばないなら、いつか試してみてもいいかも」
わわっ、まずい!…私たち、アルトちゃんたちに余計なことをしゃべったみたい。会長さんの身を案じて例のお守りを使わずにいたらしい二人に「心配いらない」とお墨付きを与えてしまったんです。だけど後悔先に立たず。アルトちゃんたちはお礼を言って教室を出ていき、その背中には恋する乙女のピンクのオーラが…。
「どうしよう。アルトちゃんたち、あのお守りを使っちゃうかも」
「使わないと思いたいけど…。一度は断念しかけたみたいだし」
「でも、今、うっかり後押ししちゃったのよね、私たち…」
私たちは深い溜息をついて「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋へ向かいました。
「かみお~ん♪どうしたの、二人とも?」
土鍋でくつろいでいた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が元気に跳ね起き、冷蔵庫から特製あんみつを出してくれます。夏に土鍋というのは妙ですけども、ひんやりして気持ちがいいんですって。
「あら、ジョミーたちは?」
スウェナちゃんが言うとおり、先に来ているはずのジョミー君もサム君もいませんでした。会長さんの姿も見えません。
「ブルーと一緒に柔道部の練習を見に行ってるよ。みゆたちも行く?それとも、ぼくとおしゃべりする?…なんだか元気がないみたいだけど」
「そうね…。この際だから聞いちゃおうかな。ぶるぅ、赤いお守り袋を知ってる?」
あひゃあ!スウェナちゃん、いきなりそれを聞きますか!?
「ぼくの手形が入ってるヤツ?…ブルーが女の子に配るんだけど」
「それそれ!それ、本当に効き目があるの?ぶるぅ、それが使われた時は会長さんを手引きしてるの?」
「手引き?…ぼくは紙に手形を押すのと、お守り袋を作るだけだよ。その後のことはよく知らないや。何かの合図に使うみたいだね。お守りを使った人がいるから、って夜中に出かけていっちゃうことがたまにあるんだ」
なんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はお守り袋を作ってるだけで、使い道を知りませんでした。すると全ては会長さんがやってることで、忍び込むのも夢を見せるのも単独犯ということです。
「単独犯?…ブルー、悪いことなんかしてないよ」
不快そうな顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ブルー、いつだって言ってるもん。お年寄りと女子供は大切にしなきゃ、って。だからお守り袋を渡した女の子のこと、とても大事に扱う筈だよ」
「たった一回しか使えないお守りでしょ?…本当に大事に扱うのなら無期限でなきゃ!」
スウェナちゃんも負けていません。ですよね、やっぱり1回限りは不実ですよね…。
「希望者には追加を渡すんだからいいと思うな。1回目はお試しコースらしいし」
「「お試しコース!?」」
私たちの声がハモりました。
「うん。何を試すのかは知らないけれど、そう言ってた。でね、その時に聞くんだって。君の……えっと、なんだっけ…えっと…えっと…。ごめん、忘れちゃった。とにかく『また君のナントカを見せてくれないか』って尋ねて、OKだったら新しいお守り袋を渡して帰って来るんだよ」
ナントカ!?…そこに入りそうな単語を瞬時にあれこれ想像しまくった私たちは真っ赤になってしまいました。いったいどんな口説き文句だか知りませんけど、きっととんでもない単語が…。もしかしなくても「そるじゃぁ・ぶるぅ」には理解できない伏字の世界かもしれません。あんな美形の会長さんにそう言われたら、誰も断りきれないんじゃあ…。アルトちゃんとrちゃん、大丈夫かな?
「そっか、友達だったんだよね…お守りを貰った人たち」
「そうなの。使っちゃうかもしれないし、気になって…」
「心配だもの、何かあったら…って」
「平気、平気!…ブルーに任せておけば大丈夫だよ。それに今、お守りを持っているのはその二人だけだし。でも、お試しコースってなんだろうね?」
無邪気に尋ねる「そるじゃぁ・ぶるぅ」は本当に何も知らないようです。そして私たちも1歳児相手に余計な知識を吹き込めるほど、悪いオトナではありませんでした。アルトちゃんとrちゃん…。お守り袋でお試しコースを体験したら、会長さんの虜になってしまいそう。かなり危険な香りがします。アルトちゃん、rちゃん、使っちゃダメ~!
「おやおや、来ないと思ったら…こんなところでおしゃべり中かい?」
会長さんの声が聞こえて、スウェナちゃんと私は飛び上がりました。ジョミー君とサム君、柔道部の三人も次々に壁を通り抜けて来ます。いつの間にか部活が終わる時間になっていたんですね。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がいつものように特製オヤツを作ろうと割烹着に手を伸ばしましたが。
「ぶるぅ、今日はオヤツは作らなくていいよ」
そう言った会長さんは私たち全員にウインクをしてみせました。
「晩御飯は要らない、って家に連絡しておいて。みんなで何処かへ食べに行こうよ。何がいい?」
「焼肉!」
一番に叫んだのはジョミー君です。ラーメンとか豚カツとか、いろんな意見が飛び交って…結論は焼肉。
「それじゃ、そういうことで行こうか。ぶるぅも来るよね」
嬉しそうに頷く「そるじゃぁ・ぶるぅ」も加わり、私たちは影の生徒会室から本物の生徒会室に戻りました。今夜はみんなで焼肉パーティー!
「あ、その前に…ちょっと寄って行く所があるんだ。ついて来て」
スタスタと歩き出した会長さんを追う私たち。焼肉パーティーへの道はまだまだ遠いかな…?