シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
シャングリラ学園の三学期は行事が目白押しでした。特別生は卒業式までしか登校しなくていいんですけど……そもそも出席義務も無いんですけど、年度の終わりは卒業式が目安です。それまでの間に入試にバレンタインデーと学校絡みの行事があって、かるた大会なんていうものも…。
「ふふ。今年はどんなのにしようかなぁ?」
会長さんがニヤニヤ笑っているのは放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋。一昨日に新春かるた大会の開催発表があり、今日は健康診断だったのです。え、なんで健康診断かって? シャングリラ学園名物のかるた大会は実は水中かるた大会。温水とはいえプールに入るので健康診断は欠かせません。
「かみお~ん♪ おやつ、出来たよ!」
揚げたてだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運んで来たのはピッツァフリッタ。最近人気の揚げピザです。中身はカルボナーラソースだそうで、1人前サイズの半円形に仕上がっているのが嬉しいところ。私たちは早速手を伸ばし、サクサクの生地と熱々の中身に舌鼓を打ち始めました。
「まりぃ先生、今日も絶好調だったよね…」
あればっかりは治りそうもないね、とジョミー君が言えば、キース君が。
「無理だろう。正式に俺たちの仲間になってから一年経ってもアレではなぁ…。ブルーがソルジャーなことも承知の上で好き放題だし、不治の病だ」
溜息をつくキース君。まりぃ先生は今日も会長さんを特別室に連れ込んだ上に、男の子たちにはセクハラまがいの健康診断を繰り広げたそうで、不治の病とは言い得て妙かも。会長さんは我関せずとピッツァフリッタを齧りながら。
「別にいいじゃないか、減るもんじゃなし。それより、かるた大会の方が問題だよ。優勝は1年A組が頂くとして、副賞を何にしようかなぁ…って。去年の二人羽織はウケていたよね」
「ああ、あれな…」
教頭先生は気の毒だったが、とキース君。かるた大会で優勝すると副賞で先生方による寸劇というのがついてきます。去年は教頭先生とゼル先生の二人羽織で、教頭先生はゼル先生の手で鼻の穴からウドンを啜らされたのでした。見ていてかなり笑えましたけど、ウドンを食べ終えた教頭先生はバッタリ倒れてましたっけ…。
「去年のはハーレイへの仕返しも兼ねていたから無茶できたけど、今年は言いがかりをつけられないし…。初詣で何かやらかしてくれたら良かったのにさ」
心置きなく悪戯出来た、と会長さんはブツブツと…。けれど教頭先生がドジを踏まなくても悪戯するのが会長さんです。今度も絶対に何かやる、と私たちは確信していました。そして案の定…。
「やっぱりさ、みんなで楽しめて笑えてこその寸劇だよね? ついでに勝利の喜びを分かち合えたら最高かも…。ほら、ずっと1年A組が勝利を収めてきているわけだし、他のクラスは美味しい思いをしてないだろう?」
何やら思い付いたらしい会長さんですが、他のクラスにも美味しい思い…って、そんなの果たして可能でしょうか? 寸劇は優勝したクラスが先生を一人指名し、その先生とクラス担任とで指定した演目をやってくれる仕組みになっています。他のクラスが入り込む余地は無さそうですけど…。
「うん、普通に考えたらそれは無理だね」
会長さんはあっさり認めました。
「君たちが言うとおり、優勝の副賞は1年A組の特権だ。でもさ、寸劇の内容によっては細工を施す余地があるかも…。ちょっと相談に行ってくる」
アッという間に会長さんの姿が消えて、取り残された私たち。会長さんは何処へ行ったのでしょう?
「ブルーだったら職員室だよ。えっとね…」
何か言い掛けた「そるじゃぁ・ぶるぅ」でしたが、急にピクンと硬直して。
「ごめん、ごめんね…。ブルーが内緒にしときなさい、って。だからなんにも言えないや…」
ごめんなさい、と繰り返した「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「お詫びに」とピッツァフリッタの追加を揚げてくれました。今度はトマトソースとモッツアレラチーズ、ハムも入って先のとは全く別の味わいです。会長さんは職員室に行ったきりで戻りませんし、えーい、会長さんの分も貰っちゃえー!
会長さんが職員室でどんな相談をしたのか分からないまま、かるた大会の日がやって来ました。かるた大会は男女合同ですから、会長さんも「そるじゃぁ・ぶるぅ」も一緒にプールで戦います。女子で登録した「そるじゃぁ・ぶるぅ」はスクール水着が可愛くて…。
「さあ、シャングリラ学園名物かるた大会を始めるよ!」
司会のブラウ先生が叫び、クラス対抗形式の試合がスタート! かるた大会と呼ばれていますが、その実態はプール中に散らばった百人一首の取り札を奪い合うというハードなものです。取り札は発泡スチロールの大きな板で、それを所定の場所まで運んで行かないと取ったことにはなりません。
「「「がんばれー!!!」」」
プールサイドから囃し立てる声が響き、プールの中では第一試合の1年B組とE組が激しい水飛沫を上げていました。取り札を手にした生徒から取り札を奪い取るには「水をかけまくって進路と視界を妨害する」のがお約束。飛沫にやられて手を放したら札はたちまち掻っ攫われます。
「おーっと、今ので5人目だ! お手つきで無効!」
ブラウ先生の声が飛び、プールサイドから飛び込んだシド先生が取り札をプールの中央に戻しに行って…。
「じゃあ、今の札は後から読み直しだね。ハーレイ、次を頼むよ」
「分かった。では…。村雨の~、露もまだひぬ槙の葉に~」
「はいっ!!!」
男子生徒が高々と掲げた大きな札には「霧たちのぼる秋の夕暮れ」の文字。それを運ぼうと泳ぎ始めた彼はたちまち水飛沫に襲われ、またしても「お手つき!」の警告が響き渡りました。取り札をゴール地点に運ぶまでに敵味方を合わせて4人までが手にすることは許されますけど、それを超えると「お手つき」扱い。札は最初から読み直しです。試合は長引き、終わった頃には勝者も敗者もヘトヘトで…。
「では、次の試合! 1年A組とC組、プールに入って!」
ブラウ先生に促された私たちは次々とプールに飛び込みました。勝つための作戦は会長さんから伝授済みです。自分の近くにある取り札をしっかり頭に叩き込んでおいて、読み上げられたら、即、掲げること。これが勝利のコツでした。教頭先生が朗々と最初の札を読み上げて…。
「恋すてふ~、我が名はまだき立ちにけり~」
「はいっ!」
A組の男子が「人しれずこそ思いそめしか」と書かれた札を頭上に掲げた瞬間、プールの真ん中に立った会長さんがサッと両手を前に差し出すと。
「かみお~ん♪」
会長さんの隣にいた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が組まれた両手を足場にして空中高く飛び上がりました。そのままピョーンと大勢の頭の上を飛び越えて行き、取り札を持った男子の傍らにドボンと着水。
「任せといてね!」
浮力抜群の札を受け取った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は水中に潜り、底すれすれの深さをスイスイと…。潜られてしまうと水飛沫攻撃は効きません。けれど踏みつけたりしたら反則ですし、対戦相手のC組生徒は歯噛みするばかり。並みの力では沈められない札をサイオンで軽々と沈めた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はプールを泳ぎ切り、プールサイドの所定の位置へ…。
「「「やったー!!!」」」
A組全員の歓声の中、次の札が読み上げられます。物凄い速さで会長さんの所へ戻った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が取り札を掲げたA組生徒の所へ飛び込んで行って、この取り札もA組のもの。そんな調子で試合は進み、C組に一枚の札も渡さないまま1年A組の圧勝でした。もちろん続く数々の試合も。
「優勝! 1年A組!」
ブラウ先生の宣言に踊り上がるクラスメイトたち。続いて表彰式が始まり、会長さんが代表で賞状を受け取った所でブラウ先生が。
「さて、優勝したクラスには副賞がある。先生方による寸劇だ! 好きな先生を一人、指名しとくれ」
「えっと。…ぼくが決めてもいいのかな?」
振り返った会長さんにクラス全員が「かまいませーん!」と答え、会長さんは。
「教頭先生を指名します。それと、グレイブ先生が巻き込まれることは最初から決定してますし……協力者として他の先生が来て下さると嬉しいのですが」
「ふうん? それじゃ去年みたいに代理が立つというわけかい?」
楽しそうに返すブラウ先生。そういえば去年のゼル先生はグレイブ先生の代理でしたっけ…。けれど会長さんは「いいえ」と首を左右に振って。
「グレイブ先生には出て頂きます。グレイブ先生の補佐役の人が欲しいんです。…先生方さえよろしければ、ですが」
「よし。わしが出よう」
名乗りを上げたのはゼル先生でした。
「去年もグレイブの代理で出たからのぅ…。どうじゃ、わしでは不満かな?」
「ありがとうございます、ゼル先生!」
会長さんが深々とお辞儀し、協力者の参加が決まりました。さてと、それじゃ着替えて寸劇を見るために講堂へ…、って、あれ? 講堂へ移動するんじゃないんですか? 会長さんに耳打ちされたブラウ先生が全校生徒に指図したのは体育館の別フロア。
「着替えを済ませたら地下2階だよ! いいね?」
「「「はぁ?」」」
ざわめきがプールサイドに広がってゆきます。地下2階って何がありましたっけ? えーっと、えーっと…。まあいいや、後でキース君たちに聞いてみようっと!
「…本当に土俵だったんだ…」
制服に戻った私はポカンと口を開けていました。キース君たちに教えられてはいたんですけど、聞くと見るでは大違い。隣ではスウェナちゃんが同じように呆気に取られています。更衣室から一緒に来た「そるじゃぁ・ぶるぅ」は知っていたらしく、当然という顔でスタスタ歩いていきますが…。
「おーい、こっち、こっち!」
「かみお~ん♪」
ジョミー君たちが手招きしていて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が駆け出しました。体育館の地下2階には天井の高い広大な部屋。そのド真ん中に設けられているのは土俵です。シャングリラ学園に相撲部があるのは知ってましたが、こんな立派な専用スペースを持っていようとは…。
「ふふ、資金だけは潤沢にあるからね」
土俵際の座布団に陣取っていた会長さんが微笑みました。1年A組に与えられたのは升席と呼ばれる土俵際の特等席。他の席にも座布団が敷かれ、本格的な相撲見物が出来そうな雰囲気になっています。もしかして今年の寸劇って、相撲だったりするんでしょうか?
「そういうこと」
パチンとウインクをする会長さん。
「そして他のクラスの生徒たちと勝利の喜びを分かち合うための仕掛けも相撲ならでは! ほら、出てきた、出てきた」
チョーン、チョーン…という拍子木の音が響いて、職員さんたちが行列しながら入って来ました。土俵へ向かう職員さんたちの手には『シャングリラ学園』と書かれた幟が。あのデザインって大相撲で懸賞金を出す企業とかが土俵で披露する懸賞幟ってヤツなのでは…? と、ブラウ先生が土俵の下に現れて。
「さあさあ、寸劇の前にお知らせだ! 今、土俵の上を回ってる幟がどういう意味かは分かるかい? 今年の寸劇は相撲ってことになったんだけど、取組には懸賞がつくんだよ。生徒会長の提案で学食のランチ券が出されるのさ」
「「「???」」」
「資金源は先生方のカンパだからね、そんなに沢山出るわけじゃない。そこで全員に相撲賭博をしてもらう。西か東か、どっちが勝つかに賭けるんだ。的中させた生徒に賞品を分配するってことさ。今から用紙を配るから」
職員さんたちが土俵上で幟を掲げている中、先生方が用紙を配りに来ました。もちろん一人一枚ですけど、なんですか、これは? 大相撲の星取表に似た代物です。西と東に分かれた空欄が上から下までズラズラと…。取組をするのは一組だけの筈なんですが?
「それじゃ書き方を説明しよう。…用紙は見てのとおりの星取表だ。勝つと思う方が白い丸、負けと思う方には黒い丸さ。そして八百長なしの賭博だからね、西と東に誰が出るかは分からない。ついでに何回勝負するかも謎なんだ。これだと思う回数分だけ白丸と黒丸を書き込んでおくれ」
「「「えぇぇっ!?」」」
「制限時間いっぱい、何度でも勝負するんだよ。だから取組の回数は不明。分かったら急いで書き込むこと! 幟が引っ込んだら用紙を回収するからね。クラスと名前を書くのを忘れないように」
星取表には鉛筆もセットでついていました。土俵の上では幟を持った職員さんたちが再びゆっくり回り始めます。回り終わったら土俵を下りて退場するのは確実で…。
「えっと…。ど、どうしよう、これってどう書けば…」
悩んでいるジョミー君の横で会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサラサラと鉛筆を走らせています。参考にしようと覗き込んでみたら、二人の予想はバラバラでした。これじゃ話になりません。んーと、三試合くらいでいいのかな? でもって白丸と黒丸は適当に…、と。
「おい、どう書いた?」
キース君の声で皆の予想を出し合ってみれば結果はまるで不揃いで…。そうこうする内に幟が引っ込み、用紙は回収されました。誰か一人くらいは当たるといいね、と言い合っていると会長さんが。
「ある意味、非常に公平なんだよ。西と東が誰になるのか、ぶるぅとぼくにも分からない。土俵に出てくる直前にクジ引きで決めるようにしておいたから」
「「「………」」」
「でないと面白くないだろう? ぼくがどういう予想を書いたか、ハーレイに伝えるつもりもないし…。つまり一切、八百長無しさ。ぼくの予想が当たるといいな」
「やだやだ、ぼくが当てるんだもん!」
頑張って書いたんだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がゴネている中、ブラウ先生の思念波が。
『特別生に警告しとく。土俵に上がった力士に思念波で八百長を頼むのは禁止! 土俵の俵にサイオン検知装置を組み込んである。思念波で連絡を試みた生徒の星取表は破り捨てることになってるからね』
あちゃ~…。会長さんも「そるじゃぁ・ぶるぅ」も本当に八百長できないようです。教頭先生とグレイブ先生の取組、一方的に教頭先生の勝ちだと思うんですけど、どっちが東か分からない以上、白丸と黒丸を適当に配分するしかありませんでした…。って、ええっ!?
全校生徒が騒ぎ立てる中、登場したのはグレイブ先生。しかし力士の姿ではなく、派手な色合いの着物と袴で頭に烏帽子、手には軍配。あれって行司の装束では…。それじゃ力士はいったい誰が…、と誰もが顔を見合わせているとグレイブ先生が土俵に上がって。
「ひがぁ~しぃ~、ハーレイ~山ぁ~。にぃ~しぃ~、ゼルの~海ぃ~」
「「「!!!」」」
黒のマワシをキリリと締めた教頭先生とゼル先生が現れ、土俵の上に揃いました。ま、まさかゼル先生が力士とは…! 剣道七段、居合道八段を誇るだけあって、実は脱いだら凄いんです、と言わんばかりの筋肉ですが……それでも教頭先生に勝てるようには見えません。しまった、東に白丸で統一しとけばよかったかなぁ?
「そうでもないよ?」
私の心が零れていたのか、会長さんがニッコリ笑いました。
「この勝負、本当に読めないんだ。まあ、見ていればすぐに分かるさ」
力士になった教頭先生とゼル先生は本物の力士よろしく土俵に塩を撒き、腰を低くして見合ってから早速激突したのですけど、ゼル先生がいきなり繰り出した技はラリアット。教頭先生は勢いよく転がり、思い切り土がついています。あのぅ……今のは勝ち星に含まれますか? ラリアットって反則なのでは?
「はいはい、一戦目はゼルの勝ちだね」
西に白星、とブラウ先生が声を張り上げています。そ、そんなぁ…。軍配は? グレイブ先生の判断は? えっ、なんですって?
「只今の決まり手は~、ラリアット、ラリアット~。本来なら反則負けの所を格別の情けをもって取り直しぃ~」
見合って、見合って、とグレイブ先生がゼル先生たちに促しました。教頭先生は塩を取りに行き、山盛りに掬ってギュウギュウ固めて、ゼル先生が塩を撒こうと振り返った所へ顔面めがけて思いっきり…。
「おい」
キース君が会長さんを見据えながら。
「もしかしなくても初っ切りか? なんでもアリというアレなのか?」
「うん。でも打ち合わせは一切やってないから」
どうなるか全く分からない、と会長さんはワクワクしている様子です。えっと…ショッキリって何ですか?
「知らないかな? 元々は相撲の決まり手の四十八手や禁じ手を紹介するためのパフォーマンスみたいなものでね、最近では禁じ手がメインの見世物なんだよ。相撲の技にも限られてないし…。あ、出た」
パッコーン! と小気味いい音がしてゼル先生のハゲ頭に柄杓の一撃が決まりました。教頭先生が力水用の柄杓で殴ったのです。ゼル先生は負けじと力水の桶を持ち上げ、グビグビと飲んで、教頭先生の顔をめがけて勢いよくプーッ! と。そして目潰しを食らった教頭先生に向かって飛び蹴りをしたからたまりません。
「ゼルの~海ぃ~」
教頭先生は土俵下に転がり落ちていました。取り直し、と宣言するグレイブ先生の前でゼル先生はガッツポーズです。ブラウ先生によると今のもゼル先生の白星だとか。うーん、西に連続で白星が二つ。この段階で私は賭けから脱落決定でした。二つ目は東に白丸をつけたのです。こんな勝負だと分かっていたらもっと…、って、会長さんでも読めないんでしたっけ。
「そうなんだよ。反則技ならゼルの圧勝だと踏んでたんだけど、西か東かが謎だったしねえ…」
そもそも何回取組があるかも不明だし、と会長さん。反則上等の取組はゼル先生が圧倒的に上でした。教頭先生も力水の桶を投げ付けたりして頑張っていますが、どうしても遠慮があるようです。その点、ゼル先生は全く容赦というものが無く…。
「だからグレイブではダメなんだよ。ハーレイと同等の立場で、しかも負けていないほどの人物となるとゼルしかいない。ちゃんと根回ししてあったのさ、この計画を思い付いた時からね」
ハーレイだけは蚊帳の外だったけど、と会長さんは土俵の方を見詰めています。教頭先生とゼル先生が繰り広げる初っ切りもどきは全校生徒に大ウケでした。賭けの行方よりも試合内容が気になるらしく、ゼル先生に決めてほしい技を連呼している男子生徒もいたりして…。あっ、ゼル先生が後ろから教頭先生の腰にタックルを!
「「「うわぁぁぁっ!?」」」
ズーン…、と教頭先生が土俵に頭から沈み、軍配を差し上げるグレイブ先生。ジャーマンスープレックスが見事に決まり、そこでブラウ先生が立ち上がって。
「制限時間終了!」
「ゼルの~海ぃ~~~」
グレイブ先生が勝ち名乗りを上げ、教頭先生がグレイブ先生の頭から烏帽子を叩き落として土俵を去っていきました。負けた力士が行司の烏帽子を叩き落とすのが初っ切りの約束事なのだ、と会長さんが教えてくれます。ゼル先生が懸賞の目録を受け取った所で私たちの賭博の結果も発表になり、的中させた生徒は三名だけ。
「あーあ…」
外れちゃった、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は残念そう。会長さんも私たちもハズレでした。いえ、全校生徒の大多数がハズレだったわけですけども、賭博と初っ切りは楽しめたようで、的中させた生徒がゼル先生から目録を貰うと盛大な拍手が沸き起こります。今年の寸劇は会長さんのお蔭で素敵な見世物になったかも…。
その日の放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋は相撲の話題で盛り上がりました。教頭先生が演目は初っ切りだと予め知らされていたら結果は違っていただろうか、とか、遠慮なく反則技を繰り出していたら勝てただろうに……とか。そんな中、会長さんが呟いたのは。
「サイオン検知装置を仕掛けてくるとは思わなかったな。ぼくは八百長しないと約束したから、そういうのは無いと思ってたのに…。冷静に考えてみれば特別生ってヤツが参加してる以上、必要な措置ではあるんだけどね」
つまらない、と唇を尖らせている会長さん。
「せっかく相撲を取るんだからさ…。おまけに反則負けもしない初っ切りなんだし、本物の相撲でやったら負けになるっていうのをグレイブがどう裁くのかを見たかったな」
「「「は?」」」
「マワシだよ。取組中にマワシが解けたら負けなんだ。…でも反則オッケーな初っ切りだろう、格別の情けをもって結び直してから取り直し、って言ってくれるかと思ってさ。解く気満々で楽しみにしてたのに、あの土俵が…」
ガッカリだよ、と嘆く会長さんにキース君が。
「教頭先生のマワシを解く気だったな? あんたが仕掛けていたら教頭先生は恥ずかしい思いをなさっただろうし、結果オーライといった所か…。あんたが気付かなくって良かったぜ」
「何に?」
「サイオン検知装置の意味だ。サイオンで関与したのがバレても星取表を破り捨てられるだけだろう? あんたが学食のランチ券ごときに執着するわけがないからな。…星取表を破かれるのを承知でやるんだったらサイオンでマワシは解けたんだ」
「あっ…」
そうだったのか、と頭を抱える会長さんに私たちは一斉に笑い出しました。悪戯大好きな会長さんですが、今回は初っ切りもどきに熱中した余りに冷静さを欠いていたようです。もしも教頭先生のマワシが解けていたならどうなったのかな…?
「え? グレイブが取り直しって言ったとしたら放置だけども、そこで取組終了だとか言い出した時は座布団投げに決まっているだろ? そのために座布団を用意させておいたのに…」
ツイてなかった、と自分の迂闊さを呪う会長さんですが、教頭先生の心の平安を考えるとマワシが無事で良かったです。全校生徒の前でマワシが解けてしまったのでは気の毒ですし…。それでもちょっと見たかったかも、と思ってしまうのはジョミー君たちも共通のようで。
「座布団投げかぁ…。一回やってみたいよね、あれ」
「だよなぁ。次があったら投げようぜ!」
ジョミー君とサム君が言い、シロエ君も来年に期待している様子。会長さんは「来年も相撲だと芸が無いよ」と苦笑していますが、やりたかったな、座布団投げ…。と、みんなでワイワイ騒いでいると。
「………楽しそうだねえ………」
部屋の空気がユラリと揺れて、紫のマントが翻りました。
「今日はみんなで相撲見物だったんだって? ハーレイが力士で」
現れたのはソルジャーです。視線が据わっているように見えるのは気のせいでしょうか? 会長さんが空いた席を勧め、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が胡桃のタルトを切り分けてきて差し出すと…。
「ノルディがね、四十八手の図解を「姫初めにどうぞ」って渡してくれた時に教えてくれたんだ。あれのネタ元は相撲だってね? ぼくが四十八手を楽しめなかったのに、こっちじゃ相撲見物か…」
「ちょ、ちょっと、ブルー!」
十八歳未満お断りの団体様だよ、と会長さんが青ざめています。四十八手に姫初め…って、暮れにソルジャーがキャプテン相手にどうこう言っていたような…。キャプテンはまたしても何か失敗したのでしょうか? でもってソルジャーが深く静かに怒っているとか?
「相撲見物を楽しんだんなら、こっちのフォローもお願いしたいな。ぼくは頭に来てるんだ。四十八手って楽しいものだと思ったんだけど?」
ソルジャーは爆発寸前でした。うわぁ~ん、こんな恐ろしいオチになるなら寸劇で初っ切りなんか無かった方が良かったかも…。これって藪蛇と言うんですよね…?