シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
卒業生を送り出してから春休みに入るまでの間、特別生には登校義務はありません。休んでしまおうか、という話も出たのですけど、学校を休んでやりたいことは特に無し。でも学校へ行けば放課後は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で遊べますから、結局、登校することになってしまって…。
「ねえねえ、今年もブルーはシャングリラ号に乗って行くわけ?」
ジョミー君が質問したのは卒業式から数日経った放課後のこと。話題はちょうど春休みについてだったのです。
「シャングリラ号? ああ、春休み中の視察のことか」
もちろん、と答える会長さん。
「毎年恒例の行事だからね。ぼくも含めて主要メンバーが乗り込むことになっている。やっぱり年に一度は全セクションをキッチリ点検しておきたいし…。今回は訓練もする予定」
「「「訓練?」」」
「うん。今の時点では全く必要ないんだけれど、戦闘訓練。…今年はこの時期に乗り込む新しい仲間が一人もいないし、全員揃って大々的に」
え。シャングリラ学園から新しい仲間が出ないらしいのは気付いてましたが、今年は新しい仲間はゼロ? そんな不作な年というのもあるんですか? 去年は私たちのパパやママがシャングリラ・プロジェクトで乗り込んで行って、仲間がドカンと増えたのに…。私たちの表情に気が付いたのか、会長さんが。
「え、仲間は一人も増えなかったのかって? 違う、違う。…君たちは知らないだろうけど、新しい仲間は年中無休で24時間受付中。サイオンに目覚めた人をフォローしながらシャングリラ号に乗り込む時まで見守るのもソルジャーの仕事の内さ。ほら、去年はまりぃ先生がバレンタインデー前に乗り込んだだろう?」
「「「あ…」」」
言われてみれば、そんな話がありました。サイオンの因子が目覚めたまりぃ先生、クルーたちがやり取りするバレンタインデー用のチョコレートを受け取りに来たシャングリラ号に乗って宇宙へと…。
「あの時みたいに機会を見付けてシャングリラ号に乗せるわけ。ぼくもぶるぅも留守にしている土日なんかで、ハーレイも留守ならシャングリラ号で宇宙に行ってる可能性があると思えばいいよ。もっとも、そう簡単にはバレないけどさ」
「なんで?」
ジョミー君の問いに、会長さんは。
「君たちは思念波で連絡を取るよりも携帯だろう? 知ってのとおり、ぼくやクルーが持ってる携帯は特別製だ。ワープ中以外は圏外じゃない。だから旅行中だと答えてしまえばそれまでなんだよ。…本当に旅行をしている時も多いわけだし」
「そっかぁ…。じゃあ、仲間は今年も増えたんだね?」
「お蔭様で順調だよ。シャングリラ・プロジェクトに名乗り出てくれた人も何人かいて、とっくに仲間になっている。だから春休みの視察期間は新しい仲間のフォローが無いんで、ちょっと戦闘訓練を…ね。あ、見学は受け付けないから一緒に行くっていうのはダメだよ」
あらら…。私たちはガックリと肩を落としました。シャングリラ号で宇宙の旅をするのは大好きですし、そこへ戦闘訓練となれば楽しそうだと思ったんですけど…。
「ダメダメ、戦闘訓練は遊びじゃないんだ。ぼくだって生身で宇宙空間に出たりするんだし、真剣勝負」
「「「生身!?」」」
生身って…宇宙服とか無しでですか? 会長さん、そんな芸当が出来たんですか? 成層圏まで一気に瞬間移動できるのは知ってましたが…。
「そうだよ。ぶるぅだって出来たりする。タイプ・ブルーだけの芸当ってわけでもないけどね。一時的に出るだけだったらシールドを張れば誰でも可能。…ただし長時間の活動は無理で、シャングリラ号から離れた場所まで飛んで行くのも無理だよねえ…」
「飛ぶ?」
キース君が聞き咎めました。
「あんた、もしかして飛べるのか? 瞬間移動だけじゃなくって空を飛べるとか? …宇宙空間を飛べるというなら大気圏内でも飛べる筈だな?」
「あれっ、言ってなかったっけ?」
キョトンとしている会長さんに、頭を抱える私たち。空を飛べるだなんて初耳ですよ! そりゃあ、瞬間移動の方が早いでしょうし、見つかる率も低いですから空を飛ぶよりは瞬間移動なんでしょうけど、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」にはどれほどの力があるんだか…。謎はまだまだ多そうです。
「いいかい? ちょっと行ってくるから、よく見てて」
会長さんが私たちを校庭に連れ出したのは半時間ほど後のこと。部活の後片付けを終えた一般生徒は全員下校し、残っているのは教職員と一部の特別生だけです。特別生のみで構成された数学同好会なんかは今も活動中と称してお茶でも飲んでいるのでしょうが…。
「あそこの部屋にゼルがいるわけ。換気のために窓を開けるよう、意識の下に働きかけた。ほらね、大きく開いてるだろう?」
会長さんの人さし指の先では五階の一室の窓が全開でした。調理実習用の家庭科室がある辺りです。ゼル先生が新作メニューを研究するのに使うと噂の所ですけど、会長さんはその部屋まで飛んでみせると言っていて…。
「論より証拠、百聞は一見に如かずってね。構内には仲間しか残ってないから、ぼくが飛ぶのを目撃されても問題は無い。…ただし学校の外から誰が見ていないとも限らないし…。仲間にだけは見える程度のシールドを張って行ってくるさ」
じゃあね、と軽く地面を蹴った会長さんの身体が宙に浮き、テレビの特撮ヒーローの如く飛んで行ったではありませんか! 広いグラウンドを一気に飛び越え、五階の開いた窓から中へ…。
「「「………」」」
誰もがポカンと口を開けたまま、会長さんを見送りました。瞬間移動よりもインパクトは大。あんな力があっただなんて…。私たちの隣では「そるじゃぁ・ぶるぅ」がはしゃいでいます。
「ね、ね、ホントに飛べたでしょ? あれね、ソルジャーの服で飛んでるとカッコいいんだから!」
マントが綺麗に靡くんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は興奮気味。もしかして「そるじゃぁ・ぶるぅ」も飛べるのかな…?
「ぼく? 飛べるよ、ぼくも行こうかな?」
楽しそうだし、とスタンバイしかけた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「やっぱりやめとく!」と叫んだ瞬間、会長さんが五階の窓から飛び降りました。飛んだのではなく飛び降りたのです。そして窓からはゼル先生が身を乗り出して…。
「飛ぶなと言ったら飛び降りるんかい、馬鹿者が! 普通は死ぬぞ!」
「だって、階段は面倒だし! エレベーターもちょっと遠いし!」
これが一番早いんだ、と地面に着地した会長さんがゼル先生に向かって叫んでいます。二人は暫く不毛な言い争いを繰り広げていましたが、勝利したのは会長さん。
「どうでもいいけど、あんまりストレス溜めるとハゲるよ? それ以上ハゲたら自慢の髭も無くなるかもね」
「えーい、誰のせいじゃ、誰の! もうお前には構ってられんっ!」
ゼル先生がバンッ! と窓を勢いよく閉め、会長さんも踵を返して私たちの方へスタスタと…。
「見られないようにしてあるからって言ったのにさ…。ゼルは本当にうるさいんだから困っちゃうよね。だけど、飛べるのは分かっただろう? これは戦利品」
会長さんの手には焼き立てのパウンドケーキが。ゼル先生がドライフルーツをたっぷり入れて幾つも焼きながらベストな配分量を見極めていたらしいのです。
「気の毒だから基本のレシピで作ったヤツを失敬してきた。これなら消えても研究に支障は無いだろうしさ。さて、改めてお茶にしようか、ゼル特製で」
私たちは歓声を上げて「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に引き返し、早速パウンドケーキが切り分けられて…。うん、美味しい! 会長さんが飛ぶ姿を見たのはビックリですけど、ちゃっかりしっかりケーキをくすねて戻る辺りが凄いと言うか何と言うか。
「あんた、毎度のことながら無茶やるな」
キース君が溜息をついて。
「飛ぶだけだったらゼル先生の所に突入する必要は無いと思うが? それと宇宙でも飛ぶと言ったな? さっきみたいな速さなのか?」
「ゼルの所に飛び込んだのはケーキが目当てさ。同じ飛ぶなら収穫はあった方がいい。…それと速度が知りたいんだっけ? 第一宇宙速度も超えられないんじゃ宇宙を飛ぶだけの意味が無い」
「「「は?」」」
第一宇宙速度って…なに? キース君は分かったようですが私たちにはサッパリです。会長さんがクッと笑って…。
「第一宇宙速度と言うのは時速2万8千4百キロメートル。秒速でも8キロメートル近い。…これが地球の地表すれすれに衛星として存在するのに必要な速さと言ったら分かるかな?」
「「「秒速8キロメートル!?」」」
それってどれだけ速いんですか! しかも衛星でそれだとなると、シャングリラ号の巡航速度は更に速いというわけで……そのシャングリラ号の戦闘訓練で会長さんが飛ぶなら速さも同じかそれ以上でないと…。蜂の巣をつついたような騒ぎになった私たちを会長さんが手で制して。
「ぼくも一応ソルジャーだからね、それくらいのことはやらなくちゃ。もちろん、ぶるぅも飛べるんだよ? 遊び感覚で戦闘訓練に参加してるし」
「「「………」」」
この人たちはどれだけ凄いんだ、と私たちは呆然とするばかりでした。ジョミー君が会長さんたちと同じタイプ・ブルーだと言われてますけど、このレベルまで到達するにはいったい何年かかるんでしょうね?
そんなこんなで穏やかに日は過ぎ、ついに迎えた終業式。講堂で校長先生の退屈な訓示を聞いて、グレイブ先生の終礼があって…。
「諸君。1年間、全ての試験、全ての行事で1位をキープしてくれた1年A組を私は非常に誇りに思う。しかし、それはぶるぅの力があってこそだ。ぶるぅも、ぶるぅの力を引き出せるブルーも2年生には進級しない」
「「「えぇっ!?」」」
殆どのクラスメイトが仰天する中、入学式前から会長さんを知っていた男子二人だけが冷静な顔。私たちと同級生だったという先輩から聞いていたのでしょう。グレイブ先生は大騒ぎする生徒たちに「静粛に!」と声を張り上げ、眼鏡をツイと押し上げると。
「ブルーは1年生でいるのが好きらしい。このクラスにいる特別生どもと連れ立って遊んでいるからな。ヤツらが進級しない以上はブルーも残るというわけだ。…諸君は潔く諦めたまえ。そして来年度からの授業に備えて春休みは勉学に励むように。諸君の健闘を心から祈る」
では、とグレイブ先生は靴音も高く教室を出てゆき、私たち七人組はクラスメイトに取り囲まれて「私たちも会長さんも進級しない」ことを懸命に説明する羽目に…。会長さんったら、こんな時くらい出席してくれてもいいと思うんですけど~! ようやく解放された時には気力も体力も尽き果てそうで…。
「あーあ、酷い目に遭っちゃったよ」
ぼやくジョミー君を先頭にして「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入ると、会長さんがソファにのんびり腰掛けています。テーブルの上にはサンドイッチが山積みで…。
「かみお~ん♪ 終業式、お疲れさま! お昼御飯はビーフシチューのオムライスだけど、それだけじゃ足りない人もいるでしょ?」
だからサンドイッチ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言い終える前にジョミー君の手が伸びていました。私たちもソファに座って、削られた体力を取り戻すべくサンドイッチをパクパクと…。会長さんがクスクスと笑いながら。
「そんなにお腹が減ったのかい? まあ、あれだけ言い訳を繰り返していれば疲れるか…。言えないもんねえ、勉強せずに楽をしていた間の分も知識は頭に入ってます、なんてホントのことは。…ぼくが終業式に出席してても言わないよ? 春休みに焦って勉強しようと教科書を開けば分かることだし」
それもしない人は流石に無い、と会長さんは自信満々。ヤケになって非行に走らないよう、「自発的に勉強してみる」という行動を意識の下にきちんと送り込んであるのだそうです。そこまで気配りしてたんですか~!
「当然だろう? 春休みにはハーレイたちもシャングリラ号で宇宙に出るんだよ? 教師不在の間に生徒が揉め事を起こさないよう、予防できるものには手を打たないと。…もちろん想定外もあるけどさ」
「そんな時は校長先生の出番なのか?」
キース君の問いに、会長さんは大きく頷いて。
「校長先生もそうだし、留守番組のグレイブやミシェルもトラブル担当。他にも職員は大勢いるしね。…そうだ、もしかしてこれも知らなかったりするのかな? ハーレイたちが長期休暇中にのんびり休んでいられる理由」
「「「は?」」」
えっと。先生方って春休みはシャングリラ号に乗って行くんですから忙しいですけど、夏休みとか冬休みには休暇を楽しんでいますよね? この間の冬休みに先生方からのお歳暮で出た『お願いチケット』だって年末年始以外の期間は自由に使えたわけですし…。それって普通のことなんじゃあ?
「ところが普通じゃないんだな」
チッチッと指を左右に振っている会長さん。
「先生という職業はね、休み中の方が却って大変らしいんだよ。新学期に向けての会議や研修、やることは山のようにあるってわけ。特に春休みは新しく入学する生徒を迎える準備で超多忙! そんな時期にシャングリラ号で宇宙へ行く暇なんて無い筈だ。でも実際は宇宙にも行くし、のんびり個人旅行も出来る。…何故だと思う?」
そんなことをいきなり訊かれても…。顔を見合わせるだけの私たちに、会長さんは。
「そこがシャングリラ学園の特徴なのさ。教職員は全員、サイオンを持った仲間だろう? やるべき仕事を瞬時に理解して処理が出来るし、肩代わりだって朝飯前。面倒な引き継ぎも必要ない。ノウハウは三百年以上の蓄積があるし…。普段ハーレイが戦っている書類の山を職員さんが片付けたってオッケーなんだよ」
仕上げはハーレイのサインだけ、と会長さんはウインクしました。
「長期休暇中に出勤してきて他の人の分の仕事をすると特別手当がドカンと出るんだ。だから希望者は山ほどいるし、休みたい人は好きなだけ休んでいい仕組み。この春休みもそういう形で乗り越えるんだ」
なんと! シャングリラ学園はその名のとおり、先生方にとっても楽園だったらしいです。私たちは春休みのシャングリラ号での戦闘訓練には行けませんけど、参加なさる先生方にはそれもレクリエーションみたいなものかな?
お昼御飯を賑やかに食べる間も話題はシャングリラ学園のこと。来年度も私たちは1年A組になるのだそうです。特別生は基本的にクラスが固定してしまうので、アルトちゃんとrちゃんも一緒。担任の先生は万年1年A組担当のグレイブ先生に決定済みで…。
「グレイブは本当に特別手当が欲しいらしいねえ…」
職員会議で大演説をかましたようだ、と会長さんが教えてくれました。1年A組を担任すると確実にババを引くことになるので特別手当がつくとは聞いていましたけれど、それでもグレイブ先生が気の毒だから…とヒルマン先生が名乗りを上げたらしいのです。なのに…。
「あの性悪な1年A組の手綱を握るには熟練の技が必要です、と言ってのけたんだよ、グレイブは。ぼくたちを暴れ馬扱いするとは失礼な…。でもって、乗りこなせるのは自分しかいないと言い切った。本音はミシェルと休暇を楽しむために高給取りを続けたいっていう所なんだけどねえ?」
「「「………」」」
特別手当は半端な額ではないというのを聞いたことがあります。私たちの担任から外されてしまったら、グレイブ先生のお給料はガクンと減るわけで…。グレイブ先生は愛妻家ですし、なんとしても今の稼ぎを維持したいということでしょう。自発的に引き受けたのなら、グレイブ先生は来年度も…。
「もちろん存分に遊ばせてもらうさ、そのための特別手当なんだし! でも、遊ぶと言うならグレイブの前にこっちかな?」
え。こっちって…どっち? 私たちの視線がキョロキョロと動き、会長さんの視線を追って止まった先は…。
「キース」
会長さんに呼ばれたキース君はウッと息を飲みました。
「な、なんだ? 俺に何をしろと言うんだ!」
「ふふ。…し・つ・け」
「躾け?」
「そう。とりあえず春のお彼岸じゃないか。大学も目出度く卒業したし、手伝えって言われているんだろう? ちょうどシャングリラ号での戦闘訓練期間と重なる。ぼくもぶるぅも留守なんだよ」
それでね…、と会長さんは悪戯っぽい笑みを浮かべて。
「ぼくの弟子を二人、預けたい。君だって資格だけで言えば充分に弟子は取れるんだ。…お彼岸の間、サムとジョミーを元老寺でビシバシ鍛えてやって」
「おい、ちょっと待て!」
「嫌だよ、そんなの!」
キース君とジョミー君の叫びが重なり、サム君が。
「…俺はいいけど、そんなのキースが決めていいのか? 親父さんの許可が要るんじゃあ…」
「アドス和尚は了解済みさ。それと本山への届け出もお彼岸の間に受理される。サムもジョミーも僧籍ってことになるんだよ」
「「「えぇぇっ!?」」」
それは文字通りの寝耳に水。会長さんったら、サム君とジョミー君を自分の弟子として璃慕恩院に届け出てしまっていたのです。二人とも璃慕恩院に属するお坊さんとして認められるわけで、サム君は『作夢』と書いて『サム』、ジョミー君は『徐未』と書いて『ジョミ』と読む法名……お坊さんとしての名前がガッツリと…。
「な、なんでそんなことに…!」
嫌だぁーっ! と絶叫しかけたジョミー君に会長さんの青いサイオンがビシッと炸裂して。
「バースト禁止! そんなにパニックを起こさなくてもいいんだからさ。…今までとそれほど変わらないよ。いわゆる小僧さんってヤツなんだしね。法名だけは持ってるというお寺の跡継ぎの子は少なくない。君とサムが毎年行ってる璃慕恩院の修行体験ツアーにだって何人もいたと思うけど?」
「…え? そうなの…?」
サイオンで叩かれたらしい肩をさするジョミー君に会長さんが微笑みかけて。
「なんだ、お互いに話もしてないのかい? じゃあ、この夏からは積極的に参加者と交流してみるといい。未来のお坊さん同士、けっこう話が合うと思うよ。なんなら名刺も作ろうか?」
「要らないよ! でも本当に……お坊さんとして登録済みでも特別に何もしなくていいの?」
「君の覚悟が出来ない間はどうしようもないからねえ…。ただ、少しずつでも自覚は欲しいし、キースが副住職になるのを見越して元老寺でお世話になろうかと。そうなるとやっぱり届け出た方が…」
というわけで、と会長さんはキース君の方を振り返りました。
「お彼岸は普段でも人手不足だろう? 君も副住職を目指すからには、最初のお彼岸に遊び呆けているのはマズイだろうし…。サムとジョミーは君に任せる。墓回向に連れて歩くのも良し、卒塔婆の受付をさせるのも良し」
「分かった。親父が了解したんだったら俺からは何も言うことは無い。遠慮なくビシバシやらせて貰うぞ」
「…そんなぁ…」
ズーンと落ち込むジョミー君を他所に、全ては決定してしまいました。サム君は大いに乗り気ですから、この春休みは抹香臭くなるのかなぁ…?
こうして立った春休みの計画。会長さんによれば春のお彼岸は春分の日の前後の七日間…ということは…。あれっ、既にお彼岸に入っているのでは? キース君が普通に登校していましたから全く気付いていませんでしたが…。
「そうなんだよ。世間ではとっくにお彼岸なのさ」
クスクスクス…と可笑しそうに笑う会長さん。
「つまりサムもジョミーも明日から元老寺に出勤だね。璃慕恩院に出した届けはお彼岸の最終日付で受理されるってさ。それでも二人とも得度は済ませてるんだし、除夜の鐘や初詣の時と同じで問題ない。頑張っておいで。…頼むよ、キース」
「こいつらでも使えそうな所と言ったら、やはり卒塔婆の受付係か…。後は彼岸会の手伝いだな」
「「「ヒガンエ…?」」」
「お彼岸の法要だ! サムとジョミーは修正会の時と一緒で座っているだけでいいだろう。坊主が多いほど法要の格が上がるし、檀家さんにも顔を覚えて貰えるし…。もちろん裏方もやって貰うが、こいつらに書道の心得は無いか…」
溜息をつくキース君。そういえば大学では書道サークルが人気だったと聞きましたけど、やっぱりお坊さんは文字を書く機会が多いからかな? 私たちが首を捻っていると、会長さんが。
「卒塔婆の文字は綺麗な方がいいと思わないかい? そりゃ今どきは専用プリンターもあるけどね…。手書きが一番有難味がある。アドス和尚もプリンターは断固導入しない主義! お彼岸はお墓に供える小さな卒塔婆を沢山書くから、サムとジョミーが手伝えるなら喜んで貰えたんだろうけれど…」
ちょっと無理そう、と会長さんも残念そうです。
「仕方ないや、書道の方は折を見てサイオンで仕込むとしようか。そこそこの下地があったら、ぼくの技術を流し込むだけでいけるしね。…今回のお彼岸は下働きで」
でも、と会長さんは落ち込んでいるジョミー君の肩を軽く叩いて。
「お彼岸を無事に済ませて、ぼくとぶるぅが帰ってきたら慰労会を開いてあげるよ。…お坊さんとしての届けも出してしまったことだし、ちょっと豪華に慰安旅行はどうかなぁ、って」
「慰安旅行!? それ、ホント?」
一気に浮上するジョミー君。会長さんは「現金だねえ」と苦笑しながら。
「こんなことで嘘はつかないよ。温泉旅行なんかはどうだい? ちょっと変わった場所があるんだ。旅行が実現するかどうかは君とサムとの頑張り次第で」
「やる!」
ジョミー君は拳を握り締めて宣言しました。
「もちろんサムも頑張るよね? みんなで温泉旅行だもんね!」
「お、おう…。なんか動機が不純っぽいけど、やる気が出たのはいいことだよな」
俺と一緒に頑張ろうぜ、とサム君が人のいい笑顔をみせた時です。
「その旅行。…ぼくも大いに期待してるよ、頑張って」
「「「!!?」」」
い、今の声は? 会長さんの声そっくりに聞こえましたが、会長さんは向こうのソファに…。
「やあ。温泉旅行に行くんだって?」
ひいぃっ、やっぱり! 目の前の空間がユラリと揺れて「こんにちは」と姿を現したのは、紫のマントのソルジャーでした。そのソルジャーが何かと言えばこちらの世界を覗き見しているのは周知の事実。今は春休みという一大イベントを控えた時期だけに、美味しいネタは転がっていないかと狙っていたに違いありません。
「ぼくも温泉は大好きなんだ。前にブルーがハーレイを婚前旅行だって騙して連れてった温泉、良かったなぁ…。機会があったらまた行きたいな、と思ってたんだよ。ぼくも連れてって欲しいんだけど」
まさか嫌とは言わないよね? とソルジャーの赤い瞳が会長さんを見詰めています。
「え、えっと…。今回はサムとジョミーの慰労会で…」
「ふうん? 慰労会っていう名前がついているのに排除するわけ? SD体制が敷かれた世界でソルジャーとして頑張るぼくを労おうとかは思わないわけ? 君の戦闘訓練なんかと違って、ぼくはいつでも実戦なんだよ?」
ソルジャーはズイと会長さんに詰め寄りました。
「それにね、温泉だったらお願いしたいこともあるんだ。大きな声では言えないんだけど…」
声を潜めて囁かれた言葉に思い切り仰け反る私たち。婚前旅行がどうしたんですって? あのう、ソルジャー…。今度の旅行はサム君とジョミー君の慰労会だと…。もしもし? ちゃんと最初から話を聞いてましたか、ソルジャー…?