シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
春のお彼岸の最終日をもって正式に僧籍となったジョミー君とサム君。二人は元老寺で春のお彼岸のお手伝いをしていましたから、会長さんが慰安旅行を企画したのに…何故かソルジャーとキャプテンに乱入されてしまい、散々な結果に終わりました。まあ、温泉だけはいいお湯でしたし、河原を掘ると露天風呂が出来るというのも楽しかったのは確かですけど。
そんな春休みが済むと入学式。もう五回目になるんですねえ…。
「おはよう!」
校門の所でジョミー君たちが手を振っています。五回目でもやっぱり記念撮影は欠かせません。『シャングリラ学園入学式』と書かれた看板を囲んで全員集合。それから会場の講堂に行って…。
「諸君、入学おめでとう。私は教頭のウィリアム・ハーレイ」
厳めしい顔で司会を務める教頭先生を見る私たちの頭の中では先日の旅の光景が蘇っていました。教頭先生はキャプテンに色々と指示して、ソルジャーとバカップルになるよう指導係をしていたのです。報酬としてバカップルの旅の記念アルバムを貰えるという約束でしたが…。
『アルバムって結局、どうなったのかな?』
ジョミー君が思念を送って来たのは校長先生の退屈なお話が始まってから。私たちは退屈しのぎとばかりに思念波を使ってヒソヒソと…。普段は思念波は使いませんけど、こういう時には便利ですよね。その程度には使えるようになってきましたよ、私たちも!
『アルバムと言えば例のヤツだな?』
確かに謎だ、とキース君。
『最終的にあいつの機嫌は直ったようだが、帰る時にはアルバムの話は出ていなかったし…。だが、アルテメシア駅で俺たちと別れる前にも教頭先生に記念写真を撮らせていただろう?』
『駅前広場のベンチですよね?』
あのバカップルぶりも大概でした、とシロエ君が溜息をついています。駅前広場は噴水などもある憩いの場ですが、夜になると目立つのがカップルの姿。日が暮れてからアルテメシアに戻って来た私たちの旅の仕上げに、とソルジャーは駅前広場に出掛けて行ってしまったのでした。
『もしもアルバムが貰えなかったら、教頭先生、気の毒だよねえ…』
ジョミー君の思念に、キース君が。
『間違えるな! 気の毒なのは俺たちだぞ? しかも筆頭はお前とサムだ。お前たちの慰安旅行を乗っ取られてしまった結果がアレだ』
『そりゃそうだけどさ…。あっ、慰安旅行で思い出した! スウェナ、あの記事書いちゃったの?』
『とっくに提出しちゃったわよ? 会長さんもそれでいいって言ってくれたし、もう印刷に回ったかもね』
『……嘘……』
ドーン…と落ち込むジョミー君。記事というのはサイオンを持つ仲間内に配る広報誌用にスウェナちゃんが書き上げたもので、ジョミー君とサム君の僧籍登録が写真付きで載るという仕様。素晴らしいお披露目記事ですけども、ジョミー君には嬉しいニュースとは言えないでしょう。
『…あーあ、パパとママにもお坊さんになったってバレちゃうんだ…。きっと頑張りなさいって言われるんだろうな、ブルーの直弟子になったんだもんね…』
ブルーはあれでもソルジャーだし、と泣きが入っているジョミー君の思念でしたが、それをぶった切るような形で流れて来たのは会長さんの思念です。
『居眠るな、仲間たち!』
おおっ、出ました、入学式恒例のお約束。この思念波を受け取った新入生がいれば新しい仲間が誕生するというわけですけど、今年はどうかな? アルトちゃんとrちゃんを最後に校内からは仲間は増えていないんですが…。
『今年も新しい仲間はいないようだよ』
反応が無い、と会長さんの思念が届きました。
『フィシスの占いにもそう出ていたから別にどうでもいいけどね。…というわけで、今年もぶるぅの部屋は君たちの溜まり場になるってことだ。また一年間よろしく頼むよ』
『『『はーい!』』』
元気よく返事してしまった後で気が付きましたが、また一年間、会長さんの悪戯やら気紛れやらに付き合わされるわけですか…。とはいえ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋は今やすっかり生活の一部。私たちの溜まり場が存続することを喜ばなくっちゃ!
入学式は土鍋に入った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が登場しての三本締めや来賓の方々の挨拶などなど、順調に進行してゆきました。最後に教頭先生が学校生活の心得とクラス発表の掲示場所を話して式は終了。さてと、私たちは今年も1年A組ですよね?
「あった、あった!」
みんな一緒だよ、とジョミー君が講堂の横に貼り出された紙を指差しています。私たち七人グループとアルトちゃん、rちゃんの名前は1年A組にあり、ついでに『担任は見てのお楽しみ』の文字。
「見なくても分かっているんだがな…」
キース君が苦笑し、一緒になって笑う私たち。「担任するとババを引く」と評判の1年A組の担任になると特別手当がつくのでした。それが目当てのグレイブ先生、「気の毒だから代わってあげよう」と申し出たヒルマン先生を丁重にお断りしたのだと会長さんから聞きましたっけ。
「今年の実力テストはどうなるでしょうね?」
目を輝かせるのはシロエ君です。グレイブ先生は入学式の日にクラス全員に実力テストをさせるのですが、会長さんの登場によって全員が満点になってしまうのが毎年のこと。去年は会長さんに試験問題を渡さないという技を繰り出したグレイブ先生、果たして今年はどう出るか…。
「どう転んでも全員のテストを満点にするのがあいつだぜ? でないと1年A組に入れないしな」
グレイブ先生も頑張るだろうが、と腕組みをするキース君。
「ぶるぅの御利益を手土産にして乗り込むあいつと、なんとか阻止したいグレイブ先生の一騎打ちだ。まあ、グレイブ先生に勝ち目は無いと思うがな」
「だよねえ? ブルーに勝てる人っていないよ」
うんうん、とジョミー君が頷いています。向かう所敵無しの会長さんに勝てる人と言ったら先日の旅行に割り込んで来たソルジャーですけど、ソルジャーは学校行事にはノータッチ。当然、グレイブ先生の味方に付くわけがありません。今年の実力テストも会長さんの登場で全員満点になるのでしょう。私たちは賑やかに1年A組の教室に向かい、出席番号順に着席しました。
『『『来た、来た…』』』
カツカツと高い靴音が近付いて来て、ガラリと開いた前の扉。いかにも厳しそうなグレイブ先生を初めて目にするクラスメイトたちが息を詰めるのが分かります。
「諸君、入学おめでとう。私が1年A組の担任、グレイブ・マードックだ。グレイブ先生と呼んでくれたまえ。この学校は少々特殊で、特別生という制度がある」
「「「特別生?」」」
「年を取らない生徒の噂を知っている者もいるだろう。何年経っても同じ学年に在籍するのが特別生だ。1年A組には九人いる」
たちまち起こる大きなざわめき。私たちもちょっとビックリです。例年だったら私たちのことはサラッと流して実力テストな筈なんですけど…。グレイブ先生は「静粛に!」と手を叩いて。
「例年、私は入学式の日に実力テストを行ってきた。しかし毎年、邪魔する輩がいるのでな…。今年はテストの代わりに自己紹介をしてもらう」
「「「自己紹介!?」」」
「持ち時間は一人一分間だ。その間にどれだけ自分をアピールできるか、それを採点することにした。言っておくが、諸君の内申書や面接試験での一問一答は私の頭に入っている。嘘偽りを言えば減点だ。そして私はウケ狙いもあまり好きではない」
出来るだけ真面目にやるように、とグレイブ先生はツイと眼鏡を押し上げて。
「自己紹介が上手くて損をすることは決して無いのだ。将来、必ず役に立つ。就職試験にでも挑むつもりでやりたまえ。不公平にならないように順番は私がランダムに決める」
「「「えぇっ!?」」」
「心の準備をしている時間を与えたのでは話にならん。…とはいえ、トップバッターをまるっきりの新入生にやらせるというのも酷だろう。トップは特別生の一人にやらせよう。その後は本当にランダムだ」
「「「………」」」
特別生の中から…一人。それって誰、と顔を見合わせた私たちを他所にグレイブ先生の声が響きました。
「キース・アニアン! お前がトップだ」
うわぁ…キース君ですか! 大学も首席で卒業できた優秀な頭脳の持ち主ですから妥当な人選ではありますが…一分間で何をしろと? 私なんかは名乗っただけで後は黙り込むという情けない自信があるんですけど~!
キース君を指名したグレイブ先生が教卓の上に広げたものは出席簿ならぬ採点表。内容は私たちには見えませんけど、細かい項目があるようです。恐らくそこにチェックをしていき、その結果を見て点数をつけるつもりでしょう。そして左手にはストップウォッチが。
「自己紹介は長すぎても短すぎても良い点数にはならないからな。三十秒経過したら右手を上げて合図する。残り十秒の時点で二度目の合図だ。一分経ったら三度目の合図だが、話の途中だった場合は最後まで話して終わるように」
分かったな、とクラスを見渡すグレイブ先生。
「ついでに言うと、この自己紹介が実力テストの代わりになる。諸君の能力を見極めさせてもらうというわけだ。良い点数がつかなかった者は個別指導の対象になるから覚悟するように」
「「「個別指導!?」」」
「そうだ。明日の放課後から早速始める。出席番号順に一人ずつ呼び出し、実力テストを受けさせた上で能力を伸ばせるように指導を行う」
げげっ。実力テストを個人的に実施ですって? これは非常にヤバイです。会長さんの長年に渡るフォローのお蔭で今や私も実力テストはドンと来い、な能力を身につけてますけど、新入生のクラスメイトは人によってはボロボロな点を取るでしょう。そうなったら補習? それとも追試?
『まずいよ、これ…』
ジョミー君が思念を送ってきました。
『個人テストだとブルーが割り込む隙が無いよね? 自己紹介だってブルーじゃどうにもならないし…』
『そのようだな。現にあいつの姿が無い』
例年だったらとっくに来ている、とキース君が応じた所でグレイブ先生がカッと踵を打ち合わせて。
「諸君、心の準備は整ったかな? では、自己紹介を始めてもらう。キース・アニアン、立ちたまえ!」
「はいっ!」
キース君が立ち上がり、グレイブ先生が「始めっ!」とストップウォッチを押します。トップバッターに指名されたキース君はスウッと息を吸い込んで…。
「ぼくの名前はキース・アニアン。さっきグレイブ先生から紹介されたとおり特別生だ。この学校には入学してから五年目になる。一年目に一度卒業した時に大学に入り、二足の草鞋で両方の授業を受けていた。その大学も今年の春に卒業したから、これからはシャングリラ学園の授業に専念する」
おおっ、流石はキース君。流れるように淀みなく喋っていますよ! グレイブ先生の右手の合図に合わせるように自己紹介を続け、最後は「一年間、よろしく頼む」とキッチリ締め括って持ち時間終了。凄い、完璧じゃないですか!
「よろしい。まずまず…と言った所か」
ふむ、と採点表をチェックしているグレイブ先生。えぇっ、今ので「まずまず」だなんて、いったい何が悪かったと? クラスメイトたちもキース君自身も怪訝そうな顔をしています。グレイブ先生はフンと鼻で笑って。
「肝心な部分が抜けていたぞ、キース。大学では何を専攻した?」
「えっ…。ぶ、仏教学ですが」
「結構。しかし、それだけではなかったな? 大学へ行った目的と卒業後の進路を話していない。確かにシャングリラ学園の生徒としては不要だろうが、君という人間を語る上では欠かせない要素だと思わないかね? いずれは副住職に就任するのだと聞いているぞ」
「「「副住職!?」」」
クラスメイトの視線がキース君に一気に集中しました。ひいぃっ、キース君、入学式の日から容赦なく坊主バレですか! これが自己紹介というヤツですか…。グレイブ先生はクックッと笑い、ペンで採点表をポンと叩くと。
「そうだ、キースは寺の息子で跡取りだ。去年の暮れに住職になるための資格を取得し、大学も首席で卒業している。私も大いに期待している生徒なのだが、隠し事とは感心せんな。…他の諸君も私のチェックを誤魔化せるとは思わないように」
「「「………」」」
教室の空気が一気に重たくなるのが感じられます。一分間の自己紹介で何処まで語らねばならないのか。カッコよく決めようと美化してみたり、キース君のように隠したりすれば即、減点。その場でグレイブ先生に指摘されたらクラス中に知れ渡って大恥をかくのも、また確実。これって実力テスト以上に最悪かも…?
それから後の自己紹介は実に惨憺たるものでした。名前を名乗っただけで詰まってしまう生徒も多数。かく言う私もその一人です。いえ、辛うじて「特別生です」という一言は付け加えられたんですけども。沈黙した生徒は当然減点、明日からの個別指導の対象で…。あっ、今度はジョミー君が自己紹介をする番みたい。
「ジョミー・マーキス・シン、特別生です。キース・アニアンとは同期で入学しました。正式な入部は認められなかったので練習に参加するだけですが、サッカー部の補欠みたいなものです」
あらら、けっこうやるじゃないですか! ジョミー君、本番に強いタイプでしたか…。キース君に負けず劣らず見事に喋り、締め括りは。
「この春、正式にお坊さんとして登録されました。駆け出しなのでお経も全く読めませんけど、お手柔らかにお願いします」
ペコリと頭を下げたジョミー君が着席するとパチパチパチ…と拍手の音。凄い、ジョミー君、時間も一分ピッタリですよ! 自己紹介の中身も抜けている部分は無さそうですし、これはキース君より高得点かもしれません。と、グレイブ先生が「ほほう…」と感心したように。
「君も出家をしていたのかね。それは全く知らなかったな」
「「「え?」」」
ジョミー君を含めた私たち七人グループの声が重なりました。そ、そういえば…スウェナちゃんが取材をしていた広報誌に載るのが仲間内への正式発表だと会長さんが言っていたような…? ジョミー君、言わなくてもいいことまでを言っちゃいましたか! 自分から坊主バレなんて…。グレイブ先生は採点表に何やら書き込み、ニッと笑うと。
「この私へのアピールが大きければ得点もグンと高くなる。これから自己紹介を始める諸君は心に留めておきたまえ。正直者は得をするのだ。…現時点ではジョミーが最高点だな。備考欄に『坊主』と書き入れておいた」
「そ、そんな…」
真っ青になったジョミー君は必死に訂正を申し出ましたが、グレイブ先生は「事実は事実」とスッパリ切り捨て、次の生徒を指名しただけ。幸か不幸かサム君の自己紹介がまだでしたから、サム君も「出家しました」と宣言したのでジョミー君の道連れは増えましたけど…。
『最高点でも嬉しくないよ…』
なんでこんなことに、とジョミー君が思念波で嘆いています。自己紹介タイム、恐るべし。キース君は坊主バレするわ、ジョミー君は自爆するわで良い点は一つもありません。
『あいつが来ないのも納得出来るな…』
キース君が言う「あいつ」というのは会長さん。フォロー不可能だと気付いた時点で来るのを放棄してしまったか、それとも全てが終わった後で悠然と来て自己紹介か。どちらにしても減点された生徒の救済は難しいかと思われます。今年は1年A組の生徒になるのを諦めるのかな? あ、でも定期試験がありますよねえ…。
『会長の狙いは1年A組でのイベントだけですし、入学式から割り込まなくてもいいわけですよ』
シロエ君が私と同じ考えに至ったようでした。球技大会は中間試験が済んでから。つまり中間試験で1年A組に滑り込んでくれば球技大会に参加出来るのです。うーん、やっぱり逃げられましたか…。私たちが思念波でコソコソやっている間にグレイブ先生は最後の生徒まで自己紹介をさせ終えて…。
「よし。このクラスの諸君がどういうものか、お蔭でしっかり把握できた。今後の参考にさせてもらおう。では、個別指導の対象者の名を今から順に発表する」
ひえぇっ、本気で個別指導と実力テストのコンボですか! 実力テストは気にしませんけど、個別指導はかなり嫌かも…。そんなの受けたら「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行けなくなっちゃいますし! きっと行けない時に限ってスペシャルなおやつが出たりするんだ、と泣きそうな気持ちになった時。
「かみお~ん♪」
「こんにちは。初めましてと言うべきかな?」
カラリと前の扉が開いて会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が入って来ました。もしかしなくても救いの神? この危機を解決してくれるとか…?
「やあ、グレイブ。自己紹介とは考えたねえ、これでは手も足も出ないじゃないか」
スタスタと教卓に近付いていった会長さんがクスッと笑って。
「ぼくも自己紹介をさせてもらうよ、1年A組に混ざるためには必須なんだろ? さてと…」
ざわめいているクラスメイトを右手をスッと上げて黙らせ、会長さんは教卓の横に姿勢よく立つと。
「グレイブ、ストップウォッチなんて無粋なものは御免だよ。ぼくのスピーチは単純明快、言いたいことは一つだけ! 1年A組のみんな、実力テストと個別指導は嫌だよねえ? 嫌だって人は手を挙げて」
「「「………」」」
手を挙げる人はいませんでした。恐怖の自己紹介タイムを食らっただけに、グレイブ先生が怖いのです。会長さんは「なるほどね…」と頷いて。
「みんなグレイブを怖がってるのか。無理もないけど、ぼくが来たからには大丈夫。ぼくの名はブルー。この学校に三百年以上在籍していて、生徒会長をやっている。そしてこっちは…」
「かみお~ん♪ 入学式で会ったでしょ? ぼく、ぶるぅ! そるじゃぁ・ぶるぅでもどっちでもいいよ」
ピョンピョン飛び跳ねる「そるじゃぁ・ぶるぅ」を会長さんがにこやかな笑顔で眺めながら。
「入学式でぶるぅの御利益にあやかる三本締めをやっただろう? 実はぶるぅのパワーはダテじゃない。どんなテストでも満点に出来てしまうのさ。グレイブがやらせた自己紹介だって文句なしの点に変えられる。不思議パワーを引き出すための条件は一つ」
ゴクリと唾を飲むクラスメイトに会長さんはパチンとウインクしました。
「ぼくたちを一年間、クラスメイトにしてくれるなら不思議パワーを約束しよう。お試し見本で自己紹介の点数をパパッと改変しちゃおうかな? ぶるぅ!」
「オッケー!」
サッと右手を上げた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がグレイブ先生の持つ採点表に…ペタン! 押されたのは真っ赤な手形です。グレイブ先生が止める暇も無く、採点表には次から次へと手形が押され…。
「ぶるぅの右手で押される手形はパーフェクト! これで全員、合格点の筈だけど? どうだい、グレイブ?」
「…うう…。卑怯だぞ、ブルー!」
「阿漕なことをするからだよ。可哀想に、キースもジョミーも初日から坊主バレしちゃったじゃないか。ぼくが折を見てバラしてやろうと思っていたのに、せっかくの楽しみを奪うなんてさ」
つまらない、と口にする会長さんにジョミー君の顔が引き攣っています。もしも自分でバラさなかったら、どんなシチュエーションで暴露されることになっていたのか考えただけでも背筋が寒くなるのでしょう。それはグレイブ先生にバラされてしまったキース君だって同様で…。
『結局、坊主だとバレる運命だったか…』
『…墓穴を掘ったと思ってたけど、自己紹介の方がまだマシだよね?』
伝わってきた二人の思念に、私たちは溜息をつくだけでした。お坊さん人生に抵抗感がまるで無いのってサム君だけしかいないんですよね…。そして不思議パワーに大感激のクラスメイトは全員一致で会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を1年A組に迎え入れることに。シャングリラ学園、今年度も波乱の幕開けです~!
「君たちも初日から災難だったね」
会長さんがケロッとした顔でそう言ったのは好奇心の塊のクラスメイトたちから解放された放課後のこと。いつもの「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋には甘い香りが漂っています。満開の桜の花に相応しく、桜の花びらを一面に散らした桜のムースケーキがお皿の上に乗っかっていたり…。
「ブルーにバラされるよりはマシだと思っておくしかないよ」
膨れっ面のジョミー君。会長さんに暴露されるよりマシと言っても、新年度の初日にお坊さんだとカミングアウトをしてしまったのが痛恨の極みみたいです。
「お前は坊主だとバレただけだが、俺なんか坊主のプロフェッショナルだと思われてるぞ? 副住職なんて渾名がついたら立ち直れないな」
「それだけはないさ」
大丈夫、と太鼓判を押す会長さん。
「君が大学を首席で卒業したことまでセットでバレているからねえ…。大先輩に失礼な真似をするような生徒はいないよ、このシャングリラ学園には。君より年上の特別生だと分からないけど…。そういえばグレイブは数学同好会の顧問だったっけ」
「………。パスカル先輩たちに副住職と呼ばれるのか?」
「呼ばないだろうと思うけど? なんだか偉そうに聞こえちゃうから、どっちが先輩で後輩なんだか…」
だけど陰では呼ぶかもね、と会長さんは笑っています。キース君は頭を抱え、ジョミー君が「ぼくの方がマシな状況だよね」と妙な所から立ち直りを見せ……今日もシャングリラ学園は平和でした。そう、あの箱が出てくるまでは…。えっ、あの箱って何なのかって? 新学期と言えばアレですよ!
「ぶるぅ、そろそろ用意をしてくれるかな?」
会長さんが声をかけると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が奥の部屋から平たい箱を運んで来ました。嫌と言うほど見覚えのあるデパートの包装紙とリボンに包まれたそれは普段は忘れ去られているモノ。会長さんはテーブルに置かれた箱を軽く叩いて極上の笑みを浮かべると。
「新学期には青月印の紅白縞! ハーレイが教頭室で待ちくたびれてる。みんなで届けに行かないとね」
「…行かないという選択肢は無いのか?」
キース君の言葉を会長さんは綺麗に無視してソファから立ち上がり、箱を「そるじゃぁ・ぶるぅ」に持たせています。
「ぶるぅが持つのがやっぱり一番可愛いね。…それともキースが持ってみるかい?」
「い、いや、俺は…」
「遠慮しとくって? まあ、ハーレイもキースが持って届けに来たんじゃガッカリだろうし、君たちはお供についてればいいよ。ハーレイ、喜んでくれるかな?」
楽しみだよね、と足取りも軽く部屋を出てゆく会長さんに私たちも続くしかありませんでした。嬉しそうにスキップしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」を先頭にして、新学期の恒例行事となってしまったトランクスのお届け行列、出発です~。
「…喜んでくれるかな、って言わなくてもさ…」
ジョミー君がブツブツ呟き、キース君が。
「いつも楽しみにしておられるんだし、教頭先生は首を長くしてお待ちだよな」
「だよねえ? 何を分かり切ったことを言ってるんだろ、ブルーったら…」
それにしたって紅白縞は凄いセンスだと思うけど、と呻くジョミー君に私たちも全面的に賛成でした。教頭先生と紅白縞は切っても切れない仲ですけども、もう少しなんとかならないでしょうか? でも考えるだけ無駄だと言うのも分かっています。今も昔も紅白縞。この先もきっと紅白縞…。