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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

言えない悩み・第1話

急流下りにバーベキュー、涙と笑いの記念撮影と盛り沢山だったラフティングから数日が経った放課後のこと。いつものように「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で寛いでいると、部活を終えた柔道部三人組が入って来ました。そこまでは普段と変わらない風景だったのですが…。
「おい」
キース君が挨拶も無しに会長さんの前へスタスタと。礼儀正しいキース君が年長者であり高僧でもある会長さんに挨拶しないのは余程のことがあった時だけです。長年の付き合いで学習している私たちは一気に真っ青に…。会長さん、何かやらかしましたか? けれど会長さんは平然として。
「やあ。挨拶無しとはいい度胸だねえ? ぼくは身に覚えは全く無いけど」
「そんな筈があるか! 忘れたふりをしやがって!」
一気にブチ切れたキース君。握り締めた拳が震えています。
「あれはあんたがやったんだろうが! 俺はハッキリ覚えているぞ、脱毛サロンに連れて行ったとあんたが喋っていたのをな!」
「「「!!!」」」
ウッと息を飲む私たち。脱毛サロンと言えば先日の校外学習です。教頭先生を水族館のイルカショーに出演させた会長さんが誂えたのがハイレグの水着。そのままで着るとマズイから、と教頭先生を脱毛サロンに引っ張って行ったんでしたっけ…。
「ああ、あれね。…でも脱毛はしてないよ? あの時も言ったと思うけれども、ハーレイが脱毛だけは嫌だと喚くから剃っちゃっただけで」
ペロリと舌を出す会長さん。
「だけど流石にプロの腕前は凄いよね。同じ剃るのでも仕上がりが違う。剃り残しは無いし、綺麗だし…。大画面で見ても全然問題無かったじゃないか。あの水着を着せて正解だったな」
ムダ毛は全く見えなかったし、と会長さんは誇らしげでした。大画面というのは先日のラフティングに付属していたサービスの一つ。川下りを終えて会社の車で着替えに戻ると、ラフティング中に撮って貰った記念写真の上映会があったのです。大きな画面に映し出される写真の中から気に入ったものを選んでアルバムに。
「ハーレイは水着のすり替えに気付いてたけど、写真撮影に出て来た時にはウエットスーツを着ているつもりだったしねえ? お蔭で素敵な写真が撮れた。実に貴重なツーショットだよ、うん」
会長さんは自分とのツーショットを餌に教頭先生を釣り、ラフティングどころか一人乗りのカヤックで急流下りをさせたのでした。見事に釣られた教頭先生、終着点での記念撮影に漕ぎつけたまではいいのですけど、ウエットスーツの下の水着が例のハイレグにすり替えられてしまっていたから、さあ大変。
「でもハーレイが悪いんだよ? 集合写真を撮るより前にすり替えたから、水着姿で撮ろうと言っても断っただろう? なのに、ぼくとのツーショットだけは撮りたいだなんて、厚かましい! ウエットスーツで来たっていうのが最低だってば」
ツーショットは二人の衣装が釣り合ってなんぼ、と会長さんは主張しています。一緒に川下りをした記念に撮るのであれば、揃ってウエットスーツにするか水着かの二択。二人の衣装がちぐはぐなのはツーショット失格の写真だそうで…。あの日も教頭先生に自説を滔々と説き、反論の余地を与えなかったのが凄すぎです。
「ラフティングの記念にツーショット! 多少恥ずかしい水着姿でも、揃って水着というのがいいんだ。現にハーレイは写真を買っていただろう? ホントに嫌なら買わない筈だし、アルバムにするだけの価値があることに気付いたんだよ。ウエットスーツで写ってるより水着の方が雰囲気あるって!」
「「「………」」」
本当にそうだろうか、と疑問がフツフツ湧き上がりますが、誰も口には出しませんでした。あんなハイレグ水着よりかはウエットスーツの方が何十倍もマシだと思うんですけれど…。
「ね、君たちもそう思わないかい? でもって、ハーレイがハイレグ水着を着こなせたのは脱毛サロンのスタッフさんのお蔭! ツーショットも水族館のイルカショーでも、無駄毛が無いから美しいんだ」
無駄毛が見えたら興醒めだよ、と会長さんが得々と言った所で。
「やかましい!」
バンッ! とキース君がテーブルを叩き、睨み付けた相手は会長さん。
「それが悪いと言っているんだ! 教頭先生がどんな気持ちでいらっしゃるのか、あんたは分かっていないようだな!」
「えっ、ハーレイ? …どうかしたわけ、ハーレイが?」
今朝も会ったけど普通だったよ、と会長さんは怪訝そうな顔。
「今日はサムが朝のお勤めに来ていたからねえ、一緒にぶるぅの部屋に瞬間移動で来たんだよ。ついでに中庭まで送って行って、戻る途中でハーレイに会った。嬉しそうに挨拶してたけど? 今日はラッキーデーだとか言って」
朝一番に出歩くことは滅多にしない会長さん。そんな会長さんと朝の挨拶を交わせた時は教頭先生にとってラッキーデーになるのだそうで…。
「ハーレイ自身がラッキーデーだと思ってるんだよ? どんな気持ちでいらっしゃるのかと質問されたら、答えは「幸せ一杯」じゃないか。…うん、ちゃんと理解してるさ、ぼくは」
会長さんはニッコリ微笑みました。怒鳴り込んで来たキース君とは認識に違いがあるようですけど、教頭先生の今日の気分はラッキーデーで大ハッピー? それとも逆に落ち込んでるとか…?

「…あんた、本当に分かっていなかったのか……」
エネルギーの無駄だった、とキース君はソファにドサリと腰掛けました。思い切り疲れた表情です。マツカ君とシロエ君も深い溜息をついてますから、やっぱり何かあったのかも。柔道部三人組と教頭先生の接点は柔道部の部活。でも、キース君は脱毛サロンがどうとか言っていましたし…。
「かみお~ん♪ お話、終わった? はい、食べて! お腹が空くとイライラするって言うもんね」
テーブルに「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製のお好み焼きがドカンと置かれ、続いてお菓子も出て来ました。私たちが一足お先に食べ始めていたブルーベリーと赤すぐりのタルトです。キース君はお好み焼きを平らげてからコーヒーを啜り、タルトにフォークを入れながら。
「…俺が黙って食ってる間に少しは考えてみたんだろうな? ブルー、あんたに言ってるんだが」
「それってハーレイの話かい? あれは終わったと思ってたけど?」
とっくに違う話になっちゃってるし、と会長さんは目を丸くしています。私たちは心に引っ掛かるものがあったのですが、会長さんに別の話題を振られてしまえば深く追求は出来ません。流されるままに賑やかなお喋りが続き、教頭先生のことは頭から消えてしまっていました。そういえばキース君の怒りの原因、聞いてませんよね。
「勝手に話を終わらせるな! 俺が脱力しただけだ!」
キース君はお好み焼きとコーヒーでエネルギーのチャージ完了らしく、更にタルトでヒットポイント上昇中。無敵とまではいきませんけど、会長さんに食ってかかるには充分です。
「いいか、教頭先生がラッキーデーだと仰っていても、それは相手があんただからだ! あんたの何処がいいのかサッパリ謎だが、心底惚れてらっしゃるからな…。あんたに会えればラッキーだろうし、妙なツーショットでも欲しいだろうさ。だがな、教頭先生は本当に悩んでいらっしゃるんだ!」
「ふうん? あのハーレイに悩みだって…?」
何だろう、と首を傾げる会長さん。
「ぼくと結婚出来ないことなら今更悩むほどでもないし…。ああ、ツーショットの写真をオプションで追加するべきだったと思ってるとか? 脱毛サロンがどうこうと言っていたものねえ…。ハイレグ水着を恥ずかしがって一枚だけしか撮らなかったことを後悔中?」
「そんなわけがあるか!」
ダンッ! とテーブルにキース君の拳が炸裂、紅茶やコーヒーが飛び散ったのを「そるじゃぁ・ぶるぅ」が手早くキュキュッと掃除。小さな両手に布巾を握って拭いて回られると、キース君もクールダウンしたらしく。
「悪かった、ぶるぅ。…少し落ち着くことにする」
「えっ、お話の途中でしょ? 気にしないで!」
続けてよね、と健気な「そるじゃぁ・ぶるぅ」は笑顔ですけど、会長さんが。
「ぜひ落ち着いて貰いたいね。で、ハーレイの悩みというのは何なのさ? ぼくの意見を述べようとすると君が怒るし、言ってくれた方が早いと思うよ。…本当に見当がつかないんだ。今朝もニコニコ笑っていたし」
「……脱毛サロンと言っただろうが。それでも全く分からないのか?」
「うーん…。ひょっとして剃り残しの毛が見付かったとか? プロに任せたんだし、有り得ないって気はするけれど、絶対無いとも言い切れないよね。でもさ、自分で気付いたんなら自己処理すればいいんじゃないかな」
「どうしてそっちの方向に行く!」
まるで逆だ、とキース君は聞えよがしに特大の溜息を吐き出すと。
「…教頭先生が悩んでらっしゃるのは合宿が近付いているからなんだ。柔道部は夏休みに入ったらすぐに合宿だろう? あと一ヶ月も残っていない」
「ああ、夏休みも近いもんねえ。ラフティングも校外学習も天気が良かったから忘れがちだけど、今は一応梅雨だったっけ。今年は思い切り空梅雨かな?」
「空模様の方はどうでもいい! 要は合宿が近いんだ」
「それで?」
話が全然見えてこないよ、と会長さんが先を促します。確かに柔道部の合宿だけでは教頭先生の悩みは見えてきません。柔道十段の教頭先生、合宿とくれば水を得た魚のように生き生きするんじゃないですか?
「柔道部の合宿は厳しい半面、家族のような雰囲気というのも大事でな」
ここが肝だ、とキース君。
「礼儀作法や上下の関係は絶対なんだが、それだけではシゴキで終わってしまう。教頭先生が求めておられるのは心技体の三位一体だ。心を養うには家族が一番という方針で、合宿中は礼儀を重んじつつ家族のように、と指導なさっている」
「脱毛と繋がらないんだけれど?」
「黙って最後まで聞いてから言え! 家族である以上、裸の付き合いも大切だ。普段は下級生が上級生の背中を流すが、その逆の日もあったりする。それくらい仲がいいんだと言ったら気が付くか?」
「ううん、全く」
お風呂の何処が脱毛なのさ、と口にしてから会長さんは。
「分かった! 合宿までに腕も綺麗に剃るべきか否か、悩んでいるっていうわけだね。それとも胸かな? 脇は剃ったし問題ない筈…。ああ、一ヶ月もあれば伸びてくるからその処理とか?」
「だから逆だと言ってるだろう! あんたには言葉が通じないのか?」
頭が痛い、と呻くキース君。
「…今の流行りはメンズエステで脱毛なのかもしれんがな…。柔道をやろうという連中には無縁の世界だ。武道とは相容れられない代物だとでも言っておこうか。今の所は教頭先生の足は道着の下だから問題ない。…だが、合宿で皆と一緒に風呂に入れば嫌でも見えてしまうだろうが!」
「へえ…。ハーレイがそう言ったのかい?」
「部活の後で溜息をついておられたからな、俺たちの態度が悪かったのかと更衣室まで謝りに行ったら「そうではない」と仰って…。合宿の風呂をどうしようかと相談された。とりあえず今は保留中だ」
教頭先生、無駄毛が無いのが悩みでしたか! 合宿に行ってお風呂に入ればツルツルの足が丸分かり。無論、ツルツルの脇だって…。一ヶ月あれば少しは伸びるかもですけれど、きっと半端な長さですよね?

ハイレグ水着を着こなすために無駄毛を剃られた教頭先生、合宿に向けて悩み中。キース君に言われてみれば柔道部という男の世界とメンズエステは対極です。同じ柔道でも女子だったなら無駄毛の処理は無問題どころか常識なんでしょうけれど…。
「でもさあ…」
暫く続いた沈黙を打ち破ったのはジョミー君でした。
「教頭先生の肌の色だと、気にしなくてもいいんじゃない? そりゃあ、無いのは分かるだろうけど……他の部分に比べて悪目立ちしそうな感じじゃないよ? キースとかシロエだったらアウトだけどさ」
ぼくだって全然目立たないもん、とズボンの裾を捲るジョミー君。そっか、白い肌で金色ですからパッと見たんじゃ分からないだけで、ジョミー君の足にも体毛ってヤツはありました。教頭先生の場合は褐色の肌に金色です。んーと、それほど目立たないかも…?
「でも、教頭先生、けっこう濃いわよ?」
手の甲を見れば分かるじゃない、とスウェナちゃん。とはいえ、逞しい手の甲に生えている毛は近くで見ないと気が付きません。その程度ですし、お風呂もワイワイガヤガヤと入っていれば無問題では? 背中を流したり、流されたり…って距離に近付けば嫌でも分かることなんでしょうが、誰も笑いはしないでしょうし…。
「だよな、気にしねえ方がいいんでねえの?」
堂々と風呂に入っていくのが一番! とサム君が言い、キース君も「そうかもな…」と頷いています。
「水族館で何があったかは学校中に知れてるんだし、どうして無駄毛を処理する羽目になったかは誰でもすぐに気が付くか…。それを笑い物にするようなヤツに柔道を続ける資格は無いし、そんな部員も居ないしな」
「笑うようなヤツはいませんよ! いたら次の日からみっちりと!」
性根を入れ替えるまで徹底的にしごきましょう、とシロエ君が燃え上がりました。キース君とマツカ君もそれで異存は無いみたい。うん、気にしないのがお勧めですって!
「ふふ、結論が出たみたいじゃないか。ハーレイもいい弟子を持ったねえ」
大きく伸びをする会長さん。
「これでお悩み解決、ってね。…もっともハーレイが素直に納得するかどうかは謎だけど」
「「「は?」」」
「試しに進言してごらん? きっと即答しないだろうから」
クスクスクス…と笑い始める会長さんに、キース君が眉を吊り上げて。
「あんた、教頭先生を馬鹿にしているな? そんな軟弱な方ではないぞ!」
「どうなんだか…。そもそも悩んでいたんだろ? 君に相談しちゃう程にさ」
「それは俺が勘違いをして謝りに出掛けて行ったからで! あれが無ければ耳にすることは無かったかと…。教頭先生は隠し事をなさる方ではないから、打ち明けて下さっただけだと思う」
信頼されているのが実感出来て嬉しかった、とキース君。シロエ君とマツカ君も同意見でした。けれど会長さんのクスクス笑いは止まらずに…。
「ハーレイの悩みがソレだというなら、君たちもまだまだ甘いよね。うん、悩みはソレで間違いないけど」
「なんだって?」
聞き捨てならん、とキース君が向けた射るような視線に会長さんはパチンとウインク。
「君がうるさく言うものだから、ハーレイの心を読んでみた。確かに嘘は言っていないし、悩みの理由は合宿中のお風呂。…だけど、よくよく考えたかい? 部外者のジョミーたちでも簡単に思い付く解決策だよ、堂々とお風呂に入るのは。それを散々悩みまくったハーレイが考え付かないとでも?」
そこまで頭は悪くないだろうに…、と会長さんは指摘して。
「ハーレイが悩んでるのは外から見たんじゃ分からない部分。…あれでお風呂は確かにキツイよ」
「「「???」」」
「ぼくも綺麗に忘れ果ててた。だって現場にいたわけじゃないし、水着を着ちゃうと見えないし…。ハーレイもとんだ窮地に陥ったよね」
会長さんが何を言っているのか、まるで分かりませんでした。脱毛サロンが問題だったら教頭先生を連行したのは会長さんですし、現場にいたに決まっています。会長さんがいない所で教頭先生の身にいったい何が…?

教頭先生の悩みの種は水着の下にあるようです。原因は無駄毛だとばかり思ってましたが、水着を着れば隠れる部分に無駄毛は無関係でしょう。それに教頭先生が無駄毛を剃りに連れて行かれた脱毛サロンも、会長さんが現場を知らない以上は関係なし。なのにお風呂が問題だなんて、どういう理由?
「ひょっとして刺青しちゃったとか!?」
ジョミー君の素っ頓狂な声に、アッと息を飲む私たち。刺青だったら納得です。彫った場所によっては水着でバッチリ隠されますし、お風呂に入るとバレるのも事実。教頭先生、背中にコッソリ彫りましたか? でもって後からマズイと気付いて只今後悔中だとか…?
「刺青もいいかもしれないねえ…。ハーレイだけに思い込んだら彫りそうだ。ブルー命とか、そういうヤツを」
ブルー命は勘弁だけど、と可笑しそうに笑う会長さん。ということは、刺青はハズレ…?
「うん、ハズレ。さっきから言っているだろう? ハーレイの悩みは無駄毛に関係してるとね」
「念のために確認するが、脱毛サロンは本当に関係無いんだな?」
キース君の問いに、会長さんは。
「どうしてそういうことになるわけ? ぼくが現場にいなかったってことと、忘れ果ててた辺りかな?」
「脱毛サロンが現場だったのか!?」
「そうだけど? ハーレイが剃って貰っているのを横で見たがるほど酔狂なわけじゃないんだ、ぼくは」
剃るのはスタッフの人にお任せ、と可笑しそうに笑う会長さん。
「本気で脱毛するんだったら見物する価値もあるけどさ。剃るだけなんだし、見ていなくても…。ついさっきまでそう思ってた。今はちょっぴり後悔してる」
「教頭先生に何か悪さをしたことをか? だったら今すぐ謝りに行け!」
そして窮地を救うんだ、とキース君が詰め寄りましたが。
「…んーと…。窮地はちょっと救いようが…。でもって後悔しているのはね、過程を見ておくべきだったなぁ…って。それと仕上がりもキッチリ確認するべきだった。…まさかあんなに凄いだなんて」
「あんた、いったい何をしたんだ!?」
おおっ、ナイス突っ込み、キース君! 私たちはゴクリと唾を飲み込み、来る衝撃に備えたのに。
「ツーフィンガー」
「「「は?」」」
会長さんが返した答えは斜め上過ぎて、間抜けな声しか出ませんでした。ツーフィンガーって何なんですか?
「誰が水割りの話をしている! 逃げる気か、あんた!」
汚ないぞ、と叫ぶキース君ですが、会長さんは真面目な顔で。
「事実なんだから仕方ない。流石に大学を卒業してると知識が格段に増えるよね。…ツーフィンガーっていうのは水割りに入れるウイスキーの量さ。ずっと昔に流行った言葉で今はダブルと言うのが普通。グラスに指二本分の高さまで入れて、その後に水を入れるとダブル。指一本分だとシングルになるわけ」
なるほど、お酒の量でしたか! ん? でも、これって答えになってませんよ? 会長さんが教頭先生相手にやらかした事は何かが問題なのに、ツーフィンガーだなんて言われても…。
「まさか教頭先生を酔い潰したんじゃないだろうな? それから脱毛サロンに引き摺って行ってロクでもないことを…」
「ハーレイがツーフィンガー如きで酔い潰れると? ちゃんと答えを言っているのに、聞いてないのは君の方だろう? ツーフィンガーと言えばツーフィンガー!」
水割りのツーフィンガーとは無関係、と会長さんはキッパリ言い切りました。
「だけど語源は似てるかな。指二本分って所は同じだ。…ちなみにワンフィンガーというのもあってね、これがいわゆるシングルってヤツ。…水割りで言えば」
「水割りじゃないと言わなかったか? 何処まで俺たちを馬鹿にする気だ!」
「してないってば。あんまり頭に来てるとハゲるよ? 君の職業にはピッタリだけどさ」
「誰のせいだ、誰の!」
キース君はキレそうでしたが、会長さんに敵う筈もなく…。ツーフィンガーとかワンフィンガーとか、何処までがホントの話でしょう? シングルもダブルも高校生の身では飲酒自体がマズイですから分かりませんし、どう考えればいいのやら…。
「キースの知識が邪魔してるんだよ。ごくごく普通に、文字通りに取れば簡単なのに」
ツーフィンガーは指二本、と会長さんが人差し指と中指を並べて立てて見せました。
「指二本分の幅を残して綺麗に脱毛! これがいわゆるツーフィンガー」
えっと。脱毛なのに何を残すと…? それでは意味を成さないのでは?
「今、外国で流行ってるんだよ。最先端の脱毛ってトコ。…残すのはねえ、ハイレグ水着でもビキニパンツでも完璧に隠れる部分の毛だけど? 今のハーレイはツーフィンガー!」
「「「!!!」」」
会長さんが何を言っているのか、私たちはようやく理解しました。教頭先生が剃られてしまった無駄毛は足や脇だけではなかったのです。ハイレグ水着を身に着ける以上、Vラインの処理は必須でしょうけど、それ以上の範囲を剃られた、と…。指二本分だけの幅を残して綺麗サッパリって、それってどういう状態ですか~!

「ぼくもさっきサイオンでチラ見しただけで、いわゆる覗き見レベルだからさ…」
しっかり見てはいないんだけど、と断りつつも、会長さんは思い出し笑いを堪えられないようでした。キース君に怒鳴られるまでノーチェックだったと言うんですから、無責任も此処に極まれりです。
「ハーレイを連れてった脱毛サロンでVラインも宜しくお願いします、と注文したら「オプションで好きな形に出来ます」って勧められてね。どうせならコレもやって貰え、と…。だって脱毛は嫌だって言うし! 剃るだけだったらいずれ伸びるし、遊び心を入れたいじゃないか」
「…それで注文して、それっきり忘れていたんだな? まったく、あんたというヤツは…」
額を押さえるキース君。私たちだって開いた口が塞がりません。余計なオプションをつけたんだったら、責任を持って見届けるのが筋というもの。なのに…。
「面白そうだとは思ったけどさ、ハーレイのそんなトコロの剃り方なんか見たい気持ちにならないよ。だけど合宿のお風呂で困っている、とキースに言われてツーフィンガーを思い出したわけ。…どんな形になったんだろう、ってハーレイの心を読んだついでに服の下の方も覗いてみたのさ」
あれは笑える、と会長さんのクスクス笑いは止まりません。気の毒な教頭先生の大事な部分は指二本分の幅しか毛が無いのだとか。
「あの状態で合宿とはねえ…。そりゃハーレイも腰が引けるし悩みもするよ。お風呂に入るか、入らざるべきか、誰に訊くわけにもいかないし…。育毛剤を必死に探しているようだけど、市販のヤツじゃ無理じゃないかな」
「合宿までに伸ばそうってか? 医薬品なら伸びるのか?」
病院で何とか出来るものなら何処かで薬を貰うとか…、とキース君は真剣でした。そりゃそうでしょう、柔道部の合宿は部活の中の一大イベント。会長さんの悪戯のせいで教頭先生の指導方針が狂ったのではたまりません。教頭先生のツーフィンガーが事実だとしたら、堂々とお風呂に入れる姿じゃないですし…。
「……残念だけど、現時点では劇的に伸びる薬というのは無いんだよね」
「「「!!?」」」
あらぬ方から会長さんの声が聞こえてバッと振り返る私たち。紫のマントが優雅に揺れて、そこにソルジャーが立っていました。
「こんにちは。…ハーレイが育毛剤を探してるって? 凄い事情で」
ツーフィンガーとか聞こえてきたよ、とソルジャーは楽しそうに微笑みながら。
「こっちの世界には面白い文化があるんだねえ? その後始末、薬で済むのなら手伝ってあげてもいいんだけれど…。ぼくの世界でもそういう薬はまだ出来てない。あったらゼルは禿げていないさ」
ひぃぃっ、教頭先生の悩みは全く解決していないのに、ソルジャーが遊びに来るなんて…。劇的に毛が伸びる薬を持って来たと言うなら歓迎ですけど、そうじゃないなら邪魔ですってば~!


 

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