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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

九月の水飛沫・第1話

お盆と棚経という一大イベントが加わった上に、山へ海へと忙しかった夏休み。締めの納涼お化け大会にも顔を出したりしていたせいで、海から後はアッと言う間に始業式の日になりました。今年も残暑が厳しいですから気分は真夏のままだというのに、暦はしっかり九月です。
「暑いよねえ…」
早く涼しくならないかな、とジョミー君がぼやいているのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でした。始業式が済み、早速やって来たわけです。此処も教室もクーラーが効いているのですけど、途中で通った中庭などにクーラーがある筈も無く。まだまだ蝉もうるさいですから、文句も言いたくなるわけで…。
「かみお~ん♪ チョコレートパフェにしてみたよ! リキュールも入れたし、夏バテ、飛んでけ~!」
栄養第一、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が特製パフェをテーブルに並べ、スプーンを握る私たち。こだわりの材料を使ったパフェは美味しいんです。チョコも絶品、アイスも滑らか。お代わりだっていけそうだね、と笑い合いながら食べていると。
「そうそう、忘れるとこだった」
会長さんがソファから立って、奥の部屋へと向かいました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」もくっついて行って、二人が両手に提げて来たのは紙袋です。
「んーと…。これがジョミーで、こっちがキース、と」
ジョミー君とキース君の脇に紙袋が置かれ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が提げていた袋はサム君とマツカ君の足元に。えっと、これって何なのでしょう? 会長さんたちは再び奥の部屋に入って、今度は紙袋が合わせて三つ。
「シロエにスウェナに…。はい、これで全部」
お仕事完了、と会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はソファに腰掛け、パフェの続きを食べ始めます。紙袋についての説明は無く、私たちは互いに顔を見合わせて…。
「何なんだ、これは?」
キース君が紙袋を見下ろし、シロエ君が。
「名札が付けてありますけれど、袋には文字が無いですね…。その割に立派なヤツですけども」
「うんうん、無駄にしっかりした作りだよな」
重い物でも大丈夫そうだ、とサム君が袋を持ち上げてみて。
「こういうのって、こないだ見たぜ。…そうだ、親父が貰って来たんだ、結婚式で」
「ああ、引き出物か。そう言えばこういう袋だな、あれは」
見覚えがあると思った、とキース君。言われてみればパパたちが貰って来ることがあります。でも、あの袋にはホテルとかのロゴが入ってますよ? この袋は完全に無地なんですけど…。
「…会場がホテルじゃなかったからねえ…」
「「「は?」」」
会長さんの言葉に私たちの目が真ん丸に。いったい何の話でしょう?
「もう忘れちゃった? バカップルだよ、ブルーとハーレイ」
「「「あー……」」」
会場がホテルでなくって結婚式というのが、この夏、確かにありました。マツカ君の海の別荘でソルジャーとキャプテンが人前式とやらで挙式してしまい、新婚の日々を過ごした挙句に結婚証明書をお土産に貰って幸せそうに帰って行きましたっけ…。
「あの二人からの引き出物なんだってさ。二人とも存在が秘密だからねえ、みんなの家に直接送るとマズイっていうんで預かる羽目になったんだ。まったく、人前式なら地味婚らしく引き出物も無しにしとけばいいのに」
迷惑なんだ、と会長さんは引き出物の袋を指差して。
「この袋までが必須らしいよ、誰かさんの妄想のお蔭でね。…ブルーときたら別荘からの帰りの電車でハーレイ……もちろん、こっちの世界のハーレイにだけど、思念波で指示を仰いだらしい。理想の結婚式について教えてくれ、って」
新婚熱々のバカップルは電車の中でも二人の世界に籠ってましたが、その最中でも教頭先生に質問が出来ていたとは驚きです。流石はソルジャー、ダテに場数を踏んでいません。
「でもって結婚式が簡単だった分、引き出物を送っておこうと思ったようだ。自分の幸せっぷりを自慢したいだけとも言うけどね。…なにしろ、あっちの世界に帰れば誰にも言えない結婚だから」
「そうだったな…」
その点だけは同情する、とキース君が溜息をついて紙袋に手を突っ込んで。
「で、あいつは何を寄越したんだ? さっぱり見当が付かないんだが」
「開ければ分かるよ、それもハーレイの趣味だと思う」
「「「???」」」
何だろう、と紙袋から取り出したものは綺麗に包装された箱。ソルジャーも出入りしているデパートのロゴが入っています。金と白という慶事用の紙を剥がして箱を開けてみれば、中身はペアのワイングラスで。
「…お名前入れサービス券?」
何だこれは、と紙片を手にするキース君に、ジョミー君が。
「これじゃない? ほら、こっちのグラスは名前入りになっているけど、こっちは何も書かれてないよ」
「…俺の名前が入っているな…。お前のはお前の名前なのか?」
「うん。此処にアルファベットでジョミー、って」
「俺のはサムって書いてあるぜ」
「ぼくはシロエになっていますよ」
「ブルーだったよ、ぼくのヤツはね」
見てごらん、と会長さんが宙に取り出した箱の中身もグラスでした。ペアの片方に会長さんの名前が刻まれ、もう片方には何も無し。これって、いったい…。
「いつか結婚相手が出来たら名前を入れるって趣向じゃないかな。ペアグラスだし、そうじゃないかと…。ぶるぅにまで送って寄越されたって、ぶるぅが結婚するわけないし!」
「それを言うなら俺たちだって同じだぞ」
万年十八歳未満お断りだ、とキース君が苦笑し、私たちへの引き出物とやらは会長さんの家の物置に死蔵されることになりました。お酒だって飲めない身なのに、ワイングラスは要りませんってば…。

一方的に幸せ自慢し、引き出物まで寄越したソルジャー。別荘から後は会ってませんけど、元気にしているみたいです。そのこと自体は喜ばしい、と私たちは引き出物は放置でワイワイと…。
「結婚したっていうことはさ…」
二度と家出もして来ないよね、とジョミー君が言えば、会長さんが。
「長い目で見れば夫婦の危機はよくあることだし、絶対安全とは言えないけどさ。でも、今までみたいに些細な理由で家出したりはしないだろうね。ハーレイの方も相当な覚悟があるみたいだから」
「…地獄に落ちても本望らしいな、あいつが幸せに過ごせるんなら」
凄すぎるぜ、とキース君。
「あんたが使ったブラウロニア誓紙とかいうヤツなんだが、帰ってから色々調べてみたんだ。ブラウロニア三山で神前式で式を挙げたら、裏にアレを貼った結婚証明書が発行されるということだった。…それがヒントか?」
「ご名答。でもってハーレイがブラウロニアで言っていたように、全盛期には遊女と馴染み客の間でも交わされた程の人気アイテム! だから誓いを破ったからって地獄落ちは無いと思うけど…」
バカップルにムカついたから脅してみた、と会長さんはパチンとウインク。
「あっちのハーレイもヘタレだろう? 離婚になったら地獄行きだと聞かされたんじゃあ、署名しないかもと思ったんだよ。ブルーが後から署名することになっていたとしても、必死に止めようとするとかね」
「…思い切り逆になったようだが? 署名した上に、あいつのためなら地獄に落ちると宣言してたぞ」
「甘く見すぎていたかな、ぼくも。同じヘタレでも三百年も指を咥えて見ているだけの超絶ヘタレと、暴れ馬に振り落とされても手綱にしがみ付こうと頑張っている健気なヘタレじゃ中身が全く違うみたいだ」
だからこそ両想いになれたのかもね、と感慨深げな会長さん。えっと、それなら教頭先生がもっと真剣にアプローチして来たら、考え直すということですか?
「えっ、まさか。それだけは無いよ、有り得ないし!」
全然無い、と笑って右手を左右に振っている会長さんに、キース君が。
「あんたはそうでも、教頭先生の方はどうなんだか…。あんたのためなら地獄に行ける、と思ってらっしゃるかもしれないぞ」
「無理無理、ぼくが署名しないと誓約自体が成立しない。行きたくっても行けないんだよ、地獄には…ね」
残念だけど、とクスクス笑う会長さん。
「ハーレイの思い込みの激しさは超一流で、妄想の方も最大級。ブルーが寄越した引き出物だってハーレイの妄想の産物なんだし、引き出物の候補だけでも頭の中に幾つ入っているのやら…。でもね、妄想は所詮、妄想だ。妄想で結婚は不可能なんだよ」
結婚証明書を作成するには相手が必要、と会長さんは自信満々。
「そういうわけで、いくらハーレイが地獄行きの決意を固めたとしても、無理、無茶、無駄というヤツだ。どうしても地獄に行きたいのなら勝手にどうぞ、という所だね。ぼくには全く無関係!」
ぼくはお浄土に行くんだからさ、と会長さんはニッコリ微笑みました。
「仏門に入って修行を積んで、事ある毎にお念仏! これで極楽浄土に往生出来なきゃ頑張って来た甲斐が無い。…もっとも、いつになったらお迎えが来るか、まるで見当も付かないけどね」
百年くらいでは来そうにも無い、と言う会長さんは千年経っても生きていそうな気がします。みんなも同じ考えらしく、「不死身かもね」なんて話になって、そうなると地獄も極楽も行けそうにないと大笑いして…。
「おっと、ウッカリ忘れてた」
壁の時計を見た会長さんがペロリと舌を出し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「アレ、取ってきてくれるかな? まだ遅刻って程でもないよね」
「かみお~ん♪ ちょっと遅れたくらいだと思う!」
もっと遅くなった事だってあるし、と奥の小部屋に走って行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運んで来たのは嫌と言うほど見覚えのある箱でした。お馴染みのデパートの包装紙に包まれ、リボンがかかった平たい箱。新学期の始業式の日は、コレが出てくるのが恒例で…。
「よし。君たちの記憶にも刻み込まれていると分かって嬉しいよ。新学期といえば青月印の紅白縞! 教頭室までお届けってね」
さあ出発! と会長さんが先頭に立ち、紅白縞のお届け行列が「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を出ました。新学期を迎える度に教頭先生にトランクスを五枚お届けするのが会長さんの約束事です。
「いっそ、こういうヤツをブラウロニア誓紙に書けばいいんだ」
生徒会室側へ抜けた時点でキース君がボソッと口にし、揃って吹き出す私たち。紅白縞をお届けします、と『おカラスさん』ことブラウロニア誓紙に書き込んだ場合、届けなかったら会長さんが地獄行き。教頭先生は受け取らなかった場合が地獄行きですし、やっぱり地獄には行けそうもなく…。
「教頭先生が受け取らない筈が無いもんね」
どう考えても地獄は無理、というジョミー君の意見に賛成しながら、私たちはトランクスの箱を掲げた「そるじゃぁ・ぶるぅ」と会長さんの後ろを歩いてゆきました。教頭先生、もうすぐ青月印が届きますからね~!

うだるような暑さの構内を歩き、中庭を抜けて本館へ。教頭室に着くと会長さんが重厚な扉をノックして。
「失礼します」
遅くなってごめん、と入っていった会長さんの姿に顔を輝かせる教頭先生。
「…来てくれたのか。もう来ないのかと心配だったが」
「お喋りしてたら盛り上がっちゃって…。はい、いつもの青月印だよ。紅白縞を五枚だよね」
教頭先生は差し出された箱を押し頂いて机に置くと。
「これが来ないと新学期を迎えた気がしない。…お前が嫁に来てくれたなら、そういうことも無くなるだろうが…」
「あーあ、またまた言ってるし! 二人で仲良く下着を選びに行くんだっけ?」
「それが出来たら幸せだろうと思うのだがな…。やはり今でも気は変わらんか?」
「残念だけど、ぼくは結婚する気は無いから」
フィシスとだってしてないんだし、と会長さんは微笑んでいます。
「そういう束縛は好きじゃないんだ。あ、もちろんフィシスは別格だよ? でもね、結婚しちゃうと女神じゃなくなってしまいそうでさ…。そういう意味で保留なだけ。そして君とは絶対結婚したくない。一生束縛されるだろうし」
「…私はそういうタイプではないが…」
「そうかなあ? 君の理想の結婚生活ってヤツを知る度にそういう認識が深まるけれど? 束縛しているつもりは無くても、ぼくの方が息が詰まるんだ。四六時中ベッタリ貼り付かれるとね」
適度な距離を保ちたい、と言う会長さんの意見は一理あるように思えました。教頭先生の妄想の一部は私たちだって知っています。家に帰ると会長さんが迎えてくれて…、というヤツですが、それを実現しようと思えば、会長さんは教頭先生の帰宅時間に合わせて動かなければいけないわけで…。
「君の夢見る結婚生活は妄想の中に留めておくのがいいと思うよ。妄想する分には大目に見るさ。…夫婦茶碗を飾っていようが、ペアグラスにぼくの名前を刻もうが」
「「「!!!」」」
ペアグラスって、もしかしなくてもアレですか? さっき会長さんの家の物置に瞬間移動で放り込んで来たソルジャーとキャプテンの結婚祝いの引き出物の? 教頭先生は耳まで真っ赤に染めてしまって。
「そ、そのぅ…。せっかく貰った引き出物だし、名前入れ用のサービス券も入っていたし…。個人的に棚に飾る分には問題無いかと…」
「それで注文しちゃったわけだね、ぼくの意見も聞かないで。…事後承諾ってことで許すけれども、そこまでだよ? ついでにゼルとかが遊びに来た時、見られないように気を付けて。でないと、ぼくが君に惚れたと盛大に誤解されちゃいそうだ」
「…分かっている。夫婦茶碗と一緒に寝室の棚に飾るつもりだ」
「「「………」」」
夫婦茶碗には思い切り覚えがありました。春休みに行った温泉旅行に乱入してきたソルジャーとキャプテンが買って帰ったのが羨ましかった教頭先生、すったもんだの末に会長さんから片方が割れた夫婦茶碗を貰ったのです。いえ、代金は教頭先生が支払う羽目になったんですけど。
「夫婦茶碗にペアグラスねえ…」
止めないけどさ、と溜息をつく会長さん。
「夫婦茶碗は君の分を真っ二つに割っておいたというのに、金継ぎなんかに出しちゃって…。修復済みというのが泣けるよ、そこまでして揃えておきたいものかな? 今度のワイングラスにしたって、ぼくの名前を刻んだ所で夢が叶うわけじゃないけれど?」
「それでもいつかは…と思ってしまうし、想い続ければ叶うかもしれんと信じている。…現にブルーも結婚したしな」
「あっちのブルーは別物だよ!」
ぼくとは思考回路が違うんだ、と会長さんは力説しています。なのに教頭先生は分かっているのか、いないのか…。
「とにかく私はお前が好きだし、お前以外の誰かを嫁に欲しいとも思わない。…神に誓ってお前だけだ」
「はいはい、それじゃそういうことで」
じゃあね、と手を振りかけた会長さんを教頭先生が呼び止めて。
「…これを貰ってくれないか? 嫌なら私が保管しておくが」
「え?」
何さ、と首を傾げる会長さん。私たちも回れ右しかかっていた足を止め、教頭先生の方に向きました。えっと…引き出しを開けてますけど、お小遣いでも渡す気でしょうか? お小遣いなら会長さんは大喜びで貰う筈だと思いますですよ~。

「…頑張って回って貰って来たんだ」
大変だった、と教頭先生が取り出したのは何の変哲もない書類袋。さほど厚みもありません。お小遣いでは無さそうですし、頑張って回ったとはスタンプラリーの類とか? 全部回ると賞品をくれるスタンプラリーが流行りですから、後は賞品を引き換えるだけというシートが中に…?
「ふうん…。何を頑張ってきたんだい?」
興味津々の会長さんに、教頭先生は自信たっぷりに。
「おカラスさんだ」
「「「おカラスさん!?」」」
私たちの声が揃って引っくり返り、会長さんも目を白黒とさせています。おカラスさんと言えばブラウロニア誓紙。さっき話題にしていたアレを教頭先生が貰ってきたと…? ブラウロニアって日帰りで行こうと思えば行けるでしょうけど、辺鄙な場所だけに大変ですよ?
「ハ、ハーレイ…。おカラスさんって……頑張って回ってきたって、まさかブラウロニアの三山を全部?」
会長さんの震える声に、教頭先生は大きく頷いて。
「もちろんだ。やはり誓いを立てるからには回るべきかと思ってな…。しかしアレだな、あそこは車があっても不便だな。高速道路も通っていないし」
「つまり車で行ったわけだね?」
「ああ、日帰りで強行軍だ。新学期までに日が無かったし、早くお前に渡したかったし…」
本当にとても大変だった、と教頭先生が書類袋から三枚の紙を出しました。どれもカラスが躍ってますけど、デザインが全部違います。会長さんが使っていたのはどれでしたっけ?
「これがブラウロニア本宮のだ。お前が貰いに行ったヤツだな」
「…それで?」
腰が引けている会長さんに、教頭先生は穏やかな笑み。
「やはり一番大事な誓いは本宮で頂いたものに書くべきかと…。これでどうだろう?」
教頭先生が裏返した『おカラスさん』には毛筆でこう書かれていました。
『私は一生、ブルーを愛し続けると誓います』。
ひいぃっ、教頭先生も誓いを破れば地獄落ちという紙に誓いを立ててしまうとは…。思い込みの激しさは超一流だと会長さんが評してましたが、ここまでやるとはビックリです。キャプテンの言葉に触発されてブラウロニアを目指し、おカラスさんを三枚も…。
「他の二枚はこうなのだが」
「「「………」」」
裏返された二枚の紙に誰もがポカンと立ち尽くすだけ。そこに書かれた言葉はこうです。
『結婚するなら神に誓ってブルーだけです』。
『初めての相手も、その後の相手も、私には一生ブルーだけです』。
あちゃ~。教頭先生が口にするのは幾度となく聞いてきましたけれど、改めて書かれると迫力が…。おまけに書き付けた紙はブラウロニア誓紙。誓いを破れば地獄落ちという恐ろしい紙が合計三枚。教頭先生がブラウロニア誓紙で地獄に落ちるには会長さんとの結婚証明書が必須なのだと思ってたのに…。
「……やっちゃったか……」
ここまでされると正直怖い、と会長さんが首を左右に振って。
「ハーレイ、これじゃストーカーと変わらないんじゃないかと思うけど?」
「ストーカーだと? 何故だ、これは私の本心からの気持ちを綴った誓いの紙で…」
熱い想いを籠めたのだ、と語る教頭先生に、会長さんは。
「だからさ、それが迷惑なんだよ。…君が誓いを破った場合は地獄に落ちるわけだろう? ぼくにしてみれば、君の想いを受け入れないのは君を地獄に落とすのと同じ、と脅迫されてる気分になるわけ」
「わ、私はそんなつもりでは…!」
「違うだろうねえ、君からすれば。…悪気が無いのは分かってるけど、ストーカーだってそういうものさ。自分の想いを分かってくれ、と自分本位で追い掛け回すのがストーカー! この紙もそれと似ているんだよ」
困ったモノを作ってくれちゃって…、と会長さんは自分の肩に手をやって。
「君が地獄に落ちるかどうかが、ここにズッシリ乗っかったのさ。ぼくは一生、君を気にして生きて行かなきゃならなくなった。…君の心が離れそうになったら引き止めなくっちゃいけないんだよ? ぼくだけを想ってくれていたんじゃないのか、と。…これさえ無ければ、君が誰かと結婚するなら心から祝福出来たのに」
うわわ、そういう展開ですか! 確かにこの紙が存在する以上、教頭先生が会長さんから別の人に心を移せば地獄落ちということになりますが…。
「ハーレイ、ぼくは束縛されたくないって言ったよねえ? この紙はそれよりも前に既に書かれていたわけだけど、これが束縛でなければ何だと? 君は自分の地獄落ちを盾にぼくを脅して、一生、縛り付けるんだ」
「す、すまん…。本当にそんなつもりじゃなかった。私の想いを証しておこうと思っただけで…」
教頭先生は真っ青になり、平謝りに謝っています。けれどブラウロニア誓紙に誓った言葉は破れないのがお約束。破ればブラウロニアの神様のお使いのカラスが一羽亡くなり、誓いを破った人間もまた血を吐いて地獄に落ちると言われているんですよね…。

土下座して床に額を擦り付け、「すまん」と謝る教頭先生。けれど会長さんの表情は険しく、ついに横からキース君が。
「おい、本当に地獄落ちってわけじゃないんだろう? 最盛期には遊女と馴染み客も交わした人気アイテムとか言わなかったか?」
「アイテムとしてはそうかもしれない。でもね、こういった類のヤツは真剣に願えば効力が増す。ハーレイが自分で言っただろう? 自分の想いを証するために書いたんだ、って。…実際に地獄落ちまで行くかどうかは分からないけど、ぼくを縛るには充分なんだよ」
万一ってこともあるんだから、と会長さんは大真面目でした。
「ぼくのせいで地獄落ちなんてことになったら、ぼくの来世にも差し障りが出る。極楽往生する気でいるのに、六道輪廻に差し戻しかもね。ハーレイを地獄に落としておいて自分は極楽浄土に行くなんてことを、阿弥陀様は許して下さるのかい?」
「そ、それは…。お念仏を唱えれば極楽往生出来るんだから、あんたほどの高僧だったら…」
「仮説の域を出ないよね、それ。…ぼくも地獄に行くかもしれない。全部この紙のせいなんだけどさ」
よりにもよって三枚も、と会長さんが溜息をつけば、教頭先生は大きな身体を縮こまらせて。
「すまない、ブルー。お前を困らせるつもりは無かった。わ、私が全部背負ってゆくから……地獄へは私一人で行くから、お前は極楽へ行ってくれ」
「そう言われてもねえ…。おカラスさんが存在する限り、どうすることも出来ないんだよ。破っていいなら破るけどさ」
「や、破る…? 破ったら地獄に落ちるんだぞ!」
やめなさい、と教頭先生が叫びましたが、時すでに遅し。会長さんは三枚のブラウロニア誓紙を重ねて掴むと真っ二つに引き裂いてしまいました。これには私たちも顔面蒼白、悲鳴すらも喉から出ては来ず…。ブラウロニア誓紙は更に細かく破られ、サイオンの青い焔で燃やし尽くされ、会長さんが何やら呪文を。
「のうまく しっちりや じびきゃなん たたぎゃたなん…」
な、なんですか、これは? 意味不明な上に長いです。
「…たらまち しったぎりや たらんそわか」
唱え終わった会長さんはクスッと笑うと。
「ハーレイ、今のは高くつくよ。三枚もチャラにしてあげたんだし」
「な、何をしたんだ? あれを破ればお前も地獄に…」
無茶な事を、と教頭先生は半ばパニック。けれど会長さんは涼しい顔で平然と。
「チャラにしたって言っただろう? おカラスさんは消しちゃったから誓いは無効だ。そして破ったことで生じる罪も消滅ってね」
「…消せる……のか…?」
「ぼくを誰だと思ってるのさ? 今、唱えたのは大金剛輪陀羅尼。一切の罪業が消滅すると言われている。半端な人間が唱えたんでは神様相手には無理だろうけど、ぼくなら可能だ」
御布施の相場はこんなもの、と会長さんが机の上のメモに書き付けた数字は強烈でした。三日以内に会長さんの口座に振り込まないと、教頭先生の家に乗り込んで差し押さえだとか。
「それと迷惑料と、精神的苦痛を被ったことへの慰謝料と…。えっと、ハーレイ、聞こえてる? ハーレイってば!」
教頭先生の口から魂が抜けていくのが見えました。落ちるかもしれない地獄などより、生きて赤貧地獄の方がダメージが大きいみたいです。支払わなければ差し押さえ。おカラスさんに「支払います」って誓いを書くのも一興かも…?


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