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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

託された祈り・第1話

先生方とのモグラ叩き勝負が副賞だった水泳大会が終わると、次の行事は収穫祭に学園祭。盛りだくさんな二学期ですけど、どちらの行事もまだ先です。暦はしっかり秋だとはいえ、暑さが残る今の季節にそう言われてもピンと来ず…。セミだって未だに鳴いてますしね。
「うーん、いつまで暑いのかな?」
もうすぐ長袖になっちゃうのにさ、とジョミー君がカレンダーを眺めているのは放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。十月になれば衣替え。どんなに半袖気分であっても制服は容赦してくれません。
「ねえ、特別生には制服免除って制度は無いの?」
あればいいのに、とジョミー君が会長さんに視線を向けると。
「そんな制度は存在しないよ。…そもそも登校義務が無いんだからね、長袖が嫌なら休めばいい」
目から鱗とはこのことでしょうか。特別生になって四年目、その発想は無かったです。制服が気温と合ってない日はサボリだなんて…。ジョミー君もポカンとしています。
「まさか気付かなかったのかい? 登校義務が無いってことは休む時にも理由は要らない。長袖にピッタリの季節が来るまで休んでいたっていいんだよ。…学校側だって校則違反の服装をして来られるよりは休んでくれた方が嬉しいんだ」
「…そんなものなの?」
校則違反よりもサボリの方がマシなのか、とジョミー君が重ねて訊けば、会長さんは。
「そうだけど? 君たちが入学してくるずっと前にね、パスカルとボナールが厳重注意を受けている」
「「「えっ?」」」
パスカル先輩とボナール先輩といえば数学同好会の重鎮です。実はグレイブ先生夫妻と同期だという噂もあるほどの特別生の古参兵な二人が厳重注意を受けたとは何故に…?
「だから制服の話だよ。あの日は大雪が積もってねえ…。ぶるぅが中庭で大きな雪だるまを作るんだ、って張り切っててさ。ぼくの住んでるマンションがまだ無かった頃で、家の庭で雪だるまを作っても見てくれる人がいなかったんだよ」
今ならマンションの住人全員が見てくれるけど、と会長さん。そういえば雪が積もった日に会長さんのマンションに行くと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が庭や駐車場で雪遊びをしていることが多いです。あれは作品を披露するためでもありましたか! いえ、それよりも会長さんに一戸建てに住んでいた過去があったとは…。
「え、だって。あの頃の集合住宅ってヤツは今ほど快適じゃなかったしねえ…。ぼくが今の家に移ったのはさ、マンション暮らしが流行り始めてからなんだよ」
新しい物が好きなんだ、と会長さんは言ってますけど、本当でしょうか? あの部屋は二十光年の彼方を航行中のシャングリラ号とも連絡が取れる特殊な場所です。普通の一戸建てにそういう設備を置いておくより、住人をサイオンを持った仲間で固めたマンションの最上階の方が安心なんじゃあ…?
「まあ、そういう説もあるけどね」
私たちが口にした疑問に、会長さんはアッサリ頷くと。
「それは置いといて、雪だるまの話。ぶるぅが滅多に人前に出ない時代だったし、雪だるま作りで表に出る以上、期待してしまう生徒もいる。当時から不思議な力を持つマスコットとして知られていたしね」
「何処がパスカル先輩たちと繋がるんだ?」
分からんぞ、とキース君が突っ込みましたが、会長さんは意にも介さずに。
「話は最後まで聞きたまえ。ぶるぅが姿を見せる以上は、ぼくもセットで出るってわけ。だって、ぶるぅは子供だろう? 何かとフォローが必要だ。それで朝から中庭で雪だるま作りを見てたんだけど、そこにパスカルとボナールが来た。寒いからとドテラを羽織ってね」
「「「ドテラ…?」」」
「そう、ドテラ。いわゆる綿入れ。でもって一緒に雪だるま作りを見物してたらエラが通りかかって厳重注意。「寮の普段着を学校に着て来られては困ります」って凄い勢い」
エラ先生は今も昔も風紀の鬼。パスカル先輩たちはドテラを没収されてしまって防寒着を失い、その日は早退したのだとか。より正確に言えば朝のホームルームが始まる前に寮に逃げ帰ったというわけで…。
「だけど二人とも、お咎めは無しさ。ドテラなんていう校則違反なヤツを着込んで出席するより、欠席の方がマシだってこと。…君たちも衣替えの後に半袖で来るよりサボリの方をお勧めするよ」
「えっと…。そこまではまだ思わないかな…」
特別生でもヒヨコだし、というジョミー君の意見に私たちも賛成でした。制服が暑すぎるなんて理由でサボれるほどには年季を重ねていませんってば…。

「そうだ、年季で思い出した」
ひとしきり盛り上がった後でポンと手を打ったのは会長さん。
「キースが長年努力して勝ち取った住職の資格。副住職の就任許可はとっくの昔に出ていたけれど、就任披露が来月なんだよ。そうだよね、キース?」
「ああ、お十夜とセットでな」
「「「…オジュウヤ…?」」」
なんですか、それは? 首を傾げる私たちに、会長さんが。
「元々は旧暦の十月五日の夜から十五日の夜まで十日間ぶっ通しでお念仏を唱えるって行事。これをやると千日間お念仏を唱え続けたのと同じ功徳があるんだよ。でも最近は短縮されてて、三日間とか一日だけとか…。元老寺の場合は一日コースで新暦だから、今年は十月十四日なんだ」
えっと。それって大事な行事なのでは? ぶっ通しでお念仏では就任披露をやってる暇も無いのでは…? お坊さんの世界は分かりませんけど、そんな印象の行事です。お坊さんとしてデビューしているジョミー君とサム君も怪訝そうな顔をしてますよ?
「なあ、それってさあ…」
サム君が口を開きました。
「お十夜ってヤツは初耳だけど、一日中お念仏するわけだろ? そんな日に就任披露をするわけないよな、前の日だよな?」
十三日は土曜日だし、と壁のカレンダーを示すサム君。なるほど、それなら納得です。まずは就任披露を済ませて、その翌日にお十夜とかいう一大行事を行う、と…。でもキース君は首を左右に振って。
「いや、お十夜の日に就任披露だ。十四日ということになる。…ブルーに前から言われているから、お前たちも招待する予定だが」
「要らないし!」
即答したのはジョミー君です。
「それって檀家さんとかも来るんだよね? 初詣と春のお彼岸とお盆の手伝いやっちゃったから、絶対覚えられてるし! そんな所へ顔を出したらアウトだよ!」
「…とっくにアウトだと思うけど?」
会長さんがクスッと笑って割り込みを。
「元老寺の檀家さんにはしっかり覚えられてるよ。秋のお彼岸も手伝わせようかと思ったけれど、秋休みは無いから可哀想かなぁ、って見送った。お十夜の方も同じ理由で参加見送りのつもりでいたけど…」
「……つもりでいたけど……?」
何なのさ、と不安な気持ちが顔一杯のジョミー君に向かって、会長さんは。
「前言撤回、お十夜には君も参加したまえ。キースの副住職就任披露という大事な席を蹴るような弟子は性根が腐っているからね。根性を叩き直さないと」
「ちょ、ちょっと…。なんでそういう方向に!」
「自業自得と言うんだよ。本当だったらお十夜の後の就任披露と宴会だけで済んだのにねえ? はい、決定。師僧の言葉は絶対なのが坊主の世界だ」
「……嘘……」
愕然としているジョミー君を救おうという奇特な人はいませんでした。キース君は腕組みをして頷いてますし、サム君は「俺もお十夜に出席する!」と言い出しましたし、私たちに至ってはお坊さんの世界が分からない上、会長さんに逆らうなんて恐ろしいことは間違ってもやりたくないですし…。
「というわけで、十月十四日は全員予定を空けておいてよ? 御馳走を食べ損なってもいいんだったら知らないけどね」
「「「御馳走?」」」
会長さんが口にした御馳走という言葉に反応してしまった私たち。お十夜に出ろと言われて悄然としているジョミー君の耳も音を拾ったみたいです。ピクリと背中が動いた瞬間を会長さんが見逃す筈が無く。
「ふふ、ジョミーも御馳走と聞いたらやる気が出たかな? 副住職の就任披露ともなればアドス和尚が張り切るに決まっているだろう。宴会の料理を手掛ける店は君たちも聞いたことがあると思うよ」
「えっ、あそこですか? 本当に?」
凄いですね、とシロエ君が感動しています。マツカ君は御曹司だけに動じませんが、聞かされた店の名前は超一流。そこから料理人を呼んで厨房で作って貰うのだそうで…。
「アドス和尚が早くから献立を吟味してるよ、下手な料理は出せないからね。試食を兼ねて店にも何度か行ってるようだし」
「…俺も何度も付き合わされたが、親父とは趣味が合わないからな…」
料理は確かに美味いんだが、と苦い顔をするキース君。いったい何があったのかと思えば、アドス和尚は「せっかく料亭に行くのだから」と舞妓さんを呼ぶらしいのです。イライザさんも一緒に行っているというのに、そんな態度でいいんでしょうか?
「ああ、その辺は個人の趣味だよ。奥さんもいる席に舞妓さんや芸妓さんを呼ぶ人は珍しくないさ。呼ばれる方だってプロだからねえ、女性向けの話題もバッチリなんだ」
「………。さては、あんたも呼んだクチだな?」
上目遣いに睨んだキース君に、会長さんは「あ、分かる?」とパチンと片目を瞑ってみせて。
「フィシスと出掛けた時に何度も呼んでいるんだけどね、女性同士で気が合うようだよ。ぶるぅを連れて行っても子供向けの遊びをやってくれるし、その道のプロは凄いってば」
「かみお~ん♪ 舞妓さん、大好き!」
優しいお姉さんなんだ、と無邪気にはしゃぐ「そるじゃぁ・ぶるぅ」は会長さんの趣味に既に毒されているようです。会長さんでこの調子なら、アドス和尚が舞妓さんを呼んでしまうのは仕方ないとしか言えませんよね…。

そんなこんなで収穫祭を迎える前にイベントが一つ増えました。十月十四日は元老寺に行ってキース君の副住職就任披露に出席です。秋のお彼岸で忙しくしていた元老寺の行事が一段落した九月の末に招待状が届き、正式決定。会長さんはもっと早くに招待状を貰っていたようですけど…。
「ぼくは主賓ってヤツだからねえ」
招待客の中でも最上位、と得意げな会長さんも私たちも今日から制服が衣替え。ジョミー君が墓穴を掘った日には少し先のことだと思っていたのに、アッと言う間に長袖です。幸い、暑さはかなり和らぎ、会長さんが推奨していた「長袖で暑いのが嫌なら登校しない」という選択は頭を掠めもしませんでしたが。
「とりあえず暑さがマシになって良かったじゃないか。暑さ寒さも彼岸まで…ってね。さてと」
十月になったことだし、と会長さんが見据えた相手はジョミー君。
「そろそろお十夜に向けて勉強をして貰おうか。ああ、サムはいいんだ、もう勉強済み。ぼくの家まで朝のお勤めに来ているんだから、そのついでに…ね。お経もかなり覚えているし」
「お、お経って…。お念仏じゃないの?」
「確かにお念仏がお十夜のメインなんだけどさ…。それだけで終わると思ってたのかい? キースが送った招待状は見たのかな?」
あそこに予定が書いてあったよ、と会長さんは鋭く指摘。言われてみれば招待状と一緒に案内状が入っていました。副住職の就任式の時間だけを見て忘れてましたが、その前に法要という文字が…。
「いいかい、午後の1時から法要! 法要ってヤツがお念仏だけで済むわけがない。君は全く関心が無いから思い切り忘れているだろうけど、お盆の棚経みたいに短いヤツでも欠かせないお経はあるんだよ。同じ理屈で念仏三昧でもこれだけは、ってヤツがあるわけ」
覚えておかないと大恥だよ、と会長さんはジョミー君にお経の復習を始めるように言ったのですが。
「……えっと……」
「ん?」
「…何だったっけ、一番最初に唱えるヤツ…。お経も名前も出て来ないんだけど…」
「君はそこまで忘れたのかい!?」
棚経であれだけ仕込んだのに、と会長さんがテーブルに突っ伏しています。そうなる気持ちは私たちにも分からないではありませんでした。お盆の棚経を控えていた時にジョミー君とサム君が練習していた読経の声は今でも耳に微かに残っているのに、読んだ本人が忘れたですって…?
「ホントに覚えてないんだよ! 棚経でかいた汗と一緒に出ちゃったんだよ!」
絶対そうだ、と主張しているジョミー君の辞書には学習という文字が無いのかも…。会長さんは溜息をついて宙に一冊のお経の本を取り出すと。
「君には期待するだけ無駄という気がしてきたけどね、これだけは覚えておきたまえ。これと、これと……それから、これ」
最低限のお経だから、と印をつけたお経本をジョミー君に押し付け、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「今日はジョミーのおやつは無しで。…これからお経の練習をさせる。喉が渇くから飲み物だけを用意しておいて」
「かみお~ん♪ じゃあ、ジョミーの分はジャンケンで分けて貰えばいいね!」
チョコレートタルトに無花果を詰めたよ、と御機嫌な顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ジョミー君はガックリと肩を落としましたが、私たちはサックリ無視してジャンケン勝負を始めました。お経を忘れるお坊さんなんて、お師僧さんが会長さんでなければ蹴り出されているか、破門ですってば…。

翌日も、その翌日もジョミー君はおやつ抜きでした。最低限のお経とやらは頭に入ったらしいのですけど、お十夜の意味がどうしても覚えられないのです。今日も会長さんが指先でテーブルをコツコツ叩きながら。
「何度教えたら覚えるんだい? 門前の小僧とか言うけどね…。ひょっとしたらシロエやマツカの方がマシかもしれないよ。…どうかな、シロエ?」
「えっ、お十夜の意味ですか? 確かお経の中に十日十夜の間、善行を積めば他の仏様を千年拝むよりも効果がある、と書いてあるからお十夜ですよね」
「そのとおり。流石キースをライバル視しているだけのことはあるよね。お念仏を唱える由来の方もバッチリかな?」
「えーっと…。そっちもお経で、阿弥陀様の名前を唱えるお念仏を十日十夜の間続ければ阿弥陀様を見ることが出来て、極楽往生間違いなし…っていうので合ってましたっけ?」
ちょっと自信が無いですけれど、とシロエ君が答えれば、会長さんはパチパチパチと拍手して。
「完璧だよ、シロエ。…あーあ、ジョミーに君の才能があったなら…。なんであそこまで覚えないのか、情けなくって涙が出そうだ」
「ぼくだって涙が出てきそうだよ! 毎日毎日おやつ抜きだし、シロエと取り替えたらどうなのさ!」
もう嫌だ、と喚くジョミー君。
「破門でいいよ、破門してくれればいいんだよ! お坊さんなんかやりたくないのに勝手に弟子にされちゃって! ぼくを破門してシロエを弟子にすればいいだろ!」
「そう来たか…。残念だよ、ジョミー」
会長さんの沈痛な声に私たちは息を飲みました。まさかジョミー君、破門ですか? キース君が副住職に就任するというお目出度いイベントを迎える前に仏門から追われてしまうとか? ジョミー君には願ったり叶ったりかもしれませんけど、キース君の就任披露に思い切りケチが付きそうな…。
「お、おい、俺の就任披露が目前だぞ? 事を荒立てないでくれ!」
頼むから、とキース君が頭を下げると、会長さんは。
「心配しなくても大丈夫だよ、ぼくは極めて冷静だから。…君なら分かると思うんだけど、ぼくたちの宗派で歓迎されない育成コースは何処だっけ? 殴る蹴るは指導員の愛で、暴力沙汰ではないって所」
「…カナリアさんの修練道場のことか?」
「うん、あそこ。…手に余る弟子はあそこで鍛えて貰うしかないよね、残念だけど」
「なるほど、そういう流れなわけか…。それも一つの道ではあるな」
たった一年の辛抱だし、というキース君の言葉にジョミー君は真っ青です。
「な、なんなの、それ…」
「カナリアさんまで忘れたのか? 俺が修行に行ってた時に高飛びに誘いに来ただろうが」
みんなで焼肉を食べに行ったじゃないか、とキース君は楽しそうに。
「正式名称は迦那里阿山・光明寺。カナリアさんは通称だ。あそこには修練道場というのがあってな、そこで一年だけ修行をすれば住職の資格を取る道場への道が開ける。たった一年は魅力的だろう?」
「…で、でも…! さっき、歓迎されないって…」
「当然だ。あそこに入れば自分のスペースは一畳半だけ、プライバシーは一切無いぞ。来る日も来る日も読経と勉強と掃除だけして、失敗すれば指導員から鉄拳が飛ぶ。…あまりの過酷さに心の病になってしまって脱落するヤツもいると聞いたな」
「…そ、そんな…。破門の代わりに其処なわけ!?」
会長さんが深く頷いた次の瞬間、ジョミー君は思い切り土下座していました。
「ごめんなさい! 二度と破門って言いません! お経も真面目に勉強するから、道場だけは許して下さい、お願いです~!」
いきなり丁寧語になって謝りまくる哀れな姿は同情を通り越して滑稽としか言えません。会長さんに逆らおうなんて三百年以上早いんですってば、今更気付いても遅いですけど…。ここはしっかり気合を入れて、お十夜まで精進あるのみですよね。

破門の代わりに鉄拳道場を突き付けられたジョミー君は必死に努力し、明日はお十夜という土曜日も会長さんのマンションで読経三昧。当日の法要では法衣を着るので、法衣着用での最終練習が行われています。サム君も一緒にやっていますがキース君は明日の法要の準備で不在。
「かみお~ん♪ 晩御飯、出来たよ!」
キッチンに行っていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」の元気な声で私たちは和室からダイニングに移動し、真鯛のスフレと牛頬肉の赤ワイン煮に舌鼓を打ちながら。
「えっと…。明日って御馳走なんですよね?」
シロエ君が尋ねれば、会長さんが。
「勿論だよ。キースが言っていただろう? アドス和尚が吟味を重ねたメニューが出るさ。ぼくも本当に楽しみだから、途中から覗き見はやめたんだ」
「それなんですけど、お十夜っていう大事な行事と宴会なんかを一緒にやってもいいんですか? 副住職の就任式を同じ日にやるっていうなら分かりますけど、宴会の方は顰蹙な気がするんですよね」
「へえ…。本当にシロエは真面目だね。ジョミーと取り替えたい気持ちが湧き起こるけど、師僧たるもの、一度取った弟子は最後まで面倒を見るというのがお約束だし…。うーん、選択を誤ったかなぁ…」
「いえ、ぼくなんか、とてもとても」
単なる頭でっかちですから、とシロエ君が予防線を張っているのが分かります。会長さん自身がこれ以上の弟子は面倒見切れない、と宣言したのはお正月のことでしたけど、あの時、シロエ君は本気で恐れていましたし…。けれど会長さんはクスッと笑って。
「心配しなくても弟子になれとは言わないよ。サムとジョミーが巣立った後に手が空いていたら勧誘するかもしれないけどさ、ジョミーの出来がアレだから…。きっと百年は手一杯」
早く肩の荷を下ろしたいよ、と大袈裟なゼスチャーをする会長さん。
「でもって、明日の宴会だけれど。…お十夜と副住職の就任披露を重ねるくらいは無問題! どちらもお寺の大事な行事だ。それにお十夜の後で宴会をするという習慣がある地域もあるよ」
「そうなんですか?」
「うん。檀家さんが大勢集まるからね、地元の集いで大宴会さ。…それに副住職の就任披露をお十夜という宗教行事に重ねてやるのはいい形だよ。檀家さんだって集まりやすいし、法要とセットで記憶にも残る。…アドス和尚は正統派なんだ」
副住職の就任披露を結婚披露宴にぶつけた人がある、という会長さんの話を聞いて私たちはビックリ仰天。結婚披露宴って、いったい誰の?
「本人のヤツだよ、副住職の。仏前結婚式をしてから披露宴っていう流れだけれど、その披露宴で副住職に就任しましたっていう報告を…ね。最近のお寺は進んでるんだ」
「「「…結婚披露宴で副住職…」」」
その披露宴は有難いのか、お目出度いのか、どっちでしょう? 会長さんは結婚式と披露宴に呼ばれて御馳走を食べてきたらしいんですけど、披露宴会場は立派なホテルでお料理はフルコースだったそうです。副住職の就任披露に結婚式とナイフとフォークのフルコース。世の中、ホントに広いとしか…。

そして翌日、ジョミー君とサム君は一足お先に元老寺へと出発しました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はタクシーのお迎えつきで、私たちは路線バス。バス停で降りて山門まで行くと、元老寺の紋が入った幕が飾られ、本堂などの建物には五色の幕が張られています。
「うわ、凄いですね。お彼岸の時と変わりませんよ」
シロエ君が山門を見上げ、マツカ君が。
「それだけ大事な行事なんでしょうね、お十夜って。…キースのお父さん、いい人ですよね」
こんな日に副住職の就任披露をするんですから、とマツカ君は感激しています。檀家さんも次々に本堂の方へと向かっていますし、お客様は多そうでした。そんなに大勢に御馳走しちゃって、アドス和尚のお財布の方は大丈夫かな?
「問題ない、ない。全員が宴会に出るわけじゃないよ」
「「「!!?」」」
バッと振り返った私たちの後ろに緋色の衣の会長さんが立っていました。今、タクシーで着いたそうです。隣には小僧さんならぬ紫の袴に金襴の着物姿の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が…。これってどういう趣向ですか?
「ぶるぅかい? お稚児さんだよ、似合うだろ? 住職になる式の時だと稚児行列が出たりするけど、副住職では特にイベントも無いからねえ…。お十夜にお稚児さんが練るお寺もあるから、そっち絡みで着せてみたんだ」
せっかくの就任披露に花を添えてあげたいし、と言う会長さんは伝説の高僧、銀青様の貌でした。私たちを引き連れ、アドス和尚とイライザさん、それにキース君に副住職就任のお祝いの言葉を述べる時にも普段は見せない瞳の色が…。それはソルジャーとしての瞳の色。三百年以上の時の流れを見てきた瞳。
「おめでとう、キース。ついに元老寺の副住職だね」
「いや、まだだ。お十夜の法要を終えて檀家さんの前で挨拶をするまでは、ただのキースだ。…いや、休須だと言うべきか…」
自分からは一度も口にしたことがなかった『休須』の法名を自然に名乗っているキース君もまた、私たちの知らないキース君。お坊さんとしての修行を積んで、住職の資格を貰って、ついに元老寺の副住職に…。サム君とジョミー君が後に続く日は遙かに遠い、という気がします。
「なんだ、お前たち? 俺の顔に何かついているか?」
法要の用意があるからもう行くぞ、と軽く手を振って本堂に向かうキース君はいつもどおりの笑顔でした。会長さんも「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「法要が済んだら御馳走だよね」と楽しそうに言葉を交わしてキース君に続きます。
「キース先輩も会長も、なんだか別人みたいに見えませんでしたか?」
シロエ君の問いに私たちはコクリと頷き、会長さんたちを追って歩き始めました。もうすぐキース君が副住職になり、人を導くお坊さんとしての責任を肩に負うのです。
「ジョミー先輩やサム先輩も、さっきの二人みたいな顔をする日が来るんでしょうか…」
お坊さんって色々と達観してるんでしょうね、と呟いているシロエ君。それを悟りと言うのかも、と語り合いながら向かう先には本堂が…。もうすぐお十夜の法要です。キース君、副住職就任、おめでとう。お坊さんは毎日が修行だと聞きますけれど、緋色の衣の高僧を目指して頑張って~!



 

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