シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
シャングリラ学園に入試の季節がやって来ました。下見に来ている親子連れの姿を見かけるようになったら本格的なシーズン入り。在校生には「下見の人には親切に対応するように」と注意がされて、特別生の私たちだって例外などではありません。見た目は普通の生徒ですしね。
「かみお~ん♪ 案内してあげた人、受かりそう?」
「やあ。あの子は商売になりそうもないね…」
賢そうだ、と会長さんが呟いているのは放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。私たち七人グループは此処へ来る途中で下見中の男子生徒とお母さんに声を掛けられ、あちこち案内してきたのでした。定番の講堂や本館、体育館に教室など。
「賢い生徒も歓迎だけど、ぼくは儲けも欲しいんだ。どう転んでも受かりそうになくて裏口を頼むコネも無いけど、お金はしっかり持ってます…っていうのが理想さ」
試験問題が売れるから、と会長さんは今年もカモを待っています。教頭先生が横流しする試験問題のコピーを更にコピーし、売り捌くのが会長さん流。とてつもない高値で売るんですけど、毎年キッチリ完売してしまう人気商品というのが凄いです。シャングリラ学園は入りたい人には諦め切れない魅力溢れる学校で…。
「ふふ、我が校の売りは三百年以上の伝統と教師陣だしねえ? 先生たちが年を取らないのが保護者にポイント高いんだ。三百年もの歴史に裏打ちされた指導力と知識、それに人格。他の学校には真似の出来ない素晴らしい先生たちってわけさ。そして生徒には自由な校風が人気」
「俺が受験しようと思った理由は別なんだが…」
キース君が口を挟むと、ジョミー君が。
「そうか、キースは教頭先生と柔道部が目当てだったんだよね? でもってシロエがキースに対抗心を燃やして一緒に受験したとか何とか…」
「ええ。キース先輩が受けると聞いて両親を説得したんです。何が何でも一年早く上の学校に行きたいんだ、って。…最初は反対されましたけど、シャングリラ学園の名前を出したらアッサリ許してくれましたよ。あそこなら受け入れて貰えるだろうと」
シロエ君の御両親は飛び級での進学を心配していたらしいのです。けれどシャングリラ学園だったら先生方はプロ中のプロ。一風変わった生徒の扱いも慣れたものだと思ったようで…。
「実際、面接でも何も言われませんでしたしね。上の学年と一緒に学ぶだけの自信はありますか、と訊かれただけで他は普通の質問でした。…入学した後はホントに普通に過ごせましたし」
サイオンの件を除いては…、とシロエ君は懐かしそう。言われてみれば普通の一年生をやっていた頃には色々なことがありました。いきなり「一年限りで卒業になる」と告知されたり、シャングリラ号のこととは知らない宇宙クジラの映像を見せられてしまったり…。でも一番は「そるじゃぁ・ぶるぅ」との出会いです。
「あの時シロエを止めにかからなかったら、今頃、俺は普通の大学生になっていたのか…。俺にはブルーのメッセージは聞こえなかったからな」
キース君が入学式で流された会長さんの思念の話をすれば、サム君も。
「俺とスウェナもだぜ。ジョミーたちが誰かに呼ばれたって言うから何か怪しいって引き止めていたら、いきなり此処に」
「かみお~ん♪ みんな纏めて御招待だもん! ぼく、お客様は大好きだしね」
大勢いた方が楽しいもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がエヘンと胸を張り、会長さんが。
「そうそう、みんな友達ってね。…君たちが仲の良い仲間だってことはすぐに分かったし、そうなればサイオンの有無で切り離すよりも纏めて仲間にした方がいい。ぼくたちの仲間を増やせる機会は逃さないのもソルジャーの務め」
あの年は本当に大漁だった、と会長さんは嬉しそうです。
「ぶるぅの手形の力があっても仲間を増やすのは難しいんだ。変化に柔軟に対応できる人間でないとパニックになってしまうしね。…だから原則的に因子を持った人の血縁者にしか手形は押さない。例外はフィシスとキースたちだけなのさ、生徒の中では」
「そうだったの!?」
もっと大勢いると思った、とジョミー君が声を上げ、私たちも頷いたのですが。
「仲間を量産出来るんだったら特別生だらけの学校になっていたと思うよ。でも、実際はそうじゃないだろう? 十年に一人いるかいないか、それがサイオンを持った新入生だ。…この先もっと増えるといいけど」
劇的に増えはしないだろうね、というのが会長さんの見解でした。しかし、キース君たちがフィシスさんと肩を並べるレアものの仲間だったとは…。どおりで会長さんが親しくお付き合いしてくれるわけだ、と納得してしまった私たち。これからも特別待遇が続くといいな、と思っちゃっても許されますよね?
一般生徒は出入り出来ない「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を溜まり場にして早くも五年目。美味しい料理や手作りおやつが魅力ですけど、この時期だけは市販のおやつに切り替わります。あ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵に戻っていた去年の暮れにも市販品を食べてましたっけ…。
「ごめんね、これだけはやっとかないと」
ぼくの大事なお仕事だから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が並べているのは天然石のビーズです。一個に一つずつ手形を押してストラップに仕上げ、入試の日にフィシスさんとリオさんが受験生たちに売るのでした。
「よいしょ…っと」
腕まくりをして右手でペタンッ! ビーズが小さいので手形を見ることは出来ませんけど、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の右手で押される赤い手形はパーフェクトの証。キース君たちはこれを押されてサイオンを持つ仲間になって、ビーズの方は試験の満点が約束されます。
手形一個につき一科目。試験の科目と面接を合わせた試験の数だけ手形を押したビーズを連ねて完成するのが生徒会自慢の合格グッズのストラップ。これさえあれば合格間違い無しという無敵のパワーを誇るのですが、入学前の受験生に「そるじゃぁ・ぶるぅ」の力が分かる筈も無く…。
「ぶるぅの手形ストラップだけでは不安な人も多いんだよ。だから試験問題のコピーが売れるんだよね」
人は目に見える物に縋りたいもの、と会長さん。
「お蔭でボロ儲けが出来るんだから有難いよ。まあ、中には試験問題も買わず、ストラップも買わず、不合格になってから慌てて補欠合格アイテムに走るって人もいるんだけれど」
それは私のことでした。パンドラの箱と呼ばれるクーラーボックスを買って、出て来る注文を端からこなせば補欠合格。でも…パンドラの箱は入試当日しか売りに行くのを目にしないような?
「なんだ、今頃気付いたのかい? うん、本当は入試の時しか売らないよ。君が買えたのは特別なケース。明らかに因子を持っているのが分かってたから期待したのに落ちちゃったしねえ、フォローしようと行商に出掛けて行ったわけ」
「なんだと? だったら、みゆは注文を全部こなさなくても合格出来ていたんじゃないのか?」
キース君の突っ込みに私を含めた全員が息を飲み、会長さんがペロリと舌を出して…。
「バレちゃったか。…そうだよ、途中で投げ出していても注文をこなしたと認定する予定になっていた。だけど根性でクリアしたのが凄すぎるよねえ、あれを見ちゃうと甘い評価は出来なくなるって」
注文のハードルも高くなる、とクスクス笑う会長さん。どうやら私は頑張り過ぎちゃったみたいです。あまつさえ、翌年からの受験生のハードルを上げちゃったような…。パンドラの箱を買った人たち、これから買おうという人たちに土下座をしたい気分ですけど、そんな機会は無いですよねえ?
「パンドラの箱は努力と根性を試すアイテムだし、ハードルが高くても低くても頑張りを見せれば評価はするさ。…ただ、みゆから後は根性の足りない人ばっかりで…。最低五つはこなすというのが一般向けの合格条件。そこまで行かずに投げちゃうんだから仕方ないよね」
今年の受験生はどうなるやら、と会長さんは深い溜息。昔はパンドラの箱で補欠合格出来た生徒も少なくなかったらしいのです。今の有様ではいずれ売らなくなるかもね、と苦笑している会長さん。
「だけど今年はまだ売るよ? 薄利多売も大切だ。パンドラの箱はストラップよりも破格に安いし、宝くじ感覚で買うお客様も少なくない。試験の手応えが最悪だった、と思った時には縋りたくなるアイテムだよね」
縋り切れずに落っこちてるけど、と会長さんは去年の販売実績が書かれた紙を指先でトンと叩いて。
「さてと…。君たちにアイテムの販売員は任せられない。ぼくとフィシスとリオの役目だ。でも、そろそろ参加したくなってきただろう? 販売員はダメだけれども、ネタの方でも考えてみる?」
「「「ネタ?」」」
「そう、文字通りのネタってヤツさ。パンドラの箱に入れる注文のアイデア募集中! ぼくとぶるぅが喜びそうなヤツを考えてくれたら採用するよ」
「えっ、ホント!?」
ジョミー君の瞳が輝き、私たちも思わず身体を乗り出していたり…。
「ホントだってば。ただしボランティア扱いだから謝礼は出ないし、採用されたっていうだけのこと。それでも良ければ…」
「「「はいっ!!!」」」
やります、と挙手していたのは全員でした。私がパンドラの箱でこなした注文はキース君たちも知っています。それを参考にしてアイデアを捻り出すのでしょう。えっと、私は何にしようかな…。お買い物ネタは普通すぎますし、やっぱり王道は銭湯ですかねえ?
手形ストラップが完成する頃、入試前のシーズンは佳境を迎えます。きっと今年も先生方はトトカルチョに燃えている筈で…。トトカルチョというのは試験問題が流出するか否かを賭けるもの。会長さん曰く、流出しなかった年は賭けが始まってから一度も無いのに、先生方は懲りずに賭けているそうで。
「今年はヒルマンが勝負に出たよ。初詣で買ったおみくじに「勝負事、かなう」と書いてあったから強気に出ることにしたらしい。…流出しない方にドカンと賭けたさ」
あちゃ~…。ヒルマン先生、あたら大金を散らすことになってしまいましたか! 会長さんが試験問題を手に入れるのは教頭先生との間のお約束。決定的なヒビでも入らない限り、会長さんは教頭室へと出掛けて行って試験問題と引き換えに…。
「あんた、今年もやるんだよな?」
キース君の問いに、会長さんは艶然と微笑んで。
「やらないわけがないだろう? ガッポリ儲けるチャンスなんだよ、試験問題は必需品! ハーレイがぼくに惚れてる間は徹底的に利用するまで」
「「「………」」」
相変わらずな姿勢の会長さん。今年もやっぱり例のイベントが…、と私たちは覚悟を決めつつ、鞄からレポート用紙を取り出しました。パンドラの箱に入れる注文メモのネタの締切が今日なのです。お互いに意見交換をしたり、逆に牽制したりしながら練り上げたネタが書き止められたレポート用紙。
「へえ…。これだけあれば使えるネタもありそうだ。えっと…」
ペンを取り出して検討し始めた会長さんの前に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が焼き立てのパウンドケーキを置きました。もちろん私たちの前にもお皿が。久しぶりの手作りおやつです。
「えっとね、ストラップ作りでお休みしてた間はブルーがケーキを買っていたでしょ? クリームとかは飽きちゃったかなぁ、って」
だからパウンドケーキにしてみたよ、とニコニコ笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ラム酒たっぷりのドライフルーツが入っていますが、これも御自慢のお手製で…。うん、美味しい! 私たちが頬張る間も会長さんはケーキをフォークで口に運びながらレポート用紙のチェック中。
「うん、このアイデアは斬新だね。流石キースだ、目の付けどころが素晴らしいよ」
難易度も高くて使えそうだ、と会長さんが絶賛したネタは。
「「「托鉢!?」」」
「正確に言えば托鉢じゃなくて、お坊さんを見付けて托鉢させて頂くって形だね。これは難しいよ、お坊さんを探し出すまでが大変だしさ…。ただ、問題が一つある。ぶるぅの欲望が詰まっているというのがパンドラの箱の謳い文句だ。…キース、ぶるぅはお坊さんが好きなのかい?」
「えっ? そ、そこまでは考えていなかった…。あんたと一緒に暮らしてるんだし、多分嫌いではないと思うが」
「それは苦しい言い訳だねえ…。ぼくの正体が坊主というのを受験生は知らないんだよ?」
このネタはもう少し捻る必要がある、と丸印を付ける会長さん。採用するという印だそうです。御褒美は何も出ませんけれども、会長さんのお眼鏡に敵うネタを出すとは凄いじゃないですか、キース君! だって結局、他の面子は誰一人として採用に至らなかったのですから。
「ネタはオリジナリティーが大切なんだよ。君たちのネタはどれも何処かにありそうでねえ…」
来年までにもっとセンスを磨きたまえ、と素っ気なく言って会長さんはレポート用紙を返して来ました。キース君のレポート用紙も返され、私たちは来年に向けてネタを練ることになりそうです。役回りとしてはまだまだですけど、これも立派な入試シーズンのお手伝い。パンドラの箱が廃番になってしまわない内に採用目指して頑張らなくちゃ~!
パウンドケーキのお代わりをしてパンドラの箱を話題に盛り上がった後、会長さんが壁の時計に目をやって。
「そろそろいいかな? 出掛けようかと思うんだけど」
「お、おい…」
声を上げたのはキース君です。
「出掛けるっていうのはアレか? 今日だったのか、試験問題が揃うのは?」
「そうだよ、今朝ハーレイから連絡があった。今日の昼過ぎまでには揃う筈だから、こっそりコピーを取っておく…ってね」
もう出来てるに決まっているし、とソファから立ち上がる会長さん。
「今年もついて来るだろう? ぶるぅと二人で行ってもいいけど、ギャラリーは多いほど楽しいもんねえ」
「悪趣味だな。俺たちには覗きの趣味は無いんだが」
「でもさ、万一って危険もあるし? ボディーガードは多いほどいい。とにかく行くよ。…ぶるぅ、シールドを」
「オッケー!」
パアァッと青い光が走って、私たちはシールドに包まれてしまいました。こうなると逆らうだけ無駄というもの。今年も『見えないギャラリー』として教頭室まで会長さんのお供です。生徒会室へ出て、校舎の外へ。中庭を抜け、本館に入って教頭室の重厚な扉の前に立ち…。
「失礼します」
軽くノックした会長さんが扉を開けると、私たちもゾロゾロと部屋の中へと。教頭先生は余計なオマケには全く気付かず、羽根ペンを手にして満面の笑み。
「おお、来たか。…いつもより遅いから来ないかもしれん、と心配になってきていた所だ」
「ごめん、ごめん。でもさ、ぼくが試験問題を諦めるとでも? …君に愛想が尽きない限りは毎年コピーをお願いしたいね」
「…来年もか?」
「もちろんだよ。ただし来年の入試シーズンまで、ぼくの御機嫌を損ねずに付き合ってくれたら…だけど」
パチンとウインクする会長さんに、教頭先生は「努力しよう」と即答です。えっと…何か間違っていませんか? 試験問題を横流しするのは教頭先生ですし、御機嫌を損ねないように頑張るとしたら会長さんの方なのでは…?
『いつも言ってるだろう、娯楽だって。ハーレイなんかに頼まなくても試験問題の入手は可能。瞬間移動で盗み出してコピーするくらいは簡単なんだよ、ハーレイもそれは承知している』
会長さんの思念は笑っています。
『一年に一度のお楽しみなのさ、ヘタレなハーレイをからかうための…ね。そしてハーレイも遊ばれていると知っていたって断れない。堂々とぼくに触れられる唯一のチャンスなんだから』
逃げられないよう努力するのは当然だ、と思念で語りつつ、会長さんは教頭先生の肩に腕を回して。
「…ねえ、ぼくはサッサとやることをやってしまいたいんだけど? 早く行こうよ、あっちの部屋に…さ」
「あ、ああ…。すまん、お前にとっては仕事のようなものだったな」
「そういうこと。君にとっては年に一度の至福の時かもしれないけどね」
行くよ、と教頭先生の腕を引っ張る会長さん。向かった先は仮眠室です。そこには立派なベッドがあって、会長さんはその上に上ると真ん中に座り…。
「ほら、遠慮してないで上着を脱いで。ネクタイも外しちゃってもいいよ? 緩めるだけより気分がいいだろ」
「う、うむ…。いつものことながら緊張するな」
「そう言いながらも態度が大きくなっちゃうんだよね、最後の方は…。そこがまた笑えるんだけど」
どうぞ、と会長さんがポンと叩いたのは自分の腿。教頭先生は上着を傍らの椅子に掛け、ネクタイも外してしまって襟元を緩め、ベッドの上へと。頬を僅かに赤らめながら会長さんの膝枕で横たわれば、始まったのは耳かきサービス。
「ふふ、またまた今日に備えて耳掃除をしていなかっただろう? 清潔にしとくべきだと思うけどなぁ」
何処からか取り出した竹製の耳かきを手にした会長さんの指摘に、教頭先生は恥ずかしそうに。
「そうは言われても、少しでも長く…と思うじゃないか。掃除すべきモノが無ければ時間も短くなってしまうし」
「まあね。ついでにぼくの膝枕とも短い時間でお別れ、と…。耳かきエステなら良かったのにねえ、あっちはマッサージも付くそうだよ」
「マッサージ?」
「腕とか肩のマッサージだって。耳かきとどういう関係があるのか意味不明だよね」
おまけに個室サービスだからオプション多数、と怪しげなサービスを羅列してゆく会長さん。教頭先生は耳まで真っ赤になっていますが、会長さんはクッと喉を鳴らして。
「…残念ながらブームはとっくに去ったというのが耳かきエステの現状なわけ。君が最盛期に気付いていたならオマケで一品ついたかもだけど…。今となっては耳かきオンリー! はい、反対側」
美味しそうな餌だけをちらつかせておいて知らんぷりをする会長さんは鬼でした。反対側の耳の掃除も終えると顔を寄せてフッと息を吹きかけ、「おしまいだよ」と耳元に囁いてベッドから降りてしまいます。その腕を教頭先生がグッと掴んで。
「…少しだけ。少しだけ、抱き締めさせてくれ…」
これも毎度のパターンでした。教頭先生は会長さんを両腕で強く抱き込み、やがて名残惜しそうに身体を離すと。
「…お前が言っていたマッサージとやらを受けてみたかったな…。来年以降に期待をかけてもいいだろうか?」
「んーと…。耳かきエステが再燃するとか、別の形で耳かきにそういうサービスがつくとか、そんな時代がやって来たら…ね。流行をチェックしておきたまえ」
ぼくはあくまで耳かき専門、と会長さんは教頭先生の耳を指先でピンと弾いて。
「今年のサービスは終わったんだし、試験問題をくれないかな? 急いでコピーを取りたいんだよ」
「あ、ああ…。あっちの部屋に用意してある」
教頭先生はネクタイを締め、上着を羽織って教頭室に戻ると金庫から書類袋を出しました。
「全教科分をコピーしておいた。…来年も、そのぅ……」
「分かってるってば、耳かきサービスをよろしく、だろう? 試験問題、ありがとう。愛してるよ、ハーレイ」
君がくれる試験問題を…、と悪戯っぽい笑みを浮かべた会長さんの前でガックリと項垂れる教頭先生。自分は試験問題以下の存在なのか、と改めて傷ついているのでしょう。けれど耳かきはして貰えたのですし、会長さんを抱き締めることも出来ましたし…。いい日だった、と思っておくことをオススメしますよ、教頭先生~。
こうして首尾よく試験問題をゲットした会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に戻るなりリオさんを呼んでコピーを指示。この先はリオさんの仕事です。会長さんは試験当日にコピーを売りつけるカモを探しに歩き回るだけで…。
「さてと、入試の準備は完了ってね。パンドラの箱の注文メモはぶるぅが書くんだし、ぼくの仕事はこれでおしまい」
ソファに腰掛けて伸びをしている会長さんに、キース君が。
「ボディーガードの出番は無かったが、あんた、いったいどういうつもりだ! 教頭先生に色々と怪しいネタを吹き込みやがって!」
「耳かきエステの話かい? たまにはいいだろ、刺激的なのも。どうせハーレイには何も出来ないし…。せいぜい太ももに触るくらいで」
今年は触ってこなかったけど、と会長さんが馬鹿にしたようにフフンと鼻で笑った所へ。
「…そりゃあ、あれだけ色々言われればねえ…。妄想だけで舞い上がっちゃって、半端な下心は吹っ飛ぶかと」
「「「!!?」」」
会長さんそっくりの声が聞こえてユラリと揺れる部屋の空間。紫のマントが優雅に翻り、現れたのはソルジャーでした。
「こんにちは。…今年も耳かきだったんだね」
ぼくの世界から見ていたよ、と微笑むソルジャー。
「えっと…。今日のおやつは無くなっちゃった? みんなお代わりしてたようだし」
「かみお~ん♪ 焼き立てのヤツは食べちゃったけど、ちょっと待ってね」
昨日焼いたヤツが家にあるから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。たちまちパウンドケーキが瞬間移動で取り寄せられて、手際良く切られてお皿の上に。
「えっとね、昨日のも美味しいよ! 日が経つと味が馴染んでくるから」
どうぞ、と置かれたケーキをソルジャーは一口頬張って。
「うん、美味しい! ところで耳かきなんだけど…。君の耳かきは耳かきエステがルーツってわけじゃないのかい?」
「……昔から耳かきなんだけど? 耳かきエステの方が後発!」
失礼な、と柳眉を吊り上げる会長さんに、ソルジャーは。
「そうだったんだ…。今日の君のハーレイとの話を聞いてて、何か変だなと思ったんだよ。ハーレイは耳かきエステをロクに知らないみたいだったし、もしかしたらルーツは他所にあるのかと」
「決まってるだろう、耳かきエステが先にあったら耳掃除なんかやらないよ! 性的サービスをしてあげる気は無いんだからね」
「うーん…。それじゃ真似をしたぼくの立場は?」
「「「は?」」」
なんのこっちゃ、と首を傾げた私たちですが、ソルジャーの方は大真面目。
「耳かきだよ。こっちのハーレイが毎年感激しているからねえ、耳かきってそんなに凄いのかと…。ぼくもハーレイと結婚したから、サービスしようと思う日もある。何をしようかと考えていて、耳かきを思い出したわけ。で、ノルディに訊いたら耳かきエステを教えてくれてさ…」
今じゃ定番のサービスなんだ、とソルジャーは胸を張りました。
「船長ってヤツは激務だからねえ、疲れ切ってしまう日も多くって…。前のぼくならヘタレと詰って終わりだったけど、アレだね、雰囲気って大切だね。膝枕で耳掃除をしてあげて、腕とか肩とかをマッサージしてる内にさ、いい感じになってくることもあるんだ」
そうなれば後は大人の時間、とソルジャーは至極満足そう。
「いい技を教えて貰ったなぁ…と思っていたのに、ぼくの勘違いだったなんてね。結果オーライだから文句は無いけど、耳かきのルーツは何なのさ? なんだか凄く気になってきた」
せっかく来たんだし教えてよ、と詰め寄るソルジャー。言われてみれば私たちもルーツとやらを知りません。いつからあるのか、何処から来たのか、この際、聞いておきたいかも…。
「…また今度ね」
話せば長くなるんだよ、と会長さんは溜息をつき、入試が済んだら改めて日を設けると約束しました。今度の週末はソルジャーも交えて会長さんの家へお出掛けです。耳かきにはどんな由来があるのか、これはとっても楽しみかも~!