シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
ソルジャーに振り回されてしまったバレンタインデーが済むと、これまた三学期の恒例行事が私たちを待っていました。正確に言えば私たちが関係するのは仕上げの時だけで、そこに至る過程は全てシロエ君にかかっているのですが…。そう、卒業制作というヤツです。
「今年は久しぶりにデザインを描いてみたんだよ」
会長さんが数枚の紙を取り出したのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋。柔道部の部活が終わって現れたシロエ君の前に置き、ニッコリ笑って。
「どうかな、これ?」
「「「えっと…」」」
シロエ君だけでなく、誰もが言葉を失いました。絵が下手というわけではなくて、もっと根本的な問題です。卒業制作とは、校長先生の大きな銅像を卒業式に合わせて変身させるプロジェクト。長年、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がやっていたのを私たちが引き継いで三年目。
え、計算が合わないって? 私たちが卒業した翌年はアルトちゃんとrちゃんが特別生になる前段階として卒業しましたし、二人が所属する数学同好会が前祝いにと像を変身させたのでした。その翌年から私たちが作業を請け負っているわけです。今年も始まる頃だとは思ってましたが…。
「なんですか、これは?」
シロエ君が指差したデザイン画には白無垢の花嫁が描かれています。純白の打ち掛けに綿帽子。そこまでは納得出来るんですけど、何故に表面がのっぺりと? もっとフィットしたデザインに出来そうなのに、これじゃマトリョーシカですよ?
「何と訊かれても、その通りだけど? 花嫁姿のマトリョーシカだ」
大真面目に答えた会長さんが紙をめくると、下から別のデザイン画が。そちらはウェディングドレスです。うん、こっちなら像に着せられますし、断然こちらがいいですって! シロエ君も同じ見解のようで。
「マトリョーシカよりいいですね。ぼくはこっちを推しますけども…」
「分かってないねえ…」
残念だよ、と会長さんは人差し指をチッチッと左右に振ってみせて。
「マトリョーシカだと言っただろう? 今年の変身は二段階だ。第一段階が白無垢の花嫁、第二段階がウェディングドレス! シロエにはマトリョーシカの細工を頼むことになる。あ、目からビームと花火のシステムも組み込んでよね」
「「「えぇっ!?」」」
「ぼくの自慢のデザインなんだ。二段階変身は一度もやってないから是非やりたい。白無垢の原画はぼくが描くから拡大してプリントしてくれればいいし、ウェディングドレスはぶるぅが縫うし」
「かみお~ん♪ 服を縫うのは久しぶりだし、すっごく楽しみ!」
フワフワでフリルひらひらだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がはしゃぐだけあってドレスのデザインはスカートの部分が大きく膨らんだ華やかなもの。マトリョーシカな白無垢からコレが出るとは誰も思いもよらないでしょうが…。
「でね、マトリョーシカはこんな感じで左右にパカッと開く仕掛けにしてほしい。安全のためにも小さく畳める形だといいな、その辺の工夫はシロエに任せる」
「分かりましたよ、検討します。…ところで、どうして花嫁なんです?」
おおっ、よくぞ訊いてくれました、シロエ君! 会長さんは綺麗な笑みを浮かべて。
「御成婚記念」
「「「御成婚?」」」
「うん。…君たちとハーレイくらいしか知らないけどさ、ブルーが結婚しただろう? その記念だよ。…って言うか、単なる悪ノリ。今年のアイデアを考えていたら浮かんで来たんだ、こういうヤツが」
晴れの門出にピッタリだよね、と会長さんは御満悦。思い込んだら一直線な会長さんだけに、こうと決めれば軌道修正は不可能です。シロエ君の今年の仕事はマトリョーシカ。私たちは銅像にドレスを着せる係に決まってしまったようですねえ…。
卒業制作の準備が始まり、シロエ君は放課後に設計図と睨めっこするようになりました。小さく畳んで収納できる巨大マトリョーシカの構造について幾つもの案を書き出しています。ドレス係の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は私たちが授業に出ている間に奥の小部屋でミシンを使っているのだとか。
そうこうする内に三学期の期末試験のシーズン入りで、1年A組の一番後ろに会長さんの机が増えて…。五日間に渡る試験が終わるとお馴染みの打ち上げパーティーです。
「ハーレイを誘わなくっちゃね、今年もさ」
三学期は毎年呼んでいるから、と会長さんが先頭に立って教頭室へ行き、一緒に行こうと声を掛ければ教頭先生は大感激で。
「い、いいのか? …いや、しかし…」
「嬉しさ半分、怖さ半分って?」
いつも酷い目に遭ってるもんねえ、と会長さん。そう、打ち上げパーティーに来た教頭先生はオモチャにされるのが毎度のパターンなのでした。それでも会長さんと会食出来るという誘惑に負けてホイホイついて来るのも教頭先生ならではです。案の定、今年も迷ったのは一瞬だけ。
「よし、行くか。…すぐに片付けるから待っていなさい」
数枚の書類にサインし、残りを机の引き出しに入れて鍵を掛け、教頭室にも施錠した教頭先生は上機嫌。事務室に鍵を返しに行くのも浮き立つような足取りだったり…。その間に会長さんが教頭先生の愛車を学校の駐車場から教頭先生の家まで瞬間移動で送り届けて、出掛ける準備はバッチリです。
校門前からタクシーに分乗し、パルテノンの高級焼き肉店へ。勿論、個室を予約済み。
「かみお~ん♪ ぼく、チューハイ!」
元気一杯に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が叫び、教頭先生と会長さんは生ビール。私たちはジュースなどを頼み、まずは会長さんの音頭で乾杯から。
「それじゃ今年度最後の試験終了を祝って…乾杯!」
「「「かんぱーい!!!」」」
カチン、とグラスを合わせた後は賑やかなパーティーの始まりです。驚いたのはマザー農場からのサービスだという高級牛肉の大皿が届いたことでした。会長さん曰く、この店で今日、打ち上げをすると連絡を入れたておいたのだとか。ということは、この肉は…。
「そう、マザー農場自慢の幻の肉! この店にもたまに卸すんだよね、御贔屓筋から注文が入った時だけだけど…。ほら、収穫祭の時にキースの副住職就任祝いにステーキを出してくれただろう? あそこじゃ今一つ落ち着かなかったし、もう一度おねだりしてみたってわけ」
会長さんがペロリと舌を出し、キース君が。
「…二度も祝いを貰えるくらいに偉いものでもないんだが…」
「かまわないじゃないか、くれたんだからさ。…それに君が立派に務めてることは分かっているしね、毎日あの数珠を使ってるだろう?」
だから御褒美、と会長さんは微笑みました。あの数珠と言えばソルジャーがキース君に託した桜の数珠です。私たちには周知の事実ですけど、教頭先生は首を傾げて。
「数珠? …坊主に数珠は必須だろう? 何か特別な数珠でもあるのか?」
「ああ、それはね…。その話をしておきたかったから肉をおねだりしたんだよ。キースが副住職に就任したことが全ての発端になるんだし…。こうでもしないと忘れそうでさ」
焼肉に夢中になっちゃって、と会長さん。確かに楽しく食べまくっていると大切なことをストンと忘れてしまいそうではありますものね。会長さんは幻のお肉を焼き網にヒョイと乗せながら。
「どこから話せばいいんだろう? とりあえずは数珠って所からかな…。前にキースに叱られたけどね、そんな話を焼肉を食べながらするヤツがいるか、って凄い剣幕で」
「…俺はそこまで怒っていないぞ、呆れただけで」
話を勝手に捏造するな、とキース君が溜息をついていますが、会長さんはクスッと小さく笑っただけ。教頭先生に何処まで話すのか、ちょっと気になる所ですよね。
「ブルーがね、キースにお祝いを持って来たんだよ。副住職の就任祝いに」
何の前置きもなく語り始めた会長さんに、教頭先生はキョトンとした顔。それはそうでしょう、あのソルジャーがお祝いを持って駆け付けるなんて誰も思っていませんでしたし…。教頭先生だってソルジャーとは長い付き合いですけど、貰った物はロクでもないモノを除けば結婚の引き出物くらいです。
「あいつがキースに祝いの品を…か?」
「そうなんだ。ぼくも正直、ビックリしたよ。おまけにそれが数珠だったから二度ビックリ…ってね」
「数珠だと? それがさっきの数珠の話か?」
「うん。あっちのハーレイと一緒に作った数珠なんだってさ、ブルーのお気に入りの桜の木で」
会長さんはソルジャーが好きだったという桜の話を始めました。あちらの世界に生えていた古木が枯れて、それが数珠へと姿を変えるまでの。
「その数珠をキースが貰ったわけだな。すると目的は桜の供養か?」
「違うよ、桜よりもっと重いもの。…ブルーの世界でサイオンを持った人間のことをミュウと呼ぶのは知ってるだろう? 今までに殺されたミュウ、不幸にして命を落としたミュウ……そして今この瞬間にも抹殺されているかもしれないミュウ。そのミュウたちの供養を頼む、とブルーは言ってた」
「ミュウの供養だと? それは…そのぅ、生半可な数じゃないだろう? …キース、お前はそれを引き受けたのか?」
その若さでは重そうだが、と教頭先生の眉間の皺が深くなりましたが、キース君はキッパリと。
「はい、引き受けさせて頂きました。まだまだ若輩者ですから、至らない所も多いのですが……全力で祈る所存です」
「いい覚悟だ。それでこそ柔道部で仕込んだ甲斐がある。頑張るんだぞ」
感極まった様子の教頭先生。美しい師弟の絆がキラキラと輝いて見えているようで私たちも思わず感動中。ここで終われば「いい話」になる筈だったのに、それをさせないのが会長さんです。焼けたお肉を特製タレに浸して頬張り、じっくりと噛んで味わってから。
「いい肉はやっぱり美味しいねえ。でもって、同じなら美味しい思いをしたくなるのが人間ってヤツで…。ブルーがキースに託した願いで一番なのは何だと思う? ハーレイ、君に訊いているんだけど」
「亡くなったミュウの供養だろう?」
「甘いね、君はまだまだブルーを分かっていない。一番は自分自身の極楽往生」
「極楽往生?」
あまりにもソルジャーには不似合いな願いに教頭先生はポカンとしています。天国と言うならまだしも極楽とくれば無理もないとは思うんですけど…。会長さんは「極楽だよ」と繰り返してから、パチンとウインクしてみせて。
「正確に言えば自分とハーレイのための願いなんだよ、一蓮托生したいそうだ。極楽で同じ蓮の花の上に生まれたいから、よろしく頼むってことらしい。なんと言っても夫婦だからね」
「そうだったのか…。確かに同じ蓮の上なら嬉しいだろうな、二度と離れずに済むからな…」
そうなるといいな、と穏やかに微笑む教頭先生。視線の先に会長さんがいるだけに自分の夢も重なっていそうな感じです。とはいえ、純粋にソルジャー夫妻の幸せを願う気持ちもあるのは確か。なのに会長さんはニヤリと笑うと。
「ブルーの願いは同じ蓮ってだけじゃないのさ、だからキースの負担が増える。阿弥陀様から遠い所に咲いている蓮で、おまけに色にも指定があって」
「…阿弥陀様から遠い蓮? それは意味があるのか、仏教的に?」
「仏教の教えでは阿弥陀様に近い蓮ほど格が高いと決まってる。だけどね、ブルーは遠いのを希望。蓮の花の色はハーレイの肌の色が映える色にしてくれ、とも言ってるんだよ」
「私にはサッパリ分からんのだが…」
その蓮の何処が有難いんだ、と首を捻った教頭先生に向かって会長さんは。
「いいかい、阿弥陀様から遠いんだよ? 目に付きにくい場所ってこと! 極楽へ行けばエネルギー切れを気にせずヤリまくれそうだし、君と同様にヘタレなパートナーが阿弥陀様の視線を感じずに済む所がいい、って。ついでにヤリまくるからには蓮の花の色もパートナーの肌が良く映える色…って、ハーレイ?」
教頭先生の鼻からツツーッと鼻血が垂れていました。ほど良くお酒が回っていた上、想定外の大人の時間な話に血管が切れたみたいです。
「ご、極楽…。同じ蓮の上…」
素晴らしすぎる、と夢見心地で呟いた教頭先生は畳にバタンと仰向けに倒れ、グオーッと始まる大イビキ。
「「「教頭先生!?」」」
慌てて駆け寄ろうとするキース君たちを会長さんが手で制して。
「大丈夫だよ、酔っ払いは幸せに夢の中だから。…普段だったらこの程度では酔わないんだけどね、話の刺激が強すぎたらしい。このまま寝かせておいたらいいさ、運が良ければ夢の中でぼくと極楽体験」
同じ蓮に座って新婚気分、とクスクス笑う会長さん。
「抹香臭く聞こえるけれど、花の上に座るだけなら童話とかでも良くあることだし…。なんと言ってもハーレイだから並んで座るのが精一杯だよ、それ以上のことは絶対無理、無理」
放っておいても無問題、と会長さんは肉を焼き網に乗せました。
「さてと、ぼくたちは楽しくやろうか。ハーレイの分まで飲み食べ放題! どうせ元々スポンサーだしね」
大いに飲もう、と会長さんはブチ上げてますけど、私たちはお酒は飲めません。その分も食べて食べまくろう、とメニューを広げて見ていたり…。よしっ、次は一番高いお肉で! 教頭先生、帰りはちゃんとタクシーを手配しますから、安心して寝てて下さいです~。
教頭先生が潰れてしまった宴会から数日が経って、期末試験の結果が発表されました。1年A組は最後まで栄えある学年一位でしたが、グレイブ先生が会長さんは二年生に進級しない、と明言したから大変です。クラスメイトが悲鳴を上げる中、グレイブ先生は淡々と。
「私は嘘は言わない主義だ。信じられないなら上級生に訊くといい。かつて1年A組で楽をしていた生徒が確実に何人も見つかるだろう。…しかし、諸君。安心したまえ。皆、春休みに勉強した結果、落ちこぼれた者は一人もいない。いいか、今からが勝負なのだ!」
終業式までの残る授業にも身を入れるように、と熱弁を振るったグレイブ先生は軍人のように踵をカチンと打ち合わせて。
「いいな、しっかり頑張るのだぞ。…と言いたいのだが、ここで残念なお知らせがある。繰り上げホワイトデーの日程が発表された。卒業式の三日前だ」
繰り上げホワイトデーはバレンタインデーを大々的にやるシャングリラ学園特有の行事。本物のホワイトデーまでに卒業してゆく3年生のために設けられた日で、この時にチョコのお返しをするのです。狐に摘まれたような顔のクラスメイトたちは配られた紙を食い入るように眺め、会長さんの進級の件は忘れ去られて。
「助かったぁ…。今年も質問攻めかと思っちゃったよ」
ジョミー君がホッとした顔をし、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へと。話が出た日に逃げてしまえばクラスメイトは部活などの先輩に事実確認に出掛けますから、会長さんについて訊かれる心配はもうありません。1年A組と会長さんの関係は既に伝説の域ですものね。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「やあ。繰り上げホワイトデーだって?」
お返しをしないわけにはいかないよね、と微笑む会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はバレンタインデーに沢山のチョコを貰っています。去年までは「そるじゃぁ・ぶるぅ」にチョコを渡すのは1年A組のクラスメイトと元1年A組の人だけでしたが、今年は事情が違いました。
「ぼく、あんなに沢山チョコを貰ったのって初めてなんだ♪ お返し、何にしようかなぁ?」
サイオニック・ドリームってわけにはいかないよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は小さな頭を悩ませています。学園祭で披露したサイオニック・ドリームが好評だっただけに「お近づきになって個人的に化かして欲しい」生徒が急増中。チョコレートもその副産物で。
「女の子にはお菓子とか可愛い小物とかだよね。でも男の子って…何が好きなの?」
分かんないや、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は真剣な瞳でジョミー君たちにリサーチ開始。つぶらな瞳に縋り付かれた男の子たちは…。
「ホワイトデーのお返しだよね? そんなの普通、貰わないしね…」
考えたこともない、とジョミー君が眉を寄せればキース君が。
「友チョコにホワイトデーがあったら考えたのかもしれないが…。ブルーが今までに貰った物といえば、ザッハトルテとか手編みセーターとか…」
「キース先輩、それって教頭先生が贈ったヤツじゃないですか」
参考以前の問題ですよ、とシロエ君。
「ぼくが貰うんなら…工具セットとか嬉しいですよね、持ち歩けるヤツ」
「工具セットか。サッと取り出して修理出来れば女子にモテるかもしれないな」
いいかもしれん、とキース君が頷き、他の男子も賛成しました。スウェナちゃんと私も異存なし。頼れる男子って女子にとっては嬉しいですよね。こうして「そるじゃぁ・ぶるぅ」の男子用のお返しはポケットサイズの工具セットに決まり、それから間もなく繰り上げホワイトデーがやって来て。
「かみお~ん♪ みんな、チョコレートありがとう!」
お返しだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は女の子たちに手作りポーチを配り、男の子たちには工具セット。不思議パワーが宿っているかも、と貰った人たちは大喜びです。沸き返る1年A組の教室に会長さんが苦笑しながら。
「やれやれ、強力なライバル出現かな? ぼくがすっかり霞んじゃいそうだ」
これでも心を込めたんだけど、と配り歩くのはイニシャルを刺繍した高級そうなハンカチでした。会長さんのイニシャルではなく贈る相手のものというのがシャングリラ・ジゴロ・ブルーならでは。おまけにハンカチには淡いピンクのドラジェが入った小さな袋が添えられていて。
「ドラジェといえば結婚式だと思ってた? 違うよ、本場じゃ誕生日とかのお祝いの時にも配るんだ。卒業式には真っ赤なドラジェ! だから3年生には赤いドラジェで2年生がピンク、1年生の君たちの分は淡いピンクさ、ぼくの手作り」
たちまち上がる黄色い悲鳴。クラスの女子たちが大騒ぎする中、会長さんに貰ったチョコをプレゼントしたスウェナちゃんと私にもお返しのハンカチとドラジェがちゃんと配られて…。
『友チョコを本命チョコとだと思っておくよ、と言っただろう? 遠慮しないで受け取ってよね。アルトさんとrさんには寮宛に別のプレゼントも送ってあるんだ』
例年通りフィシスの名前で、と届いた思念にアルトちゃんたちを見れば頬がほんのり染まっています。またしてもガウンとかをプレゼントしたのでしょう。呆れていると「そるじゃぁ・ぶるぅ」がポーチを持ってきてくれました。この純真な子が会長さんの願いから生まれたというのが本当に不思議ですってば…。
二日後の夜、私たち七人グループは夜の校庭に密かに集合。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が瞬間移動させたのです。星空は冴え冴えと凍てついていて、風も身を切る冷たさで…。会長さんがシールドを張ってくれなかったら凍えていたかもしれません。そんな中、男の子たちはシールド無しで作業を開始。
「えっと、えっとね、ドレスはサイオンで固めとくから!」
挟まないように気を付けてね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が声を張り上げ、銅像の変身が進んでゆきます。校長先生の像はウェディングドレスの花嫁になり、お次はマトリョーシカが組み立てられて白無垢に綿帽子の花嫁姿に。細工を動かすための小型発電機が設置されたら完成です。
「御苦労さま、みんな。シロエも頑張ってくれたよね」
お披露目は明日の卒業式だ、と会長さんが満足そうに巨大マトリョーシカを見上げて準備は無事に終了しました。私たちは青いサイオンに包まれて家に送られ、翌日の朝までぐっすり眠って。
卒業式の時間に合わせて登校してみれば、銅像の前には既に大勢の生徒の姿が…。
「おおっ、今年はマトリョーシカだぜ!」
「違うだろ、元の銅像が大きいし…。中から次々出るって仕掛けは無いと思うな」
とにかく記念撮影だ、と卒業する生徒たちが像の前で集合写真を写しています。まだまだ凄くなるんですよ、と喋りたい気持ちをグッと堪えて見守る内に卒業式の時間。講堂に入れるのは3年生と2年生ですし、私たちは式が終わる間際まで「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で時間を潰して…。
「あ、出て来た、出て来た」
ジョミー君が講堂の方を指差し、シロエ君がケータイ片手にスタンバイ。銅像の仕掛けは携帯電話で操作するのがお約束です。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、それに私たちは白無垢マトリョーシカの台座の前で卒業生を待ち構えて。
「シロエ、今だよ」
会長さんの合図でシロエ君がスイッチオン! パァン、とクラッカーの音が響いて色とりどりの紙吹雪と紙テープが舞い、マトリョーシカが真っ二つに。中から現れたボリュームたっぷりのウェディングドレスの花嫁が春めいた日差しに眩く輝き、マトリョーシカはシュルンと小さく畳み込まれてドレスの裾に隠されて。
「「「すげえ…」」」
わぁっ、と歓声が校庭を揺るがした所で次のスイッチ。ティアラとベールを着けた銅像の目からビームが放たれ、校舎の壁に『卒業おめでとう』の文字を大きく描き出します。仕掛けはこれで終わりではなく、ベールがフワリと揺れたかと思うと何発もの花火が青い空へと。
黄色と赤の煙が会長さんのサイオンでシャングリラ学園の紋章に形作られ、幾つもの白い落下傘が舞い降りてきて…。
「みんな、卒業おめでとう!」
会長さんが銅像の正面に立ちました。
「落下傘は一人一つずつ。ちゃんと手の中に落ちて来るから焦らずにね」
卒業生全員が落下傘を手にした所で、会長さんは。
「その落下傘に結んであるのは、ぶるぅの特製ストラップ。先輩から聞いているだろう? どんな試験でも三度だけ満点にすることが出来る。いいね、人生に三度だけ! いつ使うかは君たち次第さ」
「かみお~ん♪ また学校に遊びに来てよね、友達だもんね!」
待ってるからね、とニコニコ笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」に卒業生たちは口々に。
「同窓会に出席したら化かして貰えるチャンスとか?」
「卒業しても化かしてくれる催しがあると嬉しいんだけど…」
なんと、その方向で来ましたか! 試験が満点になるストラップよりもサイオニック・ドリームが魅力的ですか、そうですか…。私たちは顔を見合わせて苦笑し、会長さんが。
「その辺はぶるぅの気分だね。同窓会に顔を出したことは無いんだけれど…。ぶるぅは友達が大好きだから、いつか出るかもしれないよ。出席するのがお勧めだね」
シャングリラ学園を忘れないで、と会長さんは極上の笑みを浮かべました。
「ぼくもぶるぅも待っているから、いつでも顔を見せてほしいな。出会えた時がラッキー・チャンス! 同窓会なんて言っていないでクラブの先輩として訪問するとか、先生に会いに来るとかさ…。機会は幾らでもあるんだよ。だから、さよならは言わないからね」
また会おう、と右手を差し出した会長さんは握手攻めになり、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は抱き上げられたり、胴上げされたり。最後には会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を真ん中に据えて、花嫁姿の校長先生像を囲んでギュウギュウ詰めの記念撮影で…。
「会長、ありがとうございましたー!」
「ぶるぅも元気でいてくれよなー!」
大学生になっても会いに来るから、と元気に手を振って卒業生たちは名残惜しそうに校門へ。私たちは今年も見送る立場で、これからもきっと見送る立場。不思議一杯のシャングリラ学園、いつまでも愛される母校でありますように~!
※シャングリラ学園番外編は、「巡りくる春へ」全3話の後、完結へと向かいます。
最後までよろしくお願いしますv