シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
桜の季節が幾度となく過ぎ、六年に一度ずつ巡って来る「そるじゃぁ・ぶるぅ」が青い卵から孵るクリスマスを何回となく繰り返しながら時は緩やかに流れてゆきました。私たち七人グループは今もシャングリラ学園の特別生。クラスは変わらず1年A組、担任はグレイブ先生です。
「夏が暑いのって変わらないねえ、何年経っても」
ジョミー君がぼやいているのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋ではなく、会長さんの家のリビングでした。私たちが普通の1年生だった頃に初めてお邪魔したマンションは建て替えられてしまいましたが、古いお寺や神社が多いアルテメシアは建物の高さ制限が厳しい街。最上階の会長さんの部屋は十階、それでも高い部類です。
「かみお~ん♪ 暑い季節はアイスが一番! 夏はやっぱり暑くなくっちゃ」
寒いと海で泳げないよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運んで来たのはドラゴンフルーツで作ったパフェ。赤と白の二種類の果実で拵えたアイスを盛り付け、生のフルーツが飾ってあります。南国のフルーツを出されてしまうと暑さへの愚痴は一気に吹っ飛び、クーラーの風が心地よく…。
「ねえ、ぶるぅ」
会長さんがパフェをスプーンで掬いながら。
「夏は暑いと決まってるけど、サンタクロースが真夏に来たらどうするんだい?」
「えっ? サンタさんって冬のものでしょ、クリスマスだよ? ぼくのお誕生日はクリスマス! サンタさんが橇で来るんだもん」
「そうじゃない場所もあるんだよ。地球の半分が夏の間は反対側は冬だってことを忘れてた? そっちの国に住んでる人にはクリスマスは夏のものなんだけど」
クリスマスカードを貰っただろう、と会長さんに言われた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「んーと…。サーフボードに乗ってたサンタさん? あれってホントに夏だったんだ…」
お遊びなんだと思ってた、と目を丸くする「そるじゃぁ・ぶるぅ」。そのカードには覚えがありました。去年の暮れにクリスマス・イブと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の誕生日のパーティーをしようと泊まりに来た時、棚の上に飾ってあったのです。それは他所の国に住む仲間から届いたカードの一つで。
「俺たちの仲間も増えたよな。世界中に支部が出来る日が来るとは思わなかったぜ」
瑠慕恩院よりもグローバル、とキース君が笑っています。会長さんやキース君たちが属する宗派のお寺は他の国にもあるのですけど、サイオンを持った仲間が集まる支部の方が数が多いのでした。その名もズバリ、シャングリラ・クラブ。発起人はマツカ君のお父さんです。
「マツカのお父さんには感謝してるよ」
人脈も行動力も超一流、と会長さん。世界のあちこちで少しずつ目覚め始めたサイオンを持った仲間をフォローするためにクラブを作り、交流を重ねて半世紀くらいになるのでしょうか。最初の頃は会長さんにしか出来なかった仲間探しも、今では専門の職員さんが各地に散って頑張っています。
「ぼくはサイオンを抑えることばかり考えてたけど、逆の発想もあったんだよね。増幅装置を作りさえすれば力が弱くても仲間の思念は拾えるんだ。お蔭でホントに楽になったよ」
いつでも気兼ねなく昼寝が出来る、と会長さんは笑っていますが、その肩書きはソルジャーのまま。シャングリラ号も現役で宇宙を飛んでいますし、ワープ出来る船は未だに他には一隻も存在しなくって。
「サイオンという名前と力を表立っては出せないけれど、ぼくたちみたいな人間だって受け入れて貰える世界にはなった。長生きなのが便利だからって雇う会社も増えたしさ。…この調子ならブルーの世界の二の舞ってことにはならないね、きっと」
SD体制なんかにさせてたまるか、と会長さんは意気込んでいます。ソルジャーの世界がSD体制に突入してしまった理由は地球の荒廃。そうならないよう自然環境の保護に取り組むことも会長さんは忘れていません。SD体制やソルジャーのことは秘密ですから、あくまで個人的な考えとしてですが。
マツカ君のお父さんが作ったシャングリラ・クラブは自然保護のための団体でもあり、他にも様々な方面で活動中で…。それを束ねるのがソルジャーである会長さん。仲間探しという仕事が消えても、忙しいのは相変わらずかな?
「そういえば、あいつ、どうしただろうな…」
何年会っていないんだろう、とキース君が空になったパフェの器を見詰めています。
「美味しそうだ、と乱入してきては俺たちの分まで食っていたのに、最後に来た時はアレだったしな…。元気でいるんならいいんだが」
話しているのはソルジャーのこと。元気印で何かと言えばキャプテンとの熱愛っぷりを喋りまくって私たちを困らせていたソルジャーですけど、シャングリラ・クラブが出来た頃から少しずつ身体が弱り始めていったのでした。それでも地球の記憶を持ったフィシスという女性を見付けたことを自慢していて。
「結局さあ…。ソルジャーとフィシスさんって、どうなったわけ? あ、勿論あっちのフィシスさんだよ」
ジョミー君が首を傾げれば、サム君が。
「俺とブルーみたいなモノじゃねえのか? 公認カップルになって百年だけどさ、進展しねえし」
「ああ、そっか。そういう仲もアリなんだよねえ、ソルジャーにはキャプテンがいるんだもんね」
清く正しく美しく、とジョミー君が何処かの歌劇団のモットーみたいな台詞を口にし、プッと吹き出す私たち。ソルジャーには似合わない言葉ですけど、キャプテンというパートナーがいるのに女性と恋仲は無いですよねえ?
「ぼくも賛成かな、サムの意見に」
会長さんが笑みを浮かべて。
「ハーレイなんかと結婚しちゃったブルーの心境は分からないけど、二股をかけるタイプじゃないのは間違いないね。こっちのハーレイやノルディに浮気のお誘いをかけてはいても、最後は必ずハーレイの所に帰っただろう? ブルーにはハーレイしかいないんだよ」
ぼくがフィシスしか選べないように、と微笑んでいる会長さん。そのソルジャーが最後に私たちの世界を訪ねて来たのは何年前のことだったでしょう? 自分の力だけで空間を越えるのは辛いから、と「ぶるぅ」を連れて会長さんの家のリビングに現れて…。あれは桜の季節でした。
「ほら、あの時だってハーレイを連れて来たかった、って何度も話していたじゃないか。シャングリラじゃ青空の下の桜は見られないから…って」
私たちは私服に着替えたソルジャーと「ぶるぅ」を誘ってお花見をしに行ったのです。マンションの庭の桜でしたが「そるじゃぁ・ぶるぅ」が腕を揮ったお弁当を食べて、満開の桜の樹の下で。けれどソルジャーはお弁当を完食出来ず、残りはキャプテンへのお土産にすると持って帰って…。
「あれっきり会ってないんだよね、ぼくも」
会長さんがポツリと呟きました。
「ぶるぅも来ないし、あっちの様子も分からない。…ブルーがこっちに来ていた頃はさ、集中すれば向こうの世界が見えたんだけれど…。今はサッパリ見えないんだよ」
元気でいると信じたいな、と会長さんの瞳が揺れています。
「時々、心配でたまらなくなるんだ。…もうすぐジョミーを迎えに行くんだ、って嬉しそうに話していたからね。ぼくの後継者にするんだよ、って」
「「「………」」」
ソルジャーの笑顔を思い返して私たちは俯き、ジョミー君だけが親指を立てて。
「大丈夫だってば、ぼくにそっくりのジョミーなんだって言ってたし! そう簡単にソルジャーなんか引き受けたりはしないと思うな、きっと今頃苦労してるよ」
「…そう思うかい?」
まだ不安そうな会長さんに、ジョミー君は。
「うん、ぼくだって思い切り反抗しまくったもんね! …そりゃさ、結局、根負けしたけど…。ブルー、しつこいから逃げられないって悟っちゃったし、こうなったけど…。でも半世紀は頑張った!」
逃げて逃げまくって半世紀、と胸を張るジョミー君は緋色の衣の高僧になってしまったのでした。会長さんの勧誘と推薦を回避すること五十年の果てに、キース君の母校の大学に出来た一年間の僧侶養成コースにサム君と一緒に入ったのです。全寮制で一年修行し、璃慕恩院での三週間の伝宗伝戒道場に行って…。
「そうだね、ジョミーも逃げたんだっけね。…今や立派な高僧だけどさ」
君の話を聞くと希望が湧くよ、と会長さんは嬉しそうな笑み。
「まさか緋色の衣の君たちを連れて行ける日が来るとは思わなかったな、夢みたいだ。初めて行った時の和尚さんたちはもういないけど、あの時のお孫さんの孫に当たる人が今の老僧なんだよ。きっと喜んで迎えてくれるさ、緋色の衣が勢揃いだし!」
法要にも飛び入り参加しようね、と会長さんが燃えているのは明日からの旅の話です。ジョミー君がようやく緋色の衣を許されたので、会長さんの故郷のアルタミラを今も供養している小さな港町、カンタブリアへ出掛ける予定。ガニメデ地方の温泉町で、法要をするのは称念寺という古くからのお寺。
「いいかい、法衣を持って行くのを忘れずにね。専用鞄だとは気付かれないさ、一般人には」
「そうだといいけど…。未だにお坊さんっていうのが恥ずかしいんだよね、高校生だし」
永遠の高校1年生、と宣言しているジョミー君の頭には輝く金髪。会長さんやキース君同様、サイオニック・ドリームで誤魔化しまくって坊主頭の危機を切り抜け、目出度く緋色の衣です。えっ、キース君はどうなのかって? 一足も二足も先に緋色の衣をゲットしてますし、サム君だってジョミー君より一足お先に緋色でしたよ~!
こうして次の日の朝、私たちはアルテメシア駅の中央改札前に集合しました。マツカ君とシロエ君、スウェナちゃんと私は普通のボストンバッグですけど、お坊さん組のジョミー君たちはスーツケースみたいな形の大きな鞄を提げています。確かに法衣用だと聞いてなければ目立つという程の物でもなくて。
「えーっと…。その中に全部入ってるんですか、服とかも?」
シロエ君が好奇心に満ちた瞳で訊けば、キース君が。
「勿論だ。これでなかなか便利なんだぞ、外国帰りには特に役立つ。…俺にそういう経験は無いが、先輩たちがよくやってたな。税関で荷物チェックがあるだろう? 法衣と袈裟だと分かった途端にオッケーだから、衣や袈裟の中に色々と隠して脱税ってわけだ」
「「「えぇっ?」」」
とんだ裏技もあったものです。もしかして会長さんもバッチリ経験済みだとか? 如何にもやりそうな人物だけに、前科数百犯とか数千犯とか笑い合っていると。
「失礼な…」
思い切り低い声が聞こえてゲッと仰け反る私たち。い、いつの間に来てたんですか、会長さん? 旅の時には「かみお~ん♪」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が先に走って来る筈ですが…。あれ? いない…?
「ぶるぅはいないよ、留守番してる。それより予定変更だ」
鞄の話は聞こえなかったことにしておこう、と会長さんはクルリと踵を返しました。
「チケットの払い戻しは済んでいる。宿もキャンセルしておいた。…だけどアルタミラの供養はしたいし、荷物持参でぼくの家まで」
「「「は?」」」
「どういう理由か分からないけどね、フィシスから朝に連絡があった。カンタブリアに行っちゃダメだ、って。明日はぼくの家から一歩も出ないで静かにしているべきらしい。…あ、地震とかが来るって意味じゃないとは言っていたから安心して」
行くよ、と歩き始めた会長さんを追って私たちは駅を出、路線バスに乗り込んで会長さんの家へ。玄関を入ると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出迎えてくれて。
「かみお~ん♪ いらっしゃい! ごめんね、変なことになっちゃって…」
お詫びに今夜は海の幸たっぷりの鉄板焼き、と約束されて大歓声の私たち。カンタブリア行きのお楽しみの一つが海鮮鉄板焼きだったのです。お昼御飯はトムヤムクンとグリーンカレーで…。
「悪いね、急に変更しちゃって」
会長さんは何度も謝り続けています。旅行を中止させたフィシスさん自身はブラウ先生たちと南の島へ旅行中。それだけに申し訳ない気持ちが募るのでしょうが、フィシスさんは占いの名手です。家から出るなと言われた以上は何かある、と誰もが確信していました。
「…旅行の中止は構わないんだが、あんた、御布施はどうするんだ?」
毎年届けているんだろう、とキース君が言うのはアルタミラ供養の回向料。会長さんはカンタブリアの称念寺まで必ず届けに行くのでした。そう、明日はアルタミラが火山の噴火で海の底へと沈んだ日。七月二十八日です。
「明日は家から出ちゃダメなんだし、今日の間に届けに行くよ。瞬間移動でパパッとね。ついでに花束も供えてくるさ。やっぱりアルタミラの供養塔には花束が無いと寂しいだろう? 今年も白百合をメインに纏めようかな、一日早いけど許されるってば」
その代わりに明日はこの家で法要をする、と会長さん。和室に阿弥陀様が安置されているのは今も昔も変わりません。これは朝から抹香臭い日になりそうです。でも、予定通りにカンタブリアへ出掛けていたってアルタミラ供養の法要と灯籠流しがあるんですから、ここはキッパリ諦めるしか…。
旅がお流れになった翌日の朝はお香で始まりました。その前に食べた朝食の匂いも消す勢いで会長さんが和室を清めているのです。普段は普通の和室ですから、法要のために念入りな準備が必要だとかで入口に香炉、中にも香炉。阿弥陀様を安置した厨子の前には柄香炉を据え、香り高いお香を幾つも焚いて…。
「これでいいかな、後は着替えて法要だ。ジョミーの緋色の衣のデビューが予定外の場所になっちゃったけど」
本当だったらカンタブリアで華々しく…、と残念そうな会長さんにサム君が。
「いいんじゃねえか? この阿弥陀様は俺たちが見付けたんだぜ、レンコン掘りで」
「ああ、そういえばサムが掘り出したんだっけ。懐かしいなぁ、あれも夏休みのことだったよね」
埋蔵金を探してレンコン掘り、と会長さんが言っているのは特別生になって初めて迎えた夏休みの思い出。ジョミー君の案で埋蔵金を探しに出掛けて、蓮だらけの池と戦って…。
「なるほど、ジョミーとは深い御縁の阿弥陀様か。だったらデビューの舞台に不足は無し、と」
深く頷く会長さんに、ジョミー君が情けなさそうに。
「もしかして、あの時に道が決まっていたのかなぁ? ぼくの未来は坊主だって」
「それを御仏縁と言うんだよ。高僧にまでなっておきながら、どうして過去にこだわるんだか…」
日々お念仏に精進したまえ、と会長さんが発破をかけて、ジョミー君たちは着替えのために別室へ。私たちも一旦和室から出て、待つこと暫し。会長さんを筆頭に緋色の衣のお坊さん四人が勢揃いです。序列に従ってジョミー君が最初に和室に足を踏み入れ、一番最後が会長さんで…。
私たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が末席に正座して合掌する中、厳かに法要が始まりました。会長さんが朗々とお経を唱え、キース君たちが唱和しながら木魚や鐘を叩いています。阿弥陀様に供えられたお線香が燃え尽きるまでには一時間かかるらしいですから、これは覚悟が必要ですねえ…。
とはいえ、会長さんの故郷のアルタミラのための法要とあれば、足が痺れたなどとは言えず。法要が済むと会長さんの法話があって、今一度みんなでお念仏を。
「「「…南無阿弥陀仏」」」
深く頭を下げ、ジョミー君たちがジャラッと数珠を鳴らせば終了の合図というヤツです。やっと終わった、と足を崩すと会長さんがキース君の手許に目を留めて。
「その数珠を持って来たのかい?」
「ちゃんと水晶のを用意してたぞ。だが、内輪での法要だったら、こっちの方がいいだろう?」
キース君が手にしていたのは深い飴色の数珠でした。
「朝夕のお勤めはいつもコレだし、大きな法要の時も袂に入れているからな…。アルタミラの供養の旅に行くのに持って行かないわけがない。此処で使うとは思わなかったが」
「ずいぶん年季が入ったよね、それも」
「もう百年になるんだしな。ただ、この文字がいつまで経っても鮮明なのが不思議と言うか…」
擦り減ってしまいそうなのに、とキース君が示す数珠の玉には細かい文字が彫られています。それは百八の煩悩を刻んだもので、キース君の副住職の就任祝いにソルジャーが贈った桜の数珠。ミュウと呼ばれるサイオンを持った人たちの供養を頼む、とキャプテンと一緒に作った数珠で…。
「ホントに今も消えないねえ…。玉の色はすっかり変わったのにさ。ブルーがサイオンで刻んだらしいし、そのせいで長持ちなのかもね」
サイオンでコーティングという技もあるから、と会長さん。そういえば教頭先生が家宝にしている会長さんの写真がプリントされた抱き枕というのがありましたっけ。作られたのは百年も前なのに、ぬいぐるみだと思い込んだ「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサイオンでコーティングしたばっかりにカバーは今も美しく…。
「誰だい、抱き枕なんて思い出したのは?」
ドスの利いた声に首を竦めたのは私だけではありませんでした。みんな考えることは同じなんだな、とホッと一息ついた所へ、いきなりグニャリと空間が歪み、香炉の灰が飛び散って。
「ブルー!!!」
香炉を蹴倒して飛び込んで来たのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のそっくりさん。緋色の衣に灰を被った会長さんは怒鳴りつけようとしたのですけど、「ぶるぅ」は衣の袖を握り締めて。
「来てよ、ブルーが大変なんだ! 案内するから!」
「えっ?」
「死んじゃう、ブルーが死んじゃうよお!」
だから早く、と絶叫した「ぶるぅ」の身体が青く光った次の瞬間、会長さんの姿は消えていました。ぶちまけられた灰の上には「ぶるぅ」が残した足跡だけ。いったい何が、と呆然と灰だらけの畳を見詰めていたのは五分くらいだったか、それとも瞬きするほどの間か。
「誰か!!」
悲鳴のような叫びと共に空間が裂かれ、緋色の衣が翻って。
「誰か、急いで救急車を!」
会長さんが両腕で抱えて戻ってきたのは血まみれの姿のソルジャーでした。いち早く我に返ったキース君が飛び出して行きましたけれど、会長さんは。
「ダメだ、救急車じゃ間に合わない。ぼくが運ぶから、ぶるぅを頼む」
私たちの返事も待たずに会長さんは瞬間移動で何処かへと飛び、そこへ「ぶるぅ」がおんおん泣きながら現れて。
「ブルーは? ねえ、ブルーは?」
何処へ行ったの、と泣き叫ぶ「ぶるぅ」と、ソルジャーの血と散らばった灰で凄惨な状態になった畳と。既に法要どころではなく、私たちはパニック状態。とにかく会長さんを追い掛けないといけませんけど、何処へ向かって出発すれば…?
私たちが病院の会議室に押し込められたのは一時間ほど後のこと。会長さんの思念を追える「そるじゃぁ・ぶるぅ」がタクシーを呼び、ソルジャーが運ばれた病院へやって来たのです。後片付けもせずに出たのですから、ジョミー君たちは法衣を着たままで…。
「ブルー、助かる? 助かるよね?」
死なないよね、と「ぶるぅ」が泣きじゃくっていますが、私たちには何も分かりませんでした。会長さんが瀕死のソルジャーを連れて来たのはエロドクターことドクター・ノルディが経営している総合病院。ドクターは腕利きの外科医な上に医学全般を修めているため、何処よりも信用出来るのですけど…。
「くそっ、ブルーが来てくれればな…」
キース君がテーブルを拳で叩いて。
「あいつは何をしてるんだ? 手術室には医者と看護師しか入れないんじゃなかったか?」
「えとえと…。ごめんね、ぼくにも分からないや」
思念波が通じないんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も困っています。私たちは到着してすぐに手術室の近くの椅子に座ったものの、いくら緋色でも病院で法衣の団体様は喜ばれません。この百年の間に職員さんたちと顔馴染みになっていたため、会議室で待つよう言われてしまい…。
「ブルーの容体も分からなければ、怪我の原因も分からない。どうしろと言うんだ、俺たちに…」
此処で何時間待てばいいんだ、とキース君は沈痛な顔。ソルジャーが重傷を負った理由を知っている筈の「ぶるぅ」は話せるような状態ではなく、頼みの綱は会長さんだけ。二時間、三時間と時計の針だけが進んでいって、職員さんが差し入れてくれたサンドイッチなども手つかずの内に窓の外はすっかり真っ暗に。
「…どうしよう…。帰った方がいいのかな?」
ジョミー君が尋ね、サム君が。
「うーん…。ブルーが来るまで待ってた方がいいんだろうけど、待てとも言われてねえもんなぁ…」
もうすぐ真夜中になっちまうぜ、と示された時計は午後十一時を指していました。やはり引き揚げるべきなのでしょうか? お泊まり用の荷物なら会長さんの家にありますし…。
「もう一時間だけ待ってみるか。どうする、ぶるぅ?」
キース君が「そるじゃぁ・ぶるぅ」に声をかけた時、会議室の扉が開いて。
「ごめんね、遅くなっちゃって」
入って来たのは緋色の衣の会長さん。どす黒い染みがついているのはソルジャーの血の痕でしょう。会長さんはフウと大きな溜息をついて、空いていた椅子に腰を下ろすと。
「あっちのぶるぅは寝ちゃったんだね、泣き疲れたかな? まあ、その方がいいけれど」
「お、おい…。まさか、あいつは…」
その先が出ないキース君を、会長さんは手で制して。
「大丈夫。ブルーは命を取り留めたよ。だけど当分は面会謝絶。ぶるぅが起きたら瞬間移動で会いに行こうとするだろうしね、病室にシールドを張ってきた。他にも色々やってきたから、ちょっと限界…」
会長さんの身体がグラリと傾き、慌てて駆け寄ったサム君の腕の中に崩れ落ちました。完全に意識を失っています。これは家まで連れて帰るしかなさそうだ、と互いに相談し合っていると。
「やっぱり無理をし過ぎましたか…」
そんなことだと思いました、と入って来たのは白衣を羽織ったエロドクター。いえ、ドクター・ノルディと呼ぶべきでしょうか、ソルジャーの手術をしたのはドクターですし。
「すぐに車を手配しますから、家でゆっくり休ませて下さい。…本当に無茶をする人ですよ、とりあえず医療スタッフだけを相手にしてればいいものを」
「「「は?」」」
サッパリ意味が不明な言葉に私たちが首を傾げると、ドクターは。
「ブルー…いえ、怪我人の方のブルーですがね、別の世界の人間でしょう? 怪しまれないよう、思念で懸命に細工していたようですよ。全世界に散らばったシャングリラ・クラブの人間を中継点にして、別の世界からのお客様だが心配無用、という情報を世界中の人の意識の下に流したそうです」
「「「えぇっ!?」」」
そんな無茶な、と私たちは息を飲んだのですけど、そういう作業をしていたのなら「そるじゃぁ・ぶるぅ」の思念波が通じなかったのも納得です。おまけに心肺停止状態に陥ったソルジャーの生命力をサイオンで補助して蘇生させたりもしていたそうで…。
「とにかく頑張り過ぎたわけです。それなのに手術を終えた私に何があったのかを思念で伝えてきましたしね…。あなたたちには伝える時間が無かったのだと言ってましたし、ブルー本人から聞いて下さい。私はブルーの主治医ですから、知らされたというだけのことです」
お大事に、と微笑んだのはエロドクターならぬドクターでした。会長さんはストレッチャーで運ばれ、病院の車でマンションへ。キース君が眠ってしまった「ぶるぅ」を背負い、私たちもタクシーで。ソルジャーの身に何が起こったのか、分かるのは明日になりそうですね…。
※今回から完結編の全3話 『遙かな未来へ』 となりました。
「どうしても完結させたい深い理由」には、もうお気付きかと思います。
ソルジャーことアルト様ブルーに御出演頂いている以上、避けて通れないのが
完結編の全3話です。え、避けて通れって? そう仰らずに…。
完結後は月イチ更新で続けさせて頂きますので、どうぞ御贔屓にv