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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

新居を描いて

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv





風薫る五月、青葉の季節。ゴールデンウィークは終わりましたが、定期試験なぞ何処吹く風の特別生には迫る日程など無関係。今日も放課後は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に出掛けて皆でのんびり、まったりです。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
今日はエルダ―フラワーのケーキだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が見た目も爽やかなババロア風のケーキを運んで来ました。ケーキの上にはクラッシュゼリー。これはなんとも美味しそう! ソファに腰掛け、紅茶にコーヒー。エルダーフラワーのシロップの炭酸割りも頼めます。
「あっ、ぼく、それにしようかな?」
ジョミー君が注文するとスウェナちゃんが続き、結局みんなが同じもの。しかし…。
「いいねえ、君たちはお気楽でさ」
ブスッとした声の持ち主は他ならぬ会長さんでした。
「一人くらいは訊いてくれるかと思っていたのに、誰一人として気が付かないし! ぼくはこんなに悩んでいるのに」
「あんたがか?」
冗談だろう、とキース君。
「そんな風には見えなかったぞ、いつもと何処が違うんだ? 大体だな、俺たちが来た段階では優雅に紅茶を飲んでたじゃないか」
「そりゃね…。飲まず食わずではいられないしさ、お昼もしっかり食べたけど…。このケーキだって食べるんだけど」
「だったら問題無いだろう? 悩みと言ってもせいぜいアレか、中間試験のことくらいだな。…ん? もしかして出られなくなったのか?」
それはマズイ、とキース君が青ざめ、私たちの手もピタリと静止。1年A組の定期試験に会長さんが登場するのはお約束です。クラスメイト全員の意識の下に正解を送り込んで満点を取らせるためで、一位が大好きなグレイブ先生も公認の行事。
「お、おい…。入学式の日の抜き打ちテスト以来、クラス中が期待しているぞ? 何もしなくても定期テストは満点だから、と予習復習は手抜きが横行、試験勉強なぞとは無縁の筈だが」
「そうだよ、ヤバイよ! ブルーが来られなくなったら大惨事だよ!」
どうするのさ、とジョミー君も大慌てですが、会長さんは。
「…誰が試験に出ないと言った? それにね、仮に何かで出られなくなっても打つ手はいくらでもあるってね。入試と同じで事前に問題は出来てるわけだし、それを失敬して正解を先に仕込んでおけばいいことなんだよ」
意識の下に、と会長さん。一種の暗示みたいなもので、試験問題を目にした途端に正解が浮かぶ仕掛けだそうです。そんな裏技があったとは…。
「やり方は他にも何通りもある。君たちの内の誰かを通して問題を見ながら正解を送るとか、事情に応じて何とでも…ね。そのくらい出来なきゃソルジャーはやってられないよ」
「なるほどな。…だったら何を悩んでいるんだ、シャングリラ号でトラブルか?」
キース君の問いに、会長さんは。
「そっちだったら留守にしてるさ、現場に急行しなくちゃいけない。ついでにハーレイも出張扱いで学校にいないね、柔道部の方に居ただろう?」
「あ、ああ…。おいでだったな、ならトラブルというのも無いか…」
「ハーレイが学校に居るっていうのが問題なんだよ、そこが悩みの種なんだけど」
「「「は?」」」
教頭先生が学校にいらっしゃるのは常識です。昨日もその前もおいででしたし、授業や部活で教頭室が留守であっても、校内の何処かにおいでになるのが基本なのでは…?



狐につままれたような顔の私たち。教頭先生が学校にいらっしゃったら何がダメだと言うのでしょう? 会長さんはエルダ―フラワーのジュースをストローで一気に吸い上げ、炭酸で派手に咽せ込んでいます。よほど腹の立つことでもあったか、と戦々恐々で見守っていると。
「…うう、一気飲みなんてするんじゃなかった…。ぶるぅ、水」
「はぁ~い!」
どうぞ、と小さな手が差し出したグラスから再び一気飲み。相当に機嫌が悪いようです。これはコワイ、と腰が引け気味の私たちを他所に会長さんは紅茶を頼み、エルダ―フラワーのケーキを口に運ぶと。
「…分かってくれた? どのくらい悩んでいるのかは」
「ま、まあな…」
何があったんだ、とキース君の語尾も微妙に震えていたり…。会長さんはケーキを黙々と食べ、紅茶で喉を潤してから一枚の紙を取り出しました。
「…これ」
「「「???」」」
折り畳まれた紙はかなり大きめのもの。書類にしては何処か変だな、と思っていれば広げられたそれがテーブルの空きスペースに押し込まれて。
「昨日、帰ったら郵便で家に届いていたわけ。差出人はハーレイでさ、良かったら意見を聞かせてくれって」
「「「…何の?」」」
意図せずしてハモッた全員の台詞。大きな紙は設計図のように見えますけれど、シャングリラ号やシャトルなんかのものでは無くて、どちらかと言えば不動産広告のチラシで見かける見取り図っぽい感じですが…?
「見て分からないかな、設計図だよ! ハーレイが近々新築予定の自宅のね」
「「「はぁ?」」」
教頭先生、家を新築なさるんですか? 今のお宅はまだまだ使えると思うんですけど…。
「それが普通の反応だよねえ、ぼくだってポカンとしちゃったさ。ハーレイの家はこのマンションが出来たのと同時期に注文建築で建てた家だし、百年は余裕でいける設計。リフォームならともかく建て替えだなんて、正気の沙汰とも思えないんだ」
「…ひょっとして貯金が貯まったとか?」
ジョミー君が恐々といった様子で。
「なんだっけ、ブルーと結婚するために貯め続けているヤツだっけ? あれが充分な額になったんで家を建てる気になったんじゃあ…?」



「……ある意味、正解」
会長さんは超特大の溜息をフウと吐き出して。
「ハーレイの夢の結婚資金は順調に貯まり続けてる。家の二軒や三軒くらいは余裕で建てても余るほどにね。だけど貯金はいくらあっても充分ということはない。ぼくとぶるぅを贅沢三昧で養わなくっちゃいけないし…」
「それなのに家を新築ですか?」
結婚できるアテも無いのに、と辛辣なシロエ君に「そこなんだよね」と返す会長さん。
「ハーレイなりのプロポーズってヤツらしいんだ、これは。新しく建てる家に関してぼくの意見を取り入れる。でもって目出度く家が出来たら、ぼくのために建てた家だから一緒に住もう、と言ってくるわけ」
「「「…プロポーズ…?」」」
えらくまた回りくどいことを、と思わずにはいられませんでした。家を建ててからプロポーズって、それで振られたらどうするんでしょう?
「さあ…。そこまでは考えてないんじゃないかな、先達は成功例だから」
「「「先達?」」」
「そう。…なんでいきなり家を新築で設計図なんだ、と気になったから失礼して心を読ませてもらった。あ、ハーレイの家には行っていないよ? 離れていたってそのくらいはね」
ハーレイの夕食中にコッソリ、と教えてくれる会長さん。教頭先生、昨夜は例の設計図が会長さんの手許に無事に届いているかとドキドキしながら夕食を食べていたそうです。
「そのハーレイの頭の中にさ、他の学校の先生方との宴会の記憶があったんだ。馬が合って二次会に繰り出した時に聞いた話が設計図のルーツ。ある先生のお祖父さんの実話ってヤツでね、意中の女性に新しく建てる家の図面を渡したわけ」
何十年も前の話だよね、と会長さん。その頃は恋愛結婚よりもお見合いがメインだった時代なのだそうで。
「そんな時代に図面を渡して、家を建てたいから女性の意見も聞いておきたい、と言われたら普通は頼まれ事だと思うだろう? もちろん、女性はそう考えた。だから女性ならではの視点で色々と案を出し、「こんな感じで如何でしょうか」と答えを返しておいたんだけど…」
「それで?」
どうなったんだ、とキース君。私たちも膝を乗り出しています。
「男性からは御礼の品が届いて、女性は役に立てて良かったと喜んだ。そしてすっかり忘れていた頃、家が出来たので改めて御礼をしたい、と高級料亭に招かれるんだよ。新築祝いの席か何かだと思って出掛けたらお客は自分しかいなかった」
ゴクリと唾を飲む私たち。話はいよいよクライマックス。
「でね、立派な料理が運ばれてくる中、その男性は言ったんだ。「あの家は実はあなたのために建てたんです。よろしかったら、一緒に住んで頂けませんか」とね」
「「「!!!」」」
どっひゃあぁぁ、凄い話もあったものです。花束とか指輪はよく聞きますけど、家ですか!
「凄いだろ? 女性の方は家の設計を考えてあげるほどだし、もちろん男性を嫌ってはいない。というわけでプロポーズは成立。…後日、改めて両家で顔合わせってね」
ハーレイはそれに感化されたんだ、と話す会長さんの頭を悩ませている教頭先生の家の設計図。もしもウッカリ返事をしたなら、その通りの家が建つのでしょうか…?



「ふうん? …世間は広いね、そんなプロポーズもアリなんだ?」
ぼくの世界じゃちょっと無理かな、と優雅に翻る紫のマント。現れましたよ、ソルジャーが!
「SD体制下では家は基本的に割り当てられるものだしねえ…。自分好みに建てられるとしても、それは結婚してからのことだ。家を建ててからプロポーズなんて、とてもとても」
でも憧れないことはない、とソファにストンと腰掛けるソルジャー。
「ぼくは結婚しちゃったけれど、ハーレイと地球で暮らす時には一戸建てに住もうと思ってる。どんな家にするかは二人で決めていくんだろうねえ…。そうして出来た理想の家がさ、もしも結婚よりも先に出来ててハーレイが「あなたのための家ですよ」って言ってくれたら幸せだろうな」
もう起こり得ない話だけれど、と語る既婚者。キャプテンと結婚してしまっただけに、もうプロポーズは有り得ません。そこが残念、とソルジャーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が素早く用意したエルダ―フラワーのケーキを食べながら。
「で、この設計図はどうするわけ? 君なりの意見を添えて返送?」
「まさか! こうして晒しものにはしたけど、これは抹殺するつもり。ただ、ハーレイは思い込みの激しいタイプだからねえ、暫くは悩まされそうだ……と思ってさ。あの設計図は見てくれたか、とか、何処を直せばいいと思う、とか、手紙に電話にメール攻撃」
数日中に始まるだろう、と会長さんは思い切りドン底でした。教頭先生はシャングリラ号のキャプテンですから、ソルジャーである会長さんが完全に無視するわけにはいかないのです。電話がかかれば取らねばならず、メールも手紙もチェックしなければなりません。
「どうすりゃいいのさ、この展開…。いっそ婚約指輪だったら叩き返しておしまいなのに…」
「活用すれば?」
「「「は?」」」
斜め上な返事をかました人は会長さんそっくりの赤い瞳を煌めかせて。
「新築するって言っているんだ、便乗して遊べばいいだろう? ただ、どうやって遊べばいいのか、ちょっと見当がつかないけれど…。ぼくは家なんか新築したことが無いからねえ…」
この世界のシステムも分からないし、とぼやくソルジャー。
「家を建てるにはどうするんだい? 今ある家は壊すのかな? そうなると何処に住むんだろう? 庭にテントを建てるにしたって、工事中だと埃っぽいよね。それに家具とか、どうなるのかな?」
テントが幾つ要るんだろう、と考え込んでいるソルジャーは本当に家を建てる仕組みがまるで分かっていませんでした。その理屈だと庭の無い家は建て替え不可能になっちゃいますよ?
「あんた、全く分かってないな。別の場所に家を借りるんだ」
一戸建てでなくてもマンションとか、とキース君。
「その家に入り切らない家具があるなら、それ専門の業者がある。新しい家が完成するまで責任を持って預かる仕組みだ」
「へえ…。だったらハーレイは困らないんだ? 建てさせちゃおうよ、その家とやら」
でもってプロポーズを蹴飛ばしてやれ、とソルジャーは無責任に言い放ちました。
「ブルー好みっていうことにしてさ、あれこれ設計図に手を加えるわけ。ハーレイが一人で住むには恥ずかしいほどメルヘンチックな家にするとか、色々あるよね。それで完成してから蹴られてごらんよ、ダメージはもう半端じゃないかと」
「「「………」」」
それは悪質過ぎないか、と顔を見合わせる私たち。面白そうではありますけれど…。
「その話、乗った!」
えっ、本気ですか、会長さん? 教頭先生には似合っていない家を建てさせて、プロポーズを蹴って笑いものに…?



さっきまで悩んでいたのが嘘だったように、会長さんは生き生きとして設計図をテーブルに広げ直しました。ケーキのお皿などを移動させてスペースを空け、鉛筆を片手にウキウキと。
「えーっと…。ぶるぅ専用の子供部屋はあるみたいだけど、夫婦用の寝室は多分これかな? 此処に土鍋を置く場所が欲しい。ぶるぅはやっぱり土鍋でないとね」
「かみお~ん♪ 土鍋、大好き!」
「それと、土鍋に飽きた時のために子供用のベッドも必要だ。メインの寝室はもっと広く、と」
「あんた、本気か!?」
本気なのか、とキース君が声を荒げて。
「家を新築するとなったら半端な金では無理なんだぞ! それを住む気もないくせに!」
「別にいいだろ、君の家とは違うんだ。本堂を新築するんだったら檀家さんから寄付を集めて建てることになるし、色々と制約もあるだろうけど…。ハーレイの場合は自分のお金さ」
「しかし、無駄遣いにも程がある! あんた、腐っても坊主だろうが!」
お金をドブに捨てさせるのは仏様の教えに反する、と拳を震わせるキース君に、会長さんは。
「うん。だから、この家は建てさせないよ?」
「「「は?」」」
だったら図面は何なのだ、と突っ込みまくる私たちを他所に書き込みを続ける会長さん。
「外観はやっぱりブルーの意見を入れるべきかな、メルヘンだっけ?」
「そうそう、可愛い家がいいよね。真っ白な家はどうだろう? 絵本に出てくる家みたいにさ」
「了解。フリルひらひらのレースのカーテンが似合う感じね」
ロマンチックでメルヘンチック、と設計図の空白に可愛すぎる家が描かれました。とても住めない恥ずかしさですが、建てさせないならいいのかな? でも……。図面はあるのに建てさせないって?
「ふふっ、それはねえ…。すぐに分かるさ、今日の内にね」
「どうするんだい?」
ぼくも興味があるんだけれど、とソルジャーが会長さんに尋ねれば。
「君の台詞が大いに参考になったわけ。家を建てるなら仮住まい! そこを逆手に取らせて貰う」
仕上げは今夜、ハーレイの家で…、と会長さんは嬉々として設計図に手を入れ続けています。教頭先生の妄想に満ちた図面はバスルームが妙に大きかったり、どう見ても寝室重視だったり。
「馬鹿だよねえ、ホント…。ぼくとヤリまくることしか考えてないのがバレバレだってば、一日中それじゃ干からびちゃうし! 食べるのも寝るのも必要なんだよ、それと一人でゆっくりする時間!」
個室は絶対必要だよね、と主張しながら図面に加筆する会長さんをソルジャーが熱心に見詰めていました。憧れの地球に辿り着いたら、キャプテンと一戸建ての家で暮らすのがソルジャーの夢。その日に備えて参考にしようというのでしょう。
「ぼくは個室は要らないけどなぁ…。ハーレイとなら四六時中、一緒でいいんだけれど」
「今は別々に暮らしてるからそう思うだけ! 二十四時間、青の間でベッタリ一緒だったら疲れてくるよ」
「特別休暇を取った時なら二十四時間どころか四十八時間は一緒だけれど?」
「………。君に言ったぼくが馬鹿だった……」
バカップルめ、と毒づいた会長さんは好みの図面を作成中。これが日の目を見ないだなんて、どんな計画なのでしょう? 仮住まいを逆手に取るとか聞きましたけれど、それってどういう意味なのかな?



会長さんの家へ瞬間移動してからの夕食は鶏肉とキノコのフリカッセ。ソースたっぷりのお料理にバターライスが良く合います。食べる間に例の図面が席から席へと手渡しで回され、それを肴にワイワイと。
「会長、とことんこだわりましたね…」
外観に、とシロエ君が溜息をつけば、サム君が。
「よく見たのかよ、庭とセットになってんだぜ? 花壇って書いてあったじゃねえかよ」
「そうでした! 玄関には蔓薔薇のアーチですよね、四季咲きの」
花の色の指定もあったんでした、とシロエ君。会長さんがこだわった家は何処までも乙女チックでメルヘンチック。スウェナちゃんと私ですらも「恥ずかしいかも」と思ってしまう出来栄えで。
「そこがいいんだよ、女の子でさえも躊躇してしまう家でもハーレイはストンと納得するわけ。今回の計画がパアになっても記憶に残るし、ますます妄想に磨きがかかるさ」
そして恥ずかしげもなくリネンや備品を買いに行くのだ、と嘲笑している会長さん。教頭先生が会長さんのために買い揃えているガウンや下着類はフリルひらひら、レースたっぷりの乙女チックな品ばかり。ボディーシャンプーも花の香りで、その他の品も推して知るべし。
「なるほどねえ…。更に重症化したら凄いだろうねえ、ぼくのハーレイにその趣味が無くて良かったよ。自分でそういうのを着るのはいいけど、押し付けは好きじゃなくってさ」
「君のハーレイはゴリ押ししないし、その点は評価出来るかな…」
妄想男は迷惑なだけ、と切って捨てた会長さんは夕食が済むと私たちをリビングに集めてスタンバイ。教頭先生は既に夕食を終えて寛いでおられるそうで。
「いいかい、君たちは普通にしていればいい。話が自分に振られた時は臨機応変、その場のノリで」
「「「臨機応変?」」」
「行けば分かるさ、ハーレイが設計図を受け取ったらね。…行くよ、ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、ソルジャーの青いサイオンの光が溢れたかと思うと、そこは教頭先生の家。リビングのド真ん中に沸いて出た私たちの姿に、教頭先生がソファの上で腰を抜かしかけています。
「こんばんは、ハーレイ。…昨日は手紙をありがとう」
「あ、ああ…。見てくれたのか?」
なんとか立ち直った教頭先生の目は会長さんの手元に釘付けに。会長さんはニッコリと笑い、例の設計図を広げてみせて。
「ぼくの意見を聞きたいんだって? もしかして、ぼくと一緒に住みたい家かと思ったんだけど…。間違ってる?」
教頭先生はたちまち耳まで真っ赤になりました。意図を隠してプロポーズへと持ち込むつもりが、会長さんの方で先取りをしてくれたのです。嬉しくない筈がありません。
「…そ、それは…。た、確かに……実は、そういうつもりで……」
「本当かい? それなら良かった。そうなのかなぁ、って思っちゃってさ、色々と書き込んでしまったんだけど、君が一人で住む家だったら迷惑すぎる話だし…」
「それは無い! 私はお前と住めたらいいな、と密かに夢見ていたのだが…。そうか、それならお前の好みの図面に仕上げてくれたのだな?」
「うん。…こんな感じになったんだけど」
会長さんが差し出した図面を教頭先生は大喜びで受け取り、喜色満面で覗き込んでいます。書き込みに一々頷いてみたり、「うむ」と呟いたり、否定する気持ちはまるで無し。蔓薔薇のアーチが似合うメルヘンチックな真っ白い家を新築しますか、そうですか…。



「…素晴らしい家だ。これに私と住んでくれると…?」
設計図を検分し終えた教頭先生が頬を染めながら改めて念を押し、会長さんはコクリと首を縦に。教頭先生は大感激です。
「そうか、一緒に住んでくれるか。…つまり嫁に来てくれるのだな?」
「…その家が無事に出来たらね」
この言葉に裏の意味があることを私たちは知っていましたが、教頭先生は知る由も無く。
「家が出来たら、か。もちろん全力を尽くして建てよう。結婚式も挙げねばならんし、家は急いで建てた方がいいな。我々の仲間に発注するから工期は何とでもなるだろう」
「そうだね、融通は利くと思うな。で、建て替えとなったら、その間、この家は住めないか…」
「うむ。何処かに部屋を借りるしかないが、お前が気軽に来られるように一戸建てでも借りようか?」
その方がいいな、と微笑む教頭先生。
「二人で現場を見に行くことも多いだろうし、その後、良ければ、そのう…」
「泊まって行けって?」
会長さんの瞳が俄かに険しくなって。
「婚前交渉ってヤツは、ぼくは好みじゃないんだけれど? そこはキッチリして貰いたいね、そういう件は結婚してから!」
「す、すまん…。しかしだな、お前とぶるぅが寄ったりするなら、一戸建てがいいと思うのだが…」
「ダメダメ、無用の出費は避ける!」
家にお金がかかるんだから、と会長さんは人差し指をチッチッと左右に振りました。
「君が沢山貯めているのは知っているけど、結婚したら贅沢させてくれるんだよね? それに備えて今は耐乏生活! 自分は不自由することになっても妻には贅沢させてみせます、って姿勢を示して欲しいんだけど」
「………? よく分からんが、質素倹約ということか?」
「そうだよ、余計な所にお金をかけない! 君のストイックな生活ぶりを実地で見せて貰えるチャンスだ、工事の間はつましく暮らす!」
まずは家賃の節約からだ、と会長さんは嫣然と。
「君一人なら一畳半もあれば充分。修行僧なんかはそうだよね? だけど賃貸でも一畳半なんて物件は扱ってないし、ここは一発、コネってヤツで…。キース!」
「は?」
「君の家は宿坊をやってるだろう? ついでに庫裏にも空き部屋が多い。一番狭い部屋でいいから、ハーレイに貸してくれないかな?」
「あ、ああ…。まあ、それは…。俺の一存では決められないが、親父もおふくろも特に反対はしないと思う」
「じゃあ、決まり。いいかい、一番狭い部屋だよ? 余計なスペースは要らないからね」
耐乏生活をするんだから、と話を進める会長さん。
「庫裏の一番狭い部屋に住んで、お風呂は宿坊にあるヤツを借りる。食事も宿坊のヤツでいいけど、家賃代わりに境内の掃除とか、宿坊の方の手伝いを…。ついでに朝晩のお勤めは必須」
「きょ、教頭先生にそんなことは…!」
「下宿人だと思えばいい。そうだよね、ハーレイ?」
「う、うむ…。世話になる、キース」
深々と頭を下げられてしまったキース君は断ることは不可能でした。アドス和尚とイライザさんも銀青様こと会長さんには絶対服従の立場です。教頭先生は工事期間中、元老寺でのお寺ライフと教頭職との二足の草鞋で突っ走るしかなさそうな…?



こうして家を新築している間の教頭先生の仮住まい先が決まりました。住人の行き場が決まれば次は家具などの備品です。会長さんはリビングをぐるっと見渡して。
「うーん…。余計な物が沢山あるよね、こういうのは…、と…」
「家具はトランクルームしか無いと思うが…」
教頭先生がおずおずと言うと、会長さんの顔が厳しくなって。
「君の仮住まいが格安どころか限り無くタダに近いんだよ!? 家具に家賃を支払うだなんて!」
「し、しかしだな…、それこそ本当に置き場所が…」
「ぼくの家に置けばいいじゃないか」
サラッと告げられた言葉に、教頭先生の表情はみるみる薔薇色。
「お前が預かってくれるのか? 本当に?」
「それこそ部屋は余っているからね。ただし預かる荷物は厳密に仕分けをさせて貰うから」
「…仕分け?」
「そう、仕分け」
聞こえなかった? と会長さんはニヤリと笑うと、私たちの方を振り返り。
「仕分け要員なら大勢いるんだ、ここに山ほど! この子たちだけなら心もとないけど、幸か不幸かブルーもいるから大人なアイテムも任せて安心!」
「「「は?」」」
「必要なものと、そうでないものとに仕分けするんだよ、ハーレイの家にあるものを! 必要なものは全部預かるし、不要なものは処分する。新婚生活のスタートに向けて欠かせない作業を先取りってね」
とりあえず家具は絶対必要、と会長さん。
「食器棚とかクローゼットは新しい家に合わなかったら処分ってことで、今は預かる。だけど中身はチェックした上で要らないものは即、処分! たとえば、そこの夫婦茶碗とか」
会長さんがビシッと指差した先には教頭先生が大切にしている夫婦茶碗がありました。片方を真っ二つに割られた状態で会長さんに押し付けられた代物です。教頭先生は金継ぎとかいう方法で割れた茶碗を修理して貰い、食器棚に飾っているわけで。
「…しょ、処分…。夫婦茶碗をか…? あ、あれはだな…」
オロオロしている教頭先生に会長さんは冷たい口調で。
「別に要らないだろ、君の一方的な思い込みだし! 夫婦茶碗なら二人で買いに行けばいい。結婚してから新居にピッタリのヤツを」
「そ、そうか…。そういう理屈なら確かにあれは…」
「不要だろう? 他のアイテムもこんな具合で仕分けだね。山ほど買い込んだ妙なガウンや下着も要らない。新しく買えばいいんだからさ。それにオカズも、もう要らないよね」
「「「おかず?」」」
食料品の備蓄だろうか、と私たちは思ったのですが。
「要らないだろうねえ…」
のんびりとした声はソルジャーでした。
「お寺住まいじゃ夜のお楽しみは無理だよねえ? 工事期間がどのくらいかは知らないけれど、しばらく禁欲生活だ。その分、新居で大いに楽しめばいい。ブルーと結婚するんだったらオカズは不要! なにしろ本家本元が同じ屋根の下にいるんだからさ」
処分あるのみ、とソルジャーは赤い瞳をキラキラさせてニコニコと。
「おかずの処分はぼくにお任せ! そこの子たちには分からなくても、ぼくなら分かる。その子たちだと仕分け処分は例の抱き枕が限界だしね」
「「「!!!」」」
おかずとやらが何を指すのか、ほんの欠片だけが分かりました。教頭先生の夜の時間のお楽しみ用アイテムです。会長さんの写真がプリントされた抱き枕は処分対象になるようですねえ…。



教頭先生の夢の新築計画の前には仕分け作業が必要不可欠。夫婦茶碗や会長さんの抱き枕やら、処分すべき品物は多そうです。教頭先生が会長さんに似合うと信じて集めまくったガウンも下着も処分の対象。つまり、会長さんの意に染まないものは全て処分というわけですが。
「…ブルー…。そ、そのう、お前が写った写真なんかは…」
どうなるんだ、と訊いた教頭先生に、会長さんはにべも無く。
「決まってるだろ、処分だよ。自分の写真が飾られた部屋も嫌いじゃないけど、君が持ってるのは隠し撮りとかが多いしねえ? この際、纏めて処分だってば! 大丈夫、新しいのを飾ればいいから」
「ほ、本当に新しいのをちゃんと飾らせてくれるんだろうな?」
「家が建てばね」
会長さんはニッコリと。
「この家にあるガラクタの類を仕分けしてから家を空にして、君は元老寺へお引越し! それから今の家を壊して、新しい家に建て替えて…。無事に完成するまでの間、ぼくの機嫌も取るんだよ? ウッカリ機嫌を損ねてしまえば家は建っても、その家に嫁は来ないかも…」
「な、なんだって!?」
「まずは気前よく、未来の嫁のお願いどおりに仕分けだね。それも受け入れられないような男の嫁になるのは流石にちょっと…」
遠慮したいな、と艶やかな笑みを浮かべる会長さん。
「そんな調子でぼくの機嫌を取り続けてれば、いずれ立派な家が建つ。その時にぼくがOKしたなら結婚式を挙げて嫁入りするさ。つまり賭けだよ、一種のね。…君は最初から賭けのつもりで設計図を寄越した筈なんだ。いや、賭けとは思っていなかったのかな、成功例しか知らないんだっけ」
「な、何故それを…!」
驚愕する教頭先生に向かって、会長さんは。
「君の心を読んだのさ。タイプ・ブルーを舐めないで欲しいね、設計図なんかを送り付けられたら気になって知りたくなるだろう? 君が感化されてしまった話はプロポーズの形としては最高にスマートな部類だけどさ、プロポーズな以上は断られるっていうのもアリだよねえ?」
「で、では、私は……」
「やるだけやってみればいい。未来の嫁の理想通りに家を建ててみて、お前のために建てた家だから嫁に来てくれとプロポーズ! それが出来てこそ立派な男だ。まずは新築に備えて仕分けから!」
「ハーレイ、心配しなくてもガウンとかは無駄にならないよ? 使えそうなものは貰って帰るし、ぼくのハーレイが大いに喜ぶ」
他にも色々持っているよね、と仕分け処分品のおこぼれを狙うソルジャーはまるでハイエナのようでした。仕分け作業を始める時には特大の箱を持参で来るのだそうで。
「楽しみだなぁ、みんなで寄ってたかって仕分け! これは何だろう、って声が聞こえたら出番なんだよね、ぼくが貰って箱に入れる…、と。この家、宝の山だから」
「…ちょ、ちょっと…。そんなに色々あるのかい? もしかしてぼくが知らない物も?」
覗き見は滅多にしないから、とキョロキョロ見回す会長さんに、ソルジャーは。
「あると思うよ。ハーレイはタイプ・グリーンだからねえ、本当にヤバイと思ってる物は無意識にシールドしている筈だ。シールド能力はタイプ・ブルーに匹敵するだけに、アヤシイお宝もコッソリ、ザクザク」
「うわぁ…。それはサッサと仕分けしないと…。で、ハーレイ、家の新築工事はいつから?」
始めるなら早い方がいいよね、と問い掛ける会長さんの前では教頭先生が顔面蒼白。
「……し、仕分け……。き、嫌われたら家を建てても独身……」
「ん? ハーレイ、どうかした?」
「す、すまん、考えさせてくれ! 新築の件は、いずれ改めて連絡するから、今日の所は…!」
帰ってくれ、と土下座しまくる教頭先生は憐れとしか言いようがありませんでした。これじゃ仕分けも新築工事も夢のまた夢ですってば…。



「というわけで、あの家は決して実現しないってね」
建てさせないって言っただろう、と会長さんは満足そう。私たちは泣きの涙の教頭先生の家から瞬間移動で会長さんの家に帰って来ました。教頭先生は会長さんが残した夢の設計図を涙ながらに見詰め続けているそうです。
「君も鬼だねえ、ハーレイ、一気に天国から地獄じゃないか」
夢を捨て切れないらしい、とソルジャーが教頭先生の家の方角を見れば、会長さんは。
「捨て切れないなら実行あるのみ! キースの家で御世話になって、家財道具は仕分けってね。君もその方がいいんだろう?」
「うーん…。棚から牡丹餅で色々ゲットは出来るけど…。本音を言えば君にはハーレイと幸せになって欲しいし、そういう意味での賛成だよね。結婚したまえ、夢の新居で」
「それは絶対、嫌だってば!」
なんだってハーレイの嫁なんかに、と会長さんはバッサリと。新居を建ててプロポーズという教頭先生の一世一代の賭けは始まる前に終わりそうです。いっそ勝手に建てちゃってからプロポーズした方が良かったのでは、とも思いましたが。
「それ、アウトだし!」
勝手に建てたらプロポーズにならない、と会長さんのチェックが入りました。
「相手の意見を取り入れて建てた家だからこそ、そこでプロポーズが出来るわけ。「家ならあります、嫁に来て下さい」っていうのもダメじゃないけど、それだと金持ち自慢だろ?」
ああ、そっか…。どんな家でもOKってわけじゃないんですよね、相手に合わせて建てたって所がポイント高いんでしたっけ…。
「さて、ハーレイは建てるかな? 建てないかな? …建てられない方に賭ける人!」
サッと挙がった全員の手に大爆笑。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の小さな手までが挙がっています。教頭先生、ここは一発、大穴で新築に挑みませんか? 仕分けだったら頑張ります! ソルジャーも協力してくれますし、元老寺の庫裏も空いてます! 教頭先生、如何ですかぁ~?




             新居を描いて・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 教頭先生の夢の新居は建つか、建たないか。いやはや、お気の毒としか…。
 シャングリラ学園シリーズは4月2日に本編の連載開始から6周年を迎えます。
 6周年記念の御挨拶を兼ねまして、4月は月に2回の更新です。
 次回は 「第1月曜」 4月7日の更新となります、よろしくお願いいたします。 

 最近ハレブル別館の更新が増えておりますが、シャングリラ学園は今までどおり続きます。
 月イチ、もしくは月2更新、それは崩しませんからご安心をv
 ハレブル別館で扱っているのは転生ネタです、なんとブルーが14歳です、可愛いです。
 先生なハーレイは大人ですけど、エロは全くございません。
 ほのぼの、のんびりテイストですので、よろしかったらお立ち寄り下さいv
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 こちらでの場外編、3月は謎の国際宅急便の中身で波乱となっておりますが…。
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