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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

雨の降る日に

 ハーレイが訪ねて来てくれる土曜日の朝。
 目覚めて直ぐに土曜日だと気付き、今日はハーレイと何を話そうかと考えを巡らせかけたブルーの耳が音を捉えた。激しくはないけれど、屋根を叩く水の雫の音。
「…雨だ…」
 先日までの天気予報では雨は降らないと言っていたのに、予報が変わって曇りになったのが昨日の朝のこと。土曜日は早朝から釣りに出掛けるのだと話していたクラスメイトの顔を思い出す。曇りならともかく、本降りの雨。彼は釣りに行くことが出来ただろうか?
(ぼくは何処にも出掛けないから関係ないけど…)
 きっと何人もの休日の予定が変更になるに違いない。外でやるスポーツやハイキング。車で出掛ける人にしたって、遠出をやめて近い所へ行くかもしれない。その点、ブルーは家でハーレイの来訪を待つだけなのだし、何も変わりはしないのだが…。
(ハーレイ、今日は車かな?)
 ブルーの家を訪ねて来る時、ハーレイが使う方法は三通り。路線バスと自分の車と、自分の足と。雨が降る日は大抵が車で、晴れか曇りなら路線バス。運動を兼ねて歩いて来る日は雨とは無縁の天気が良い日。
 そんなことをつらつらと考えながら着替えを済ませて両親と一緒に朝食を摂った。雨は一向に止もうとはせず、どうやら夜まで降り続くらしい。
(夜まで降るなら、釣りはやっぱり無理だったかな?)
 クラスメイトのガッカリした顔が目に浮かぶようだ。ブルーは生まれつき身体が弱かったから、雨で変更を強いられそうな予定とは殆ど縁が無い。屋外でスポーツなどはしないし、長距離を歩くハイキングだって学校の遠足くらいなもの。それすらも参加出来ずに家に居たことも度々で…。
(雨って、色々と大変だよね)
 いつものように部屋を掃除し、後はハーレイが来るのを待つだけ。自分用の椅子に座って窓から表の庭と通りを見下ろす。ハーレイは車か、はたまた傘を差しての到着か…。
「あっ!」
 やっぱり車、と見慣れたハーレイの愛車が来客用のスペースに入ってゆくのを眺めた。ハーレイの車を見るのは好きだ。今はまだ一緒に乗せては貰えないけれど、大きくなったら…。
(車で何処でも行けるんだよね)
 一日でも早く大きくなって、ハーレイが運転する横で助手席に座って、いろんな所へ。そうなる頃には雨に降られて気落ちすることもあるのだろうか?
(…えーっと…。雨が降ったら駄目な所って何があったかな?)
 屋根の無い公園、それから海辺。山も駄目かな、と指を折って順に数える途中で気が付いた。雨が降ったら台無しどころか、もっと大変なとある事実に。



 車をガレージに停めたハーレイが母の案内でブルーの部屋までやって来る。軽いノックの音に声を返すと扉が開いて、ハーレイが「おはよう」と穏やかな笑顔で現れた。ブルーの向かいの椅子に腰掛け、母がテーブルに紅茶と焼き菓子を置いて…。
「ごゆっくりどうぞ。何か御用がありましたら、ブルーに仰って下さいね」
「ありがとうございます。今日もお世話になります」
 ハーレイは丁重に礼を述べるが、本当の所、世話になっているのはブルーの方だ。ブルーが此処に居なかったならば、ハーレイには自分の時間を自由に使える休日が今日もあった筈。土曜日と日曜日が巡ってくる度、ブルーはハーレイを拘束している。雨降りよりも厄介な存在が自分。
「どうした、ブルー?」
 元気が無いな、とハーレイに顔を覗き込まれた。母はとっくに扉を閉めて出て行ったらしい。
「…うん……。…ううん」
 曖昧に答えたブルーに、ハーレイは「気になることがあるのなら言え」と促してくる。
「お前、どう見てもおかしいぞ。甘えもしないし、喋りもしない。……何があった?」
「……えっと……」
 どうしようかと言い淀んだものの、ブルーがハーレイの休日を殆ど一人で独占している今の状態は今後も続く。ハーレイがそれを選んだとはいえ、無期限でブルーの守り役として。
 前世では心も身体も結ばれた恋人同士で、今の生でもハーレイはブルーを恋人だと言う。ブルー自身も恋人だと思っているのだけれども、実際はキスすら交わしてはいない。そんなブルーに付き合い続けて休日の大半を潰してしまって、ハーレイはそれでいいのだろうか?
「ハーレイ…。一つ訊いてもいい?」
 ブルーは思い切ってハーレイの鳶色の瞳を見詰めた。
「なんだ? 俺で分かることならいいんだが…」
「…ハーレイにしか答えられないことだよ。……ハーレイ、休みの日は前は何をしていたの?」
「休みって…。今日みたいな土曜とか日曜のことか?」
「うん。……ぼくの所へ来なくちゃいけなくなってしまう前は何をしていたのかな、って…」
 其処まで言うのが精一杯。ブルーは俯き、黙ってしまった。
 自分が知らないハーレイの休日。今よりも遙かに充実していて、色々な場所へ出掛けて行って…。
 ハーレイの答えを待つまでもなく分かっている。自分がハーレイを独占する前は何通りもの休日の過ごし方があって、ハーレイはそれらの日々を心から楽しんでいたに違いないと。
「……なるほどな……」
 ハーレイはクッと小さく喉の奥で笑い、ブルーの銀色の髪を右手でクシャクシャと撫でた。



「…お前の質問への答えだが」
 その言葉にブルーはピクリと肩を震わせた。それを見たハーレイがクックッと笑う。
「まずは、一つ目。…ブルー、お前は重大な勘違いってヤツをしているぞ。俺は強制されて此処へ来ているわけじゃない。建前上はそういうことになっているがな、お前まで勘違いを起こしてどうする。俺はお前に会いたいから此処に来るんだぞ」
「…でも……。ぼくは小さいから、ハーレイの恋人っていうのは名前だけだよ」
「名前だけでも充分なんだよ、俺にはな。…お前が昔の姿に育つ時まで何十年でも待てると何度も言っているだろう? 見張っていないと他の誰かに盗まれそうだ」
 お前はとてつもない美人に育つんだしな、とハーレイはパチンと片目を瞑る。
「自分の宝物の番をしたくないヤツは居ないと思うぞ、盗まれそうなモノとなったら尚更だ」
「…だけど……。ハーレイのための時間が全然無いよ」
「俺のためだろうが、今だってな。とびきりの美人に育つ予定のお前の姿を眺めて暮らす。しかも将来は俺のものになると言ってくれる可愛い恋人なんだぞ? こんな贅沢な時間は無いと思うが」
 おまけに美味い飯だの菓子だのも付く、とハーレイの指が焼き菓子の皿を指差した。
「この菓子もお前のお母さんの手作りだしな? その辺のヤツより美味い菓子が食えて、飯だって色々作って貰える。俺も料理は得意な方だが、作って貰った飯というのは格段に美味い」
「…それでもやっぱりハーレイが自由に使える時間は無いよ…」
「俺としては今現在も自由時間のつもりだが? 恋人と二人で過ごせる時間が自由時間でないヤツがいたら、是非ともお目にかかりたいな。そんな馬鹿野郎には恋など出来ん」
 そして、と褐色の手がブルーの髪を優しく梳いてゆく。
「お前の質問への二つ目の答え。…お前という宝物があるなんてことを知らなかった頃は、休みと言ったら運動だったな。柔道もいいし、水泳もいい。道場に行って指導もしてたし、一日中プールで泳ぎまくったり…。それはそれで楽しい休日だったが、宝物を見付けてしまうとなあ…」
 値打ちがググンと下がるもんだ、とハーレイはニッコリ笑ってみせた。
「俺だけの宝物を眺めて過ごせて、しかも飯付き。それに比べれば、自由を満喫していたつもりの昔の俺ってヤツは悲惨だ。ただの寂しい独身男さ、嫁も彼女も居ないんだからな」
「……本当に? ハーレイは本当に今みたいな休みでかまわないの?」
「当たり前だろうが、何度言えば分かる? 俺は自分の宝物の見張りに通っているんだ、盗られたり逃げられたりしないようにな」
 この宝物には綺麗な足が生えているから、とハーレイの足がテーブルの下のブルーの足に触れて、直ぐに離れた。
 それは本当に一瞬のこと。小さなブルーは知りもしないが、倍以上もの年を重ねたハーレイの方は立派な大人の男性。ほんの少し足が触れ合っただけでも身体の奥に熱がじわりと生じるのだから。



 宝物のブルーを他の誰かに盗られないよう、ブルーが逃げてしまわないよう、その側で見張る。
 それが自分の休日であって、最高に贅沢な過ごし方だとハーレイは言った。
「盗まれてから歯軋りしても遅いし、逃げられたとなると泣くしかない。そんな惨めな目には遭いたくないからな。…特にお前が逃げる方は、だ」
「…逃げたりしないよ、ぼくはハーレイしか好きにならない」
「……どうだかな?」
 分からないぞ、とハーレイが難しい顔をする。
「前のライバルはシャングリラのヤツらだけだった。しかし今度は違うからな…。地球だけでも凄い人数が居るし、宇宙には星が幾つも散らばってやがる。そしてお前は美人ときた。目をつけるヤツはきっと多いぞ、お前と釣り合う年のヤツらも掃いて捨てるほど居るんだからな」
 こんなに老けたオッサンよりも若いヤツの方がいいだろう? と訊かれたブルーは「ううん」と首を左右に振った。
「ハーレイだから大好きなんだよ、ハーレイが若く生まれていたなら若いハーレイでもいいんだけれど…。ハーレイ以外の恋人なんて欲しくもないし、そんなの要らない」
「もしも若いゼルが居たらどうする。…まだ出会っていないだけかもしれない」
「ゼルは最初からどうでもいいよ! シャングリラに居た頃から興味無しだよ!」
「そうか? …お前より年上のジョミーというのも可能性はゼロではないんだが」
 その辺からフラリと出てくるかもな、と言われたけれども、ジョミーだってブルーはどうでも良かった。シャングリラに居た頃、ハーレイとジョミーと、どちらがモテていたのかと問われれば恐らくはナスカでほんの数日だけ目にした青年の姿のジョミーだろうが…。
「ジョミーだって好きにならないし! ヒルマンも要らないしノルディも要らない!」
 ハーレイが更なる名前を持ち出す前に、とブルーは先手を打って叫んだ。
「まかり間違ってキースが来たって、ぼくは絶対断るから!」
「…ははっ、キースか! そう来たか!」
 アレな、とハーレイが眉間に寄せていた深めの皺が崩壊した。
「分かったよ、お前の本気の凄さは。…要するにお前は俺から逃げる気は無い、と」
「逃げたりしないし、盗まれもしない。キースが来たら断ってダッシュで逃げることにするし!」
 メギドでブルーを撃ち殺そうとした男、キース・アニアン。今でも時々夢に見るけれど、彼もまた何処かに居るのだろうか? 彼は最期にミュウの未来を拓いてくれたと学校で習う。今の生で彼と出会えたならば語り合いたいとは思うけれども、それと恋とは全く別で…。
「ホントのホントに逃げるんだから! でも、逃げ遅れて捕まってたら…」
 助けに来てくれる? と尋ねてみる。前の生でのハーレイだったら無理だった。しかし、今の生のハーレイは違う。今のハーレイなら、恐らくは、きっと…。



「お前が盗まれてしまった時か?」
 取り返すために殴り込むさ、とハーレイは豪快に笑い飛ばした。
「盗んだ男をタコ殴りにして窓から捨てるくらいはするぞ? もちろん、死なない程度の高さの窓からだがな。…しかしだ、お前が逃げた時には俺は黙って見送ってやる」
 本当だぞ、とブルーの髪を大きな褐色の手がグシャグシャと撫でてかき回した。
「今のお前は逃げる気なんぞは本当に全く無いんだろうが、人生ってヤツは分からんものだ。俺が今頃になってやっとお前と出会えるくらいだ、お前の人生にも何が起こるか分からんさ。…そしてお前が他の誰かに惚れたと言うなら、俺はお前のために身を引く」
 ……俺にお前を縛る権利は無いからな。
 そう言いつつも、ハーレイは「だから」とブルーの頬を指先で軽くチョンとつついた。
「だから、お前に逃げられないように番をするのさ。そのために俺は此処に居る。その脹れっ面、「ぼくは絶対」と言いたいんだろ? だがな、人生には「絶対」は無い」
 現に俺だってお前に惚れた、とハーレイの鳶色の瞳が悪戯っぽい光を宿した。
「俺の家には子供部屋まであるんだぞ? なのに子供はどう間違えても無理そうだしな! お前が産んでくれるというなら話は別だが、お前、産めるか?」
「えっ…。そ、それはちょっと…」
 無理! とブルーは耳の先まで真っ赤になった。
 いつかはハーレイと本物の恋人同士になるのだと固く心に決めているけれど、そうなっても子供は作れない。どう頑張っても男同士では無理なことくらい、小さなブルーでも分かっている。
「ほら見ろ、俺の人生の設計図ってヤツがお前に出会って崩れたわけだ。子供部屋まで作っておいても子供は無しな人生なんだぞ、お前の人生もどうなるんだか…」
「ぼくはホントに逃げないってば! でも捕まって盗まれちゃったら…」
「取り返す!」
 お前に万一のコトが起きてしまう前に何処であっても殴り込む、と告げてハーレイは立ち上がり、ブルーの背後に回り込んだ。小さな身体を椅子ごと抱き締め、その耳元で熱く囁く。
「…いいな、俺の休日はお前のものだ。俺が自分でそう決めた。お前は心配しなくていい」
「うん…。ハーレイがそう言うのなら……。それでね…」
 ぼくのお休みの日はハーレイのものでいいんだよね、とハーレイの腕に甘える小さなブルーはまだまだ分かっていなかった。ウッカリ盗まれてしまおうものなら自分の身に何が起こるかを。
 それが起きる前に何処であろうとも殴り込む、と言うハーレイがどれほどにブルーを大切に想っているのかも理解し切れない十四歳の小さなブルー。
 そんなブルーのためだけにあるハーレイの休日は、ハーレイの身には少しだけ切なく甘かった…。




             雨の降る日に・了




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