シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
パパに強請って買って貰った写真集。
歴史の彼方に消えたシャングリラの写真を集めた豪華版。ぼくのお小遣いでは買えない値段。
「ほら、ブルー。お前が言ってた写真集だ」
「ありがとう、パパ!」
「…パパにはピンとこない本だが、お前はこの船に居たんだな」
「うんっ!」
これがぼくの部屋、とページをめくって青の間を見せた。パパは「ほほう…」とビックリして。
「この家を丸ごと入れても余りそうだが、自分で掃除してたのか?」
「…ちょっとだけね」
「そうだろうなあ、こいつは掃除も大変そうだ。しかし、お前がソルジャー・ブルーか…」
「今はパパの子だよ」
そう言ったらパパは嬉しそうな顔をして、ぼくの頭をクシャクシャと撫でた。
「うんうん、パパとママの大事な宝物だな。写真集、大切にするんだぞ」
「うん! それでね、此処がブリッジでね…」
ぼくはリビングで写真集を広げて、パパとママとにうんと自慢した。
ぼくが守った白い船。ハーレイが舵を握った船を。
この写真集はハーレイが先に見付けて買ってて、ぼくに教えてくれたんだ。「ちょっと高いが、懐かしい写真が沢山あるぞ」って。
自分の部屋に戻った後も、ぼくは写真集を夢中で眺めた。パパとママも一緒に見ていた時には、ぼくは船内の案内係。天体の間だとか公園だとか、船の設備を主に説明してたから…。
(んーと…。ホントに色々載ってるよね)
ハーレイが航宙日誌を書いていた部屋や、ヒルマンが授業をしていた教室。いろんな写真の隅の隅までを見ると、様々なものが見えてくる。ハーレイの机には羽根ペンが小さく写っているし…。
(あっ、あった!)
ジョミーが決めた次のソルジャー、トォニィの部屋にチョコンと小さな木彫りのウサギ。
トォニィは前の生でぼくが眠っている間に自然出産で生まれた最初の子供で、ハーレイが誕生を祝って彫った木彫りがこのウサギだ。
残念なことに、ソルジャー・ブルーだったぼくは木彫りのウサギを見ていない。
(…確か、お守りなんだよね?)
ウサギは沢山の子供を産むから、ずっと昔は卵と同じで豊穣のシンボル。イースター・エッグとセットでイースター・バニーがあるほどだしね。
そんなウサギをハーレイが彫って、一番最初の自然出産児だったトォニィに贈った。これからも沢山のミュウの子供が生まれますように、っていう願いがこもったウサギのお守り。
シャングリラは流れた時間が何処かへ連れ去ってしまったけれども、ウサギは残った。
今では宇宙遺産になってるハーレイのウサギ。ミュウの歴史に燦然と輝く御大層なウサギ。
本物は地球で一番大きな博物館が所有していて、研究者だってそう簡単には見られない。
一般公開は百年に一度、この前の公開は五十年ほど前のことだからハーレイだって見ていない。
前のぼくが知らないハーレイのウサギ。
彫っている所を見てみたかった。そしてトォニィに贈る所も…。
宇宙遺産になってしまったハーレイのウサギ。
どんな気持ちで何処で彫ったのか、知りたかったからハーレイに訊いた。ぼくの部屋でテーブルを挟んで向かい合いながら。
「ねえ、ハーレイ。…あのウサギって何処で彫ったの?」
「ウサギ?」
ハーレイは変な顔をした。
「ウサギがどうかしたのか、ブルー?」
「ウサギだってば、ハーレイのウサギ! トォニィに彫ってあげた木彫りのウサギ!」
「…あ、ああ……。アレか」
アレな、と返事をしてくれたけれど、なんだか困ったような表情。
「ハーレイ、変だよ? …ウサギの話は嫌だった?」
「い、いや…。その、なんだ……」
ますますおかしい。どうしてだろう、と疑問が膨らむ。ハーレイをつついてみたくなる。
「なんでウサギで困るわけ? 宇宙遺産になっちゃったから恥ずかしいとか?」
「いや、そうじゃなくて…。アレはウサギじゃなくてだな…」
ハーレイは頬っぺたを真っ赤にしながら、言いにくそうにこう言った。
「…ナキネズミのつもりだったんだ。今じゃウサギになっちまったが」
「嘘…。アレって、ウサギじゃなかったんだ…」
何処から見ても立派なウサギ。宇宙遺産のハーレイのウサギ。
なのに本当はナキネズミだなんて、それじゃお守りだっていうのも間違い?
「ウサギのお守りって聞いているけど…。ホントのホントにナキネズミなの?」
「悪かったな、ウサギにしか見えないヤツで!」
あれでも精一杯頑張ったんだ、とハーレイは耳まで真っ赤になった。
「俺がブリッジで彫ってた時からブラウに馬鹿にされたんだ。「どの辺がどうナキネズミだい?」なんて言われて、笑われて…。トォニィに贈る時にも横からウサギだと言ってくれてな」
「ハーレイ、訂正しなかったの?」
「…お前、訂正出来ると思うのか? カリナが「ほら、トォニィ。ウサギさんよ?」とトォニィに触らせてやっているのに「ナキネズミだ」なんて誰が言えるか、場の雰囲気が台無しになる」
「それでそのままになっちゃったんだ…」
ぼくの目は丸くなってたと思う。
宇宙遺産の木彫りのウサギ。それがウサギじゃなかったなんて…。
ナキネズミはウサギにされちゃったけれど、あれを彫った時のハーレイの気持ちは聞けた。
トォニィが幸せになれますように、って思いをこめて彫られたウサギ。
ウサギじゃなくってナキネズミだけど、トォニィの幸せを祈る気持ちは変わらない。
ただ…。
「ミュウの子供が沢山生まれますように、っていうのは無しだったんだね?」
宇宙遺産のウサギとセットの解説。確かめてみたら苦い笑いが返って来た。
「…まるで無かったとは言えんがな…。そうなるといいなと思ってはいたが、ナキネズミだしな? ウサギみたいに沢山子供を産むわけじゃないし、お守りの意味は全く無いな」
「じゃあ、解説とかが全部間違ってるんだ? 宇宙遺産のハーレイのウサギ」
「そうなるな。そもそもウサギじゃないんだからな」
しかし俺には責任は無いぞ、とハーレイは腕組みをして開き直った。
「ウサギだと決めたヤツらが悪い。俺にとってはナキネズミだ」
「だけどウサギは宇宙遺産だよ?」
「勝手にウサギと決め付けるからだ! ナキネズミだったら宇宙遺産じゃなくてオモチャだ」
「…それはそうかも……」
ハーレイが彫ったナキネズミ。ちゃんとナキネズミに見えていたなら、御大層な解説つきで宇宙遺産にされる代わりにオモチャ扱い、歴史の彼方に消えていたと思う。
シャングリラが消えてしまったように。青の間が無くなってしまったように。
でも、ナキネズミは立派に残った。ウサギになって宇宙遺産で、博物館が持っていて…。
ソルジャー・ブルーだったぼくは見られずに死んじゃったけれど、今のぼくなら見に行ける。
博物館の奥の収蔵庫に収められているナキネズミ。ウサギになったナキネズミを。
百年に一度しか見られないウサギ。前の公開から五十年も経っていないし、まだ先だけど。
「ハーレイ。…次に公開される時には見に行かなくっちゃね、ハーレイのウサギ」
「ナキネズミだ!」
俺が言うんだからナキネズミだ、とハーレイは頑として譲らない。
ナキネズミってことにしてもいいけど、宇宙遺産のウサギはウサギだと思うんだけどな…。
木彫りのウサギが公開されて見に行く頃には、ぼくはハーレイと結婚している。
手を繋いで一緒に見に行けるんだ。
そして展示用のケースを覗き込みながら喧嘩なんかもするかもしれない。
「これは絶対にナキネズミだ」「絶対ウサギだ」って、傍から見たら馬鹿みたいなことで。
宇宙遺産の木彫りのウサギ。
ぼくの前世がソルジャー・ブルーで、ハーレイはキャプテン・ハーレイだったと公表したなら、ウサギは直ぐにナキネズミだと訂正出来るだろうけれど。
そんな予定は当分無いから、ウサギはウサギのままなんだ。
ウサギじゃなくってナキネズミなのに。
宇宙遺産のハーレイのウサギ。
本当はアレはナキネズミです、ってコトになったら大変だよね。
ありとあらゆる歴史の本とか美術書だとか。アレを載せてる教科書なんかもあるだろう。それを全部ウサギからナキネズミに書き換えなくちゃいけない上に、意味までまるっと変わってしまう。
ナキネズミはウサギみたいに沢山の子供を産まないし…。イースター・バニーって言葉まであるウサギとは別の生き物なんだし、お守りの意味が無くなってしまう。
木彫り一つで学者も出版社も博物館も、上を下への大騒ぎ。
ハーレイの木彫りの腕前が下手くそなことを放って凄い騒動になっちゃいそうだ。
ウサギにしか見えないナキネズミを彫ったハーレイが悪いと思うけれども、ハーレイは悪いとも思っていない。勘違いした方が悪いとか、決め付けたブラウたちが悪いとか言って笑ってる。
いったい、誰が悪いんだろう?
ハーレイかな? それとも最初にウサギだと言ったブラウかな? 間違えたみんな?
考えてみたけど分からない。
ぼくもウサギだと思ってたんだし、やっぱりハーレイが一番悪い?
ウサギになったナキネズミ。
宇宙遺産になってしまった、博物館に居る木彫りのナキネズミ。
百年に一度の公開だなんていう立派すぎるウサギがナキネズミだと知ってしまうと、この世界は色々と難しそうだ。自分にそういうつもりがなくても、周りが凄い勘違いをする。
ハーレイが彫ったナキネズミがウサギに見えたばかりに宇宙遺産。
こうなってくると、ぼくの前世がソルジャー・ブルーなことは伏せておいて正解だったと思う。
何処かで勝手に勘違いされて、伝説が一人歩きをしていたりしたら恥ずかしいもの。
ハーレイの木彫りが宇宙遺産になったみたいに、ぼくも何かをやったかも…。
ぼくは何にも残してないけど…。
多分、残していないんだけれど。
死んでから今までの歴史の全部に責任を取れるようになるまで、黙っているのがいいのかな?
ハーレイみたいに変な宇宙遺産を残しているとは思わないけれど。
ウサギじゃなくてナキネズミだ、と言い張るハーレイを見ながら考え続けてハッと気付いた。
(いけない、ハーレイとぼくは恋人同士!)
今の生でもまだ明かせないハーレイとの仲。それは教師と生徒だからで、ぼくが十四歳になったばかりの子供だからというのもある。ぼくがソルジャー・ブルーと同じくらいの姿に育って、今の学校を卒業したなら堂々と結婚出来るけれども、前の生では全く違った。
ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイが恋人同士だったなんて誰も知らない。
シャングリラを守るソルジャーだったぼくと、シャングリラの舵を握るキャプテンのハーレイ。ミュウの未来を左右する立場に居たぼくたちが恋人同士だと知れてしまったら、長老たちを集めた会議でさえも円滑に運びはしなかっただろう。
ぼくが意見を出し、ハーレイがそれを承諾する。その逆もあったし、意見が分かれて纏まらないことも何度もあった。ソルジャーとキャプテンとして立っていたから、長老たちもシャングリラのクルーもぼくたちを信じてくれたけれども、恋人同士だとそうはいかない。
意見は一致するのが当然、分かれる時は一種の痴話喧嘩。そう取られても仕方が無い。そういう風に見られたが最後、誰もぼくたちを心の底から信頼してはくれないだろう。
だから恋人同士であることを伏せた。最後の最後まで隠し通したから、ぼくはメギドへ飛び立つ前にハーレイとキスすら交わせなかった。別れの言葉さえ告げられなかった。
ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイは恋人同士。
これが前世のぼくが抱え込んでいた最大の秘密で、明かせばそれこそ歴史が変わる。
宇宙遺産の正体がナキネズミだったこととは比べようもない大きすぎる秘密。
今のぼくには明かすだけの度胸も覚悟も無い。
だって、ぼくはまだ十四歳の子供。
三百年以上もの歳月を生きたソルジャー・ブルーがやったことまで責任なんか取れないよ…。
今のぼくには背負い切れない前の生。
とりあえず今はソルジャー・ブルーの生まれ変わりだと知っている人はハーレイを入れても四人だけだし、まだ責任は取らなくていい。
でも、ちょっと待って。
ぼくがハーレイと結婚してから「実はソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイです」なんて言おうものなら、前の生でも恋人同士だったんだろうと思われるよね?
前世のぼくたちは恋人同士じゃありません、って主張しても説得力が無い。
ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイの評価が地に落ちるとまでは思わないけれど、影響無しとも思えない。好意的に受け止めて貰えるか、その逆なのか。
ぼくには全く分からない。きっとハーレイにも分かりはしない。決めるのは他の人たちだから。
(…なんだか怖い……)
やっぱり一生、黙っていようか。
ぼくが誰なのか、ハーレイは本当は誰なのかを。
そしたらハーレイが彫ったナキネズミは訂正出来ずにウサギのままで宇宙遺産だ。
そう考えたらなんだか可笑しくなってくる。
同じ前の生で出来た秘密でも、どうしてこうも違うんだろう。
ぼくとハーレイが恋人同士だったことを公表しても、あるいは笑われて終わりかもしれない。
終わり良ければ全て良しだと言ってくれる人だってあるかもしれない。
ぼくもハーレイも、前の生ではやるべきことを全力でやった。
メギドを沈めて死んでいったぼくと、シャングリラを地球まで運んで行ったハーレイと。
自分の責任をちゃんと果たして、ぼくたちは地球に生まれ変わった。
だから文句を言う人は無いかもしれない。
いつか、覚悟が出来たなら…。
きちんと本当のことを言おうか、「ぼくはソルジャー・ブルーでした」と。
ハーレイが彫ったナキネズミのせいで、前の生まで考える羽目に陥ったぼく。
そんなこととも知らないハーレイは、のんびり紅茶を飲んでいたから。お菓子もしっかり食べていたから、少し苛めてやろうと思った。
「ハーレイ、宇宙遺産のウサギだけれど…。やっぱりハーレイが悪いと思うな」
「どうしてそうなる?」
「下手くそなモノを作るからだよ、自分で酷いと思わない? 世界中の人を騙すだなんて」
宇宙遺産のウサギを見るには入場料だって要るんだから。
百年に一度の特別公開は入場料も高いんだから、と指摘してやった。
「宇宙遺産のウサギを見られた、って喜んだ人たちを騙したんだよ、ハーレイは! その人たちに返してあげてよ、入場料を! それと博物館までの交通費!」
遠くから来た人は宿泊料だってかかってる。
うんと沢山お金を払って、時間もかけて博物館まで。ウサギだったら値打ちもあるけど、ウサギじゃなくてナキネズミ。おまけにハーレイの下手くそな木彫りを見せられるんだ。
「酷い目に遭う人が増えないように、木彫りの趣味はもうやめてよね!」
どうせ下手くそなんだから、と言ってやったら「今は木彫りはやってないぞ」だって。
似ているようでも前の生とは何処かが違う、今のぼくたち。
違うんだったら責任は取らなくていいのかな?
ハーレイが宇宙遺産のウサギのことを「俺は知らん」と涼しい顔をしてるみたいに、ぼくたちが前の生で恋人同士だった大きな秘密も、放っておいてもかまわないのかな?
そうだといいな、と思いたい。
だって、宇宙遺産になったウサギを彫ったハーレイは知らん顔だもの。
ぼくが苛めても「見る目が無いから騙されるんだ」なんて、平気な顔して言ったんだもの。
「ねえ、ハーレイ」
「なんだ?」
「ハーレイのウサギ、見に行きたいな」
五十年後の公開までじっと待つのも楽しいけれども、レプリカだったら置いてるし…。
強請ってみたら、案の定、「お父さんに連れてって貰え」と突き放された。
「引率の先生と生徒でもダメ?」
「ウサギに関しては、断固、断る。…自分を保てる自信が無いしな」
教師として振舞うのを忘れそうだ、とハーレイは博物館にぼくを連れて行くのを断った。
でも、見に行くならハーレイとがいい。
絶対、ハーレイと二人で見たい。
宇宙遺産なんて御大層なことになってしまった下手くそな木彫りのナキネズミ。
(そっか、当分、行けないんだ…)
ぼくの背丈がソルジャー・ブルーと同じになるまで。
本物の恋人同士になれる時まで、ハーレイと一緒に博物館には行けないらしい。
(…でも、それならそれで…)
手を繋いで博物館でデートって、ちょっといいよね。
ミュージアムショップでレプリカのウサギを買って帰って家に置こうよ、ねえ、ハーレイ?
「…分かった。ついでに五十年後だかの特別公開ってヤツも俺と一緒に見に行くんだな?」
「うんっ! 一番乗りで見ようね、ハーレイ」
「馬鹿か、お前。何日前から待つつもりなんだ、アレを見るための行列はだな…」
博物館をぐるっと取り巻くくらいに人が並ぶらしい特別公開。
それなら尚更、見なくっちゃ。
うんと出世して宇宙遺産になってしまった木彫りのナキネズミ。
ハーレイと二人で行列に並んで、展示ケースの前に立ったら覗き込んで喧嘩するんだよ。
「やっぱりウサギだ」「いや、ナキネズミだ」って、周りの人たちに呆れられながら。
だって、どう見てもウサギだもの。ナキネズミに見える方がおかしい。
ハーレイ、それまでに訂正しておく?
「あれは私が彫りました。正真正銘、ナキネズミです」って。
そうするなら、ぼくも付き合うよ。「ぼくはソルジャー・ブルーでした」って。
木彫りのウサギ・了
※宇宙遺産になってしまった木彫りのウサギ。訂正される日は来そうにないですねえ!
次の特別公開の頃にはハーレイ先生は90歳前後、ブルー君も還暦超えです。
全員がミュウな世界では、まだまだ若造。バカップルでも許されるよ、きっと。
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