シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
キース君とサム君、ジョミー君が棚経や法要で走り回ったお盆も過ぎて、私たちは毎年恒例のマツカ君の海の別荘に来ています。ソルジャー夫妻の結婚記念日と重ねるというのがお約束ですからバカップルは当然のこと、「ぶるぅ」や教頭先生も参加していて…。
「かみお~ん♪ 楽しかったね、スタンプラリー!」
海水浴もいいけどこんなのもいいね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。別荘に到着するなり執事さんに教えて貰ったのが地元のスタンプラリーでした。海水浴に来た人に観光スポットを回って貰ってアピールしようという趣向です。
「参加賞しか貰えなかったけど、まあいいかなぁ…」
いつも全然観光しないし、とジョミー君が言えば、サム君も。
「だよな、基本は別荘の近くしか行かねえもんな。…暑かったけどよ」
それでも達成感はあるかも、とスタンプがズラリ押されたラリー用のマップを広げるサム君。たまに海釣りでお世話になっている漁港をはじめ、ローカルなお寺や神社なんかをせっせと回って来たのです。そりゃ汗だくにはなりましたけれど、こういう遊びも新鮮で。
「いいじゃないか、参加賞もそれなりだったし」
会長さんが大きく伸びをしました。
「目の前の海で獲れたサザエの壺焼きだよ? バーベキュー三昧の日々ではあるけど、自分たちで調達して来なくても食べさせて貰えたって所が魅力」
「それはそうだな、座っているだけで出て来るんだしな」
潜って獲るのも楽しいんだが、とキース君。海の別荘ライフの定番はプライベートビーチでのバーベキューです。教頭先生や男の子たちが獲って来る海産物をジュウジュウと…。
「ダブルチャンスで海産物セットが抽選で二十名様に当たるんだったんですよね…」
シロエ君が用紙に書かれた説明を読み上げ、スウェナちゃんが。
「当たらなくても良かったんじゃない? ここの食事は美味しいもの」
「そうだぜ、干物がメインだろ、それは」
どっちかと言えば海鮮丼を当てたかったぜ、とサム君は少し残念そう。だけど、それだと当たった人だけ海鮮丼でハズレの人は壺焼きですよ?
「ああ、そうかぁ…。ハズレのヤツらに恨まれるよな」
壺焼きだけで充分だよな、と頭を掻いているサム君。暑い最中にしっかり歩き回ったものの、私たちは元気一杯でした。流石にビーチまで出掛ける根性は無かったものの、お庭のプールでひと泳ぎして身体もひんやり。別荘ライフは始まったばかり、当分楽しめそうですよ~。
その夜、豪華な夕食を終えて二階の和室に集まっていると。
「スタンプラリーかぁ…。アレって応用出来そうだねえ?」
ソルジャーが妙な台詞を口にしました。
「要するにアレだろ、スタンプが揃えば記念品だとか賞品だとか」
「…そうだけど?」
どう応用が、と怪訝そうな顔の会長さんに、ソルジャーは。
「ぼくとハーレイはとっくの昔にゴールインしているわけだけれども、ゴールどころかスタート地点にも立ててない人がいるよね、一人」
そこに一名、とビシッと指を差された教頭先生。
「別荘ライフは長いんだからさ、その間にスタンプラリーはどうかな? ハーレイ一人じゃつまらないから、ぼくのハーレイも一緒に参加! スタンプが無事に集まったらゴールインとか」
「有り得ないし!」
そんな理屈で結婚させられてたまるものか、と会長さんがすかさず反撃。しかしソルジャーは意に介さずに。
「誰が結婚しろとまで言った? キスくらいならしているじゃないか、悪戯で」
「……それはまあ……」
「だろ? 都合でもうちょっとキワドイとこまでやってみるとか、こう、色々と」
遊び甲斐があると思うんだよね、とパチンとウインクするソルジャー。
「海で遊ぶのも楽しいけどさ、スタンプラリーも楽しかったんだ。だからハーレイにチャレンジさせてみて、仕上がり具合をチェックするのも面白いかと…」
「何処でスタンプを集めさせるわけ? まさか近所の神社とか?」
「ううん、要するにスタンプだから! ラリーの用紙もハーレイの身体でいいんじゃないかと」
「「「は?」」」
どういうスタンプラリーですか、それ? ソルジャーは我が意を得たり、とニヤニヤと。
「スタンプ代わりにキスマークだよ。ぼくとブルーがつけてあげてさ、いい感じに集まってきたらキスの御褒美とか、ぼくのハーレイの場合は二人でベッドにお出掛けだとか」
「却下!!」
誰がやるか、と会長さんがブチ切れました。そりゃそうでしょう、教頭先生にキスマークをつけるだけでも大概なのに、それが集まったらキスの御褒美って最悪としか…。
機嫌を損ねた会長さんはポテトチップスの徳用袋を一人で抱えてパクパクと。触らぬ神に祟りなしだ、と遠巻きにする私たちですが、残念そうなのが教頭先生。会長さんとの結婚なんかを夢見るだけに、ソルジャーの提案に顔を輝かせていたのです。
「…ううむ…。やはりブルーはガードが固いか…」
遊び感覚ならOKなのかと思ったのだか、と小声で呟く教頭先生にキャプテンが。
「仕方ありませんよ、私のブルーとは別人ですしね。私でしたらスタンプラリーは大いに歓迎、ブルーも乗り気だと思うのですが」
「やはりそうですか…。いつかは実現出来るでしょうか?」
「…そこは私にも分かりかねます。とにかく努力なさっては?」
日々の積み重ねが大切ですよ、と説くキャプテン。
「私も色々と苦労しましたしね…。今でこそ結婚記念日を祝える身ですが、それまでは茨道でした。何かと言えばヘタレと詰られ、家出されたり浮気するぞと脅されたりと、それはもう…」
そこを乗り越えて今の幸せがあるわけで、との体験談には説得力がありました。ソルジャーの家出騒動には何回となく巻き込まれましたし、浮気の方も然りです。教頭先生も努力あるのみ、そうすればいつかは報われるかも…。
「…誰が報われるんだって?」
「「「!!!」」」
背筋が凍りそうな声。ヒソヒソ話に夢中になって背後がお留守になっている間に、ポテトチップスの袋を抱えた会長さんが真後ろに立って見下ろしています。
「黙っていれば好き勝手なことをベラベラと…。ぼくはハーレイとは結婚しないし、そっちの趣味も全く無いんだ。報われるも何も、一生無いと思うけど?」
「…す、すまん…。つい……」
ついつい夢を見てしまったのだ、と教頭先生は平謝り。畳に頭を擦り付けんばかりに土下座を繰り返してらっしゃいますけど、会長さんは冷ややかに。
「夢じゃないっていうのは分かるよ、君の願望で目標なんだろ? ぼくとの結婚」
「もちろんだ!」
即答してしまった教頭先生、慌てて口を押さえましたが、時すでに遅し。
「…目標ねえ……」
それって何かと重なるよねえ、と会長さん。目標が何と重なると? 会長さんとの結婚ですかね、いえ、それがそもそも目標ですよね?
畳に正座な教頭先生は蛇に睨まれたカエル状態。土下座しようにも睨まれていては顔を伏せられず、額にびっしり脂汗が。
「…も、申し訳ない…。今のは口が…」
「口が勝手に? 違うだろう?」
口が滑ったと言うんだろう、と会長さんはポテトチップスの袋をポイと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に投げ渡しました。
「こんなのを持ってちゃ格好がつかない。ぶるぅ、頼むよ」
「うんっ! ぶるぅと一緒に食べててもいい?」
「空になっても構わないさ。ぼくはハーレイに話があるから」
「「「………」」」
急激に下がる部屋の室温。空調は壊れていない筈ですけども、気分は一気に氷点下です。けれど無邪気な「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大食漢の「ぶるぅ」と一緒にポテトチップスの袋に手を突っ込んでパリパリと。ああ、お子様って得ですよねえ…。
「さて、ハーレイ」
両手が空いた会長さんが腕組みを。
「簡単に口が滑るくらいに、ぼくとの結婚が目標なわけだ。…目標といえば今日はみんなで頑張ったっけね、漁港や神社やお寺なんかを回ってさ」
暑かったよねえ、と回想モードに入った対象はスタンプラリー。
「瞬間移動でズルをしないでテクテク歩いて一つずつ! 参加賞しか貰えなかったとはいえ、ゴールという目標には辿り着いたんだ。…ブルーが提案したスタンプラリーは却下したけど、君の発言で撤回しようと思ったよ」
「本当か!?」
ドン底だった教頭先生、一気に地獄から天国へ。ソルジャーが言ったスタンプラリーが実現するなら夢の世界が広がります。会長さんから身体にキスマークをつけて貰って、集まった時にはキスの御褒美。血色を取り戻すどころか頬を紅潮させてらっしゃる気持ちは分かりますとも!
「嬉しそうだねえ、そこまで喜ばれると撤回した価値があったかな?」
「ありがとう、ブルー! 言ってみるものだな、正直な気持ちというものを」
感涙にむせぶ教頭先生に、会長さんはクスクスと。
「何か忘れていないかい? 挑戦するのは君だけじゃない。あっちのハーレイも一緒なんだけど」
「いや、かまわん! …あちらの二人には敵わないまでも、せめてお前とのキスをだな…」
それにキスマークも欲しいのだ、と頬を染めている教頭先生。ソルジャーが言ってたスタンプラリーはスタンプじゃなくてキスマークってヤツですものね…。
「いいねえ、キスマークでスタンプラリーがスタートなんだ?」
実に楽しくなりそうだ、と言い出しっぺのソルジャーが横からしゃしゃり出て来ました。
「最初は何処から始めようか? 手の甲がいいかな、それとも首筋?」
「いきなり素肌は勘弁だよ!」
それじゃキツすぎ、と会長さんが突っぱね、ソルジャーの顔に『?』マークが。
「じゃあ、どうするわけ? ハーレイの図解でも描いてキスするとか?」
「甘いね、まずは服からってね」
ただでも夏場で汗臭いんだし、と教頭先生の身体を指差す会長さん。
「いくらシャワーを浴びて来たって、ぼくがいるだけで興奮して汗が噴き出すよ。だから最初は服にスタンプを集めて貰う。それが揃ったら素肌ってことで」
「ああ、なるほど…。ぼくはハーレイの汗の匂いも好みだけれど、君には悪臭ってわけなんだ?」
男らしくていいんだけどねえ、とソルジャーがキャプテンの腕に頬を擦りつけ、会長さんがペッと嫌そうな声を。
「…君の趣味には頭が下がるよ、どう転んだらそれが嬉しいんだか…。とにかく、ぼくは最初から素肌は御免蒙る。ついでに服にスタンプを集めるってヤツは王道だから!」
「そうなのかい?」
「君は興味が無さそうだけど、お遍路さんというのがあってね。昔、キースが卒業旅行で出掛けてたこともあったんだ。ソレイド地方に散らばっている八十八のお寺を回って御朱印を集めてくるんだよ」
「御朱印? それってスタンプなわけ?」
ハンコだよね、と尋ねるソルジャーに、会長さんは「まあね」と肯定。
「確かにお寺にお参りしました、って証拠に押して貰うわけ。ぼくやキースは宗派が違うし、御朱印帳っていう専用の帳面と掛軸に押して貰って来たんだけれど…。そっちの宗派の人は白衣にも御朱印を押して貰うんだよ」
そういう仕様になっている、と会長さん。言われてみればキース君の旅に同行した時、お遍路さんの白装束の上着に御朱印を押してある人を見ましたっけ。だけど八十八個もあったかなぁ?
「巡拝用のはまた別物だよ、全部押すのは死装束さ」
亡くなった時にお棺に入れて貰うヤツ、と会長さんの解説が。お遍路の旅で着る白衣には鶴とか亀とか、一部の御朱印しか押さないらしいです。なるほど、御朱印だらけじゃ見た目に変かも?
そんなわけで、と会長さんは宙にTシャツを取り出しました。一目で教頭先生サイズだと分かる大きいサイズのTシャツが二枚。色は真っ白、何の模様もありません。
「これにスタンプを集めて貰う。アイデア源のソレイド八十八ヶ所に因んで八十八個! えーっと、八十八だから…」
表に四十四で裏に四十四、と同じく宙から取り出した筆でTシャツに線を引いていく会長さん。なんでも着物の柄を染める時に下絵に使う青花とかいう染料の一種を使っているそうで、何度か洗えば完全に色が抜けてしまうので下絵用だとか。
「スタンプの方は色落ちしないように加工をすればね、それなりに記念になると思うよ」
「…そのスタンプだが…」
教頭先生がモジモジしながら。
「キスマークをつけてくれるんだな? そのぅ……お前と、そっちのブルーが」
「えっ? まずはスタンプラリーなんだよ、母印で充分だと思うんだけど」
Tシャツにキスマークをつけるのは無理、と会長さんは澄ました顔で。
「いくら万年童貞でもさ、そのくらいのことは分かるだろう? Tシャツは布だよ、いくら頑張って吸い付いたところでキスマークなんか出来やしないよ」
だから母印で、と朱肉を取り出す会長さん。
「御朱印だって朱肉なんだし、これで母印を押せば完璧! ブルーはどうするか知らないけどさ」
「…そ、そんな…。ならばスタンプを集めた後にはどうなるのだ?」
母印だなんて、と愕然とする教頭先生ですが。
「あ、そっちはきちんとキスマーク! 達成の証はそれなりに…ね」
「そうなのか。では頑張って集めなければな」
八十八か、と拳を握る教頭先生を横目に、ソルジャーがキャプテンの頬に軽くキスを。
「聞いたかい? あっちはキスマークを付けないらしいよ、酷いよねえ…。その気になればTシャツにだって唇マークは付けられるのにさ。大丈夫、君のはきちんとぼくが唇の痕をつけるから!」
口紅は趣味じゃないんだけども、と言いつつソルジャーはポテトチップスの徳用袋を「ぶるぅ」と二人で食べ終えてしまった「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「えーっと…。Tシャツにキスマークを付けたいんだけど、どんな口紅がいいのかな?」
「んとんと…。デパートに行けば分かるけど…」
もう閉まってるね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が答えて、マツカ君が。
「明日の朝までに取り寄せさせておきますよ。お好みの色はどんなのですか?」
「ありがとう! じゃあ、執事さんに相談して…」
王道はやっぱり真っ赤なのかな、とソルジャーはマツカ君と一緒に部屋を出て行ってしまいました。Tシャツに朱肉と口紅でスタンプラリー。いったい何が起こるのやら…。
翌日、シェフが注文に応じて作ってくれる卵料理などの朝食を終えた後、プライベートビーチに出掛ける前に会長さんが全員に招集を。集められた部屋は昨夜の和室で。
「例のスタンプラリーだけどねえ、八十八ものチェックポイントは設けるだけでも大変だ。人数も全然足りないし…。それで条件を変えようと思う。一曲完璧に歌い上げればスタンプってことで」
「「「一曲?」」」
なんじゃそりゃ、と私たちが目を剥き、教頭先生とキャプテンも目を白黒。歌うって…何を?
「目的からすればラブバラードとかがいいんだろうけど、ハーレイの暑苦しい歌は聴きたくない。ついでに対象者の二人がよく知っている歌でないとね。…つまり、『かみほー♪』」
「「「かみほー!?」」」
『かみほー♪』と言えばシャングリラ号の歌で、元々はソルジャーの世界で歌われていたものを会長さんが知らずに共有してしまった歌。更に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が無意識の内に広めてしまって、こっちの世界でもヒットした時代があったりします。
「そう、『かみほー♪』を歌って貰う。これなら何処でも歌えるだろう? 別荘の中でもビーチでも…ね。八十八回も歌うとなると大変だけども、まあ、頑張って」
見事やり遂げたらスタンプの場所が素肌に移動、と嫣然と微笑む会長さん。
「もちろん素肌にキスとなったら母印みたいなセコイ真似はしない。何処に押すかは決めてないけど、それがぼくからのキスの御褒美! もしかしたら素肌巡りで八十八ヶ所なんて美味しい話もあるかもねえ?」
「…す、素肌巡り……」
ツツーッと教頭先生の鼻から真っ赤な筋が。想像しただけで鼻血が出ちゃったみたいです。会長さんはクスッと笑うと、ソルジャーに。
「君はもちろん言われなくても素肌巡りをやるだろう? 八十八ヶ所、バッチリと!」
「それはもう! ただし君とは八十八ヶ所のチョイスが違うって気がするけれど」
素肌巡りをやり遂げる前にレッドカードを出されそうで、とキャプテンの腕を掴むソルジャー。
「君はせいぜい腕だろうけど、ぼくが巡るならじっくりと! まずは指先から順番に…。肩も胸とかも外したくないし、最後は熱くて」
「その先、禁止!!」
もう喋るな、と会長さんが柳眉を吊り上げ、「熱くて」の先に何が続くのか私たちには分かりませんでした。ともあれ、『かみほー♪』を熱唱するというスタンプラリーが始まります。教頭先生とキャプテンのTシャツ、御朱印ならぬ母印と唇マークで埋まりますかねえ?
水着に着替えてプライベートビーチに向かった私たち。マツカ君の海の別荘ライフでの昼間の過ごし方の定番です。ビーチパラソルの下で寛ぐも良し、海で泳ぐのもまた良きかな。バーベキュー用の竈には炭が熾され、獲って来た獲物を焼き放題で。
「かみお~ん♪ スタンプラリーのリベンジ、しようね!」
壺焼きは一人一個だったし、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言えば「ぶるぅ」が「うんっ!」と。
「ぼく、一個だと足りないもん! 今日はいっぱい食べるんだもん♪」
沢山獲ってね、と飛び跳ねる姿にキース君たちが早速海へと駆け出しましたが。
「…教頭先生、一緒にいらっしゃらないんですか?」
俺たち先に行きますよ、と振り返ったキース君に教頭先生は頷いて。
「うむ。私は一曲歌ってからだ」
「あー、そうだっけ…」
歌わないとスタンプ無しだったっけ、とジョミー君がポンと手を叩き。
「せっかくだから聞いていこうかな? アレってシャングリラ号の朝礼で歌うって聞いてるし」
「そういえば朝礼、未だに見たことないですね…」
朝早いですし、とシロエ君までが。シャングリラ号には何度もお邪魔していますけれど、『かみほー♪』が歌われると聞く朝礼の時間は爆睡していて一度も出くわしていないのでした。
「学園祭の後夜祭だと合唱になっていますしね」
教頭先生の独唱は知りませんよ、とマツカ君も。キース君とサム君も「聞いていく」と言い出し、教頭先生は照れておられますが。
「大丈夫ですよ、私も御一緒いたしますから」
スタンプは欲しいですからね、とキャプテンが名乗りを上げて、瓜二つのそっくりさんコンビが歌うことに。二人とも水着姿でTシャツはビーチパラソルの下に置かれています。見事、きちんと歌い上げればTシャツのスタンプ欄が一個埋まるというわけで。
「じゃあ、カウントダウン!」
会長さんが号令をかけ、ソルジャーが。
「3、2、1……。はじめっ!」
教頭先生とキャプテンは緊張しつつも『かみほー♪』を歌い始めました。うん、なかなかにいい声です。きちんと声もハモッていますし、これなら問題なさそうですが…。ん? 教頭先生、ちょっと詰まっておられたような? キャプテンの方は滑らかですけども…。
「はい、おしまい~。お疲れ様」
会長さんが拍手し、ソルジャーはレジャーシートの上に置いていた荷物の中から口紅を。キスマークをつけるためのアイテムです。あれっ、会長さんは朱肉を出さないんですか?
ソルジャーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が差し出す鏡を見ながら鮮やかな赤の口紅を塗り、キャプテン用のTシャツを手に持って。
「えーっと…。ぼくは知識がサッパリで…。最初は何処に押せばいいんだい?」
「ああ、それね。本物の御朱印ってわけじゃないから区分は適当。本物は厳密に決まってるけど、こっちは好きなように押しておけばいいよ」
「そうなんだ? じゃあ、ぼくからの愛をこめて心臓の辺りにでも…」
愛してるよ、とウインクされたキャプテンが頬を赤らめ、ソルジャーはTシャツの左胸にキス。綺麗なキスマークがつきました。まだ唇に紅が残っているソルジャーにキャプテンが近付き、グッと抱き寄せて。
「…口紅を塗った唇というのも素敵ですね…。思わず食べたくなりますよ」
「「「………」」」
あちゃ~…。始まりました、バカップル。私たちなど居ないかのように思いっきりのディープキスをかまし、キャプテンが口紅を舐め取ってしまうまでイチャイチャと。
「…ふふ、すっかり熱くなっちゃった。でもねえ…」
スタンプが一個しかないのに退場したら叱られるかな、とソルジャーが艶やかな笑みを浮かべて、キャプテンが。
「では、頑張って集めましょうか。歌いますよ?」
二度目の『かみほー♪』が白い砂浜に響いているのに、教頭先生の方は。
「…ブルー、私も歌っていいのだろうか?」
「二度目をかい? 厚かましいにも程があるね」
一度目もクリアしていないくせに、とジロリと睨む会長さん。
「さっき途中で詰まった上に、音程も少し外れただろう? あれじゃスタンプは押せないよ。…言い忘れてたけど、失敗したらやり直し! 完璧に歌い終えないとスタンプは無しだ」
今から歌うなら二度目でも一度目、と突き放された教頭先生は涙目でした。キャプテンは既にかなり先の方を歌ってますから、すぐに歌い出したら失敗は必至。つまりキャプテンの三度目を待つか、休憩時間を狙って歌うか。
「…完璧に八十八回なのか?」
おずおずと問い掛けた教頭先生に、会長さんは「当然だろう」と鼻を鳴らして。
「スタンプが全部集まった時には何があるのか知っているよね? ぼくのキスマークで素肌巡りだ。それほどの御褒美を貰うためには血の滲むような努力が必要かと」
嫌ならここでリタイヤしておけ、と言い放たれた教頭先生の視線の先では、二度目の『かみほー♪』を歌い終えたキャプテンが口紅スタンプを貰っていました。この状況でリタイヤしたら男がすたるというものですけど、八十八回を完璧に歌いこなす道もまた地獄な茨道としか…。
その日、ビーチには『かみほー♪』が響き続けました。キャプテンに甘いソルジャーは歌いさえすれば口紅キスマーク。あまつさえ抱き合ってキスな甘々っぷりですが、会長さんの採点は非常に厳しく、五回に一回くらいしか認めて貰えません。
「また外したね? 今までに何回『かみほー♪』を歌って来たんだか…。シャングリラ号のキャプテンが聞いて呆れる」
そんなことではクルーのみんなに示しがつかない、と会長さんはビシバシと。おまけに歌い出しでしくじっていても最後まで歌わせるという鬼っぷり。教頭先生の歌声に力が無くなってくれば海の方角を指差して。
「しばらく喉を休めておこうか。キースたちと一緒に泳いできたまえ」
ついでにアワビとかサザエもよろしく、と獲物まで求める厳しい注文。それでも文句の一つも言わずにバーベキュー用の魚介類を獲って戻る教頭先生は凄すぎでした。会長さんのためなら必死に歌って、獲物も獲って…。なのに肝心のスタンプの方は。
「…たった四分の一とはねえ…」
あっちのハーレイは半分近く埋まっているけど、と大袈裟に両手を広げる会長さん。
「滞在中に全部埋める事が出来るのかい? あくまでスタンプラリーだからねえ、別荘ライフが終わると同時に終了だから! ついでに素肌巡りなんていうトンデモな企画、実現可能なのは帰る日の前の夜までだよね、うん」
最終日にそんなことはしたくない、と会長さんの冷たい宣告。昨夜スタンプラリーの話が持ち上がった二階の和室で教頭先生は悄然と。
「…実質、あと三日間ということか…」
「そうなるね。ブルーの方は明日にでも全部埋まるだろう。そしたら素肌巡りかな? 君の方は素肌巡りどころか、幾つ空欄が残る事やら」
自業自得というヤツだけど、と会長さんが教頭先生の『かみほー♪』の下手さを詰れば、ソルジャーが。
「歌はどうにもならないけどねえ、ぼくのハーレイがゴールインして更なる打撃だと気の毒だ。輪をかけて音が外れそうだし、ゴールインするなら一緒でどうだい?」
ねえ、ハーレイ? とソルジャーの腕がキャプテンの首に回され、キャプテンも。
「そうですね…。あと三日間お待ちしますよ、そこそこの所でセーブしておいて。なにしろ私たちはスタンプラリーを逃したところで特に困りはしませんし」
「うん。素肌巡りなら日を改めてやってあげるよ、心をこめて…ね」
またバカップルがイチャイチャイチャ。けれど「一緒にゴールイン」というエールを貰った教頭先生はバカップルの姿をガン見しながら決意に燃えておられるようです。八十八ヶ所、Tシャツに母印なスタンプラリー。教頭先生、無事に達成出来るでしょうか…?
教頭先生は歌い続けました。朝も早くからビーチで『かみほー♪』、夕方になって引き揚げて来ても会長さんや私たちが寛ぐロビーや広間で懸命に熱唱。日頃から柔道で鍛えた身体は『かみほー♪』三昧でも衰えはせず、どちらかと言えば声に深みが出て来たような…。
「今日の夜までだったな、ブルー?」
あと三個だ、と撤収中のビーチで胸を張っている教頭先生。会長さんは八十五個目の母印をTシャツに押しながら。
「うん、夜まで。あっちのハーレイを待たせてるんだから、心してよね」
向こうは昨日の間に八十七個、と顎をしゃくった会長さんに、教頭先生は「うむ」と。
「まだ夕食までに時間もあるし…。夜には八十八個を揃えるつもりだ」
「はいはい、分かった。でもって素肌巡りだね?」
ぼくも約束は守るから、と会長さん。えーっと、本気で素肌巡り…ですか?
「約束を破っちゃダメだろう? ハーレイも必死に頑張ったんだし、ぼくもやるまで」
そう言い切った会長さんに、顔を見合わせる私たち。
「…おい、本当にやるんだと思うか?」
そっちは母印じゃないんだよな、とキース君が呟き、サム君が。
「う、うん…。俺にもそう聞こえたけど、どうなるんだよ?」
「口紅じゃないの?」
そっちだったら母印じゃないわよ、とスウェナちゃん。
「ですね、口紅は塗らなきゃですけど、その線と読むのが妥当でしょうね」
それ以上だとは思えません、とシロエ君が応じ、マツカ君も。
「口紅ですよね、きっとそうです」
そのキスマークだと思いたい、と囁き合う私たちにも僅かな知識はありました。万年十八歳未満お断りの身ですけれども、ソルジャーが散々やらかしたせいで「吸い痕」の方のキスマークってヤツを知ってます。会長さん、まさかそっちの方じゃあ…?
「まさか、まさか…ね」
絶対ないよね、とジョミー君が肩を竦めて、キース君も。
「そう願いたいぜ。…ただし相手はあいつだからな…。正直、何をやらかしたとしても俺は全く驚かんがな」
一番いいのはスタンプが集まらないことだ、との意見に誰もが賛成。けれど私たちの願いも空しく、その夜、打ち上げとばかりに集まっていた和室での教頭先生とキャプテンの『かみほー♪』の合唱で八十八個の母印が揃ってしまったのでした…。
「揃ったぞ、ブルー! 八十八個だ!」
押してくれ、とTシャツを差し出す教頭先生。向こうではソルジャーがキャプテンのTシャツに口紅を塗った唇を押し当てています。会長さんも母印を押して、スタンプラリーは終了しました。二枚のTシャツは記念品として「そるじゃぁ・ぶるぅ」が帰ってから加工するそうで。
「かみお~ん♪ 青花の線はきちんと消すからね! マークはキッチリ残すから!」
「ありがとう、ぶるぅ。でも、これは…。ぼくのシャングリラでは着られないかな」
キャプテンがこの格好ではねえ、と零すソルジャーにキャプテンが。
「いえ、制服の下に着られますから! これでブリッジでもあなたと一緒にいられますよ」
「それはいいねえ。ぶるぅ、サイオン・コーティングも頼めるかな?」
耐久性を高めたい、というソルジャーの注文に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がコックリと。「ぶるぅ」は
「パパとママがいつも一緒だぁ♪」と大喜びですし、あのTシャツも役に立つのだな、と私たちが感慨に耽っていると。
「…それじゃスタンプも揃ったことだし、素肌巡りに出発しようか」
ねえ? とソルジャーがキャプテンの腕を取りました。
「八十八ヶ所だったよね。まずは一ヶ所目で、君の有能な指先からだよ」
いつだってぼくを熱くしてくれる、とソルジャーはキャプテンの右手の親指の先を口に含んでチュッと音を立て、それから指全体を舐め上げて。
「…はい、一ヶ所。ふふ、ゾクッときた? まだまだこれから八十七ヶ所!」
かまわないよね、とお次は人差し指を。教頭先生は耳まで赤くなり、会長さんの方をチラチラと。
「…ブ、ブルー……。そのぅ、なんだ……」
「ああ、素肌巡り? そういう約束だったよね」
それじゃこっちへ、と会長さんは手招きを。会長さんの目の前に立った教頭先生、もう頭から湯気が出そうで。
「…い、いいのか? 本当に…?」
「何を今更…。ただね、ちょこっと問題が」
「問題?」
何のことだ、と尋ねる教頭先生に、会長さんが小首を傾げて。
「素肌巡りをしてあげる、って約束したけど、君に好みのコースはあるわけ? こういうルートで八十八ヶ所、って明確に希望があるんだったらそれに添うけど」
「好みのルート?」
「うん。日頃から色々考えてるのは知ってるんだよ。だからね、出来れば希望のコースがいいのかなぁ、って」
あれば教えて、と言い出した会長さんにサーッと青ざめる私たち。それってヤバくないですか? 相手は妄想一筋の教頭先生、その道三百年以上ですってば~!
ただでも危ない素肌巡りを教頭先生好みのルートで、などと言っている会長さん。しかも口紅をつける気配はありません。ソルジャーと同じく吸い痕の方のキスマークなのか、と声も出せない私たちを他所に会長さんは。
「実はね、ぼくも素肌巡りなんていう経験は無くて…。君がルートを教えてくれればそれに従う。好みのルートは決まってる?」
「…い、いや、それは……。確かに夢には見ていたが…」
スタンプラリーに必死になっていてコースどころでは無かったのだ、と教頭先生。
「来る日も来る日も『かみほー♪』だったし、頭の中がそれ一色で…。正直、今もまだ『かみほー♪』がグルグル回っている状態だ。…そのぅ、本当に恥ずかしいのだが…」
「なるほどねえ…。そういうことなら、あっちを手本にしようかな?」
「あっち?」
「そう、あっち」
あそこでやってるバカップル、と会長さんの赤い瞳が見詰めた先ではソルジャー夫妻がイチャついていました。ソルジャーは既にキャプテンの両方の手指を舐め終えたらしく、手のひらにキスを落としています。
「両手の指で十ヶ所らしいよ、あと手のひらで十二ヶ所かな。…そんな調子で良かったら」
「…う、うむ…。指か、そういうルートもあるのか…」
ならば頼む、と大きな右手を会長さんに預けつつ、ソルジャー夫妻が気になるらしい教頭先生。そりゃそうでしょう、手の次は何処に会長さんの唇が来るのかドキドキしているに決まっています。そのバカップルの片割れ、手のひらへのキスを終えまして。
「…うーん…。やっぱりこれじゃ物足りないかな…」
ちょっと失礼、とキャプテンの首をグイと引き寄せ、太い首筋に噛み付くようなキス。それを見ていた教頭先生の顔がボンッ! と赤くなり、会長さんが「どうかした?」と。
「それじゃ始めるよ、素肌巡りの八十八ヶ所! まずは右手の親指だっけね」
チュッ、と会長さんの唇が落とされたのと、ソルジャーの両手が動いたのとは同時でした。キャプテンが着ていたシャツを引き裂き、晒された逞しい胸に思い切りキスを。そして会長さんと教頭先生に視線を送って、聞こえよがしに。
「…ハーレイ、ぼくたち、お手本にされているらしいよ? どうやらここでヤるしかないようだけども、仰向けに寝てくれるかな?」
「…こ、ここで……ですか?」
「かまわないだろう、ぼくは見られていたって平気さ」
張り切っていこう! とソルジャーが叫んだ次の瞬間、ドッターン! と大きな音がして…。
「ふん、素肌巡りには三百年以上早いってね」
指一本でノックアウト、と両手をパンパンとはたく会長さん。床の上には教頭先生が仰向けに倒れ、鼻血を噴いて失神中です。お手本とやらと嘯いていたソルジャー夫妻はしてやったりと消え失せてしまい、今頃は大人の時間かと…。
「あんた、知っててやらかしたな!?」
こうなることを、とキース君が噛み付けば、会長さんはニンマリと。
「そうだねえ、ブルーがスタンプラリーって言い出してブチ切れたせいではあるけども…。あの時、ハーレイが余計なことさえ言わなかったらこんな結果にはならなかったかと」
ぼくのガードがどうとかこうとか、と鼻でせせら笑う会長さんには罪の意識はありませんでした。会長さんにとってはあくまで仕返しらしいです。
「え、いいじゃないか。記念Tシャツは残るんだよ? ぼくの母印つきの」
それだけだって充分にレアだ、とブチ上げていた会長さんですが、そのTシャツは青花抜きの加工中に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がミスをしたとかで母印が消えてしまったのだとか。後日、それを聞かされた私たちは口々に「そるじゃぁ・ぶるぅ」に事情を聞いてみたのですけど。
「…えっと、えっとね…。ぼくでも失敗することあるの! ホントだよ!」
懸命に主張する「そるじゃぁ・ぶるぅ」に、キース君が。
「…嘘だな」
「うん、嘘で絶対間違いないよ」
キャプテンの分のTシャツは完璧な仕上がりだったもんね、とジョミー君。取りに来たソルジャーが嬉しそうに抱えて持って帰った姿は私たちの瞳に焼き付いています。これでブリッジでもハーレイはぼくと一緒なんだ、とか言いつつ、いそいそと…。
「教頭先生、つくづくお気の毒でしたよね…」
トラウマにならなきゃいいんですけど、とシロエ君が『かみほー♪』の心配を。歌わされまくった挙句に何一つ報われなかったシャングリラ号の歌、教頭先生、当分は口パクだったりして…?
集めて御褒美・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
素肌巡りで八十八ヶ所、なんとも罰当たりな企画っぽいですけど、こういうオチ。
教頭先生、そうそう美味しい思いが出来るわけありません。
今月は月2更新ですから、今回がオマケ更新です。
次回は 「第3月曜」 9月21日の更新となります、よろしくです~!
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こちらでの場外編、9月はスッポンタケの後付けお葬式の件を引き摺り中で…。
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