シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
中間試験が迫ってきたので、今日から部活はお休みです。1年A組にはいつものように会長さんの机が増えていました。会長さんはアルトちゃんとrちゃんに話しかけ、またプレゼントを渡しています。今日の贈り物は可愛いポーチ。既製品だと思っていたら「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお手製でした。
「お守り、いつも持ち歩いてくれてるだろう?…これに入れたらいいかと思って」
この前はお守りを入れておく小物入れをプレゼントしてましたけど、今度は持ち歩き用のアイテム登場。つまり二人はあのお守りを大事にしていて、寮では机の引き出しか何処かに大切にしまい込み、出歩く時は忘れずに持って出かけているわけで。会長さんがそれを知ってるってことは、お守りは多分、活用されているのでしょう。アルトちゃんたちはポーチを手にして大感激。
「喜んでもらえて嬉しいな。ぶるぅに頼んだ甲斐があったよ」
でも最後の仕上げはぼくがしたんだ、という殺し文句にアルトちゃんたちの目はすっかりハート。仕上げといっても大したことはしていないのに決まっていますが、効果の方は絶大です。フィシスさんに聞いた『シャングリラ・ジゴロ・ブルー』という名が頭の隅を掠めました。…まぁ、いいか…アルトちゃんたちが幸せならば。そんな元気な会長さんは三時間目の半ばで保健室に行き、終礼まで戻ってきませんでした。
放課後は柔道部の三人も一緒に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ直行。今日のおやつは栗のタルトです。美味しく食べていつものようにおしゃべりを…と思ったところでサム君がカバンを開け、教科書とノートを取り出しました。
「あれ?サム、そんなもの出してどうするの?」
「…ジョミーと違ってヤバイんだよ。俺、今回は追試の射程圏内」
歴史に数学、その他もろもろ。サム君の一学期の成績表が私たちとは真逆の意味で凄かったことを知ってしまった瞬間でした。C組にいるサム君は会長さんの恩恵を受けているA組と違って実力で試験に臨んだ結果、悲惨なことになったようです。同じC組でもシロエ君は呑気にタルトをおかわりしていますけど。
「よかったらサムにも試験の答えを教えようか?」
会長さんの提案にサム君はガバッと顔を上げました。
「なにっ!?…そんなことが出来るのかよ?」
「うん」
「じゃあ、なんで今まで…。俺、一学期は赤点スレスレだったのに!」
「…だって、頼まれなかったから」
会長さんはクスッと笑って紅茶を一口。
「頼みに来ないから、実力で勝負するつもりだと思ったんだよ。現にキースがそうだから。…ジョミーたちと同じA組だけど、キースはぼくが意識下に流す答えを完全に遮断しているのさ」
「「「ええぇっ!?」」」
じゃあ、キース君は正真正銘、全科目満点というわけです。あれ?…なんでキース君まで驚いてるの?
「…俺のは実力だったのか…」
力が抜けたような顔で呟くキース君。
「てっきり、あんたの力だとばかり…。だから、このままではダメ人間になると思って毎晩必死に勉強を…」
「必死に勉強、大いにけっこう。今度の中間試験もぼくの出番はなさそうだね。…ぼくの思念が入り込む隙が無いほど集中できる君の将来が楽しみだ」
なんと、キース君は自分の実力に全く気付いていなかったみたい。家で勉強していたんなら、気が付きそうなものですが…。問題集とかやったんでしょうし。
「そこがキースのいいところさ。決して自分を甘やかさない。…まぁ、本当のところを言えば…お寺の勉強と二足の草鞋で必死だったせいもあるんだろうけど」
「お寺、お寺と楽しそうに言うな!」
「…楽しいじゃないか。最近は休みの日には月参りにも行ってるようだし」
月参り!?…それって檀家を回ってお経を読むというアレですか?
「そうだよ。毎月、月命日の日に回るんだ。休みの日に法事をする家が多いから、キースの家では月命日が休日と重なった月は月参りを休みにしてもらっていたみたいだけれど…今はお父さんが法事をやって、キースが月参りに行くんだよね」
「……余計なことをベラベラと……」
「いいのかい?…緋の衣に逆らったら後が怖いよ、お寺の世界は」
キース君はウッと息を詰まらせ、黙り込んでしまいました。お寺のことはよく知りませんけど、きっと究極の階級社会なのでしょう。ついでに封建社会なのかも。…それにしても、あのキース君が月参り。夏休みに元老寺で見た墨染めの衣は今でもハッキリ覚えています。キース君が月参りやお寺の勉強をするようになったのは会長さんのおかげですから、お父さんたちはとっても感謝しているでしょうね。
「…で、サムは回答の横流しを希望、と。全科目?」
「お願いします!」
サム君が両手を合わせて会長さんを拝んでいます。
「了解。…シロエは?」
「あ、ぼくは実力で勝負しますから。キース先輩が実力だったと分かった以上、ぼく、絶対に負けられません!」
闘志を燃やしているシロエ君は物凄く嬉しそうでした。キース君をライバル視しているだけに、キース君の点数はとても気になるところでしょう。なにしろ入学前からの目標だった『キース君から一本取る』という柔道の方も、まだ果たせてないみたいですし。
「へへ、これで試験対策はバッチリだぜ…、と♪」
追試の恐怖から解放されたサム君は大喜びで教科書とノートを片付けました。あとは楽しいおしゃべりタイム。キース君のお寺ライフを皆でからかったりしている内に…。
「…あんた、俺を苛めて楽しいか?」
キース君がとうとうブチ切れ、会長さんをジト目で睨んで。
「緋の衣だかなんだか知らんが、あんた自身のことはどうなんだ」
「ぼく自身?」
「ああ。前から疑問に思っていたことを、この際、はっきり聞かせてもらおう。…いつも教頭先生をきわどいネタでからかってるよな?本当のところ、いったいどこまでの関係なんだ」
ひえぇぇ、なんて聞きにくいことを!…これだから天才がキレると怖いんです。
「どこまでって…何が?」
「具体的に言えというのか!?」
「うん♪」
会長さんは負けていませんでした。キース君は一瞬ひるみましたが、すぐに「そるじゃぁ・ぶるぅ」を指差して。
「…ダメだ、あそこに1歳児がいる。こんな所で話せるか!」
「ああ、ぶるぅ?…ぶるぅなら心配いらないよ。1歳の子供に何が分かると?…ほらほら、遠慮しないで言ってみて。…何がどこまでか言ってくれないと分からないし」
言葉にしなくても読み取れるくせに、会長さんは完璧に苛めモードです。どうなるのかとハラハラしている私たち。キース君はしばらく迷って、何度か口を開いて閉じて…とうとう大声で叫びました。
「要するに!…できてるのか、できてないのかってことだ!!」
「…できてるよ?」
「「「!!!!!」」」
あまりのことに私たちは驚いて声も出ませんでした。できてる、って…教頭先生と会長さんが…?
「うん。担任と生徒ってことで、正式な関係ができてるけれど…何をそんなに驚いてるのさ」
「……そうじゃなくて……」
呆然としている私たちより先に立ち直ったキース君。今度こそ、と覚悟を決めているのが分かります。
「ええい、こうなったらキッパリ言ってやる!…この間、俺たちに教頭先生の夢を共有させたよな?要するに、あの夢よりも先の段階へ進んだことがあるのか、無いのか。どうだ、これならいいだろう!」
たとえ子供が聞いていてもな、とキース君は続けました。確かに…すごく名案です。
「なるほど。ぶるぅに配慮してくれた、というわけか」
会長さんは艶然と笑みを浮かべて「そるじゃぁ・ぶるぅ」を手招きすると。
「ねぇ、ぶるぅ?…ぼくとハーレイって、一緒に寝たことあったっけ?」
「…んーと…。多分…無いと思うけど、ブルー、たまに夜中にいなくなるよね」
「こらぁ!子供を巻き込むな!!」
キース君の怒声が響くのを無視して、会長さんは…。
「じゃあ、キスは?…ぼくとハーレイはキスしてたっけ?」
「…知らないよ。っていうか、ぼくは見たことないや」
それがどうしたの?と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。小さな頭の中に浮かんでいるキスという単語は、お子様向きのキスでしょう。ホッペにチュウとか、おでこにチュウとか、よくてせいぜい手の甲にキス…。
「今のを聞いてくれたかい?…つまり、そういう関係ってこと」
会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の柔らかな頬にチュッとキスをして微笑みました。
「…ぼくとハーレイの間には何も無い。あの夢よりも先の段階どころか、夢の入り口にすら辿り着けてないのが実情なんだよ、残念ながら」
だってハーレイはヘタレだからね、とおかしそうに笑う会長さん。この間の教頭先生の夢の中身を考えてみても、どうやら嘘ではなさそうです。
「そうか…。やっぱり何もないのか。教頭先生を疑ったりして悪かった」
キース君が言うと、マツカ君とシロエ君が頷きました。二人とも、あの夢を見せられて以来、気になっていたらしいのです。教頭先生と会長さんは深い関係じゃないのか、って。
「ハーレイはそうなりたいと思っているよ。だから特製パイでスペシャルな夢をプレゼントしたのに、夢でさえモノに出来なかっただなんて…情けないったらありゃしない」
「…トランクス見て鼻血だったもんね…」
ジョミー君がボソリと呟きました。白黒縞のトランクス…もとい、トランクスと見せかけた海水パンツの会長さんを見た教頭先生が鼻血を出したのは二学期の初め。もしも深い関係だったら、あの程度で鼻血なんかを出しているわけがないのです。
「その割には妙な度胸あるよな。…ほら、ジョミーが着せられた服とかさ」
サム君が言うと、会長さんはクスクスと笑い出しました。
「ああ、あれね…。ベビードールは凄かったよね。でも、あれは背中を後押ししている黒幕がいたりするんだけども」
「「「黒幕!?」」」
ヘタレだという教頭先生にベビードールはミスマッチ。後押ししている人がいるとなれば納得ですが、いったい誰がそんなことを?
「黒幕は…まりぃ先生だよ。保健室のね」
「「「まりぃ先生!!?」」」
信じられない名前を聞いて私たちは腰が抜けそうでした。まりぃ先生といえば会長さん専用の特別室を用意して…会長さんと「あ~んなことや、こ~んなこと」をしている夢で酔っ払ってる筈なのですが。
「うん。それはそうなんだけど、まりぃ先生、ちょっと危ない趣味もあるんだ。腐女子って言うんだったっけ?…ぼくを見てると妖しい妄想が浮かび上がってくるらしいんだよ。ぼくと遊ぶのとは全く別の次元でね」
そんな趣味を持つまりぃ先生と教頭先生が出会ったのが不幸の始まりだったんだ、と会長さん。この春、シャングリラ学園に着任したばかりのまりぃ先生は、親睦ダンスパーティーでタンゴを踊ってくれるパートナーを募集していた時に教頭先生と会ったらしいのです。二人の息の合ったタンゴはリアルタイムでは見逃したので録画で見て感動したのですが…。
「タンゴの稽古で保健室に通っている間に色々と話をしてたようだね。すっかり仲良くなってしまってさ…。教頭先生が隠し持っていたぼくのウェディング・ドレスの等身大写真があったろう?あれを作ったのはまりぃ先生なんだ」
ひえええ!…教頭先生の趣味を承知の上で、あんな写真を作って引き渡すような人だったら…ベビードール事件の黒幕というのも頷けます。きっと教頭先生をうまいこと煽ったのでしょう。
「…まりぃ先生は学校に内緒で夜着ショップのオーナーをしているんだよ」
夜着ショップ!?…それって、パジャマとかのお店ではなくて…?
「実用性よりお色気重視のショップなのさ。完全に趣味の店なんだけど、ハーレイに店のチラシを渡してその気にさせたらしいんだ。…その手の店って、並んでるものを見ているだけで正気を失うみたいだね」
だからヘタレでもベビードールを買えたんだよ、と会長さん。メッセージカードも購入した時に勢いで書いて、そのまま前後の見境を無くしてプレゼントしたのが青いベビードール。…勢いで買ったものの、ヘタレな気性が頭をもたげて渡し損ねたのが赤いベビードール。…うーん、気の毒な話かも…。
「そんなわけだから、ぼくとハーレイは清い仲。御期待に添えなくて悪かったかな?」
私たちは首を激しく左右に振りました。どうせ会長さんはこれからも教頭先生をオモチャにするに決まってますし、何の関係も無いと分かれば安心して見ていられるというものです。しかし、等身大ウェディング・ドレス写真とベビードール事件の黒幕がまりぃ先生だったとは!…ところで『腐女子』って、なんなのでしょうね?