シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
学園祭が近づいてきました。お祭り騒ぎが楽しみなのははもちろんですが、クラスごとにテーマを決めて展示をするか、劇をするかを選択しないといけません。提出期限の日の朝、A組の一番後ろにはまた会長さんの机が増えていました。会長さんはアルトちゃんとrちゃんに声をかけ、何か話をしています。そこへガラリと扉が開いて。
「諸君、おはよう。…またブルーが来ているのか」
グレイブ先生は溜息をつき、学園祭で何をするかを決定するためのホームルームを始めました。
「いいか、展示か演劇か…だ。順位がつけられるわけではないから、私の意見は特に無い。ついでに言うと、諸君にはあまり期待はしていないのだ。…このクラスはブルーに頼りっぱなしで遊び惚けているからな」
誰も反論しませんでした。テストも球技大会も水泳大会も、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に助けてもらって1位を取ってきたA組です。楽をすることに馴れきっていて、自分たちの力で何かをしようなんて思ったこともないんですから。
「とにかく今日が提出期限だ。展示をするのか劇をしたいのか、それくらいは決断してくれないとな」
多数決で決めることになり、無記名投票をやった結果は…。グレイブ先生が黒板に「正」の字を書いていったのですが、全く同じ数の票が入って意見は割れてしまいました。でも…。あれ?会長さんの机が増えてるってことは、同数になることは有り得ませんが…。
「誰だ、投票しなかったヤツは?」
グレイブ先生の瞳が眼鏡の奥でキラッと鋭く光ります。みんなはブンブンと首を横に振り、自分ではないと必死にアピール。私だってちゃんと投票しました。第一、教卓の前に置かれた投票箱に席の順番に一人ずつ入れに行ったんですから、白紙投票ということはあっても棄権は絶対不可能です。
「…しらばっくれるな。さっさと自首して、演劇か展示か意見を述べろ。それで決着がつくんだからな」
5分経っても誰も名乗り出ず、グレイブ先生はイライラしながらチョークで黒板を叩きました。
「いい加減にしろ!」
カッ、と音がして白いチョークの破片が飛び散ります。欠けたチョークで「正」の字を上から順にカツカツと数え、声を張り上げて。
「名乗り出ないのなら、私にも考えがある。…怠慢なA組諸君に勤勉に働いて貰おうか。学園祭は展示と演劇、両方を希望ということにしよう。早速、展示のテーマと劇の演目を決めねばならん」
「「「えぇぇぇぇっ!?」」」
悲鳴と怒号が飛び交いました。両方だなんて無理に決まっています。
「これは連帯責任だ。誰かが投票しなかったせいで両方することになったわけだが、それでも名乗り出る気はないのかね…投票しなかった誰かさんは?君が手を上げて自分の意見を述べれば、片方だけで済むのだぞ」
戦犯、という言葉が頭に浮かびました。でなきゃスケープゴートです。とにかく誰かが名乗り出れば…。疑心暗鬼に陥った教室の一番後ろで会長さんがスッと手を上げました。
「ブルー、お前か!」
グレイブ先生が勝ち誇った笑みを浮かべた時。
「ぼくじゃない。…それより、グレイブ。君は数学担当だったと思ったが…」
「そうとも、私は数学教師だ。数学同好会の顧問でもある。それがいったい何だというのだ」
「…計算が出来ないみたいだから」
「なんだと!?」
目を吊り上げたグレイブ先生に向かって、会長さんは静かな口調で。
「怒ると血圧が上がってしまうよ。それより票の数を落ち着いて計算した方がいい。…今、教室には何人いる?」
グレイブ先生は「正」の字の数を数え、振り返って生徒の数を数えて。
「………。余計に投票したヤツは誰だ!?」
あらら。会長さんが指摘したとおり、票は1票余計でした。誰かが余分に入れた票のせいで同数になっているだけです。1票多く投じるチャンスは誰にでもあったわけなんですから、先生の目を盗んだ誰かを探して余計な票を取り下げさせれば問題は簡単に解決します。でも、誰が…?教室中がザワザワする中、会長さんが立ち上がって。
「いつまでも隠れていないで出ておいで。…かくれんぼの時間は終わりだよ、ぶるぅ」
投票箱がガタガタと揺れ、蓋が勢いよく吹っ飛びました。
「かみお~ん!!!」
あんな箱にどうやって入っていたのか、クルンと宙返りして降り立ったのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ぼく、劇がいい!!」
騒然となった教室に無邪気な声が響きました。
「あのね、あのね…。ぼく、劇に出てみたかったんだ。だから1票入れたんだよ」
記入した紙を持って箱に入って、箱を開けて票を取り出す間はロッカーの中に隠れてたんだ…と得意そうです。
「……。無効だな。私が配った投票用紙と違うものに書かれた意見は無効だ」
グレイブ先生が淡々と告げ、黒板に書かれた「正」の字の中から1画分をササッと消して。
「1年A組はクラス展示をすることになった。テーマの決定は諸君に任せる」
そしてホームルームはテーマを決めるための臨時会議となったのでした。
クラス単位の展示と言われても、案は簡単に出てきません。喫茶店とかお化け屋敷はダメなんですか、という提案はグレイブ先生に一言の下にはねつけられてしまいまいした。
「そういうのは催し物というのだ。展示の他に手がけるクラスもあるが、展示内容が手抜きにならないように努力している。諸君に両立は出来ないだろう」
写真でもパネル展示でもなんでもいいから発表することが大切なのだ、と言われても…。悩みまくる私たちの机の間を「そるじゃぁ・ぶるぅ」がトコトコ歩き回っています。劇の方に決まっていたら張り切って騒いでいたのでしょうが、展示ということになりましたから、退屈そうに欠伸をしては。
「…まだ決まらないの?やっぱり劇の方にしようよ」
ねえねえ、と未練たっぷりですけど、不正行為はいけませんよね。それにしても展示のテーマ、何にも思いつかないんですけれど…。退屈しきった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は何処からかアイスキャンデーを取り出し、美味しそうに舐め始めました。影の生徒会室に通うメンバーのにとっては、ごくありふれた風景です。ところが、この姿を見てピンときたクラスメイトが一人。
「そうだ、チラシで見た顔だ!」
男の子の一人が立ち上がって大声で叫びました。
「そるじゃぁ・ぶるぅ研究会っていうのがあるじゃないか。あそこのチラシに刷ってあったの、アイスキャンデーを食べてる写真で…。お宝写真だとか言って自慢してるのを確かに聞いたぜ」
そういえば、そんな事件もありました。クラブ見学に回ってた時、チラシを持った研究会の人たちに取り囲まれて危機一髪で。親睦ダンスパーティーの時も『そるじゃぁ・ぶるぅ研究会』は現れましたが、その後は平穏無事だったのですっかり忘れていたんです。
「研究会まで出来てるヤツが俺たちのクラスに来てるんだから、こいつの写真を飾っておけば凄い展示になるんじゃないか?みんなが撮った写真を寄せ集めたら枚数もかなり稼げるだろうし」
「いいかも!…入学式の時に校長先生が言ってたものね。滅多に姿を見せないって」
とても楽そうな上に人気の出そうな展示です。A組の展示テーマはアッという間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」に決定しました。これでオッケー、とグレイブ先生に申し出ると…。
「写真だけとは感心せんな。せめて観察日記くらいは欲しい。A組の展示のテーマは『そるじゃぁ・ぶるぅの生活』と書いて提出しておく。頑張って生態をレポートしておけ」
一方的に展示テーマと中身に口出しをして、グレイブ先生は提出用の書類に記入し、届出に…。私たちは思いも寄らない仕事が増えてガックリです。写真は一杯ありましたから、それを引き伸ばして貼っておくだけだったら楽勝なのに…。
「いっそ自分で書かせろよ。この際、絵日記でも十分だろう。…っていうか、自筆なら凄く値打ちがある」
誰かが言い出し、ナイスアイデアだと拍手喝采していると。
「イヤだよ。絵日記なんか書かないもんね、面倒だもん」
肝心要の「そるじゃぁ・ぶるぅ」に即座に却下されました。
「でも、ぼくの生活を知りたいんなら歓迎するよ?…お客様って楽しいしね」
泊まりに来てよ、と言っていますが、みんなは及び腰でした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋は先生でさえ簡単には辿り着けないと言われています。そこに毎日たむろしている私たちはともかく、一般の生徒は「うかつについて行ったら最後、二度と帰って来られないかも」と恐れを抱いているようで…。
「と、泊まりになんて…行けないよな?」
「ああ。…何が起こるか分からないもんな」
男子も女子も「そるじゃぁ・ぶるぅ」から離れた所にギュウギュウ集まって何か相談しています。私たちと会長さんはまるでお呼びじゃないみたい。もしかして、みんなが話しているのは…。
「お待たせ。決まったぜ」
伝言役に選ばれたらしい男子が私たちの方にやって来ました。
「そるじゃぁ・ぶるぅの生活レポはプロに任せるのが一番だろう?俺たちが写真を展示するから、そっちは二十四時間密着レポを担当してくれ。いつも一緒に遊んでるんだし、扱いにかけてはプロだよな?」
ひえええ!私たちが調べるんですか?「そるじゃぁ・ぶるぅ」の一日を…?
「そっか、みんなでお泊りだね?」
話を聞いていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が嬉しそうな顔で言いました。
「ブルー、お客様だって!ぼく、頑張っておもてなししなきゃ」
でも、クラスのみんなは「普段どおりに生活して欲しい」と頼み込み、私たちも「普通がいいよ」と言ったので…お泊りはごくごく平凡なものになりそうです。本音を言えば精一杯のおもてなしとやらで歓待して欲しいんですけれど、それはまた別のチャンスに期待しておきましょう。
そして週末。影の生徒会室メンバーの中でA組所属の私とスウェナちゃん、ジョミー君、キース君とマツカ君の5人はお泊り用の荷物を持って「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を訪問しました。
「かみお~ん♪いらっしゃい!好きなだけ、ぼくを観察してね」
私たちが泊るのは初めてですから「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大はしゃぎ。美味しそうなお菓子が並べられ、スウェナちゃんが写真を撮っています。会長さんが「普段はすぐに食べちゃうのにね」とからかいましたが、今日の私たちは取材をするのがお仕事ですし、遊んでばかりじゃダメですよね。
「なるほど。…じゃあ、アヒルちゃんの写真も撮るのかな?」
「えっ?え、えっと…それは…」
口ごもっているスウェナちゃん。『アヒルちゃん』というのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」愛用の洋式便器で、アヒルの形をしているのです。
「ぶるぅは規則正しくトイレに行くようしつけてあるから、アヒルちゃんタイムはきちんと記録した方がいい」
会長さんが大真面目に言うと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も頷いています。
「ぶるぅの生活を調べに来たなら、ついでにぼくの生活も調べてみる?」
クスクスクス。会長さんはスウェナちゃんのカメラに視線を向けて微笑みました。
「ぼくは全然かまわないよ。…あ、でも…展示するのはぼくの生活じゃなかったね」
そう言いながらも会長さんはニッコリ笑って立ち上がって。
「ぶるぅの生活を調べていけば、ぼくの生活と切り離せないのが分かってくるさ。どこまで書くかは任せるけれど、ぼくの名誉は守って欲しいな」
え。会長さんの名誉ってなんでしょう?首を傾げる私たちを見て、会長さんは楽しそう。
「食事の用意も後片付けも、掃除洗濯も…全部ぶるぅがしてくれてるんだ。そのとおりにレポートを書かれてしまうと、ぼくが無能に見えてこないかい?」
確かにそれはまずいかも。ちょっとくらいは脚色なんかも入れておいた方が良さそうです。でも、これを聞いていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は…。
「ううん、ブルーは頭がいいし、ぼくのこと大事にしてくれるし。…ぼくが子供のままでいられるのって、ブルーがいてくれるからなんだよ。無能だなんて書かないでね。ちゃんと調べて本当のことを書いてくれなきゃ、ぼく、思い切り噛み付いちゃうから!」
げげっ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の生活調べは前途多難かもしれません。とにかく、土日を利用した二十四時間、学園祭での展示に向けて全力で取材しなくては。せっかくお部屋に泊まるんですし、成果があがるといいんですけど…。