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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

修学旅行・第1話

学園祭が終わって学校に落ち着きが戻ってきたある日のこと。登校してみるとA組の教室の一番後ろに、また机が1つ増えていました。期末試験にはまだ早いですし、こんな時期にいったい何が?例によってアルトちゃんとrちゃんにプレゼントをしようとしている会長さんに聞いてみると。
「グレイブが来たら分かることだよ」
軽く受け流されてしまいました。今日のプレゼントは会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」に教えて貰って焼いたマドレーヌらしいです。嘘じゃないかと思うんですが、アルトちゃんとrちゃんは素直に信じて大喜び。…まぁ…オーブンのタイマーくらいはセットしたかもしれませんね。
「諸君、おはよう」
ガラリと教室の扉が開いてグレイブ先生が入ってきました。冊子のようなものを沢山持っていますが、なんでしょう?
「ブルーが来ているから、何か起こるのは承知だろう。今日は重大なお知らせがある。これを前から順に配るように」
配られてきた冊子の表紙には『修学旅行の栞』の文字が。教室はたちまち蜂の巣をつついたような大騒ぎです。1年生で修学旅行はいくらなんでも早すぎますし、冗談ではないのかという声も…。
「諸君、私は至って真面目だ。本当に修学旅行が行われる。いずれ知れることだから話しておくが、シャングリラ学園には1年で卒業してしまう特殊な生徒がたまにいるのだ。該当者があった年は、その生徒のために修学旅行が実施される」
「「「えぇぇぇぇっ!?」」」
誰だ、誰だ…という声があちらこちらで上がりましたが、グレイブ先生は無視して先を続けます。
「そういうわけで修学旅行に行くことになった。詳しいことは栞にも書かれているが、ナスカで4泊5日の旅になる。原則として自由行動だ。班などを組む必要は無い」
え?こういうのって普通は班単位で行動するものじゃないですか?しかも自由行動だなんて、野放しにするのと変わらないんじゃあ…。グレイブ先生はザワザワしている教室をジロリと眺め、咳払いをして。
「昔は班単位の行動だった時代もあったのだ。…だが、男女で組ませたら間違いが起こった年があった」
間違い…。男女が組んで間違いとくれば、バレたら退学というアレでしょう。なるほど、それは危険かも…。
「そこで男女別に班を組ませたが、結果は同じだったのだ。うかつに仕分けをしたばっかりに、示し合わせて更にろくでもないことをやらかしてくれた」
何があったのか知りませんけど、なかなか凄い過去があるようです。それとも勇気のある先輩が多かったのだと言うべきでしょうか。
「そういうわけで、下手に口出しをせずに良識に任せておくのが一番ということになったのだ。その代わり、夜間の見回りは非常に厳しい。羽目を外して遊ぶのもいいが、消灯時間くらいは守りたまえ」
夜中に検挙されたら廊下で1時間正座だからな、と付け加えてからグレイブ先生は朝のホームルームを終えて出て行きました。

思いがけない修学旅行とあって、休み時間は関連の話題でもちきりです。女子の一番の関心事は三百年以上在籍している会長さんのことでした。
「もしかして卒業しちゃうんですか?修学旅行に行くんですよね」
女子代表で質問したのはrちゃん。手が小刻みに震えているのは、会長さんがいなくなってしまうんじゃないかと心配しているからでしょう。
「まさか。…卒業なんかしないよ、魅力的な子がこんなに沢山いたりするのに」
会長さんがニッコリ笑うと黄色い悲鳴が上がりました。
「ぼくは年中行事が好きでね。…修学旅行は特に好きだな、学校のみんなと一緒に旅行できるし。4泊5日か…。よろしく頼むよ」
大歓声を上げる女の子たち。アルトちゃんとrちゃんは頬がほんのりピンク色です。修学旅行中にお守りを使おうとは思わないでしょうけど、一緒に旅行をするんですから期待は色々あるでしょうね。午前中の授業が終わる頃には会長さんは保健室に行ってしまって姿が見えませんでした。
「へえ…。会長さんも修学旅行に行くんですか」
シロエ君が食堂でスパゲッティーを食べながら「何もなければいいんですけど」と呟きます。
「栞には教頭先生も同行するって書いてありましたよ。また何かやらかそうとするんじゃないですか?」
「まさか…。いくらなんでも大丈夫じゃない?」
ジョミー君が言うと、キース君が。
「1年生全員が揃ってる所でからかったりはしないだろう。いや、俺たちさえ気をつけていれば…あいつの口車に乗せられなければ、ギャラリーがいないから諦める筈だ」
なるほど、それは一理あります。会長さんが赤の他人の生徒を巻き込んで騒ぎを起こすとは思えません。修学旅行中は会長さんの誘い文句に乗せられないことを私たちは固く誓いました。昼休みと午後の授業が終わって、あとは終礼という時です。
「諸君、これから1年生は体育館で修学旅行の練習をする」
「「「え?」」」
グレイブ先生の言葉にクラス全員が首を傾げました。修学旅行の練習って…なに?
「行ってみれば分かる。さっさと体育館へ行け。他のクラスに遅れるな!」
追い立てられるようにして体育館の一番大きな部屋に入ると、床に白いテープが貼られています。細長い長方形の形ですけど、コートにしては狭すぎるような…。そんな図形が全クラス分あり、私たちはその横に整列するよう言われました。一番前に現れたのはマイクを持った教頭先生。
「では、修学旅行に備えて大切なことを練習してもらう。諸君の横の床に描かれているのは実物大の電車の車両だ」
は?…電車?
「ナスカまでは電車に乗るが、乗り降りに無駄な時間がかかってしまうと他の乗客の迷惑になる。我が学園の恥にならないよう、毎日放課後、スムーズな乗降の練習を体育館で行うように」
よく見てみると長方形の図形には乗降位置と扉の幅が書かれていました。信じられない話ですけど、私たちは教頭先生のホイッスルに合わせて担任の先生に指図されながら乗車訓練をしたのです。電車も無い田舎の小学生なら分かりますけど、何が悲しくて高校生が…。

練習を終えて「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと、保健室から戻ったらしい会長さんがソファに座っていました。手には修学旅行の栞。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が興味津々で覗き込んでいます。会長さんは電車に乗る練習に参加したりは…しないでしょうね。
「ああ、あれか。…昔はあんなの無かったんだよ」
会長さんがおかしそうに笑い出しました。
「もう十年くらい前になるかな。その時もぼくは参加してたけど、あるクラスが乗り込む時に生徒同士で喧嘩になって。原因は些細なことでも、ヒートアップしがちな年頃じゃないか。先生が止めようとすればするほど熱くなっちゃって、電車の発車が8分遅れた。おかげで後続の電車が更に遅れたり、運休したりしたんだよね」
それで学校に苦情が届き、新聞にも小さく書かれたりして…すっかり懲りた先生方が考えたのが乗車練習らしいのです。指導が厳しかった理由もこれで納得。これから毎日あれですか…。
「ねぇねぇ、ブルー」
乱入したのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんの袖をツンツン引っ張り、目をキラキラと輝かせて。
「ぼくも修学旅行に行きたい!…今まではお留守番でもよかったけれど、今年は仲間が7人もいるし…夏もみんなで旅行してとても楽しかったし、行ってみたいよ」
「…ぶるぅの分の栞は貰っていないし、ダメなんじゃないかな」
ホテルや電車の手配があるしね、と会長さん。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は肩を落として悲しそうです。なんとか連れてってあげる方法が無いものでしょうか?
「…うーん…。ハーレイに頼めばなんとかなるかな…」
「そ、それ、…それはまずいって!」
すかさずジョミー君が突っ込みました。
「教頭先生に頼むのはまずいよ。…っていうより、悪いっていうか…」
「この間、ぼくの家に誘ってからかったから?」
ジョミー君の頬が赤くなり、私たちも思い出して顔が熱くなります。会長さんの家にお邪魔した時、会長さんが教頭先生を呼び出してオモチャにした事件から日は経ちましたが、あれ以来、会長さんは教頭先生を見て見ぬふり。声をかけられても通り一遍の挨拶だけで無視しまくっているのでした。
「だって、無視したくもなるだろう?あれだけぼくに惚れてたくせに…ギャラリーがいたっていうだけでアッサリ轟沈したんだからさ」
プライドが傷ついたんだ、と会長さん。身体を張った罠が空振りに終わったことで腹を立てているらしいのです。計画では教頭先生に夢を見させて一晩泊めて、翌朝、二人きりで朝食と偽って私たちが揃ったダイニングに連れて来てパニックに陥らせるつもりだったのだとか。
「ぼくってそんなに魅力が無いかな?…あれだけ気分が盛り上がってれば、ギャラリーがいたって押し倒すだろうと思ってたのに」
「…そいつは無理ってもんだろう…」
溜息をついたのはキース君です。
「あんた、いっつも言ってるじゃないか。教頭先生はヘタレだ、って。…あんたと二人きりだと思い込んでいたら、俺たちがゾロゾロいたんだぞ。ヘタレでなくても眩暈ものだ」
「そう?…じゃあ、お詫びを兼ねて修学旅行のことを頼みに行こうかな」
君たちもついておいで、と会長さんは腰を上げました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れ、教頭室へ直訴に出かけるみたいです。お詫びとお願いに行くだけならば特に心配はないでしょう。私たちは会長さんの後に続いて本館めざして出発しました。

教頭室の重い扉をノックして会長さんが声をかけると、「どうぞ」と渋い声がして。
「こんにちは、ハーレイ。…ここで会うのは久しぶりだね」
「ブルーか。どうした?」
教頭先生は平静を装っていますが、声に嬉しさが滲み出るのは隠せません。呼びつけられた上にオモチャにされて、挙句の果てに無視されまくっても、会長さんを諦められなかったみたいです。三百年以上見ていただなんて言ってましたし、あの程度で砕け散るような恋心ではないというわけでしょう。会長さんは視線を床に落としました。
「…ちょっとね、謝りたいと思って…。この間のこと」
「なんだ、そんなことか」
教頭先生は豪快に笑い、私たちの顔を見回して。
「あの時は正直ビックリしたが、こいつらもパニックだったからな。お前の悪戯はいつものことだし、気にしていたら心臓が持たん」
ヘタレと呼ばれる先生ですが、立ち直りの早さは柔道十段の武道家に相応しいかもしれません。会長さんはもう一度謝り、思わせぶりな瞳を向けて。
「…でもね、ぼくだって少し傷ついたよ?もう少し強引に押してくるかと思っていたし」
「そ、それは…」
他の生徒の前で受け持ちの生徒をどうこうするのはマズイだろう、と教頭先生。ヘタレというより教師根性が頭をもたげたみたいです。三百年以上も担任として接していたら、腰が引けても仕方ないかも…。
「じゃあ、ぼくを軽んじたわけじゃないんだね?…てっきりそうだと思ってしまって…。無視ばかりしてごめん、ハーレイ」
「いや、悪いのは私の方だ。知らなかったとはいえ、お前を傷つけていたとはな」
教頭先生と会長さんの擦れ違いは無事に解決したみたい。お次は修学旅行の件です。「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れて行ってやりたいんだ、という会長さんのおねだりは即座に許可が下りました。
「分かった。お前がぶるぅを大事にしているのは知っているんだが、修学旅行に連れて行ったことはないだろう?今回も留守番だと勝手に思い込んでいた。早速、電車とホテルの手配をしよう。修学旅行の栞も追加で作るが、1年A組でいいんだな」
「わーい♪ぼくも一緒に行けるんだね!」
大喜びの「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんはスッと教頭先生の机に近づき、かがみ込んで。
「ありがとう、ハーレイ。…恩に着るよ」
耳元で囁かれた甘い声音に教頭先生は真っ赤です。そして会長さんは制服のポケットから手品のように書類袋を取り出しました。
「ぶるぅの修学旅行を許可してくれたから、そのお礼。…後でゆっくり開けてみて」
分厚い書類袋を渡すと、回れ右して教頭室を出てゆきます。私たちはまだ顔が赤い教頭先生にお辞儀をしてから会長さんを追いかけました。

「よかったね、ぶるぅ。明日から電車に乗る練習をみんなと一緒にするんだよ」
影の生徒会室に戻った後で会長さんが言うと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は元気一杯で頷きます。1年A組の整列乗車は1人増えた分、スピードアップに努めなきゃ。ところで、教頭先生がお礼に貰った書類袋は何なのでしょう?
「…文字通りの出血大サービスだよ」
クスクスクス。会長さんが意味深な笑みを浮かべていました。
「もっとも、出血するのはハーレイの方。…保健室に通って内緒でコピーした、まりぃ先生の力作詰め合わせセットが入ってるんだ。ずっと機会を狙ってたけど、お礼に渡すなら最高だろう?」
ひえええ!スウェナちゃんと私は頭を抱え、記憶が薄れているジョミー君たちも呆然とした顔をしています。眠っていたせいで何も知らない「そるじゃぁ・ぶるぅ」だけが無邪気な笑顔で。
「ブルー、お礼まで用意してくれてありがとう!ぼく、明日から頑張るよ。電車にきちんと乗れるようにね♪」
「ああ。みんなで楽しく旅をしよう。せっかくの修学旅行なんだし」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は盛り上がっていますが、教頭先生はどうなったでしょう?…書類袋は前に私が貰ったものより遥かに分厚いものでした。今頃は鼻血で大出血かもしれませんけど、会長さんのウェディング・ドレスの等身大写真を持っていた過去もありますし…お宝を貰って大喜びという可能性もゼロってわけでは…。
「さあね?…絵に描いた餅っていう言葉もあるよ。文字通り、あれは絵なんだからさ」
会長さんはクスクスと笑い、修学旅行の栞を開いて読み始めました。ナスカ4泊5日の旅へは、電車の乗降練習から。早く旅行に行きたいような、心配なような複雑な気分。…いい思い出になりますように、とお祈りするのが一番かな?




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