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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

温める食事

(うーむ…)
 ブルーの家からの帰り道。ハーレイは歩きながら考え込んだ。
 夕食を御馳走になって来たのだけれど。今日は土曜日だから、朝から居座っていたのだけれど。
 お茶にお菓子に、昼食も。運動もせずに、小さなブルーと語り合いながら食べていたけれど。
(…食い足りなかったか?)
 小食のブルーに付き合ったからか、そうでもないのか。お菓子はともかく、食事の時はブルーの母がハーレイの分を多めに盛り付けてくれているのだし、量は充分に足りる筈。
 とはいえ、「おかわりを頂けますか?」とはブルーの前では言えないし…。
(今日の飯はまた美味かったんだ)
 特にキノコたっぷりの炊き込み御飯が。
 あれを炊いたのが自分だったら、軽く三杯は食べただろう。ブルーの母もおかわりをくれたし、二杯は食べた。三杯目も勧められはしたのだが…。
(ブルーに恨まれちまうしな?)
 いつだったか、「頂戴します」と盛り付けて貰った三杯目。それを食べていたら、ブルーの父がこう言った。「ブルー、ハーレイ先生はまたおかわりだぞ? お前も頑張って食べなさい」。
 そうしてブルーの御飯茶碗に追加された御飯、あの時のブルーの顔と言ったら…。
(もう無理だよ、って膨れてたっけな…)
 お腹一杯、と嘆きながらも、ブルーはなんとか食べ終えた。けれども本当に多すぎたらしく。
(ハーレイのせいだ、ってブツブツ文句を言ったんだ、後で)
 ブルーの部屋で飲んだ食後のお茶。その間に散々に文句を聞かされた。ハーレイがおかわりしたせいで自分はこうなったのだと、胃袋がもう限界だと。



 あれ以来、三杯目は控えるように心がけている。勧められても「もう充分です」と返している。時々、ウッカリ忘れるけれど。つい三杯目を頼んでしまって、ブルーにギロリと睨まれる。
(…睨まれてもいいから食えば良かったかな、三杯目)
 それとも、食べ足りなかったせいではないのか、単なる自分の欲求なのか。
 どういうわけだか、にわかにカレーが食べたくなって来た、帰り道。
 キノコの炊き込み御飯を食べて来たのにカレーなのだから、まるで関係ないかもしれない。味が別物、食べ方だって全く違う代物なのだし…。
 そういったことを考えていても収まってくれない、カレーを食べたくなった胃袋。
 一度カレーだと思ってしまえば、あの味が、匂いが頭を支配し始める。スパイスの効いた金色のソース、それをたっぷりと白米にかけてのカレーライスだと、カレーなのだと。



 どうにも止まらない、頭の中でのカレーの行進。ビーフカレーにチキンカレー。ポークカレーにシーフードカレー、と次から次へと現れるカレー。
 そうこうする内に、胃袋の叫びもどんどん大きくなってくるから。今すぐ食べたいと、カレーを食べたいと腹の中で暴れ始めるから。
(寄って行くか…)
 ちょうど目に入った、前方の明かり。煌々と点いているライト。いつもの行きつけの食料品店。カレーを食べよう、と躍り上がっている胃袋を連れて自動ドアをくぐって中に入った。
 入口でグルリと見渡したけれど、今からカレーを作ったとしても美味しくなるのは明日だから。味が馴染んでコクと深みが増すまでの間に、少し置かねばならないから。
(カレーってヤツは、一晩寝かせたのが一番美味いんだ)
 一晩寝かせた味に近付けたければ、鍋を急冷するという手もあるけれど。出来上がったカレーを鍋ごと冷水で冷やして冷ませば、その味に近くなるけれど。
 この時間からカレーを煮込まなくとも、朝食に炊いた白米が家に残っているし…。



(こんな時のための非常食ってな!)
 いわゆるレトルト、白米にかけるだけで立派なカレーライスが出来上がるもの。
 それを並べたコーナーを目指し、その前に立った。実に様々なパッケージ。カレーの種類も迷うほどあるし、カレーを収めたパッケージの仕様もまた様々。
 開けるだけでホカホカと温まるものも、便利で楽だとは思うけれども。
(俺はこっちが好きなんだ)
 断然コレだ、とカレー入りのパックを温めなければ食べられないタイプに手を伸ばした。ビーフカレーでいいだろう。何種類もあるから、パッケージの写真が気に入ったのを一つ。買いたい物は今はこれだけ、レジに出すための籠は要らない。
 カレーをレジへと持ってゆく途中、ふと思い出して笑いが漏れた。
(こいつもレトロなものだよなあ…)
 開けさえすれば温まるカレーがあるというのに、未だに廃れない自分で温めるタイプのカレー。前の自分が生きた頃から、それよりも前から存在したらしい、こういうタイプのレトルト食品。
 それを選んで買ってしまうということは…。
 前の自分が愛用していた羽根ペンと同じでレトロ趣味なのだろうか、今の自分も。
 温める手間をかけねば食べられないタイプの、昔ながらのレトルト食品に惹かれる自分も…。



 カレーだけが入った食料品店の袋を提げて帰宅し、それから鍋に湯を沸かした。カレーが入ったパックを温めるために必要な量の熱湯、この中で温める時間が好きだ。
 沸騰した湯にカレーのパックをそうっと落とし込み、朝、炊いた米も皿に移して温め直して。
(いつもなら握り飯なんだがなあ…)
 ブルーの家に寄って来た日に何か食べたくなったら、握り飯。塩をふったり、具を入れたり。時にはひと手間、焼きおにぎりと洒落込むこともあるのだけれど。
 どうしたわけだか、今夜はカレー。胃袋ごと見事に捕まってしまったカレーライス。
(なんだってカレーだったんだか…)
 悪くはないが、とパックを温めている最中の鍋を見ていて、脳裏を掠めた遠い遠い記憶。
 前の自分もやっていたな、と。
 シャングリラに居た頃、こんな風に湯を沸かしていた。レトルト食品を温めるために。
(あの時代から変わっていないってこった)
 レトロなタイプのレトルト食品、と温まったカレーを白米にかけてテーブルに運んだ。立ち昇る湯気とスパイスの香り。スプーンを手にして頬張りながら、自分の趣味に苦笑する。
(開けるだけで温まるタイプのカレーってヤツも、前の俺の頃からあったんだが…)
 それなのに今も温める手間をかけたいタイプが自分なのか、と。
 つくづくレトロな趣味なのだな、と思った途端に。



(そうだ、あいつに…)
 ブルーのためにと、前の自分がレトルト食品を温めていた。
 今夜の自分がそうだったように、鍋に湯を沸かして一人きりで。キャプテンになるよりも前に、まだ厨房が居場所だった頃に、厨房ではなくて自分の部屋で。
(あいつに作ってやっていたんだ、レトルト食品…)
 正確に言うなら、作るのではなくて温めていたというだけの食品だけれど。
 中身は調理済みの料理が詰められたものだったのだし、作ったわけではなかったけれど。



 シャングリラがまだ白い鯨ではなかった頃。
 自給自足の生活を始めていなかった頃は、食料は奪うものだった。人類が乗った輸送船から。
 それが出来る者はたった一人で、タイプ・ブルーだった前のブルーだけ。
 食料も、それに他の物資も奪いに宇宙を駆けていたブルー。
 コンテナごと奪って戻る物資や食料品には、非常食がよく紛れていた。奪う相手が宇宙船だから多く積み込まれていたのだろう。万一の時に備えて多めに。文字通りの非常食として。
 非常食と言っても、侮れない出来だったそれらの食品。今の時代に食料品店の棚に整列しているレトルト食品と変わらない出来のものばかり。
(開ければ勝手に温まるヤツと、温めなければ食えないヤツとがあったんだ…)
 その点も今と変わりはしない。
 温めなければいけないタイプは手間がかかるから、食料品を収めた倉庫の奥へ突っ込まれるのが常だったけれど。
 自分で温めてまで食べようと思う者も少なかったけれど、それをいいことに失敬していた。
 進んで食べたがる者などいないのだから、と倉庫の奥へと押し込む時に一種類ずつ。
 前の自分は備品倉庫の管理係も兼ねていたから、作業のついでに貰っておいた。



 食料は全て奪うものだったシャングリラ。
 最初の間は奪ってくる時に中身を選べないことも珍しくなくて、食材が偏ったケースも多数で。
 ジャガイモ料理が延々と続くジャガイモ地獄や、キャベツだらけのキャベツ地獄や。
 同じ素材の料理しか無い日々が続けば、人気が出て来る非常食。倉庫の奥から運び出す者たち。これを食べようと、非常食ならば他の料理もあるのだからと。
 そうする輩が少なくないからアッと言う間に開けるだけで温まるタイプの非常食が消えて、次は温めなければ食べられないタイプの非常食の出番。そちらもどんどん減ってゆくから、厨房を担当していた前の自分は「出された食事をちゃんと食べろ」と怒鳴り付けることになったけれども。
 ジャガイモだろうがキャベツだろうが栄養は足りている筈なのだ、と我儘な仲間たちに怒鳴って厨房の料理を食べさせようと努力していたけども。
 そんな日々の中、出される料理を黙々と食べていたブルー。
 食が細いから食べる量こそ少なかったけれど、文句の一つも言おうとせずに。
 皆のためにと食料を奪いに出掛けていたブルーこそが、食事の中身に好きなだけ文句をつけてもいい筈なのに。思う存分に我儘を言って、自分好みの非常食を食べてもいい筈なのに…。



(あいつがそういうヤツだったから…)
 どんなにジャガイモ料理の日々が続いていようが、キャベツ料理が連続しようが、ブルーは何も言わずに出されたものだけを食べたから。他の仲間たちのように我儘を言いはしなかったから。
 そういった時に役立てようとコレクションしていた非常食。倉庫の奥へと押し込める時に一種類ずつ抜き取っておいた非常食。
 湯を沸かすことは自分の部屋でも可能だったから、夕食が終わって皆が自室に引っ込んだ後に、コレクションから一つ選んでコッソリとそれを温めて。
 思念波でブルーを呼んでやった。
 部屋に遊びに来ないか、と。



 ブルーの返事に合わせてタイミングを計り、出来立ての非常食を器に移した。それはホカホカのスープだったり、具だくさんの濃厚なシチューだったり。
 部屋を訪れて、テーブルの上で湯気を立てる器を目にしたブルーは。
「ハーレイ、これ…」
 今日の食事のメニューと違うよ、非常食を出して来たんじゃないの?
「非常食には違いないがな、お前用だ。お前、遠慮して非常食には手を出さないしな」
 食べろ、と促せば、初めての時には酷く遠慮をしたブルー。
 ハーレイも非常食を全く食べてはいないというのに、自分に譲ってどうするのかと。ハーレイが自分で食べるべきだと、ぼくは食堂で食べた食事で充分だからと。
 けれども、自分では食べるつもりなど無かったから。最初からブルー用にと集めておいた中から選んだのだから、「食べないとこいつが無駄になるぞ」と食べさせた。
 冷めてしまっては美味しくもないし、それでは料理が無駄になる。温かい間に全部食べろと。
 お前が奪って来た物資に混ざっていたのだからと、お前には食べる権利があると。
「でも、ハーレイ…」
「いいから食え。冷めて不味くなっちまう前に食っちまえ」
 このくらいの量なら食べられるだろうが、無駄にしないでしっかり食っとけ。
 今を逃したら、当分の間は代わり映えのしない食事が続くんだしなあ、食材が全く同じじゃな。



 食材が偏り、飽きた者たちが非常食を求めて倉庫に侵入し始める度に、部屋で温めてはブルーに食べさせた非常食。
 ハーレイが始めたブルーのためだけの特別な料理は、いつしか定番になってしまって。
 温める頃合いを見定めながら思念を送れば、ブルーは直ぐにやって来た。ある時は空間を越えて瞬間移動で、また別の時は自分の足で通路を歩いて、といった具合に。
「遊びに来たよ」
 でも、君は…。食べに来いとは言わないんだね。いつも「遊びに来ないか」としか。
「誰が聞いているか分からないからな。食べに来いとは言えんだろうが」
 俺が料理をしてるのがバレる。…料理と言っても、ただ温めてるだけなんだがな。
「思念でぼくに呼び掛けてるのに?」
 ぼくだけに思念を送ってるんだし、他の人には届かない筈だと思うんだけど…。
 なのに絶対、「食べに来い」とは言わない所が君らしいよね。
 とても真面目で、それに慎重。
 ハーレイは凄く気が回るんだよ、他のみんながどう思うだろう、って所までいつも考えている。
 みんなは勝手に非常食を出して食べているのに、君は遠慮が先に立つんだ。
 ぼくに食べさせるための非常食でも、それを内緒で作っているのは気が引ける、ってね。



 それでもぼくには分かるけれど、とブルーは笑った。
 「遊びに来ないか」という誘いであっても、食事を用意して待っている時の思念は分かると。
 ハーレイの心が「食べに来ないか」と呼んでいるのがぼくには分かる、と。
「ぼくにばっかり用意してないで、君も食べなきゃ」
 美味しいよ、これ。カボチャの甘味が作りたてみたいな感じのスープ。
「いや、俺は…」
 それはお前のスープなんだし、お前が飲めばいいだろう。そのくらい軽く入る筈だぞ。
「ぼくはそんなに要らないから」
 さっき紅茶を飲んでたんだよ、自分の部屋で。だから全部だと多すぎるんだ。
 ほら、と差し出されたブルーがスープを掬ったスプーン。カボチャのスープが入ったスプーン。
 食べろ、と瞳で、言葉で何度も促されたから、口にしてみて。
「ほう…。こいつは美味いな」
 確かに出来立てのスープと変わらん味だな、言われなければ非常食とは分からんな。
「ほらね、食べてみて良かっただろう?」
 もっと飲んだら?
 沢山あるから遠慮しないで、ハーレイもこれを食べるといいよ。



 始まりはスープ。
 それ以来、ブルーはいいアイデアを思い付いたとばかりに非常食を貰えばお裾分け。
 「ハーレイもこれを食べるといいよ」と、「ぼく一人では多すぎるから」と。
 本当は一人でも食べ切れるくせに、一度その方法に気付いてしまえば分けて当然、ハーレイにも分けるのが正しい食べ方になってしまって。
(今から思えば、まるで恋人同士だな…)
 あくまでお裾分けというものだったから。半分に分けて食べるものではなかったから。
 一つのスプーンで、同じスプーンで食べていた。
 ブルーが差し出して、自分が食べて。
 シチューもスープも、同じ皿から一つのスプーンで、ブルーに掬って貰って食べた。
 もう少しどうかと、遠慮しないでもっと食べてと言われるままに。



(そういうつもりのコレクションではなかったんだが…)
 前の自分が倉庫に入れずに一種類ずつ抜き取っておいた非常食。ブルーのための非常食。
 だが、嬉しかった。
 同じ皿から一つのスプーンでブルーと一緒に食べていた食事。ブルーが「ハーレイの分だよ」と掬って食べさせてくれた、スープやシチューやビーフストロガノフ。
 まだソルジャーではなかったブルーと二人きりで囲んだ秘密の食卓、温めた非常食だけが全てのささやかな食事。仲間たちには内緒の二人だけの宴。
 スプーンは一人分しかないというのに、もう一人分を用意しようとは思い付きさえしなかった。自分のスプーンを取って来ようとは思いもしなくて、ブルーもそうは言わなくて。
 ブルーが掬って差し出してくるのを食べていた。同じスプーンでブルーも食べた。
 それを変だと思うことなく、非常食を二人で食べていた時代が終わるまでそのままだったから。食材の偏りが起こらなくなり、非常食のコレクションが要らなくなるまで続いたから…。



(あの頃から恋をしてたのか?)
 もしかしたら、既に。
 互いに、とうに。
 同じ皿から同じスプーンで食べるなど嫌だと思う代わりに、それが普通だと思っていた。
 自分もブルーも、なんとも思っていなかった。
 スプーンで掬って食べさせたブルーも、食べさせて貰った方の自分も、当たり前のようにそれを続けた。スプーンをもう一本用意することを一度も思い付かないままで。
(…恋人だったら普通だよなあ?)
 前の自分たちはしなかったけれど、互いに「あーん」と食べさせ合うこと。仲の良いカップルがそれをするのを今の自分は何度も見かけた。街のカフェテラスや公園のベンチで何度も、何度も。
(あれと似たようなことをしてたってことは…)
 ブルーは「あーん」とは言わなかったけれど、食べさせてくれていたのだから。
 自分用のスプーンを取って来いとも、自分で掬えとも言いはしないでいたのだから。
(…自覚が無くても、恋だったかもしれないなあ…)
 そう思いながら残り少なくなったカレーライスを口に運んで、スプーンを眺めて。
(このスプーンで、だ…。一緒にカレーを食うことになっても許せるヤツっていうのはだ…)
 小さなブルーは許せるけれども、他には親しか思い浮かばない。隣町に住んでいる両親。
 血が繋がった両親の他にはブルーしかいないということは…。
 やはり前の自分はブルーにとっくに恋をしていて、ブルーの方でも恐らくは、きっと。
(明日はブルーに話してみるか…)
 ブルーがあの頃に恋をしていたかどうか、尋ねてみるのもいいだろう。
 明日は日曜日で、ブルーの家へ行ける日なのだから。



 次の日、昨夜と同じ食料品店に寄って温めるタイプのスープを買った。棚の前で暫し考えた末に二つ選んでレジへと運んで。
 それを荷物の中に突っ込み、ブルーの家まで歩いて出掛ける。門扉の脇のチャイムを鳴らして、二階のブルーに手を振った。もちろんブルーは荷物の中身に気付いてはいない。
 門扉を開けに来たブルーの母に、玄関先でスープの箱を渡して頼んだ。昼食にこれを持って来て欲しいが、温めた後は封を切らずにパックのままで運んで貰えないかと。
「キャプテン・ハーレイだった頃の思い出に繋がっているんですよ」
 あの時代にもこういうスープがありましてね。ブルー君と何度も飲んだものです。
 カップに注がれて届いたのでは、思い出の意味がありませんので…。
「そうですの? 面白そうなお話ですわね」
 パックのままがいいということは、開ける時に何か失敗談でもあったんでしょうか?
 きっと先生とブルーだけに分かる笑い話か何かですわね、ブルーに訊いたら膨れそうですわ。
 あの子ったら、ソルジャー・ブルーだった頃に何をやっちゃったのかしら…。
 いえ、先生に訊こうとは思いませんわよ、ブルーが膨れるだけですものね。
 スープは忘れずに持って行きますわ、とブルーの母は笑顔で約束してくれた。きちんと温めて、封は切らずにスープカップと一緒に運ぶと。



 二階のブルーの部屋に案内され、待っていたブルーと喋って、笑って。
 午前中のお茶の時間は瞬く間に過ぎ、昼食が出来たとブルーの母がトレイを運んで来たけれど。シーフードピラフとサラダはともかく、空のスープカップ。パックに入ったスープが二種類。
 「ごゆっくりどうぞ」と母が去った後、ブルーはテーブルの上を見詰めて。
「なに、これ?」
 このスープって、どうしてカップに入ってないんだろう?
 ママ、作る時間が無かったんだって言いたいのかなあ、今日のスープはレトルトです、って。
「いや、そいつは…。俺が買って来た土産なんだが、どっちがいい?」
 カボチャのスープか、ホウレン草か。書いてあるだろ、その袋に。
「どっちも好きだよ、カボチャのスープもホウレン草も」
 だからハーレイが先に選んでくれればいいよ。ぼくは残った方にするから。
「いいから、選べ。そいつが冷めちまう前に、どっちか一つ」
 遠慮するな、と片目を瞑った。
 これはお前のだと、特別なのだと、あの時のように。
 冷めて不味くなる前に食べてしまえと、これはお前のものなのだから、と。



「ハーレイ、それって…」
 もしかして、とブルーの瞳が丸くなって。
「このスープ、前のぼくたちが食べてた、あの食事の真似?」
 ぼくがハーレイの部屋でコッソリ食べさせて貰った、非常食のスープやシチューとかの?
 ハーレイにも「食べて」ってスプーンで渡して二人で食べてた、あれの真似なの?
「そうさ、今だと自分の分を食うしかないがな」
 お前が俺に食べさせるっていうのは駄目だぞ、今の俺たちがあれをやったらマズイからな。
 それで、お前はどっちにするんだ?
 カボチャか、それともホウレン草か。
「えーっと…。ハーレイに一番最初に食べさせてたのがカボチャのスープだったから…」
 ぼくはカボチャにしておくよ。今のハーレイは食べてくれないらしいけど…。
「当たり前だろ、ああいう食べさせ方ってヤツはだ、恋人同士の定番なんだ」
 チビのお前は知らんかもしれんが、カフェテラスとかでよく見かけるぞ。
「恋人同士って…。あっ、そうか!」
 見たことがあるよ、食べさせ合ってるカップルの人。あれってそういう食べ方なんだ…。
 前のぼくは知らないままだったけれど、今のぼくならちゃんと分かるよ。
「なるほど、今度はチビでも分かる、と」
 前のお前はサッパリ分かっちゃいなかったようだし、俺も気付いちゃいなかったんだが…。
 傍から見てれば、さぞ仲のいいカップルに見えてただろうさ、あの頃の俺たち。
 一緒に食ってただけなんだがなあ、一つの非常食を二人で分けてな。



 しかし今では俺に食べさせるのは禁止だぞ、と小さなブルーに釘を刺してから。
 ブルーがカボチャのスープの封を切るのを見てから、ホウレン草のスープの封を切って、自分のカップへと注ぎ入れて。
「なあ、ブルー。…前の俺たちが非常食を二人で食っていた頃…」
 あの頃、恋をしてたと思うか?
 まるで恋人同士みたいな食い方をしていた俺たちなんだが、お前は恋をしてたと思うか…?
「…どうなんだろう?」
 ハーレイと一緒のスプーンは嫌じゃなかったけど、恋はどうかな…。
 あれもやっぱり恋なんだろうか、ハーレイにせっせと食べさせてあげてたことを思うと?
「うーむ…。お前にもやはり分からんか…」
 どうだったのか、と気になったからな、このスープを買って来たんだが。
 お前が俺に恋をしてたか、その辺が俄かに気になったからな。
「んーと…。恋はどうだか分からないけど、ハーレイはぼくの特別だったよ」
 特別だったから、同じスプーンで食べていたって嫌だなんて気はしなかった。
 ホントのホントにハーレイは特別、ぼくの特別。



 最初からね、とブルーが微笑んだ。
 出会った時から特別だったと、あのアルタミラが滅ぼされた日に会った時から特別だったと。
「アルタミラって…。まさか、あそこで出会った時からの恋なのか?」
 お前に自覚が無かったってだけで、あの時から恋をしていたと…?
「そうかもね、って思うんだ」
 一目惚れってよく言うじゃない。ハーレイがぼくを助け起こしてくれた時から恋してたかも…。
 お前、凄いな、って。小さいのに、って声を掛けてくれた、あの時から。
「そう言われてみりゃ、俺の方でもそうかもなあ…」
 まるで気付いちゃいなかったが、だ。
 あの地獄の中をお前と二人で走れたってことは、お前は俺の特別だったんだろう。
 初めて会ったヤツだというのに、そんな気持ちがしなかった。
 俺だって最初からお前に恋をしてたんだろうな、全く自覚が無かっただけでな。
「そうだといいな…。ぼくも最初からハーレイの特別だったんなら」
 一目惚れして貰えたんなら嬉しいな。
 前のぼくの頃の話だけれども、ハーレイがぼくに一目惚れをしてくれたんだったら。
 だって…。



 今のぼくはハーレイに一目惚れだよ、とブルーが言うから。
 教室で会って、その瞬間に一目で恋に落ちたと言うから。
「それを言うなら俺だってだ」
 お前に出会って、記憶が戻って。
 そうなったらもう、恋に落ちるしかないってな。
 前の俺が恋をしていたお前が戻って来たんだ、たとえチビでも一直線だ。
 他のヤツらは目に入らないし、お前しか嫁に欲しくはないし…。
 これが一目惚れではないと言うなら、この世の中に一目惚れなんぞは無いってことだろ?
「そうだね、ぼくがチビだから、うんと回り道をしなくちゃいけないけれど…」
 このスープだって、ぼくが飲ませてあげると言ってもハーレイは飲んでくれないけれど。
 でもね、前のハーレイがぼくのスープを飲んでくれてた頃、ぼくはまだまだチビだったよ?
 ソルジャー・ブルーみたいに大きく育っていなくて、チビだったよ…?
「そいつは重々、分かっちゃいるが、だ」
 あの頃は恋だと気付いてないから、有難く飲ませて貰っていたんだ。
 恋をしている自覚があったら断っていたな、お前のスプーンで飲むのはな。自分用のスプーンを取って来ていたさ、お前がどうしても俺に食べさせたいと言っていたならな。



 恋人同士のような食べ方をしていたくせに、二人とも気付いていなかった。
 お互い、特別な相手だと思っていながら、それを恋とも思わなかった。
 けれど今度こそは間違いなく一目惚れなのだ、と二人、楽しげに笑い合う。
 この地球の上で出会った瞬間、二人同時に恋をした。運命の相手とまた恋に落ちた。
 そうして、これからも恋をしてゆく。
 小さなブルーが前と同じに育つ日を待って、結婚式を挙げて、永遠の愛を誓い合う。
 二人、いつまでも、何処までも、恋を。
 今度は誰にも隠すことなく、手を繋ぎ合って生きて、恋をしてゆく。
 二人一緒に生まれ変わって来た、青い水の星に戻ったこの地球の上で…。




         温める食事・了

※前のハーレイとブルーが、こっそり二人で食べていたのが非常食。二人で一つを。
 きっとその頃から、お互いに恋をしていたのでしょう。二人とも気付いていなかっただけで。
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