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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

リボンつきの箱

(んーと…)
 こんなのは貰ったことがない、とブルーが眺めた広告の写真。
 学校から帰って、おやつの時間。ダイニングのテーブルに置かれた新聞、それの広告。リボンで包装されたプレゼント用の箱、それがブルーの目を引いた。
 高価なものやら特別なプレゼントの類ではなくて、ただのお菓子の広告だけれど。様々な種類の菓子と一緒に写っている箱入り、それを引き立てるプレゼント用。
 店のロゴ入りの包装紙で綺麗に包まれ、かけてあるリボン。そのリボンにも店のロゴが刷られているというのがお洒落でいい。同じお菓子でも少し特別、そんな感じがするギフト。
 広告の写真は、きっと中身は空だろうけれど。撮影用の箱で、中にお菓子は無いだろうけれど。



(ハーレイ、お土産はくれるけど…)
 たまに貰える、お菓子や食べ物。「近所の店で売っていたから」と買って来てくれたり、前世の記憶を思い出したから、と引き金になったものを持って来てくれたり。
 お菓子も食べ物も、ハーレイの手作りは決して無いから。「お母さんに気を遣わせるだろ?」と断られるから、どんなものでも「買って来たもの」。何処かの店で。
 この広告の菓子と同じで、プレゼント用にだって出来そうなもの。菓子類は特に。
 けれど、ハーレイがくれるお土産にリボンなんかはかかっていない。せいぜい箱入り、店のロゴつきの紙の箱。包装紙さえも滅多についてはいない。
 こんな風にリボンがかかっていたなら、もうそれだけで特別な気持ちがするのだろうに。
 素敵なものを貰ってしまったと、プレゼントなのだと胸が高鳴るのだろうに。
 たとえ中身がお菓子でも。
 ハーレイと二人で食べてしまったら、半時間もしないで消えるものでも。



 いいな、と広告のお菓子の写真をじっと眺める。けして高くも珍しくもないお菓子。店へ行けば気軽に持ち帰れる菓子、箱入りのだってお小遣いで買える値段の菓子。
 それがリボンと包装紙だけでグンと素敵に見えてくる。プレゼント用だと、特別なのだと。
 もしもハーレイがくれるお土産が、こういう風になっていたなら。包装紙に包まれて、リボンがかかっていたならば。
(…リボンをほどいて、包装紙だって…)
 綺麗に結ばれたリボンを外して、中のお菓子が傾かないよう、注意しながら剥がす包装紙。
 きっとドキドキするに違いない、中身はお菓子だと分かっていても。
 包装紙はともかく、その前にほどく飾りのリボン。ほどいたら元のとおりには結べないリボン、キュッと結んであるリボン。
 それをワクワクほどいてみたい。これをほどいたら何が出てくるかと、プレゼントだからリボンつきだと、心を躍らせながら、そうっと。



 なのに一度も貰ってはいない、リボンがかかったお菓子の箱。いつも紙箱、包装紙も無し。
(ちょっと包んで来て貰えばいいのに…)
 そういう気持ちが湧き上がってくる、この広告を眺めていたら。とても目を引くお菓子の広告、リボンつきの箱が無ければ「ふうん?」と見ただけで終わりだろうに。お菓子なんだな、と。
 そういう計算も含めて載せてあるのだろう、リボンつきの箱が。華やかに演出するために。
(こんなの、欲しいな…)
 同じお土産なら、ギフト用。贈り物です、と一目で分かるプレゼント用に包装されたもの。
 ハーレイに是非とも持って来て欲しい、こういった感じになっているものを。
 よく貰う食料品店の特設売り場に来ている店では、そこまでのサービスはしていなかもしれないけれど。店のロゴ入りの箱が限界なのかもしれないけれども、一つだけ望みがありそうなもの。
 たまに貰える、ハーレイの家の近所で売られているクッキー。柔道部員の御用達らしい徳用袋が目玉商品、とても美味しいクッキーの店。
 あそこだったら、クッキーの専門店だから。詰め合わせの箱も色々あると聞いているから、店の包装紙も置いているだろう。もしかしたらロゴ入りのリボンだって。
 この家の近くのケーキの店でも、「リボンをおかけしましょうか?」と訊かれたりする。ほんの小さな箱を買っても、自宅用とは限らないから。
(リボンがつくだけで、うんと特別な感じになるんだけどな…)
 赤いリボンでも、ピンク色でも。
 凝ったリボンでなかったとしても、店のロゴなど無かったとしても。



 おやつを食べ終えて、二階の自分の部屋に戻って。
 勉強机の前に座っても、心から消えてくれないリボン。さっき見た広告のリボンつきの箱。
 本当に素敵に思えたから。中身のお菓子の方はともかく、あのリボンをほどいてみたい気がしてたまらないから。
(リボンつきの箱…)
 一度でいいから貰ってみたい。そういった箱をハーレイから。リボンをほどいて開ける何かを。
 いずれやって来る、誕生日になら貰えそうではあるけれど。
 ハーレイの誕生日に二人でお金を出し合って買った羽根ペンの箱がそうだったように、リボンがかかった何かを貰えるとは思うけれども。
(予行演習…)
 一足お先に味わってみたい、ドキドキな気持ちを少し先取り。
 ちょっと特別な気がするプレゼント。ただのお土産でも、リボンをほどいて、包装紙をそうっと剥がして開けて。
 そんなお土産を持って来て欲しい、贅沢を言いはしないから。
 凝ったリボンをかけて欲しいとか、店のロゴつきのお洒落なリボンにしてくれだとか。



(リボンつきのお土産、頼めないかな…)
 柔道部員御用達の店のクッキーでいいから、と考えていたら、チャイムの音。窓に駆け寄ったらハーレイの姿、門扉の向こうで手を振るハーレイ。
 応えて大きく手を振り返しながら、これはチャンスだと嬉しくなった。リボンがかかった何かを頼むには絶好のチャンス、上手くいったら週末に何か貰えるだろうと。
 だから部屋に来たハーレイと二人、テーブルを挟んで向かい合うなり、こう切り出した。紅茶もお菓子もそこそこにして、早速、自分の頼み事を。
「あのね、ハーレイ。リボンをつけて欲しいんだけど…」
 お願い、とペコリと頭を下げたら。
「はあ? …リボンをか?」
 お前の髪にか、と呆れたハーレイ。鳶色の瞳が真ん丸になった。
 「お前、そういう趣味だったのか」と、ポカンとした顔、唖然としているらしい、その表情。
 ハーレイは勝手に勘違いをした、頭を振り振り、ブルーを見ながら呟いた。
「俺の嫁さんになるとは聞いていたがだ、リボンとはなあ…」
 そこまでだとは思いもしなかったぞ、俺も。
 まあ、似合わないこともないだろうしな、リボンも悪くはないんだが…。
 結婚式には頭に花も飾るんだろうが、今からリボンとは恐れ入ったな、つけたいとはな。
「違うよ、ぼくにリボンじゃなくて!」
 つけてくれとは言っていないよ、ぼくの頭には!
 髪飾りのリボンが欲しいんじゃないよ、つけて欲しいだなんて頼んでいないよ…!



 髪につけるリボンじゃなくって、プレゼントにリボン、と強請ってみた。
 いつも貰うお土産にリボンはついていないから、それにリボンが欲しいんだけど、と。
「俺の土産なあ…。そりゃまあ、特設売り場で買ってくるのは本物の店のヤツではあるが…」
 あちこちの有名な店がやっては来るがだ、あそこに店を構えてるわけではないからな?
 一週間ほど来るだけなんだし、そんな所で贈り物用にと買うヤツは多分、少ないだろうし…。
 包装紙はあってもリボンまで持っては来ないだろうなあ、出番が無いしな?
「やっぱり…。でも、クッキーのお店はハーレイの家の近くにあるんでしょ?」
 徳用袋のクッキーのお店、クッキーの専門店だよね?
「ああ、あそこか。…あの店だったら本物だな、うん」
 店でクッキーを焼いてるんだし、昔からあそこにある店だしな。
 分かった、あそこのリボンつきのが欲しい、と。
 次に買って来ることがあったら、そいつにすればいいってことだな。



 クッキーを詰めた袋にリボンを結んだヤツがあるから、それでいいかと訊かれたから。
 袋の口を縛って、リボン。金色のリボンがお洒落なんだぞ、と真顔だから。
「そうじゃなくって、包装紙とリボン!」
 くっついてます、っていうんじゃなくって、ちゃんと結んで欲しいんだよ、リボン!
 詰め合わせの小さな箱でいいから、包んで貰ってリボンをつけて貰ってよ!
 リボンの色はなんでもいいから、金色じゃなくって赤でもピンクでもかまわないから!
「包んで貰って、おまけにリボンって…。いつもの店のクッキーだぞ?」
 おまけに小さな箱でもいいって、なんでそこまでしなくちゃならん。
 クッキーは美味けりゃ充分だろうが、そうでなくても、お前の気に入り、徳用袋だと思ったが?
 デカすぎて食うのに苦労するくせに、俺が柔道部のガキどもに御馳走してるってだけで。
 同じクッキーが食べたいから、って何度も強請った筈だがな、あれを?
 徳用袋にリボンはつかんぞ、それじゃ徳用じゃなくなっちまう。
「分かってるけど、欲しいんだよ! リボンつきのが!」
 ちゃんと包んでリボンもかけてあるのが欲しいよ、徳用袋じゃないクッキーが!
 お店で一番小さい箱でも、そうしてあったら特別って感じがするじゃない!
 ちょっとリボンがかけてあったら、プレゼント用です、って一目で分かるんだから!



 箱にかかったリボンをほどいてみたいのだ、と訴えた。
 リボンをほどいて、それから剥がす包装紙。中から出てくるプレゼント。
 広告の写真が素敵だったと、ただのお菓子の箱だったけれど、とても特別に見えたのだと。
「ああいう箱を開けてみたいよ、リボンがきちんと結んである箱」
 ハーレイからお土産に貰ってみたいよ、ホントに小さなクッキーの箱でかまわないから。
 貰ったんだ、って嬉しくなれるし、リボンをほどいてドキドキ出来るし…。
「ふうむ…。お前の気持ちは分からんでもない、確かにリボンは特別ではある」
 ちょっと結んであっただけでだ、グンと中身が引き立つもんだ。何が入っているか分かっている箱でも、開ける時にワクワクするというのは認めよう。
 お前が欲しがる気持ちは分かるが、お前への土産というのはなあ…。
 俺が土産を提げて来たなら、お母さんだって見るんだしな?
 いつも「買って来ました」と言ってるわけだし、その箱にリボンというのはマズイ。
 中身は大したヤツじゃないです、と説明したって、リボンのせいで立派に見えちまうからな。



 普段の土産にリボンはちょっと…、と渋られた。
 お母さんに気を遣わせてしまうだろうが、と。
「わざわざリボンをかけて来たんだ、特別なものだと思われちまう。御褒美だとかな」
 そうなったら、ただの土産じゃない。それは立派なプレゼントだ。
 お母さんは「何かお返しをしなくては」と思うだろうし、実際、世の中、そうしたもんだ。何か貰ったら、お返しをする。お裾分けでもそうだろうが?
 貰って直ぐに、というわけじゃないが、何かの時に「先日はどうも」と御礼に何か。
 貰いっ放しでかまわないのは、ごくごく親しい間柄ってヤツで…。
 俺とお前は親しいわけだが、お母さんたちにとっては「お世話になってる先生」なんだぞ?
 その俺がお前に特別な何かを持って来たなら、お返しは当然、来るんだろうなあ…。
 どんな形になるかは知らんが、たかが土産の御礼にしては凄すぎるのがな。



「それじゃ、リボンつきの何かをハーレイから貰うっていうのは…」
 駄目だって言うの、ママを困らせてしまうから?
 小さなクッキーの箱でも駄目なの、特別に見えてしまうから…。
「そういうことだな、お前が自分で言ったんだろうが、リボンがついたら特別だと」
 誰が見たって同じってことだ、同じものでもリボンで特別になっちまうんだ。
 「中身はいつものクッキーなんです」と説明しようが、リボンつきで持って来た理由。そいつが何か特別なんだ、と考えるのが普通だろうな。
 お前のお母さんは、お前が俺に褒められるようなことをしたとか、そういう風に思うだろうさ。
 そして御礼をする方向へと行っちまうんだな、俺にそういうつもりが無くても。
「…じゃあ、リボンは…」
 ハーレイ、リボンはくれないっていうの、リボンつきの箱。あれが欲しいのに…。
 ホントにクッキーの箱でいいのに…。
「お前の誕生日プレゼントとなったら、リボンをつけてやってもいいが」
 いや、むしろリボンをつけて当然なのが誕生日なんだし、きちんとリボンをつけて貰うが?
 もちろん包装紙で包んで貰って、「誕生日用です」と立派なリボンを。
「誕生日って…。それまで駄目なの?」
 ちょっとしたお土産にリボンでいいのに、誕生日まではリボンは駄目…?
「まず無理だな」
 理由は説明してやったろうが。
 お前が一人暮らしをしているならともかく、お母さんたちと一緒に暮らしている子供だぞ?
 そこへリボンつきの土産なんかを持って来てみろ、もう間違いなくお返しが来るコースだな。
 俺の帰り際に「どうぞ」と何かを渡されちまうんだ、お母さんから。



 そうなることが分かっているから、リボンがかかった土産はちょっと…、と断られてしまった。
 リボンがついたものは駄目だと、髪にリボンを飾りたいのなら手伝ってやるが、と。
「お前が自分じゃ上手く飾れない、と言うんだったら俺がつけてやろう」
 この辺りがいい、と言われた辺りに結んでやるとか、くっつけるだとか。
 だが、そのリボンも俺はプレゼントしたりはしないからな?
 欲しけりゃ自分で買って来るんだな、結ぶリボンにしても、髪飾りになってるリボンにしても。
「…なんで?」
 ぼくにリボンをくっつけるんなら、ハーレイが買ってくれても良さそうなのに…。
 お菓子と違って小さいから鞄に入ってしまうし、ママだって気が付かないし。
 貰ったんだよ、って得意で見せに行かない限りは、リボン、バレないと思うけど…。
「俺がプレゼントしたんだ、ってことはバレずに済むかもしれないが…」
 お前が引き出しに隠し持ってりゃ、まるでバレないかもしれないんだが…。
 バレても、俺の悪ふざけってことで済まされそうだが、問題は俺の気持ちってヤツだ。
 リボンだの、リボンの髪飾りだの。
 そんなものをお前に贈れはしないな、間違えてもな。



 土産の菓子にリボンをつけて持ってくるより難しいんだ、と苦笑いされた。
 髪の毛につけるリボンはアクセサリーだぞ、と。
「アクセサリーって…。それも駄目なの?」
 リボンのついたお土産よりも難しいだなんて、どうしてなの?
 ママに見付かるわけじゃないんだし、お土産よりも簡単そうに思えるんだけど…。
「駄目だな、アクセサリーってヤツは女性に贈る定番だからな」
 男が意中の女性に何かをプレゼントするなら、かなりの確率でアクセサリーだぞ。小さい上に、それをつけてデートに来て貰えたりしたら嬉しいしな?
 お前は女性ってわけではないがだ、俺の嫁さんになるんだろうが。
 今からアクセサリーなんかを贈ってどうする、気が早いにも程があるってもんだ。
 髪にリボンを飾りたいなら、自分で買え。
 つけるくらいは手伝ってやるから、結ぶリボンでも、リボンを使った髪飾りでもな。
「その趣味は無いよ!」
 結婚式の時にリボンの飾りが似合いそう、っていうんだったらつけるけど…。
 つけてもいいけど、普段からリボンをつけたりしないよ、男なんだし!
 スカートを履いたりしないのと同じで、リボンだってつけたりしないんだから!



 髪にリボンや、リボンの髪飾りは御免だけれど。
 ハーレイがつけてくれると言っても要らないけれども、リボンは欲しい。包装紙に包まれた箱にかけられたリボン、そういうリボンは欲しいから。
「…リボンつきの何か…。誕生日にはくれるんだよね?」
 ちゃんとリボンがかかっている箱、プレゼントしてくれるんだよね…?
「お前が欲しいと言うのならな」
 リボンの他にもラッピングってヤツは色々あるがだ、お前はリボンがいいんだな?
 凝った包装紙で包んであるとか、凝った箱入りとか、そういうのよりもリボンがいい、と。
「絶対、リボン!」
 箱とか包装紙が凝っていたって、リボンが無ければつまらないよ!
 開ける時のドキドキは、多分、リボンが一番だもの…!
 普段からリボンつきのを貰っているなら、違うのがいいって思うかもだけど…。
 ぼくは一度も貰っていないし、リボンつきのが欲しいんだよ!
 リボンをほどく時のドキドキ、それが欲しくてリボンだって言っているんだから…!



 そう叫んでから気が付いた。
 リボンをほどいて開けるもの。キュッと結ばれたリボンをほどいて、中の何かを取り出すもの。
 今の自分も一度も貰っていないけれども、前の自分も貰っていない、と。
 三百年以上も生きていたのに、ハーレイと共に暮らしていたのに、ただの一度も。あの白い船でそれを貰いはしなかった。リボンのかかった贈り物を。
「…ハーレイ、リボンの話だけれど…。ぼくも貰っていないけど…」
 前のぼくも一度も貰っていないよ、リボンのかかったプレゼントは何も。
 ハーレイから一度も貰わなかったよ、ずうっと一緒の船にいたのに。恋人同士だったのに…。
「…そういえば…」
 俺にも全く記憶が無いなあ、前のお前にリボンつきの何かを渡した記憶。
 お前が言うまで綺麗サッパリ忘れちまってたが、いつもリボンは無しだったよなあ…。



 白いシャングリラで暮らしていた頃、ハーレイと恋人同士だった頃。
 毎晩のように一緒に眠って、今よりも距離が近かったのに。本物の恋人同士だったというのに、リボンどころかプレゼント自体を殆ど貰っていなかった。
 自給自足の船の中では、今のように気軽に買いに行けるわけではなかったから。どんな物資も、船の中だけで賄うもの。目新しい何かがあるわけでもなくて、珍しいものもあるわけがなくて。
 前のハーレイから貰ったものと言ったら、木彫りのスプーンくらいなもの。木彫りが趣味だったハーレイの最初の作品、下手だと評判だった腕前にしてはマシな部類だった実用品。
 それをプレゼントされたけれども、リボンはかかっていなかった。箱もついてはいなかった。
 「こういうのを作ってみたのですが」と渡されただけ。
 「よろしかったらお使い下さい」と、「木はしっかりと乾いていますから、丈夫ですよ」と。
 青の間で愛用していたけれど、木の温もりが優しいスプーンだったけども。
 ハーレイに貰った、と顔が綻ぶスプーンだったけれど、無かった箱。ほどかなかったリボン。
 せっかくのプレゼントだったのに。
 買ったものではなくて手作り、最高の贈り物だったのに…。
 他にも何か貰っていただろうけれど、リボンの記憶は一つも無いから。ドキドキしながら開けた記憶は何処にも無いから、ハーレイも「いつもリボンは無しだった」などと言っているから…。



「…どうしてリボンをかけてくれなかったの?」
 今のハーレイなら仕方ないけど、前のハーレイなら出来たのに…。
 ぼくの所にプレゼントを持って来たって、誰も見る人はいなかったんだし…。前のぼくが一人で開けるだけなのに、どうしてリボンは無しだったの…?
 ハーレイが作ったスプーンだってリボンも箱も無しだったよ。今のハーレイがくれるんだったら箱もリボンもつきそうなのに…。
 「俺が作ったスプーンなんだぞ」って、わざわざ何処かで包んで貰って来そうなのに。もちろんリボンもつけて貰って、綺麗な箱まで買って来ちゃって。
「…すまん、そういう発想が無かった」
 今の俺なら、お前が言った通りに得意満面で包んで貰ってくるんだろうが…。
 その手の店も色々あるしな、アレにピッタリの箱を選んで貰って、似合いの紙とリボンを使って綺麗に包んで貰うんだろうが…。
 前の俺には、贈り物にはリボンだという考えが全く無かったんだ。
 渡せばそれで充分だろうと、心はきちんと伝わる筈だと思っていたのが前の俺だな。贈り物には心がこもるし、ちゃんと分かって貰えるってな。
 それに、だ…。



 シャングリラにリボンは殆ど無かっただろう、と言われてみればその通りだった。
 自給自足の船の中では店などは無いし、包装紙もリボンも出番が無い。使うべき場所が何処にも無ければ、包装紙もリボンも根付かない。
 まるで無かったというわけではないけれど。包装紙もリボンもあったけれども。
 それらが登場する時といえば、クリスマスに子供たちが貰ったプレゼントだとか、そんな程度の船だった。白いシャングリラの日常の光景にリボンは無かった、包装紙だって。
「そっか、前のぼくたちには誕生日なんかは無かったから…」
 アルテメシアで保護した子たちは、誕生日を覚えていたけれど…。
 前のぼくたちには無かったっけね、自分が生まれた日がいつだったのかという記憶。
「そうだな、特別なプレゼントを贈るための日が無かったからなあ…」
 誕生日があれば、違ったのかもしれないが。
 そんな日くらいは、と誰もが色々工夫を凝らして、プレゼントを贈り合ったんだろうが…。
 覚えていない日は祝いようも無いし、仮に覚えていたとしたって。
 あの船にいた頃の俺たちにすれば、誕生日が地獄の始まりだったからな。
 成人検査を受けさせられてミュウになっちまって、後は実験動物の日々だ。祝おうって気分にはなれなかったろうさ、とてもじゃないが。
 育ててくれた親の記憶は失くしちまって悲しかったが、誕生日にこだわりは無かったからな。



 自給自足で生きてゆく船では、大人同士のクリスマスプレゼントの交換なども無かった。無駄に物資を消費するより、残しておこうという堅実な世界。特に必要も無いのだから、と。
 恋人同士で贈り合っていた者たちにしたって、プレゼントは至ってささやかなもの。船の中では豪華なものなど手に入らないし、手作りの品とか、とっておきの菓子をプレゼントだとか。
 そんな船ではあったけれども、恋人同士の贈り物ならば…。
「ねえ、ハーレイ。…シャングリラでリボンの出番は殆ど無かったけれど…」
 だけど、恋人同士でプレゼントし合ってた人のにはきっと、リボンはかかっていたと思うよ。
 リボンを貰いに行っちゃ駄目だ、って決まりは何処にも無かったんだから。
 係の人に「欲しいんですが」って言えば誰でも貰えた筈だよ、使う分だけ、好きなリボンを。
「そうだろうなあ…。俺は現場を見てはいないが…」
 俺が備品倉庫の管理をしていた頃には、リボンをくれって言って来たヤツはいなかったし…。
 あの頃に何人も来ていたんなら、俺だって「贈り物にはリボンなんだな」と気付いたろうが…。
 すまない、俺が悪かった。
 前のお前にリボンつきのプレゼントってヤツを、一度も贈らなかっただなんてな。
「ううん、前のぼくだって気付いていなかったんだし…」
 リボンをつけて、って頼んでないから、前のぼくにも責任はあるよ、お互い様だよ。
 プレゼントを貰うならリボンなんだ、って思っていたなら、「贈り直して」って頼んでいたよ。
 前のハーレイの手作りのスプーンも、他に貰っていたものも。
 リボンつきの方がずっといいから、リボンをつけて贈り直して、って。



 でも…、とますます欲しくなってしまった、リボンがついたプレゼント。
 前の自分も一度も貰っていないとなったら、貰わずにいられるわけがない。中身は何かと、胸を躍らせてリボンをほどく贈り物。お土産にリボンは駄目だと断られてしまったからには、誕生日。
 その時はきっと、と欲が出る。
 誕生日用のプレゼントだったら、リボンはつきものなのだから。凝った包装紙や凝った箱より、断然、リボン。それが欲しいと、ワクワクしながら結ばれたリボンをほどいてみたいと。
「約束だよ? ぼくの誕生日プレゼントにはリボンをつけてね」
 プレゼントは何でもかまわないけど、リボンをつけるのを忘れないでよ?
 それが大切なんだから。ぼくはリボンをほどきたいんだから。
 ハーレイから貰う、リボンつきの最初のプレゼント。ドキドキしながら開けてみたいんだから、忘れずにリボン…!
「分かった、リボンは絶対なんだな」
 そいつを忘れたら、贈り直せと言われるんだな、チビのお前に?
 前のお前でもそう言っただろう、と言ったからには、今のお前だって。
「うん。これは違うよ、って開ける前に言うよ」
 リボンがついていないじゃない、って箱を睨んで、ハーレイの顔も睨んじゃうからね。
「…贈り直しをさせられる上に、睨まれるのか…。忘れないように気を付けておくが…」
 忘れちゃならん、と肝に銘じておくってヤツだが、どうなることやら…。
 まあ、プレゼントの基本だしなあ、忘れないとは思うんだが。
 ついでに、恋人同士でリボンつきのプレゼントを贈るということになると…。
 チビのお前の間は無理だが、堂々とお前にそいつを贈れる時となったら…。



 婚約の時か、と片目を瞑られたから。
「え?」
 なんで婚約でリボンつきなの、そういうプレゼントがくっついてくるの?
 プロポーズしてくれるっていうだけじゃないの、ぼくが「うん」って答えるだけで…?
「指輪だ、指輪。…プロポーズの時にはつきものだろうが、婚約指輪」
 婚約指輪を贈る時こそリボンだな、と頷くハーレイ。
 指輪が入った小さな箱に、キュッと結んであるリボン。とても絵になる光景だぞ、と。
 箱の中身は何にしようかと、どんな指輪を贈ろうかと。
「指輪…?」
 婚約指輪って、結婚指輪の他にも指輪?
「うむ。お前は男だし、結婚指輪だけでいいかと思っていたが…」
 俺と揃いの指輪があったら充分だろうと思ってたんだが、リボンとくれば婚約指輪だ。あれこそ最高のリボンつきのプレゼントってヤツだ、恋人に贈るとなったらな。
 前の俺がお前に贈り損なったリボンつきのプレゼントの分まで含めて、そいつがいいだろ?
 どういう指輪が欲しいんだ、お前。
 俺が選んで買ってもいいんだが、二人で選びに行くのもいいよな。
「指輪なんかは要らないから…!」
 婚約指輪なんかは欲しいと思っていないよ、そんなの頭に無かったよ…!
 結婚指輪は嵌めたいけれども、婚約指輪は要らないってば…!



 左手の薬指に嵌める指輪は結婚指輪だけで充分、ハーレイとお揃いの指輪で充分。
 もしもシャングリラ・リングがあったら、抽選で当たる白いシャングリラの金属で出来た指輪が当たれば、もう最高の結婚指輪。
 シャングリラ・リングが当たらなくても、ハーレイとお揃いの指輪があったら言うことはない。他に指輪は何も要らない、ただの一つも。
 そう答えたら。結婚指輪があれば充分だと微笑んだら…。
「なるほどなあ…。婚約指輪は要らない、と」
 一世一代のリボンつきのプレゼントってヤツは贈れないのか、指輪入りの箱。
 贈ろうとも思っていなかったんだが、断られちまうと少し寂しい気もしてくるな。プロポーズの時にリボンつきの指輪の箱を贈って、感激するお前を見たかったんだが…。
 残念だ、とハーレイがボソリと零したから。鳶色の瞳は、本当に残念そうだから。
「それじゃ、指輪の代わりに何か!」
 リボンつきのを何かちょうだい、婚約の時に。
「何かって…。何をだ?」
 婚約指輪の他に何があるんだ、プロポーズの時に渡して絵になるもの。リボンつきの箱で。
「分からないけど、特別なもの!」
 リボンをほどいて、ドキドキしながら開けられるもの。
 ハーレイからこれを貰ったんだよ、ってワクワクしながらリボンをほどいて取り出せるもの。



 婚約記念にピッタリのもので、リボンつきの箱に入った何かをくれる? と首を傾げたら。
 そういうのがあれば嬉しいんだけど、と恋人の顔を見詰めたら。
「さてなあ…。指輪が駄目なら何があるやら…」
 こう、格好良く取り出して渡せそうなもの。
 リボンが似合いで、婚約指輪にも負けていないほど、絵になりそうなプレゼントなあ…。
 まるでサッパリ思い付かんが、お前が欲しいと言うんだったら、考えておくか。
 婚約までに時間はたっぷりとあるし、いいものが見付かるかもしれん。
 だがなあ、あまり期待はするなよ?
 定番は婚約指輪なんだし、それと張り合えるほどに素晴らしい物を思い付くとは限らんからな。



 期待するな、とは言われたけれども、考えてはくれるらしいから。
 プロポーズされる日は、まだまだ先になるだろうから。
 もしもハーレイがいいアイデアを思い付いたら、貰えるかもしれない特別なリボンつきの箱。
 婚約記念の何かが入った、ハーレイからの一世一代のプレゼント。
 だからリボンがついたプレゼントは、楽しみに取っておくことにしよう。
 我儘を言って強請っていないで、それを貰える時が来るまで。
 誕生日にはきっと貰えるだろうし、もしかしたらプロポーズされた時にも。
(前のぼくだって一度も貰っていないし…)
 リボンをほどいて開けるプレゼントは、今度が初めてなのだから。
 欲張らずに待とう、それを開けるのに相応しい時を。
 きっとその方が値打ちがあるから、ドキドキする気持ちも、幸せも大きくなるだろうから。



 最初に貰えるリボンつきのプレゼントは誕生日。
 そして、それからは幾つも幾つも、リボンつきのプレゼントを貰ってゆける。
 結婚する前も、結婚した後も。
 ハーレイに貰った箱のリボンを、ワクワクしながらほどいてゆける。
 幸せが詰まっているだろう箱。
 それのリボンを、鳶色の瞳に見守られながら、胸を高鳴らせてほどいて、開けて。
 きっとハーレイにキスをしたくなる、御礼のキスを贈りたくなる。
 幾つも、幾つもキスを交わそう、青い地球の上で、幸せの色をしたリボンをほどいて。
 幸せが入った箱のリボンをほどいて、ハーレイと二人、何処までも幸せに歩いてゆこう。
 今度はリボンをほどけるから。
 リボンがキュッと結ばれた箱を、プレゼントに贈って貰えるのだから…。




          リボンつきの箱・了

※前のブルーも貰っていないのが、リボンがかかった箱に入った贈り物。ただの一度も。
 けれど今度は、それを幾つも貰えるのです。婚約の時も、もしかしたら素敵な贈り物が…?
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv









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