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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

「ブルー。お前、レンコンは好物か?」
 ハーレイに訊かれて、ブルーは「えっ?」と赤い瞳を丸くした。
 夕食前のお茶の時間で、テーブルの上にレンコンは無い。紅茶と焼き菓子が載ったお皿だけ。
(えーっと…)
 ハーレイは仕事帰りに寄ってくれたから。
 このタイミングでレンコンが好物なのか、と尋ねられたからにはハーレイは此処に来てから多分レンコンを見たのだろう。
(…でも、レンコンって…)
 キッチンにレンコンはあっただろうか、と考えたけれど分からない。母がレンコンを買って来たなら、置き場所は恐らくキッチンの筈。
(レンコン、あった…?)
 学校から帰って、おやつを食べて。空になったお皿とカップをキッチンの母に渡しに行った。
 その時にキッチンに入ったわけだが、レンコンなどは見た覚えが無い。
(テーブルの上には無かったよね?)
 母が常温でも大丈夫な食材を置くテーブル。その日に使う、タマネギやジャガイモ。
 其処にレンコンは無かったと思う。
 食料品店の袋に入ったままなら、気付かなかったかもしれないけれど。



 それにしたって、ハーレイの言葉。
 ハーレイには今夜の夕食のメニューが分かるのだろうか?
 どんな料理になるかはともかく、レンコンを使った何かが出て来る筈だと。
(ママ、レンコンが入った袋を玄関とかに置きっぱなしにはしないよね?)
 買い物に出掛けた母は荷物が軽ければ勝手口から家に入るし、多い時でも玄関から入って置いたままにはしておかない。いつ来客があるか分からないから、直ぐに奥へと運んでいる。
(ぼくも運ぶのを手伝ったりもしているしね…)
 今日は「手伝ってくれる?」とは言われなかったし、帰った時には母は買い物を済ませていた。覗いた冷蔵庫に昨日は無かったものを見かけたのが証拠。
(あれからもう一度、買いに行ったりしないだろうし…)
 しかも、レンコン。
 常備しておく食材では無いから、使うつもりなら忘れずに買って来ただろう。
(やっぱり、レンコン、あったのかな?)
 けれども記憶に無いレンコン。キッチンで見かけなかったレンコン。
 ハーレイが「好物なのか?」と訊いて来たからには、きっと今夜はレンコンの料理。
 でも…。



(なんでハーレイ、ぼくも知らないレンコン料理だって分かるわけ?)
 玄関にレンコンが置いてあるのを見たのだったら、納得だけども。
 母に限って、それだけは無い。来客の目に入る所にレンコンを置いておいたりはしない。
(もしかして、透視…?)
 今のブルーには出来ないけれども、ソルジャー・ブルーだった頃なら簡単に出来た。青の間からブリッジの様子を覗いてみたり、公園や食堂や厨房だって。
 仲間のプライベートな空間を見ようなどとは思わなかったが、公共の場なら眺めていた。
 きっとそれだよ、と考えるブルー。ハーレイはキッチンを覗いたのだ、と。
「ハーレイ、此処からキッチン、見えるの?」
「いや、無理だが? 透視ってヤツだろ、前の俺にも出来なかったぞ」
 キッチンの様子はとんと分からん。集中したなら、ぼんやりと見えるかもしれないが。
「だったら、ママの心を読んだ?」
「読んでいないぞ、そういうのはマナー違反だからな」
 ついでに、お母さんはお前と違ってサイオンのコントロールが出来てる。
 心が零れていたりはしないし、思念の拾いようがない。



「えーっ?」
 透視でもなく、心を読んだわけでもないと言うのなら。
 ハーレイが今夜の夕食のメニューを知る方法は一つしか無い。
「レンコンって…。ハーレイ、それって、予知だったりする?」
「あながち外れというわけではないが」
 返って来た答えに、ブルーはビックリ仰天した。
「ハーレイ、今度は予知が出来るの!?」
 前のブルーにさえ、ほんの僅かにしか備わっていなかった予知能力。
 未来に何が起こるかは読めず、ただ漠然と嫌な予感や悪い予感を感じていただけ。虫の知らせと変わらないレベルで、周りの状況を考え合わせて「こうなるだろう」と予想していた。
 そう、前の自分の命がメギドで尽きてしまうということでさえも。
 本当の予知と呼べる力はフィシスだけしか持たなかった。タロットカードを繰り、未来を読んでいたフィシス。ミュウにとっても神秘の力で、それゆえに皆に頼りにされた。
 そのフィシスにしか無かった力を、今のハーレイは持っているのだろうか…?



「まさか。俺は前の俺とそっくり同じさ」
 予知なぞ出来ん、と可笑しそうに笑っているハーレイ。
 ならばどうしてレンコンなのか。何処からレンコンが出て来たのか。
「えーっと…。今日の晩御飯、ママはレンコンだって言ってた?」
「レンコンも何も、お母さんから晩飯の話は何も聞いてはいないぞ」
 ついでに家に入った時もだ、特に匂いはしていなかったな。
 仮に匂いがしていたとしても、俺の鼻ではレンコンの匂いなんぞは分からん。
 酢バスだったら、酢の匂いがツンと漂ってるから「酢バスかもな」と思いはするが…。
「それなら、なんでレンコンなの?」
「シーズンだしな?」
 食料品店で見かけたのだ、とハーレイは言った。
 本格的な旬はまだ先、十一月頃からの冬レンコンが名高いらしいのだけれど。
 秋口に採れる秋レンコンもまた、柔らかくてあっさりした味わいで美味なものだという。
「そうなんだ…」
「まあ、前の俺たちの頃にはレンコンなんかは無かったしな?」
 シャングリラに無かったというだけじゃなくて。
 レンコンを食うって文化自体が消えちまっていたな、蓮は観賞用だったようだ。
 あの頃の俺は特に調べもしなかったんだが、植物園だとか水と親しむ公園だとか。
 そういう所に植えて花だけ眺めていたんだ、根っこには見向きもしないでな。



 観賞植物だったらしい、前の自分たちの時代の蓮。
 地下茎が食用だったことさえ、忘れ去られていた時代。
 そのレンコンは今のブルーたちが暮らす地域では普通の食材なのだけれども。
 何故ハーレイに好物なのかと訊かれたのかが分からないから。
「それで、どうしてレンコンなの?」
 好き嫌いは無いから、もちろん嫌いじゃないけれど。
 はさみ揚げも、きんぴらも何でも食べるよ。酢バスも、煮物に入ってるヤツも。
「ふうむ…。その割に予知能力は皆無、と」
「予知能力?」
 なんで、何処から予知能力の話になるわけ?
「レンコンだ」
「レンコンって…。あれにそういう成分があった?」
 今のブルーが生まれてからは、まだ十四年にしかならないけれど。
 たった十四年しか生きていないけれど、レンコンで予知能力がアップするなどという話は一度も聞いたことがない。
 予知能力は今でも神秘の能力とされて、フィシスのような人材は皆無。能力があっても占い師として恋愛相談程度が限界、未来を完璧に読み取れはしない。
 未だにそういう状態なのだし、予知能力を強くするための食べ物も薬も無さそうなのだが…。



 しきりに首を傾げるブルーに、ハーレイは「うんと昔の話だがな」と笑みを浮かべた。
「この辺りが日本だった頃。レンコンは縁起物だった」
 縁起を担ぐと言うだろう。そいつの一種だ、レンコンは縁起がいいとされていたのさ。
 食べると先が見通せる、ってな。
「先…?」
「いわゆる未来だ、これから先の未来のことだ」
 それが見えると言われていた。
 レンコンには穴が幾つもあるだろう?
 あの穴を通して未来が見えると、向こうが見えると縁起を担いだ。
 商売をするには先が見えれば有利になるしな、人生だって先が読めたら便利ではある。
 そういったわけでレンコンなんだな、食べて未来を見通そうってな。



「…ホントに見えるの? レンコンで未来」
 昔から言われていたのなら、とブルーは期待したのだけれど。
「そういった例は俺は知らんな…」
 見えたという話も読んだことは無いな、と数多くの古典を目にしたであろうハーレイの答え。
「ただしだ、未来が見えると信じて食ったらアップするかもな、予知能力」
 鰯の頭も信心から、って古い言葉を知ってるだろう?
 思い込みの力は馬鹿には出来んぞ、信じて食ったらどうだ、レンコン。
「ぼくには元々、予知能力は無いんだよ!」
 フィシスにだってあげていないよ、フィシスが持ってた予知能力はぼくのじゃないよ!
「そうらしいな?」
 あれは副作用のようなものだ、と前のお前は話していたが。
「そうだよ、多分、そういうものだよ」
 前のぼくがフィシスにあげた力は、ミュウとして生きていくのに必要なだけのサイオンだよ。
 目が見えないって分かっていたから、それを補うための力も。
 そうして渡したサイオンの内のどれかが、フィシスの中の何かと結び付いたんだ。
 フィシスは無から生まれた生命体。
 常識では計り知れない変化が引き起こされても無理はないよね、前のぼくにも読めなかった。
 まさかフィシスがあれほどに強い予知の力を得るだなんて。



「そうだな、俺も驚いた。元は普通の人間だったんじゃなかったのか、と」
 普通と言っていいのかどうかは分からんが…。
 生まれ以外は、いわゆる人類と同じだった筈だ。
 前のお前もそう言っていた。サイオンは自分が与えたのだと、実はミュウではないのだと。
 それなのに、あれだけの予知能力だ。
 あの頃にレンコンを知っていたら、だ。
 先が見えるという縁起物を、フィシスに食わせてやりたかったな、と。
「…フィシスに?」
「ああ。レンコンを食えば、見えなくなった未来が見えるようになるかもしれないじゃないか」
「そっか…。前のぼくがいなくなった後…」
 フィシスのサイオン、消えてしまっていたんだっけ。
 地球でカナリヤの子供たちをシャングリラまで届けた時には、サイオンがあったらしいけど…。
 見えない目だって補えるだけの力はあったと聞いているけど、予知能力は…。
「うむ。フィシスは体調が優れないふりをしてはいたが、だ」
 俺はお前から聞いていたから、分かっていた。
 予知能力を失くしたんだと、占いたくても占う力が無いんだと。
 どうしてやることも出来なかったが、もしもレンコンがあったならなあ…。
 食べさせてやれば、心理的な効果くらいはあったかもな、と思ってな。



 先が見通せる、未来が見える縁起物。向こう側が見える穴が幾つも開いたレンコン。
 それをフィシスに食べさせたかった、とハーレイは語る。
 フィシスにサイオンを与えたブルーがいなくなったせいで、予知が出来なくなったフィシスに。
「でも、あの頃のハーレイは…」
 とても忙しかった筈だよ、地球を目指しての戦いが始まっていたんだから。
 朝から晩までブリッジに詰めて、ブリッジに居なければ作戦会議。
 キャプテンの部屋で寝てる時だって、人類軍の船が現れたらブリッジに走っていたんでしょ?
「そうさ、フィシスを訪ねるどころじゃなかった」
 たまにぽっかりと時間が空いたら、後悔ってヤツに押し潰されそうになっていたしな。
 どうしてお前を一人でメギドに行かせたのかと、どうして追わなかったのかと。
 青の間に出掛けて立ち尽くしていたり、レインが居たならお前の思い出を話していたり…。
 俺の時間は戦いと前のお前とに埋め尽くされていて、フィシスのことは忘れがちだった。
 第一、レンコンだって知らない。
 そいつを食ったら先が見えると、未来が見えるというレンコンを知らなかった。
 だがな、もしも何かのはずみに耳にしたならば。
 探しただろうな、シャングリラが立ち寄った先々の星で。



「ハーレイ、うんと忙しかったのに?」
 それでもレンコンを探したって言うの、フィシスのために?
 効くかどうかも分からないのに、縁起物だっていうだけなのに。
「もちろん探すさ、どんなに忙しかったとしてもな」
 前のお前の大事なフィシスだったんだ。
 「ぼくの女神だ」と言ってたっけな、青い地球を抱く女神なんだ、と。
 フィシスはお前に地球を見せていたし、お前はフィシスが欲しくて攫った。
 わざわざサイオンを分け与えてまで、ミュウだと嘘をついてまで。
 フィシスの正体は前の俺しか知らなかった。俺しか知らないままだった。
 メギドに飛ぶ前、お前はジョミーのことしか言い残しては行かなかったが…。
 あの時、もう少し時間に余裕があったなら。
 フィシスのことも俺に頼みたかったんじゃないのか、ブルー…?
「…ほんの少しね」
 少しだけだったよ、フィシスへの未練。
 前のぼくが言葉を残して行きたかった一番は前のハーレイだよ。
 時間があったらハーレイと名残を惜しみたかったよ、これが最後のお別れなんだ、って。
「それはそうかもしれないが…」
 フィシスだって忘れてはいなかったろうが。
 お前の女神だ、前のお前が無茶をしてまで手に入れて来た女神だったんだからな。



 前のブルーが遺した女神。
 サイオンを与えてミュウに仕立てた、青い地球を抱く神秘の女神。
 ブルー亡き後、長老たちは進むべき道を求めてフィシスの許を訪れたのだが、タロットカードは繰られなかった。予知の力を失くしたフィシスに、占いは出来はしなかった。
 何度訪ねても託宣を得られず、長老たちの足は遠のき、フィシスは忘れ去られていった。
 そうなるだろうと分かっていたのに、前のブルーには策が無かった。
 フィシスが自分に頼ることなく自らの足で歩んでくれれば、と祈ることしか出来なかったのに。



「…ハーレイ、もしもレンコンのことを知ったら、探しに行ってくれたんだ?」
 前のぼくが置いて行ったフィシスのために。
 ぼくが死んだせいで、予知能力を失くしてしまったフィシスのために…。
「探しただろうな、探すだけじゃなくて自分で採りに出掛けたかもしれん」
 食おうって文化が無かった時代だ、レンコンは植物園だか公園だかの池にしか無いしな?
 船のヤツらに採って来いとはとても言えんし、俺が行くしかないだろう。
 池の底を掘って、レンコンを採って。
 そしてフィシスに食わせただろうな、なんとか料理してみてな。
「…もう一度厨房に立つんだ、ハーレイ…」
 キャプテンになる前は厨房に居たけど、またフライパンを握るんだ…?
「さてなあ、レンコンを料理するとなったら、フライパンだか鍋なんだか…」
 しかしだ、キャプテンが怪しげなモノを料理していたと噂が立つのも考え物だし。
 レンコン掘りは「ちょっと興味が湧いたからな」と気分転換に出掛けたと言えばそれで通るが、そいつで料理を始めたとなればゼルやブラウに怪しまれそうだ。
 そいつを回避するためには、だ。
 昔を懐かしんで料理の試作だ、食えるかどうかを試すだけだ、と言い訳だな。
 あくまで俺の趣味の範囲でリフレッシュなんだと、食える保証は何処にも無い、と。
 だから厨房では調理出来んな、フィシスだけのための料理だからな?
 趣味のついでにメンテナンスをやっておく、と青の間のキッチンで作るのさ。
 フィシスをコッソリ呼び寄せておいて、このレンコンを食ってみろ、とな。



 何のためにレンコンを採りに行ったか、何のために調理しているのか。
 それさえも伏せてレンコン料理を作っただろう、とハーレイは遠い昔へと思いを馳せる。もしもレンコンを知っていたなら、フィシスにそれを食べさせたろうと。
「ハーレイがそこまでしてくれていたら…。戻っていたかもね、フィシスの力」
 未来が見える予知能力。
 先が見通せるレンコンを食べていたなら、予知能力が戻ったかも…。
「プラシーボ効果ってヤツだがな」
 レンコンにそんな成分は無いし、偽薬ってヤツと変わらんわけだが。
 それだけに効くって保証も無いしな、無駄骨に終わった可能性だって大きいんだが…。
「ううん、きっと効いた」
 前のぼくが放って行っちゃった分までフィシスを助けるんだ、って思ってくれているんだもの。
 忙しい中でもレンコンを掘って、料理までしてくれるんだもの。
 きっと効いたよ、フィシスが失くした予知能力はきっと戻って来たよ。
「実際の俺は何も出来ずに終わったわけだが…」
 レンコンは全く知らなかったし、フィシスだってろくに訪ねてやりもしないで。
 何一つとして助けてやらずに、今頃になって夢物語をやらかしてるってことなんだがな?
「夢物語でもいいんだよ。今、ハーレイが思い付いてくれたのが嬉しいんだよ」
 フィシスのことを大事に思ってくれていたんだ、って分かるから。
 あの頃は忙しくって何も出来なくても、ちゃんと気にかけてくれてたんだ、って。
「そりゃまあ、なあ…。前のお前の大事な女神だったんだしな?」
「うん…。ありがとう、ハーレイ…」
 だけど、ぼくが一番大事に思っていたのはハーレイだけどね。
 前のぼくはハーレイが一番だったし、今のぼくだってハーレイが一番。



 ハーレイが一番大好きだよ、とブルーは微笑む。
 前の自分はフィシスを女神と呼んだけれども、そのフィシスよりもハーレイなのだ、と。
 フィシスの正体を知っていながら、側に置くことを許してくれたハーレイが好き、と。
「それで、ハーレイ。…レンコンで本当に未来は見えるの?」
「さあな? そういう例は俺は知らん、と言っただろうが」
 だが、レンコンに開いている穴の話をするなら。
 とりあえず、俺は酒を飲んでみたい。
「えっ?」
 レンコンを肴に飲むのだろうか、とブルーは考えたのだけれども。
「知らないか? レンコンに限らず、蓮ってヤツはだ、穴だらけらしい」
「穴だらけ?」
「見た目に穴が開いているかは、生憎と俺も知らないんだが…」
 蓮の葉はお前も知ってるだろう?
 池に生えてる丸い葉っぱだ、でかいヤツなら子供の傘になりそうなヤツ。
 あの葉っぱの茎には穴が沢山開いてるらしいぞ、水を注げば通すほどにな。
 そいつを使って酒を飲もうって洒落た行事が象鼻杯だ。
「…ぞうびはい…?」
「象の鼻の杯と書くのさ、蓮の葉っぱが象の頭で、茎が鼻だと見立てるわけだ」
 蓮の葉っぱを切り取って来てだ、まずは葉っぱに酒を注ぐんだな。
 そいつが茎の穴を通ってストローみたいに流れて来るのを飲む催しだ。
 蓮の葉が一番勢いのある夏にやるんだ、暑気払いの蓮酒。
 一度飲みたいと思ってるんだが、まだ機会が無い。



「へえ…!」
 面白そうだね、とブルーは象鼻杯なるものを想像してみた。
 ハーレイが「こんな感じだ」と手を通してイメージも送ってくれた。大きな蓮の葉を杯代わりに酒が注がれ、それを茎から飲む人々。暑気払いになるという蓮酒。
「蓮ってホントに穴だらけなんだ、穴が開いてるのはレンコンだけかと思ってたのに…」
「うむ。こうして酒が飲めるくらいだ、水を通す穴はあるってことだな」
 この蓮酒。親父とおふくろは飲んだんだがなあ、二人仲良く出掛けて行ってな。
 俺もいつかはと夢見てるんだが、お前の守り役をしている間は無理そうだな。
「だったら結婚したら行こうよ、ぼくと二人で」
「おい、酒だぞ?」
 お前、酒には弱いだろうが。酔っ払っちまうぞ、たったあれだけの量でもな。
「平気だよ。ちょっとだけ飲んで、ハーレイに渡す」
 ぼくは気分と味見だけでいいんだ、蓮のストロー。
 どんな風かな、って分かればいいから、残りはハーレイに全部あげるよ。
「なるほどな…!」
 それならお前も酔っ払わないし、俺は二人分を飲めるってわけだ。
 あのイベントはうんと人気だからなあ、おかわりを下さいって言えそうもないが…。
 俺にはおかわりがあるってわけだな、象鼻杯。
 お前がちょっぴり口をつけただけの、おかわり用の蓮の葉っぱが。



 二人前をたっぷり飲めるわけか、と笑うハーレイ。
 人気が高いから蓮の葉っぱは一人に一本だろうけれども、自分は二本貰えそうだと。
 酒に弱くて直ぐに酔っ払うブルーの分まで、おかわりの蓮酒を味わえそうだと。
「いいアイデアでしょ? ハーレイの夢の蓮酒だしね?」
「うむ。子供ならともかく、大人だったら酒が飲めるかどうかも確認せずに配るだろうしな」
 一人一本です、と蓮の葉っぱを。
 でもって酒を注いでくれるし、そいつをお前が俺に回す、と。
「うん。ハーレイ、ぼくの分まで楽しんでよ。蓮の葉っぱに入ったお酒」
 いつか蓮酒を自分の分まで、二人前を飲ませてあげなくては、とブルーは思う。
 前の自分が置いて行ってしまったフィシスのことまで、考えてくれたハーレイだから。
 先が見通せるという縁起物のレンコン。
 それを前の自分が知っていたなら、と語ってくれた優しいハーレイ。
 フィシスのためなら、レンコンも探して料理しただろうと話してくれたハーレイだから…。




         予知とレンコン・了

※先を見通せるという縁起物のレンコン。知っていればフィシスに、と言うハーレイ。
 叶わなかったことですけれど、今の時代はレンコンも普通。いつかはブルーと象鼻杯ですね。
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 学校から帰ったら、ダイニングのテーブルにママのお茶会の名残。三段重ねのケーキスタンド。もちろんお皿はきちんと洗ってセッティングし直してあるんだけれど…。
(此処でお茶会してたのかな? それともリビング?)
 どっちなんだろう、と考えながらケーキスタンドを眺めてみる。これがあるってことは、ママはケーキもスコーンも用意した筈。
(えーっと、確か…)
 一番下のお皿にサンドイッチ。真ん中がケーキで、天辺がスコーンだったと思う。三枚のお皿は乗っけるものが違うんだ。ママは張り切ってあれこれ作って、これに乗っけたに違いない。
(ぼくのおやつは…)
 ケーキとスコーンを残しておいてくれてるだろう。サンドイッチは無いだろうけど。おやつにはあまり向かないから。ぼくにとってはサンドイッチは立派な食事でお菓子じゃない。
(だって、ホントに食事だものね?)
 どうしてママたちはお茶の時間にサンドイッチを食べられるのか、って不思議な気持ち。他にもスコーンやケーキがあるのに、三段重ねのケーキスタンドにはサンドイッチ。
(おまけにフルーツサンドじゃないんだもの…)
 果物とクリームをたっぷり挟んだフルーツサンドならお菓子だけれど、ママが作ってスタンドに乗っけるサンドイッチにはサーモンとかローストビーフとか。
(絶対、食事だと思うんだけどな…)
 紅茶がついたら朝食かランチ。そんな気がするサンドイッチ。
 いくらフィンガーサンドイッチって言う小さなサイズのサンドイッチでも、中身が食事向けだと思う。だってサーモンやローストビーフ。魚やお肉はお菓子とは違う。



(なんか変なの!)
 分かんないや、とケーキスタンドを見詰めていたら、キッチンの方からママの声。
「ブルー、おやつはケーキにする?」
 それともスコーン?
 どっちもあるわよ、ケーキは梨のコンポートのよ。
(梨のコンポート…)
 美味しそうだけど、スコーンの方も捨て難い。スコーンと梨のコンポートのケーキ。
 どっちにしようか、と暫く考えてから。
「スコーンにする!」
 えっとね、ハーレイのお母さんのマーマレードで!
「はいはい、すぐに用意するわね」
 キッチンでカチャカチャと食器が触れ合う音。お湯を沸かしている音も。
 椅子に座って待つぼくの前に、「どうぞ」ってママがスコーンのお皿を持って来てくれた。隣にマーマレードを盛った小さな器も。
 ハーレイのお母さんが作る、庭の夏ミカンのマーマレード。お日様をギュッと閉じ込めた金色。これを塗って食べるスコーンが大好きなぼく。スコーンにはハーレイのお母さんのマーマレードが絶対一番、だからスコーンに決めたんだ。
(ふふっ)
 ぼくは御機嫌でスコーンをパカッと割った。ママが温め直してくれたスコーンにたっぷり、夏のお日様の光のマーマレード…。



 ママが淹れてくれた紅茶をお供に、スコーンを美味しく頬張っていたら。
 向かいで紅茶を飲んでいたママが、「ブルー、知ってる?」っていきなり訊くから。
「何を?」
 なあに、とぼくは首を傾げた。学校に行っている間に何か大きなニュースでもあった?
 てっきりそういう話題なんだと思ったのに。
「スコーンにマーマレードは駄目、って話よ」
「ええっ!?」
 どうしてスコーンにマーマレードが駄目なんだろう。
 ハーレイのお母さんのマーマレードを初めて食べたの、スコーンだったのに。
 夏休みの終わりに庭で一番大きな木の下、白いテーブルと椅子でハーレイと二人で食べた。焼き立てのスコーンにマーマレードの金色を塗って、木漏れ日の下で。
 あの日からぼくは、スコーンとマーマレードの組み合わせが一番のお気に入りなのに…。



 ビックリしちゃって、目が真ん丸になったぼく。
 ママが言うには、SD体制が始まるよりもずうっと昔の地球での話。
 スコーンでお茶会をしていた国では、マーマレードは朝御飯に食べるものだった。カリッと焼き上げたトーストにマーマレードを塗るのが定番、大抵の家の朝御飯はそれ。
 朝御飯のものだから、お茶の時間にマーマレードはマナー違反だって言われても…。
「ママ、それって…。今でもなの?」
「まさか。そんなわけないでしょ、昔の話よ」
 この前、新聞のコラムにあったの。
 今日、お友達に訊いてみたけど、誰もそんなの知らなかったわ。
「そうだよねえ?」
「でも、ブルーなら知っているかと思ったんだけど」
「どうして? ぼくもコラムを読んでたかも、って?」
「違うわ、ソルジャー・ブルーだからよ」
 ママよりもうんと長い時間を生きてたソルジャー・ブルー。
 知識が豊富で、経験豊かで。だからこの話も知ってるかしら、と思ったのよ。
「ママ…。前のぼくはミュウの長ってだけだよ、ただのソルジャー!」
 お茶会なんて管轄外だよ、やっていた人はいたけれど…。
 でもシャングリラは前のぼくたちの船で、そんな厳しいマナーなんて無いよ。



 そう言った途端に、思い出したんだ。
 前のぼくの記憶。ソルジャー・ブルーだった頃の、懐かしい記憶。
「ママ。今度、ハーレイにお茶を出す時、お菓子じゃなくってサンドイッチにしてくれる?」
「えっ? ブルー、おやつにサンドイッチは食べないでしょ?」
「うん。だから、ローストビーフとかじゃなくって…」
 キュウリを挟んだサンドイッチ。
 キュウリだけが入ったフィンガーサンドイッチがいいんだけれど。
「それだけなの? 卵もハムも何にも無しで?」
「うん、それだけ」
 キュウリだけだなんて何があったの、ってママが言うから、教えてあげた。
 前のぼくの、ソルジャー・ブルーの記憶。
 ママは嬉しそうにニコニコ笑って、「キュウリね」と大きく頷いてくれた。



 次の日、仕事帰りのハーレイが寄ってくれたから。
 ママは約束を守ってくれた。お茶の支度がちょっぴり遅れたけれども、サンドイッチ。キュウリだけしか挟まっていない、小さなサイズのサンドイッチが乗っかったお皿。それと紅茶と。
「ほほう…。珍しいな、フィンガーサンドイッチか」
 お茶の時間にサンドイッチは初めてだな、ってハーレイがお皿に手を伸ばした。キュウリだけのサンドイッチを齧って、「こういうお茶もたまにはいいな」って。
 ぼくもキュウリのサンドイッチを齧ってみた。バターとマスタードを塗っただけのパンに、薄くスライスしたキュウリ。ほんのちょっぴり、塩と胡椒と。
「ハーレイ、何か思い出さない?」
「何をだ?」
「キュウリのサンドイッチだよ」
「はあ?」
 ハーレイが二つ目のサンドイッチを摘んだままでポカンとしてる。鳶色の瞳に怪訝そうな色。
「覚えていない?」
 シャングリラでやった、一番最初のお茶会だよ。
 キュウリだけしか入っていないサンドイッチで開いたお茶会。
「ああ、あったな…!」
 懐かしいな、とハーレイはサンドイッチを頬張った。あの時もキュウリだけだった、と。



 シャングリラがまだ白い鯨じゃなかった頃。
 人類のものだった船に名前だけ付けて、船体はそのままだった頃。
 この船を大きく改造しよう、とプランが進行し始めた。でも、改造の前にまずは第一段階。船の改造には技術だけじゃなくて物資が要る。人類から奪った物資で船を改造したって維持出来ない。
 それじゃ駄目だと、物資も自分たちで調達せねば、ということになった。
 物資の調達の練習を兼ねて、船の中で作ろうと決まった畑。自給自足を目指して畑。
 畑作りに必要な土や肥料が手に入る星を探して、採掘して。
 種や苗なんかは前のぼくが輸送船から奪って用意した。
 船の中の空いたスペースに土を運び入れ、耕して作った一番最初の畑。
 トマトにキュウリに、色々と植えた。
 育てやすい野菜を選んで植えたから、初心者ながらも立派に実った。



 船のみんなが頑張った畑。水をやったり肥料を足したり、余分な芽を摘んで世話したり。
 そうやって作物が出来てきたから、船の空気も浮き立っていた。
 後に長老と呼ばれる四人と、ハーレイと、ぼく。会議の席でブラウが言い出した。
「収穫祭と洒落込みたいねえ、せっかくだから」
「そんなに量は無いのだがねえ…」
 畑を見れば分かるだろう、とヒルマンが首を捻って、エラだって。
「少しずつ採れては来ていますが…。食事の大半は奪った食料ですものね」
「採れたものだけで収穫祭をするのは無理じゃろう」
 とても足りんぞ、とゼルも首を振った。
 だけど、船のみんなも考えていることはブラウと同じ。畑を見に行く時の足取りや、作物を見ている瞳の輝き。誰の心も弾んでる。
 ぼくたちの船で初めて出来た作物。畑に豊かに実った作物。
 嬉しくてたまらない気分なんだし、ちょっぴりお祭りしてみたい。初めての収穫を祝うお祭り。
 そんな気持ちが船に溢れているってことは、ぼくにもちゃんと伝わってたから。
「ヒルマン、何か方法は無いのかい?」
 少ししか無い作物だけれど、収穫祭をする方法。
 見付けてくれれば皆も喜ぶし、今後の励みになりそうだけどね。
「ふうむ…。エラと探してみるとしようか」
 古い資料を端から当たれば、何か見付かるかもしれん。
 あればいいのだがね、我々の役に立つものが。



 頑張ってみよう、とヒルマンが顎に手を当てていた日から数日が経って。
 いつもの定例会議じゃなくって、臨時の招集がかけられた。ヒルマンから。
 これは来たな、とぼくは会議用の部屋へと出掛けたんだけれど。
「ハーレイ、紅茶の在庫はどうなっているかね」
 ヒルマンの口から飛び出した言葉は、畑の作物とはまるで繋がらないものだった。紅茶なんかで何をするんだろう。料理に使えるとでも言うのだろうか?
 意味が分からないぼくを放って、ハーレイが紅茶の在庫はあると答えた。
「今ある量なら、全員が毎日飲み続けても一ヶ月分は充分賄えます」
「それは結構」
 ヒルマンが満足そうに頷き、今度はエラが口を開いた。
「パンの材料も足りていますわね?」
「もちろんですが…。紅茶とパンで何をするのです?」
 ハーレイがぼくの代わりに疑問を声にしてくれた。紅茶とパンなんて、どう考えても畑の作物に繋がりやしない。けれどヒルマンは穏やかな笑みを浮かべて。
「お茶会だよ」
「お茶会じゃと?」
 収穫祭の話じゃったと思ったが…。
 何処からお茶会の話になるんじゃ、ええ、ヒルマン?



 ゼルが噛み付いて、ブラウも「ちょっと違うんじゃないのかねえ?」と言ったんだけれど。
 ヒルマンとエラは自信満々、二人で説明し始めた。
 ずうっとずうっと昔、SD体制が始まるよりも千年以上も前の地球。一度滅びるよりも前の青い地球の上、イギリスという名の国が栄えていた頃。
 其処では貴族のご婦人たちがティーパーティーを楽しんでいた。
 午後に開かれる、優雅なお茶会。午後のお茶だからアフタヌーンティーと名付けられた。後には庶民にも広がっていったけれども、最初は王侯貴族だけのもの。特権階級だけのお茶会。
「そのお茶会に、だ。欠かせないものがキュウリのサンドイッチだったのだよ」
「キュウリなのかい?」
 どうしてキュウリ、と驚いた、ぼく。
 キュウリなんかは珍しくもない。輸送船には山と積まれてあったし、ごくごく普通にある野菜。データベースで戯れにレシピを検索したって、サラダなんかによく入ってる。
「それが、ソルジャー。当時のキュウリは今とは事情が違ったようで」
「ええ。とても貴重な野菜だったと資料に書かれていましたわ」
 こんな話が、とエラが教えてくれた当時のキュウリはぼくの理解を超えていた。



 貴婦人たちがお茶会を開いていた頃、イギリスとやらでキュウリはとっても珍しい野菜。
 もちろん市場で売られてはおらず、普通に植えても育たなかった。
 王侯貴族が暮らす家ではキュウリ専用の温室みたいなものを作って、庭師に育てさせたという。そんな温室、豊かでないと作れないから懐に余裕がある証。
「ですから、キュウリだけを使ったサンドイッチはステイタス・シンボルというわけです」
 自分の家には温室があると、キュウリを育てたから食べて下さいと披露するのです。
 とても貴重なキュウリですから、サンドイッチにはキュウリだけ。
 キュウリだけでサンドイッチを作れることは最高の贅沢だったそうです。
「キュウリがねえ…」
 ちょっと想像もつかないな、とキュウリを思い浮かべた、ぼく。
 このシャングリラでも育つキュウリが貴重な野菜だった時代があっただなんて…。
 だけど、エラの話には予想以上の続きがあって。
「お茶会には必ずキュウリのサンドイッチを出さなければ、と貴婦人たちは考えましたから…」
 何らかの事情があってキュウリのサンドイッチが出せなかったら。
 料理長の首が飛ぶということもあったそうです、主人に恥をかかせたと言って。
「そこまでキュウリにこだわったのかい?」
「ええ。正確にはキュウリのサンドイッチに、ということになりますわね」
 つまり、キュウリのサンドイッチさえ作れたなら。
 そのお茶会はとても贅沢なもので、王侯貴族のものなのですわ。



 キュウリのサンドイッチがあったらそれは立派なお茶会なのだ、という解説。
 貴婦人という部分が引っ掛かったから、訊いてみた。
「そのお茶会は女性限定じゃないのかい?」
「いいえ、ソルジャー、御心配なく」
 ヒルマンが「大丈夫ですよ」と、その後の歴史を話してくれた。
 貴婦人が始めたお茶会は庶民にも広まっていったけれども、後に男性まで巻き込んで行った。
 由緒あるホテルなんかが男性専用のアフタヌーンティーのメニューを設けていたほどに。
 そして王侯貴族が主催するガーデンパーティーなんかも、紅茶と一緒にサンドイッチ。
 他の料理ももちろんあるけど、キュウリだけで作ったサンドイッチは必須の料理。
「正式なお茶会になればなるほど、キュウリのサンドイッチだったのです」
 これが無ければ正式ではない、と言われていたと書かれていました。
 そのキュウリが畑に沢山あります。
 皆に行き渡るだけのサンドイッチが作れそうですが、お茶会は如何でしょうか、ソルジャー?



 正式なお茶会に欠かせなかったキュウリのサンドイッチ。
 最初は温室で作ったキュウリで、特権階級しか食べられなかったサンドイッチ。
 それをシャングリラで出来たキュウリで作ろうというアイデアは実に素晴らしかった。
 みんなの分のサンドイッチと紅茶さえあれば開けるお茶会。
 遥かな昔の王侯貴族になった気分になれるお茶会。
 ゼルもブラウも大賛成で、ぼくも反対するどころじゃない。
 素敵な資料を見付け出してくれたヒルマンとエラに御礼を言って、実行に移すことにした。
 せっかくだから、ガーデンパーティー風に。
 畑を眺められる所にテーブルを出して、キュウリで収穫祭をしようと。



 お祭りなんだし、ここは大いに盛り上げたい。
 エラが「収穫祭のお茶会」と銘打った招待状を作って、みんなに配った。
 日時と場所が書かれただけの招待状。
 それ以外の情報が何も無いから、探り出そうと誰もがあの手この手で、もう充分にお祭り騒ぎ。
 だけど厨房のクルーたちは「お茶会です」としか言わず、ブラウたちだって喋らない。
 シャングリラの中は「どんなお茶会なんだろう」って話題で持ち切り、挨拶代りにお茶会の噂。
 エラの狙いは見事に当たって、みんながドキドキワクワクしながら収穫祭の日を待った。
 そうして迎えた、お茶会の日。



「お茶はともかく、サンドイッチがキュウリだけだぞ?」
 畑の側に並べられた沢山のテーブル。
 紅茶のポットやティーカップが置かれて、キュウリのサンドイッチのお皿が幾つも。
 そう、サンドイッチのお皿は山ほどあるのに、どのお皿に載ったサンドイッチもキュウリだけ。
 案の定、出て来た不満の声。
 それはそうだろう、お茶会までの間に食べた朝食と昼食には卵やハムもあったのだから。
「他に具材は無いのかよ?」
「入れ忘れたんじゃないのか、厨房のヤツら」
 ワイワイと声が広がり始めた所で、ヒルマンがおもむろに咳払いをして。
「いや、キュウリしか無いサンドイッチで間違いはない」
 これが正式な料理なのだよ、遠い昔の地球のお茶会では。
 始まりはキュウリが貴重だった時代に遡るのだがね…。
 食べながら聞いてくれたまえ、とヒルマンはエラと交互にキュウリのサンドイッチに纏わる古い資料を披露した。
 今でこそ当たり前のキュウリが遠い昔には珍しかったと、王侯貴族の食べ物だったと。



「へえ…! 貴族様しか食べられなかったサンドイッチか…」
「庭に温室って、すっげえ贅沢だったんだろうな…」
 温室のキュウリでサンドイッチか、と、みんな一気に気分は当時の王侯貴族。
 自分たちだってキュウリを作ったと、温室じゃないけど船でキュウリを作ったと。
「王侯貴族ってどんなのだろうな、今の時代は王様も貴族もいないよなあ?」
「メンバーズみたいなモンじゃねえのか、お目にかかったことは一度もねえけどよ」
「会ったら俺たち、終わりじゃないかよ」
 ヤツらはマザー・システムの手先なんだぜ、って言いながらも、みんなは笑ってた。
 まだ人類には見付かっていなかった頃のシャングリラ。
 ステルス・デバイスなんかは無かったけれども、見付からないように飛んでたシャングリラ。
 だからメンバーズだって怖くはない。
 怖い連中だって分かっているけど、出会ってないから怖くない。
 アルタミラの地獄も何十年も前の話で、今はこうして船でお茶会。
 皆で作った畑の作物が無事に実ったと、次はシャングリラの改造なのだと賑やかに。
 キュウリのサンドイッチをつまみながら楽しく続いたお茶会。
 王侯貴族になった気分で、うんと豊かになった気分で。



「懐かしいなあ、キュウリのサンドイッチで収穫祭なあ…」
 ハーレイの目が懐かしそうに細められてる。遠いシャングリラを眺めている目。
「盛り上がったよね、あのお茶会」
 仕事のある仲間も交代で来たし、みんなで紅茶とサンドイッチで。
「うむ。キュウリのサンドイッチだけだったんだが、量はたっぷりあったしな」
 キュウリを薄くスライスっていうのが良かったんだな、一本のキュウリで幾つも作れる。
 あれが普通のサラダだったら、みんなが満足するだけの量は無理だったろうな、キュウリでは。
「そうだね、何か他の野菜を足さないと…」
 他の野菜をプラスしちゃったら、畑の作物が一気に減っちゃう。
 収穫祭のサラダだけでドカンと減ってしまって、見た目が寂しくなっちゃうよ。
「見た目で言えば、だ。サラダしか無い収穫祭なんか有り得んぞ」
 他にも料理を出さんとな?
 そうなると肉だの何だの出て来て、収穫祭と言うよりただの祭りだ。
 シャングリラで採れた作物をしっかり味わうどころか、あれこれと食って終わりだってな。
「そっか…。そういう意味でも、あの時のキュウリのサンドイッチって…」
「ヒルマンとエラは凄いアイデアを出したってことだ」
 みんなが船で採れたキュウリを食うことが出来て、おまけに由緒正しい料理だと来た。
 キュウリとパンだけで王侯貴族が食ってたサンドイッチだ、あの二人に感謝しないとな。



 キュウリだけしか入ってなくても、リッチな気分のサンドイッチ。
 遠い昔に王侯貴族が食べてたキュウリのサンドイッチ。
 船で初めて採れたキュウリで、それを作った。お茶会を開いて、みんなで食べた。
 名前だけだった頃のシャングリラが本物の楽園になってたパーティー。
 誰もが王侯貴族気分で、幸せ一杯だったお茶会。
 あれから少しずつ進歩してって、船を改造して白い鯨が出来たけれども。
 紅茶まで船で作れるようになったけれども、キュウリを挟んだサンドイッチだけしか食べる物が出ないというお茶会は、あの時の一回きりだった。
 次に収穫祭をやった時には作物も増えて、キュウリのサンドイッチに頼らなくても見栄えのする料理を作れたから。収穫祭らしくあれこれ並べて、色々なものを食べられたから。
 だけど、シャングリラで最初の収穫祭。
 キュウリのサンドイッチだけしか無かった収穫祭。
 あの日は確かに、シャングリラで一番の贅沢をした日だったと思う。
 自分たちの手で育てたキュウリで、遠い昔の地球の貴族たちが食べていた料理。
 キュウリだけしか無かったけれども、王侯貴族の気分になった日…。



「うむ、最高の贅沢だったな、あの頃の俺たちにとってはな」
 そして今では地球のキュウリで作ったサンドイッチを食ってます、ってな。
「うん」
 本物の地球で採れたキュウリだよ、地球の光と水と土とで育ったキュウリ。
「美味いな、これ」
「キュウリしか入ってないけどね」
「前の俺たちの収穫祭のと同じヤツだな、あの時もこんな味だっけな」
 シャングリラで作ったヤツじゃなかったが、バターとマスタードを塗って。
 塩はともかく、貴重な胡椒もパラリと振ってみました、ってな。
「だって、収穫祭だしね?」
「違いない」
 其処で出さなきゃいつ使うんだ、って時代だったしなあ、胡椒なんかは。
 そういう意味でも贅沢だったな、あの時のキュウリのサンドイッチは。
「美味しかったよ、凄く美味しいサンドイッチだった、って覚えているよ」
 地球のキュウリに負けないくらいに。
 うんと美味しく育ってる筈の、地球のキュウリのサンドイッチに負けないほどに…。



 今でもアフタヌーンティーと言ったら、キュウリのサンドイッチがついているけれど。
 前のぼくたちは自分たちで調べて、キュウリのサンドイッチを作った。
 キュウリがどんなに貴重だったか、そこまで調べてお茶会をした。
 前のぼくたちのキュウリのお茶会は、記念すべきミュウの最初のお茶会。
 歴史あるキュウリのサンドイッチは、ミュウの歴史で初のお茶会の主役を立派に務めた。
 でも、そのことについて書いてある本は何処にも無いんだ。
 ぼくも忘れていたほどだもの。
 ママには話しておいたけれども、きっとこれからも知られないまま、あのお茶会は幻のまま。
 前のハーレイは航宙日誌に「収穫祭をした」としか書いておかなかったから。
 ハーレイに訊いたら、そうだと話してくれたから。
 どおりで知られていない筈だよ、キュウリのサンドイッチの歴史に加わった新たな一ページ。
 初めての収穫でミュウが作ったと、初のお茶会の主役だったんだ、と。
 前のハーレイが「収穫祭」と書いたイベントは、ホントはお茶会。
 キュウリのサンドイッチで開いたお茶会だったよ、ねえ、ハーレイ…?




         収穫祭のキュウリ・了

※シャングリラで採れた初めての野菜、キュウリのサンドイッチで気分は王侯貴族。
 なんとも素敵なお茶会ですよね、ミュウの船でもアイディア次第で幸せがやって来るのです。
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 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv







※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv




うららかな春の日の放課後。お花見が終わって新学年もスタート、またまた1年A組での学校ライフの始まりです。とはいえ、私たち特別生七人グループの頭の中身はゴールデンウィーク。シャングリラ号に乗せて貰うべきか、はたまた地球で何処かへ行くか…。
「やっぱり何処も混みますしねえ…」
シロエ君が桜カスタードのエクレアを口に運びながら。
「穴場もなかなか無さそうですし、シャングリラ号が一番かと」
「しかしだ、確かに居心地はいいが、かなりの高確率でエライ展開が待ってるんだが」
キース君が割って入りました。
「何事も無く終わる年も無いことはない。だがな、大抵の場合は悲惨だぞ?」
「何処が悲惨だって? ぼくはソルジャーとして色々と気配りしているのにさ」
心外だ、と会長さんが唇を尖らせています。
「快適な部屋に美味しい食事に、楽しいイベント! これだけ揃って悲惨ってことはないだろう」
「そのイベントが問題なんだ! あんたの発想は斜め上だろうが!」
「斜め上? ぼくはこれでも高僧なんだよ、普通の人とは発想が違って当たり前! 君も緋色の衣になったら悟りの境地が分かると思うな」
「い、いや…。俺は謹んで遠慮しておく」
元老寺をしっかり守らなければ、と返したキース君に会長さんが「失礼な!」と噛み付き、お坊さん同士のバトルが始まってしまいました。お経がどうとか鳴り物がどうとか、門外漢には意味不明です。触らぬ神に祟りなしだ、と私たちは二人を無視してティータイム続行。
「終わりませんねえ…。まだまだネタは尽きないんでしょうか」
シロエ君が呟き、サム君が。
「俺たちの宗派でも八百年を超えているんだぜ? 仏教となったら千年どころじゃねえからなあ…。一晩中やってもネタは絶対尽きねえって」
「「「うわー…」」」
まだまだ抹香臭いバトルが続くんですか…。それは勘弁、と思っていると。
「あっちとは関係ないんだけどさ」
ジョミー君が会長さんたちをスル―しつつも横目でチラリ。
「今どき、女の人は入っちゃダメです、って言ってるお寺があるんだね」
「「「へ?」」」
なんですか、その失礼なお寺ってヤツは? 女の人は入っちゃダメって、スウェナちゃんと私は入れないわけ?



ジョミー君が振ってきた腹の立つ話。お寺に入って尼さんに、と思うわけではありませんけど、入門禁止とは時代錯誤も甚だしいです。宗教ならば男女平等に門戸を開け、と言いたいですし、スウェナちゃんも元ジャーナリスト志望の見地からムカついたらしく。
「何よ、それ! 女性の入門お断りって最低でしょ! そういう偉そうなお寺に限って拝観料がバカ高いとか、要予約だとか、観光客相手に儲けてるくせに!」
「…えーっと…。拝観料はどうなのかなあ? 観光バスとか行けそうにないよ」
山の上だし、とジョミー君。
「それに入門お断りってだけじゃなくてさ、そもそも入れないみたいなんだけど」
「「「え?」」」
「昨日、テレビでチラッと見たんだ。この先、女性は入れません、ってリポーターが木の門の前で喋ってたけど」
「「「えぇぇっ!?」」」
入門お断りどころか入れないだなんて、どういうこと? スウェナちゃんと私もビックリですけど、シロエ君やサム君も「嘘だろ?」なんて目をパチクリ。もちろん「そるじゃぁ・ぶるぅ」もエクレアをフォークに突き刺したままでキョロキョロと。
「知らないよ? ぼく、そんなお寺、知らないけど…。えとえと、ブルー?」
「なに? ぼくはキースとバトル中で!」
忙しいんだ、と会長さんは突っぱねましたが、そこは子供の無邪気さで。
「あのね、一つだけ教えて欲しいの! 女の人は入っちゃダメです、って言ってるお寺があるってホント?」
「「は?」」
坊主バトルの最中にお寺な質問なだけに、会長さんどころかキース君までが休戦モード。二人揃って注目する中、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はエクレアを口一杯に頬張って。
「んーとね…。ジョミーがテレビで見たって言うの! 女の人は入っちゃダメってお寺があって、門で通せんぼをしているらしいの! そんなお寺って本当にある?」
「…女人禁制とかいうヤツか?」
俺は知らんぞ、とキース君が首を傾げて、会長さんも。
「お寺ねえ…。待てよ、門とか言ったっけ? ジョミー、それって山門かい?」
「山門ってキースの家にあるアレ? そんなのじゃないよ、木で出来た凄く簡単なヤツで、鳥居の親戚みたいな感じ」
でもって観光名所らしい、とジョミー君。ちょっと待ってよ、観光名所? それで女性はお断りだなんて、観光名所の名が泣きますよ!



観光名所と銘打ちながら女性は来るなとは、これ如何に。無礼千万なお寺の態度にスウェナちゃんはもう怒りMAX。
「何なのよ、そこ! 観光だったら拝観料をキッチリ取るでしょ、お金だけ取って「この先、立ち入り禁止です」とか言ってくるわけ? 何処よ、それ!」
「何処だったっけ…。なんか世界遺産で」
ジョミー君の答えで私もプツンと切れました。よりにもよって世界遺産。観光でガッツリ毟っておいて女性排除とは失礼どころの話ではなく、殴り込んでもお釣りが来そうなレベルです。スウェナちゃんと二人して「有り得ない!」と叫んだのですけれど。
「あー、あそこか…」
分かったよ、と会長さんがノホホンと。
「ほら、キース。君も言われたら知ってる筈だよ、修験道のさ」
「あの山か…。そう言えば女人禁制だったな、しかしあそこは寺だったか?」
「忘れがちだけどお寺だよ、アレ。山伏が修行に出掛ける場所だし、山伏の所属はお寺だってば」
だから山頂にお寺もある、と会長さん。
「宿坊も幾つかあった筈だよ、ぼくもまだ出掛けたことはないけれど…。確か五月の三日が戸開け式とかで、それからが修行のシーズンなんだよ」
「世界遺産なのに女性はダメって酷いわよ! 拝観料とかも要るんでしょ?」
スウェナちゃんの怒りは収まりませんが、会長さんは。
「拝観料? うーん、修行をするのに料金と言うか、先達さんを頼む費用は要る筈だけど…。原則、タダじゃないのかな? 観光と言うより修行の場所だし」
「だったら、どうして世界遺産になってるのよ?」
「その山だけってわけじゃないのさ、霊場と参詣道とのセットで登録。山地に神社に、その他諸々。そうそう、メインの神社は君たちも前に行った筈だよ」
あっちのブルーに嫌がらせをする目的でお出掛けしたんだけれど、と言われて思い出しました。ソルジャーとキャプテンの結婚証明書の裏に貼られたブラウロニア誓紙を貰いに行った神社です。そっか、あそことセットで世界遺産かぁ…。でも…。
「セットものでも入れない場所があるっていうのはどうかと思うわ!」
なんかムカつく、とスウェナちゃん。
「修行か何か知らないけれど、今どき何かが間違ってるでしょ!」
「…それはまあ…。たまにモメるね、入れろとか絶対お断りだとか、激しいバトルが」
でも、と会長さんは指を一本立てました。
「実の所はとっくの昔に入っちゃった人がいるらしいけど? 腹が立つなら行ってみるかい、今度のゴールデンウィークに?」



会長さん発のカッ飛んだ提案、ゴールデンウィークはシャングリラ号ならぬ女人禁制の山に突入。それはそれで悪くないかもしれません。今年は五月の六日までお休みですから、戸開け式とやらが終わった後で出掛けて行けばスウェナちゃんと私も見咎められずに行けるかも…。
「そこはサイオンでフォローはバッチリ! 高校生の男子と見間違えるように細工は出来るし、女人禁制を謳う聖地に突入したって仏罰の方も何とでも……ね」
ぼくはこれでも銀青だから、と会長さんは自信満々。
「ただ、山道がけっこうキツイと聞くんだよねえ…。いざとなったら瞬間移動で切り抜けるとしても、荷物を軽めにしておきたいし…。どうかな、荷物を背負う係でハーレイつき!」
「かみお~ん♪ ハーレイが来るならお弁当も沢山持って行けるね!」
そうしようよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。私たちにも否はありませんでした。教頭先生なら重い荷物も任せて安心、美味しいお弁当を期待出来そうです。
「じゃあ、決まり! 荷物係はハーレイだ。そして交通が不便な上に素敵なホテルや旅館も無いから日帰りコース! 朝一番にぼくの家に集合、そこから瞬間移動で登山口まで」
やったあ、なんだか面白いことになりそうです。登山する日は五月五日と決まりました。そこまでのゴールデンウィークは混雑を避けて会長さんの家をメインにお出掛けにグルメ。
「よーし、登山も頑張るぞー!」
ジョミー君が拳を突き上げた時。
「それって、ぼくも行ってもいいかな?」
「「「!!?」」」
あらぬ方から声が聞こえて、振り返った先に紫のマントのソルジャーが。
「ぼくの結婚証明書とセットものの場所に行くんだってね?」
「セットなだけで関係ないから!」
其処に行っても御利益の類は何も無いから、と会長さんが牽制したのですけれど。
「御利益は別にいいんだよ、うん。…女人禁制だったっけ? 掟破りに挑戦するって聞いてしまうと興味がね…。ぼくの世界じゃミュウは生きているだけで掟破りだけど、こっちの世界にも理不尽な掟ってヤツがあるとはねえ…。それを破りに行くんだったら、是非行きたい!」
おまけに美味しいお弁当つき、とソルジャーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサッと用意したエクレアにフォークを入れながら。
「その上、ぼくの結婚証明書とセットの場所だというのも素敵だ。女子のサポートは手伝うからさ、ぼくも連れて行って欲しいんだけど」
「…君だけだろうね? 流石にイチャイチャするのは絶対アウトだと思うんだけど」
修行の妨げ、と会長さんが睨みましたが、ソルジャーの興味は掟破りの方らしく…。
「ハーレイなんかは連れて来ないよ、ぶるぅもね。それならいいだろ?」
ぼくは掟破りの片棒を担いでみたいだけ、と押し切られてしまい、面子が一名増えました。平穏無事に行けるのかどうか、ちょっと心配になってきたかも…。



こうして決まった女人禁制の結界破り。穏やかな春の日々は順調に過ぎてゆき、ゴールデンウィークが始まりました。予定通りに会長さんの家を拠点に食べ歩きだとか、穴場を探してお出掛けだとか。そうこうする内に五月五日が到来、私たちは朝一番のバスで会長さんのマンションへと。
「かみお~ん♪ ハーレイもブルーも来てるよ!」
「おはよう、今日はよろしくね」
私服のソルジャーの背中には小さなリュック。教頭先生は登山用と一目で分かる大きなリュックを背負っておいでで、にこやかに。
「おはよう。今日は弁当係なのだが、他の荷物も重いようなら引き受けるからな」
「「「ありがとうございまーす!」」」
いざとなったらお任せします、と私たち。けれど私たちのリュックの中身は主にお菓子で、重量軽め。教頭先生の荷物の方もお弁当を食べれば軽くなりますし、登山はきっと楽勝でしょう。
「それじゃ準備はオッケーかな?」
会長さんの声を合図にソルジャーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオンも合わせて発動。パアァッと青い光が溢れて、フワリと身体が浮いたかと思うと…。
「「「……山だあ……」」」
思いっ切り山の中だ、としか言葉が出て来ませんでした。鬱蒼と茂る木々は植林されたものではなくて原生林。石碑がズラリと並んだ先に木を縦横に組み上げただけの門というよりゲートがあって、横に渡された木に『女人結界門』の文字が黒々と記され、あまつさえ…。
「イヤね、看板まであるの?」
スウェナちゃんが不快そうに睨む大きな立て看板には女人禁制の文字だけではなく「この霊山の掟は宗教的伝統に従って女性がこの門より向こうへ登ることを禁止します」とデカデカと。門の脇に建つ背丈の二倍ほどもありそうな石碑にも『従是女人結界』とムカつく文字が。
「ふうん…。これが噂の掟ってヤツかぁ…」
掟は破るために存在するモノ、とソルジャーが物騒な台詞を口にした途端に背後でブオォーッ、と響いた凄い音。すわ何事、と振り向いてみれば山伏の一行がホラ貝を吹きながらやって来ます。ブオォーッ、ブオォーッ、とホラ貝を鳴らす御一行様はスウェナちゃんと私に見向きもせずに。
「…行っちゃった…」
「何も注意されなかったわよね?」
大丈夫なのかしら、と結界の門をくぐって行ってしまった山伏たちを見ていると。
「二人とも男だと思ってるんだよ、さあ行こうか」
会長さんが先頭に立ってスタスタと門を通過し、ソルジャーも。よーし、結界、破ります!



意気揚々と女人結界とやらを破って登山を開始。道はきちんと整備されていますし、ぬかるむ場所には木道なんかも作ってはあるのですけれど。
「…なんかキツイよ、この山、シャレにならないよ~…」
ギブアップしそう、とジョミー君。修行の場所だと言うだけあって山道は険しく、ハイキング気分も吹っ飛びそうです。でもソルジャーも会長さんも涼しい顔で、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も元気一杯。教頭先生と柔道部三人組は言わずもがなで。
「うへえ、まだまだ続くのかよ…」
「頑張って下さい、サム先輩。ジョミー先輩もギブアップにはまだ早いですよ」
もう少し行けば休めそうです、とシロエ君が道沿いの木に括り付けられた小さな看板を指差しました。この先に茶店があるようです。きっと観光地価格だか山価格だかで高いでしょうけど、ジュースとかがあるに違いない、と期待して山道を登ってゆけば。
「「「……なにアレ……」」」
道のド真ん中に建物がある、と私たちの目がまん丸に。正確に言えば建物の中を道が通ると言うべきでしょうか、そこそこ大きな茶店の中央が吹きっ晒しの通路で山道。道の両脇に床几が並んで、山伏さんたちが休憩中です。
「此処じゃ茶店は全部こうらしいよ、嫌でも目に入る仕組みらしいね」
何か飲んでく? と会長さん。せっかくだから、と床几に座ると店員さんが出て来ました。当然ながら女性ではなく、「おや、学校のクラブ活動ですか?」と。教頭先生が引率係に見えるのでしょう。
「学生さんなら安くしますよ、熱いうどんなど如何です?」
ジュースもコーヒーもありますよ、と告げられた値段は予想よりも安い良心価格。一休みして再び登りつつ、値段の安さに感激の言葉を交わしていると。
「そりゃそうさ。スポンサーがついているからね」
会長さんの言葉に『?』マークが乱舞。こんな山の中でスポンサーって…?
「此処の茶店は山を信仰している団体様が経営してるわけ。自分たちの仲間も登るし、他の茶店でお世話にもなる。ぼったくるより「お互い様」の精神なんだよ、頂上の宿坊も安いらしいよ」
二食付きでこのお値段、と聞いてビックリ、お風呂もあると聞かされ二度ビックリ。下界の民宿並みの値段でその仕様ですか! こんな険しい山の上まで物資を運ぶだけでも大変そうなのに…。
「そこが信仰の山たる所以さ、普通の山とは違うんだよ」
「そうだったの…。結界を破って悪いことをしたような気がしてきたわ」
スウェナちゃんが漏らした言葉に私もコクリと頷きましたが、会長さんは片目を瞑って。
「気にしない、気にしない! 理不尽な掟には違いないしね」
さあ、行こう! と足取りも軽く先に行かれると、殊勝な気持ちも何処へやら。女性はお断りだか知りませんけど、とっくに登って来ちゃってますし~!



山道は上に進むにつれてハードになりつつありました。茶店を幾つか通り過ぎた後はついに修行の本場とやらで、鎖を頼りに登る場所やら、とんでもない崖のすぐ側を這うようにして通る場所やら。それでもどうにか広い場所に出て、お弁当タイムになったのですが。
「…何か聞こえた?」
ジョミー君が聞き耳を立て、キース君が。
「悲鳴のようにも聞こえたが…」
何だろう、と顔を見合わせた途端、ギャーッ! と凄まじい悲鳴が木霊。もしかして誰か事故ったとか? それなら大変、と慌てて腰を上げかけると。
「放っておいても大丈夫だよ。あれはそういうヤツだから」
「「「は?」」」
会長さんの妙な台詞に首を傾げる私たち。ソルジャーは悲鳴が聞こえた方を見詰めて。
「なんだい、あれは?」
「ん? いわゆる覗きというヤツだけど」
「「「覗き?」」」
なんじゃそりゃ、と間抜けな声が出てしまいました。覗きと言えば痴漢行為の一種ですけど、こんな山の中で何を覗くと言うのでしょう? 第一、女人禁制とやらで女性はいない筈ですが?
「そういう名前の修行の場所さ。西の覗きと呼ばれていてねえ…。こう、崖から落とされそうな姿勢で修行するわけ。さっきの悲鳴はその結果」
もう少し登れば現場に着くよ、と会長さんが教えてくれました。
「この一帯は表の行場で、一般人でもなんとかこなせるレベルの修行が出来る場所。西の覗きは最難関って所かな。でもねえ、裏の行場ともなると命綱も無しで崖を登ったりする凄い修行が…。そっちは先達の案内がないと立ち入りすらも禁止らしいよ、危なすぎてさ」
「「「………」」」
どんな山だ! と心で突っ込みを入れたくなるほど、表の行場も凄すぎました。女人禁制でも納得と言うか、女じゃ無理な山だと言うか…。会長さんたちの助けが無ければ登ってこられなかったでしょう。なのに裏の行場とやらはこの上を行くと?
「行くねえ、ぼくでもサイオン無しではクリアするのは無理だと思う。…でもさ、それより凄い点はさ、その裏の行場に行くための案内料がさ…」
「「「えーーーっ!!!」」」
なんという良心価格なのだ、と心の底から尊敬しました。お値段、たったのコイン三枚。それも大きなコインではなく、ほんの少し足せば缶ジュースを1本買えるコインが三枚です。信仰だけで持っている山、恐るべし…。



お弁当を食べて元気とエネルギー充填、険しい山道を登ってゆくと『西の覗き』と書かれた道標。これがさっきの悲鳴の場所か、とドキドキしながら歩いていけば。
「「「……スゴイ……」」」
それしか言葉が出ませんでした。目もくらみそうな崖から上半身を突き出した人と、その人を命綱で引っ張る人たちと。ギャーッ! と派手な悲鳴が上がって、それが修行のクライマックス。何人かの団体で来ているらしくて、一人終わればまた一人。仕切っている人は山伏さんです。
「あれってメチャクチャ怖そうだよねえ…」
命綱が切れたら終わりだよね、とジョミー君。上半身を突き出した人の背中を山伏さんがグイッと押しながら何か叫んで、突き出された人は「ハイッ!」を繰り返し、最後がギャーッ! で。
「…俺は間違ってもやりたくないぞ」
キース君が言い、シロエ君が。
「ぼくもです。ああいう趣味は無いですってば」
「だよねえ、ぼくにも無いんだよね。ブルーはやりたい?」
会長さんの言葉に、ソルジャーですらも首を左右に振りました。
「やる方ならともかく、やられる方は勘弁だよ。サイオンも無いのによくやるねえ…」
落ちたら確実に死ぬじゃないか、とソルジャーまでが逃げ腰な修行。けれど山伏さん以外は普通の服装の男性ですから、一般人だと思われます。ホントによくやる、と眺めていると。
「おーい、そこのデカイの!」
山伏さんが大きな声を張り上げました。私たちの方を見て手を振っています。
「お前も一緒にやってやるから、こっちに来ーい!」
「「「???」」」
「聞こえなかったか、デカイあんただよ、あんた、先生か何かだろー! 早く来ーい!」
「…わ、私のことを言っているのか?」
まさかな、と教頭先生が青い顔で周囲を見回しましたが、私たちの他には誰もいません。山伏さんはブンブンと手を振り、早く来るようにと叫んでいます。
「ハーレイ。…せっかくだから体験してみたら?」
会長さんが教頭先生の背中をトンッ! と押しました。
「多分アレだよ、この辺りの通過儀礼だよ。あれをやらなきゃ一人前の男じゃない、って言われる地域があるんだってさ。やれば男になれるかも!」
「そうだね、ブルーに認めて貰える立派な男を目指してみれば?」
応援するよ、というソルジャーの台詞が教頭先生の闘志に火を点けたらしく。
「よし! 私も男だ、やってみるか!」
拳を握って宣言なさった教頭先生。私たちは盛大な拍手を送って、山伏さんの方へみんな揃ってゾロゾロと。教頭先生が一人前の男になれる修行とやらを見届けようではありませんか!



「よしよし、来たか。あんた、学校の先生か?」
山伏さんが綱引きに使うような太い縄を教頭先生の方へと差し出しながら。
「ほれ、ここに両腕を通して肩に掛けるんだ。リュックを背負うみたいな感じでな」
綱の先っぽには輪っかが二つ。教頭先生は綱を背中に背負う形になり、その綱を山伏さんと他の人たちとが引っ張ることになるようです。
「そこの岩に腹ばいになって、ゆっくり前へ。もっと前へと行かんかい! 生徒が見てるぞ!」
教頭先生、おっかなびっくりズルリ、ズルリと腹ばいで前へ。崖の下が見えて来たのかスピードが緩むと山伏さんが「遅い!」と足を蹴飛ばし、とうとう鳩尾あたりまで崖から突き出す羽目に。
「ハーレイもなかなか頑張るじゃないか」
ソルジャーが感心していますけど、会長さんは。
「まだまだ。修行はこれからだしねえ、最後は絶対ギャーッ! と悲鳴が」
間違いない、と会長さんの唇が笑みの形に吊り上がった所で山伏さんが呪文を唱え始めました。サッパリ意味が分かりませんけど、キース君によると真言だそうで。
「確かに寺だな、神社じゃコレは言わんしな…。しかしだ、この先、どうなるんだ?」
キース君の言葉が終わらない内に、山伏さんが教頭先生の足首をグッと掴んで両足を持ち上げ…。
「仕事しっかりやるかっ!」
グイッ! 山伏さんは教頭先生の巨体を3センチほど崖の方へと。すっごーい、力持ちなんだ…。押し出された教頭先生の方は「ハイッ!」と叫んだものの声がすっかり裏返っています。行者さんは更にグイッと押して。
「奥さん大事にするかっ!」
「は、はいっ!」
「「「……奥さん?」」」
いないよねえ、と顔を見合わせる私たち。教頭先生、「はい」と叫んでいましたけれども、奥さんがいるわけありません。会長さんに片想い一筋三百年以上、どうして「いいえ」と正直に答えないのだろう、と思いましたが、その次は。
「浮気したらいかんぞ!」
「は、はいっ!」
まあ、これは間違ってはいないでしょう。浮気以前に本命すらもいないんだけど、などと笑い始めた私たちは見物モードに入っていました。教頭先生、どんな質問にもひたすら「はい」のみ。あの状況で「いいえ」と答える度胸は無いのかも…。あっ、山伏さんが教頭先生を引き上げています。
「よーっ…」
なんだ、つまらない。悲鳴も上げずに終了なんだ、と思った途端。
「しゃーーーっ!!!」
よっしゃ、の「しゃー!」に合わせて山伏さんは教頭先生を押し、両手を離したのでした。



ギャーーーーーッ!! と響き渡る野太い悲鳴。教頭先生、真っ逆さまに落ちてゆくかと思われましたが、そこで出ました、命綱。ピーン! と張り切った綱が教頭先生の落下を食い止め、岩の上へとズルズルズル。
「…………」
引き上げられた教頭先生は完全にへたり込み、どうやら腰が抜けている模様。けれど山伏さんは笑顔で教頭先生の肩をポンポン叩くと。
「良かったな。…これであんたも男になったぞ」
「……そ、そう…でしょうか……」
辛うじてそう答えるのが精一杯な教頭先生に、山伏さんは。
「ああ、一人前の立派な男だ。これからは何でも死んだ気でやれよ!」
じゃあな、と手を振り、山伏さんと御一行様はホラ貝をブオォーッ、ブオォーッと吹き鳴らしながら山頂目指して去ってゆきました。さて私たちも、とリュックを背負い直したものの。
「…本気で腰が抜けたって?」
会長さんが呆れ果てた顔で教頭先生を見下ろしています。
「まだこの先は長いんだけど! どうせなら山頂まで行きたいんだけど!」
「…す、すまん、私は置いて行ってくれ。帰りにも此処を通るのだろう?」
とても立てん、と泣きの涙の教頭先生。
「…一人前の男にはなれたらしいが、どうにも腰が立たんのだ…」
「腰は男の命じゃなかったっけ? まあいいけどねえ、好きにすれば?」
それじゃサヨナラ、と冷たく言い放った会長さんはスタスタと山伏さんたちが去った方向へ。教頭先生を放置してゆくのは気が引けますけど、女人禁制の山へ遊びに来ることなんて二度と無いかもしれません。いえ、あったとしたってこの山道を再体験したいとは思いませんし…。
「行くか、迷子になる前に」
キース君が歩き出し、サム君も。
「一本道だとは思うんだけどよ、鎖場とかだと迂回路ついてることもあるしな…」
「そうです、はぐれたらおしまいですよ!」
遭難コースまっしぐらです、とシロエ君。私たちは教頭先生が背負っていた荷物から必要なペットボトルなどを取り出し、ご本人は見捨てることにしました。懸命に手を振ってらっしゃいますけど、どうせ帰りに拾うんですから今は前だけ見てれば充分!



山の頂上まで頑張って登って、立派な宿坊で一休み。スウェナちゃんも私も女とはバレず、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「こんなに小さいのによく登れたな」と褒められてアイスキャンデーを貰って御機嫌。私たちも良心価格の狐うどんを食べ、それから下山で…。
「いた、いた! ハーレイ、腰は治った?」
「あ、ああ…。まあ、なんとかなったな」
西の覗きの断崖の傍で涙の再会とはいきませんでした。会長さんは教頭先生を「荷物持ちを放棄して居残った腰抜け」と罵倒しまくり、ソルジャーが「男になったんだから許してあげれば?」と言っても聞く耳を持たず…。
「ふん、バカバカしい! あの程度で腰が抜けるなんてね、男が聞いて呆れるし!」
男なら根性で覗きに耐えろ、と下りの道をズンズンと。
「覗きってヤツはやり遂げてなんぼで、それでこそ男と言えるんだよ! 腰を抜かして歩けません、なんか男の内には入らないっ!」
女人結界にでも引っ掛かってろ、と言いたい放題、罵り放題。
「あーあ…。こっちのハーレイ、結果的には男を下げたねえ…」
気の毒に、とソルジャーが首を振りつつ溜息。
「掟破りの楽しい登山に同行させて貰った御礼に、ハーレイを助けてあげたいけれど…。覗きにはやっぱり覗きだろうか?」
「「「は?」」」
「覗きかなぁ、って言ってるんだよ。覗きで潰れたハーレイのメンツってヤツを取り戻すんなら覗きじゃないかと思うんだけどね?」
「ダメダメ、それじゃ恥の上塗り!」
二度目をやっても結果は同じ、と会長さんには取りつく島もありません。
「最後にドーンと突き落とされる、と分かっていたって腰は抜けるかもしれないし? そうなったら恥の上塗りな上にぼくの愛想も今度こそ尽きる」
今はまだ荷物持ちを続けさせる程度には残っているんだけどね、と会長さん。教頭先生の大きなリュックには私たち全員のリュックが器用に縛り付けられていました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が瞬間移動で紐を運んで頑張ったのです。
「全員分の荷物を背負って登山口まで! そこまで下りたら腰を抜かした分は帳消し、愛想もいつかは復活するさ。そのつもりでガンガン歩くんだね。分かった、ハーレイ?」
「…わ、分かっている…。不甲斐ない男で本当にすまん」
ションボリとした教頭先生を最後尾に据え、私たちの女人結界突破の登山は無事に終了。帰りは瞬間移動で楽々、会長さんの家まででしたが…。



「「「え?」」」
登山が楽しい思い出になった一週間後の放課後のこと。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で味噌餡シフォンケーキに舌鼓を打っていた私たちの目が見事に点に。
「だからさ、ハーレイの名誉挽回のための計画だよ!」
これでも色々考えたのだ、と熱弁を奮う別の世界からのお客様。ソルジャーは味噌餡シフォンを美味しそうに食べ、紅茶もしっかり味わいながら。
「…覚えてないかい、山を下る時に言ってただろう? 覗きにはやっぱり覗きかなぁ、って」
「その案は却下した筈だけど? ハーレイに二度目のチャンスを与えようって気持ちも無ければ、二度目のチャンスで挽回できる可能性も殆ど無いってね」
今度も却下! と会長さんは即座に切り捨てましたけれども。
「ダメダメ、人の話は最後まで聞く! 誰もあそこで覗きをしろとは言っていないし!」
「「「は?」」」
ソルジャー、教頭先生に覗き修行をもう一度、とか言いませんでした? あそこでなければ何処に覗き修行があるのでしょう? ん…? もしかして、その覗きって…。
「おい。もしかしなくても裏なのか?」
キース君が私が思ったのと同じ考えを口にしました。
「確かあそこは表の行場で、裏の行場もあるんだったな? そっちに覗きがあると言うのか?」
「ああ、うん…。裏には違いないねえ」
「先達無しでは行けないとブルーが言っただろうが! 宿坊にもそう書いてあったぞ!」
うんうん、と頷く私たち。休憩した山頂の宿坊の受付に張り紙があったのを覚えています。「裏の行場、先達案内のお申し込みはこちら」の文字と、良心価格にもほどがあるコイン三枚分の料金。お値段は確かに安いですけど、またあそこまで行くんですか?
「そう、先達は必要だよ。…でないと絶対、遭難するしね」
「あんたな…。教頭先生を何だと思っているんだ、表の行場でもあの有様だぞ? 裏ともなれば更にハードな修行らしいし、どうなるか結果は目に見えている!」
俺は絶対反対だ! とキース君が拳でテーブルを叩き、会長さんも。
「ぼくも無駄だと思うけどねえ? それに付き合い登山も嫌だ。君が証拠に動画を撮ってくるなら一万歩譲って許すけど…。でも、腰が抜けたら名誉挽回どころか汚名の方を挽回だよ?」
それで良ければ、と会長さんが渋々言えば、ソルジャーは。
「動画かい? 任せといてよ、しっかり撮るから! ぶるぅはあんまり器用じゃないから手ぶれするかもしれないけどね」
「「「へ?」」」
どうして其処で「そるじゃぁ・ぶるぅ」? それに器用だと思うんですけど?



お料理上手で家事万能の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は良い子で器用。動画撮影の腕前はさておき、器用じゃないと断言するとは如何なものか。私たちが口々に文句をつけると、ソルジャーは。
「誰がこっちのぶるぅって言った? ぼくの世界のぶるぅは不器用!」
「なんでそっちが出て来るのさ?」
会長さんの問いはもっともでした。裏の行場へ出掛けてゆくのに「ぶるぅ」は不向きと思われます。先日の登山に来ていませんから地理不案内な上、大食漢で悪戯好き。先達さんや教頭先生に悪戯をしたらそれこそ事故が…。
「事故は想定しているよ。流血沙汰も覚悟の上だし、その辺は特に問題無いけど?」
「大ありだってば!」
ニュースになったらどうしてくれる、と会長さん。
「あそこじゃ時々事故があるんだ! 表の行場の方でもね。西の覗きも死亡事故が二件ほどあったって聞くし、本当にシャレにならないから! 下手したらぼくの責任になるし!」
なにしろ君にソックリだから、と会長さんはソルジャーを睨み付けましたが。
「ソックリな所がポイント高いと思うんだけどねえ、覗き修行は…。君そっくりのぼくと、ハーレイそっくりのぼくのハーレイ! それをキッチリ覗き見してこそ男が上がると!」
「「「は?」」」
ま、まさか覗きって…覗き見ですか? 修行じゃなくて?
「違うよ、立派な修行だってば! こっちのハーレイ、ずっと昔にヘタレ直しの修行をするって覗き見しに来ていただろう? あれと同じでヘタレ直し! 最後まで見られたらヘタレ返上!」
それでこそ男、と拳を握り締めるソルジャーが推奨していた覗きは、よりにもよって大人の時間の覗き見でした。ソルジャーとキャプテンのベッドを覗き見するのだそうで…。
「ほら、青の間のベッドは上に天蓋があるだろう? あそこに登って腹ばいになれば縁から覗き込めるんだ。この間の西の覗きみたいに命綱をつければ気絶したって大丈夫!」
無様に落っこちることはない、とソルジャー、力説。
「無事に最後まで見届けられたら男も上がるし、ブルーとの結婚生活に向けての希望ってヤツも出て来るさ。今のヘタレじゃ童貞返上も難しそうだし、ここは一発、覗き修行で!」
「「「………」」」
誰もが口をパクパクさせる中、会長さんが声を震わせて。
「そ、それじゃ先達って言っていたのは…」
「ぶるぅだけど? 覗き見一筋、そっちの道ではもはや達人! ぼくのハーレイにバレないように覗き見するのも得意になったし、こっちのハーレイの修行の手伝いにピッタリかと!」
命綱の長さも「ぶるぅ」にお任せ、とソルジャーはすっかりその気になっていました。そして…。



「分かってたんだよ、こうなるってことは」
この前の修行を超える恥の上塗り、と冷笑している会長さん。私たちは会長さんの家のリビングでソルジャーが「ぶるぅ」に撮らせた動画とやらを再生中。
「…やっぱりダメダメ認定かい?」
覗きはハードルが高すぎただろうか、とソルジャーは大きな溜息を一つ。
「本人はやる気満々だったんだけどね…。ぶるぅもベストなポジションを見付けて命綱つきで案内したのに、ふと見たら失神してたらしくて」
「君が自分で言ったんじゃないか、流血の惨事も有り得ると!」
そして動かぬ証拠が此処に、と画面を指差す会長さん。
「うつぶせのままでピクリともしないし、何処から見ても鼻血だろ? でもって絶賛失神中! 何処をプリントアウトしようか、ハーレイを脅す道具としてね」
「「「脅す?」」」
「そう! ぼくへの妄想をこじらせた挙句に覗きに出掛けてバレました、の図! これをネタにとことん毟り取る! 慰謝料代わりに!」
よくもノコノコ覗きなんかに…、と吐き捨てるように言う会長さんは深く静かに怒っていました。教頭先生、本物の修行の覗きで腰を抜かしてしまったばかりに裏ビデオならぬ裏の世界な大人の時間の覗きの修行。挙句の果てに会長さんに弱みを握られ、搾取される末路になろうとは…。
「「…覗きってコワイ…」」」
「本物も偽物も怖いようだな」
南無阿弥陀仏、と合掌しているキース君。そういえば本物の覗き修行はお寺のある山、気の毒すぎる教頭先生に仏様の御加護がありますように~!




         覗きで修行を・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 教頭先生がやる羽目になった覗きな修行と、今どき女人禁制なお寺はモデルあります。
 山伏さんの修行で有名、熊野古道にある大峰山。チャレンジしたい方はどうぞです。
 シャングリラ学園、来月は普通に更新です。いわゆる月イチ。
 次回は 「第3月曜」 8月15日の更新となります、よろしくです~!

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、7月は、お盆を控えて卒塔婆書きに忙しいキース君と…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv








(ふふっ)
 綺麗だよね、とブルーは星の形の砂糖菓子を一つ、摘んで眺めた。
 父に貰った色とりどりの金平糖。会社の誰かが何かのお祝いで配ったらしい。模様が綺麗だった陶器の器は母が貰って行ったけれども、金平糖はブルーが貰った。
 透明な袋の中に詰まった砂糖菓子。手のひらに収まってしまうほどの小さな袋でも、可愛らしい金平糖の数は沢山ありそうだ。一つ一つが指先よりも小さいのだから。



(星の形かあ…)
 金平糖は幼い頃から食べて来たけれど、前世の記憶を取り戻してからはこれが初めての出会い。以前は何とも思わなかった星の形が、今ではまるで違って見える。
(前のぼくが見てたら大感激だよ)
 星の形をしたお菓子。ツンツン尖った角を生やした、沢山の色がある砂糖菓子。
 金平糖がシャングリラにあったら、喜ばれただろうと思うけれども。
(無かったんだよね…)
 こういう砂糖菓子は無かった。
 口に入れてみれば暫くの間はキャンディーのようで、やがてホロリと崩れてゆく。甘くて儚い、束の間の夢を思わせる菓子。
 一粒だけでは物足りないから、一つ摘んで、またもう一つ。
 今までに食べた金平糖には一袋まるごと同じ味のもあったけれども、様々な味のものが詰まった袋の方が好きだった。
 どれを食べようか、次はどれかと選べる楽しさ。ソーダ味やら、レモン味やら、他にも色々。



(シャングリラにもあれば良かったのに…)
 きっと子供たちに人気があったことだろう。
 子供好きだったゼルのポケットにも常備されたに違いない。
(ポケットの中には金平糖が一つ、ってね)
 ゼルが得意だった、サイオンを使ったちょっとした魔法。
 大勢の子供たちに取り巻かれる中、マントの上からポケットをポンと叩いてお菓子を出した。
「ポケットの中には金平糖が一つ、ポケットを叩くと金平糖は二つ…」
 ブルーはゼルの真似をして懐かしい歌を歌ってみた。
 元の歌詞では金平糖ならぬビスケット。ゼルもチョコレートなどに替えて歌っては、歌いながらポケットをポンと叩いた。其処から次々に出て来る菓子。子供たちが歓声を上げていた菓子。
(金平糖があったら喜ばれたのに…)
 夜空に輝く星の形の砂糖菓子。雲海に潜むシャングリラからは見られない星。
 シャングリラに迎えられて間もない頃の子供たちは星を見たがったものだ。
(どうしてシャングリラには空が無いの、って訊いた子供もいたっけね)
 夜空どころか、青い空さえも何処にも無かったシャングリラ。雲海しか見えないシャングリラ。
 子供たちはいつしか本物の星を忘れてしまって、天体の間で星を仰いでいた。
 映し出される地球の星座を、作り物の夜空を仰いでいた…。



 もしもシャングリラに金平糖があったなら。
 星の形をした金平糖が常にあったら、子供たちは本物の星を覚えていてくれたろうか?
 夜を迎えれば暗くなる雲海。
 暗くなった雲の上には幾つもの星が瞬いていると、夜には星が輝くものだとシャングリラの外の世界を懐かしく思い出してくれただろうか。
 その星々が広がる宇宙の何処かに地球があることも、いつかは其処へ旅立つのだとも。
(金平糖はただのお菓子だけれど…)
 閉ざされた世界だったシャングリラの中なら、たった一粒の金平糖で夢を見られた。
 夜空に輝く本物の星に思いを馳せ、遠い地球までも。
 子供たちだけでなく、大人たちだって金平糖に夢を見ただろう。
 いつか地球へと、星々が輝く宇宙を渡って青い地球へと。



(あれば良かったのにね、金平糖…)
 砂糖菓子だから簡単に作れただろうと考えるけれど、シャングリラには存在しなかった。
 前の自分も金平糖を知らなかった。
 あの時代にはきっと作られておらず、何処にも無かったに違いない。
 けれど…。
(あったら夢のお菓子だったよ、星の形の)
 ハーレイも同じように思ってくれるだろう、と恋人の姿を思い浮かべた。
 シャングリラのキャプテンだった恋人。
 船の仲間を気遣い続けた彼ならばきっと、金平糖に同じ思いを抱いてくれる。
 星の形の菓子は夢があると、シャングリラにもこれが欲しかったと。



 次の日の夕刻、仕事帰りのハーレイが訪ねて来た。
 夕食の支度が出来るまでの間、ブルーの部屋でお茶とお菓子を前に過ごすのが習慣だから。窓の側のテーブルを挟んで向かい合わせに座る間に、ブルーの瞳が金平糖を捉えた。
 勉強机の上に置いてあった金平糖。父に貰った小さな袋。
 そうだ、と思い出し、取って来てハーレイに「ほら」と袋ごと差し出してみれば。
「金平糖か…。これがどうかしたか?」
「シャングリラにあったら良かったと思わない?」
 星の形のお菓子だよ。きっと子供たちに人気があったよ、大人でも喜んでくれたと思う。
 だって星だよ、いつかは地球まで星の海を渡って行くんだよ?
「ああ、まあ…な」
 予想に反して、ハーレイの反応は鈍かった。しかも嬉しそうな顔には見えない。
「どうかした?」
「…いや、その…」
 困ったような顔をするから、ブルーはもう一度念を押してみた。
「星のお菓子だよ、星の形だよ?」
 とても素敵なお菓子じゃないかと思うんだけど。
 ハーレイは金平糖、あれば良かったとは思わないの?



 星の形の金平糖。夢が広がる砂糖菓子。
 何故ハーレイは直ぐに賛成してくれないのか、とブルーは首を傾げたのだけれど。
「そういえばお前は知らないのか…」
 ならば無理もないか、と呟くハーレイ。
「何を?」
「思考機雷だ」
「…思考機雷?」
 金平糖とはおよそかけ離れた代物だけに、ブルーの瞳は真ん丸になった。
 思考機雷とは何だろう?
 確かに自分は知らないけれども、どうしてそれが出て来るのだろう?
 ポカンとするブルーに、ハーレイが「あれはな…」と苦々しい顔で語り始めた。



「思考機雷というヤツはだ。前の俺たちのために作られたような物騒な…」
 いや、俺たちのためだろうな。
 その名の通りだ、思考能力を持った機雷だ。目標を自分で探すんだ。
 宇宙に適当に放ってあってな、サイオンを感知すると寄って来るという厄介なヤツだった。
 恐らく普通の宇宙機雷にサイオン・トレーサーを載せたんだろう。
「それが?」
「少しばかりこいつに似ていたな、と」
 金平糖だけでは思い出さんが、シャングリラと言われたら思い出した。
「どんな形?」
 ブルーの問いに「こうだ」とハーレイが手に触れて思念で送り込んで来た形。
 金平糖とはまるで似ていない、球体に棘のようなアンテナが何本か生えているだけの思考機雷。
「これが金平糖って…。そんなに似てる?」
「似ていないか?」
「うん」
 どっちかと言えばウニに似てるよ、真っ黒だし。
 だけど金平糖もウニも、思考機雷よりもずっと沢山、角とか棘がありそうだけど…。



 全然違う、とブルーは金平糖と思考機雷が似ていないことを指摘した。
 するとハーレイは苦笑いをして、「客観的には別物なのか」と金平糖の袋を指先でつつくと。
「…なら、アレだ。俺のトラウマってヤツなんだろうな」
 散々な目に遭わされたからなあ、あちこちで。
 人類軍のヤツら、至る所にこいつをバラ撒いて俺たちが網に引っ掛かるのを待っていたしな。
「ハーレイ、そんなに苦労したわけ?」
「苦労したとも。サイオン・キャノンで撃っても撃ってもキリが無いしな」
 大抵はワープで逃げてたんだが、そのワープさえも間一髪って時があったさ。
 こいつに囲まれ、後ろからは人類軍の船が追って来やがる。
 しかも前には三連恒星と来たもんだ。凄い重力場で、もう太陽に投身自殺以外に無いってな。
 重力の干渉点からワープして辛うじて逃げ延びたんだが、後でゼルたちから吊るし上げだ。
「三連恒星って…。聞いていたけど、あの時ってコレに追われてたんだ?」
「お前はのんびり寝ていたがな」
 俺が頑張らなきゃ、前のお前もあそこでおしまいだったわけだが。
 ベッドで寝たまま天国行きだな、何が起こったかも分からないままで。



「そっか…。ハーレイ、思考機雷で苦労したんだ」
 金平糖も嫌いになるかも…、とブルーは溜息をついたのだけれど。
「安心しろ。今の俺は別に嫌いじゃないぞ?」
 思考機雷さえ思い出さなきゃ、金平糖は可愛い菓子だ。
「ホント?」
「今の俺たちが住んでる地域の菓子だからなあ、愛着もあるさ」
 これぞ日本の菓子ってな。伝統ある文化の一つだ、うん。
「金平糖って、古典に出て来る?」
「出て来ないことも無いが、縁が深いのは歴史の方だな」
 金平糖ってヤツは、うんと昔に他の地域から来た菓子なんだ。
「これって、日本のお菓子じゃないの?」
「日本の菓子だが?」
「でも、他所からって…。他の地域から来たお菓子だ、って」
「他所から伝わった菓子ではあるが、だ」
 独自の発展を遂げたわけだな、この地域で。
 その点、前の俺たちと少し似ているかもしれないな。
 シャングリラは元は人類の船だったんだが…。
 人類の船にはサイオン・キャノンも、ステルス・デバイスも全く無かっただろうが。



 元になった船に改造を重ね、形状はおろか、機能さえも別の物に変わったシャングリラ。
 備えられていたサイオン・シールドは人類の船には無かったという。
 地球を目指しての最後の戦いに挑んだ時さえ、人類軍の艦船はシールドを持たなかったと。
「そのせいで旗艦が危なかったようだな、傍受していた通信では」
「そうだったの?」
「うむ。操縦不能に陥った船が激突しかけたのを、他の船が砲撃して破壊し、防いだ」
「…味方なのに?」
 酷い、とブルーは思ったけれども、戦争というのはそうしたもの。
 シールドを開発しておかなかった人類軍だから、味方の船でも撃つしか無かった。
 シャングリラならば、そういう時でもシールドで受け止められるのに。
 味方の船なら壊すことなく、そのまま収容可能だったのに…。



 まるで違った機能を備えた船になってしまったシャングリラ。
 独自の発展を遂げて変わったシャングリラ。
 金平糖が他の地域から来て、日本で発展していったように。日本の菓子に変わったように。
「前のぼくたちって、シャングリラを金平糖みたいに変えちゃったんだね」
「そうだな、まさに金平糖だな」
 元になったものより凄くなった、というのが金平糖にそっくりだ。
 金平糖の元になった菓子を作っていた地域。
 其処ではSD体制よりもずっと前には、ちゃんとそいつを作ってた。
 この辺りが日本だった時代に、元になった菓子も金平糖と同じように存在してたんだが、だ。
 どういうわけだか、そいつには綺麗な角が無くって、こんな風に見事な星じゃなかった。
 一本だけ妙に長くなったり、星みたいに尖っていなかったり、とな。
「へえ…!」
「不思議だろう?」
 そのせいで金平糖は他の地域への土産物に喜ばれるという面白いことになっていたんだ。
 自分の住んでいる所に元になった菓子があるというのに、喜んで買って帰るのさ。
 これは凄いと、日本には綺麗な菓子があるな、と。
 金平糖は日本で進化したんだ、元の菓子より優れた菓子にな。



「元のお菓子より凄いお菓子になっちゃったんだ…」
 ブルーは金平糖の袋をまじまじと見詰め、それからポンと手を打った。
「金平糖って、なんだかミュウみたいだね」
「ミュウ?」
「うん。人類から派生した新人種がミュウってわけだったんでしょ、結局のところ」
 前のぼくは知らずに死んじゃったけど。
 前のハーレイは地球で見ていたんでしょ、キースの発表。
 ミュウは進化の必然だった、っていう歴史的な映像が流れた時には地球に居たでしょ?
「あの映像なあ…。あれは驚いたな、俺たちは単なる異分子なんだと思っていたしな」
 まさか人類から進化したとは思わなかったさ。
 前の俺はその後を何も知らんが、キースのメッセージのとおりになったな。
 今はミュウしかいない世界で、人間はみんなミュウへと進化しちまったってな。
 なるほど、人類が金平糖の元になった菓子で、ミュウが金平糖だってか。



 あの時代には元の菓子と金平糖とが混ざっていたのか、とハーレイは笑う。
 金平糖はまだまだ数が少なくて、元の菓子だった人類の方が幅を利かせていた時代なのか、と。
「そうなってくると、前のお前は完成された金平糖だったというわけだな」
 何と言っても最初は一人しかいなかったタイプ・ブルーだ。
 サイオンだって最強だしな?
「どうだろう?」
 ミュウなら誰でも完成品の金平糖だろうと思うけど…。
 きっと味だけの問題じゃないかな、タイプ・ブルーだからソーダ味とか。
 この袋の水色の金平糖はソーダ味だよ、水色がタイプ・ブルーだよ。
「そうなると俺はメロン味か?」
 此処に緑のが入っているが…。こいつはメロン味だったか?
「うん、メロンだった。ゼルはタイプ・イエローだから黄色だね」
 黄色の金平糖はレモンだったよ、レモン味がゼル。
「エラはイチゴだな?」
「うん、赤いのはイチゴ」
 タイプ・レッドはイチゴ味だよ、これがエラの金平糖だけど…。
 でも…。



 でも、とブルーは金平糖の袋を眺めた。
「だけど他にも色が沢山、味も色々入っているから…」
 シャングリラのみんなが金平糖なら、みんなの数だけ色があったかも。
 サイオン・タイプで分けるだけじゃなくて、みんなの個性。
 金平糖だって、どれも星の形に見えるけれども、よく見てみたら全部違うよ?
 おんなじ形でそっくり同じってわけじゃないもの、型で作ってるわけじゃないしね。
「そういうものかもしれないなあ…」
 見た目は同じ金平糖でも、みんな何処かが違うってな。
 それでこそ立派な人間ってわけで、機械に管理されてた人類とは事情が全く違う。
 人類は記憶まで機械に書き換えられては、都合のいいように動かされていた。
 時には文字通り捨て駒にもされた。
 今のお前なら知っているだろ、ジョミーの幼馴染だったサムがどうなったのか。
 あんな風に機械に使い捨てられるヤツがいたって、人類ってヤツは機械に縋った。
 もっとも、それもジョミーとキースが終わらせたがな。



 忌まわしい時代はとっくの昔に終わっちまったな、とハーレイの目が細められて。
「知ってるか?」
 綺麗な金平糖が出来るまでには、うんと時間と手間とがかかる。
 核になるほんの小さなザラメに何度も何度も糖蜜をかけて、少しずつ大きくしてゆくんだ。
 一日かけてたったの一ミリ、それだけしか大きくならないそうだ。
 出来上がるまでの間、せっせと糖蜜をかけて育ててやって。
 ようやくこうして袋に詰まって、俺たちの所へ来るってわけだな。
 前の俺たちは長い長い時間をかけてミュウの存在を認めて貰えたわけだし、時間と手間って点を考えたとしても金平糖だと思わないか?
 核になったのはザラメじゃなくって、前のお前で。
 せっせと糖蜜をかけて育てていたのもソルジャーだった前のお前だ、金平糖を作ってたんだ。
 ミュウは元々、金平糖だったかもしれないが…。
 前のお前が店に出せるような立派なサイズに育てました、ってな。
 お前がいなけりゃ、俺たちは地球まで辿り着けずにナスカで終わりになってたただろう。
 せっかく生まれた金平糖でも、元の菓子よりも立派になる前におしまいだったさ。



「うーん…。金平糖だけで、そんなに大きな話になるの?」
 壮大すぎるよ、とブルーは首を竦めた。
「ぼくは星の形のお菓子だな、って単純に思っただけなんだけど」
 シャングリラにあったら良かったよね、って。
 星の形のお菓子があったら、きっとみんなが喜んだよね、って…。
「金平糖を復活させた切っ掛けは前のお前だろ?」
「えっ?」
「前のお前がメギドを沈めなかったら、青い地球だって無いってな」
 地球が蘇らなきゃ、地球の文化だって戻って来ない。
 此処に日本って地域は無くって、死に絶えた星の荒れ果てた砂漠だっただろう。
 そんな所に人は住めんし、金平糖だって出来ないままだ。
 星の形の金平糖はお前のお蔭で蘇って来た。
 ミュウっていう名の金平糖をだ、せっせと育てた前のお前のお蔭でな。



 金平糖も、金平糖のようなミュウたちも。
 前のブルーが始まりになって此処にあるのだ、とハーレイは言う。
 ソルジャー・ブルーだった頃のブルーがいたから、青い地球とミュウが住む世界があるのだと。
「前のぼく、そこまで偉かったかな?」
「今でも伝説の英雄だろうが、ソルジャー・ブルーは」
「そうなんだけどね…」
 ぼくにあんまり自覚はないや、と小さなブルーはクスッと笑って金平糖が詰まった袋を開けた。紅茶のカップをテーブルに置いて、空いたソーサーに金平糖の粒をコロコロと落とす。
 夕食に差し支えが出ない程度に、ハーレイと二人でつまむ分だけ。



「それで、ハーレイ。この金平糖、今でも思考機雷だと思う?」
 どう? と問われたハーレイは「いいや」と笑顔でブルーに応えた。
「ミュウだな、という気がするな」
 こいつがエラで、こいつがブラウで。
 ハーレイの褐色の指が金平糖を指す。それぞれのサイオン・カラーの色の。
「それじゃ、こっちはゼルにヒルマン?」
 ブルーが真似ると、「うむ」と満足そうに頷くハーレイ。
「そんな感じだ、こいつはシドかもしれないな。こいつがリオで」
 でもって、これがヤエでルリかな。
 キムにハロルド、トキにショオンに、カリナにニナだな。



 ハーレイの大きな指が指し示す度に、ソーサーの上にシャングリラの仲間が増えてゆく。
 前のブルーは子供時代しか記憶に無いような者たちの名までが金平糖につく。
 サイオン・カラーで選んでいたのは最初の内だけ、後は個性を考えて決めているのだろう。
 仲間の名前がついてしまった金平糖では食べられないかも、とブルーは悩んだのだけど。
「気にせずに食っていいんじゃないか?」
 ハーレイが片目をパチンと瞑った。
「俺たちは青い地球にいるんだ、その俺たちの血肉になったら無事に地球まで御到着ってな」
 だが、まあ…。
 第一号に誰を食うかって話になったら、俺はゼルから食っちまうがな。
 勝敗がつくよりも前にお互い死んじまったし、此処で頭からバリバリと食うさ。
「あははっ、頭からなんだ?」
「別に尻からでもかまわんがな」
 金平糖には尻も頭も無いだろうが。
 こうして口に放り込んだら、ゼルを丸飲みにも出来るってな。



 ハーレイは喧嘩仲間のゼルの名を付けた金平糖をつまみ、口にポイッと放り込んでしまった。
(食べちゃった…!)
 舌触りを楽しんでいるらしいハーレイを見ながら、ブルーは悩む。
 仲間の名前の金平糖を食べれば彼らが地球に着くと言うなら、自分はどれを食べるべきだろう?
「食わないと俺が食ってしまうぞ、次はシドにするか」
「えーっと、ぼくは…」
 誰にしようか、とブルーは頭を悩ませた。
 ソーサーの上の色とりどりの金平糖。
 シャングリラで暮らした仲間たちの名をハーレイが付けた、星の形の砂糖菓子。
 金平糖に仲間の名前が付くとは思わなかったと、ミュウに似ているとは思わなかった、と。
 元になった菓子よりも進化したという金平糖。
 星の形の砂糖菓子が辿った歴史と、ミュウの歴史が似ていたとは、と。



「ブルー、いいのか?」
 食わないんだったら、次はヒルマンを食うが。
「あーっ!」
 ヒルマンのサイオン・カラーの金平糖がハーレイの口の中へと消えた。
 キャプテン・ハーレイの飲み友達だった、いつも穏やかだったヒルマン。
「食わないお前が悪いんだ。うん、ヒルマンもなかなか美味いぞ」
「そうなの?」
「ゼルには負けていないってな。こいつはブラウも期待出来そうだ」
「ブラウも食べるの!?」
 ぼくの分は、と決めかねている間にハーレイはブラウと名付けた金平糖を口へと。
 次のターゲットはエラらしい。「イチゴ味だっけな」とブラウを食べながら尋ねるハーレイ。
(エラまで食べられちゃったら、ぼくの知り合い…)
 リオとかシドとか、と迷う端からハーレイの指につままれ、ヒョイヒョイと消えてゆく金平糖。
「うむ、どの金平糖も実に美味いな」
 いい味だ、と笑顔のハーレイに全部食べて貰うのもいいかもしれない、とブルーは思った。
 シャングリラを地球まで運んだハーレイ。
 金平糖の仲間を青い地球まで運ぶ役目は、ハーレイにこそ相応しいかもしれないと。



(だって、ハーレイ、キャプテンだしね?)
 ソルジャーだった自分は地球まで行けなかったし、仲間に地球を見せられなかった。
 けれどハーレイは地球に辿り着き、キャプテンの役目を全うして逝った。
 だから金平糖になった仲間たちもハーレイに任せておこう、と微笑むブルーにハーレイが訊く。
「おい、ブルー? 本当に全部食っちまうぞ?」
「いいよ、キャプテンはハーレイだから」
「はあ?」
「仲間を乗っけた船を運ぶのはハーレイの役目!」
 運んであげてよ、青い地球まで。
 みんな一緒に、青い地球まで運んであげてよ。
「そういうことか…。責任重大って気になるじゃないか、金平糖で」
「ハーレイがミュウに似てると言い出したんだよ、金平糖!」
「お前だろ? 俺が似ていると言ったのは思考機雷で…」
 言った、言わない、と言い争いながら、金平糖がまだ沢山詰まった袋を二人で眺めて笑う。
 青い地球まで二人で来たから喧嘩も出来ると、つまらないことで喧嘩が出来ると。
 ソルジャー・ブルーもキャプテン・ハーレイも、もう今はいない。
 そっくりな姿形の二人が金平糖を巡って言い争いをし、笑い合うだけ。
 星の形の砂糖菓子。
 金平糖がごく当たり前にある、青い地球の上のブルーの家で…。




          金平糖・了

※お菓子の金平糖を眺めたら、思考機雷を思い出してしまったのがハーレイ。
 けれど金平糖は個性的でもあるお菓子。ミュウの仲間たちのようにも見えるのです。
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(制服かあ…)
 ママに渡して来ちゃったけれども、今日、学校で配られたもの。冬用の制服の販売のお知らせ。秋の間に注文しておけば、冬までに渡して貰える仕組み。
 学校の制服には三種類あって、夏用と冬用と、春と秋に着る合服と。身体が丈夫だったら夏服と冬服があれば充分、シャツの袖丈とか上着の脱ぎ着でちゃんと調節出来るんだけど。
 ぼくみたいな子は冬の厚手の制服を春や秋に着てたら熱を出しちゃうし、着ないと冷えすぎて風邪を引いてしまう。そういう子供のための合服、冬服よりも薄めの生地。
(だけど…)
 買って貰えそうもない、今の合服より大きなサイズになった冬服。ママはお知らせのプリントを見るなり、「ブルーのサイズは今のでいいわね」って。
 ぼくの背丈は伸びてないから。入学したての春の頃から、一ミリも伸びていないから。



(制服のサイズ…)
 勉強机に頬杖をついて、ぼくは大きな溜息をついた。
 こんな筈ではなかったのに。夏休みが終わった頃には小さくなっている筈だった合服。まだまだ背丈は伸びるだろうから、秋の間に大きいサイズで注文出来ると思った合服。
(春のがそのまま着られるだなんて…)
 おまけに次のシーズン用の冬服までが春と全く同じサイズで注文されてしまいそう。ぼくの背が伸びてくれないから。百五十センチのままで伸びないから。
(予定と全然、違っちゃってる…)
 秋には作れると思った合服。冬服のサイズは秋の合服よりも大きいサイズになると思ってた。
 サイオンが外見に影響し始める年頃だから、制服の注文は季節ごと。夏休みの間にグンと伸びた子は、夏休み明けに新しいサイズで合服を作っていたりする。
 ぼくもそうなると思っていたのに、春に作った合服のまま。冬服の注文の季節になっても、まだ新しいサイズを着られる背丈にならない。



(…最悪だよ…)
 来年の春には合服を新しいサイズにしたいんだけど。大きなサイズのが欲しいんだけど。
 夢で終わってしまうかもしれない、小さなぼく。
 ちっとも背丈が伸びないぼく。
 夏休み前には、新学期になったら制服を申し込むつもりだったのに。
 春に作った合服が小さくなってしまった身体を、新しい合服で包んで御機嫌の筈だったのに…。
(いつになったら育つんだろう?)
 新しいサイズの、大きなサイズの制服が早く欲しいのに。
 少しでも早く背丈を伸ばして、前のぼくの背に近付きたいのに。
 前のぼくと同じ百七十センチに育たない限り、大好きなハーレイとキスさえ出来ない。せっかく再会出来たというのに、キスも許してくれないハーレイ。
 だから早く、とクローゼットに付けた印を何度見上げても、前のぼくの背丈はまだ遠い。
 百五十センチから伸びない背丈。新しいサイズのが買えない制服。
(…家で着る服は、ママが「これ、いいでしょ?」って色々と買ってくれるのに…)
 デザインや色が違っているから、サイズなんかは気にならない。
 だけど制服はサイズが重要。身体に合わせて作られる服。
 背が伸びないって現実を突きつけてくれる、この忌々しい制服なるもの。



(前のぼくはサイズなんか全然気にしていなかったのに…)
 いつも決まった服を着ていた、前のぼく。
 ソルジャーだけが着られる衣装で、あれも一種の制服だった。
 前のぼくが外見の年齢を止めてしまってから出来た服だし、サイズはいつでも全く同じ。
 新しいのを作る時にも採寸なんかはしていない。出来たものに袖を通しただけ。
(同じ制服でも、ぼくとは違うよ…)
 月とスッポンって言うんだったか、こういうことを表す言葉。
 前のぼくが着ていた制服が月で、今のぼくの情けない制服はきっとスッポンなんだ。
(いいなあ、月…)
 サイズが全く変わらなくっても、前のぼくの制服は完成品。完璧に出来上がったもの。今のぼくみたいに「次に作る時は大きなサイズで作りたい」なんて思う必要さえもないもの。
(あれ以上、サイズは変わらないんだし、デザインもあれで完成品だし…)
 なんて素敵な制服だろう。前のぼくがますます羨ましい、と月の制服を妬んでしまう。
(どうせ、ぼくのはスッポンなんだよ)
 まだまだ改良の余地だらけ、と不満たらたらだったんだけど。
(…そういえば…)
 前のぼくが着ていた、月だと羨んだソルジャーの衣装。あれは最初から月ではなかった。
 デザインもサイズも同じだったけど、素材が違った。
 そうだったっけ、と思い出した。
 あの服はミュウの歴史と一緒にどんどん進化していったんだ…。



「…制服を作る?」
 ソルジャーだったぼくが会議で聞かされた時は、背丈はすっかり伸びていた。アルタミラを脱出した直後みたいな子供じゃなくって、百七十センチに育った大人。
 外見の年も止めちゃっていた。今が頂点なんだろう、と感じた頃合いで年齢を止めた。
 要職に就いていた後の長老、ゼルやブラウたちは「ソルジャーが若い分、自分たちが重みのある姿で睨みを利かせていかないと」って年を重ねていったけれども、制服の話が出て来た時にはもう年齢を止めていた。
 髭までたくわえて威厳たっぷりのヒルマンと、ツルツルに禿げてしまったゼルと。
 ほどほどに年を取ったハーレイ、女性の中では年配と言えるブラウとエラ。
 そんな五人とソルジャーのぼくが顔を揃える定例会議で、制服の案が飛び出したんだ。
「作りたいっていう意見があってね、あたしも何度も聞いてるんだよ」
「わしもじゃ」
「私の耳にも入っていますわ、制服が欲しいと」
「無視出来ないほどに増えているのだよ。材料は充分あるじゃないか、と」
 ヒルマンが「どう思うかね?」と訊いて来た。
「それはそうだけど…」
 材料は揃っているだろうけど、そこで制服になるのかい…?



 あれこれ奪って生活していた前のぼくたち。人類の船が近くを通れば、絶好のチャンス。
 輸送船か、あるいは民間の船か。人類軍の船だって航行している。
 慣れない頃には艦種の識別が精一杯だったけど、慣れてしまえば簡単なこと。輸送船を探して、前のぼくが補給に飛び出して行った。瞬間移動でコンテナを幾つも失敬してきた。
 最初の間は奪った物資が偏ってしまってキャベツ地獄やタマネギ地獄もあったけれども。
 そういう事件もいつの間にやら笑い話で、ぼくは奪うのが上手になった。バランスよく奪って、余裕がある時は予定以外の物資も頂戴しておいた。
 前のぼくが腕を上げる間に、船のみんなもやりくり上手になったから。
 使えそうなものをきちんと見分けて、後で使えそうなものは整理して纏めて倉庫に保管。
(食料だって、保存食にしたりもしていたものね)
 ハーレイの指揮の下、船の生活は快適なもの。食料も物資も充分にあった。
 シャングリラをもっと大きな船にしよう、といった話も出て来るくらいに余裕のある日々。
 そのための準備を少しずつ進め始めていた。
 データベースから情報を引き出し、船の改造にはどういったものが必要なのかと調べていた。
 いつかは着手するべき改造。シャングリラを本物の楽園に。
 その前にまずは自給自足の生活の基本、畑作りだと思っていたんだけれど…。



「一番最初に作るべきものは、制服よりも畑だろう?」
 そう言ったぼくに、ハーレイが真面目な顔で答えた。
「もちろん畑も大切ですが…。皆で畑を作ってゆくには団結力が必要です」
 団結力を高めるためには、制服があれば効果的だと思われます。
 それに畑は、今のシャングリラにある物資だけでは作れません。まだまだ時間がかかります。
 ですから、畑作りをするよりも前に制服だろうと考えますが。
「ふうん…?」
 そんなものかな、確かに布なら倉庫に山ほどあるだろうけど。
「裁縫が上手い連中がけっこういるからねえ…」
 服飾部門って名乗るくらいだ、制服と聞けば大いに腕が鳴るってね。
 やらせてみたらどうだい、ソルジャー。
 ブラウの瞳は面白そうに輝いていたし、ハーレイは「うむ」と頷いている。
 ゼルもヒルマンもエラも、口々に「やってみるべきだ」って。
 とにかく作ってみたいらしい、ということだけは分かったから。
 ゴーサインを出したら、直ぐにデザイン画が出来てきた。



 ハーレイたちが集まる会議の席。其処でデザイン画を出したヒルマン。
「これが男性用の制服で、こちらが女性用になる」
「いいんじゃないかな」
 船にある布で作れるんなら、ぼくは反対しないけど。
 見せに来るってことは、船のみんなの意見はとっくに聞いた後なんだろうし。
「それで、此処にシンボルを付けようという話があってね」
「シンボル?」
「この石だよ、襟元に付いているだろう」
 これくらいは船で合成可能だ。我々のシンボルとして誰もが付ける石にしようと。
「それが?」
「シンボルだからね、石の色を何にするかが重要なのだよ」
「色…?」
 思い出したくもない色談義。赤か緑か、青かってこと。
 服飾部門を名乗るみんなが出した意見は三つあったのに、ヒルマンが強引にこじつけて来た。
 SD体制よりもずっと昔の地球にあったお守り、メデューサの目。
 魔除けの青い目玉を象ったもので、シンボルの石はそのメデューサの目にあやかりたいと。
 それなら青にすればいいのに、よりにもよってシンボルは赤。
 前のぼくの瞳の色にされてしまった、シンボルの石。
 ミュウたちを守る瞳の色だと、ぼくの目の色がお守りなんだと。
 赤い石だけでも、ぼくには大概だったのに。



「まだ作る?」
 制服を?
 この前、決めたばかりじゃないか。
 あれじゃ足りなくて、作業用の服でも作るのかい?
 会議の席で訊き返したぼくに、ヒルマンが代表で答えを返した。
「ソルジャーの分と、キャプテンの分と。それに我々四人の分は別にしたいと、服飾部門に属する者たちが…」
「みんな同じでいいじゃないか」
 それでこそ制服というものだろう。団結力とやらも、みんな揃いの服でこそだよ。
「だけど話が進んでるんだよ、こうだああだと」
「船を統率するキャプテンの服はこうあるべきだ、と資料を探している者もいます」
「そういうのもまた、団結力というヤツじゃろうて」
 服飾部門に限定じゃがのう。しかしヤツらは頑張っておるぞ。
「まあいいけどね…」
 船にあるもので何とかするなら。
 これが要るから奪って来いとか、無茶を言わないなら何でもいいよ。



 前のぼくはみんなを甘く見ていた。
 基本の制服をアレンジすると聞いていたから、色が変わるとかそういうものだと。
 なのに、会議の席でブラウが「出来て来たよ」とテーブルに置いたデザイン画。
「なんだい、これは?」
「ソルジャーの衣装なんだけれどね?」
 ニヤニヤと笑うブラウが広げたデザイン画の服は、みんなの服とはかけ離れていた。
「…どの辺が基本の服だって?」
「此処と此処だよ」
 アンダーは殆ど同じだってさ。それに模様も似てるけどねえ?
「冗談だろう?」
 何処が基本の制服なのか、ぼくには理解しかねるけれど?
「あんたのはまだマシな方だよ、ハーレイはこうさ」
「…………」
 見せられたデザイン画はぼくの想像を遥かに超えていた。
 エラが言うには、船を統率するキャプテンの衣装は威厳が欠かせないらしい。
 それにしたって、この服は…。



 どっちが基本からかけ離れてるのか、咄嗟に判断出来なかった、ぼく。
 ぼくの方が酷いか、ハーレイの方が酷いのか。
 ポカンとしてたら、ゼルが別のデザイン画を持ち出して来た。
「でもって、わしらはこうなるんじゃ」
 ちゃんとマントもついておるぞ、と得意げに見せられて呆然としている間に、ハーレイの声。
「では、賛成多数で可決ということでよろしいですね?」
 これで進めるよう、服飾部門に言っておきます。
「…君はこの服でかまわないのかい?」
「皆がそのように望むのでしたら、特に反対は致しませんが」
「あたしたちもだよ」
 みんなの希望が最優先だよ、せっかく制服を作るんだからね。
「要するにソルジャーだけが反対なんじゃ」
 わしらは全員一致で可決じゃ、誰も文句は言っておらんわ。
「ぼくが却下したら?」
「生憎だけどね」
 甘いよ、とブラウがフフンと笑った。
「制服くらいで特別票は認められないね」
 あれはシャングリラの命運がかかった会議で使うものだろ、ソルジャーの特別票ってヤツは。



 船の安全に関わる案件などでは、ぼくの票は二人分とか三人分とかにカウント出来た。
 ぼく一人で全てを覆す決定は出来なかったけど、かなり強力な技ではある。
 でも、制服。今の案件は、たかが制服。
 こんな日常レベルの会議の席では特別票は使えない。使いたくても認められない。
(…案外、出来上がって来たらマシかも…)
 デザイン画ではやたらと大層だけれど、仕上がりはそうでもないかもしれない。
 この状況だと、そっちの方に期待するしか無いだろう。
 諦めたぼくは、それっきり二度とデザイン画を見ようとしなかった。
 だから一大事が進行していることにも気付かなかった。
 デザイン画を提出させていたなら、事前に気付いて修正くらいは出来ただろうに。



 制服が完成して、シャングリラのみんなに配られた日。
 「ソルジャーの衣装をお持ちしました」と部屋に現れたハーレイの姿に唖然とした。
 デザイン画よりも完成品の方がずっと凄くて威厳たっぷり、金色の肩章が輝いている。
(立派すぎだよ…!)
 ハーレイでこれならぼくの立場は、と慄いた。
 デザイン画を超える代物が登場すると言うなら、ぼくの制服はどうなるのだろう、と。
(…どうしよう…)
 せめてハーレイほどには目立たない服でありますように、と祈るような気持ちでケースを開けてみたんだけれど。
 服やマントが入っている筈のケースの蓋を開けたんだけれど。
(…これは?)
 ケースに収められた衣装の山の一番上に変な物体。
 ヘッドフォンを思わせる形の白い物体。
 何に使うためのものなのだろう?
 ブラウにデザイン画を見せられた時は、こんなパーツは無かったと記憶しているけれど…。



 考えてみても分からないから、衣装ケースを持って来たハーレイに訊いた。
「なんだい、これは?」
「特別製の補聴器だそうです、ソルジャー」
 直立不動で答えたハーレイ。
「…補聴器?」
「私も渡されたのですが…。キャプテン専用にデザインした、と」
 着けてみましたが、まだ慣れないので外して来ました。
 補聴器無しでも、特に苦労はしませんでしたし。
「ぼくも要らないけど!」
「ですが、ソルジャー…。それも衣装の一部ですから」
 ソルジャーのための衣装に合わせてデザインしてある補聴器だそうです。
 ですから着けて頂きませんと…。私も着けるように致しますから。
「こんな補聴器まで着けろって!?」
「服飾部門の意向ですから」
 それにシャングリラの皆の意向でもあります、ソルジャー。
 デザインは皆の意見を図って決定されたものですから。



(………)
 放っておいたぼくが悪いんだけれど。
 デザイン画を何度も提出させずに放置したから、自業自得と言うものだけれど。
 白と紫が基調の立派すぎる服には、有無を言わさず補聴器までがくっついて来た。
 ブーツと手袋はまだいいとして、みんなの制服には無い上着とマントに、おまけに補聴器。
 「如何ですか?」と訊くハーレイは「早くそれを着ろ」と言わんばかりで、ぼくは仏頂面で袖を通すしかなく、アンダーを着けたら上着にマント。しかもマントはハーレイが背中に回って掛けてくれたから、ムカッと来た。そんなにこれを着せたいのか、と。
 しっかり着せ付けられてしまって、補聴器も頭に載せるしかなくて。どうなったのか、と部屋の鏡を覗き込んだら予想よりも遥かに偉そうな衣装。これは酷い、と思ったから。
「色々と動きにくいんだけど…!」
 服もそうだし、マントも邪魔だよ。どっちも重くて動きにくいよ!
「そういう衣装ではない筈ですが?」
 伸縮性のある生地と、動きの邪魔にならないデザイン。
 服飾部門で検討を重ねて出来上がったと聞いております。…如何でしょうか?



 グッと言葉に詰まった、ぼく。
 ハーレイの説明通りに動きやすいし、重くも無かった。
 ぶつけた文句は言い掛かりでしかなく、何の根拠も無い子供の我儘みたいなもの。
 ハーレイは「お分かり頂けましたでしょうか?」と空になった衣装ケースをパタンと閉じた。
「そしてその衣装は、これから色々と改良してゆく予定ですので」
「…改良?」
「シャングリラでの自給自足を目指す過程で、ソルジャーがお召しになる衣装の方も改良します」
 今は普通の素材で出来ておりますが…。
 いずれはサイオンの研究を重ね、それを生かせればと思っております。
 ソルジャーのお身体をお守りするのに必要な強度を上げることが一番重要でしょうか。
 それから手袋は着けておられることが分からないほど、皮膚の感覚に近いものへと。
 なおかつ防御力は上げ、通す熱なども攻撃性の有無で分けられればと…。
 人の温もりやカップの温もりなどは通して、炎やレーザーは弾くなどですね。
 サイオンの研究を進めてゆけば、そういう素材も充分に開発可能であろうと…。



 なんだか色々とプランを聞かされ、ドッと疲れた。
 この御大層な衣装とやらは、この先もずっと改良されつつ追って来るらしい。こんなの嫌だ、と脱ぎ捨てようにも既に手遅れ、ぼくの制服は決まってしまった。
「ソルジャー、皆が待っております。昼食の席でお披露目ですので」
「お披露目だって!?」
 冗談じゃない、と思ったけれども、それでも行かなきゃならない食堂。制服を纏った仲間たちが待っている食堂。
 仕方ないから、ハーレイを従えて通路へと出た。食堂に着くまでに一人くらいは出会うだろうと考えてたのに、こんな時に限って誰にも会わない。誰一人として歩いちゃいない。
(これじゃ反応が分からないよ…!)
 とんでもない服が似合っているのか、いないのか。
 頭に乗っけた補聴器とやらが可笑しくはないか、みんなの視線を浴びるよりも前に予行演習。
 一人だけでも顔を合わせて反応を見たいし、心の準備をしておきたいのに。
 お披露目の前に誰か一人でも…、という切実な願いは叶わなかった。
 それが何故かは食堂に入った途端に分かった。殆どの仲間が食堂に顔を揃えていたから。自分の持ち場を離れられない仲間以外は、全員食堂に集合していた。



「ソルジャーだ!」
「見ろ、ソルジャーがいらっしゃったぞ!」
 ワッと大きな歓声が上がって、割れるような拍手。制服を纏ったみんなの拍手。
 途惑っていたら、長老の制服を着けたヒルマンやエラたちが近付いて来た。
「うむ、なかなかに似合うじゃないかね」
「私たちの目に狂いはありませんでしたわね。補聴器も良くお似合いですこと」
 ぼくの衣装のデザインについて誰がせっせと旗を振っていたのか、大体分かった。
 補聴器に関してはエラなんだ。
 最初のデザイン画には無かった補聴器自体を付け加えたのか、アドバイスしたか。
 もしかしたらマントや上着の色とかも…、と心配になった。デザイン画の色は覚えてないけど、白と紫ではなかった筈。ここまで派手ではなかった筈…。
「紫は皇帝の色なんじゃぞ」
 ゼルがマントに触って言うから。「皇帝って…?」と怖々、訊き返したぼく。「皇帝だとも」とヒルマンが笑顔で答えてくれた。
「紫は遠い昔の地球では、皇帝が身に着ける色だったのだよ」
 私とエラとで紫にしようと決めたのだがね。上着の白はエラの意向だ。
「白は神様と縁が深いのです。天使の衣も真っ白でしょう?」
 穢れの無い白こそ、ソルジャーの上着に相応しいかと思いますわ。



(…皇帝と神様…)
 その二つには覚えがあった。
 ぼくがソルジャーにされてしまう前、シャングリラで行われた船内投票。リーダーと呼ぶのでは誰か特定出来ないから、と候補を募ってぼくの称号を決めた時のこと。
 候補に挙がったカイザーとロード。有力候補だったカイザーとロード。
 カイザーは皇帝の意味でヒルマンの案。ロードは神様、これはエラの案。
 どちらかに決まりそうな勢いだったから、ハーレイに助け舟を出して貰ってソルジャーの称号を得たんだけれど。戦士って意味しか無いソルジャーになったんだけど…。
(…カイザーとロード…)
 ヒルマンとエラは覚えていたんだ。その二つを衣装にぶつけて来たんだ。
 やられた、と心で呻いたけれども、時すでに遅し。
 食堂に集まった仲間たちが揃いも揃って拍手喝采、ぼくは逃げられなくなった。
 皇帝の紫の色のマントに、神様と縁が深い白の上着がソルジャーの衣装。
 御立派すぎる由来をくっつけてくれたヒルマンとエラは、大いに満足そうだった。



 それから本当に改良が重ねられていったソルジャーの衣装。
 マントは高温や爆風に耐えられるようになり、もちろん上着やアンダーだって。
 手袋はハーレイが言っていたとおり、体温などの優しい温もりはちゃんと通して、炎などの熱は遮る仕様に仕上がった。
 補聴器もうんと頑丈になって、後にジョミーがグランド・マザーと戦った時にも壊れなかった。
 ミュウならではのサイオンを生かした素材や、様々な工夫。
 それらの集大成とも言えたソルジャーの衣装は、白い鯨が出来た頃には完成品になっていた。
 色だのデザインだのはともかく、充分に頼もしいソルジャーの衣装だったけど…。



(…ぼくって、制服運が悪いの?)
 前のぼくは酷い目に遭わされちゃったし、今のぼくはサイズで悩んでる。
 制服なんて無ければいいのに、と文句を言おうとしたんだけれど。
(制服を着ないと学校に行けない…)
 学校には制服を着て行く決まり。私服だと門をくぐれない。
 ぼくが通っている学校。ハーレイが先生をしている学校。
 その学校の中に入れなければ、ハーレイに会えない。ハーレイの授業にも出られない。
(…ハーレイが先生をしてくれていても、ぼくが生徒じゃなかったら…)
 会えやしないし、会いに行けもしない。無事に再会出来たかどうかも分からない。
 ぼくが制服を着ている生徒だったから、ハーレイに会えた。
 あの日、教室でハーレイに会えた。
 ぼくが記憶を取り戻した日。前のぼくが最期に負った傷痕が身体に浮かび上がったあの日。
 それに、前のぼくが着ていたソルジャーの衣装の上着。
 ハーレイのキャプテンの制服の上着とお揃いの模様だったっけ…。



(…ハーレイが絡むと制服に文句は言えないんだよ…)
 前のぼくはハーレイとお揃いの模様の上着が嬉しかったし、大好きだった。お揃いだって気付くまでには、ずいぶん長く掛かったけれど。
 今のぼくは制服のお蔭でハーレイに会えて、今だって学校でハーレイに会える。
 だから制服には文句を言えない。制服運がいくら悪くても、文句を言ったらきっと罰が当たる。
(前のハーレイは制服に文句は無かったのかな?)
 ぼくと同じで補聴器とセットの制服を押し付けられていたけれど。
 キャプテンだから、って威厳がどうとか、肩章までついた凄い制服を着てたんだけど…。
(文句を言わずに真面目に着た分、今は制服から解放された?)
 今のハーレイは制服なんかは着ていない。子供時代は着ただろうけど、今は着てない。
(スーツとネクタイは大人の制服なんだけど…)
 色も形も決まっているってわけじゃない。
 ちょっとした約束を守りさえすれば、自分で自由に選べる制服。
 前のハーレイみたいに選ぶ余地も無いってわけじゃないから、うんと自由な今のハーレイ。
 キャプテンの制服を着なくても済んで、好きにネクタイを選べるハーレイ。



(ぼくもあと少しの我慢なんだよ)
 制服に「さようなら」って言える年になったら、結婚出来る。
 卒業して十八歳の誕生日が来たら、大好きなハーレイと結婚出来る。
 ぼくの制服は、あとちょっとだけ。
 最期までソルジャーの衣装を着続けた前のぼくと違って、数年だけの我慢。
 制服運が悪かったとしても、その間にはきっと大きなサイズの制服だって買えると思う。



(大きなサイズの制服になったら嬉しいしね?)
 今のぼくの悩みはサイズなんだし、背丈が伸びて大きいサイズの制服が買えたら悩みは解消。
 ソルジャーの衣装は改良されていったけれども、今のぼくの制服はサイズが変わる。
 ぼくの背丈が伸びるのに合わせて、どんどん大きくなっていくんだ。
 それに、今度は前のぼくと違って、周りのみんなと同じ制服。
 学校の友達と同じ制服、みんなと同じの色とデザイン。
 ソルジャー・ブルーと同じ背丈になっても、制服はみんなと同じで一緒。
 一人だけ違う服を着るんじゃなくって、誰もが一緒。
(みんなと同じ制服だったら、前のぼくみたいな悩みは無いしね?)
 御大層な服も、カイザーだのロードだのと妙な由来もくっついて来ない。
 周りの友達はみんな同じ服、誰もが同じデザインの服。
 そう思うと、ちょっぴり心が弾む。
 制服運が悪くなかったら。ぼくの背丈が、順調に伸びてくれたなら。
 今度はみんなと同じデザインの制服を着るんだ、ソルジャー・ブルーと同じ背丈で…。




       生まれた制服・了

※シャングリラにいたミュウたちの制服や、ソルジャーの服はこうして出来たみたいです。
 そしてソルジャーの衣装は、ハーレイとお揃いの模様なんですよね。公式設定でも。
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