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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

(折れちゃってる…)
学校の帰りにブルーが気付いたもの。バス停から家まで歩く途中で。
ポキリと折れてしまった小枝。道端の生垣の木の枝が一本だけ。折れているから、目に付いた。変な形に曲がっていたから。
(んーと…)
 萎れていないし、折れたばかり、と眺めるけれども、元には戻りそうもない。木の力では。枝は不自然に曲がってしまって、その皮だって少し浮いているから。皮が外れてしまえば、もう駄目。
(子供が悪戯したのかな?)
グイと引っ張ったら、力を入れすぎて折れてしまったとか。遊んでいて何かをぶつけたとか。
 花が咲いているわけでもないから、欲しがるとも思えない小枝。綺麗な花を咲かせているなら、持って帰ろうとする子供だっていそうだけれど。欲しかったのに、折り損なった枝。
 木の枝が丈夫に出来ていたなら、上手く折れないこともあるから。折っても木から外れない枝。皮が強くて、引き千切れなくて。
 けれど、そうではないらしい枝。花も蕾もつけていない小枝。
(可哀相…)
 折れちゃったなんて、と小さな枝を見詰める。
 この枝は今年、伸びたばかりの枝なのに。焦げ茶の幹とは違った緑色の皮。それで今年の枝だと分かる。冬を越したら、皮は焦げ茶に変わるから。
 せっかく今日まで伸びて来たのに、折れてしまって、もうくっつかない。このまま萎れて枯れてゆくだけ。折れた枝には、水も栄養も届かないから。
 この枝は道の方にあるから、家の人だって折れているとは気付かない。庭から見えるのは元気な生垣、何処も折れてはいない側。わざわざ外まで調べに出たりするとは思えない。
 花の手入れをするのだったら別だけれども、毎日毎朝、隅から隅まで点検してはいないだろう。折れているな、と気付いて貰えない小枝。
 すっかり枯れてしまうまで。葉っぱも茶色く枯れてしまって、一目で分かるようになるまで。



 今はまだ、他の枝と区別がつかない小枝。不自然に曲がっているのを除けば。
 けれども、もう水は届かない。栄養だって幹からは来ない。このまま萎れて枯れるしかない。
(そしたら、ゴミになっちゃって…)
 枯葉や咲き終わった花と同じで、家の人に取り除かれるだけ。生垣の見栄えが悪くなるのだし、きちんと手入れをしなくては、と。枯れているのを見付けたら。
 こんな風に折れてしまわなかったら、育って生垣を濃くしたろうに。来年には立派な焦げ茶色の皮、それを誇らしげに纏った枝に変身して。折れる代わりに、適当な長さに剪定されて。
 枝だって、きっとその日を夢見て、今日まで頑張って伸びて来たのに。もっと大きく、と。
(頑張ってたのに、折れちゃって…)
 家の人にも気付かれないままで、枯れてゆくしかない小枝。折れた枝は元に戻らないから。どう頑張っても、元のようにはくっつかないから。
(誰も気付いてくれないままで、枯れちゃうなんて…)
 可哀相だよ、と思った途端に、重なった前の自分たちの姿。人類に忌み嫌われたミュウ。
 人類の社会からは見えない所で、ミュウたちは処分されていた。存在してはならないから。処分するのが正しいやり方だから。
 この枝も折れてしまったからには、枯れるしかなくて、枯れた後にはゴミと同じ扱い。ゴミ箱にポイと放り込まれて、それでおしまい。
 もしかしたら、堆肥に利用されるかもしれないけれど。この家の人が堆肥を作っていれば。
 堆肥になるなら、枝は無駄にはならないけれど…。



 生垣の向こうを覗いてみたって、見付からない堆肥を作る場所。こうして道から見える庭では、堆肥を作りはしないけれども。
(…堆肥にしないなら、ゴミで処分で…)
 それは嫌だ、という気持ち。ミュウたちの姿が重なるから。前の自分が生きた時代は、ミュウに生まれたら、ゴミと同じに扱われたから。
(普通の人たちの目に入らないように、排除しちゃって処分だったよ…)
 この枝だって、そうなっちゃう、と思い始めたら、もう止まらない。この枝はまだ緑色だから。折れたばかりで、葉っぱは生きているのだから。
 まだ萎れてはいない、折れた枝の葉。「生きているよ」と、枝の声が耳に聞こえるよう。
 生きているなら、生きられる限りは生かしてやりたい。このまま枯れて、ゴミになるより。
(持って帰って…)
 コップの水に生けてやったら、もう何日かは生きられる筈。幹からの水はもう届かないけれど、代わりの水を吸えるのだから。
(この枝が自分で頑張る間は…)
 別の場所でも生きられる。生垣からも、元の幹からも、ぐんと離れてしまっても。
 よし、と鞄から取り出したハサミ。今日は学校で使うから、と持って出掛けて行ったから。
 手では上手く折れそうにない枝なのだし、ハサミで切るのがいいだろう。無理に引っ張るより、ハサミでチョキンと。
 幸い、そんなに力を入れずに切り取れた枝。折れた場所から、チョンと上手に。



 大丈夫かな、と手にした小枝。弱っていないといいけれど、と。
(頑張って生きてね…)
 すぐにお水をあげるから、と大切に持って帰った枝。「ぼくと一緒に帰ろう」と。時の彼方で、前の自分がミュウの子供にそうしたように。
 人類に処分されそうになったミュウの子たちを、シャングリラに連れて帰ったように。
 枝と一緒に家に着いたら、一番最初に母の所へ。洗面所で手を洗うより先に。
「ママ、これ…」
 見てよ、と差し出した小枝。キッチンにいた母に。
「あら、どうしたの? その枝、誰かに頂いたの?」
「違うよ、帰りに見付けただけ。途中でポキンと折れちゃってた…」
 放っておいたら枯れてしまうよ、それだと可哀相だから…。まだ生きてるのに…。
 お願い、何かに生けてあげて、と母に頼んだ。「コップの水でいいから」と。母は「見せて」と手に取ったけれど、枝を暫く眺めてから。
「この枝だったら、生きられそうよ」
「え?」
 思わぬ言葉にキョトンとした。生きられるとは、どういう意味だろう?
「大丈夫。強い木なのよ、この枝の木は。…だから挿し木に出来ると思うわ」
 ブルーも挿し木は知っているでしょ、ちゃんと根が出て枝から小さな木に育つのよ。
「ホント?」
 この枝、もう一度生きていけるの?
 折れておしまいになるんじゃなくて…?
「ええ、そうよ。上手く育ったら、うちの生垣に入れてあげてもいいわね」
「生垣って…。ホントのホントに、また生きられるの?」
 元の木よりも、ずっと小さくなるけれど…。この枝のサイズの木になっちゃうけど。
「生きられる筈よ、丈夫な木だから」
 折れて暫く経っているなら、お水が足りなくなってるから…。
 その分を吸わせてあげてから、挿し木にしなくちゃね。ママに任せておきなさいな。
「ありがとう、ママ!」
 持って帰って良かったよ、枝…。また生きられるんだね、枯れちゃわないで…!



 良かった、と母に笑顔で御礼を言った。枝を生かしてくれるのだから。思いがけない方法で。
(挿し木だなんて…)
 まるで思いもしなかった。折れた小枝が、そのまま新しい木に育つだなんて。
 制服を脱いでダイニングにおやつを食べに行ったら、テーブルにあった一輪挿し。持って帰った小枝を挿して、水を吸わせている最中。
 おやつのケーキを頬張りながら、それを眺めては幸せな気分。「生きられたね」と。
 折れたままで放っておかれたならば、枯れてしまってゴミだったのに。葉っぱが萎れて、枯れて縮んで、「みっともない」と取り除かれて。
 なのに、生き延びられそうな小枝。頑張って水を吸いさえしたら。挿し木になって、根を何本も生やしたら。
 ホントに良かった、と小枝に微笑みかけて、戻った二階の自分の部屋。おやつの後で。ケーキも紅茶も、美味しく食べて大満足で。
 勉強机の前に座って、思い浮かべた小枝のこと。母が挿し木にしてくれる枝。
(あんな風に、ミュウも生きられたなら…)
 前の自分が生きた時代に生まれたミュウたち。ミュウだというだけで殺されていった。
 折れてしまって枯れた木の枝を、「みっともない」と取り除くように。ミュウは異分子で、あの時代にはゴミのように処分されておしまい。
 誰も生かしてはくれなかった。折れた小枝をコップに挿したり、挿し木で生かすような風には。
 生かしてくれたら良かったのに、と思うけれども、駄目だった。
 人類はミュウを処分しただけ。ミュウの存在が知られないように、密かに、ゴミ同然に。ゴミが社会を汚さないよう、美しく保ってゆけるよう。
 処分という形を取らないのならば、実験で殺した。やはり同じに、虫けらのように。
 死んでも弔ったりはしないで、ゴミのように捨てていっただけ。ゴミさながらに袋に詰めて。



 アルタミラの檻では、死んだ仲間がどうなったのかも知らずに生きていたけれど。考えることも無かったけれども、脱出してから色々と知った。アルタミラのことも、他の星でのことも。
 白いシャングリラが潜んだアルテメシアでも、ミュウは見付かったら殺されるだけ。SD体制の社会の不純物として。人間扱いされもしないで、処分されただけ。
(酷いよね…)
 何処の星でも、命を奪われていったミュウたち。ミュウに生まれたというだけのことで。
 ただ殺されてゆくだけのミュウを、誰も守ろうとはしなかったろうか?
 今日の自分が、折れた小枝を救ったように。ゴミになろうとしていた命に、新しい木へと生まれ変わる道を開いて助けたように。
(一人くらいは…)
 ミュウの理解者がいたっていいと思うのに。ミュウも人だと、人類と同じ命を持っているのだと考える誰か。助けなければ、と思ってくれる人間。あんな時代でも、一人くらいは、と。
 けれど、出会わなかった理解者。
 ミュウに手を差し伸べてくれた人類。「ミュウも人だ」と、「命の重さは同じ筈だ」と。
 そう考える人類が一人でもいれば、きっと歴史は変わっただろう。
 もっと早くに、赤いナスカが燃えるよりも前に。
 …もしも理解者がいたならば。ミュウを救おうと、誰かが声を上げてくれたら。
 前の自分は、ついに出会いはしなかったけれど。ミュウの理解者など、一人も知らないけれど。
 それとも自分が知らなかっただけで、何処かの星にはいたのだろうか?
 ミュウを救おうとした人類が。…救えないままで、その人の命が終わっただけで。



 どうなのだろう、と考えていたら、聞こえたチャイム。
 仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、早速訊いてみることにした。テーブルを挟んで、向かい合わせで。
「あのね、ハーレイ…。ミュウの理解者って、いたのかな?」
「はあ?」
 理解者も何も…、と鳶色の瞳が丸くなった。「今は誰でもミュウなんだが?」と。
「それは分かっているってば。前のぼくたちが生きてた頃の話だよ」
 あの頃は、ミュウは見付かったら処分されるだけ。…そうでなければ、研究施設に送って実験。
 どっちにしたって、殺されるしか無かったんだけど…。
 あんな時代でも、ミュウを助けようとした人類が誰かいたのかな、って…。
 ミュウだって同じ人間だから、って命を助けようとした人。
「無いな、そういう記録はな」
 前の俺も知らんし、俺だって知らん。…歴史の授業にも出ないだろうが。
「やっぱり、そうなの?」
 そういう人間、何処にもいないままだったの…?
「当然だ。お前だって覚えが無いだろう?」
 前のお前だ、そんな記憶は無い筈だ。人類に命を助けられたという記憶。
「助けられるって…。シャングリラはいつも隠れていたよ」
 アルテメシアだと雲海の中で、それよりも前は人類の船を避けて宇宙を旅してたから…。
 人類に助けて貰うようなことは、最初から起こりもしないんだけど…?
「シャングリラじゃない。…その前のことだ」
 あの船で逃げ出すよりも前だな、アルタミラにあった研究所。
 お前は誰よりも長い時間を檻で過ごしていたんだが…。実験ばかりされていたんだが…。



 誰か助けてくれたのか、と尋ねられた。「子供の姿をしていたんだし、有利そうだが」と。
 育ってしまったハーレイたちより、助けて貰えそうな印象ではある、と言われたけれど。子供の姿のままで成長を止めてしまって、長く過ごしていたのだけれど…。
 人類たちの反応はと言えば、恐れられたか、蔑まれたか。子供の姿をしていても。
 ミュウの力に目覚めた時から、その瞬間から。
「…誰も助けてくれなかったよ、最初から。…いきなり銃で撃たれちゃった」
 ぼくの力が目覚めた途端に、大人が大勢駆け込んで来て。
 何もしてない、って言ったのに…。話も聞こうともしないで撃ったよ、一斉に。
 機械の側についてた看護師さんだって、「殺さないで」って震えてただけ。
 ぼくを化け物だと思ってたんだよ、優しそうな看護師さんだったのに…。
「ほら見ろ、それが全てだってな」
 人類には理解出来ない力を持ってる、もうそれだけでミュウは化け物なんだ。
 化け物を守る必要は無いし、守るよりは退治しなくちゃいかん。…相手は化け物なんだから。
 前の俺だって、誰も優しくしちゃくれなかった。俺も最初は十四歳のガキだったのに。
 いくらデカくてもガキはガキだが、それよりも前に化け物だからな。
「どうしてだろう…。子供でも化け物扱いだなんて…」
 一人くらいは、分かってくれても良さそうなのに…。
 ミュウもおんなじ人間だ、って。…違う力を持っているだけの。
「お前の言いたいことは分かるが…。どうして、そういう考えになった?」
 分かってくれる人間がいれば、なんていう妙な話に。
 いきなりすぎるぞ、何処から思い付いたんだ?
「えっとね…。今日の帰り道に…」
 折れてる枝を見付けたんだよ、まだ若い枝。今年伸び始めたばっかりの。
 その枝、ポキンと折れちゃってて…。



 ミュウの姿と重なったのだ、と木の枝を助けた話をした。
 少しでも長く生きられたなら、と持って帰った小枝の話を。コップの水に生けてやろうと。
「ぼくはそのつもりだったんだけど…。ママに見せたら、生きられるって」
 挿し木が出来る木なんだって。だからね、ママが挿し木にしてくれるんだよ。
 今は一輪挿しの中。お水が足りなくなっていたなら、挿し木したって弱っちゃうから。
「それはいいことをしたなあ、お前」
 枝にとっては命の恩人というヤツだ。折れて死んじまう所を、助けて貰ったんだから。
「ぼくも生きられるとは思わなかったよ、新しい木に育つだなんて」
 ちょっぴり命が延びたらいいな、って思って持って帰って来たのに…。お水だけのつもりで。
 だからね、そんな風にミュウの命だって…。
 助けて貰えなかったかな、って。…誰か一人でも、助けようと思ってくれる人。
「そいつは難しかっただろうな。前の俺たちが生きてた頃だと」
 今の時代とは、考え方そのものが違うんだ。今と同じに考えちゃいかん。
「考え方って…?」
「前の俺たちのようなミュウはともかく、人類の社会が問題だ」
 人類は成人検査をやってたんだし、家族すらも紛い物だった。子供を育てるためだけの。
 目覚めの日が来たら、子供時代の記憶をすっかり消してしまっていたんだぞ?
 機械に都合がいいように。…社会に疑問を抱かないように、従順な人間に仕上げるために。
 そんな世界では、教え込まれたらおしまいだってな。
 人類以外は要らないんだ、と。他の種族は排除すべし、と教えられたら誰もが従う。
 折れた木の枝を助けようと思うヤツはいたって、ミュウとなるとな…。
「木の枝は人類でも助けるの?」
 折れちゃっていたら、ぼくみたいに…?
「そうするヤツもいるだろう。折れているな、と気が付いたなら」
 基本は優しく出来ていたんだぞ、人類だって。
 そうでなければ子供は育てられんし、社会だってギスギスしちまうだろうが。



 人類もペットを可愛がったりしていただろう、と言われればそう。人類以外の命も大切にして、家族同然に面倒を見たりしていたもの。犬やら猫やら、小鳥やらを。
 本当は優しいのが人類ならば、アルタミラで出会った研究者たちも、家に帰れば子供がいたかもしれない。彼らの帰りを待つ子供が。
「アルタミラにいた研究者…。子供、いたかな…」
 家に帰ったら、待ってる子供。研究者が子供を育てていたって、おかしくないよね?
「いたかもしれんぞ、お前が言う通り」
 研究所に所属してるってだけで、そいつはただの職業だから…。
 養父母としての顔も持つつもりならば、出来ないことはなかっただろう。
「それじゃ、前のぼくたちに酷い実験をした後、家に帰って…」
 ただいま、ってドアを開けたわけだね、そういう人は。…子供が待っていたのなら。
「そうなるなあ…。まるで想像出来なかったがな、実験中の姿からは」
 だが、人類の世界の中では、いい父親というヤツなんだろう。
 可愛がっただろうな、自分の子供を。「いい子にしてたか?」と抱き上げたりして。
「…その子がミュウになっちゃったら?」
 とても大事にしていた子供が、ミュウに変わってしまったら…。
 研究者なのは同じだけれども、理解者になっていなかった?
 だって、自分が大事に育てた子供が、ミュウだっていうことになるんだから。
 あの時代だと、成人検査を受けた子供だけが、ミュウに変化していたみたいだけれど…。
 子供は記憶を消されているけど、親の方は子供を覚えているでしょ?
 研究所の檻に自分の子供がいたなら、ミュウもおんなじ人間なんだ、って考えそうだよ?
「…そういうことなら、理解者になっていたかもしれん」
 いや、理解者になったことだろう。化け物じゃないと、親には分かっているんだから。
 しかし、そうなる前にだな…。
 親の方の記憶も、機械が処理してしまっただろう。子供のことを忘れるように。
 顔を見たって、それが誰だか気付かないように。
「そうなのかも…」
 機械ならやるよね、そのくらいのこと…。記憶を処理する機会は幾らでもあるんだものね。



 あの時代ならば、充分、有り得ただろう。
 研究者たちが育てていた子がミュウになったら、親の方の記憶も処理すること。彼らが育てた、大人の社会へ送り出したつもりでいた子供。…その子に関する記憶を消してしまうこと。
 記憶を処理され、忘れてしまえば、もう分からない。
 実験用のガラスケースの向こうに、自分の子供がいたとしても。ついこの間まで、ありったけの愛を注いで、大切に育てていた子供でも。
「ハーレイ、それって酷すぎるよ…」
 本当にあったことだとしたなら、研究者も子供も可哀相…。
 自分の子供に、そうだと知らずに酷い実験をしていたなんて…。
 実験されてた子供の方でも、大好きだったお父さんに殺されちゃうなんて…。
 どちらにも記憶が無かったとしても、ホントに酷すぎ。…お父さんが子供を殺すだなんて。
「確かにな。酷いし、なんとも惨い話だ。…考えただけで」
 もしかしたら、の話だが…。
 そいつの収拾がつかなくなって、アルタミラを滅ぼしちまったかもな。…グランド・マザーは。
「えっ…?」
 それって何なの、どういう意味?
「アルタミラでメギドを使ったことだ。どうして星ごと滅ぼしたのか」
 あそこで大勢のミュウが生まれたのは間違いないが…。凄い数だったことも確かだが…。
 それだけだったら、端から殺していけばいい。ミュウに変化した子供を全部。
 他の星へ送って実験動物にするんだったら、沢山いたって問題は無いと思わないか?
 何も星ごと滅ぼさなくても、方法は他にありそうだ。ミュウを始末するというだけだったら。
 アルタミラの真相は今も分からん。
 だが、今の話から、俺が思い付いたことなんだが…。



 あくまで俺の考えだぞ、とハーレイはきちんと前置きをした。「単なる想像に過ぎないが」と。
「いいか、アルタミラにいた研究者だとか、市長だとか…」
 重要な職に就いていたヤツらが育ててた子供。…きっと大勢いただろう。
 そういう子たちが、次々にミュウになってしまったら…。
 アルタミラという育英都市は、いったい、どうなると思う?
「いくら記憶を処理していっても、追い付かないかも…」
 研究者同士で友達だったりするんだから…。
 他の人たちの子供の顔も知っているから、そういう人の記憶も処理しなくっちゃ…。
 市長とかなら、もっと知り合い、増えるしね…。
「それだけじゃない。その記憶処理を命令する立場の人間だっているんだぞ?」
 上の立場になればなるほど、下のヤツらに命令を出すことになってゆくから…。
 指示を出すのは機械にしたって、現場で作業するのは人間だ。ああしろ、こうしろと。
 大勢のミュウの子供が出たなら、立ち止まるヤツがいるかもしれん。記憶を処理する人間たちのリストを見ていて、「これは、あの子のことじゃないか」と。
 自分が一緒に遊んでやった誰かの子だとか、そんな具合で。
 一度気付けば、そいつは慎重になるだろう。明日は我が身になるかもしれん、と。
 気付いちまったら、ミュウの理解者が現れないとは限らない。「ミュウだって同じ人間だ」と。
 ミュウになった子供と知り合いだった、と考えるヤツら。あの子は普通の子供だった、と。
 疑問ってヤツは、生まれちまえば膨らんでゆく。
 それまで自分が信じてた世界、それが嘘かもしれないとなれば。
 疑問を解こうと考え始めて、何処かおかしいとも気付き始める。今の世界はどうも変だ、と。
 ミュウも本当は人じゃないかと、化け物なんかではない筈だ、と。
 間違いに気付けば、自分が正しいと信じる道へと歩き出すのが人間だから…。
 世界が間違っているというなら、それを正そうと努力したりもするだろう?
 あんな時代でも、自分に力があったなら。…自分の意見を発表する場を持っていたなら。



 そうなっちまったからこそ、焼いちまったかもな、とハーレイがついた大きな溜息。
 アルタミラを星ごと消したんだ、と。
「そうかもしれんと思わんか? あそこで殺されたのは、ミュウだけじゃなかったかもしれん」
 自分の子供がミュウになっちまって、ミュウの理解者になりそうなヤツら。
 大きな発言権ってヤツを持ってて、社会を動かすだけの力がありそうだった人間。
 そういう人類たちも一緒に、グランド・マザーが星ごと焼いてしまったかもな。
 前の俺たちが全く知らなかっただけで、あの騒ぎの中で、殺されちまった人類が何人も。
 研究者か、それとも市長やユニバーサルのお偉方といったトコなのか…。
 今の社会は間違っている、と声を上げようとしていたヤツらが、密かに撃ち殺されてしまって。
 保安部隊じゃ出来ない仕事だ、メンバーズでも送り込んで来たかもしれんな。
「そんな…。それじゃ、殺されたのって…」
 ミュウの子供を持ってしまった、お父さんとか、お母さんたち…。
 お父さんの方が気が付いたんなら、お母さんにも話をするものね…。大事な子供のことだもの。
 ミュウと人間は同じなんだ、って気付いて子供を守りたいなら。
 そういう優しかった人たち、それを殺してしまったわけ?
 星ごとメギドで焼いたんだったら、事故に見せかけることも出来るから…。
「…あくまで俺の想像だがな」
 前の俺でさえ、真相は知らん。
 テラズ・ナンバー・ファイブを倒して引き出したデータに、其処までは入っていなかった。
 どうしてメギドを使用したのか、その理由までは。
 今の時代も同じに分からん、グランド・マザーが持ってたデータは地球ごと燃えちまったから。
 実はそうだったのかもしれないな、と俺が考えているだけのことだ。
 根拠なんかは何処にも無い上、証拠だって何処からも出て来やしないさ。…今となっては。
「そっか…」
 前のハーレイでも知らなかったなら、今の時代に研究したって無駄だよね…。
 学者たちが謎を解こうとしたって、手掛かりは残っていないんだから。



 ハーレイが語った、アルタミラがメギドに焼かれた理由。
 あの星でミュウの理解者たちが生まれて、声を上げようとしていたのかも、という話。
 彼らが大切に育てた子供が、成人検査でミュウになったから。
 ミュウも人類と同じに人だ、と彼らは気付いて、子供たちを守ろうと考えたから。
(…研究所にだって、手を回したかも…)
 自分の子供が実験動物にされないように、と懸命に。研究所のデータを書き換えてでも。
 人類も基本は優しいのだから、自分の子供は守りたい。皆が「化け物だ」と言っていたって。
 SD体制の時代を統治する機械、それが「殺せ」と命令したって。
(…ミュウになった子供の、お父さんとか、お母さん…)
 研究者たちや、市長や、ユニバーサルの実力者たち。彼らがそうなら、守っただろう。化け物にされてしまった子供を。…成人検査に送り出すまで、大切に育てて来た子供たちを。
 機械が、社会が「殺せ」と言うなら、そういう社会を変えればいい。
 「ミュウも人だ」と認めるように。ミュウが殺されない、正しい世界に。
 そういう人々が生きた星なら、グランド・マザーがメギドを使って消したのも分かる。記憶処理では済まないレベルで、社会が変わろうとしているから。
 放っておいたら、他の星にも飛び火するかもしれないから。
(…本当に、みんな殺しちゃったの…?)
 自分の子供を守ろうとしていた、ミュウの理解者になりつつあった養父母たちを。
 ミュウを化け物と断じる世界の誤り、それに気付いて正そうとしていた人々を、星ごと全部。
 社会的地位のある人間なら、簡単に殺せはしないから。下手に消したら、怪しまれるから。
(…メギドを使うよりも前に、殺してしまって…)
 星ごと焼いたら、何の証拠も残らない。「あれは事故だ」と言い訳も出来る。
 彼らを乗せて脱出した船、それが途中で沈んだとか。エンジンの不調で飛び立てないまま、炎に飲まれてしまっただとか。
 そうしていたって、機械なら消せる事件の真相。
 あらゆるデータを書き換えた上に、彼らを殺したメンバーズたちの記憶も消し去って。
 アルタミラで事故死とされた人たち、彼らの存在自体も何処かで丸ごと消してしまって。



 今も分からない、本当のこと。アルタミラでメギドが使われた理由はいったい何だったのか。
 けれど、アルタミラから後の時代に、あんな惨劇は起こっていない。
 ミュウは変わらず生まれ続けていたというのに、ただの一度も。…何処の星でも。
「…ハーレイの説が合ってるのかな…?」
 アルタミラには、ミュウの理解者がいたってこと。…自分の子供を守ろうとした人たちが。
 それなら分かるよ、アルタミラだけがメギドに焼かれてしまった理由。
 ミュウが爆発的に増えたの、アルタミラだけじゃない筈だから…。
 子供を生み出す交配システムは何処も同じで、ミュウの子供は何処でも生まれていた筈だから。
「さあな? さっきも言ったが、俺の想像に過ぎないわけで…」
 それも今の俺だ。前の俺は疑問を持ちさえしなかったからな、アルタミラの件に関しては。
 引き出したデータで色々分かって、それで満足しちまったから…。
 だから実際、どうだったのかは分からんが…。
 ミュウの理解者が生まれていたのか、宇宙の何処にもいなかったのかは掴めんが…。
 そんな時代でも、前の俺たちは生き延びた。
 一人の理解者も現れなくても、誰も助けてくれなくても、だ。
 それでも俺たちは懸命に前を目指して進み続けて、ついに未来を手に入れたってな。
 …前のお前も、ナスカも失くしちまっても。
 やっとの思いで辿り着いた地球が、まるで青くない死の星でも。
 俺の命も終わっちまったが、立派にミュウの時代になった。
 ミュウというだけで殺されちまった時代は、グランド・マザーと一緒に滅びてしまって。



 理解者はいなくても生き延びられた、とハーレイが言うから、「それは違うよ」と訂正した。
「…前のぼくが生きてた間は、そうだったけど…。ミュウの理解者、いなかったけど…」
 最初にキースが分かってくれたよ、ミュウと人類は同じなんだ、って。
 キースはマツカを助けたんだよ、殺すことだって出来たのに…。
 あれが最初で、ナスカの時だって、マードック大佐が残党狩りをしなかった話は有名でしょ?
 ミュウの理解者は増えていったよ、ナスカから後は。
 シャングリラが地球まで辿り着く頃には、いろんな人類がミュウを助けてくれたんだよ?
 あちこちの星でも、ノアや地球でも。
 キースのメッセージを放送してくれたスウェナもそうだし、キースの部下のセルジュたちも。
「…それはそうだが、ミュウの理解者が大勢現れたのは、だ…」
 時代がミュウの味方をしてくれたっていうことだろう?
 前の俺たちは戦いながら前へと進んでただけで、ジョミーは人類と話し合おうとはしなかった。
 それこそ地球に着く直前まで。
 ミュウは恐ろしい存在だ、と怖がられたって仕方ないのに、人類は分かってくれたんだぞ?
 忌み嫌う代わりに、理解する方へと向かってくれた。
 時代が変わる時だったんだ。…機械の時代から、人の時代に。
 ミュウも人類も、同じ人だと気付く時代に。
 それから長い時が流れて、今じゃすっかりミュウの時代だ。宇宙にはもう、ミュウしかいない。
 誰も殺されたりはしないし、今のお前は木の枝だけを助けていればいいってな。
「木の枝って…?」
「帰りに助けてやったんだろ? ミュウの姿が重なっちまって」
 お母さんが挿し木をしてくれる枝。…折れちまって、枯れる筈だった枝の命をお前は助けた。
 木の枝の命を助ける程度でいいんだ、今のお前の頑張りは。
 前のお前がやったみたいに、命まで捨てて、仲間たちの命を守らなくても。
 お前が必死に頑張らなくても、ミュウは誰でも、幸せに生きてゆけるんだから。
「そうかも…」
 ぼくのサイオン、不器用だけれど、木の枝くらいは助けられるね。
 サイオン、使ってないけれど…。
 ハサミでチョキンと切って帰ったら、ママが木の枝、ちゃんと助けてくれたんだけれど…。



 今のぼくだとサイオンも駄目で、ハサミだったよ、と不器用っぷりを披露したけれど。
 「平和な時代になったからだな」と、ハーレイが微笑んでいる通り。
 前の自分は命を捨ててメギドを沈めたけれども、今の自分は木の枝を救えばいいらしい。学校の帰りに見付けた木の枝、ポキリと折れた枝の命を。
 あの枝にミュウの仲間たちの姿を重ねたけれど。
 ふとしたことから、アルタミラの話になったけれども、今はもうミュウは殺されない時代。
 平和な世界で、あの枝のように元気に生きてゆけるから、ハーレイと幸せに歩いてゆこう。
 生まれ変わって来た青い地球の上で、手を繋ぎ合って。
 折れてしまった枝を見付けたら、助けてやって。
 挿し木するのは無理な枝でも、綺麗な水に生けてやる。
 枝の命が少しでも延びて、緑色の葉っぱと元気を保てるように。
 折れたせいで命を断ち切られないで、ゴミにされずに生きてゆけるよう。
 どんな命にも、幸せでいて欲しいから。
 今の平和な世界だからこそ、折れた枝にも、命の輝きを長く保っていて欲しいから…。




           折れた枝と命・了


※アルタミラがメギドで焼かれた理由は、今でも謎。もしかしたら、というハーレイの推理。
 育てた子がミュウになった人類が、社会を変えようと考えたのかも。彼らを消すための惨劇。

 ハレブル別館は、今年、2022年から月に2回の更新になります。
 毎月、第一月曜と第三月曜を予定しております。
 よろしくお願いいたします~。
←拍手して下さる方は、こちらからv
←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv









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(賢いんだ…)
 カラス、とブルーが眺めた新聞記事。学校から帰って、おやつの時間に。
 今が旬の胡桃、それを割ろうとするカラスたち。中の美味しい実を食べたいから。
 けれど、取り出せない中身。固すぎて割れない胡桃の殻。カラスのクチバシでは歯が立たない。足を使っても、割れてくれない。
 そこで頭を使ったカラス。胡桃を殻ごと咥えて飛んで、固い道路に落としてやる。空の上から。道路も同じに固いわけだし、上手い具合に割れる殻。ヒビが入ってパッチンと。
 一度で駄目なら、二度、三度。咥えて空から落とすのだけれど、それでも頑固に割れない殻も。そうなった時には、其処で待つのがカラスたち。もう自分では割ろうとしないで。
 カラスが待っているのは車。人間が運転してやって来る車。
 それに轢かせたら、どんな胡桃もパチンと割れてしまうから。中の実までが砕け散っても、味が変わりはしないから。
 車が走り去った後には、美味しく食べられる胡桃。クチバシでヒョイと拾っては。砕けた欠片を次から次へと、全部すっかり無くなるまで。
(ずっと昔から…)
 そうやって割っていたらしいカラス。自分では割れない胡桃を運んで。
 まずは道路にぶつけてみる。駄目なら車が来るのを待つ。車は確実に胡桃を割ってくれるから。



 地球が滅びてしまう前から、カラスは胡桃を割っていた。道路で、人間が運転する車で。
 やがて胡桃は自然の中では育たなくなって、カラスたちが飛べる空も無くなった。人間は地球を離れて行ったし、胡桃もカラスも他の星へと。
 そして訪れた機械が統治する時代。前の自分たちが生きていた世界。
 SD体制が敷かれた時代のカラスたちには、青い地球も野生の胡桃も無かった。人間と同じに、保護されて生きていたというだけ。滅びないように。
 SD体制の時代が終わって、長い時が流れて蘇った地球。其処に自然が戻って来たら、カラスは胡桃を割り始めた。ずっと昔のカラスたちがやっていたように。
 面白いことに、そっくりそのまま。森から胡桃をせっせと運んで、道路にぶつけて割ってみる。それでも割れてくれない胡桃は、人間の車に轢かせて割る。
(きっと、車が一番なんだよ)
 そうに違いない、と思った固い胡桃の割り方。固い道路と、其処を走る車で割る胡桃。
 他に便利な方法があれば、それで割ろうとするだろうから。昔のカラスとは違うやり方で。
 サイオンを持たないカラスだけれども、何かいい手が見付かれば。今の時代のカラスたちには、とても似合いの方法が。
(車の他には…)
 何かあるかな、と思った固い胡桃を割れるもの。
 カラスは自分で割れないのだから、道具を使うしか無いだろう。けれど道具を持っていないのがカラスたち。車と道路に頼るしかない。道具が無いなら、その二つに。



 それで車に割って貰うんだ、と納得して帰った二階の部屋。母に空になったお皿を返して。
 勉強机の前に座って、考えてみたカラスたちのこと。今も昔も、車に胡桃を割らせるカラス。
 地球が滅びて蘇った後も、同じことをやっているカラスたち。胡桃を割るなら車が一番、と。
(車よりも上手く割れそうなもの…)
 道具を使えないカラスでも、と考えるけれど、思い付かない。固い胡桃の殻を割るなら、道路でなくても良さそうだけれど。…岩にぶつけても割れそうだけれど。
(岩にぶつけて割れなかったら…)
 次の方法が見付からない。辛抱強く咥えて飛んでは、割れるまで岩に落とすだけしか無い方法。二度や三度では済まなくても。十回ぶつけても割れなくても。
 それに比べて便利な道路。一度でパチンと割れたりもするし、駄目でも車を待てばいい。自分で割るのに疲れたら。「もう嫌だよ」と思ったら。
 田舎の道でも、車は走って来るものだから。「疲れちゃった」と翼を休める間に、車のタイヤが割る胡桃。パチンと、ほんの一瞬で。
(ホントに頭がいいよね、カラス…)
 人間の車を道具の代わりにするなんて。自分の力で割れない胡桃は、車に割って貰うだなんて。
 わざわざ道路に運んで来てまで、人間の車を利用する。多分、車がカラスの道具。固い胡桃を、パチンと楽に割るための。
 同じ胡桃を人間が割るには、やっぱり道具が必要になる。車ではなくて、専用の道具。
(胡桃割り人形…)
 そういう道具があるとは聞いているのだけれども、実物は見たことが無い。同じ名前の、有名なバレエも見ていない。
 人間の自分も胡桃割り人形を知らないのだから、カラスが車を思い付いたのは凄い。固い胡桃を割るなら車、と。
 きっと車が、カラスの胡桃割り人形。カラスにとっては、胡桃割り用の道具なのだから。



 人間の形はしていないけどね、と思った車。胡桃割り人形は人形なのだし、人の姿を真似ている筈。その人間は胡桃割り人形で胡桃を割って、カラスの場合は…。
(胡桃割り車…)
 名付けるのならば、そういう名前になるのだろう。
カラスたちが胡桃を割らせる車は。車の色や形なんかは関係無くて、胡桃の殻さえ割れればいい。どんな車でも、立派な胡桃割り車。
(…ハーレイの車でも、カラスが見たら…)
 胡桃割り車になるんだよね、と想像してみたら愉快な気分。ハーレイの車は、胡桃割りのために買った車とは違うのに。ハーレイが乗って、色々な所へ行こうとしている車なのに。
(だけど、やっぱり胡桃割り車…)
 胡桃を割りたいカラスからすれば、ハーレイの車も胡桃割り車。濃い緑色のが走って来た、と。前のハーレイのマントの色の車だから。…カラスは全く知らないけれど。
 いつかハーレイの車で胡桃を割ってみようか、カラスのために。秋になったら二人でドライブ。胡桃を割って欲しいカラスが、「まだかな?」と車を待っている場所へ。
 キャプテン・ハーレイのマントの色をした、胡桃割り車に二人で乗って。ハーレイがハンドルを握って走って、自分は助手席に乗っかって。



 そんなドライブも素敵だよね、と浮かんだ考え。ハーレイの車が胡桃割り車に変身する。道路でカラスが待っていたなら。「これをお願い」と、胡桃を置いていたならば。
(胡桃割り車のドライブ、いいかも…)
 タイヤの下で砕ける胡桃。車はちょっぴり揺れるのだろうか、それとも音がするだけだろうか?
 固い胡桃がパチンと弾ける、カラスが喜ぶ胡桃割り車。「やっと割れた」と。
 胡桃割り車をやってみたいな、と思っていたら、聞こえたチャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合うなり切り出した。
「あのね、ぼくがハーレイと一緒にドライブに行けるようになったら…」
 大きくなったら、秋には胡桃割り車をお願いしてもいい?
 ハーレイの車でも出来る筈だもの、胡桃割り車。
「はあ? 胡桃割り車って…」
 なんだそりゃ、と丸くなってしまったハーレイの瞳。「そんな車は知らないが?」と。胡桃割り人形の方ならともかく、車というのは初耳だ、と。
「えっとね、胡桃割り車は、ぼくが考えた名前だから…。カラス専用の道具なんだよ」
 カラスは車で、固い胡桃を割るんだって。道路に落としても割れない胡桃は、車に轢かせて。
 それって胡桃割り人形じゃなくて、胡桃割り車だと思うから…。
「あれか、俺も噂は聞いてるな。カラスは知恵が回るんだよなあ…」
 俺の親父も割らされたらしいぞ、釣りの帰りに走っていたら。
「ホント? それなら、其処に行ったら割ってあげられるね」
 胡桃の木があって、カラスがいるってことだもの。其処で出来るよ、胡桃割り車。
「俺の車でやりたいのか? 胡桃割り車というヤツを」
 カラスが道に置いてる胡桃を、タイヤで轢いて。…まさしくカラスの思う壺だな、胡桃割り車。
「だって、楽しいと思わない?」
 ちゃんと道路で待ってるんだよ、カラスは隠れているかもだけど…。胡桃だけ置いて。
「まあ、愉快ではあるかもなあ…」
 お前はそいつを見たいわけだし、割った後には車を停めればカラスが食うのも見られるし…。
 俺の車は胡桃割り車になるってわけだな、カラスのために胡桃を割りました、と。



 胡桃を割るために買った車じゃないんだが、とハーレイは苦笑しているけれど。カラスのためにドライブなのか、とも言うけれど。
「胡桃割り車でいいじゃない。ぼくが行きたいドライブなんだよ、胡桃割り車は」
 カラス、とっても頭がいいよね。ずっと昔から、やり方はおんなじらしいけど…。
 人間が乗ってる車に胡桃を割らせるんだよ?
 ちゃんと道具にしちゃってるんだよ、車をね。胡桃を割るなら車なんだ、って。
 人間は胡桃割り人形を使うけれども、カラスは車。
 胡桃割り人形、ぼくは本物、見たこと一度も無いんだけれど…。
「俺はあるんだが、この地域では使えんぞ。胡桃割り人形というヤツは」
 飾って眺めておくだけだってな、胡桃割り人形を買って来たって。
「使えないって…。どういう意味?」
 胡桃を割るための人形なんでしょ、使えない筈がなさそうだけど…。道具なんだし…。
「それがだ、胡桃の殻の固さが全く違うらしいぞ」
 この地域で採れる胡桃の殻は固いんだそうだ。胡桃割り人形の方が壊れるくらいに、桁違いに。
 胡桃の種類が違うわけだな、地域によって。
 胡桃割り人形を考え出した地域の方だと、胡桃の殻はもっと割れやすい。胡桃割り人形で簡単に割れるが、この地域だと駄目なんだ。…飾り物にしかならないんだな、胡桃割り人形は。
「へえ…!」
 知らなかったよ、そんなこと…。胡桃の固さが違うだなんて。
 人間が胡桃を割るんだったら、車じゃなくって胡桃割り人形だよね、って思ってたのに…。



 カラスが胡桃の殻を割るには、人間の車が通るのを待つ。タイヤで割ってくれるから。
 人間の方は胡桃割り人形を使って割るのだと思っていたのに、この地域では違うらしい。胡桃の殻が固すぎるから、胡桃割り人形は壊れてしまう。他の道具を使うしかない。
「胡桃割り人形、此処だと飾りになっちゃうんだ…。なんだか不思議」
 道具があっても役に立たないなんて…。地球は広いね、胡桃の固さも違っちゃうんだ。何種類も胡桃があるんだろうけど…。
 あれっ、それならシャングリラの胡桃はどっちだろ?
 食べていたよね、白い鯨で。…胡桃の木だって植えていたから、実が出来たら。
 あの胡桃は固い胡桃だったのか、そうじゃない胡桃だったのか、どっち…?
「そういや、あったな。胡桃の木も」
 酒のつまみにも食っていたもんだ、あの胡桃。美味かったんだが、はて、どっちだか…。
 俺も胡桃には詳しくないしな、それにシャングリラでは胡桃だと思っていただけで…。
 いや待て、あれは人形で割れたんだ。…ということは、柔らかい方の胡桃だったんだな。
「えっ、人形って?」
「そのものズバリだ。胡桃割り人形、あったじゃないか」
 ちゃんと本物の胡桃割り人形が。そいつで割ったぞ、シャングリラで採れた胡桃の殻を。
「そうだっけ…?」
 胡桃割り人形なんかを奪って来たかな、前のぼく…?
 何かに紛れて奪っちゃったのを、ハーレイ、倉庫に仕舞っていたとか…?
「俺は確かに関係してたが、お前が奪った胡桃割り人形を管理していたわけじゃない」
 作ったんだ、胡桃割り人形を。胡桃の殻を割るためにな。
「…作ったって…。ハーレイが胡桃割り人形を?」
 ハーレイ、そんなに器用だった?
 木彫りのナキネズミがウサギにされてしまったくらいに、器用じゃないと思うんだけど…。
「言わないでくれ。俺にとっても、其処は情けない思い出なんだ」
 俺の独創性ってヤツは一切抜きでだ、とことん注文通りにだな…。こう作れ、と。
「思い出したよ…!」
 胡桃割り人形、あったっけね…。前のハーレイが作ったんだっけ…!



 ホントにあった、と思い出した胡桃割り人形。前のハーレイが作った木彫りの人形。
 事の起こりは、シャングリラに植えた胡桃の木。白いシャングリラが出来上がった後に、公園や農場に何本も植えていた胡桃。実は食べられるし、長期保存にも向いていたから。
 胡桃の殻は手で割ることが出来たのだけれど、ヒルマンが欲しがったのが胡桃割り人形。それがあったら子供たちが喜ぶだろうし、情操教育にもなりそうだ、と。
 長老たちが集まる会議で話が出た時、前の自分も面白そうだと考えたけれど…。
「欲しいのだがねえ…。しかし、ハーレイの腕ではだね…」
 木彫りはハーレイがやっているだけで…、と言葉を濁したヒルマン。続きはゼルが引き継いだ。
「作れんじゃろうな、どう考えても」
 こういう人形は無理に決まっておるわ、と指差された資料。ヒルマンが持って来た写真。
「あたしも全く同感だね。これはハーレイには作れやしないよ」
 まるで才能が無いんだからさ、とブラウも容赦なかったけれども、「しかしだ…」とヒルマンが挟んだ意見。「才能の方はともかくとして」と。
「こういった物を作らせた時は、ハーレイの腕は話にならないのだがね…」
 スプーンとかなら、実に上手に作るじゃないか。芸術方面の才能が無いというだけだ。
 木彫りの腕がまるで駄目なら、ああいう物も作れないだろう。だからだね…。
 使いようだ、とヒルマンが述べた、前のハーレイの木彫りの腕前。
 胡桃割り人形を作るのだったら、設計図の通りに木を削るだけ。ハーレイの仕事は部品作りで、組み立てなどの作業はゼルでどうだろうか、という提案。
「ほほう…。わしとハーレイとの共作なんじゃな、その胡桃割り人形は?」
「殆どは君に任せることになるだろうがね」
 設計も、それに組み立ても…、とヒルマンとゼルが頷き合う中、ハーレイは仏頂面だった。
「私は削るだけなのか?」
 それだけなのか、と眉間に皺が寄せられたけれど。
「あんた、自分の腕を全く分かっていないとでも?」
 それこそ他人の、あたしにだって分かることなんだけどね?
 あんたが一人でこれを作ったら、人形どころかガラクタが出来るだけだってことは。



 そうじゃないのかい、とブラウが鼻を鳴らしたくらいに、酷かった前のハーレイの腕前。下手の横好きという言葉そのまま、芸術作品には向いていなかった。木を削ることは得意でも。
「…確かに否定は出来ないが…」
 難しいことは認めるが、と胡桃割り人形の写真を見詰めるハーレイを他所に、ヒルマンの方針はとうに決まっていた。「ハーレイは削るだけだよ」と。
「ゼルに設計を任せておくから、君はその通りに木を削りたまえ」
 寸法などをきちんと測って、少しも狂いが出ないようにね。それなら問題無いだろう?
 君の腕でも充分出来るよ、胡桃割り人形の部品が立派に。
「そうじゃ、そうじゃ! わしに任せておくのがいいんじゃ」
 腕によりをかけて、素晴らしい図面を描かんとのう…。他にも資料はあるんじゃろ?
 最高の胡桃割り人形を作ってやるわい、子供たちが楽しんで使えるヤツを。
 任せておけ、と胸を叩いたゼル。子供たちが喜ぶ胡桃割り人形を作り上げるから、と。
 ブラウもエラもそれに賛成、胡桃割り人形はハーレイとゼルとの共作にする。ハーレイの仕事は部品作りで、下請け作業なのだけれども。
 それが一番いいということは、前の自分にも分かっていた。ハーレイの木彫りの腕前だって。
 もう恋人同士になっていただけに、ハーレイには少し可哀相だとは思ったけれども、私情を挟むわけにはいかない。たかが胡桃割り人形のことにしたって。
 此処でハーレイの肩を持ったら、ソルジャー失格。
 子供たちのことより、恋人を優先するようでは。自分の感情を交えた言葉で、長老たちの意見を否定するようでは。
 だから駄目だ、と守った沈黙。「ぼくもその方がいいと思うよ」と、自分の心に嘘をついて。



 こうして決まった、胡桃割り人形を作ること。計画通りにゼルが設計に取り掛かった。どういう人形が喜ばれそうか、資料を色々用意して。子供好きだけに、あれこれ検討して。
 デザインが決まれば、次は設計。ハーレイの腕でも、素晴らしい人形が出来るようにと。
 数日が経って、青の間で暮らす前の自分にも、噂が聞こえて来たものだから…。
「図面を貰ったんだって?」
 例の胡桃割り人形の、とハーレイの部屋を訪ねて行った。シャングリラの中はとうに夜。通路の照明などが暗くなっていて、展望室から外を見たなら、雲海も闇の中だろう。
 ハーレイは机に向かっていたのだけれども、顔を上げて苦い笑みを浮かべた。
「実に屈辱的ですがね。…この通りですよ」
 御覧下さい、と指された設計図。机の上に広げられた図面には、本当に細かすぎる指示。此処はこういう寸法で、だとか、角度はこうだ、と注文が山ほど。
 それほどうるさく書いてあるのに、ハーレイの仕事は木を削るだけ。部品作りの下請け作業。
 出来上がったら部品をゼルに届けて、色を塗ったりするのもゼル。
 完成した時は、遠い昔の兵隊の姿になる人形に。大きな口で胡桃の殻を割る人形に。
「…君は、組み立てもさせて貰えないんだね…」
 出来たパーツには、触るなと書いてあるんだし…。バラバラのままで届けに来い、と。
「そのようです。…全く信用されていません」
 部品によっては、仮に組んでみれば完成度が上がりそうなのですが…。
 微調整ならゼルにも出来るそうでして、手出しするなと釘を刺されてしまいましたよ。
 私はゼルの部下らしいです、とハーレイが嘆くものだから…。
「そんな風にも見えるけど…。実際、そうかもしれないけれど…」
 でも、この部品を作り出すのは君なんだ。木の塊を注文通りに削ってね。
 それは君にしか出来ない作業で、とても大事な仕事だよ。…君の考えでは動けなくても。
「…そうでしょうか?」
 ただの下請けで、ゼルにいいように使われているとしか思えませんが…。
 これだけ細かく注文されたら、能無しと言われた気もしますしね。



 私は本当に削るだけで…、とハーレイは溜息をついたけれども。この先の空しい作業を思って、眉間の皺も普段より深いのだけれど…。
「そんなにガッカリしなくても…。君が一番肝心な部分を担っているんだと思うけれどね?」
 船で言うなら、エンジンという所かな。…これから出来る胡桃割り人形の心臓の部分。
 此処に書いてあるパーツが無いと、胡桃割り人形は作れないんだから。どれが欠けても、人形は完成しやしない。全部のパーツが揃わないとね。
 それを作れるのは君だけなんだよ、ゼルに出来るのは微調整だけだ。肝心のパーツは作れない。
 最初にパーツありきなんだし、君がいないと胡桃割り人形は出来上がらない。
 そう考えたら、下請けだろうが、これは最高に素晴らしい仕事だと思えてこないかい…?
「…そうですね…。どの部品が欠けても、胡桃割り人形は作れませんね」
 出来た部品が欠陥品でも、同じ結果になるでしょう。…ゼルが修正出来なかったら。
 下請けも大切な作業なのですね、少しやる気が出て来ましたよ。
 溜息ばかりをついていないで、狂いの無いパーツを作らないと、と。
「それは良かった。…やる気になってくれたのならね」
 でも、ハーレイ…。頑張ってパーツを作るというのはいいけれど…。
 部品作りに夢中になって、ぼくのことを忘れてしまわないでよ?
「ご心配なく。青の間では作業しませんよ」
 あそこで部品を削っていたなら、木屑が落ちてしまいますから…。
 私が青の間にいたというのがバレます、掃除しに来た係の者に。…あなたとの仲を疑われたら、大変なことになりますし…。作業はこの部屋だけですよ。
「それは分かっているけれど…。だから注意をしているんだよ」
 青の間に来るのが遅くなるとか、来るのを忘れて朝まで作業を続けるだとか…。それは困るよ。
「まるで無いとは言い切れませんね…。細かい作業になりそうですから」
 ご心配なら、あなたがおいでになりますか?
 今のように、私の部屋の方まで。…青の間でお待ちになるのではなくて。
「それも素敵だね。君の部屋に泊まるというのも好きだし…」
 君の作業を見られるのも、とても楽しそうだよ。たとえ下請け作業でもね。



 そんな遣り取りがあったものだから、胡桃割り人形の部品の制作中は、ハーレイの部屋に何度も泊まった。青の間の自分のベッドは放って、瞬間移動で出掛けて行って。
 作業をしているハーレイの姿を熱心に眺めて、差し入れだって。
 ソルジャー用にと夜食を注文しておいて、それが届いたら、青の間からハーレイの部屋に運んで行って。もちろん誰にも見付からないよう、瞬間移動で飛び込んで。
 そうやって夜食を持って行ったら…。
「ほら、ハーレイ。…サンドイッチ」
 今日のは色々作って貰って、卵やハムもあるんだよ。…お腹が空いた、と注文したからね。
 どれから食べたい、やっぱりハムの?
「いえ、お気持ちは嬉しいのですが…。今は作業の真っ最中で…」
 手が汚れたら、木まで汚れてしまいますから。…無垢の木は汚れやすいので…。
「その心配は要らないよ。ぼくが食べさせてあげるから」
 君は横を向いて齧ればいいだろ、食べこぼしで木を汚さないように。…こんな風にね。
 口を開けて、と差し出していたサンドイッチ。卵やハムや、キュウリなどのを。
 ハーレイの好みを訊いては、「はい」と。モグモグと動く口に合わせて、食べやすいように。
(うん、他にも…)
 色々と差し入れしたんだっけ、と蘇った前の自分の記憶。作業中だったハーレイに夜食。
 今のハーレイに「覚えてる?」と尋ねてみたら、「そうだったなあ…」と懐かしそうで。
「ああいうのは当分、出来ないな…」
 お前の手から食べるというヤツ。…どれも美味かったが…。サンドイッチも、グラタンとかも。
「ママが作った料理で良ければ、いつでも食べさせてあげるけど?」
 週末は二人でお昼御飯だもの、ママたちがいないから大丈夫。…この部屋だしね?
 今度の土曜日に食べさせてあげるよ、注文があるならママに頼んでおいてもいいし…。
 ハーレイ、お昼に何を食べたい?
「お前のアイデアは悪くないんだが…。そいつは駄目だな」
 チビのお前に食べさせられたら、馬鹿にされた気分になっちまう。子供扱いされたみたいで。
「えーっ!?」
 ぼくはハーレイの恋人なのに…。チビだけど、ちゃんと恋人なのに…!



 酷い、と頬を膨らませたけれど、胡桃割り人形のことは素敵な思い出。全部のパーツが完成するまで、何度も泊まったハーレイの部屋。木の塊から削り出すのを眺めに、飽きもしないで。
 夜食も何度も運び続けて、最後のパーツが出来上がって…。
「お疲れ様。…これで完成だね、胡桃割り人形のパーツ」
 此処から先はゼルの仕事で、組み立てるのも、色を塗ったりするのもゼルで…。
 君の出番は今日でおしまい。明日からはゼルが作業の続き。
「そうなりますね。明日の夜までには、届けに出掛けますから」
 胡桃割り人形が完成するまで、ゼルの部屋で御覧になりますか?
 この先の作業は、私がやっていたような単調なものとはガラリと変わるのでしょうし…。
 きっと面白いと思いますよ。見学に出掛けてゆかれたなら。
「作業はそうかもしれないけれど…。問題は部屋の住人だよ」
 ゼルの部屋に泊まってもつまらないからね。…夜食を運ぼうとも思わないよ。
 食べさせてあげたい気持ちもしないし、後の作業は見なくてもいいって気分だけれど?
「そう仰ると思いました。…あなたが熱心に通っておられた理由は、見学とは違いましたから」
 私があなたを忘れないようにしておくことと、夜食を食べさせに通うこと。
 どちらも今日で要らなくなった理由です。
 私の作業は終わりましたし、これで青の間に戻れますよ。作業のことを気にしないで。
「そうだね。でも…」
 此処に通うのも楽しかったけどね、ただ泊まるのとは違っていたから。
 君がキャプテンの仕事をしているだけなら、夜食を横から食べさせたりは出来ないし…。
「ええ。…そういう不真面目な態度で仕事をしたくはないですね」
 夜食を食べることはあっても、あなたに食べさせて頂くなどは…。それはあまりに…。
「不謹慎だって?」
 そうなるだろうね、ソルジャーとキャプテンなんだから。
 誰にも秘密の恋人同士で、仕事の時には、お互い、恋は封印だしね…?



 だから胡桃割り人形のパーツ作りは楽しかったよ、と交わしたキス。今夜でおしまい、と。
 次の日、ハーレイは出来上がったパーツをゼルに届けて、続けられた胡桃割り人形作り。今度はゼルが組み立てをして、色を塗って、顔なども描いて。
 作業が終わって完成した時は、会議の席で披露されたのだけれど…。
「凄いね、これは。…ハーレイが作ったとは思えない出来栄えだよ」
 パーツはハーレイが作ったのに、と褒めた前の自分。兵隊の姿の胡桃割り人形は、本当に見事な出来だったから。
 そうしたら…。
「殆どはワシじゃ、わしの仕事じゃ!」
 組み立てて、色も塗ったんじゃし…。顔を描いたのも全部、わしなんじゃから。
 ちゃんとサインも入れてあるんじゃぞ、わしが作ったと、背中にな。
「え…?」
 誇らしげだったゼルの宣言。まさか、と机の上に置かれた胡桃割り人形を調べてみたら、ゼルのサインが入っていた。人形の背中の、よく見える場所に。
「あるじゃろうが、其処にワシのサインが」
 どうじゃ、とゼルが自慢するから、ソルジャーとして訊いてみた。ハーレイの恋人ではなくて、ソルジャー・ブルー。…白いシャングリラで暮らすミュウたちの長として。
「…サインを入れたい気持ちは分かる。仕上げたのは確かに君なんだから」
 でもね…。ハーレイの立場はどうなるんだい?
 パーツを作ったのはハーレイなんだよ、それが無ければ胡桃割り人形は作れなかったわけで…。
 そのハーレイの存在を無視して、君の名前だけを書くというのは…。
 どうかと思う、と苦言を呈したけれど。
「大部分はワシの仕事じゃろうが!」
 わしが設計図を書かなかったら、パーツを作ることだって出来ん。…そうじゃろうが?
 ハーレイはワシの指図で仕事をしておっただけで、ただの下っ端に過ぎんのじゃ!
 そんな輩に、サインを入れる資格があるとは思えんがのう…。
 下っ端のサインは入らんものじゃろ、ただ手伝っただけの能無しのは…?



 ハーレイのサインなんぞは要らん、と言い放ったゼル。会議に出ていたヒルマンたちも、文句を言いはしなかった。ゼルの言葉も、まるで間違いではないのだから。
 そういうわけで、子供たちに人気があった胡桃割り人形はゼルの作品。せっせとパーツを作っていたのは、前のハーレイだったのに。
 立派な人形が出来上がるよう、細心の注意を払ってパーツを幾つも削り出したのに。
「…前のハーレイ、手柄を横取りされちゃったね…」
 胡桃割り人形、ゼルが作ったってことになっちゃった…。ゼルのサインが入ってたから。
「仕方あるまい、相手がゼルでは俺だって勝てん」
 若い頃からの喧嘩友達なんだぞ、勝ち目が無いってことくらい分かる。…あの状況ではな。
 それに屁理屈が上手いのもゼルだ、どう転がっても俺のサインは無理だっただろう。
 実際、ゼルの図面が無ければ、俺はパーツを作れなかったわけなんだしな。
「だけど、ハーレイが作業していた時間の方が長かったのに…」
 幾つも部品を作ってたんだよ、何度も寸法を測ったりして。…角度も合わせて。
 ゼルはパーツを組み立てただけで、色を塗ったりしただけじゃない…!
「いいんだ、お前がいてくれたからな。…俺が作業をしていた時は」
 何度も部屋まで来てくれていたし、俺は一人じゃなかったから。…作業自体は下請けでもな。
「ホント?」
「ああ、最高に幸せだったさ。あの時の俺は」
 お前が側で見ていてくれて、夜食も色々食べさせてくれて。「ほら」と口まで運んでくれてな。
 お蔭で忙しくて手が離せなくても、腹が減って困りはしなかったわけで…。
「…お嫁さんが隣にいたような気分?」
 ぼくが作った夜食じゃないけど、食べさせてあげていたんだから。「はい」って、色々。
「嫁さんか…。そういう発想は無かったんだが…」
 そうだったんだろうな、今から思えば。…お前が嫁さんみたいな気分になっていたんだ。
「今度も食べさせてあげるよ、色々」
 サンドイッチも、おにぎりだって。…ハーレイが食べさせて欲しいんだったら。
「もちろん、頼みたいんだが…。育ってからだぞ?」
 チビのお前じゃ話にならんし、さっきも言ったが、馬鹿にされてる気分だからな。
 一人で飯も食えないのか、と。



 まずはお前が育つことだ、と念を押された。ハーレイに「ほら」と食べさせたって、恋人同士に見える姿に。今の大人と子供ではなくて。
 ただし、ゆっくり育つこと。…急いで大きくならないこと。「分かるな?」とハーレイの鳶色の瞳が見詰めてくるから、「うん」と素直に頷いた。
「分かってる…。子供時代をゆっくり楽しめ、って言うんでしょ?」
 早く大きくなりたいけれども、ハーレイが言いたいことだって、ちゃんと分かるから…。
 それでね、いつか大きくなったら、ハーレイと結婚出来るでしょ?
 胡桃割り人形、今度も作る?
 ぼくたちが住んでる地域の胡桃は、胡桃割り人形では割れない胡桃らしいけど…。
「作って飾りにするってか? ゼルじゃなくて俺のサインを入れて…?」
「そう! ハーレイが作った胡桃割り人形、家に飾れたら素敵じゃない?」
 前のとおんなじ人形でもいいし、違う色とか顔でもいいよね。兵隊さんの顔が違うとか。
「作るって…。設計図が無いぞ、ゼルがいないんだから」
 あちこち探せば、作り方が分かる本があるかもしれないが…。俺には木彫りの趣味が無いんだ。前の俺みたいに器用にパーツを作れやしないし、胡桃割り人形は絶望的だな。
 胡桃割り車で勘弁してくれ、カラスが持って来る胡桃なら幾つでも割ってやるから。
「そうだ、今度はそれがあったね…!」
 一番最初は、それをお願いしてたんだっけ…。ハーレイの車で胡桃を割ること。
 カラスのために胡桃割り車でドライブしようよ、胡桃を割りたいカラスが待っている場所へ。
 もしもカラスが来ていなかったら、待ってる間に、ハーレイにお弁当、食べさせてあげるよ。
 前のぼくがやっていたのと同じに、サンドイッチとかを横から「はい」って。
「いいかもなあ…。お前が食わせてくれるんならな」
 胡桃割り車でドライブするなら、美味い弁当を用意して行こう。
 俺が色々作ってもいいし、途中の店で山ほど買って行くのも楽しいぞ、きっと。
 胡桃割り人形は作ってやれんが、弁当作りは任せてくれ。胡桃割り車の運転もな。



 お前が大きくなったなら、とハーレイは約束してくれたから、いつか二人でドライブに行こう。
 胡桃割り人形を作る代わりに、胡桃割り車を利口なカラスにプレゼントしに。
 カラスが来るのを待っている間は、ハーレイにあれこれ食べさせてあげて。
 ハーレイが作ったお弁当やら、途中で買って来た美味しいものを。
 「もうすぐ来ると思うから…」と、待ち時間が長くなったって。
 胡桃を割りたいカラスが来るまで、うんと時間がかかったとしても。
 前の自分も、胡桃割り人形のパーツが出来上がるまで、ハーレイの世話をしていたから。
 夜食を運んで食べさせていただけでも、二人とも幸せだったから。
 その思い出を語り合いながら待とう、胡桃を咥えたカラスが道路にやって来るまで。
 胡桃割り車の出番が来るまで、ハーレイの車でカラスの胡桃をパチンと割ってやれる時まで…。




             胡桃割り人形・了


※前のハーレイが部品を作った、胡桃割り人形。けれどサインを入れたのは、設計者のゼル。
 そして木彫りの趣味が無いのが、今のハーレイ。今度はカラス用の胡桃割り車でドライブを。

 ハレブル別館、毎週更新は今回が最後になります。
 2022年からは月に2回更新、毎月、第一月曜と第三月曜の予定です。
 よろしくお願いいたします~。
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(同窓会のお知らせ…)
 パパにだ、とブルーが眺めた葉書。学校から帰って、おやつの時間に。
 ダイニングのテーブルに置いてあった葉書。他の郵便物と一緒に。ふと目に留まったから、手を伸ばして取ってみたのだけれど。
 同窓会という言葉に引かれて、読んでみようと興味津々だったのだけれど。
(泊まり付き…)
 なんだか凄い、と見詰めてしまった。何処かに集まるというだけではなかった、同窓会の中身。皆で食事をするのはもちろん、ホテルで一泊するらしい。其処から観光にも出掛けて行って。
(同窓会って言うより、旅行みたい…)
 サマーキャンプとか、そんな感じの。学校の友達と泊まるのだったら、そういうイベント。
 同窓会という言葉で思い付くのとは、まるで違った父の学校の同窓会。チビの自分は、同窓会はまだ無いのだけれども、友達から色々と聞いてはいる。年上の兄弟がいる友達も多いから。
 彼らの話で耳にしていた同窓会は…。
(大人が行くような、レストランとかは高いから…)
 もっと値段が安いお店で開かれている。チビの自分のお小遣いでも、食事が出来るような店。
 上の学校を卒業するような人なら、レストランだと聞いているけれど。父宛の葉書では、泊まり付きということになっているから、もっと高いに違いない。参加費用と旅程は追ってお知らせ。
(空けておいてね、ってことなんだ…)
 同窓会の日程を。費用は出せても、予定が空いていないと参加出来ないから。
 それに泊まり付きだけに、観光の内容を後で詰めたりするのだろう。希望者の多い所にしたり、他に行きたい所は無いかと尋ねたり。行き先次第で費用も変わるし、それは後から。
 とはいえ、子供の自分からすれば豪華な内容。費用は謎でも、高いことだけは確かだから。



 友達に聞いた同窓会だと、お小遣いで行けるような店が会場。父に来た同窓会の葉書は、泊まり付きで食事に観光まで。
(大人はお小遣いが多いからだよね?)
 上の学校を卒業するような年の人だと、同窓会の会場はレストラン。父は遥かに年上なのだし、こういう風になるのだろう。同じ食事でも、ホテルに泊まって観光も、と。
 きっとそうだ、と葉書を見ながら考えていたら、入って来た母。
「あら、見てるの?」
 パパに来た葉書。…まだ先だけれど、パパも喜ぶわ、きっと。懐かしいお友達に会えるから。
 前にあったのは何年前だったかしらね、この学校のは。
「同窓会…。大人のは凄いね、子供のよりもずっと」
 ホントに凄い、と葉書を母の方へと向けたのだけれど、母はキョトンとした表情。
「凄いって、何が?」
 普通の葉書よ、いつかブルーにも葉書が来ると思うけど?
 子供同士の同窓会でも、連絡は葉書の筈だから。これと同じで会場を書いて。
「それは知ってるけど…。友達から色々聞いているから。…凄いって言うのは中身だよ」
 泊まり付きで、それに観光もついているんでしょ、これ?
 同窓会って、子供だったら食事だけなのに…。今の学校の生徒がやるなら、うんと安いお店。
 大人の同窓会は凄いよ、お小遣いが多いと中身も凄くなるんだね。
 ビックリしちゃった、と葉書を指差したら。
「ああ、それはね…。お小遣いとは関係無いのよ」
 大人がやってる同窓会なら、何処でもそんな風になるわね、と教えて貰った。
 父くらいの年になった大人は、仕事や結婚、自分の好みなどで引越しする人が多い。あちこちの地域や、地球を離れて他の星へと。ソル太陽系とは違う星系にだって。
 様々な場所に散っているから、同窓会をやるなら泊まり付き。
 ホテルに一泊している分だけ、長くなるのが同窓会の時間。食事だけで終わりの会よりも。
 開催時間が長くなったら、何処かで都合がつく可能性が上がるもの。一日目はどうしても無理な人でも、二日目なら出られそうだとか。泊まるだけなら、なんとかなるとか。



 お小遣いの額とは関係無い、と母が話してくれたこと。みんなが集まりやすいようにと、泊まり付きになっている同窓会。大人になったら、住む場所が宇宙に散ってゆくから。
「なんだ、そういう仕組みになっていたわけ?」
 大人だから豪華な同窓会、っていうわけじゃなくて。…その方が集まりやすいから。
 色々な場所で暮らしているなら、直ぐには集まれないものね。子供と違って。
「そうよ。ブルーくらいの年の子供なら、同窓会も簡単だけど…」
 遠い所に引越す友達、滅多に無いでしょ。だから食事で充分なのよ。短い時間で集まれるから。
 だけど大人は、うんと離れた星に引越す人も多いし…。
 同窓会は泊まり付きにするのが普通ね、何処の学校でも。そういう年になったなら。
 いつかはブルーも、こんな同窓会に出る日が来るわよ。
「…ぼくも?」
「もちろんよ。今よりもずっと大きくなったら」
 そしたら、こういう葉書が届くわ。同窓会のお知らせの葉書。泊まり付きのね。
 一番最初の同窓会なら、お嫁さんも連れて行かなくちゃ。
「お嫁さん?」
 なんで、と首を傾げたけれども、「そういうものよ」と微笑んだ母。
「此処に書いてあるでしょ、奥さんもどうぞご一緒に、って」
 ママも行ったわ、ずっと前にね。…ブルーが生まれていなかった頃に。
 遠い星とか、離れた地域から来る人だったら、同窓会のついでに家族旅行をする人もいるの。
 子供連れで来る人もいるのよ、子供は子供同士で遊べるようにしてあるから。
 一番最初の同窓会だと、お嫁さんを連れて行く人が殆どかしら。…自慢のお嫁さんだもの。
 だからブルーも、いつかはね。
 ブルーの自慢のお嫁さんを連れて、同窓会に行かないと。
「そうなんだ…」
 お嫁さん、連れて行くものなんだね、大人が出掛ける同窓会は。
 ママも行ったんなら、ぼくが行く時も、お嫁さんを連れて行かなくちゃ…。



 分かったよ、と頷いて、おやつの後で帰った二階の自分の部屋。
 勉強机に頬杖をついて、母から聞いた同窓会のことを考えてみた。大人になった後の同窓会。
 きっと友達は、あちこちに散っているのだろう。他の地域や、他の星などに。仕事や、好みや、様々な事情で散らばってしまった、暮らしている場所。
 離れ離れになった仲間が集まるためには、父に来ていた葉書のような泊まり付きで行く同窓会。奥さんや子供を連れて出掛ける人も。
(ぼくだと、ハーレイを連れて行くわけ?)
 お嫁さんではないけれど。…お嫁さんは自分の方なのだけれど。
 一番最初の同窓会には、ハーレイを連れて。
 せっかくホテルに泊まるのだから、最初だけでなくて、その次だって。同窓会がある度に。
 みんなにハーレイを自慢すると言うより、一緒に泊まって、観光だってしてみたいから。
(ハーレイの同窓会だって…)
 連れて行って欲しいんだけど、と夢を描いていて思い出したこと。前にハーレイと約束をした。同窓会ではないけれど…。
(OB会…!)
 ハーレイが通っていた学校の、柔道部員たちのOB会。彼らも宇宙に散っているだろうけれど、今もこの地域に住んでいる人たちが集まる会。それに自分も行けるのだった。
(豚汁作り…)
 柔道部で頑張る後輩たちにと、ハーレイたちが作る豚汁。学校に集まって、大きな鍋で。自慢の味のを、グツグツと煮て。
 それをハーレイが作りに行く時、連れて行って貰えるという約束。豚汁作りに行けるのならば、泊まり付きの同窓会だって…。
(行けるよね?)
 きっと、と胸を躍らせていたら、聞こえたチャイム。窓に駆け寄って庭の向こうを眺めると…。
 門扉の向こうで手を振るハーレイ。手を振り返しながら、弾んだ心。
(同窓会のこと…)
 訊かなくっちゃ、と。連れて行って貰える筈だものね、と。



 ハーレイが部屋に来るのを待って、お茶とお菓子が置かれたテーブルを挟んで向かい合うなり、もうワクワクと切り出した。同窓会、と胸を弾ませて。
「あのね、同窓会…。連れてってくれる?」
「はあ?」
 何の話だ、と瞬く鳶色の瞳。「同窓会がどうかしたのか?」と。
「えっとね…。同窓会だよ、ハーレイにだって葉書、来るでしょ?」
 こういう葉書、と父に届いた案内のことを説明した。ホテルに泊まっての同窓会。母に教わった知識も一緒に披露して。ホテルに泊まっての同窓会になる理由。
 大人の同窓会がそうなら、ぼくもハーレイと一緒に行ってもいいの、と。
「そういうことか…。そりゃまあ、なあ…?」
 美人の嫁さんは自慢しないと。もちろん一緒に連れて行ってな。
 俺の友達もきっと驚くぞ。凄い美人だし、しかもお前はそれだけじゃないし…。
「男だから?」
 お嫁さんって言っても女の人とは違うから…。やっぱりビックリされるよね。
 ハーレイのお嫁さんが男だなんて、って、みんなビックリ仰天で。
「いいや、そいつは誰も気にしやしないだろう。なんたって、俺の嫁さんなんだ」
 俺が選んだ嫁さんだしなあ、男だろうが、女だろうが、細かいことはいいってな。
 やっとお前も結婚したか、と肩を叩いて祝福だ。「結婚出来ないと思っていたぞ」と言うヤツも出て来たりして。
 男だというのは大したことじゃないんだが…。問題はお前の姿だな。
 俺の嫁さんになってる頃には、何処から見たってソルジャー・ブルーそのものだぞ?
 でもって、俺はキャプテン・ハーレイそっくりなわけで…。
 その俺が連れて来た嫁さんがソルジャー・ブルーに瓜二つとなったら、どうなると思う?
「んーと…。みんな、とってもビックリしそう…」
 男同士のカップルなことより、組み合わせがちょっと凄すぎるから…。
 キャプテン・ハーレイにそっくりなハーレイのお嫁さんが、ソルジャー・ブルーだなんて…。



 本物のソルジャー・ブルーじゃなくても、誰でもビックリ、と思い浮かべた光景。
 ハーレイの学校の同窓会に一緒に出掛けて行ったら、きっと注目の的だろう。ソルジャーの服を着ていなくても。…ごくごく普通の服装でも。
 今のハーレイは、前のハーレイにそっくりだから。それに自分も、前の自分と同じ姿に育つ筈。
 そんな二人がカップルだったら、結婚したとなったなら…。
「ハーレイの友達にもビックリされそうだけれど、それだけじゃなくて…」
 前のぼくたち、みんなに誤解されそうだね。本当は恋人同士だったのかも、って。
 …本物のキャプテン・ハーレイと、ソルジャー・ブルー。
「そっちが本当のことなんだが…。前の俺たちは、恋人同士だったというのが」
 しかし、今の俺たちが正体を明かしていないからには、誤解でしかないな。
 そっくりなカップルが現れたから、というだけで生まれちまった誤解。
 根も葉もない噂話ってヤツだが、さぞかし盛り上がることだろうさ。…その同窓会。
 歴史の真実を発見だとか、まるで根拠の無い話でな。
「ぼくもそう思う…。本当は当たっているんだけれど…」
 何の証拠も残ってないしね、前のぼくたちが恋人同士だったってこと。
 ハーレイは航宙日誌に書いていないし、前のぼくだって何も残していないから…。
 どう考えても、誤解で間違い。…ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイは恋人同士、っていう説は。研究者に言ったら、笑われちゃう。
 だけど、話の種にするには面白いから…。
 ハーレイがぼくを連れて行ったら、同窓会の話題、それで決まりだね。
 ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイは、本当は恋人同士でした、っていう新説。



 賑やかだろう同窓会。いつかハーレイが、一緒に連れて行ってくれたら。
 ホテルに泊まって食事に観光、その間に何度も注目されては大騒ぎ。平和な時代を作った英雄、ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイ。
 歴史の授業で必ず教わる、あの二人は恋人同士だったらしい、と無責任すぎる噂話で。ワイワイ騒いで、写真なんかも撮られたりして。
(もっとソルジャー・ブルーらしく、って注文されたりするのかな?)
 今の自分と前の自分は、表情がまるで違うだろうから。同じ姿でも、表情で印象が変わるから。
 ハーレイと二人で並んで立って、注文通りの表情とポーズ。
 服装は全く違っていたって、ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイらしく、と注文されて撮られる写真。何枚も何枚も、ポーズを変えて。
(友達に見せて驚かせるんだ、って撮るよね、きっと…)
 同窓会に行って来たお土産と一緒に、披露されそうなハーレイとの写真。
 地球のあちこちや、色々な星に運ばれて。「こんなカップルに会って来た」と。
 研究者も知らない大発見だ、と語られるソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイの仲。
 実は恋人同士だったと、証拠が此処に、と出してみせる写真。
 見せられた人は驚くだろうし、「本当なのか」と訊きそうだけれど…。
(冗談だ、って…)
 そう結ばれるだろう、同窓会の土産話。
 ただの他人の空似だと。それでもとても似ているだろうと、会心の出来の写真なのだ、と。



 同窓会が終わった後にも、話題になりそうなハーレイと自分。前の自分たちにそっくりだから。誰が見たって、ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイなのだから。
(…中身、本当は本物だしね?)
 誰も知らないだけだもんね、と考えていたら、掠めた思い。
 今の時代は同窓会があるのだけれども、前の自分たちの同窓会が出来たなら、と。
 遠く遥かな時の彼方で、白いシャングリラで共に暮らした仲間たち。ヒルマンやゼルや、エラやブラウや。…それにジョミーも、トォニィたちも。
 もう一度彼らと顔を合わせて、ホテルに泊まって、観光だって。
 それが出来たら、きっと素敵に違いない。今の平和な時代だからこそ、やってみたいこと。
「ねえ、ハーレイ…。同窓会、したいと思わない?」
 出来たらいいね、と言葉にしたら、ハーレイは怪訝そうな顔。
「同窓会なら、勝手に葉書が来ると思うが?」
 俺は幹事をやってないから、次はいつだか知らないが…。任せっ放しで。
 好きなヤツがいるんだ、そういうのがな。ホテルの手配とか、観光プランを立てるのとかが。
「違うよ、今のハーレイじゃなくて…」
 前のぼくたちだよ、同窓会をしたいのは。…前のぼくたちの同窓会。
「なんだそりゃ?」
 サッパリ意味が分からないんだが、前の俺たちっていうのは何だ?
 お前がやりたい同窓会は、どういう同窓会なんだ…?
「…無理だろうけど、夢の同窓会…」
 前のぼくたちが一緒に暮らした、シャングリラの仲間を集めるんだよ。
 ゼルもヒルマンも、ブラウもエラも。…ジョミーも、それにトォニィたちもね。
 葉書を出して、ホテルに泊まって、みんなで観光。
 食事も一緒で泊まるのも一緒、もちろん会場は地球でなくっちゃ。…前のぼくたちが目指してた星で、今はすっかり青いんだもの。前のぼくたちが生きた時代と違って。



 青い地球の上で、皆が集まる同窓会。白いシャングリラはもう無いけれど。
「みんなが生まれ変わって来てたら、出来そうだよね、って…」
 ぼくたちみたいに、ちゃんと記憶を持って。…出会えて、それに連絡も取れて。
 全員に葉書を出せるんだったら、同窓会だって出来るでしょ?
「なるほどなあ…。あいつらを全員、地球に集めて、同窓会をしようってことか」
 そいつはさぞかし愉快だろうな。懐かしいヤツらが勢揃いする、と。
 でもって、俺はお前を連れて出席するわけか…。
 俺の嫁さんになったお前を、あいつらに紹介するために。
「そう!」
 だから今だと、まだ早すぎて駄目だよね。…ぼくがチビだから。
 前と同じに育ってからだよ、同窓会をするんなら。
 ハーレイと結婚して、お嫁さんになってから。…二人一緒に同窓会に出掛けて行って…。
 それでね、とハーレイに話した夢。
 同窓会の席で、「実は…」と打ち明ける、時の彼方での昔話。
 今はこうして恋仲だけれど、本当は前もそうだった、と。
 ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイは恋人同士で、最後まで恋をしていたのだと。
 前の自分たちは誰にも言えずに終わったけれども、今ならきっと、笑って許して貰えるだろう。
 ブラウあたりが「そうだったのかい!?」と、目を丸くしていそうだけれど。
 ゼルやヒルマンも、「知らなかった」とポカンとするかもしれないけれど。
 それでも、今なら笑い話。ずっと隠していた恋は。
 前の自分も、それにハーレイも、役目はきちんと果たしたのだし、責められもせずに。
 最後まで隠し続けたことさえ、裏切りだったとは言われないで。



 叱られないと思うんだけど、と傾げた首。「大丈夫だよね?」と。
「…同窓会をするんだったら、みんなに話しておきたいから…。本当のことを」
 今度は結婚しているんだもの、前もホントは恋人同士だったんだ、って。
 きっと叱られないと思うよ、前のぼくたち、自分の仕事は全部きちんとやったんだもの。
「そうだな、叱られはしないだろうな」
 叱る理由が見付からないしな、特にお前は。…メギドを沈めて皆を守ってくれたんだから。
 恋人だった俺と離れて、独りぼっちで死んじまう羽目になったって。
 …しかしだ、俺はお前ほど頑張ったというわけじゃないしな…。
 死んだ時にもヒルマンもゼルも一緒だったし、お前のようにはいきそうにない。
 恋をして幸せだったとバレたら、詫びの印に何かさせられそうではある。
 なんたって相手は、あいつらだからな。
「何かって…?」
 お詫びの印って、ハーレイ、何をさせられちゃうの?
 叱られないけど、「すみませんでした」って何十回も言わせられるとか…?
「子供の同窓会じゃないんだ、もっとみんなが喜ぶことだ」
 みんなに酒をおごらされるとか、そんなトコだな。それもとびきり上等の酒を。
 きっとゼル辺りが音頭を取るんだ、「ハーレイのおごりだ、大いに飲め」と調子に乗って。
 酒を運んでくれる係に言いそうだよなあ、「いいから、樽ごと持って来い」と。
「ありそうだよね…」
 樽ってお酒の入った樽でしょ、ゼルならホントに運ばせそう。
 ハーレイのお財布、きっと大打撃だろうけれど…。
 それでも、みんなが楽しめるんなら、ぼくは文句は言わないよ?
 前のぼくたちが恋人同士だったってことを隠してた罰に、お酒をおごらされるんだから…。
 ごめんなさい、って謝る代わりに、美味しいお酒を御馳走すればいいんだから。
 ハーレイのお財布が空っぽになっても、ぼくなら平気。
 暫くの間は、うんと質素な食事ばかりになっちゃってもね。



 ホントに平気、と思った夢の同窓会。前のハーレイとの恋を明かした結果が、ハーレイの財布に大きな打撃を与えても。同窓会が終わった後には、質素な食事の日々が続いても。
「ぼくは平気だから、ハーレイ、みんなにお酒をおごってあげてね」
 お財布が空になっちゃっても。…御飯、毎日、おにぎりだけになっちゃっても。
「…お前なあ…。本当にそんな食事でいいのか、腹が減っちまうぞ?」
 いくら少ししか食わないと言っても、おにぎりではなあ…。
「平気だってば、みんなが楽しんでくれるんならね」
 それに素敵だよ、もう一度みんなに会えるなら。…御飯がおにぎりだけになっても。
 きっと楽しいから、ホントに平気。だって、みんなに会えるんだよ?
 それに会場は地球だもの。前のぼくたちの夢の星だよ、其処で同窓会っていうだけで素敵。
 そうだ、同窓会…。キースたちも呼べたらいいのにね。
「キースだって!?」
 なんだってあいつを呼ばなきゃならん?
 俺たちだけで楽しくやるのならいいが、キースなんかを呼んでどうする。
 前のお前に何をしたヤツか、お前も覚えている筈だがな…?
「今だからこそだよ、キースを呼ぶのは」
 ジョミーとは話が合う筈だものね、トォニィがちゃんと聞いたんでしょ?
 一緒に戦った仲間だった、っていう話。ジョミーとキースは、最後は友達だったんだよ。
 だからジョミーはキースに会えたら喜ぶし…。
 ハーレイだって、きっと仲良く喧嘩出来るよ、今の時代なら。
 お詫びの印に何かやれ、って言って、キースにお酒をおごらせるとか。
「そう来たか…。詫びの印か」
 俺はゼルたちに酒をしこたま飲まれて、財布が空になりかねないって所だが…。
 その俺はキースにおごらせるんだな、もっといい酒を飲ませろ、と。



 痛快ではあるな、と笑うハーレイ。
 酒をおごらせてやるのもいいが、一発殴ってやるのもいいか、と。
「生まれ変わりでも、キースはキースだ。…見た目は前と同じだってな」
 それに記憶も持ってるわけだし、殴られたって理解出来るだろう。
 どうして俺に殴られたのか、同窓会で痛い目に遭わされたのか。
「それ、酷くない?」
 いくらキースの記憶があっても、殴るだなんて…。同窓会に来てくれたのに…。
 時間を作って、遠い星から来てくれたのかもしれないのに…。
「そうかもしれんが、一発殴れば、それで清算出来るんだぞ?」
 前のあいつが前のお前にやらかしたことを、きちんとな。…殴られてアザが出来ようが。
 俺の嫁さんを殺そうとした罰だ、そのくらいの詫びはして貰わないと。
「ぼく、生きてるけど…?」
 生きてるからハーレイのお嫁さんだし、一緒に同窓会なんだけど…。
 それでもキースを殴るって言うの、ぼくは死んではいないのに…?
「今のお前は確かに生きてる。…だが、前のお前は死んじまった」
 キースのせいでな。あいつがメギドを持ち出さなければ、前のお前は死んではいない。
 ついでに、あいつは前のお前を何発も撃って、そのせいでお前の右手は冷たく凍えちまって…。
 お前、泣きながら死んだんだろうが、メギドで独りぼっちになって。
 …それでも殴るのは駄目だと言うなら、あいつの右目の周りに丸を描くとするか。
「丸って…?」
「墨でデッカイ丸を描いてやるんだ、お前の右目の仕返しに」
 お前が最後に撃たれた右目。その仕返しだ、とキースの顔にクッキリ描いてやる。
 同窓会にはこの顔で出ろ、と。
「酷すぎない?」
 キース、みんなに笑われちゃうよ。…その墨、簡単には消えないんでしょ?
「当然だろうが。同窓会の間は消えない墨で描いてやらんと意味が無い」
 そんな顔でも、殴られるよりはマシだと俺は思うがな?
 記念写真に写ったキースは、どれも目の周りに墨で描いた丸がついていたって。



 そういうキースと二日も過ごせば、俺もあいつを許せるかもな、とハーレイは言った。
 今もキースが憎い原因、それの一つは直接顔を合わせていたのに殴り損ねたことだから、と。
「…前の俺があいつと出会った時には、前のお前を撃ったことを知らなかったから…」
 メギドを持ち出したヤツではあったが、国家主席には違いない。
 人類側の代表なんだし、過去のことは水に流すべきだ、と思って挨拶しちまった。ミュウを代表する一人としてな。
 あの時、俺が知っていたなら…。確実に殴っていただろう。他のヤツらに止められたって。
 それなのに、俺はそうしなかった。…前のお前がどうなったのかを、全く知らなかったから。
 今の俺が全てを知った時には、あいつは姿を消しちまってた。
 歴史の中の人物になってしまって、殴りたくても、キースは何処にもいなかったってな。
 あいつに仕返し出来さえすればだ、許せる日だって来そうなんだが…。
「そっか…。それじゃ、同窓会、しなくちゃね」
 キースも呼んで、うんと賑やかに。…今はキースはいないけれども。
「同窓会って…。何処でやる気だ?」
 夢の話をしていた筈だぞ、実現するのは無理だと思うが…?
「地球でやるのは無理そうだから…。いつか、天国でやりたいな」
 天国だったらみんな揃いそうだよ、と浮かべた笑み。みんなの記憶もちゃんとあるよね、と。
「それはまた…。ずいぶんと気の長い話だな?」
 お前はたったの十四歳だし、同窓会の開催までには、いったい何年かかるんだ?
「三百年は軽くかかると思うよ。でも、やりたいと思わない?」
 それまでにハーレイのキース嫌いが治っていたら、いいけれど…。
 キースに仕返ししたい気持ちが、消えてくれていたらいいんだけれど…。
「治したいのか、俺のキース嫌いを?」
 俺は治したいとも思っていないし、今もあいつを許すつもりは無いんだが…?
「だって、ハーレイの心の傷だよ?」
 ぼくが生きていても、キースを許せないほどの。…それは心の傷でしょ、ハーレイ?
 だから治してあげたいんだよ。その傷が出来てしまったの、ぼくのせいだから…。



 前のぼくが撃たれていなかったなら、と見詰めたハーレイの鳶色の瞳。
 聖痕が今のハーレイに真実を教えてしまった。前の自分がどうなったのか。キースの銃で何発も撃たれて、右の瞳まで砕かれたこと。…痛みのあまりに、ハーレイの温もりを失くしたことも。
 メギドで死んだだけだったならば、ハーレイはキースを今ほど憎みはしなかったろう。キースの生まれ変わりに会っても、殴りたいと思うくらいには。
「…ぼくのせいだよ、ハーレイがキースを大嫌いなのは…。それじゃ辛いよ、ハーレイが」
 いつまで経っても憎んでるなんて、ハーレイの心は痛いまま。…心の傷が開いたまま。
 傷から流れる血も止まらないし、その傷、ちゃんと塞がなくっちゃ。
 ハーレイがキースの名前を聞いても、心が痛み出さないように。
 …だけど、目の周りに丸を描いてやる、って言える程度には傷がマシになったの?
 キースを殴れないんだったら、右目の周りに丸だ、って。
「どうなんだか…。殴るのは酷い、とお前が言うから、別の手段を考えたまでだが…」
 同窓会も愉快ではある、と思ったことは確かだな。
 目の周りに丸を描かれたキースを晒し者にして、記念写真が撮れるなら。
「それなら少しずつ治ってるかもね、ハーレイの傷」
 きちんと治して欲しいよ、それ。…辛いのはハーレイなんだから。
 ぼくはキースを憎んでないのに、ハーレイだけが憎み続けるなんて…。辛い思いをするなんて。
 そんなの駄目だよ、治さなくっちゃ。
 心の傷を綺麗に治して、痛まないようにしなくっちゃ…。



 キースの話も笑って出来るくらいになって、と心の底から願ったこと。
 今のままでは、ハーレイが辛いだけだから。キースを憎み続けたままでは、ハーレイの心の傷が治りはしないから。
 傷からは血が流れ出すのに。…血を流す傷は痛むのに。
「…ホントだよ、ハーレイ? キースが嫌いだと、辛い思いをするのはハーレイなんだから…」
 ぼくはとっくに許しているのに、ハーレイは許せないなんて…。
 キースが嫌いで憎いままだなんて、それはホントに、ハーレイが辛いだけだもの…。
「そう言われても…。こればっかりは、そう簡単にはいかないな」
 俺は自分が許せないんだ、どうして気付かなかったのか、と。
 メギドにはキースがいた筈なんだし、お前に何かしたかもしれん、と考えていれば…。
 そうすりゃ、俺はキースに訊いた。「ブルーをどうした」と問い詰めただろう。
 あいつが「知らん」と答えたとしても、訊いてさえいれば…。
 それもしなかった馬鹿が前の俺でだ、その辺りも複雑に絡んでいるのがキース嫌いの原因だ。
 しかし、お前はキースが好きらしいしな?
 憎んでいないこともそうだし、結婚シリーズの夢もあったよな、お前。
 俺の代わりにキースと結婚式を挙げるって夢を、お前、何度か見てた筈だが…?
「それは無しだよ、夢なんだから!」
 寝てる間に見てしまう夢で、コントロールなんか出来ないんだもの…!
 あれはただの夢で、みんなで夢の同窓会をやるにしたって、ぼくはハーレイのお嫁さんだよ!
 キースのお嫁さんになっても、嬉しくもなんともないんだから…!
「俺だってあいつに譲りはしないぞ、お前をな」
 お前は大事な嫁さんなんだし、頼まれたってキースには譲ってやらん。
 土下座しようが、山ほどの宝を積み上げようが。
「ぼくも譲られたって困るよ…!」
 逃げて帰るよ、ハーレイのお嫁さんなんだから…!
 ハーレイが同窓会で飲んだお酒で酔っ払っちゃって、ぼくをあげるってキースに約束しても…!



 絶対に逃げて帰るからね、と誓ったけれども、出来ない夢の同窓会。
 今の地球には、今の時代には、自分たちしかいないから。他の仲間もキースもいなくて、葉書を出すことも出来ないから。「同窓会をやりましょう」と。
 いつか天国でするのだったら、出来そうだけれど。もう一度、みんなで会えそうだけれど。
「…同窓会、みんなでやりたいな…」
 天国でいいから、みんなで会って。…天国だったら、泊まり付きでなくても大丈夫だね。
 みんなの都合も簡単に合うし、きっと楽しい会になりそう。
「おいおい、天国だなんて気の早いことを言う前に、だ…」
 俺と一緒に同窓会に行かないとな?
 キャプテン・ハーレイとソルジャー・ブルーが結婚してる、と俺の友達の度肝を抜きに。
 前の俺たちにも変な噂が立つんだろうが、そいつは根も葉も無い噂だし…。
 それに本当は、噂の方が真実だったというオチだしな?
「行くに決まっているじゃない。…連れてってくれるか訊いたの、ぼくだよ?」
 同窓会にも、OB会にも行くんだよ。ハーレイの友達や、先輩や後輩の人たちに会いに。
 それから、ぼくの同窓会にも来てくれる?
 ママが言ったよ、いつかはぼくにも同窓会のお知らせの葉書が届くんだ、って。
 「お嫁さんと一緒に行くのよ」って、ママは言ってたけれど…。
 ぼくはハーレイのお嫁さんだし、ハーレイと一緒に行くものでしょ?
「もちろん、俺も一緒に行くが…。待てよ、ハーレイ先生が出席しちまうのか?」
 今の学校の同窓会なら、そういうことになっちまうか…。同窓会にハーレイ先生なあ…。
 俺がお前を担任してたら、先生が行っても、少しも変ではないんだが…。
「…ぼくの担任にならなかったら、ハーレイが同窓会に出ていたら、変?」
 ハーレイ、とっても困っちゃう?
 ぼくと一緒に出るのは無理?
「いやまあ…。今だと色々問題もあるが、同窓会なら…」
 お前が学校を卒業したなら、先生も何も無いからな。元はハーレイ先生だとしても、同窓会ではお前の結婚相手ってだけだ。
「なら、決まりだね!」
 ぼくの同窓会に行く時も、ハーレイと一緒。二人で同窓会に行こうね、泊まり付きの。



 約束だよ、と指切りしたから、いつかは二人で同窓会にも出掛けてゆこう。
 ソルジャー・ブルーと、キャプテン・ハーレイなカップルで。
 ハーレイの学校の同窓会にも、チビの自分が卒業した後の同窓会にも。
 きっと何処でも盛り上がるだろう、二人で姿を見せたなら。キャプテン・ハーレイにそっくりなハーレイと、ソルジャー・ブルーにそっくりな自分が結婚したとなったなら。
「お前と二人で同窓会か…。とんだ噂が流れそうだな」
 同窓会に出ていたヤツらが、自分の家に帰ったら。…地球のあちこちや、あちこちの星に。
 俺たちの写真を見せびらかしては、歴史的な発見がどうこうと。
 ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイは、実は恋人同士じゃないか、と冗談で。
 とてつもなく良く出来た冗談なだけに、噂に尾ひれがつきそうだよなあ…。
「噂の方が本当なんだし、いいじゃない」
 本当は恋人同士でした、って噂が宇宙に流れても。
 何の根拠もありませんから、って研究者や学者が怒っててもね。



 それはそれで面白いじゃない、と笑ったけれども、誰も信じはしないだろう。
 ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイ、前の自分たちの恋のこと。
 遠く遥かな時の彼方で、本物の恋人同士だったこと。
 最後まで二人で隠し続けて、そのまま終わってしまった恋だということは。
 いつか昔の仲間たちを集めて同窓会が出来たとしたなら、その時は信じて貰えそうだけれど。
 「実は恋人同士でした」と二人で明かして、みんなが驚く同窓会。
 そういう同窓会もいい。
 今のハーレイのキース嫌いが治るなら。
 皆で笑い合って、昔を語り合えるのならば。
 今はまだ、夢の同窓会を開けはしないのだけれど。…誰も仲間はいないから。それにキースも。
 だから本物の同窓会に出掛けてゆく。
 いつか結婚したならば。
 ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイ、そういう姿をしたカップルで…。




          夢の同窓会・了


※同窓会を開くなら、泊まりになるのが大人の世界。他の星や地域に住む人が増えるせいで。
 ハーレイとブルーが一緒に出席したなら、無責任な噂が流れそう。歴史の隠された真実発見。
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※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。




食欲の秋です、これから色々と美味しい季節。学校がある日は放課後が楽しみ、お休みの日はお昼御飯も晩御飯も。お料理大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」が腕を奮ってくれてますから、普段だって充分に美味しいんですけどね!
今日も放課後、みんなで「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ出掛けて。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
今日はカボチャのパウンドケーキなの! と迎えてくれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」。紅茶やコーヒーも出て来て、楽しいお喋りタイムが始まりましたが…。
「えとえと…。今度の土曜日なんだけど…」
ちょっとお料理作ってもいい? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が質問を。
「ちょっとって…。なんだよ、土曜日、出前の予定でもあったかよ?」
聞いてねえけど、とサム君が言って、ジョミー君が。
「いつも、ぶるぅの料理だよ? 作っていいかって訊かれても…」
「作らなくてもいい? という質問なら分かるがな」
まるで逆だな、とキース君。
「何か作りたいものでもあるのか、俺たちに断った上でないとマズイとか、そういうのが」
「ぶるぅの料理が不味いなんてこと、ありましたっけ?」
ぼくの記憶では一度も無いです、とシロエ君が。
「変わった料理に挑戦してみた、って言ってる時でも必ず美味しいですけどね?」
「だよねえ、そこは間違いないよね」
どんなものでも美味しいし、とジョミー君が頷き、スウェナちゃんも。
「百パーセントって言えるレベルよ、どんな料理でも美味しいわよ」
「ぼくもそうだと思います。うちのシェフより腕は上ですよ」
間違いなくプロ級の料理ですから、とマツカ君も太鼓判を押しました。
「アレンジだって上手いですしね、どんな料理をしようとしているのかは知りませんけど…」
「わざわざ断らなくてもなあ?」
いいんでねえの、とサム君がグルリと見回し、「うん」と頷く私たち。
「ホント? 作っていいの?」
土曜日のお昼御飯にしてみたいけど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。お昼御飯なら軽めのお料理か何かでしょうか、今の季節だと食材も色々ありますもんね?



土曜日のお昼に作ってくれるらしい、何かの料理。前もって訊かれると気になりますから、どんな料理か尋ねてみようかと思っていたら。
「ぶるぅ、作りたいのは何の料理だ?」
一応、参考までに聞いておきたい、とキース君が切り出してくれました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコッと笑って。
「えっとね、パイだよ、伝統のパイ!」
紅茶の国のパイなのだ、という返事。紅茶の国と言ったらアフタヌーンティーの国、でもでも、食事はとっても不味いんでしたっけ?
「…なるほどな…。あの国のパイか、それは訊かれても納得がいく」
美味い料理は朝飯しか無いと昔から言われているらしいしな、とキース君。
「やたら貴族が多い割には、どうにもこうにも酷いと聞くし…」
「何故なんでしょうね、貴族だったら美味しい料理も食べ放題だと思うんですけど…」
シロエ君が首を捻ると、会長さんが。
「説は色々あるけどねえ…。貴族の味覚音痴ってヤツが根源にあるって話もあるね」
「「「味覚音痴?」」」
なんですか、それは? 美味しい物を食べれば舌は肥える一方、一般人なら分かりますけど、貴族が味覚音痴だなんて…。
「今の時代は大丈夫だろうと思うけれどさ…。昔が酷かったらしいんだよ、うん」
会長さんが言うには、貴族の仕事はいわゆる社交。子育ては使用人にお任せ、子供部屋だって大人の部屋からは完全に隔離状態だったらしく。
「そういう所で子供たちが食べてた食事が不味かったんだと言われているねえ…」
オートミールのポリッジとかね、と会長さんが挙げた不味い食べ物の代表格。そういったもので育った子供の味覚がマシになる筈がなくて。
「そのまま大人の社会に出たって、不味い料理で満足なんだよ、そういう子供は」
「「「うわー…」」」
それはヒドイ、とイギリス貴族に同情しました。不味い食事で育ったばかりに、成長しても不味い料理でオッケーだというわけですか!
「らしいよ、もちろんグルメもいたけど…。そんな人は別の国から来たシェフを雇うんだよ!」
フレンチの国から本場のシェフを、という説明。とどのつまりが、紅茶の国では料理人の腕ってヤツからしてもダメダメなんだということですね?



味覚音痴な貴族と腕が駄目なシェフ、それのコラボが不味いと評判の紅茶の国の最悪な料理。そうなってくると、腕のいい「そるじゃぁ・ぶるぅ」が同じ料理を作るとなったら…。
「美味いんでねえの、元の料理は最悪でもよ」
ぶるぅだしな、とサム君がグッと親指を。
「舌は肥えてるし、腕はいいんだし、絶対、美味いのが出来るって!」
「そうだな、ぶるぅのパイは美味いしな。…それに、あの国のパイにしたって…」
ミートパイはけっこうイケる筈だ、とキース君。確かにミートパイは美味しいです。あの国で生まれた料理ですよね、ミートパイ?
「うん、ミートパイはあの国だねえ…。クリスマスプディングとかと同じで」
伝統料理、と会長さんが答えてくれて、シロエ君が。
「それなら、ぶるぅのパイにも充分に期待出来そうです。…どんなパイなんですか?」
伝統のパイにも色々あるんでしょうけど、という質問に「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「んーとね、お祭り用…なのかな?」
「「「お祭り?」」」
「その時だけ作るパイなんだって! 今はそうでもないらしいけど…」
ああ、ありますよね、その手の伝統料理ってヤツ。昔はこの時期しか食べなかった、っていうのが年中食べられるだとか、そういうの…。
「お魚のパイで、漁師さんに感謝でお祭りなの!」
「「「は?」」」
魚料理は漁師さんがいないと無理ですけれども、そこで感謝のお祭りまでしますか、伝統料理のレベルとなったら毎年やってるわけですよ?
「そだよ、十六世紀って言うから、ぼくもブルーもまだ生まれてない頃のお話!」
そんな昔からあるお祭りなの! と説明されると、ますます気になるお祭りの由来。漁師さんに感謝し続けてウン百年って、その漁師さんは何をやったと?
「お魚を獲りに行ったんだよ! クリスマスの前に、たった一人で!」
勇気のある漁師さんのお話、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が語った話はこうでした。魚が食卓のメインだった漁村で海が荒れまくったクリスマス前。このままでは皆が飢えてしまう、と船を出したのが勇気ある漁師。充分な量の魚を獲って戻って、皆は飢えずに済んだのだそうで…。
「それで魚のパイを作ってお祭りなの!」
分かった? と訊かれて、全員が「はいっ!」と。そういうお祭りならば納得、土曜日は魚のパイらしいです。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の腕に期待で、楽しみになってきましたよ~!



伝統ある魚のパイが食べられると聞いた土曜日、私たちは揃って朝から会長さんの家へ出掛けてゆきました。どんなパイだか、誰もがワクワクしています。
「美味いんだろうなあ、ぶるぅが作ってくれるんだしよ」
ド下手な料理人と違って、とサム君が言えば、ジョミー君も。
「プロ並みだもんね、きっと貴族が食べてたヤツよりずっと美味しくなるんだよ!」
「俺もそう思う。…魚のパイなら、きっと見た目もゴージャスだろうな」
スズキのパイ包みだとか、あんな感じで、と例を挙げられて高まる期待。魚を料理してパイ皮で包んで、パイごと魚の形に仕上げる料理はパーティーなんかにピッタリです。
「昼御飯からゴージャスなパイはいいですねえ…!」
最高に贅沢な気分ですよ、とシロエ君が言った所で部屋の空気がフワリと揺れて。
「こんにちはーっ! 今日は伝統のパイなんだってね!」
ぼくも食べたい! と現れたソルジャー、今日もシャングリラは暇みたいです。正確に言えば、ソルジャーが暇にしているというだけで、ソルジャーの世界のシャングリラに休日は無いんですけど…。土曜も日曜もキャプテンは出勤、それでソルジャーが来るんですけど…。
「…君まで来たわけ?」
会長さんが顔を顰めても、ソルジャーの方は悠然と。
「いいじゃないか、別に食べに来たって…。それより、おやつ!」
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
わざわざ食べに来てくれたんだあ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がキッチンの方から飛び跳ねて来ました。パイの支度を抜けて来たようです。
「はい、おやつ! 栗たっぷりのタルトなんだけど…。それと紅茶と!」
「ありがとう! ぶるぅはパイを作ってたのかい?」
「うんっ! 後はオーブンに入れるだけだよ!」
下ごしらえは済んだから、と流石の手際良さ。ソルジャーも「凄いね」と褒めちぎって。
「凄く歴史のあるパイらしいし、食べさせて貰おうと思ったんだけど…。なんていうパイ?」
名前がついているのかな、という質問。そこまでは誰も気が回ってはいませんでした。単なる魚のパイというだけ、やはりソルジャー、歴戦の戦士は目の付け所が違います。こうでなければソルジャー稼業は務まらないんだな、と見直したりして…。



ソルジャーが訊いた、伝統ある魚のパイの名前。誰も尋ねはしなかったポイント、果たして名前はあるのでしょうか?
「名前だったら、ついてるよ?」
ちゃんとあるよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ずっと昔からその名前なの! と。
「ふうん…。名前も変わっていない、と」
ソルジャーが相槌を打つと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「だって、伝統のパイだもん! スターゲイザーパイって言うの!」
「「「…すたー…?」」」
なんじゃそりゃ、と思ってしまったパイの名前。スターって星の意味ですか?
「そうだよ、お星様を眺めるパイっていう意味の名前!」
「へえ…! それは素敵な名前だねえ…!」
来て良かった、と喜ぶソルジャー。
「ぼくにとっては星と言えば、地球! いつも心に地球があるしね、もう行きたくて!」
此処も地球ではあるんだけれど…、と窓の外の青空に視線を遣って。
「こっちに来る度に、ますます地球へ行きたくなるねえ、ぼくの世界の本物の地球に!」
だからいつでも星を見てるよ、と夢見る瞳。スターゲイザーパイの名前はソルジャーのハートを射抜いたようです。
「ぼくの憧れの地球で食べるのに相応しいパイだよ、その魚のパイ!」
「ホント!? 食べてくれる人が増えて嬉しくなっちゃう!」
作って良かったあ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」もピョンピョンと。
「それじゃ続きを作ってくるね! 焼き加減も大事なポイントだから!」
焦がしちゃったら台無しだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はキッチンに戻り、私たちとソルジャーは魚のパイで盛り上がりました。
「星を眺めるパイと来たか…。なんとも洒落たネーミングではある」
伝統のパイともなれば違うな、とキース君。
「正直、あの国の料理を馬鹿にしていたが…。名前もただの魚のパイだと思っていたが…」
「ぼくもそうです、まさかお洒落な名前があるとは夢にも思いませんでした」
世の中ホントに分かりませんね、とシロエ君も感心していて、ソルジャーが。
「訊かなきゃ駄目だよ、そういうのはね! ぼくへの感謝は?」
「「「はいっ!」」」
感謝してます、と頭を下げた私たち。星を眺めるスターゲイザーパイ、楽しみですよね!



どんなに素敵なパイなのだろう、と待ち焦がれた伝統ある魚のパイとやら。「お昼、出来たよ!」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に呼ばれて入ったダイニングのテーブルの上には、魚のパイは置かれていませんでした。
「…あれっ、パイは?」
パイが無いけど、とジョミー君が見回すと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「主役は後から登場だもん! 座って、座って!」
「「「はーい!」」」
サラダやスープは揃っていますし、テリーヌなんかのお皿だって。お昼御飯からなんともゴージャス、この上にまだスターゲイザーパイが来るんですから、誰もがドキドキ。
「…どんなのだろうね?」
「きっと凄いんだぜ、もったいつけて後からだしよ」
見た目からしてすげえパイだろ、とサム君が言って、ソルジャーも。
「ぼくも大いに期待してるんだよ、名前を聞いた時からね! 星を眺めるパイだしねえ…」
さぞ美しいパイに違いない、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が消えた扉の方を見ているソルジャー。主役のスターゲイザーパイを取りに行ってるんです、「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「…あんた、覗き見していないのか?」
得意技だろうが、とキース君が尋ねると。
「そんな無粋な真似はしないよ、新鮮な驚きと感動が減るよ!」
「君にもそういう感覚は一応あったんだ?」
ちょっと意外、と会長さん。
「でもまあ、それだけの価値はあると思うよ、ぶるぅのパイは」
「そこまでなのかい?」
君が絶賛するほどなのかい、とソルジャーの瞳が期待に煌めき、私たちだって同じです。それから間もなく、ダイニングの扉がバタンと開いて。
「かみお~ん♪ お待たせ、スターゲイザーパイ、持って来たよ~!」
はい、どうぞ! とテーブルのド真ん中にドンッ! と置かれたパイ皿、誰もが仰天。
「…なんなんだ、これは!」
キース君が怒鳴って、ソルジャーも。
「こ、これが…。これが星を眺めるパイなのかい…?」
言われてみればそうなんだけど、と愕然としたその表情。そうなるでしょうね、これではねえ…。



星を眺めるパイという意味の名前な、伝統あるスターゲイザーパイ。それは確かに星を眺めるパイでした。もしも今、空に星が出ていたら。此処に天井が無かったら。
パイからニョキニョキと突き出した幾つもの魚の頭が星を見ています、まあ、魚はとっくに死んでますけど。パイに入れられる段階で死んでいるんですけど、焼き加減があまりに絶妙なので…。
「…ハッキリ言うけど、怖いよ、これ!」
魚に睨まれているみたいなんだけど! とジョミー君の顔が引き攣り、シロエ君だって。
「あ、有り得ないパイだと思うんですけど…。なんで魚が刺さってるんです!」
「んとんと、これはそういうパイだから…」
スターゲイザーパイのお約束だから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「漁師さんに感謝のお祭りなんだ、って言ったでしょ? お魚に感謝!」
中に魚が入っています、と一目で分かるように魚の頭が突き出すパイがスターゲイザーパイらしいです。中に入った魚の数だけ、魚の頭。
「「「…………」」」
どうすれば、と呆然と星ならぬパイを眺める私たちですが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「だから訊いたのに…。ちょっとお料理作ってもいい? って!」
「そ、それは…。確かにそれを訊かれはしたが…」
モノがコレなら先に言ってくれ、とキース君も腰が引け気味です。魚の菩提を弔っているのか、それとも自分がブルッているのか、左手首の数珠レットを指で繰りながら。珠を一つ繰ったら南無阿弥陀仏が一回ですから、絶賛お念仏中で。
「このパイは俺も知らなかったぞ、あの国は此処までやらかすのか!」
「んとんと…。今だと、海老とかでも作るみたいだけど…」
「「「海老!?」」」
「うん! 海老さんの頭がニョキニョキ出てるの!」
そっちの方が良かったかなあ? と尋ねられたら、海老の方がマシだった気もしますけど…。
「いや、海老にしたって、これは無い!」
このセンスだけは理解出来ん、とキース君が呻いて、私たちも理解不能でしたが。
「…いいんじゃないかな、味さえ良ければ!」
こういうパイもアリだと思う、とソルジャーが手を挙げました。
「ぶるぅ、一切れくれるかな? 美味しいんだよね?」
「美味しいと思うよ、見た目はこういうパイだけど!」
下ごしらえはちゃんとしたしね、とナイフを入れる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ソルジャー、ダテに戦士を名乗ってませんね、このパイもアリで、食べる勇気があるなんて…。



ソルジャーのお皿にドン! と載せられた一切れのスターゲイザーパイ。魚の頭がニョキッと一個だけ生えているソレを、ソルジャーはナイフとフォークで切って、口に運んで。
「あっ、美味しい! いける味だね、スターゲイザーパイ!」
「そうでしょ、ぼくも試作はしたんだもん!」
ちょっと見た目が変なだけだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も自分のお皿に乗っけています。会長さんも「ぼくも貰おうかな」と魚の頭が生えた一切れを貰いましたし…。
「…どうします?」
ぼくたちはどうするべきなんでしょう、とシロエ君。
「味は美味しいみたいですけど…。あの人はともかく、ぶるぅと会長が食べるからには、多分、ホントに美味しいんだと思うんですけど…」
「…問題は見た目なんだよなあ…」
アレが問題だぜ、とサム君が溜息、ニョキニョキ生えてる魚の頭。とても食べたいビジュアルではなくて、どちらかと言えば逃げたい方で。でも…。
「いいねえ、中身も魚なんだね、頭とは別に」
ソルジャーがパクパクと頬張り、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「そうなの、頭が見えるように魚を入れてあるけど、丸ごと入れるってわけじゃないしね!」
ちゃんと下味とかもつけて入れるし…、という説明通りに、テーブルの上のパイの断面はパイ生地と魚とホワイトソースらしきもののコラボレーション。食材だけから判断するなら、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ったからには間違いなく美味しい筈ですが…。
「キース、一番に食べないと駄目じゃないかな?」
いつも食べ物を粗末にするなと言ってない? とジョミー君。
「…そ、それとこれとは別問題でだな…!」
「でもさ、やっぱり日頃の心構えが大切なんだと思うんだよ」
見た目がどんなに酷いものでも食べ物は食べ物、とジョミー君が日頃の恨みを晴らすかのように。
「お坊さんはさ、みんなのお手本にならなきゃ駄目でさ…。此処でキースが逃げるんだったら、ぼくに坊主の心得がどうこうって言うような資格は無いと思うな」
「あー…。それは言えるぜ、頑張れよ、キース」
元老寺の副住職ってのはダテじゃねえだろ、とサム君からも駄目押しが。
「…お、俺に食えと……!」
この強烈なパイを食べろと、とキース君は焦ってますけど、お坊さんなら頑張って食べるべきでしょう。魚の菩提を弔いたいなら、無駄にしないで食べないとねえ…?



ピンチに陥ったキース君。私たちの中でスターゲイザーパイを食べるなら一番手だ、とジョミー君とサム君がプッシュ、シロエ君たちも頷いています。
「キース先輩は適役でしょうね、毒見をするのに誰か一人が犠牲になるなら」
その精神もお坊さんには必須じゃなかったですか、と更なる一撃。
「我が身を捨てて人を救うのは、王道だったと思うんですけど…。仏教ってヤツの」
「うんうん、お釈迦様の時代からある話だぜ、それ」
腹が減った虎に自分を食わせるとか、「私を焼いて食べて下さい」と焚火に飛び込んだウサギだとか…、とサム君が習い覚えた知識で補足。
「やっぱキースが食わねえとなあ…。坊主が一番に逃げていたんじゃ、その魚だってマジで浮かばれねえよ」
食ってきちんと弔ってやれよ、と会長さんの直弟子ならではの言葉、完全に断たれたキース君の退路というヤツ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も瞳がキラキラしてますし…。
「キース、食べないの? ホントに美味しいパイなんだけど!」
ねえ? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が会長さんとソルジャーに視線を向けると、二人は揃って「うん」と。
「美味しいけどねえ、この魚も地球の海の幸ってヤツでさ」
「ぶるぅの腕を疑うのかい? 見た目はアレでも、このパイは実に美味しいよ?」
それを食べないとは何事だ、と会長さん、いや、伝説の高僧、銀青様。
「ジョミーもサムも、シロエも言っているんだけどねえ、坊主の心得というヤツを…。ジョミーたちはともかく、シロエは仏教、素人だよ?」
そのシロエにまで仏道を説かれるとは情けない、と頭を振っている会長さん。
「銀青として言わせて貰うんだったら、そんな坊主とは話をしようって気にもなれないね!」
最低過ぎて、とキツイお言葉。
「もっと立派な精神を持った人と話をしたいものだよ、スターゲイザーパイを外見だけで判断しちゃって、食べようともしない坊主よりはね!」
「…う、うう……」
どうしろと、と窮地に立たされたキース君ですが、救いの手は何処からも出ませんでした。本当に美味しいパイなのかどうか、毒見するならキース君が適役なんですから。
「かみお~ん♪ キース、食べるの、食べないの?」
食べるんだったら切ってあげるけど! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。キース君がガックリ項垂れて頷き、お皿にパイがドッカンと。さて、そのパイを食べられますかね、キース君は…?



星を眺める魚のパイ。あんまりすぎるビジュアルのスターゲイザーパイでしたけれど、キース君はブルブルと震えるフォークで口へと運んで…。
「キース先輩、どうですか?」
評判通りの味でしょうか、というシロエ君の問いに、モグモグしながら立てられた親指。もしかしなくても美味しいんですか、本当に…?
キース君は口に入れたパイをゴクンと飲み下してから、「美味い!」と声を上げました。
「やはり見た目で決めてはいかんな、なかなかにいける味だぞ、これは」
食事が不味いと噂の国のパイとも思えん、と口に運んだ二口目。じゃあ、本当に美味しいんだ…?
「疑ってるのか、俺に毒見をさせておいて? ああ、肝心の魚がまだか…」
魚の頭も食っておかんと、とキース君はフォークで刺して口へと。モグモグモグで、暫く経ったらゴックンで…。
「美味いっ!」
この頭がまたいい味なんだ、と緩んだ顔。外はカリッと、中はしっとり、そんな感じの食感だったとかいう魚の頭。味付けの方も抜群だそうで。
「…なんか美味しそう?」
キースの食べ方を見てる限りは、とジョミー君が言えば、キース君は。
「何を言うんだ、俺が嘘をつくと思うのか? この状況で!」
坊主の資質を問われたんだぞ、と毅然とした顔。
「ここで嘘八百を言おうものなら、もう間違いなくブルーに愛想を尽かされる。…いや、ブルーではなくて銀青様の方だな、銀青様に見捨てられたら坊主も終わりだ」
だから絶対に嘘は言わん、と大真面目だけに、これは嘘ではないでしょう。スターゲイザーパイの味は本当に良くて、見た目が変だというだけで…。そうとなったら、ここはやっぱり…。
「俺、食ってみるぜ!」
一切れ頼む、とサム君が名乗りを上げた横からジョミー君も。
「ぼくも食べてみる! 美味しいらしいし!」
「ぼくも食べます、キース先輩のお勧めだったら間違いは無いと思いますから!」
こんな調子で次々と勇者、勇気は感染するものです。気付けばスウェナちゃんと私の前にも魚の頭がニョッキリと生えたパイのお皿が置かれていて…。
「「「いっただっきまーす!!!」」」
みんなで食べれば怖くない! とばかりに突撃したスターゲイザーパイ。あらら、ホントに美味しいパイです、もっと早めに食べておいたら良かったかも~!



魚の頭がニョッキリニョキニョキ、怖すぎたスターゲイザーパイですが。キース君が毒見をしてくれたお蔭で、みんなで美味しく食べられました。パイはすっかり無くなってしまって、食事の後は飲み物を持ってリビングにゾロゾロ移動して…。
「美味しかったね、あのとんでもないビジュアルのパイ」
流石はぶるぅ! とジョミー君が褒めると、ソルジャーが。
「ぼくが美味しいって言っても信用しなかったくせに…。キースが挑戦するまではさ」
「え、だって…。味覚が違うっていうこともあるし、ぶるぅとブルーだって食べていたけど、悪戯だってこともありそうだしね」
騙されたら酷い目に遭うし、とジョミー君。
「ただでも食事が不味い国のパイだよ、それで見かけがアレなんだからさ、警戒もするよ!」
「なるほどねえ…。ぼくには美味しいパイだったけどね、いろんな意味で」
「「「は?」」」
いろんな意味って、なんでしょう? 名前が気に入ったことも入るんでしょうか?
「ああ、名前ね! そこも大きなポイントだねえ…!」
星を眺めるスターゲイザーパイだからね、とソルジャー、ニコニコ。
「うん、あのパイは使えるよ! うんと素敵に!」
「…君のシャングリラで作るのかい?」
あまりお勧めしないけどね、と会長さん。
「見た目がアレだから、食べたがる人はいないだろうと思うけど…。食べ物で遊ぶのは感心しないね、ましてや君のシャングリラではね!」
食べ物の確保も重要だろうに、という指摘。
「同じ魚を食べるんだったら、ふざけていないで、もっと真面目に! 誰もが食べたい料理にしてこそ、ソルジャーの評価もグッと上がるというもので!」
「シャングリラだったら、そうするよ。あんなパイを作らせちゃったら、ぼくの評価はどうなることやら…。ぶるぅに精神を乗っ取られたと噂が立ってもおかしくないね」
「ぶるぅねえ…。あの悪戯小僧なら確かにやりかねないけど…。君のシャングリラでは作らないとなったら、何処でアレを使うと言うんだい?」
まさか、こっちじゃないだろうね、と会長さんが尋ねると。
「こっちの世界に決まってるじゃないか、料理人はこっちにしかいないんだからね!」
スターゲイザーパイは、こっちのぶるぅが作ったんだし! と言うソルジャー。もしかしなくても本気でアレが気に入りましたか、また食べたいと希望するほどに…?



ソルジャー曰く、使えるらしいスターゲイザーパイ。美味しいパイだと言っている上に、名前も気に入ったらしいですから、度々アレを作って欲しいとか…?
「そうだね、本家もいいんだけれど…。あれも美味しいパイなんだけど…」
「「「本家?」」」
本家というのはスターゲイザーパイなんでしょうけど、アレに分家がありますか? ソルジャーにそういう知識はゼロだと思うんですけど、此処までの流れから考えてみても…。
「その手の知識はまるで無いねえ、海老のもあるっていう程度しか!」
「あんた、海老のを食べたいのか?」
悪趣味な、とキース君が言うと、ソルジャーは。
「海老はどうでもいいかな、うん。…ぼくの希望はソーセージだから」
「「「ソーセージ?」」」
ソーセージなんかでスターゲイザーパイを作ってどうするのだ、というのが正直な所。あのパイの肝はニョキッと生えた魚の頭で、海老でも多分同じでしょう。どっちも睨まれているような気がしていたたまれないのが売りじゃないかと思うんですけど…。
ソーセージの場合は目玉なんかはありませんから、パイからニョキッと生えていたって「変なパイだ」というだけです。ソーセージ入りのパイを焼こうとして失敗したか、という程度で。
なのに…。
「分かってないねえ、君たちは!」
あのパイは星を眺めるパイなんだから、とソルジャーは指をチッチッと。
「魚や海老なら星だろうけど、ソーセージの場合は眺めるものが星じゃないから!」
「「「はあ?」」」
やっぱりソーセージでも何かを眺めるんですか、目玉もついていないのに…。第一、頭も無いと言うのに、そのソーセージが何を見ると…?
「何を見るかは察して欲しいね、パイの名前で! ぼくが作りたいパイの名前は…」
ソルジャーは息をスウッと大きく吸い込んで。
「その名もブルーゲイザーパイ!」
「「「ブルー?」」」
ブルーと言えば青い色のこと。ソーセージが眺めるものは青空でしょうか?
「そのまんまだってば、ブルーと言ったら、ぼくかブルーしかいないんだけど!」
このブルーだけど! とソルジャーが指差した自分の顔と、会長さんと。何故にソーセージがそんなものを眺めて、ブルーゲイザーパイなんですか…?



サッパリ謎だ、と誰もが思ったソーセージのブルーゲイザーパイ。美味しさで言ったら本家のスターゲイザーパイと張り合えるかもしれませんけど、それを作って何の得があると?
それにソーセージが眺めるものがソルジャーだとか、会長さんだとか、ますますもって意味が不明で、作りたい意図が掴めませんが…。
「分からないかな、ソーセージだよ?」
でもってブルーか、このぼくを眺めるソーセージ、とソルジャーはニヤリ。
「そんなソーセージは二本しか無いね、こっちの世界と、ぼくの世界に一本ずつで!」
「「「…へ?」」」
間抜けな声が出た私たちですが、其処で会長さんがテーブルをダンッ! と。
「帰りたまえ!」
「えっ、ぼくの話はまだ途中で…」
「いいから、サッサと黙って帰る! パイの話はもう要らないから!」
「でもねえ、君しか理解してないようだしね? それにブルーゲイザーパイを作るには、ぶるぅの協力が必須なわけだし…」
ぼくのぶるぅにパイを焼くなんて芸は無くて、とソルジャー、溜息。
「ぶるぅどころか、ぼくだってパイは焼けないし…。ぶるぅに焼いて欲しいんだけど…」
「かみお~ん♪ ソーセージでスターゲイザーパイにするの?」
ソーセージだったら何処でも買えるし、今日の晩御飯でも間に合うけれど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ
」は作る気満々。
「晩御飯は焼肉のつもりだったから、ソーセージのパイなら合うと思うの!」
「本当かい!? だったら、是非!」
ブルーゲイザーパイを作って欲しい、とソルジャーは膝を乗り出しました。
「ぼくのハーレイを連れて来るから、うんと立派なソーセージのをね!」
「分かった、おっきなソーセージだね!」
このくらい? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が小さな両手で作った形に、ソルジャーは「いいね」と嬉しそうな顔。
「それでさ、ついでにお願いが一つあるんだけれど…」
「どんなお願い?」
「ちょっとね、パイの中身のことで…」
注文をしてもいいだろうか、と言ってますけど、ブルーゲイザーパイは謎。会長さんが怒った理由も謎なら、なんでソーセージでブルーゲイザーパイなのかも分かりませんってば…。



まるで全く謎だらけのまま、夕食にはブルーゲイザーパイが出ることが決定しました。予定に無かった料理ですから、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は買い出しにお出掛け。ソルジャーの注文通りの大きなソーセージを買って来るから、と張り切って出てゆきましたけれども…。
「小さな子供に何をやらせるかな、君は!」
ブルーゲイザーパイだなんて、と会長さんは怒り心頭。
「それにコインを仕込むと言ったね、そのコインに何の意味があるのさ!」
「えーっと…。こっちの世界の名物じゃないか、パイとかケーキにコインというのは」
それが当たった人にはラッキー! とソルジャーが言うコイン、ガレットロワとかクリスマスプディングとかに入れてあるヤツのことですか?
「そう、それ! 当たった人はラッキーなんだろ、だからコインも入れないと!」
「ブルーゲイザーパイのコインなんかで、どうラッキーだと!?」
不幸になるの間違いだろう、と会長さん。
「第一、食べたい人もゼロだよ、君のハーレイはどうか知らないけれど!」
「ぼくのハーレイなら、喜んで食べるに決まっているじゃないか!」
それともう一人、喜んで食べてくれそうな人が…、と言うソルジャー。
「こっちのハーレイも御招待だよ、ブルーゲイザーパイを食べる会にはね!」
「なんだって!?」
「そのためにコインを入れるんだってば、万が一っていうこともあるから!」
こっちのハーレイがコインを当てたら、もう最高のラッキーが…、とソルジャーは拳をグッと握り締めて。
「ブルーゲイザーパイの中からコインが出るんだよ? そのラッキーと言えば、一発!」
「「「一発?」」」
何が一発なのだろう、と思う間もなく、ソルジャーは高らかに言い放ちました。
「ぼくが注文したパイだからねえ、コインが当たれば、ぼくと一発! こっちのハーレイでも、コインで当てたら大ラッキーなイベントってことで!」
ただ、初めての相手はブルーだと決めているらしいから、そこが問題で…、という台詞。ひょっとしなくても、その一発とかいうヤツは…。
「ピンポーン! ぼくとベッドで仲良く一発、君たちが当てても意味は無いけど!」
でも、せっかくのブルーゲイザーパイだから、というソルジャーの言葉でようやく理解出来てきたような…。ソーセージがニョキッと突き出すというパイ、そのソーセージが意味する所は、実はとんでもないモノですか…?



大正解! というソルジャーの声に頭を抱えた私たち。ソルジャーは得々としてブルーゲイザーパイを語り始めました。ソーセージが表すものはキャプテンと教頭先生の大事な部分で、会長さんやソルジャーを眺めて熱く漲るモノなのだ、と。
「それはもう元気に、ニョッキリとね! そんなハーレイの大事な部分がニョキニョキと!」
一面に生えたブルーゲイザーパイなんだけど、とトドメの一撃、そんなパイは誰も食べたいわけがありません。コインが当たるとか当たらないとか、そういう以前に。
「えっ、でもさ…。スターゲイザーパイは美味しいと言っていなかったっけ?」
ブルーゲイザーパイも似たような味だと思うんだけど、とソルジャーは分かっていませんでした。味の問題などではないということが。
「あんた、俺たちに死ねというのか、そのパイにあたって!」
俺もそいつの毒見はしない、とキース君がバッサリ一刀両断。
「コインを当てたいヤツらが食えばいいだろう! 二人もいるなら!」
「そうですよ! ぼくたちが下手に食べるよりかは、コインを当てたい人だけで!」
そしたら当たる確率も上がりますから、とシロエ君が逃げを打ち、私たちも必死に声を揃えて遠慮しまくって…。
「…仕方ないねえ…」
人数は多いほど盛り上がるのに、とソルジャー、深い溜息。
「まあいいや。…こっちのハーレイとぼくのハーレイを呼ぶとして…」
二人でコインを取り合って貰おう、とブツブツ言ってますけれど。それが一番いいと思います、私たちなんかがコインを当てても何の役にも立ちませんから~!



買い出しに出掛けた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、帰って来るなりキッチンに籠ってパイ作り。午後のお菓子も用意してくれましたけれど、「ゆっくりしてね」と言われましたけど…。
「…帰りたい気分になってきました…」
夕食の席にはアレなんですよね、とシロエ君がぼやいて、誰もが漏らした嘆き節。ソルジャーだけが嬉々としていて、会長さんは仏頂面で。そうこうする内に夕食タイムで…。
「こんばんは、御無沙汰しております」
キャプテンが空間移動で連れて来られて、ついでに教頭先生も。
「な、なんだ!? あ、これはどうも…。御無沙汰しております」
そっくりさん二人が挨拶を交わし終わると、ソルジャーが。
「今夜は特別なパイを用意したんだ、その名もブルーゲイザーパイってね!」
「「ブルーゲイザー…?」」
なんですか、と重なった声。ソルジャーは得意満面で。
「ぼくを眺めるパイって意味だよ、見れば分かると思うんだけど…。中にコインが入っていてね、それを当てたら、ぼくと一発!」
そういうパイで、という説明にキャプテンが慌てた表情で。
「お待ち下さい、私がコインを当てた場合はそれで問題無いですが…。そうでない時は…?」
「もちろん、当てた人とぼくが一発だってね! たまにはスリリングでいいだろう?」
ぼくがこっちのハーレイとヤることになるかもね、とソルジャーはパチンとウインクを。
「なにしろコインのラッキーだしねえ、ぼくを取られても恨みっこなしで!」
「そ、そんな…」
キャプテンは青ざめ、教頭先生は鼻血の危機です。ブルーゲイザーパイのコインは透視出来ないらしいですから、食べるまで何処にあるかは謎だとか。キャプテンが当てるか、教頭先生か、なんとも恐ろしいパイなんですけど~!



それから始まった焼肉とブルーゲイザーパイを食べる会。私たちは最初から遠慮しておいて正解でした。魚の頭の方がずっとマシ、パイの中からニョキニョキと生えたソーセージ。ソルジャーが得意げに「分かるだろう?」とソーセージの一つを指先でチョンと。
「ブルーゲイザーパイはさ、ぼくを眺めるパイなんだからさ…。こういうのが眺めているってことはさ、このソーセージの正体はぼくの大好物で!」
毎晩食べても飽きないモノで、とチョンチョンチョン。
「こういう立派なモノの持ち主に相応しい一発、期待してるから!」
どっちのハーレイでも、ぼくはオッケー! とソルジャーは言ったんですけれど。コインを当てたら一発ヤれるパイなんだから、と勧めたんですけれど…。
「…あの二人はまだ食べないねえ…」
無理もないけどね、と会長さんが焼肉をジュウジュウと。
「自分の大事な部分だなんて説明されたら、普通は食欲、失せるからねえ…」
「そうかなあ? ぼくはハーレイのアレが大好きなんだけど!」
なんで食べたくないんだろう、とソルジャーは愚痴り続けています。キャプテンと教頭先生はと言えば、例のパイを挟んで二人揃って溜息ばかりで。
「…お先にどうぞ」
「いえ、あなたこそ…」
「ですが、食べないことにはコインが…」
「ええ、分かってはいるのですが…」
ですが自分のアレだと思うと、と重なる溜息、二人前。スターゲイザーパイも怖かったですけど、その上を行くのが「誰も食べられない」ブルーゲイザーパイらしいです。最悪、ソルジャーが全部食べるしかないんですかねえ、大好物とか言ってますしね?
「えっ、ぼくが?」
あんな大きなパイを一人で、と叫ぶソルジャーに「食べ物を粗末にするなと言った!」と会長さんが突っ込み、キース君たちも「仏の教えに反する」と説教モードです。ブルーゲイザーパイは誰が食べることになるんでしょうか、なんとも謎な雲行きですけど…。
「やっぱアレだな、魚でもソーセージでもビジュアルが怖いっていうことだよな?」
「うん、怖すぎ…。美味しいんだって分かっていても、怖すぎ…」
食べる前の段階で恐怖が凄い、とサム君とジョミー君が頷き合って、私たちも「うん」と。ニョッキリニョキニョキ、何かが生えた変なパイ。美味しくっても怖すぎるパイは、今回限りで遠慮したいと思います~!




          怖すぎるパイ・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 今回登場した、スターゲイザーパイ。実在してます、検索すると怖い画像も出て来ます。
 いくら美味しくても、ビジュアルは大事。ブルーゲイザーパイにしたって、同じですよねえ?
 さて、シャングリラ学園番外編、来年で連載終了ですけど、毎日更新の場外編は続きます。
 今年もコロナ禍で大変な一年。さて、来年はどうなりますやら、早く日常が戻りますように。
 次回は 「第3月曜」 1月17日の更新となります、よろしくです~! 

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、12月といえばクリスマス。パーティーの季節ですけれど…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv










 今年もシャングリラにクリスマス・シーズンがやって来た。ブリッジから見える広い公園には、とても大きなクリスマス・ツリーが飾られている。もちろん夜にはライトアップで、心が浮き立つ最高の季節。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も例外ではない。
(えっと、サンタさん…。今年は何をお願いしようかな?)
 欲しいものは…、と公園をスキップしながら、あれこれと頭の中でリストアップ。カラオケ用のマイクもいいし、土鍋もいいし…、と欲望がどんどん膨らんでゆく。「何がいいかな?」と。
(サンタさんなら、大抵のものは用意出来るし…)
 地球に行くのは無理なんだけど、と「貰えないもの」も、もう充分に学習済みだ。本当に欲しい地球の座標や、「大好きなブルーを地球に連れて行く」ための道具は貰えない。
(だから、お願い事は、ぼく用でないと…)
 いつもブルーに言われるもんね、と「自分用」のプレゼントを考えていて、ハタと気が付いた。確かに毎年、サンタクロースに「欲しいもの」を貰っているのだけれども、その前に一つ、難問が「そるじゃぁ・ぶるぅ」を待っている。
(……クリスマスまでは、良い子にしないと……)
 プレゼントは貰えないらしい。悪い子だったら、サンタクロースは、プレゼントの代わりに鞭を一本置いてゆく。悪い子供を打つための鞭で、他にプレゼントは貰えないから…。
(毎年、クリスマスの前は、悪戯を我慢しなくちゃ駄目で…)
 それがとっても辛いんだっけ、とフウと溜息をついたはずみに、素晴らしいアイデアが閃いた。このプレゼントさえゲット出来れば、色々なことを一気に解決出来るだろう。我慢なんかは、もうしなくていい、最高の日々が手に入る。ブルーを地球まで連れてゆくことも、頑張り次第で…。
(出来ちゃいそう、って気がしてきたよ!)
 これに決めた、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は駆け出して行って、小さなツリーの側まで行った。クリスマス・ツリーにそっくりだけれど、「お願いツリー」と呼ばれるツリー。そちらも、船では大人気。欲しいプレゼントを書いたカードを吊るせば、クリスマスに貰える仕組みになっている。
(大人だったら、大好きな人のカードを見付けて、プレゼントしたり…)
 船のクルーがクリスマスの日に届けたり、という形だけれども、子供の場合はサンタクロース。シャングリラにもサンタクロースはやって来る。カードを参考にプレゼントを選ぶのだそうだ。
(よーし…!)
 これだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はカードに願い事を書き込み、背伸びして、一番目立つ所に吊るした。「サンタさん、今年はこれでお願い!」と、頭を下げるのも忘れない。これで、今年は大丈夫、と自信満々、「夢は大きく持たなくっちゃ!」と御機嫌で。



(来年からは、ぼくは、良い子になるんだよ!)
 サンタさんが叶えてくれるもんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は跳ねてゆく。それは、とびきり大きな夢。これで自分が「良い子」になったら、悪戯なんかはしなくなる。「したくなくなる」と言うべきだろうか。良い子は悪戯しないものだし、それが普通で、我慢なんかはしないから。
(悪戯しないなら、船のみんなも大喜びで、盗まなくても、おやつをくれて…)
 何処のセクションに遊びに行っても、きっと歓迎してくれる。リサイタルに招待したって、誰も嫌な顔なんかしないで、熱狂的に叫んで、拍手してくれて…。
(サイン会とか、握手会とか…)
 そういったことも、出来る日が来るに違いない。良い子だったら、ファンだって増える。
(…それから、ぼくが良い子だったら、勉強とかも頑張って…)
 地球の座標を探し当てたり、タイプ・ブルーの力を活かして、ブルーと一緒に地球への道を切り開いたりと、不可能を可能にすることも出来る。「ブルーを地球まで連れてゆく」夢、どうしても叶えたい願いを叶えて、いつか二人で地球に行くためにも…。
(…サンタさん、ぼくを良い子にしてね!)
 良い子になったら頑張るから、とウキウキ、ワクワク。「悪戯を我慢は今年でおしまい!」と、来年のクリスマス・シーズンを思い描いて、「良い子」の自分を想像して胸を弾ませる。
 「来年の今頃は、地球の座標が分かってるかも!」と、大きな夢を心に広げて、大満足。今年のプレゼントを貰いさえすれば、来年からは「良い子」の自分がいるに決まっているのだから。
(良い子になって、頑張るんだも~ん!)
 船のみんなも喜ぶもんね、と「いいことずくめ」のプレゼントが手に入る日が待ち遠しい。あと何日でクリスマスなのか、指を折って数えて、「待っててねーっ!」と、出会った仲間たちに声を掛けながら船の通路を部屋へ向かった。「ぼくは、良い子になるんだから!」と、胸を張って。



 プレゼントを頼んだ「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、最高の気分で部屋に戻ったけれども、船の仲間たちの方は違った。通路で出会った者たちは皆、とんでもない不安を抱いて顔を見合わせる。
「おい、聞いたか? さっきの台詞を…?」
「待っててねーっ、だよな? 今のシーズン、あいつは悪戯しない筈だが…」
「クリスマスの後のことじゃないのか? 「覚えてろよ」といった感じで」
「有り得るなあ…。我慢した分、纏めてドカンとやらかすぞ、と…」
 きっとソレだな、と誰もが震え上がる中で、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が吊るしておいたカードが発見された。お願いツリーの天辺に近い、一番目立つ場所に吊るされたカードには…。
「「「…良い子になれる薬か、土鍋を下さい…?」」」
 何なんだ、と船の仲間たちは目を剥いたけれど、願い事の中身は「とても嬉しいこと」だった。悪戯小僧が良い子になるなら、こんな嬉しいことはない。是非とも願いは叶って欲しいし、叶えるための薬や土鍋を、クリスマスまでに…。
「絶対、作って欲しいよなあ?」
「ヒルマン教授なら、きっと作れるだろう」
「土鍋だったら、ゼル機関長の方じゃないのか?」
「とにかく、頑張って欲しいよな! 徹夜仕事になるんだったら、差し入れするぞ!」
 それに手伝えることは手伝う、と仲間たちは大いに盛り上がった。「良い子になる薬」や「良い子になる土鍋」を作るためなら、差し入れも手伝いも、何だってする、と。
 噂はアッと言う間に広まり、その日の間に、ヒルマンもゼルも、「頑張って下さいね!」と激励されて、意味が分からずに首を捻ったり、聞き返したりする羽目に陥った。そんな彼らが、やっと青の間に出掛けて行って報告したのは、一日の仕事が終わってからになったけれども…。



「ソルジャー、えらいことになっておるぞ」
 ゼルが言うなり、ブルーは「うん」と頷いた。「まあ、座りたまえ」と炬燵を指差し、ブルーは長老たちとキャプテンに、ほうじ茶と籠に盛られた蜜柑を勧める。
「ぶるぅが買って来た蜜柑なんだけど、美味しいよ」
「それどころではないと思うんじゃが…!」
 良い子になれる土鍋なんじゃぞ、とゼルが髭を引っ張りながら唸った。ヒルマンも難しい表情をして、「良い子になる薬と言われてもねえ…」と溜息を零す。
「土鍋も薬も、やってやれないことはないとは思うんだがね…」
「ええ、人類の真似をしたなら出来るでしょうね」
 出来るのですが…、とエラも全く乗り気ではなく、ブラウが「そうさ」と相槌を打った。
「あいつらの真似をして、どうするんだい? あたしたちはミュウだっていうのにさ」
「其処なのだよ。記憶の書き換えをするのが土鍋で、薬はそのための睡眠薬といった所か」
 出来なくはないだけに困ったものだ、とヒルマンの顔色は全く冴えない。「このミュウの船で、人類の真似をすることだけは避けたいのだが」と、深い苦悩が額の皺に刻まれている。仲間たちが望んでいると言っても、それをやるのは頂けない、とヒルマンは皆を見回した。
「ぶるぅの願い事には違いないのだが…。プレゼントしたい者はいるかね?」
「あたしたちの中にはいないね、船には溢れているんだけどさ」
「キャプテンとして、彼らを説得したいものだが…」
 考えただけで胃が痛くなる、とハーレイが眉間の皺を揉む。「あんなに喜んでいる仲間たちに、それは駄目だと言うのは辛い」と、キャプテンならではの板挟み状態がハーレイだった。
「…分かるよ、皆が言いたいことはね」
 ぶるぅは、今のままでいいと思うんだ、とブルーが口を開いた。「悪戯小僧で、仲間たちを毎日困らせていても、それがぶるぅという子だから」と、ブルーは続ける。「あのままでいい」と。
「しかし、ソルジャー…。仲間たちの希望は、どうなさるのです?」
 叶えられた気になっていますよ、とハーレイが訊くと、ブルーは「それは任せてくれたまえ」と微笑んだ。
「大丈夫。今から、みんなに思念で伝える。君たちや、ぼくが思っていることをね」
 ぶるぅは、ぐっすり眠っているから…、とブルーは思念で船の仲間たちに、直ぐに伝えた。皆の望みは分かるけれども、それをするのは「人類と同じこと」だから、と。記憶を操作する者たちと同じになっては駄目だと、「どんな異分子でも、認めてこそだよ」と、心をこめて。
 船の仲間たちは、とても残念に思いながらも、心の底から納得した。「確かにそうだ」と。



 こうして「そるじゃぁ・ぶるぅ」の願い事は却下となって、ブルーは、翌日、彼を青の間に呼び出した。「今年の願い事は、駄目だよ」と、クスクス可笑しそうに笑いながら。
「えっ、どうして…?」
 どうして駄目なの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は瞳を真ん丸にして驚いた。良い子になるのは、とてもいいことの筈だというのに、どうしてブルーは止めるのだろう、と。
「それはね、ぶるぅ…。良い子というのは、自分で努力してなるものだから…」
 薬や土鍋に頼った場合は、困ったことになってしまうよ、とブルーは説明し始めた。土鍋や薬は良い子になろうとする子の努力を、助けるための道具だから、と。
「いいかい、良薬は口に苦しと言ってね…。悪い子になった時には、うんと苦い薬を飲むんだ」
「…良い子になる薬を?」
「そう。とても苦くて、おやつも食事も、丸一日くらい食べられないかも…」
「ええ…?」
 そんな薬なの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は青くなる。「それ、酷くない?」と震えながら。
「でもね、多分そうだと思うよ。努力するのは、ぶるぅなんだから」
 良い子にしていれば、飲む必要は全く無いんだからね、とブルーは笑う。良い子になれる薬は、「飲まなくて済むように暮らさなくちゃ」と思う苦さで、懲りて良い子になる仕組み、と。
「じゃ、じゃあ…。良い子になれる土鍋は、どんなヤツなの?」
「努力するための土鍋だからねえ、悪い子だったら、飛んで来て、ぶるぅを閉じ込めて…」
 反省するまで、丸一日ほど、蓋が開かなくなるんじゃないかな、とブルーは肩を竦めてみせた。「お腹が空いても出られないよ」と、「もちろん、外から差し入れも無理」と。
「そ、そんなの、困る! 丸一日も閉じ込められて、何も食べられないなんて…!」
 酷いよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は叫んだけれども、ブルーは「良い子は、自分で努力をするものだよ」とクックッと笑い続けるだけ。「土鍋も薬も、そのための道具なんだからね」と。
「嫌だよ、そんなの欲しくないってば…! お薬とかで、簡単にパッと変われないんなら…」
 良い子になんかなりたくなーい! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は悲鳴を上げて、願い事を書いたカードを回収することにした。ブルーが言った通りの土鍋や、薬を貰っては堪らないから。
(…いいアイデアだと思ったのに…)
 今年も普通のお願い事しかないみたい、とカードを回収、代わりの願い事を書く。ごく平凡に、「最先端のカラオケマイクを下さい」と。



 それからの日々は順調に流れ、やがて迎えたクリスマス・イブ。
 例年通り、ハーレイがサンタクロースの衣装で、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋にプレゼントを届けに出掛けた。カラオケマイクの他にも色々、プレゼントの詰まった袋を背負って。
(よしよし、罠を仕掛けたりはしていないな)
 良い子になった「ぶるぅ」も見たいものだが…、と苦笑しながら、ハーレイはプレゼントを床に並べてゆく。「だが、そんなのは、ぶるぅじゃないな」と、「悪戯小僧に慣れたしなあ…」と。
(船の仲間たちも、人類の真似をしたりするより、ぶるぅの悪戯に、だ…)
 振り回されてる方がよっぽどいいさ、とキャプテンの立場でも、ハーレイの思いは変わらない。「なあに、皆が困らされた時は私の出番だ」と、「現に今だって、サンタクロースだぞ」と自分の役目と責任を果たす信念を心で噛み締め、「やってやるさ」と決意を新たにする。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」がシャングリラを悪戯で振り回すのなら、キャプテンの自分は、それを全力で片付けて回って、皆の盾になって悪戯小僧と戦うまで。
 噛まれようとも、下手なカラオケを聞かされようとも、「負けてたまるか」と、ハーレイは自分自身に誓いを立てた。シャングリラのキャプテンは他ならぬ自分で、船の平和を守り抜いてこそ。「喧嘩上等、あいつが噛むなら噛んで返すし、下手な歌なら歌って返してやってもいい」と。
(そのためにも、口を鍛えるかな)
 噛み返すには丈夫な歯と顎、カラオケには舌が欠かせない。既に充分、頑丈な顎を、もっと強く鍛え上げて「そるじゃぁ・ぶるぅ」と勝負。噛まれたら噛んで、勝ちを収めてこそのキャプテン。皆も頼もしく思うだろうから、口の運動を頑張ろう、とハーレイの決意は固かった。
(元々、いかつい顔なんだ。今よりゴツくなった所で、誰も文句は言わないだろうさ)
 ソルジャーの顔じゃないんだからな、と自分の顎を指でトントンと叩く。ぐっすり寝ている悪戯小僧の方に向かって、「かかってこいやあ!」と言わんばかりの笑みを浮かべて。



 幸い、その夜、「そるじゃぁ・ぶるぅ」とキャプテンのバトルは起こらなかった。
 クリスマスの朝が明けた途端に、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はガバッと飛び起き、床に並べられたプレゼントの箱を見付けて大歓声。
「やったあ、これ、欲しかったカラオケマイク! それに、こっちは…」
 これも、これも、と次から次へとリボンを解いて、包装を開けて、嬉しくなって跳ね回る。悪戯したい気持ちを抑えて頑張ったのが、ちゃんと報われた気分は最高だった。
 ピョンピョン跳ねて、まずは一曲、とカラオケマイクを握った所へ…。
『『『ハッピーバースデー、そるじゃぁ・ぶるぅ!!!』』』
 船の仲間たちの思念が届いて、ブルーの思念も飛んで来た。
『ぶるぅ、お誕生日おめでとう。公園においで、大きなケーキが出来ているから』
「わぁーい、ケーキだぁーっ!」
 今年のケーキも、とっても凄い! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は瞬間移動で公園へジャンプして飛び込んでゆく。大きなケーキに突っ込みそうな勢いで、カラオケマイクを持って。
「ブルー、ありがとーっ! ねえねえ、カラオケ、歌ってもいい!?」
「お誕生日だしね、もちろんいいとも」
 みんなも喜んで聞いてくれるよ、とブルーが微笑み、ハーレイがそっと顎に手をやる。「鍛える前に、もう来やがったか…」と、彼が溜息をついたかどうかは、また別のお話。
 良い子にはならなかったけれども、「そるじゃぁ・ぶるぅ」、今年も、お誕生日おめでとう!



           良い子になる薬・了


※「そるじゃぁ・ぶるぅ」お誕生日記念創作、読んで下さってありがとうございます。
 管理人の創作の原点だった「ぶるぅ」、いなくなってから、もう4年になります。
 出会いは2007年の11月末、其処から始まった創作人生。まさか此処まで続くとは…。
 良い子の「ぶるぅ」は現役ですけど、悪戯小僧の「ぶるぅ」も大好きな管理人。
 お誕生日のクリスマスには、毎年、必ず記念創作。今年もきちんと書きました。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」、15歳のお誕生日、おめでとう!
 2007年のクリスマスに、満1歳を迎えましたから、14年目の今年は15歳です。
 SD体制の世界だったら、もう、ステーション在籍ですねえ、追い出されそうv

※過去のお誕生日創作は、下のバナーからどうぞです。
 お誕生日とは無関係ですけど、ブルー生存EDなんかもあるようです(笑)










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