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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

(灯り、色々…)
 ホントに色々、とブルーが眺めた新聞の写真。学校から帰って、おやつの時間に。
 ダイニングで広げた新聞に灯りの特集、色々なタイプの照明器具。見ているだけで楽しい記事。灯りで変わる部屋のイメージ、明るさや色や、照明の形。
 シンプルなものから豪華なものまで、和紙で出来ている灯りまである。きっと昔の日本風。
(灯りを変えるだけで、部屋も変わるんだ…)
 同じ部屋でも、全く違うイメージに。天井も壁も床もそのままでも、変わる雰囲気。吊り下げるタイプを、天井にくっついたタイプに変えてやるだけでも。
 もっと簡単にやりたかったら、照明の色を変えるだけ。そういうタイプの器具もあるから。一番単純に出来たものだと、昼間みたいな色で灯る灯りと、暖炉の火みたいな優しい灯り。
 凝ったものなら、青や緑や、赤い光になる灯りだって。
(面白そう…)
 その日の気分で選ぶ照明。夜になったら部屋で楽しむ。今日は暖炉の灯りのように、と柔らかな光で読書とか。青の間みたいに、海の底みたいな青い光を灯すとか。他にも色々出来る筈。
(お料理だって…)
 記事を読んだら、灯りで変わってくるらしい。同じ料理を並べておいても、見た目がガラリと。煌々と灯る白い灯りと、暖炉や蝋燭を思わせる暖かな灯りとでは。
(前にハーレイと…)
 夜の庭で食事したけれど。母が置いてくれたランプの灯りで食べた料理は、とても特別な感じに見えた。普段の料理を庭で食べたというだけなのに。
 灯りで料理が変わるというなら、ああいう風にもなるのだろう。外でなくても、照明を落としてランプの明かりで食べたりしたら。
 前にハーレイも言っていた。落ち着いた雰囲気のレストランだと、夜はテーブルに蝋燭を灯したランプを置いてくれたりもする、と。



 面白いよね、と記事を読み終えて戻った部屋。おやつのケーキも美味しく食べて。
 その部屋だって、夜は色々な顔になる。常夜灯の時と、明るい照明の時とは違う。机の分だけを点けていたって、やっぱり変わる部屋の雰囲気。灯りしか変えていないのに。
(病気で寝ていて、知らない間に部屋が真っ暗になってた時に…)
 ハーレイが来て「寝てるのか?」と扉を開けたら、廊下から入って来る光。その中にハーレイの大きな影が見えると、とても幸せ。ハーレイの顔は暗くて見えないのに。
 それからパチンと点される灯り、ハーレイが壁のスイッチを探って。いきなり光が溢れる部屋。眩しくて目を瞑るけれども、ほんの一瞬。次に目を開けたらハーレイの姿。「大丈夫か?」と。
 大きかった影はハーレイになって、もう嬉しくてたまらない。「来てくれたんだ」と。
 あれも灯りの効果だろう。最初は影で、灯りが点いたら恋人の姿が見えるのだから。
 でも…。
(ハーレイとだったら、暗い部屋でもきっと幸せ…)
 そうに違いない、と思ってしまう。
 昼間みたいに明るくなくても、お互いの顔がぼんやりと見える程度でも。常夜灯とか、廊下から漏れてくる光。それだけが頼りの暗い部屋でも。
 ハーレイと二人でいられたら。あれこれ話して、手を握ったりもして貰えたら。
 部屋が暗いのに気付かなかったのは、病気だったせい。元気づけるために握ってくれる手。
 野菜スープも食べさせて貰えるのだろう。「火傷するなよ?」と懐かしい味のスープを、そっとスプーンで掬ってくれて。一口ずつゆっくり運んでくれて。
 暗い部屋なら、あのスープだってもっと美味しくなりそうに思う。味に集中出来るから。素朴なスープを味わう他には、することが何も無いのだから。
(ハーレイの顔だって、ぼんやりとしか…)
 見えないのだから、スープの味とハーレイとに夢中。余所見しようにも部屋は暗くて、気が散るものは目に入らない。本も本棚も、他の色々な家具だって。



 そういう時間もきっと素敵、と考えてしまう暗い部屋でのお見舞い。学校を休んでしまった日の夜、ハーレイが部屋にスープを運んで来てくれて。
 前の生から好きだったスープを、コトコト煮込んだ野菜スープのシャングリラ風を。
(…許してくれそうにないけどね?)
 常夜灯とか、廊下からの明かりだけの部屋で、ハーレイと二人きりなんて。
 ハーレイはいつも、パチンと灯りを点けるから。暗かった部屋を一気に明るくしてしまうから。
 明るくした部屋を暗くする時は、「チビは寝ろよ」と出てゆくハーレイ。
 灯りを消して、「しっかり寝ろよ」と。「また来てやるから、早く治せ」と。
 ハーレイの姿はまた影に戻って、パタンと閉められる扉。「おやすみ」という声だけを残して、足音が遠ざかってゆく。自分だけがポツンと取り残されて。
 暗い部屋には、ハーレイはいない。入って来るなら灯りを点けるし、灯りを消すなら出て行ってしまう。その理由は、きっと…。
(前のぼくたちも、恋人同士だったから…)
 それも本物の恋人同士。前の自分はチビの姿ではなかったから。
 暗い部屋だと、前の生なら愛を交わしていた二人。青の間で、それにキャプテンの部屋で。
 けれども今ではそうはいかないし、キスさえ出来ないチビなのが自分。十四歳の小さな子供。
 だからハーレイは暗い部屋にはいないのだろう。灯りを消したら、「おやすみ」と扉を閉ざしてしまって、家へ帰ってゆくのだろう。
 「眠るまで側にいてやるから」と言ってくれる時は、いつも灯りがついたまま。
 眩しくないよう暗くしたって、何処かに残っている灯り。机の前とか、壁に一つとか。すっかり暗くならないようにと、お互いの顔が見えるようにと。
 「寝ろよ」と側にいてくれたって。上掛けの下の手を、優しく握ってくれていたって。



(前のぼくの部屋、暗かったから…)
 常に暗かったのが青の間。夜でも昼でも、深い海の底に沈んでいるかのように。
 ベッドの周りだけを除いて、他の灯りは控えめなもの。部屋全体すらも見渡せないほど、明るくなかった照明たち。
 だから余計に、ハーレイは灯りを点けておこうとするのだろうか。暗くなってから、お見舞いにやって来た時は。眠るまで側についていようとする時も。
 チビの自分と過ごす時間が、前の自分たちの時間と重ならないように。
 恋人同士だった頃の青の間、暗かった部屋が今の自分の部屋に重ならないように。
(そうなのかもね…)
 青の間の暗さのせいもありそう、と零れた溜息。ちょっと残念、という気分。
 暗い部屋でハーレイと二人きりになれる時間が来るのは、ずっと先。お見舞いに来てくれた時にしたって、チビのままでは駄目らしい。何処かに灯りが点いたまま。
(…ホントに残念…)
 きっと青の間のせいなんだよ、と考えたけれど。
 恋人同士で過ごしていた部屋、あそこが暗かったせいなんだから、と唇を尖らせたけれど。
(あれ…?)
 青の間、とパチクリ瞬きをした。前の自分が長い長い時を生きた部屋。白いシャングリラで。
 その青の間は、最初から暗い部屋だった。
 白い鯨が出来た時から。ハーレイと友達同士だった頃から、ずっと。
 恋人用にと暗かったわけではなかった部屋。そうなることなど、誰も想像していなかったから。
 前の自分が恋をすることも。…恋の相手と、あの部屋で一緒に夜を過ごすということも。



 なんだか変だ、と気付いたこと。部屋の明るさを、灯りのことを思えば思うほどに。
(青の間、なんで暗かったわけ…?)
 あれだけ大きい部屋だったのだし、明るくすれば映えるだろうに。
 さっき読んで来た新聞の記事にもあった通りに、照明で変わる部屋のイメージ。それを生かせば良かったのに。ありとあらゆる手を使ったなら、効果があったと思う青の間。
 こけおどしのために作られた部屋に、更に迫力が増しそうな感じ。照明に工夫を凝らしたら。
 青の間が無駄に広かった理由、それに巨大な貯水槽。
 どちらもソルジャーの威厳を高めるためで、それ以外の意味は全く無かった。そういう部屋。
 せっかく広く作られていたのに、あんなに暗い照明だけでは…。
(部屋の広さが、少しも分からないじゃない…!)
 入って来たって、スロープと終点が見えるだけ。天蓋つきのベッドがあったスペース。
 部屋全体が暗かったせいで、目に入るものはたったそれだけ。青の間に入った瞬間には。
 暫く経っても、部屋の全ては見えては来ない。壁も天井も闇に覆われて、何処にあるのか掴めもしない。貯水槽さえも満足に見えない明るさでは。水面の反射でようやく分かる程度では。
 だから見えない部屋の大きさ。
 白いシャングリラでも、屈指の広さがあったのに。
 天体の間と並ぶ大きさがあって、私室としては船で最大。他の仲間が住んでいた部屋なら、幾つ入るか分からないほど。居住区の一部なら、きっと丸ごと入っただろう。
 それほどの広さを誇っていたのに、掴めなかった全体像。青の間の照明は暗すぎたから。



 どうして暗くしたのだろう、と不思議でたまらない青の間の灯り。
 青い照明を灯していたって、数を増やせば明るく出来る。深い海の底のような暗さを、透き通る青にすることも。光を透かして青くゆらめく、明るい海にすることだって。
 そうしておいたら、部屋の広さが良く分かる。貯水槽がどんなに大きく出来ていたかも。
(青の間の灯り、ちゃんと明るく…)
 灯しておけば良かったのに、と首を傾げていたら聞こえたチャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合うなり問い掛けた。
「ねえ、青の間って、どうして暗くなっていたわけ?」
 とても暗かったよ、一日中。…昼間でも、まるで夜みたいに。
 なんであんなに暗くしてたの、もっと明るくても誰も困らないと思うんだけど…。
「青の間だって?」
 いきなり何だ、と目を丸くしているハーレイ。急に青の間の話だなんて、と。
「えっとね…。今日の新聞に灯りの記事が載っていて…」
 部屋のイメージ、照明だけでも変わるんだって。どういう灯りを使うかだけで。
 それで色々考えていたら、青の間を思い出しちゃって…。あそこはいつも暗かったよね、って。
 前のハーレイと恋人同士で過ごす時には、あの明るさで良かったけれど…。
 とても素敵な部屋だったけれど、青の間を暗くしていた理由が分からないんだよ。出来た時から暗かった部屋で、いつだって海の底みたい。
 ぼくに恋人が出来た時のために、って暗く作ったわけじゃないでしょ?
「そいつは無いな。其処までの配慮は誰もしてない」
 お前に恋をした俺でさえもな。…青の間が完成した段階では、まだ恋人ではなかったが…。
 後でお前の恋人になった前の俺ですらも、お前が恋をするなんてことは考えなかった。
 俺でもそういう有様なんだし、他のヤツらが思い付くわけがなかろうが。
 いつかお前が恋をした時は、青の間の暗さが役立つだなんて。
「だったら、どうして暗くしちゃったの?」
 青の間、ホントに暗すぎだったよ。目が慣れてないと、見えるのはスロープとベッドだけ…。
 目が慣れて来ても、せっかくの広さがちっとも分からないじゃない。壁も天井も見えないから。



 こけおどしのために広かったんでしょ、と指摘した青の間の真実の姿。満々と水を湛えた貯水槽だって、本当は意味が無かったのに、と。
 前の自分のサイオンは水と相性がいいのだから、という理由で作られた貯水槽。サイオンを無理なく増幅するには、貯水槽の水が役に立つ、と。相性の良さは誤差の範囲に過ぎなかったのに。
 けれど、青の間の広さはもちろん、貯水槽さえもろくに見えなかった暗い照明。
 もっと明るく照らしていたなら、誰もが青の間の全貌を掴めた筈だから…。
「こけおどしで広く作った部屋でしょ、明るくしなくちゃ駄目じゃない」
 どれだけ広いか分からなかったら、広くする意味が無いんだから。それに貯水槽だって、暗いと水しか見えないよ?
 水面に光が反射するから、水があるんだって分かるけど…。大きさの方は分からないまま。
 あんな部屋だと、まるで値打ちが無いじゃない。広いんですよ、って照らして見せなくちゃ。
「そういうことか…。今のお前の考え方だと、そうなるんだが…」
 青の間の場合は逆だってな。お前が言うのとは全く逆だ。
「逆…?」
 どういうことなの、ぼくの考え方の何処が逆なの?
「明るい方がいいってトコだ。もっと明るい照明を使うべきだったという所だな」
 其処がまるっきり逆なんだ。青の間を広く見せるためには、あの照明が一番だった。
 人間ってヤツは面白いもんで、同じ部屋なら暗い方が広く見えるってな。
「そうなの?」
「目の錯覚の一つだな。真っ暗なだけだと、広さは分からないんだが…」
 周りを見たって闇しか見えんし、広いか狭いか、それも全く掴めやしない。ところが、だ…。
 暗闇の中に灯りを幾つか灯しておいたら、実際よりも広く感じるらしい。
 ただし、壁とかが見えない程度に。
 灯りだけがポツン、ポツンと灯っていたなら、灯りと灯りがうんと離れて見えちまうんだ。
 実際に開いている距離よりも。本当の灯りの間隔よりもな。



 サイオンを使わずに見なきゃならんが、とハーレイが話す目の錯覚。暗闇に灯った灯りの間は、実際よりも広く見えるらしいから。
「それ、ホント?」
 暗いと本当に離れて見えるの、灯りと灯りの間の距離が?
 そんなに離れていないヤツでも、とても離れて見えちゃうだとか…?
「うむ。ヒルマンが言っていたんだが…。覚えていないか?」
 その錯覚を使えば、狭い空間でも広く見えると話していたぞ。小さな部屋でもデカく化けると。
 元がデカけりゃ、もっと大きく出来るともな。
「そうだっけ…!」
 青の間、それであんなに暗くなっちゃったんだ…。暗いと広く見えるから。
 真っ暗でなくても、壁も天井も見えなかったら、おんなじ効果を出せるんだから…。
 思い出した、と零れた溜息。青の間の暗さも、こけおどしの中の一つだった、と。
 自分の手さえも見えないくらいに、真っ暗な闇に包まれた時の人間の瞳。
 闇が何処まで続いているのか、まるで想像がつかないもの。サイオンを使って見ない限りは。
 そういう闇に、灯りを幾つか灯してやる。ほんの小さな、闇に溶けそうな弱い光を。
 すると瞳は小さな灯りに引き寄せられて、それを頼りに広さを測り始めるけれど。
 あそことあそこ、と数えていっては、「このくらいだ」と距離を認識するのだけれど。
 パッと明るくしてやったならば、思った以上に狭い空間。瞳が「こうだ」と捉えたものより。
 ただの闇よりも、小さな灯りを灯した方が、遥かに広いと錯覚するのが人間の瞳の不思議な所。
 狭い部屋でも、果ての無い部屋であるかのように。
 何処まで行っても、壁も扉も見付からないほどの部屋にいるかのように。



 人間の瞳が起こす錯覚、青の間にはそれを利用しようとヒルマンは言った。
 壁も天井も見えないくらいに暗くしておいて、スロープと終点のスペースだけを明るく照らす。他の照明はほんの少しだけ、「灯りがあるな」と思う程度に。
 そうすれば広く見える青の間。本当の広さ以上に大きく、何処にも果てが無いかのように。
 ヒルマンの案に、前の自分は愕然とした。とてつもない広さと貯水槽を持つ設計だけでも、もう充分に参っていたから。「なんという部屋を作るのだ」と。
 なのに、まだ足りないとばかりに出て来た案。広すぎる部屋を、錯覚を使ってより広くなどと。
「…それに何の意味があるんだい?」
 ただでも広すぎる部屋だよ、これは。他の仲間たちの部屋が幾つ入るか、考えたくもないほどに広いんだけどね?
 それを余計に広く見せかける仕掛けだなんて…。実際よりも広く見せるだなんて。
 どういうつもりで計画したのか、聞かせて欲しいと思うんだけれど?
「意味はあるとも、ソルジャーのための部屋なのだからね」
 これがソルジャーの部屋なのだ、と誰もが息を飲むような立派さと神秘性とを持たせるのだよ。
 ただ広いよりは、どれほど広いか分からないほどの部屋がいい。同じ広い部屋を作るなら。
 照明は青を基調にするのがいいね、とヒルマンは髭を引っ張った。
 青の間の名前通りにしようと、イメージは深い海の底だ、と。より神秘的になるだろうから。



 そうして決まってしまった計画。青の間の照明は暗くすること、目の錯覚で広く見せること。
 反対したって、無駄だと分かっていたけれど。
 着工された後は、工事中の部屋を視察する度に溜息をついていたのだけれども、明るい間はまだ良かった。工事現場は暗いと話にならないのだから、煌々と点いていた灯り。作業のために。
 現場に行っても、無駄な広さだけを眺めていれば良かったから。天井も壁も、巨大すぎる貯水槽だって。「こういうものか」と、「それにしたって広すぎる」と。
 青の間の工事は着々と進み、やがて届いた「完成した」という報告。ヒルマンたちに呼ばれて、出掛けた広い青の間でのこと。暗くはなくて、明るい空間。
「試験点灯だって?」
 例の灯りを点けるのかい、と見回した部屋。作業員たちは引き揚げた後で、前の自分の他には、長老の四人とハーレイだけ。
「どんな具合か、確認しないといけないだろう」
 我々だけが立ち会ってだね…、とヒルマンが浮かべた穏やかな笑み。「舞台裏は、大勢の仲間に見せるものではないからね」と。
 点灯してみて、必要なようなら調整せねば、という意見。
 もう青の間には、ベッドなどの家具が置かれていた。無駄な広さの、だだっ広い場所に。
 これまた大きなベッドの周りにハーレイたちと立って、試験点灯を待つまでの間。
「ハーレイ。…こんな部屋、ぼくは欲しくはないんだけどね?」
 部屋も、この立派すぎるベッドもだ。本当に無駄に大きすぎるよ、何もかもが。
「しかし、反対なさいませんでしたので…」
 何も仰いませんでしたから、ソルジャーのお部屋はこのように…。
「勝手に計画したんだろう! ぼくが全く知らない間に!」
 ぼくが設計図を見せられた時には、もう何もかもが決まってて…。この部屋の位置も、大きさも全部。決定事項になってしまっていて、変更するのは不可能で…。
 ぼくは「任せる」とは言ったけれどね、こんな部屋は頼んでいないんだよ…!



 こうなったのは誰のせいなんだい、とジロリと睨んでおいたハーレイ。改造案には、ハーレイも関わっていたのだから。キャプテンが承認しなかったならば、何も進みはしないのが船。
 そうする間に消された灯り。全部一度に消えてしまって、真っ暗になってしまった空間。部屋もベッドも貯水槽も消えて、自分の手さえも見えない闇。
 ヒルマンが「では、点けてみよう」と声を上げたら…。
 ぼうっと浮かび上がったスロープ。緩やかな弧を描いて下へと。遥か下に見える入口まで。
 あんなに離れていただろうか、と思った入口までの距離。ただ暗いだけで、こうも変わるかと。長いスロープは全体像が見えるわけだし、目の錯覚はまるで関係無い筈なのに。
 そう思う中で、闇に隠れてしまった天井。壁も貯水槽の端も、肉眼で見ることは出来ない暗さ。幾つか灯った青い照明、それを包む闇が降りて来るだけ。青を含んだ闇の色が。
 明るかった時よりも遥かに広くて、果てが無いように思える部屋。
 果ては確かにある筈なのに。
 ヒルマンが灯りを消してしまう前には、天井も壁もあったのに。



 これが人間の目の錯覚なのか、と呆然と眺め回した部屋。信じられないような気持ちで。
 肉眼は確かだと思っていたのに、こうも簡単に騙されてしまうものなのか、と。
「どうかね?」
 こんな具合でどうだろうか、とヒルマンの声と共に明るくなった部屋。「元はこうだよ」と。
 果てが見えなかった部屋は元に戻って、広くはあっても普通の空間。さっきまでと違って天井も壁もちゃんとあるから、ホッとついた息。この方がずっと落ち着く部屋だ、と。
「ぼくは今の方がいいと思うけれどね?」
 やたら暗くて、端も見えない部屋よりは。…この部屋の方がずっといい。
 あの照明は使わずにおいて、今のままにするのが良さそうだけど?
 そうしておこう、と言った途端に、「いいえ」とエラに遮られた。
「ソルジャーには、あちらがお似合いです。御覧になられましたでしょう?」
 今の照明では、広い部屋にしか見えません。貯水槽の底も、この通りに覗ける状態ですし…。
 それでは神秘性に欠けます、せっかくの部屋が。
 ああいう仕掛けが無かったのなら、このままでもかまわないのでしょうが…。
 作ったからには大いに活用すべきです、と譲らなかったエラ。それにヒルマンも。
「でも…! 何もソルジャーだからと言って…」
 あそこまでのことをしなくても、と訴えたけれど、他には無かった反対意見。ゼルもブラウも、頼みの綱のハーレイでさえも「やめた方がいい」と言いはしなかった。
 ソルジャーの私室になるのが青の間。
 其処は神秘的な部屋であるべきだ、と皆は考えていたものだから。
 ハーレイだって、キャプテンとしてはそういう意見。ソルジャーは偉大な存在なのだ、と。



 試験点灯が成功したから、青の間の工事は全て完了。前の自分が引越す時には、もう暗い部屋になっていた。工事中に見ていた明るい部屋は消えてしまって。
「…思い出したよ、青の間の灯り…。試験点灯が済んだ時には明るかったけど…」
 あれっきり二度と、明るい部屋には戻らなくって…。ぼくが引越しした時も暗いままだったよ。
 明るい方がいいですか、って誰も訊いてはくれなかったし。
「そりゃそうだろう。あの部屋に住むのはお前なんだから、暗いのが当たり前なんだ」
 引越しの時だけ明るくしたって、何の役にも立たないだろうが。
 お前の荷物を運ぶヤツらに、舞台裏が見えてしまうだけだってな。実はこういう広さです、と化けの皮がすっかり剥がれてしまって。
 それじゃ駄目だろ、あの照明にした意味が無い。メンテナンスだって、暗い中でも充分出来る。ミュウはサイオンを持ってるんだし、そいつを使えば簡単だしな?
 そうだろうが、というハーレイの言葉の通り。
 青の間を明るく照らす設備は、やがて取り外されてしまった。貯水槽の循環システムも含めて、全て順調だと判断された段階で。
 工事用の照明はもう要らない、と。使わない設備を残しておいても無駄だから、と。



 前の自分が押し付けられてしまった部屋。目の錯覚を利用してまで、広く見せようと工夫された青の間。わざわざ暗い部屋に仕上げて、青い照明を控えめに灯しただけの。
「…酷いよ、なんであんな部屋…」
 やたら暗くて、スロープとベッドの周りくらいしか見えない部屋なんて…。
 もっと普通の部屋がいいのに、灯りまで使ってこけおどし。…広く見せなきゃ、って。
「ふうむ…。お前、あの部屋、嫌いだったか?」
 部屋そのものじゃないな、あの灯りだ。ああいう照明、嫌だったのか?
「えーっと…?」
 嫌いだって言っているじゃない。さっきからずっと。あんなの酷い、って。
「だったら、最初にあった照明。工事用に使っていた方のヤツ…」
 あっちの方なら、前のお前も言ってた通りに明るい部屋になっただろう。よく見える部屋に。
 でもって、お前に訊きたいんだが…。
 うんと明るい部屋で暮らして、その部屋で俺と二人きりで会うのが良かったか?
 最初の頃なら友達同士で会ってたんだし、何の問題も無いんだが…。
 恋人同士になった後だな、仕事が終わった俺が明るい部屋に来るというのはどうだったんだ?
 もちろん入口を入った時から、俺の姿は鮮やかなんだが。…その後も、ずっと。
「…それはちょっと…」
 ずっとハーレイがハッキリ見えているわけ、普通の灯りなんだから…?
 青の間の灯りで見ていた時には、服の色とかも外とは違っていたけれど…。
 それにハーレイが側まで来たって、部屋は明るいままなんだよね?



 ちょっと困る、と思った青の間。明るく出来ていたならば、と。
 もしもあんなに大きな部屋で、それも煌々と灯りが灯った部屋で、ハーレイと恋人同士になった時には、どうしよう?
 キスはともかく、その後のこと。恋人同士でベッドに入って過ごすなら…。
(…明るいままだと、天井も壁も、全部見えてて…)
 前の自分たちが夜を共にした、あの青の間とは全く違う。昼間かと思うほどの明るさ、その光が照らす部屋の中の全て。ベッドも周りも、スロープも全部。
 そんな部屋ではとても眠れないし、愛を交わせるわけもない。それでは困るし、消してゆかねばならない灯り。もっと暗い部屋になるように。
 ただ、その灯りを消してゆくのも、次の日の朝に点けるのも…。
(うんと恥ずかしそう…)
 消す時だったら、これから何をしようというのか、ちゃんと分かっているのだから。暗い部屋で二人、どういう時間を過ごすのか。
 逆に灯りを点ける時には、何をしていたかが照らし出される。眩しく感じるほどの灯りに、何もかもが。…自分たちの姿も、乱れたベッドも。
(…シャワーを浴びに行く時だって…)
 ベッドから下りる姿が見えるし、持ってゆく服や、脱ぎ散らかした服も目に入るだろう。明るくなった部屋の中なら、灯りを点す前よりも、ずっと鮮明に。
(それって、とっても恥ずかしいってば…!)
 青の間の灯りが暗かったからこそ、それほど無かった気恥ずかしさ。消したり点けたり、そんなことは一度もしなかったから。灯りは灯ったままだったから。
 それに明るい部屋だったならば、ハーレイが入って来た瞬間から…。
(前のぼくが感じていたより、もっとドキドキ…)
 ハーレイと過ごす時間を思って、脈打っていただろう自分の心臓。暗い部屋ではなかったら。
 灯りを消さずに、愛し合うのではなかったら。
 明るい部屋で暮らしていたなら、きっと最後まで、慣れることは無かったのだろう。
 あの大きな部屋の灯りを消すのも、次の日の朝にまた点すのも。



 とんでもない部屋に住んでいたものだ、と今のハーレイにまで苦情を言った青の間だけれど。
 前の自分も、押し付けられたと不満を抱えた部屋だったけれど…。
「…青の間、あれで良かったのかな?」
 だだっ広いのは嫌だけれども、暗かったことは。…最初から暗く出来ていたことは。
 ハーレイと恋人同士になった後にも、灯りは点けたままでいたから…。
 消さなくちゃ、って思うことは一度も無かったわけだし、点けることだって無かったものね。
 点けたり消したりしなきゃいけない大きな部屋なら、とても恥ずかしそうだから…。
 消す時も、それに点ける時にも。
「結果的には、あれが良かったわけだな、うん」
 最初の頃には、無駄に暗いと思ったもんだが…。お前の所へ行く度に。此処は暗いな、と。
 友達同士で話をするには、あの部屋はちょいと暗すぎたからな。
 とはいえ、そいつもじきに慣れたし、あの照明で良かったんだろう。後々のことを思うとな。
 点けたり消したりするとなったら、きっと平気じゃいられんし…。
「ぼくもだけど…。明るかったら、恥ずかしかったと思うけど…」
 ハーレイ、今でも部屋を暗くしないの、そのせいなの?
 ぼくの部屋だよ、夜にお見舞いに来てくれる時。…ぼくが病気で寝込んじゃってて。
 野菜スープを食べさせてくれて、「しっかり治せよ」って側にいてくれる時。
 ぼくが寝るまで側についててくれる時には、絶対、部屋を暗くしないよ。帰る時なら、パチンと消してしまうのに…。「おやすみ」って暗くしていくのに。
 部屋にいる時は、いつも灯りを点けておくでしょ、一つは必ず。
 前のぼくたちの頃と重ならないように、部屋を明るくしておくの…?
「そんなトコだな。お前がチビの間はなあ…」
 暗くしちまったらマズイだろうが。
 チビでもお前はお前なんだし、つい思い出すこともあるってな。…前のお前を。
 灯りを消して一緒にいたなら、余計に思い出すってモンだ。
 青の間のことやら、前の俺の部屋で過ごしたことやら、こう、色々と…。
 たかが明るさでも、部屋の雰囲気ってヤツが重なっちまうと、思い出も重なりやすいから…。



 おっと、とハーレイが切ってしまった言葉。「此処までだな」と。
「思い出話は、今日はこのくらいにしておくか」
 青の間の灯りの話もいいがだ、今のお前の話ってヤツもしようじゃないか。
 お前が読んだっていう新聞記事には、どんな灯りが載っていたんだ?
 今の時代はユニークな照明器具も多いし、前の俺たちが生きた時代とはかなり違うだろう?
 SD体制の時代ってヤツは、そういうトコまで統一されてて、面白みも何も無かったからな。
「待ってよ、なんでいきなり灯りの話?」
 前のぼくたちの話だったのに、SD体制の時代の灯りと今の灯りの違いだなんて…。
 同じ時代の話をしてても、中身が全然違うんだけど…!
「そりゃそうだろうな、話題を切り替えたんだから」
 チビのお前には、こっちの方が相応しい話題というヤツだ。ただの灯りの話がな。
 青の間の灯りの話に釣られて、ついついウッカリ前の俺たちのことまで話しちまったが…。
 お前とそういう話をするのは、まだ早すぎだ。
 部屋の灯りを点けておくのはどうしてなのか、って所までで終わりにしないとな。
「ハーレイのケチ!」
 せっかく前のぼくとハーレイの話だったのに…。
 暗い部屋だと、前のぼくのことを思い出しそうだって言ってくれたのに…。
 其処で終わりなの、その先が大切なことなのに…!
 だってそうでしょ、恋人同士で過ごすためには、青の間も暗い方が良くって…!
「知らんな。あの部屋は無駄に暗かったよなあ…」
 いつ出掛けたって、海の底みたいに暗いんだ。…たまには明るくすればいいのに。
「そういう設備は無かったってことも、ハーレイ、ちゃんと知ってるくせに!」
 さっきから二人で話していたでしょ、どうして青の間は暗かったのか…!
 ハーレイだって、暗い部屋の方が良かったと思っていたくせに…!



 知らんぷりをするなんて酷い、とプンスカ怒ったけれども、ハーレイは知らん顔のまま。
 「俺は知らん」と紅茶のカップを傾けているから、憎らしい。
 ケチで意地悪な恋人だけれど、それは自分がチビだから。十四歳にしかならない子供だから。
 いつか大きく育った時には、暗い部屋でも一緒にいられる。灯りは点けておかないで。
 暗い部屋で二人、キスを交わして、愛を交わして、朝まで一緒。
(青の間はもう、何処にも無いけど…)
 ハーレイと一緒に暮らし始めたら、ああいう灯りを提案しようか、遠い昔を懐かしんで。
 夜は暗くなる部屋だけれども、ベッド周りの照明だけでも青くするとか。
 深い海の底を思わせるような青の間の灯り、それに似せた雰囲気を作るとか。
 たまには、そんな夜だっていい。
 前の自分たちが一緒に過ごした時間を、そっと重ねて過ごせるような。
 今はまだ、話せないけれど。
 提案しただけで頭をコツンと叩かれそうだけれど、いつかは二人で暮らせるから。
 青い地球の上でハーレイと二人、幸せに生きてゆけるのだから…。




           青の間の灯り・了


※深い海の底のように暗かった青の間。その理由もまた、こけおどしの一つだったのです。
 人間の目の錯覚を利用して、広く見せかけていた暗い青の間。明るい部屋なら、効果はゼロ。
 
 ハレブル別館、2022年から更新のペースを落とします。
 シャングリラ学園番外編が来年限りで連載終了、それに合わせてのペースダウンになります。
 月に2回の更新を予定で、いずれは月イチ。そしていつかは、お話の長さがショートの形に
 移行する日がやって来るかと。
 書く気がある間は続けますけど、頻繁な更新は止めて、まったり。よろしくです~。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv









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(あれ?)
 似てる、とブルーが眺めた車。学校の帰りに、いつもの路線バスの窓から。
 信号停止中の対向車。一番前で。それに瞳を惹き付けられた。「おんなじ色だ」と。
(ハーレイの色…)
 前のハーレイのマントの色をした車。深みのある濃い緑色。ハーレイの愛車と同じ色だけれど、そっくりなのは車体の色だけ。
(似てるの、色だけ…)
 形はちっとも似ていないよ、と眺めた車。色は本当にそっくりなのに。
 止まっている車は、カブト虫みたいにコロンとした車体。可愛い印象。走り出したらコロコロと音が聞こえて来そう。コロコロコロと軽やかな音。本当に可愛らしいから。
(誰が運転しているの?)
 今の場所ではまだ見えない。横断歩道とかが間に入って、ちょっぴり離れているものだから。
 信号が青に変わったらバスとすれ違うのだし、「まだかな?」と待った青信号。バスも他の車も動き始めたから、興味津々、近付いて来る緑色の車を見ていたら…。
(わあ…!)
 運転席には、少し年配のおばあちゃん。助手席に大きな犬を乗っけて。
 犬の種類は分からないけれど、お行儀よく座ってシートベルトも。御主人の隣で得意そうな顔。余所見もしないで、クルンとした目で前を見詰めて。
(…犬まで乗ってる…)
 ビックリしちゃった、と瞬きする間に、バスの横を通って走り去った車。名残惜しくて後ろを向いて見送った。行っちゃった、と。
 遠ざかってゆく車の中には、シルエットになった犬とおばあちゃん。何処まで行くのか、一人と一匹が乗っている車。コロコロと音はしなかったけれど、コロンと丸くて濃い緑色。



 車が見えなくなった後。同じ色でも、ハーレイの車とは似てなかった、と不思議な気持ち。色に惹かれて眺めていたのに、形も、乗っている人も。犬まで一緒にドライブしていた。
(ハーレイのお母さん、あんな感じかな?)
 不意に頭に浮かんだ考え。隣町で暮らすハーレイの母。庭に大きな夏ミカンの木がある家で。
 ハーレイの母が飼っていたのは真っ白な猫のミーシャだけれども、もしも車を運転していたら。今もミーシャが家にいたなら、助手席に乗せて走りそう。落っこちないようにケージに入れて。
(猫だとシートベルトをしたって…)
 スルリと抜けてしまうから。さっき出会った犬ほど大きくないのだから。
 猫を助手席に乗せてやるなら、ケージに入れてシートベルトをかけるのだろう。ハーレイの母が運転するなら、ミーシャも一緒に乗せてゆく筈。「お出掛けしましょ」と。
(車の免許…)
 ハーレイの母が持っているとは聞かないけれども、会えたような気分。
 顔も知らないハーレイの母に、バスの窓越しに偶然に。違う人だと分かっていたって、なんだか似ている気がするから。
 ついつい惹かれた、ハーレイの車と同じ色の車。それに優しそうだったおばあちゃん。
 今日までにハーレイから色々と聞いた、ハーレイの母と重なる印象。コロンとした車も、犬まで乗っけていたことも。
 真っ白なミーシャは猫だったけれど、大きな犬なら、あんな風に乗せて走りそうだから。



 ホントに何処か似ているかもね、と考えてしまう、行ってしまった車の運転手。ハーレイの母を思い浮かべたおばあちゃん。最初は車の色に惹かれただけなのに。
(こうして見てると…)
 色々な車が走っている道路。形も色も、様々な車。全部同じに車だけれども、澄まし顔のとか、悪戯っぽい雰囲気の車とか。どれも溢れている個性。よくよく車を眺めてみたら。
(乗っている人も車と似てる?)
 どうなのかな、と注意していると、そういう感じ。大真面目な顔に見える車は、カッチリとしたスーツを着込んだ男性。茶目っ気たっぷりの車の運転席には、ラフな格好の男性だとか。
 どの車にも、それが似合いの運転手。男性も女性も、まるで車とセットみたいに。
 運転している人と違うんだけど、と思う車は…。
(借りてるのかな?)
 家族の車を、その人が。留守の間に乗っているとか、兼用だとか。
 あまり車に乗らない家なら、車は一台あればいい。それを貸し借り、その日の都合で。御主人が乗っていない日だったら、乗るのは奥さん。
(だけど、車は御主人の趣味…)
 これにするんだ、と御主人が決めた車だったら、奥さんには似合わないだろう。子供にだって。免許を持っている息子さんが借りて乗っていたって、きっと同じに似合わない。
(息子さんの趣味で決めちゃってたら…)
 御主人とは違う印象の車。奥さんの趣味で決めたって。
 家族で車を兼用するなら、似合わない人も出て来る筈。みんな個性は色々だから。



 そうなのかもね、と考えながら降りたバス停。運転する人と車はよく似ていたから、どの車にも個性が出るのだろう、と。それを選んだ人の個性が。
(パパの車も…)
 父に似合うし、ハーレイの車もハーレイにピッタリ。どんな服を着て乗っていたって。仕事用のスーツでも、普段着でも。これがそうだ、と一目で分かる気がする車。
 バス停から家まで歩く途中の、ご近所さんの家を見ていても…。
(車で分かる人が多いかも…)
 ガレージに停まっている車。家の人がいるなら、色々な顔で。澄ましていたり、茶目っ気のある車だったり。
 持ち主は誰か、直ぐにピンと来る車たち。どれも個性がある車。色や形や。
 気を付けていたら、まるで同じのは無い車。似たように見えていた車だって、近付いてみたら、違っている車体の細かい部分。車には詳しくないけれど。
(きっと、こだわり…)
 これにしよう、と車を買う時に。この車よりは、こっちの車、と。
 考えてみたら面白い。どんな車も、みんな持ち主の個性が出ているから。大好きな色や、好みの形。そういったものを詰め込んで選んだ車だから。



 車があんなに個性的だなんて、と感心しながら家に帰って、おやつの時間。
 ダイニングで味わう、母が用意してくれたケーキと紅茶。母は車に乗らないのだから…。
(ママが運転するんだったら、パパの車で…)
 母にはあまり似合わない。父が選んだ車なのだし、当然の結果。色も形も、父の個性が出ている車なのだから。
 それが似合わない母が乗るなら、どんな車になるのだろう?
 母が自分で選ぶなら。運転手は母だ、と誰が見たって思いそうな車に乗るのなら。
(ハーレイのお母さんみたい、って思った車は…)
 意外に似合うかもしれない。濃い緑色で、コロンと可愛い形をしていた車。濃い緑色だと母には少し渋すぎるから、それを変えれば。
 色次第かも、と想像していた所へ、母が通り掛かったから訊いてみた。
「ママ、車に乗るなら、どんなのが好き?」
 運転免許は持っているでしょ、ママが選ぶとしたら、どういう車?
「どんなのって…。ブルーは車に詳しくないでしょ?」
 好きな子供は大好きだけれど、ブルーは車に興味が無いから…。分からないんじゃないの?
 車の種類を言ったって、と首を傾げながらも側に来てくれた母。隣の椅子に腰を下ろして。話は聞いて貰えそうだから、続けた質問。
「車の種類は分かんないけど…。コロンと可愛い車とか…」
 ちょっとカブト虫みたいに見える車は、ママ、好きじゃない?
「好きよ、どうして分かったの?」
「やっぱり…! あの車、ママに似合いそうだと思って…」
 どんな色が好き、車の色も沢山あるから…。ああいう形の車に乗るなら、何色がいい?
「そうねえ…。ママがあの車に乗るのなら…」
 この色かしら、と母が答えてくれた色。ちょっとお茶目な黄色でもいいし、白も好きよ、と。
 どちらも母に似合った感じ。コロンとしていて黄色でも。真っ白でコロコロ走っていても。
 思った通り、車は人に似るらしい。それを運転している人に。



 当たっていたよ、と思った車。運転手の個性が出る車。
(ふふっ、車は持ち主そっくり…)
 選んだ人で決まるんだよね、と二階の自分の部屋に戻って考える。勉強机の前に座って。
 今のハーレイが乗っている車も、持ち主の個性が出ている車。形もそうだし、何よりも色。濃い緑色は、前のハーレイの色だから。キャプテン・ハーレイの背中のマントと同じ色。
 あの緑色がハーレイの色、と濃い緑色の車を思い浮かべていて気が付いた。
(ハーレイ、次は白だ、って…)
 次に車を買い替える時は白にしよう、と言ったハーレイ。白い鯨の、シャングリラの白に。
 初めて車を買った時から、ハーレイの車は濃い緑色。白い車も勧められたのに、欲しい気持ちがしなかったという。
(…ぼくが隣にいなかったから、って…)
 ハーレイにそう聞かされた。「今から思えば、そうなんだろうな」と。
 白いシャングリラは、二人で暮らした船だったから。ハーレイが一人で乗っていたって、寂しい船でしかなかったから。
 前の自分をメギドで失った後は、一人きりになってしまったハーレイ。白いシャングリラを地球まで運ぶためだけに、ハーレイは独りぼっちで生きた。恋人はもう乗っていなかった船で。
 その悲しすぎる記憶が無くても、ハーレイは白い車を避けた。白い車もいいと思うのに、何故か乗りたくなかったから。「この色じゃない」と思ったから。
 代わりに選んだ、青年が乗るには渋すぎる色。今では似合っているけれど。
 濃い緑色もハーレイらしくて素敵だけれども、次の車は白になる。白い鯨と同じ色に。
 今の車を買い替える頃は、大きく育った自分が隣に乗っているから。助手席に座って、デートやドライブに一緒に出掛けてゆくのだから。
 「お前と二人で乗るんだったら、白でなくちゃな」とハーレイが決めた、次に買おうと思う色。
 二人だけのために走るシャングリラは白でないとと、白い車に買い替えようと。



 ハーレイが運転する車の色は、次の車からガラリと変わる。濃い緑色からシャングリラの白に。正反対と言っていいほど、暗い色から明るい色に。
(だけどハーレイ、白だってちゃんと似合うから…)
 大丈夫だよ、とコクリと頷く。まるで違った車の色でも、きっとハーレイらしくなる筈。
 庭で一番大きな木の下、ハーレイとお茶を飲む白いテーブルと椅子。褐色の肌が映える色だし、前のハーレイが舵を握ったシャングリラだって白かった。どちらもハーレイに似合う白。
 車だってきっと、白に変えてもハーレイの色。
 濃い緑をやめてしまっても。形は今のままで白にしたって、その車は白いシャングリラ。
 遠く遥かな時の彼方で、前のハーレイが舵を握った船と同じに、ピッタリの車になるのだろう。誰が見たって、今のハーレイに似合いの車に。
 「先生、この色も似合いますね!」と、生徒たちだって褒める車に。
 きっとそうだ、とハーレイの白い車を思う。白い車も似合う筈だもの、と。
(車が人に似るんだったら…)
 運転する人の個性が表れるのなら、本物のシャングリラは前のハーレイに似ていただろうか?
 前の自分たちが乗っていた船は。ハーレイが動かしていた白い鯨は。
(似ていたかも…)
 あれもハーレイらしかったかも、と懐かしい船を思い出す。楽園という名のシャングリラ。
 ミュウの箱舟だったけれども、いつも堂々としていた船。漆黒の宇宙を飛んでゆく時も、雲海に潜んでいた時も。
 あの時代に宇宙に存在していた、どの宇宙船よりも大きかった船。
 自給自足で生きてゆくには、船の仲間たちの世界を丸ごと乗せてゆくには、それだけの大きさが要ったから。元の船では、船の中だけでは生きられないから。
(改造前のシャングリラだと…)
 元は人類のものだった船だと、ハーレイらしいという気はしない。何処にでもある宇宙船。
 白い鯨がハーレイの船。
 舵を握っていたハーレイのように、どんな時でもビクともしない、その強さ。人類軍の爆撃機に囲まれ、爆弾を山と浴びせられても。船体があちこち傷ついたって。



 シャングリラは沈まなかったんだよ、と時の彼方に思いを馳せる。
 前の自分が生きていた間も、いなくなった後も、白いシャングリラは飛び続けた。執拗なほどに攻撃されても、損傷した箇所を抱えながらも。
 前のハーレイもそうだった。攻撃を受けた時の衝撃、それで額を打ち付けたって。血が流れても手当てもしないで、懸命に指揮を執り続けた。シャングリラが沈まないように。
(やっぱり似ちゃうものだよね…?)
 車だけじゃなくて船だって、と考える運転手の個性。ハンドルか舵かの違いというだけ、動かす人に似てくるもの。車も船も、と笑みを浮かべた所へチャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合うなり車の話。
「あのね…。車って人に似てるよね」
 色々な車が走っているけど、どれも人間にそっくりだよ。
「はあ? 車って…」
 おいおい、車は車だろう。人間様とは似ても似つかないと思うがな?
 形からしてまるで違うし、第一、車は動きはしたって、生き物ですらもないんだから。
「そういう意味で似てるっていうんじゃなくて…。車の色とか形のこと」
 どの車も、それを運転している人に似てない?
 借りてる車だと似てないけれども、自分で選んだ車だったら。これがいいな、って。
 ハーレイの車はハーレイらしい車だと思うし、パパのも、ご近所さんのもそう。
「ふうむ…。なんだって急に車だなんて言い出したんだ?」
 しかも人間に似ているだなんて、お前、車に興味は全く無さそうなんだが…?
「ママにも言われちゃったよ、それ。…ホントに詳しくないんだけれど…」
 でもね、今日の帰りに乗ってたバスで…。



 こういう車を見たんだよ、と話した例の緑の車。助手席に犬を座らせていた、おばあちゃん。
 一度も会ったことは無いけれど、ハーレイのお母さんみたい、と。
「なんだか似てる、って思っちゃって…。なんとなく、だけど」
 ハーレイのお母さんの顔なんか、見たことないのにね。…見せて貰ったことが無いから。
 だけど車も、犬を乗せてたことだって…。ハーレイのお母さんなら、ミーシャを乗せそう。
「ほほう…。おふくろに似た人が運転してた、と」
 どんな車だったんだ、その車は?
 お前がおふくろらしいと思うからには、車の色ってだけじゃないよな?
 俺の車と似たような色の車だったら、けっこう走っているんだから。
「うん。最初は色で気が付いたんだよ、おんなじ色だ、って」
 なのに、色しか似てなくて…。形は全然違ってて。
 コロンとしていて可愛らしくて、走ったらコロコロ音がしそうで…。それで見てたんだよ、誰が運転してるのかな、って。
 そうだ、ハーレイ、見てくれる?
 ぼくが見ていた本物の車、サイオンを使えば見られるでしょ?
 この手、とハーレイに差し出した右手。「ぼくの記憶を覗いてみて」と。
「確かにそいつが手っ取り早いな、どんな車かも一目で分かるし…」
 運転していた人も、隣に乗ってた犬の顔までそのまま分かるってことか。
 よし、見てやるから、きちんと思い出してみろ。
 お前が帰りに見たらしい車と、それに乗ってた人と犬をな。



 いくぞ、と絡められた褐色の手。「見える?」と頭に浮かべた光景。バスの窓から眺めた、濃い緑色の可愛い車。コロンとしていて、おばあちゃんと犬が乗っていた車。
「こんなのだけど…。車と、おばあちゃんと犬」
 どう、ハーレイのお母さんに似てる?
 それとも、ちっとも似ていないの、と心配になって尋ねてみた。「これか」と頷いて、もう手を離した恋人に。
「そうだな、おふくろに似てると思うぞ。…顔と言うより雰囲気がな」
 おふくろは車を運転しないが、運転したなら、きっとこういう感じだろう。
 犬だって乗っけて走るだろうなあ、こんなデカイのを飼っていたなら。
 自分一人で出掛けてゆくより、「一緒に行こう」と乗せると思うぞ。同じ乗せるなら、隣にな。
 きちんとシートベルトをさせて。運転しながら、色々話し掛けたりもして。
「ホント?」
 当たってたんだね、ぼくが思った通りだったよ!
 本当にハーレイのお母さんだったら、犬じゃなくって猫だろうけど…。
 ミーシャがいたなら、ミーシャを乗せて走るだろうけど。
 猫だとシートベルトは無理だし、ケージに入れて。…お出掛けするなら、ミーシャも一緒。
 ハーレイのお母さん、ああいう人なんだ…。うんと優しそうで、車に乗るならコロンとした車。
 あの車、とっても似合ってたんだよ、あのおばあちゃんに。



 大当たりだね、と嬉しくなった車のこと。イメージ通りだったハーレイの母。
 顔は似ていないらしいけれども、雰囲気が当たっていれば充分。夏ミカンの実のマーマレードをくれる優しい人。こんな人かな、と何度も想像していたのだから。
(あの可愛らしい車のお蔭…)
 ハーレイの車と同じ色のコロンとした車。あれに出会っていなかったならば、気付かないままで車は通り過ぎただろう。同じように犬を乗せていたって、あのおばあちゃんが乗っていたって。
(御主人の車とか、息子さんの車に乗ってたら…)
 本当に気付かないでおしまい。ついでに、車が運転する人に似ていることにも気付かない。
「ねえ、今、ハーレイが見てくれた車…」
 運転してた人に似てるでしょ?
 そう思ったから、他の車も見てたんだけど…。どれも似てたよ、車を運転していた人に。
 たまに似てない車もあるけど、あれは借りてる車じゃないかな?
 自分が選んだ車じゃなくって、家族の誰かが選んだ車。そうじゃないかと思うんだけど…。
「そりゃまあ、なあ? なんたって車なんだから」
 運転するのは自分なんだし、自分の好みの車を買いたくなるってな。色も形も。
 そうやって選べば、自然と個性が出て来るもんだ。持ち主に似た車になるってことだな。
 自分らしくない車を買うヤツ、普通はいないだろうからなあ…。
「じゃあ、ハーレイの車もそう?」
 あの緑色はハーレイの趣味だと聞いたけど…。車の種類とかもハーレイの好み?
「当然だろうが、俺が運転するんだから」
 俺が乗りたいと思う車にしないと、ドライブしててもつまらんじゃないか。
 こんな車は好きじゃない、って車で走って楽しいか、お前?
「…ぼくは運転出来ないけれど…。そうだよね、乗ってて楽しい車がいいよね」
 自分の車だ、っていう気持ちになれる車がいいに決まっているよね。
 きっと部屋だって同じだろうし…。
 落ち着かない部屋で過ごしているより、ゆっくり出来る部屋がいいもの。自分の部屋は。



 分かる気がする、と思った車の選び方。車の中は小さな部屋だから。同じ過ごすなら、気持ちが落ち着く部屋の方がずっといいのだから。
 それで車は人に似るのか、と納得したら、頭に浮かんだシャングリラ。前のハーレイに似ていた気がする、ミュウの箱舟。どんな時でもビクともしないで、宇宙を、雲海を飛び続けた船。
「えーっと…。前のハーレイはどうだった?」
 やっぱりあれも大好きだったの、今の車が好きなみたいに…?
「前の俺って…。大好きも何も、前の俺は車に乗っていないぞ」
 乗せて貰ったことならあったが、俺は運転していない。それにお前は知らんと思うが?
 前の俺が車に乗っていたのは、アルテメシアを落とした後だから…。
 行った先の星で移動する時に、ジョミーと一緒に乗せて貰っていただけだからな。
「車じゃなくって、シャングリラだよ!」
 前のハーレイが動かしてたでしょ、シャングリラは。…車の運転と変わらないじゃない。
 動かすのが車か宇宙船かっていう違いだけだよ、だからシャングリラも好きだったかな、って。
 白い鯨はハーレイに似てたよ、今のぼくはそう思うけど…。
 それにハーレイ、シャングリラのこと、好きな船だったと言っていたから…。
 車みたいに大好きだったから、シャングリラはハーレイに似てたのかな、って思うんだけど。
「白い鯨が前の俺だってか?」
 俺が鯨って…。海にいる鯨は、俺に似てるか?
 身体がデカイって所くらいしか、似ているようには思えんがな…?
「本物の鯨は、ハーレイに似てると思わないけど…。あれは少しも似ていないけど…」
 白い鯨だったシャングリラなら、前のハーレイに似ていたよ。改造前だと似ていないけど。
 改造した後はミュウの箱舟で、いつもみんなを乗せて飛んでた。…どんな時でも。
 ブリッジで指揮を執る時のハーレイみたいにしっかりと立って、ビクともしないで。
 仲間たちが安心してられる船で、頼もしくって…。
 それって前のハーレイだったよ、みんなが頼れるキャプテン・ハーレイ。
「うーむ…。白い鯨は、確かに頼もしい船だったが…」
 こいつさえあれば安心だ、と俺も思っていた船だったが、そいつが俺に似てたってか?
 考えたことさえ一度も無いなあ、シャングリラと俺が似ているだなんて。



 俺に自覚は全く無いが、という返事。似ていると言われたことさえ無いが、と。
「長年、あれを動かしていたが、誰も言ってはいなかったな」
 白い鯨が俺に似ているとも、あれが俺らしい船だとも。
 動かし方なら、俺らしいと言われることもあったが…。そいつは大抵、褒め言葉じゃない。
 荒っぽいことをやった時だな、三連恒星の重力の干渉点からワープするとか、そういったヤツ。
 無茶をやらかしたら、「またかい!」とゼルやブラウが派手に怒っていたもんだが。
「そうなの…?」
 前のハーレイに似てはいないの、白い鯨は?
 とても似てると思ったのに…。車と同じで、動かしている人にそっくりだよ、って。
「間違えるなよ? 白い鯨はミュウの箱舟だったんだ」
 あの船に乗ってた全員のものだ、シャングリラだけが世界の全てだったんだから。
 動かしていたのが俺だってだけで、シャングリラは俺の船じゃない。
 いくら好きでも、俺の持ち物ではなかったわけだな、白い鯨は。
 シャングリラの他には、船は一隻も無かったろうが。…小型艇の方はともかくとして。
 たった一隻しか無かった船をだ、俺の船だと考えるのは大きな間違いだってな。
「そっかあ…」
 シャングリラ、似てると思ったんだけどなあ、ハーレイに…。
 ハーレイらしい船だったよね、って考えちゃって、ホントに感心してたのに…。



 違うなんて残念、と崩れてしまった「船も動かす人に似るかも」という考え。
 車が人に似るように。運転している人の個性が、色や形に表れるように。
 白い鯨は、前のハーレイに似ていたから。舵を握る人にそっくりな船に思えたから。船の仲間を守り続けて、沈まなかったシャングリラ。前のハーレイそのものの船。
 けれど「違う」と言われたからには、そうなのかとも思ったものの…。ふと閃いた、逆の考え。船も車と同じなのでは、と気付いたこと。
「待ってよ、ハーレイ。…船は増えたよ、ずっと後から」
 前のぼくがいなくなった後だけど…。今のぼくが歴史で習ったことなんだけど。
 ゼルたちの船が増えていたでしょ、シャングリラの他に。
 ジュピターの上空で戦った時は、もうシャングリラだけじゃなかった筈だよ。
「あれか…。エラとブラウとゼルの船だな」
 しかし、人類の船を供出させただけだし、三隻とも形はそっくりだったぞ?
 個性も何もありやしないし、車のようにはいかないってな。
「そうかなあ? そっくりだったことは認めるけれど…。でも…」
 歴史の授業でも教わることだよ、ゼルの船にだけはステルス・デバイスがあったってこと。
 それでコルディッツを救えたんでしょ、人類に全く気付かれないで近付けたから。
 一隻だけステルス・デバイスを搭載していただなんて、ゼルらしくない?
 あのシステムは、ゼルとヒルマンが開発したヤツだったんだから。
「開発者はそうだが、あれをゼルの船に搭載したのはヤエだったぞ」
 ゼルじゃないんだ、ヤエの功績だな。そいつを間違えてやってはいかん。
 授業では教えないかもしれんが、歴史好きなら知ってることだ。
「そうなんだ…。だけど、それって、ヤエ一人だけで決められたの?」
 ゼルの船だけに搭載するとか、エラたちの船には搭載しないでおくだとか。
 船の装備に関することだし、ヤエ一人では無理そうだけど?
「それはまあ…。お前が言ってる通りで合ってる、ヤエの意見では決められん」
 其処までの発言権は無かったな、ヤエに。…有能なヤツではあったんだが。
 なにしろ年が若いからなあ、発言したって、まずは会議にかけんことには…。だかだらだな…。



 ゼルの船にだけ搭載されたステルス・デバイス。そうなった理由はゼルの言葉だという。新しく船を加えて艦隊を組むと決まった時に、漏らした一言。
 「わしの船を貰えると言うんじゃったら、欲しいんじゃがな」と。
 シャングリラが誇るステルス・デバイス、人類はそれを持ってはいない。だからこそ、ミュウの船には欲しい。新たに船を加えるのなら。艦隊を組んでゆくのなら。
 開発者ならではの言葉だけれども、ゼルは無理だとも考えていた。ステルス・デバイスを自分の船に搭載することは出来ないと。
 元は人類の船だったものを、転用するだけの改造船。構造からして全く違う。シャングリラでも形状そのものを改造しないと、搭載不可能だったシステム。前の船から白い鯨に。
「お前も覚えているだろう。…ステルス・デバイスを搭載するには、改造が必要だったこと」
 白い鯨の形にしないと、あれは使えなかったんだ。もちろんゼルも覚えていた。開発者だしな。
 人類の船に搭載出来るわけがない、と最初から諦めていたんだが…。
 そいつを解決したのがヤエだ。お蔭でゼルの船にはステルス・デバイスがあったわけだな。
「解決したって…。ヤエはゼルより凄かったの?」
「ステルス・デバイスの研究を続けていたからな。…ゼルの理論を元にして」
 どういう具合に改良したなら、他の船でも使えるかと。出番があるとは限らないのに。
 ミュウが力をつけない限りは、日の目を見そうにない研究だが…。
 好きだったんだろうな、研究自体が。
 役に立つとか立たないだとかは全く抜きで、一人でコツコツやっていくのが。



 ゼルが「欲しい」と言い出した時に、ステルス・デバイスは搭載出来る、と言ったヤエ。
 資料を提出して、三隻ともに可能だろう、とも会議で説明したのだけれど…。
 慎重派だったエラは、思い切った改造に乗り気にならなかった。ステルス・デバイスは白い鯨にしか無い機能なのだし、人類の船に搭載すれば不具合が生じるかも、と。
 ブラウの方は「急ぐんだろ? 無くてもいいさ」と豪快だった。人類の船に載せねばならない、サイオン・キャノンやサイオン・シールド。それだけでも時間がかかるんだから、と。
 余裕が出来たら載せればいいと、最初はゼルのに載せておくだけでいいじゃないか、と。
「…そんなわけでな、ゼルの船にしか無かったんだ」
 欲しくないと言うエラには無理強い出来んし、ブラウは「要らん」と断ったんだし…。
「それでゼルだけだったんだ…」
 ほらね、やっぱり船にも個性がきちんと出ているじゃない。
 エラは慎重だし、ブラウは豪快。…ゼルは欲しいと思ってたものを貰ったんでしょ?
 ゼルたちらしいよ、同じ船でも中身が違っていたんだから。
 エラとブラウの船にしたって、ステルス・デバイスが無かった理由が違うんだしね。
 車みたいだよ、ちゃんと個性があるんだから。
「そうかもなあ…。シャングリラが俺の船だったかどうかは、別の話だが…」
 ゼルたちの船には、立派に個性があったってことか。見た目は同じ船だったのに。
 すると、あいつらが今、地球にいたなら…。
「車で分かっちゃうんじゃない?」
 色や形で、あれはゼルとか、これはブラウの車だとか。
「あるかもなあ…!」
 供出させた船と違って、車は好きに選べるんだし…。
 大いに個性を発揮しそうだな、エラはともかく、ゼルとブラウは。



 あの三人なら、どういう車に乗りたがるだろう、とハーレイと二人で考えてみた。ブラウなら、こういう車だとか。ゼルはこうだとか、エラだったら、とか。
 車の色や形の他にも、運転の仕方にも個性が出るのだ、とハーレイが教えてくれたから。慎重に運転するタイプだとか、大らかなタイプがあるそうだから。
「面白そうだね、みんなでドライブに出掛けたら」
 ぼくはハーレイの車に乗っけて貰って、ゼルやブラウたちと。もちろんエラもね。
 みんな自分の車で来ること、って約束をして。
「そいつは愉快な日になりそうだな、あいつらと一緒にドライブか」
 車を連ねて、郊外に出掛けてバーベキューとかもいいもんだ。キャンプに行くとか、色々とな。
 そういう時には、普通は誰かが車を出して、他のヤツらはそいつに乗って行くんだが…。
 五人だったら充分乗れるが、あえて別々の車で行くのも、うんと楽しくなりそうだ。
 向こうに着いたら、変な荷物を積んで来ているヤツがいたりして。
 バーベキューなのに、まるで合わない飲み物や菓子を山ほど運んで来るとかな。
「ホントにありそう…。ゼルやブラウなら、きっとやるよね」
 そうなったらエラが怒り出すんだよ、「責任を持って食べなさい」って。もったいない、って。
 だけどゼルたちなら、ハーレイに全部押し付けそう。好き嫌いが無いのを知っているから。
「ありそうだよなあ、あいつらの場合…」
 お前だって好き嫌いは無いのに、俺の所に全部来るんだ。「さあ、食え」と。
 そうなるだろうな、貧乏クジは俺だぞ、きっと。



 結果が今から見えるようだ、とハーレイが苦笑するドライブ。持ち主の個性が表れる車、それを連ねて出掛けるキャンプやバーベキュー。
 懐かしいゼルやブラウたちと。変わらずに口うるさいだろうエラと。
「みんなでドライブ、やってみたいな…」
 会えたらいいのに、ゼルやブラウに。…それにエラにも。
「俺もそう思うが、無理なんだろうな…」
 お前が食え、とバーベキューには似合わん代物を食わされようが、会えるもんなら…。
 あいつらとドライブに行けるんだったら、文句は言わん。
 しかし、そいつは難しいだろう。夢物語で、きっと叶いはしないだろうな。
「うん…。ぼくたちだけしかいそうにないよね、記憶を持って生まれて来たのは」
 ゼルやブラウもいるんだったら、とっくに会えていそうだから。
「ああ。残念ではあるが、お前さえいれば、充分だっていう気もするし…」
 俺にはお前がいればいいから、あいつらのことは思い出話が出来ればいいさ。
「ぼくも、ハーレイがいてくれれば充分」
 二人一緒なら、幸せだもの。
 それにいつかは、ハーレイのお母さんにも会いにいけるしね。…本当はどんな人なのか。
 ハーレイ、教えてくれないんだもの、お母さんの顔。
「お楽しみは取っておくもんだ。その方が値打ちが出るからな」
 楽しみにしてろよ、おふくろたちに会いに出掛けるドライブ。
 お前を俺の隣に乗っけて、俺の個性が溢れる車で隣町まで走るんだから。



 その頃はまだ白い車じゃない筈だがな、とハーレイがパチンと瞑った片目。
 買い替える時には白いシャングリラの色に変わる予定の、濃い緑色のハーレイの愛車。
 それの助手席に乗せて貰って、ハーレイと出掛けてゆく隣町。
 ハーレイの両親に会いにゆくために、「はじめまして」と挨拶するために。
 濃い緑色をした車でも、今のハーレイのシャングリラ。
 白くなくても、ハーレイに似合う車なのだし、それで一緒に出掛けてゆこう。
 とても幸せなドライブに。
 隣町へ、庭に夏ミカンの大きな木がある家を目指して、ハーレイの車の助手席に乗って…。



             車と個性・了


※持ち主に似ているように見える、とブルーが思った車。前の生でのシャングリラも、と。
 ハーレイの船ではなかったのですが、後に増えた三隻の船には、個性があったみたいですね。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv







※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。




シャングリラ学園、今日も平和に事も無し。とはいえ、もうすぐ夏休みです。期末試験もあったりしますが、1年A組は会長さんさえ参加してくれれば「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーで全員満点と中間試験で証明済み。誰も勉強する人は無くて…。
「かみお~ん♪ 授業、お疲れ様!」
今日も暑いよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が迎えてくれた放課後の溜まり場。クーラーが気持ちよく効いてますけど、トロピカルフルーツたっぷりのパフェも用意されていて。
「飲み物も冷たい方がいいよね、アイスコーヒーとか!」
「俺はそれで頼む」
「ぼく、オレンジスカッシュ!」
賑やかに飛び交う飲み物の注文、後はワイワイやっていたのですけど。
「こんにちは。夏はやっぱりパフェだよね!」
「「「???」」」
ぼくにもパフェ! と現れた人影、言わずと知れた私服のソルジャー。空いていたソファにストンと座って、パフェの用意を待ってますけど。アイスティーも注文していますけど…。
「あんた、何しに出て来たんだ!」
俺たちは今日は此処だけで解散だが、とキース君。
「明日は土曜日だし、早めの解散でいいんだ、今日は!」
「うん、知ってる。この暑さだとブルーの家に行くんだろうねえ、涼しいからさ」
いつものパターン、とすっかり読まれている行動。
「ぼくはこれから出掛けるんだよ、ノルディとディナーの約束があるし」
「だったら、どうしてこっちに来るんだ!」
「それはまあ…。フルーツパフェが美味しそうだし…」
待ち合わせの時間にはちょっと早いし、と悪びれもせずに。
「ぼくのシャングリラで無駄に時間を過ごしているより、早めに遊びに出たいしね!」
「俺たちは完全下校のチャイムが鳴ったら解散なんだが!」
「知ってるってば、その後までは邪魔はしないよ」
待ち合わせてるホテルのロビーで過ごすから、とソルジャーはパフェをパクパクと。きっとロビーでもケーキでも食べて待つのでしょう。ディナーは別腹、そんな感じで。
「あっ、分かる? それでねえ…」
今日のディナーは、と一方的に喋りまくってソルジャーは去ってゆきました。完全下校のチャイムが鳴ったら、「またね」と瞬間移動でパッと。



次の日は土曜日、朝から太陽がジリジリ照り付ける中を会長さんの家へ。こんな日は涼しい場所が一番です。今年は空梅雨、このまま梅雨明けしそうな勢い。
「暑いよね、今日も…」
いったいいつから夏だっただろう、とジョミー君が言い、キース君が。
「五月にはもう暑かったな。考えない方がいいと思うぞ」
考えた所で暑さが消えるわけではないし、と心の持ちようを唱えられても、キース君ほど修行は出来ていません。暑い、暑いと連発しながら会長さんのマンションに着いて。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
暑い時にはスムージー! と冷たい飲み物がサッと出るのが嬉しいです。夏ミカンをくり抜いて夏ミカンの果汁の寒天を詰めたお菓子も一人に一個。
「美味しいですねえ、外の暑さを忘れちゃいますよ」
シロエ君が絶賛、キース君も。
「そうだな、やっぱり暑い季節は暑いしな…。此処は涼しくて有難いが」
「あれっ、さっき心の持ちようだとか言ってなかった?」
そう聞いたけど、とジョミー君が突っ込むと。
「言葉尻を捕えて四の五の言うな! 暑苦しい!」
もっと涼しい話題にしろ、と切り返し。
「お前の好きな心霊スポットか怪談か知らんが、そっちの方がよっぽどマシだ!」
「やっていいわけ?」
「涼しい話題は歓迎だからな」
「えーっと…。この話、知ってる? すっごく賑やかな街の中にさ、空き地がポツンと」
あるらしいんだよ、と声をひそめるジョミー君。場所を聞いたらパルテノンから近い一角、すぐに買い手がつきそうな場所のようですけれど…。
「でもね、その土地、誰も買わないらしいんだよ。何か建てようとすると祟りが…」
「らしいね、ぼくも噂は知ってる」
お祓いをしても無駄らしいねえ、と会長さん。
「すこぶるつきの場所らしいけどさ、ぼくにかかれば多分、解決!」
「えっ、ホント? じゃあさ、ちょっと見学に行くとかさ…」
今は暑いから夕方にでも、とジョミー君が食い付きました。心霊スポットは怖いですけど、会長さんがついてるんなら大丈夫かな?



ジョミー君が持ち出した心霊スポットらしきもの。会長さんと二人がかりで怖い噂が次々に披露され、いい感じに寒くなって来ました。その土地と対だった空き地に建ったマンション、誰もいないのに明かりが点くとか、入れない筈の屋上に人が立っているとか。
「…マジでやべえよ、その土地ってよ…」
俺が行ったら何が見えるんだろう、と霊感持ちのサム君、ブルブル。
「さあねえ? なにしろ、ぼくも現場は見たことが無くてさ」
ジョミーと違って興味がゼロで、と会長さん。
「誰かにお祓いを頼まれたんなら、儲けにもなるし出掛けて行くけど、タダ働きはねえ…」
「タダ働きって…。でもさ、ぼくたちと見に行って何か出た時は…」
助けてくれるんだよね? とジョミー君。
「そうでないと怖いし、行ったら酷い目に遭いそうだしさ」
「それはまあ…。でもねえ、君子危うきに近寄らずだよ?」
涼しい話題に留めておくのが吉だろうね、と会長さん。
「半端ない目に遭ってからでは遅いんだからね、高みの見物に限るんだよ」
「まったくだ。俺は涼しい話題をしろとは言ったが、余計な面倒は御免蒙る」
盛り上がるだけにしておこうじゃないか、とキース君も。
「もっと涼しい話題がいい、と言うんだったら俺の知り合いの体験談も多いからな」
「それって、その土地?」
「いや、墓地だが? 寺には大抵、セットものだしな」
涼しげなヤツを話してやろう、とキース君が始めた実話とやらも非常に怖いものでした。「何処とは言わんが、アルテメシアの寺の話で…」などと言われたら尚更です。
「何処だよ、その踏切に近い寺っていうのはよ!」
俺は一生近付かねえぜ、とサム君が震えて、シロエ君も。
「教えて下さい、ぼくも行かないようにしますから!」
「…檀家さんしか行かない寺だと思うがなあ…。観光寺院じゃないからな」
詳しく言ったらご迷惑になるし、とキース君。変な噂が立ったら困る、と怖い話だけやらかしておいて避難経路は教えてくれないのが余計に怖くて。
「ど、どうしよう…。踏切、山ほどあるんだけれど…」
何処なんだろう、とジョミー君が怯えまくって、私たちだって巻き添えです。なんだって夏の最中なんかに、こんな背筋が寒い思いをする羽目になっちゃったんですか~!



怖すぎたキース君の怪談、プロは一味違います。墓地はセットものだというお寺な業界、怪談なんかは日常茶飯事。中でも選りすぐりのヤツを披露された上、現場は私たちが住むアルテメシアで。夕方に近付いたらヤバイらしくて…。
「お願いだから、その場所、ちょっと教えておいてよ!」
もう絶対に喋らないから、とジョミー君。踏切だけでも、と。
「駄目だな、同業の人に迷惑はかけられないからな。だが、安心しろ」
近付いたって、人じゃないものに会うだけで済む、とキース君。
「それに見た目は人間だしな? サムなら分かるかもしれないが」
「で、でもさ…。後ろを向いたら消えてるとかって聞いちゃうとさ…」
「その程度で済むと言っているんだ、夕方に墓地に行かなければな」
行ったらヤバイが行かなければいい、と再び始まる怖すぎる実話。お経が読めない人が入ると最悪すぎる墓地と言うべきか、檀家さんはどうしてるんですか?
「ん? 檀家さんは墓地の関係者だしな、何も起こらん」
「「「えーーーっ!!!」」」
つまりは関係者以外お断りっていうわけですね、物見遊山でなくっても?
「そうなるな。知らずに入ったヤツらが腰を抜かすとか、庫裏に駆け込んで来るだとか…」
「「「うわー…」」」
なんでそんなヤバイ墓地を放置で、と思いましたが、それもお寺の方針です。観光地に近くて日頃から迷惑を蒙る日々なのだそうで、ちょっとした復讐らしくって。
「…観光地の踏切…」
「それだけじゃ絞り込めねえよ!」
踏切が幾つあると思ってるんだよ、とサム君が言う通り、アルテメシアは線路多めで踏切多め。もう駄目だ、と夏の盛りに震えまくって、部屋の温度も体感温度は真冬並みで。
「さ、寒い…」
お昼はうどんが食べたい気分、とジョミー君が言い出し、「鍋焼きだよな」とサム君も。
「えとえと…。お昼、カレーにしようと思ってたけど、カレーうどんにする?」
暑いけどね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が尋ねた所へ。
「ぼくはカレーでいいんだけれど!」
暑い季節はスパイシー! と降って湧いたのがソルジャーです。紫のマントの正装ですから、今日はエロドクターとのお出掛け予定は無いみたいですけど、私たちは今、寒いんですよ…!



暑い夏でも鍋焼きうどん。それくらい寒い思いをしていると言うのに、ソルジャーの方は平然と。
「今日のカレーを仕込んでるのを見ていたし…。あれはやっぱりナンで食べなきゃ!」
カレーうどんに仕立てるだなんて冒涜だ、とカレーを擁護。
「それに寒さは直ぐに吹っ飛ぶよ、ホットな話題を持って来たから!」
「「「は?」」」
いったい何を話すつもりだ、と思ったら。
「もうすぐお昼になりそうだけど…。でも、話す前におやつもね」
「オッケー、スムージーと夏ミカン寒天だね!」
はい、どうぞ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサッと用意し、ソルジャーは満足そうに寒天をスプーンで掬って味わいながら。
「君たちにとっても悪い話じゃないと思うよ、お祭り騒ぎは好きだろう?」
「それはまあ…。ぼくも好きだけど」
イベントの類は大好きだけど、と会長さん。
「此処の連中をシャングリラ号に乗せる時には工夫してるし、普段も色々」
「だったら、もってこいの話だってば! 今年の海の別荘だけどね…」
毎年、ぼくの結婚記念日合わせで予定を組んで貰っているよね、と言うソルジャー。
「昨日さ、それをノルディと話してたらさ…。訊かれたんだよ、花火もついているんですか、と」
「「「花火?」」」
「そう、花火! 空にドカンと打ち上げるヤツ!」
あれはとっても綺麗だよねえ、とソルジャー、ウットリ。
「ぼくも好きでさ、たまにハーレイと見に来てるんだよ、デートを兼ねて」
ぼくのシャングリラには無いものだから…、と言われてみればシャングリラの中で打ち上げ花火は無理でしょう。あれは上空何キロだったか、とにかく高い所でドッカンです。開く花火も半径は確かメートル単位で、百メートルは軽く超えていたかと…。
「花火ねえ…。君のシャングリラじゃ無理だね、確かに」
「そうなんだよ! お子様向けの花火セットが限界だろうねえ、やるとしたらね」
公園の芝生が焦げると苦情が出そうだけれど、と残念そうな所を見ると花火はやっていないのでしょう。線香花火とかなら地味でも味わいありますけどね?
「線香花火より打ち上げ花火! ぼくは断然、そっちだね!」
華やかなのがいい、と打ち上げ花火を推すソルジャー。うん、ちょっと寒さが減って来たかな、夏はやっぱり花火ですもんね!



怪談の寒さでカレーうどんな気分だった所へ来たソルジャー。ホットな話題を持って来たから、という言葉通りに中身は打ち上げ花火でした。夏の夜空にドッカンと花火、幽霊だって吹き飛びそうです。たまにはソルジャーも役に立つものだ、と花火の話に聞き入っていたら。
「それでさ、ノルディが言うんだけどさ…。結婚記念日には花火だってね?」
「「「はあ?」」」
何処の富豪だ、とビックリ仰天。打ち上げ花火は高いと聞きます、お祝いとかで打ち上げることはありますけれども、結婚記念日って…。
「マツカ先輩、先輩の家では結婚記念日に花火ですか?」
シロエ君が御曹司なマツカ君に訊くと。
「いえ…。ぼくの家ではやってませんね。王室とかなら、そういう話も…」
「なるほどな。桁外れな世界のイベントなわけだ」
王室だしな、とキース君。
「そんな花火があんたの結婚記念日についてくるわけがないだろう!」
「うーん…。場所によってはあるんですよ、ってノルディがね…」
「何処の金持ちの国なんだ!」
オイルダラーか、とキース君が言ったのですけど、ソルジャーは。
「違うよ、この国の話だけれど? 花火大会の時にスポンサーを募って、そのついでに」
「「「スポンサー?」」」
「そう! 打ち上げ花火に個人がスポンサー、好きな数だけ花火を買って!」
アナウンスと共に打ち上げなのだ、とソルジャーはエロドクターから聞いた話を得々と。
「誰それの米寿を祝って八十八発だとか、結婚記念日で五十発とか!」
「…五十発なら、それは特別な節目だから!」
金婚式ってヤツだから、と、会長さんが指摘しました。
「米寿は八十八歳のお祝い、金婚式は結婚五十年目なんだよ、花火だってつくよ!」
「そうなんだ? …でもねえ、そういう花火大会は存在するんだし…」
ぼくたちの結婚記念日にも花火を上げて貰うとか…、とソルジャー、ニッコリ。
「今年で結婚何年目だっけ、その通りの数だと寂しすぎるから、もっと華やかに!」
「お祭り騒ぎと言っていたのは、それなわけ?」
「そうだよ、決まりの通りでなくてもいいから、結婚記念日を祝って欲しくて!」
たまには特別な結婚記念日も素敵だよね、と夢見るソルジャー。もしかしなくても、今の時期から準備に入れと言いに来たとか…?



結婚記念日には花火がいい、とソルジャーが持ち出した話題は斜め上でした。エロドクターとのデートで仕入れた知識で、打ち上げ花火。
「花火って、色々な形が出来るらしいし…。今から頼めば、きっと特注品だって!」
ぼくとハーレイの名前を打ち上げるとか、ハートマークを山ほどだとか…、と花火に燃えているソルジャー。
「君たちのセンスで凄いのをね! 結婚記念日を豪華に演出!」
「なんで、ぼくたちが祝わなくっちゃいけないのさ!」
結婚記念日は普通は孫子が祝うものだ、と会長さん。
「夫婦で祝うか、祝って貰うなら自分の子供か孫とかだね! 無関係な友達とかではなくて!」
金婚式の花火で五十発だってそういうものだ、と会長さんはビシバシと。
「おめでたい日を家族で祝おう、と子供や孫が揃ってお金を出すんだよ! 記念日だから!」
「…みんなで祝っているんじゃないわけ?」
「当たり前だよ、結婚式なら祝いもするけど、その後となったら無関係だよ!」
誰がいちいち覚えているか、と厳しい一言。
「ぼくもそうだし、世間的にもそうなってるねえ! 金婚式です、と聞かされたら「おめでとうございます」と言いはするけど、お祝いの品は送らないから!」
百歩譲って送ったとしても、お祝いイベントはやらないから、と突き放し。
「それは家族の役目なんだよ、祝って欲しいなら、まずは子供を作りたまえ!」
「子供って…。ぶるぅかい?」
「あの悪戯小僧にお祝いする気がありそうだったら、頼むのもいいね」
それも一つの方法だろう、と会長さん。
「今からきちんと教育しとけば、金婚式には花火くらいは頑張るかもねえ、こっちの世界で」
「うーん…。ぶるぅに祝って貰うのか…」
覗きが趣味のあのぶるぅに、とソルジャーは複雑な顔付きですけど。
「他に子供のアテが無いだろ、君の世界じゃ! 男じゃなくても子供は産まないらしいから!」
「そうなんだよねえ、子供は人工子宮で育つものだし…」
「ほらね、そういう世界でなければ…。ついでに君が男でなければ、御祈祷くらいはサービスしたっていんだけどさ」
「御祈祷だって?」
なんのサービス? と首を傾げているソルジャー。私たちだって分かりません。結婚記念日を祝う御祈祷なんかがあるんですかね、金婚式とか、節目の時に…?



御祈祷をサービスしてもいい、と会長さんの不思議な発言。ソルジャーのためにサービスという辺りからして、なんだか気前が良すぎますけど…。
「君がタダで仕事をしてくれるなんて、ぼくには意外すぎるんだけどね?」
心霊スポットのお祓いもタダ働きはしないんじゃなかったっけ、と尋ねるソルジャー。
「ぼくが来る前にジョミーとそういう話をしてたよ、祟る土地だか、空き地だかで」
「ああ、あれねえ…。楽勝だろうけど、タダはちょっとね」
御布施をはずんでくれるんだったら喜んで出掛けてゆくけれど…、と会長さん。
「そうでもないのに御祈祷はしないよ、面倒だから」
「なのにサービスしてくれるんだ? ぼくに御祈祷」
「子供が生まれる世界に住んでて、ついでに女性だったらね!」
そういう環境にいるんだったら、いつか金婚式を祝って貰えるように御祈祷サービス、と聞かされたたソルジャー、ポンと手を打って。
「分かった、子供が出来ますように、っていう御祈祷なんだ?」
「はい、正解! 君には全く意味が無いねえ、そんな御祈祷をサービスしても!」
「ううん、大いに意味があるから!」
是非ともそれを…、とソルジャーは膝を乗り出しました。
「お昼御飯の後でいいから、ちょっとお願い出来ないかな? サービスだと思って!」
「「「は?」」」
なんだって子供が出来る御祈祷なんかを…、と誰もが顔を見合わせましたが、ソルジャーの方は顔を輝かせて。
「その御祈祷をして貰ったら、子供が生まれるわけだろう?」
「そうだけど…?」
「だったら、やらなきゃ損だってね! 子供が生まれるためには子種!」
それを山ほど授かれるのに違いない、とグッと拳を握るソルジャー。
「ハーレイのアソコが今よりももっとパワーアップで、うんと元気に!」
「…そういうつもりで御祈祷なわけ?」
「決まってるじゃないか、こんな美味しい話はそうそう無いしね!」
御祈祷でハーレイがパワーアップ! と嬉しそうなソルジャー。お願いするよ、と。
「なんだか目的が間違ってる気もするけれど…」
花火の企画をさせられるよりはまだマシか、と会長さんは頷きました。私たちだってそう思います。寒さはすっかり消えましたけれど、ソルジャーの結婚記念日なんかは無関係です~!



何か勘違いをしているらしいソルジャー、子宝祈願の御祈祷を希望。それもサービスで、伝説の高僧、銀青様の有難い御祈祷をタダで貰う気。とはいえ、ただでもソルジャーに乗っ取られたと噂の海の別荘、いつでも結婚記念日合わせで…。
「…この上、花火を注文してまで祝わされるよりは、御祈祷サービスの方がいいしね…」
お昼御飯のカレーを食べながら会長さんが零すと、キース君も。
「その方がマシだな、あんたには少し手間を掛けるが…」
「ちょっと着替えて御祈祷だしねえ、花火よりかはずっとマシだよ」
花火コースなら注文に始まって演出までが、と会長さん。
「どんな花火に仕上げますか、って打ち合わせだとか、出来上がった花火の確認だとか…」
それに当日もお祝いの言葉を述べたりする羽目に陥るのだ、とブツブツと。
「ぼくたち全員からのお祝いなんだし、下手をしたらお祝いの歌を歌わされるとか…」
「いいねえ、お祝いに歌とか踊りとかも!」
そんな結婚記念日もいいね、とソルジャーは笑顔全開なだけに、打ち上げ花火なコースだったら、まず間違いなく派手に演出させられます。花束贈呈もあるんでしょうし…。
「もちろんだよ! ありとあらゆる形で祝って欲しいね、結婚記念日!」
「…そういうコースに行かされるよりは、この際、タダ働きでいいから!」
食事が済んだら御祈祷サービス、と会長さん。
「なにしろ子宝祈願だからねえ、子供を授かるまではキッチリ効くんだよ!」
「本当かい!?」
「世の中、子供が出来にくい人もいるけれど…。余程でなければ、これは効く筈!」
そう伝わっている有難い御祈祷なのだ、と会長さんが挙げた数々の例。色々な宗派でやっているらしく、御利益があったと伝わる話も数知れず。
「そんなに効くんだ、その御祈祷…。子供が出来るまで効くってわけだね?」
「そうでなければ意味が無いしね、肝心の子供が出来ないことには」
「つまり、子供が出来ない限りは御祈祷のパワーも続くんだね!」
子供が出来ないぼくの場合は永遠に…、とソルジャー、狂喜。
「ぼくは子供を産めはしないし、そんなぼくでも子供を産めと言わんばかりに子宝パワー!」
「…どうなんだろうね、男同士のカップルなんかに御祈祷した例は無いだろうしね…」
あまり期待はしないように、と会長さんは念を押しましたけれど。ソルジャーは「駄目で元々」と満面の笑顔、結婚記念日を花火で祝えという迷惑な企画よりも御祈祷らしいですねえ…?



こうしてソルジャーは御祈祷を受けて帰ってゆきました。緋色の法衣に立派な袈裟まで着けた会長さんこと銀青様の有難い子宝祈願の祈祷を。「実は相場はこのくらい」と会長さんが立てた指の数に目を剥いたことは、もう言うまでもありません。
その御祈祷が効いたのかどうか、ソルジャーは至極御機嫌な日々。私たちをトラブルに巻き込みもせずに夏休みに突入、花火企画も全くしないで済むだけに…。
「あんたの祈祷で助かった。…タダ働きになってしまったのは申し訳ないが」
お蔭で夏休みを無事に過ごせている、とキース君。マツカ君の山の別荘行きも済んで、この後はキース君やジョミー君たちが多忙を極めるお盆の季節。それが終われば海の別荘、本当だったら今頃は花火の準備とお祝い企画に振り回されていたわけで…。
「ブルーの結婚記念日ってヤツは、この先もついて回るからねえ…」
一度花火で祝わされたら、まず間違いなく定番になる、と会長さん。
「そんな目に遭うくらいだったら、タダ働きを一度だよ、うん」
「なら、いいが…。あんた一人が迷惑したしな」
「それほどでもないよ、あの程度なら」
ブルーの暴走を止められたんなら安上がりだった、と会長さんがマンゴーとオレンジのフラッペをスプーンでシャクシャクと。今日も今日とて、私たちは会長さんの家にお邪魔中。其処へ…。
「ちょっと訊きたいんだけど!」
「「「!!?」」」
いきなり飛び込んで来たソルジャー。「こんにちは」も抜きで。
「秘密の守れる医者っているかな、こっちの世界に!」
「「「医者?」」」
医者ならエロドクターだろう、と思いますけど。なんでそっちに行かないんでしょう?
「ノルディなわけ? 秘密を守れる医者というのは…?」
そうなのかい、という問いに、会長さんが。
「君も知っていると思ったけどね? あれでも口は堅いんだよ」
ぼくたちの仲間の健康診断とかを一手に引き受けているわけだし…、と淡々と。
「腕もいいけど、秘密を守るって点でも信用できるね、ノルディはね」
色々と難アリな人間だけど、と会長さん。
「何の秘密か知らないけどさ…。でもね、医学は君の世界の方が進んでいるだろう?」
君のシャングリラのノルディは口が軽いのかい、という質問。そういえばソルジャーの世界のシャングリラにだって、ドクター・ノルディはいるんですよね…?



自分の世界にもお医者さんはいるのに、「秘密を守れる医者はいるか」とは、これ如何に。誰かコッソリ手術を受けなきゃいけない人でも出たんでしょうか…?
「えーっと…。手術はどうだか分からないけど…」
場合によっては必要だろうか、と言うソルジャー。
「子供を産むのに手術があるって聞いているから…。こっちの世界じゃ」
「帝王切開のことかい、それは?」
「そう、それ! …やっぱりそれしかないのかなあ…」
「誰が?」
いったい誰が帝王切開なのだ、と会長さん。
「君の世界に妊婦さんはいない筈だけど? それとも猫とか犬なのかな?」
青の間でコッソリ飼っている間に子供が出来てしまったのか、と会長さんが尋ねると。
「そっちだったら獣医を探すし、秘密にすることもないんだけれど…」
「じゃあ、誰なのさ?」
「…………」
ソルジャーが無言で自分の顔を指差し、私たちの頭上に『?』マークが。なんでソルジャーが帝王切開、でもって医者を探していると…?
「…出来たらしいんだよ、ぼくに子宝」
「「「子宝!?」」」
まさかソルジャー、会長さんの御祈祷で子供が出来たと言うんですか? いくらなんでも有り得なさすぎ、だってソルジャー、男ですよ…?
「ぼくも信じたくないんだけれど…。ハッキリ言って腰が抜けそうだけど!」
でも出来たらしい、とお腹に手を。この中にどうやら子宝が、と。
「こ、子宝って…。動いたのかい?」
御祈祷をした日から数えるんなら、そこまで大きくない筈だけど…、と会長さんがアワアワと。
「もっと前から入ってたんだよ、動いたんなら!」
「…そこまではまだ…。だけど、陽性」
「「「陽性?」」」
「うん。…こっちの世界だと置いているよね、薬局に」
妊娠検査薬っていうヤツを、とソルジャーの顔は大真面目です。その手の薬は確かに手軽に買えますけれども、どうしてソルジャーが妊娠検査薬なんかを買って試しているんですか…?



会長さんこと伝説の高僧、銀青様から子宝を授かる御祈祷を受けたソルジャー。とても御利益のある御祈祷なのだと会長さんから聞きましたけれど、ソルジャーが授かったらしい子宝。その上、妊娠検査薬で陽性だなんて、なんだってチェックしていたんだか…。
「毎日チェックをしてはいないよ、今日が初めてだよ!」
青の間に置いてあったから…、と言うソルジャー。
「昨夜もハーレイと一緒に過ごして、もう最高にパワフルな夜で…。御祈祷をして貰った甲斐があったと、ハーレイも喜んでいるんだけれど…」
パワフルすぎるから、ぼくは朝には起きられなくて…、と知りたくもない夫婦の事情。ソルジャーはベッドで眠ったままで、キャプテンは一人で起きてブリッジに出掛けたらしいです。かなり経ってから目覚めたソルジャー、バスルームに行ったそうですけれど。
「其処にあったんだよ、妊娠検査薬が」
洗面台の鏡の前に置かれてあった、という証言。
「多分、ぶるぅが買って来たんだよ、こっちの世界に一人で遊びに来ることもあるし」
「なんで、ぶるぅがそれを買うのさ?」
お菓子やコンビニ弁当だったら分かるけど、と会長さんが突っ込むと。
「知ってるからだよ、御祈祷のことを! ぼくがハーレイに何度も話しているからねえ…」
「ぶるぅも隣で聞いていたと?」
「最初は土鍋でコッソリと、かな? ぼくに直接、訊きに来たしね」
子宝とは何か、どういう御祈祷を受けて来たのか、好奇心旺盛なお子様だけに質問三昧だったみたいです。自分は卵から生まれただけに興味津々、あれこれ訊いていったのだとか。
「それからも覗きをしながら何度も聞いてはいたんだろうねえ、あんな薬を買うんだからさ」
「…君は自分は妊娠しないとハッキリ教えなかったわけ?」
「教えたけれどさ、ぶるぅにしてみればイマイチ分かっていなかったのかも…」
でなければ、本当に妊娠しないのかどうか知りたくなってきたのだろう、と話すソルジャー。ともあれ、悪戯小僧で大食漢の「ぶるぅ」は妊娠検査薬を薬局で買って来たわけですね?
「そうらしいねえ…。それでさ、せっかく置いてあるんだし…」
ぼくも興味が出て来ちゃって、とソルジャーが青の間で手に取った妊娠検査薬の箱。使い方を読んでから遊び半分、お手軽にセルフチェックとやらをしてみたら…。
「ぼくはどうしたらいいと思う? 陽性だなんて…!」
よりにもよって、ぼくが妊娠しちゃったなんて、と言われましても。そんな事態は誰も想定していませんから、咄嗟に返事は出来ませんってば…。



あろうことか子宝を授かってしまったソルジャー、妊娠検査薬が陽性。秘密を守れる医者を探して飛び込んで来たわけが分かりました。人工子宮で子供を育てるソルジャーの世界に産婦人科があるわけが無くて、妊娠検査薬だって無い世界で。
「…どうしよう…。子宝だなんて言われても…」
それは思ってもみなかったから、とソルジャーは本気で困っているようです。
「こっちの世界でも男は子供を産まないんだよね、普通はね…?」
「普通も何も、そんな前例、何処にも無いから!」
世界中を探しても男が産んだ例は無いから、と会長さん。
「だから、ぼくにも見当がつかないよ! 産むとなったら帝王切開だろうってことしか!」
「…やっぱりそういうことになるんだ?」
ちょっと産めそうにないものねえ…、と悩むソルジャー。
「でも、授かったからには生まれるんだろうね、この子宝は?」
「それはまあ…。きちんと節制してやればね」
当分の間は夫婦の時間も控えたまえ、という会長さんの言葉に、ソルジャーは目を見開いて。
「控えるって…。それが大事じゃないのかい!?」
夫婦の時間は子種の時間、とソルジャーの持論。そもそも、そういう目的のために子宝祈願の御祈祷を受けていたんですから、その発想は分からないでもないですが…。
「君が言うのも分かるけどねえ、授かった後が大切なんだよ」
安定期に入るまでは控えておくのが鉄則で…、と会長さん。
「授かって直ぐはとてもデリケートな時期だからねえ、夫婦の時間は厳禁だってば!」
「そ、そんな…。それじゃ、その後はヤッてもいいと?」
「人によりけりだね、とにかく定期的に診察を受けてアドバイスってヤツを…」
「定期的に!?」
そこまで厄介なものだったのか、と自分のお腹を眺めるソルジャー。
「…夫婦の時間は当分禁止で、その後もどうなるか分からないって…?」
「君のお腹の子宝次第ってことになるかな、運動も含めて」
そう言ってから、会長さんがアッと息を飲んで。
「激しい運動は厳禁だっけ…。君のソルジャー稼業がマズイよ、妊娠中だと」
「えーーーっ!!?」
それじゃシャングリラはどうなるのだ、と慌ててますけど、産休を取るしか無いでしょう。「ぶるぅ」に任せて青の間で静養、それしか道は無いですってば…。



夫婦の時間は当分お預けな上に、ソルジャー稼業も休業するしかないソルジャー。なんとか抜け道は無いのだろうか、と焦られましても、子宝を授かってしまったからには…。
「此処でグダグダ言っているより、ノルディに相談するんだね」
それが一番! と会長さん。
「だけど、今すぐ行った所で、同じことを言われて終わりだと思うよ」
まだ日数が足りなさすぎる、という指摘。
「妊娠しているようですねえ、ってカルテを作って…。母子手帳はどうするか悩む程度かな」
「母子手帳? なんだい、それは?」
「妊娠した人の必須アイテムだよ、だけど君には使えないねえ…」
女性用だから、と会長さんは考え込んで。
「ノルディなら君用に何か作るかもしれないけれど…。現時点ではその程度かな」
「注意するだけで終わりってこと? 夫婦の時間はいけませんとか、ソルジャーの仕事はやめるようにとか?」
「そうなるねえ…。もう少し経てば、子供の様子も分かるんだけど」
時期的に言って海の別荘に行く頃だろうか、と会長さん。
「丁度いいから、君のハーレイと二人で受診するのもいいねえ、ノルディの病院」
「ハーレイと?」
「感動的な瞬間だろう? 子供が出来た、って分かるんだからさ」
最高の結婚記念日になるよ、と会長さんは言ったのですけど。
「逆だから!」
ぼくが欲しかったのは子宝じゃなくて子種を授かるパワーの方で! とソルジャーは不機嫌極まりない顔。
「子宝を授かってしまった時点で、そのパワーは切れてしまうんだろう?」
「そうだけど?」
「それが困ると言ってるんだよ、だから授かったと宣言されたら大迷惑で!」
まだまだ夫婦の時間をガンガン楽しみたいし、と言うソルジャー。
「子宝とやらが出来ちゃったせいで、ハーレイの凄いパワーが途切れてしまうだなんて!」
「途切れるも何も、陽性な以上は、夫婦の時間はお預けだから!」
ノルディが安定期に入ったと判断するまで控えないと、と会長さんに説教をされたソルジャーはガックリと項垂れて帰ってゆきました。とんでもない結果になってしまったと、子宝のお蔭で結婚記念日も夫婦の時間も台無しだと。けれど…。



「うわぁぁぁーん、ごめんなさい、ごめんなさいーーーっ!!!」
もうしないから、とビーチに響き渡っている「ぶるぅ」の絶叫、マツカ君の海の別荘でのこと。悪戯小僧の大食漢はアヒル責めの刑に遭っていました。
「ぶるぅ、アヒルちゃんは好きなんだろう? せいぜい仲良くするんだね」
その状況だと難しいかもしれないけれど、と薄ら笑いを浮かべるソルジャー。「ぶるぅ」は首から下を砂に埋められ、周りにアヒルがギュウギュウと。そう、アヒルの群れごと檻の中です。つつかれまくって、踏まれまくって、羽でバタバタ叩かれて…。
「えとえと…。ぶるぅ、いつまであのまま?」
とっても可哀相なんだけど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が尋ねると。
「可哀相だって? ぼくとどっちが可哀相なのさ、今日まで禁欲だったんだからね!」
「まったくです。子供が出来たかもしれない、などと言われては私も禁欲せざるを得ませんし…」
そして今日まで禁欲でした、とキャプテンも。
「出来れば間違いであって欲しいとブルーと二人で祈り続けて、晴れて今日から解禁で…!」
「だよねえ、ノルディがキッパリ言ったからねえ、子供なんかはいませんよ、とね!」
そうなったらバレて当然だろう! と怒るソルジャー、「ぶるぅ」を問い詰め、判明したのが一連の悪戯。妊娠検査薬を買って来たことも、陽性になるよう細工したことも「ぶるぅ」は吐いてしまったわけで…。
「…アヒル責めかよ…」
キツそうだよな、とサム君がチラリと眺めて、教頭先生が。
「些か酷すぎる気もするのだが…。禁欲生活が長かったと聞くと、仕方ないかとも…」
「ふうん? ヘタレなりに理解は出来るんだ? 禁欲の辛さ」
君とは無縁の世界だけどね、と会長さんが鼻で笑って、ソルジャーが。
「ヘタレだろうが、童貞だろうが、同情してくれる人は神様だよ! 君たちの笑いに比べたら!」
君たちは爆笑していたくせに、とギロリと睨まれ、首を竦める私たち。アヒル責めの巻き添えは御免ですから、「ぶるぅ」に同情したら終わりで…。
「そうだよ、ぶるぅは苛めてなんぼ! アヒルは好きだし、あれで充分天国だから!」
もっとアヒルに囲まれるがいい、とアヒルの群れを檻の外から煽るソルジャー。「ぶるぅ」目がけて餌を投げ付け、アヒルだらけになるように。
(((…ひどい…)))
悪戯は確かに悪いんでしょうが、元を正せばソルジャーが受けた子宝祈願の御祈祷が諸悪の根源ですから、あれって一種の八つ当たりでは…?



そんなこんなで、今年のソルジャー夫妻の結婚記念日は、ある意味、とっても華々しい日になりました。晴れて禁欲生活が終わり、子宝祈願の御祈祷パワーも解禁で…。
「…あいつら、起きて来やがらないな」
次の日の朝、朝食の席にソルジャー夫妻の姿は無くて。
「ルームサービスだそうですよ。御注文があったらお届けするということで」
そう聞いています、とマツカ君が答え、キース君はチッと舌打ちをして。
「あの祈祷、そんなにパワーがあるのか? …俺は一度もやったことが無いが」
「パワーだけはあると言った筈だよ、ぼくも本気で焦ったからね」
ブルーが妊娠したかと思った、と安堵の息をつく会長さん。
「本当に子供が出来ていたなら、あっちの世界のシャングリラの存亡の危機だからねえ…」
「確かにな。ぶるぅじゃ守り切れないからなあ、パワー全開だと三分間しか持たないからな」
だからこそアヒル責めの刑が有効なわけで…、とキース君が言う通り。「ぶるぅ」はシールドを張ってアヒル攻撃を防いでましたが、ソルジャーが逆のサイオンを全力でぶつけた途端に、三分間で消えたシールド。後はアヒルにつつかれまくって、踏まれまくって…。
「…んとんと、ぶるぅ、大丈夫かなあ?」
昨日はヘトヘトで土鍋に入って行ったけれど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が心配していると、噂の主がご登場で。
「かみお~ん♪ あのね、ブルーもハーレイも、今、凄いんだよ!」
子宝パワーで解禁なの! と高らかに叫ぶ「ぶるぅ」は朝も早くから覗きをしていたみたいです。アヒル責めの恨みか何かは知りませんけど、せっせと成果を話してくれて。
「いや、俺たちが聞いてもだな…!」
「意味が全然分かりませんから、もういいですって…!」
黙ってくれていいんですけど、とシロエ君が言おうが、キース君がお断りしようが、会長さんがレッドカードを突き付けていようが、教頭先生が鼻血だろうが。
「それでね、そこでハーレイがね…!」
止まる気配も無い「ぶるぅ」の喋りと独演会。こんなことなら結婚記念日に花火プレゼントの方が良かったでしょうか、毎年恒例になったとしても。なんだかそういう気がしてきました、花火プレゼントにしておけば…。後悔先に立たずですけど、花火にしとけば良かったです~!




            記念日に花火・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 ソルジャー夫妻の結婚記念日、花火で祝わされるのは嫌だ、と代わりに御祈祷サービス。
 結果はとんでもなかったわけで、祝った方がマシだったかも。悪戯小僧のせいですけどね…。
 さて、シャングリラ学園、11月8日で番外編の連載開始から13周年を迎えました。
 コロナ禍の中でも頑張ったものの、すっかりオワコンになったのが『地球へ…』。
 ステイホームが続いているのに、pixiv に置いた新作の閲覧者は1年かかって90人ほど。
 そろそろ潮時なんだろうな、と連載終了を決断しました。14周年までは続けますけど。
 「目覚めの日」なのが14歳ですし、14周年で終了ですね。残り1年、頑張ります。
 次回は 「第3月曜」 12月20日の更新となります、よろしくです~! 

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、11月といえば紅葉のシーズン、お出掛けしたくなるわけで…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv










(小鳥…)
 一杯、とブルーが眺めた生垣と、その向こうにある庭の木と。
 学校の帰りに、バス停から家まで歩く途中で出会った光景。十羽くらいはいそうな小鳥。もっと沢山いるかもしれない。名前も知らない小鳥だけれど。
 家族なのか群れか、それすらも分からない小鳥。大きさも姿も、どれもそっくり。少し動くと、見ていた鳥がどれなのかも…。
(分かんなくなっちゃう…)
 目まぐるしく入れ替わってゆく小鳥たち。枝から枝へと、木から木へと。生垣にいた鳥が、見る間に庭へと。庭から生垣に来たかと思うと、その中でだって入れ替わる。チョンと飛んでは。
 賑やかにさえずって、クルクルと居場所を変える小鳥たち。気の向くままに飛び回って。
 その姿がとても楽しそうな上に、どの小鳥たちも愛らしいから。
(来てくれないかな…)
 ぼくの所にも、と待っているのに、気にも留めない小鳥たち。どんなに静かに立っていたって、人間は木とは違うから。そうっと片手を出してみたって、小鳥たちはまるで見向きもしない。
 自分たちだけの遊びに夢中で。さえずり交わして、生垣の中でかくれんぼで。
 沢山いるから、一羽くらいは来てくれたって、と覗いてみても知らんぷり。逃げないけれども、寄っても来ない。人間なんかは知らないよ、と。
(手乗りの小鳥じゃないものね?)
 野生の小鳥はこういうもの、と思うけれども、ちょっと残念。友達同士か、大勢だけれど大家族なのか、仲良しらしい小鳥たち。
 ほんの少しだけ、一緒に遊んでみたいのに。一羽でいいから、来て欲しいのに。



 仲間じゃないから仕方ないけど、と諦めて歩き出した道。いくら待っても、小鳥は来ない。
 あまりしげしげ眺めていたなら、怖がらせるかもしれないから。此処は危ない、と慌てて飛んで行ってしまったら、悲しい気持ちになるだろうから。
 鳴き交わす声が遠くなっていって、帰り着いた生垣に囲まれた家。庭に小鳥は一羽もいないし、寂しい気分。やっぱり遊んで貰えないよ、と。
 「ただいま」と家の中に入って、制服を脱いで、ダイニングに行っておやつを食べて。
 小鳥たちのことなどすっかり忘れて、二階の部屋に戻って来たら…。
(あれ…?)
 耳に届いた小鳥の声。帰り道に聞いた、賑やかなさえずり。軽やかに、とても楽しげに。
 窓の方だ、と駆け寄って覗いたガラスの向こう。庭の木の梢、枝から枝へと飛び移ってゆく影が沢山。小さくて、翼を持った影。
(あの小鳥たち…!)
 うちに来たんだ、と嬉しくなった。きっと、おやつを食べている間に、庭から庭へと移動して。次の遊び場は何処にしようかと、生垣や木を幾つも移って。
 陽の当たる場所に出て来た時には、影はきちんと小鳥になる。羽根の模様が見えるから。
(何の鳥だろ…?)
 野生の鳥には詳しくない。鴨や鷺なら分かるけれども、こんな小さな鳥たちは。
 名前は何でもかまわないけれど、遊んでみたい小鳥たち。あんなに沢山来ているのだから、一羽くらいは好奇心の強い小鳥が混じっていてもいい。「此処は何かな?」と覗きに来る鳥。
 そういう小鳥が来るといいよね、と窓を開けたけれど、側の枝までやって来るだけ。窓の中には向いてくれない、小鳥たちの目。窓枠にだって来てくれない。
(人間だけじゃなくて、家も駄目なの…?)
 少し止まってくれもしないの、と見ている間に、小鳥たちは隣の家の庭へと行ってしまった。
 鳴き交わしながら、「今度はこっち」と。「あっちの庭も楽しそうだよ」と。



 小鳥たちがいなくなった庭。鳴き声も隣の庭に移って、もう戻っては来ないだろう。お隣の次は別の庭へと行くのだろうし、残念だけれど、これでお別れ。
 溜息をついて閉めた窓。勉強机の前に座って、頬杖をついて考える。
(さっきの小鳥…) 
 帰り道でも遊べなかったし、窓を開けても駄目だった。人間は相手にされないから。小鳥たちは見てもくれないから。木から木へなら、飛び移るのに。木の枝だったら、止まるのに。
(ぼくだと来てもくれないよ…)
 人間と木の枝は違うのだから、当然と言えば当然のこと。人間と小鳥も、違う生き物。見た目も言葉もまるで違うし、「おいで」と呼んでも届かない言葉。小鳥たちの耳には、ただの雑音。
(雑音どころか、怖がっちゃうかも…)
 人間が来た、とビックリして。捕まるのかも、と大慌てで逃げて行ったりもして。
 こちらにそんなつもりは無くても、小鳥には通じないのだから。「おいで」と言ったか、叱っているのか、それさえも分からないのだから。
(…小鳥の言葉…)
 小鳥の言葉を喋れたならば、あの小鳥たちは、自分の手にもチョンと止まってくれるだろうか。手から頭へ、頭から肩へ、次から次へと飛び移りもして。
 部屋にも遊びに来るのだろうか、窓を開けて小鳥の言葉で呼べば。「こっちだよ」と。



(手乗りの小鳥は…)
 どうだったかな、と思い浮かべた愛らしい小鳥。友達の家で何度か出会った。
 けれど、友達が小鳥に話し掛けていた言葉は、人間の言葉。「おいで」も、「こっち」も。どの友達の家の小鳥も、人間の言葉を聞いていた。
(そういう訓練、するんだっけ…)
 飼い主の友達に教わったこと。手乗りの小鳥の育て方。
 卵から孵って、親鳥でなくても世話が出来るくらいになったなら…。鳥籠から出して、手の上で餌を食べさせる。人間の手を怖がらないよう、人間の手は優しいものだと覚えるように。
 そうして大きくなった小鳥は、すっかり手乗り。飼い主でなくても、差し出された手にチョンと止まってくれたりもする。飼い主が「ほら」と乗せてくれたら。
(人間を仲間だと思っているのかな?)
 小さい頃から一緒に暮らして、親鳥と同じで餌も食べさせてくれるから。身体の大きさがまるで違っても、話す言葉が違っていても。
 手乗りでなくても、人工的に卵を孵すと、そうなる鳥もいるそうだから。人間を親だと思い込む鳥。人間の後ろをついて歩いて、一緒に遊んだりもして。
 自分が鳥だと気付かないくらいに、人間に慣れる鳥もいるのだと何処かで聞いた。自分の仲間の鳥を見たって、「あれは誰?」と驚いてしまう鳥。
 卵から孵ったばかりの時から、人間と一緒だったから。人間に育てて貰ったから。



 そういうことでもないと無理かな、と思った鳥と遊ぶこと。小さい頃から世話をするとか、卵を孵してやるだとか。
 もしもシャングリラで鳥を飼っていたら、その光景を見られたろうか。人間を仲間だと思う鳥。違う言葉を話していたって、人間も鳥も同じものだと考える鳥。
 けれど、シャングリラの鶏たちでは起こらなかった、素敵な出来事。友達になれなかった鶏。
(…鶏、遊びで飼っていたわけじゃなかったから…)
 卵を産ませて、肉にもしたのが鶏たち。友達になったら、肉には出来ない。生まれた卵を貰って食べることだって。…卵からは雛が孵るから。食べてしまったら、雛は生まれないから。
(…友達になったら駄目だよね…)
 それだと生きていけなくなっちゃう、と思い浮かべたシャングリラ。白い鯨はミュウの箱舟。
 船の中だけが世界の全てで、自給自足で生きていた船。鶏の肉も卵も食べられないとなったら、たちまち困ってしまう船。
(鶏と友達になるのは駄目だし、前のぼくたちは鶏しか…)
 飼っていなかったから、鳥と遊ぶのは無理、と思ったけれども、不意に頭を掠めた記憶。鶏ではなくて、鳥を見上げていた自分。
 今日の自分がやっていたように、枝から枝へと飛び移る鳥を。
 シャングリラに鳥はいなかったのに。…欲しかった幸せの青い鳥さえ、シャングリラでは飼えはしなかったのに。



(…なんで…?)
 いない筈の鳥を見ていたなんて、と傾げた首。何処で見上げていたのだろう、と。
 白いシャングリラには鶏だけしかいなかったのだし、鳥がいたなら、船の外しかないけれど。
(…どうして、鳥…?)
 何のために鳥を見ていたろうか、と考える内に思い出したこと。前の自分が見ていた鳥たち。
 アルテメシアに降りていた時、山や林で鳥たちが何羽も遊んでいる所に出会ったら…。
(ぼくの所に来ないかな、って…)
 一羽くらいは来てくれないかと、姿を見上げていたのだった。今日の自分がしていたように。
 楽しげに鳴き交わす鳥の世界には、人類もミュウも無いだろうから。どちらも同じに「人間」なだけで、そういう姿をしている生き物。鳥たちの目には、きっとそう。
 だから一緒に遊びたかった。自分を「人」だと思ってくれる鳥たちと。
(…だけど…)
 いくら見ていても、来なかった小鳥。少し大きめの鳥たちも。
 枝から枝へと飛び移りはしても、自分の方へは来てくれない。手を差し伸べても、「おいで」と思念波で呼び掛けても。
 鳥たちは自分の遊びに夢中で、飽きてしまったら飛び去るだけ。次はあっちで遊ぼうと。
 どんなに熱心に見上げていたって、「遊ぼう」と思念で呼び掛けたって。



 前の自分にも出来なかったらしい、鳥を呼ぶこと。鳥たちと一緒に遊ぶこと。
 巧みにサイオンを操った、ソルジャー・ブルー。それでも鳥たちの世界に入ってゆくことは…。
(出来なかったし、今のぼくだと…)
 もっと出来ない、とガックリと肩を落とした所へ、チャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合わせで問い掛けた。
「あのね、ハーレイ…。ハーレイも小鳥とは遊べないよね?」
 友達みたいに、手とか肩とかに止まって貰って。怖がられないで、遊ぶってこと。
「はあ? 小鳥って…」
 俺の身体は確かにデカイが、それと小鳥に怖がられるかは別問題で…。
 どちらかと言えば、好かれる方だぞ。俺の家では飼ってないがな、小鳥とかは。
「えっとね…。手乗りじゃなくって、普通の小鳥」
 外で生きてる野生の鳥だよ、そういう小鳥はハーレイとは遊んでくれないでしょ?
「それはまあ…。野鳥と手乗りじゃ全く違うな」
 あちらの方から寄っては来ないし、人間の手にも止まらない。鳥には鳥の世界があるしな。
 人間に育てられた鳥とは、まるで事情が違うってもんだ。
 しかし、そいつがどうかしたのか、いきなり鳥の話だなんて…?
「今日の帰りに、小鳥が沢山遊んでて…。ぼくの方にも来ないかな、って見てたのに…」
 ちっとも相手にしてくれなくって、木の枝とかに夢中なんだよ。生垣の中でかくれんぼとか。
 家に帰ってから、ぼくの家の庭にも飛んで来たから…。窓を開けたけど、やっぱり駄目。部屋の中には来てくれないし、窓枠にも止まってくれないし…。
 残念だよね、って思っていたら、前のぼくのことを思い出しちゃった。
 前のぼく、鳥と遊びたいと思っていたんだよ。…今日のぼくみたいに、小鳥たちと。
「鳥ってことは…。青い鳥か?」
 お前、欲しがっていたからな。幸せの青い鳥ってヤツを。
「青い鳥じゃなくて、普通の鳥だよ」
 アルテメシアに棲んでた鳥たち。山や林に降りた時には、出会うこともよくあったから…。
 鳥の世界なら、人類もミュウも無い筈なんだし、ぼくと遊んでくれるかな、って…。
 人類もミュウも、鳥が見たなら、人間だとしか思わないものね。



 遊ぼうと思って頑張ったのに駄目だった、と話したら。思念波を使って呼び掛けてみても、鳥は来てくれなかったのだと、溜息を一つ零したら…。
「そりゃ無理だろうな、人間と鳥じゃ、言葉が全く違うんだから」
 思念波で呼んでみたって同じだ、思念波も人間の言葉だからな。声か思念かの違いだけで。
 ナキネズミどものようにはいかんさ、鳥が相手では。
「やっぱり無理…?」
 前のぼくでも無理だったんなら、今のぼくにも無理だよね…。
 今日、会った小鳥、ホントに楽しそうだったのに…。一緒に遊びたかったのに…。
「話をしようというのは無理だな、鳥と俺たち人間ではな」
 だが、呼ぶことは出来るんだぞ。野生の鳥でも、「こっちへ来いよ」と。
 そうやって沢山呼び寄せていれば、肩に止まったりするのも出て来る。好奇心の強い鳥ならな。
「野生の鳥って…。餌で?」
 沢山集めてやるんだったら、餌をたっぷり用意するの?
「呼び寄せた以上は、餌をやるのもいいんだが…。うんと仲良くなれるんだが…」
 餌があるから、と呼んでやった所で、鳥に通じやしないだろう?
 あちらが見付けてくれない限りは、餌では呼べん。餌場を作ってやるにしたって。
 鳥を呼ぶには、鳴き真似なんだ。そいつが一番早いってな。
「鳴き真似…?」
 なあに、それ?
 鳥の鳴き声の真似をするってことなの、それで合ってる?
「その通りだが?」
 もっとも、猫や犬じゃないから、声で真似るのは難しい。…其処の所は、鳥にもよるが。
 その辺の小鳥の鳴き真似をするなら、口笛を使うのが定番だな。



 こんな具合に、とハーレイが吹いた口笛のウグイス。「ホー、ホケキョ!」と本物そっくりに。
 今はウグイスの季節ではないのに、本物が部屋で鳴いたみたいに。
「凄いね、上手い…!」
 ハーレイ、本物のウグイスみたい。口笛だなんて、側で見てなきゃ分からないよ。
「そうだろう? こいつには俺も自信があるんだ、昔から」
 これを吹いてりゃ、ウグイスがやって来るってな。この声で鳴く季節だったら。
 聞こえる所に本物がいれば、聞こえた途端に、俺の所へ。
「本当に? …ウグイスが近い所にいたら?」
 聞こえたら直ぐに遊びに来るわけ、ハーレイを仲間と間違えて…?
「ウグイスの場合は、遊びに来るんじゃないんだがな。やって来る理由は喧嘩だ、喧嘩」
 俺と喧嘩をしなきゃならん、と大急ぎで飛んで来るってわけだ。
 この鳴き声は、オスのウグイスの縄張り宣言みたいなものだから…。
 そいつが聞こえて来たってことはだ、他のウグイスが縄張りに入っているわけで…。
 自分の縄張りを荒らしに来たな、と慌てて調べにやって来る。どんなヤツだ、と確認しに。
 向こうは向こうで、この鳴き声で鳴くんだぞ。何しに来た、という警告だな。
 それに応えて鳴いてやったら、「まだいるのか」と向こうも返す。「さっさと出て行け」と。
 俺とウグイスとで「ホーホケキョ」と何度も交わしてる内に、どんどん近くなって来て…。
 直ぐ近くまで飛んで来るなあ、相手のウグイス。
 もっとも、相手が人間様だと気付いちまったら、行っちまうんだが…。
 人間様には用は無いしな、追い出さなくてもいいんだから。…縄張り荒らしじゃないんだし。
「遊んでは貰えないんだね…」
 せっかくウグイスが側まで来たって、人間だとバレたら行っちゃうなんて。
「元から喧嘩のつもりだからなあ、仕方ないだろ」
 鳴いていたのが本物だったら、顔を合わせた途端に喧嘩だ。そりゃあ物凄い喧嘩らしいぞ。
 ウグイスの喧嘩は、足まで使うらしいから…。
 足で相手の羽根を掴んで、引っ張って毟っちまうんだ。掴み合いの喧嘩だ、鳥のくせに。
 だからウグイスの鳴き真似をしても、喧嘩の相手を呼ぶだけなんだが…。



 俺の親父は笛を使うな、とハーレイが教えてくれたこと。鳥寄せのバードホイッスル。
 名前の通りに、鳥の鳴き声を真似られる笛。
「一種類だけじゃないんだ、バードホイッスルで真似られる鳥は」
 色々な鳥の声を真似られる便利な笛だぞ、本物そっくりの音で鳴るから。
「そんなのがあるの?」
 笛を吹くだけで鳥の声になるの、ハーレイがやったウグイスみたいに?
「吹くだけでは無理だな、練習しないと。こういう風に、と鳥の声を真似て」
 上手く吹いたら、いろんな鳥を呼べるってな。何通りもの音を鳴らしてやれば。
 どういうわけだか、猫まで来るが…。
「猫…?」
 それは鳥じゃないよ、笛の音とも似ていないように思うけど…。猫の鳴き声。
 生まれたばかりの赤ちゃん猫なら、ちょっぴり似ているかもだけど…。
「鳥は餌だろ、猫の場合は。…捕まえられたら、新鮮な肉が食えるんだ」
 多分、そいつが狙いなんだろうな、直ぐ近くに美味い餌がいるぞ、と。
 笛の音だか、本物なんだか、猫には分からないんだから。
 そうやって猫が来てしまったら、呼び寄せた鳥を食っちまうから…。
 おふくろがミーシャを飼ってた頃には、親父は家では吹いていないぞ、バードホイッスル。
 今も庭で吹こうと思った時には、猫が来ないか見張っているなあ、あちこち眺めて。



 隣町の家で、ハーレイの母が飼っていたミーシャ。甘えん坊の真っ白な猫。
 ミーシャが家に住んでいた頃は、ハーレイの父は、釣りに行く時にバードホイッスルを吹いた。釣り糸を垂れて魚を待っている間に、鳥寄せの笛を。
 子供時代のハーレイを連れて、キャンプなどに出掛けて行った時にも。
「凄いぞ、親父の鳥寄せの腕は」
 家で吹いても、鳥が呼べるほどの腕だから…。自然の中だと沢山来るんだ。
 呼び寄せた鳥が虫を食うなら、釣り用の餌を分けてやったりしていたな。「食うか?」ってな。
「…その鳥、どれも野生の鳥だよね…」
 笛を吹いたら、餌を食べに来てくれるんだ…。鳥の言葉で呼べるんだね、鳥を。
 ハーレイも、バードホイッスル、吹ける?
 さっきやってたウグイスみたいに、色々な鳥の真似が出来るの?
「教えては貰ったんだがなあ…。こうやるんだ、と」
 残念ながら、親父ほどの腕は無かったな、俺は。笛の練習より、釣りやキャンプが面白いから。
 子供というのはそうしたモンだろ、練習するより遊ぶ方が好きで。
「そうかも…。ハーレイが練習しなくったって、お父さんが鳥を集めてくれるんだから…」
 自分でやろうとは思わないかもね、練習してまで。…直ぐには上手く吹けないんなら。
 今はどうなの、前よりも上手い?
「…今か? 長いこと吹いていないんだが…」
 柔道と水泳をやっていたんじゃ、鳥とは殆ど縁が無いしな?
 まるで駄目だな、吹くチャンスが無い。たまに親父と釣りに行っても、忘れているし…。
 親父も俺と出掛ける時には、鳥を呼ぶより俺と話すのが優先だしな。



 せっかく親子で釣りなんだから、と言われれば、そう。バードホイッスルを吹くより、あれこれ話をするのだろう。今は離れて暮らしているから、なおのこと。
 鳥の鳴き真似で鳥と話すより、親子の会話。そっちの方が、ずっと楽しくて大切だから。
 そうは思っても、気になるのがバードホイッスル。色々な鳥を呼べるという笛。
「えっと…。バードホイッスル、ぼくでも吹ける?」
 ハーレイのお父さんみたいに上手くなれるかな、沢山の鳥が来るほどに?
 呼んだ小鳥に餌をやったり出来るくらいに…?
「そりゃまあ…。お前だって、ちゃんと練習すれば…」
 俺みたいに途中で放り出さなきゃ、充分、上手に吹けるんじゃないか?
 楽器の笛とは違うわけだし、人を選びはしないだろう。…楽器の笛だと選ぶそうだが。
 名人でないと鳴らない笛とか、いい音が出ないって話もあるから。
「じゃあ、やる!」
 バードホイッスルの練習、するよ。色々な鳥の声で鳴らせるようになるように。
 うんと頑張って練習したなら、ぼくでも鳥を呼べそうだから。
「おいおい、練習するって…。今か?」
 この家の庭で練習するのか、バードホイッスルを買って来て…?
「違うよ、もっと先だってば。…もっと大きくなってから」
 前のぼくと同じ背丈になったら、ハーレイとデートに行けるでしょ?
 ハーレイのお父さんたちにも会いに行けるよ、隣町の家までドライブをして。…それからの話。
 ぼくがハーレイや、ハーレイのお父さんたちと釣りに行くようになってからだよ。
 バードホイッスルを上手く吹くには、先生がいないと無理そうだもの。
 お父さんに習うのが一番いいと思うから…。名人なんでしょ、バードホイッスルも?
 釣りだけじゃなくて、そっちも名人。
「ふむ…。それで親父に教わろうってか、いい考えではあるんだが…」
 本当の所は、一番の先生は、親父じゃなくって自然だってな。
 吹き方の基本を覚えた後には、自然の鳥を真似るんだ。…自然の中で、耳を澄ませて。
 どう鳴いてるのか、自分の耳で聴いて覚えて、その通りに吹けるよう練習する、と。
「面白そう…!」
 自分の耳で覚えるんだね、鳥の鳴き声。…ぼくの先生、本物の鳥の声なんだ…。



 とっても素敵、と思った先生。バードホイッスルの吹き方は鳥が教えてくれる。本物の鳥が。
 上手く鳴らせるようになったら、呼べる鳥たち。山や林や、家の庭でも。
 前の自分には出来なかったこと。鳥たちを集めて遊ぶこと。
 それが出来そう、と嬉しくなった。前の自分とは比較にならない、不器用すぎるサイオンの持ち主の自分でも。思念波もろくに紡げなくても。
 バードホイッスルを吹けば、鳥たちが来るのだから。鳥の言葉で呼べるのだから。
「ねえ、ハーレイ…。バードホイッスルで呼べる鳥たち…」
 上手に呼べたら、ぼくと遊んでくれるよね?
 餌を欲しがる小鳥だったら、餌を用意して待ってれば。…直ぐに他所には行っちゃわないで。
 喧嘩しに来る、ウグイスのオスとは違うんだから。
「手や肩に止まってくれるような鳥が、上手く来るかは分からんが…」
 野生なんだし、その時の運次第ってトコか。人間を怖がらない鳥が来たなら、遊べるだろう。
 ただし、そういう鳥が来たって、怖がらせちまったら駄目だがな。
 急に動くとか、いきなりクシャミをしちまうだとか。
「気を付けるってば、鳥をビックリさせないように」
 だから練習してもいいでしょ、バードホイッスル?
 いつかハーレイのお父さんに習って、自然の中でも一杯練習。…家の庭でも。



 やってみたいよ、と頼んだバードホイッスル。いつか大きくなったら、と。
 ハーレイと出掛けられるようになったら、ハーレイの父に手ほどきして貰って。基本を覚えて、自然の中で本物の鳥にも教えて貰って。
「いいでしょ、ハーレイ?」
 楽しそうだもの、鳥と遊べるなんて。…前のぼくでも出来なかったことが出来るだなんて。
 餌を沢山用意して待つよ、虫を食べる鳥のも、パンや果物を食べる鳥たちの分も。
「かまわんが…。俺の留守に庭で練習するなら、猫に注意だぞ」
 さっきも言ったろ、あれを吹いたら猫も来るんだ。御馳走が鳴いているんだから。
 お前が気付いて追い払わないと、来ている鳥が狙われる。猫にとっては御馳走だからな、どんな鳥でも、捕まえさえすれば。
「そっか…。ぼく一人だと、猫がいたって気付かないかも…」
 ハーレイみたいに勘が鋭くないんだもの。それにシールドも張れないし…。
 あっ、シールドが張れたとしたって、それじゃ小鳥も入れない…。猫は来ないけど、来て欲しい小鳥の方だって…。
 じゃあ、ハーレイが家にいる時以外は、猫がいない所で練習なの?
 猫の姿がチラッと見えたら、直ぐに分かるような広い公園の真ん中とかで…?
「そうなっちまうな、小鳥を猫に食われちまいたくなかったら」
 猫がいなくて鳥が沢山いる場所だったら、山や林が一番なんだが…。
 お前一人じゃ行けやしないし、俺が連れて行ってやらんとな。休みの時に。
 だが、その前に…。お前もウグイス、覚えてみないか?
 これなら笛は要らないぞ。この部屋でだって練習出来る。
 ついでにウグイスがやって来たって、喧嘩しに来るわけだから…。
 間違ったって猫に食われはしないな、そうなる前に「なんだ、人間か」と飛んでっちまって。
「えーっと…。ウグイスだったら安心かも…」
 喧嘩するのが目的なんだし、猫の心配、要らないね。
 それに、バードホイッスルが無くても練習出来るから…。ウグイスの真似…。



 今の季節は鳴かないけれど、と吹こうとしたら、「ホー、ホケキョ」と吹けなかった口笛。音が途中で消えてしまって、ハーレイのようにはいかなかった。
「あれ? ウグイス…」
 ホーホケキョ、と吹いてみたいのに、「ヒュッ」と鳴るだけの掠れた音。頑張ってみても。
「お前、口笛、下手だったのか…」
 今の感じじゃ、まるで吹けそうにないんだが…?
 ウグイスが無理なら、ちょっとした曲も吹けないんじゃないのか、口笛では…?
「そうだけど…。ウグイスくらいなら出来るかな、って…」
 曲じゃないから、短いし…。息は続くと思ったんだけど…。
「口笛が駄目だということは…。息だけじゃないな、頬の筋肉が弱いんだ」
 そのせいで上手く吹けないわけだな、音が途中で消えちまう。
 意外だったなあ…。お前、しょっちゅう膨れているから、頬の筋肉、強そうなんだが。
「頬っぺたが弱いって…。そうなの、ぼく?」
 だから口笛が上手じゃないわけ、ウグイスの真似も出来ないの…?
「筋肉の問題だと思うがな?」
 いいから、プウッと膨れてみろ。いつもやってる、お得意のヤツ。
 「ハーレイのケチ!」って時の顔だな、出来るだろ?
「…ぼくがやったら、笑うんでしょ?」
「笑わないから、やってみろ」
 いつも通りに、あの顔を。「ハーレイのケチ!」とは言わなくていいから。



 膨れっ面は得意だろうが、と促されたから、注文通りに膨れてみせたら、大きな手でペシャンと潰された頬。褐色の手で、両方を。
「うむ。…実に見事なハコフグだな」
 前にも言ったが、こうすると似てる。俺の可愛いハコフグだってな、チビのお前は。
「今、笑った…!」
 笑わないって言っていたくせに…!
 酷いよ、ハーレイ、笑おうと思って潰したんでしょ、ぼくの頬っぺた…!
「そう怒るな。少しくらいは許してくれ。…本当にハコフグなんだから」
 可愛いハコフグだと言っているだろ、愛称ってヤツだ。チビのお前にピッタリの。
 この頬っぺたを鍛えてやればだ、口笛が吹けるようになる。ウグイスの真似も、曲だって。
 そういや、前のお前も口笛は一度も吹かなかったか…。
 少なくとも俺は聞いてはいないな、お前、口笛、吹いていたのか?
「…吹いてないと思う。下手だったのかどうかも知らないよ」
 吹こうと思わなかったしね。…どうしてなのかな、口笛、吹いても良さそうなのに。
 お気に入りだった曲が吹けたら、楽しい気分になれそうなのに…。
 前のぼくも口笛、下手だったのかな?
「さてなあ、そいつも俺は知らんぞ。…前のお前から聞いちゃいないし」
 鼻歌はたまに歌っていたのに、口笛は無しか…。まるで気付きもしなかった。
 しかしだ、ソルジャー・ブルーに口笛ってヤツは似合わんし…。
 吹いていなくて正解だったな、今のお前なら練習してても大丈夫そうだが。
「なに、それ…」
 前のぼくだと口笛は駄目で、今のぼくだと大丈夫だなんて、どういう意味?
「なあに、簡単なことだってな。前のお前だと、誰もが注目してたから…」
 似合いそうにない口笛を吹いて歩いていたなら、エラが叱りに来たかもしれん。威厳が台無しになってしまうから、口笛は直ぐにやめるように、と。
 しかし今だと、お前がチビでなくなったとしても、ただのブルーでしかないだろう?
 みんなが注目してないってこった、お前が何をしていたってな。
「それはそうかも…」
 ソルジャーじゃないから、威厳なんかは要らないね。何をしてても。



 前の自分が吹いていたなら、エラに叱られそうな口笛。ソルジャー・ブルーの威厳を損ねると。
 けれども、今の自分は違う。チビの今でも育った後にも、ソルジャーではない、ただのブルー。
 今度は口笛も吹いていいから、練習したっていいらしいから…。
 ハーレイが得意なウグイスの真似から始めてみようか、口笛を吹く練習を。
(頬っぺたの筋肉、鍛えないと吹けないらしいけど…)
 口笛の練習を頑張っていたら、頬の筋肉も強くなるだろう。ウグイスの真似も出来るだろう。
 そしていつかは鳥寄せの笛、バードホイッスルにも挑戦しよう。
(…ハーレイのお父さんに教えて貰って…)
 基本の吹き方をマスターしたなら、自然の中で積む練習。本物の鳥たちを先生にして。どういう声で鳴いているのか、耳を澄ませて、きちんと聴いて。
「口笛もバードホイッスルも練習するから、小鳥、いっぱい呼べるといいね」
 ぼくの手から餌を食べてくれるくらいに、好奇心の強い鳥だって。
 頭にも肩にも、小鳥、沢山止まってくれるといいな…。
「鳥なあ…。前のお前も遊びたかったと聞いちまうとな…」
 シャングリラには鶏だけしか、いなかったせいもあるんだろうな。
 お前が欲しがった青い鳥は船じゃ飼えなかったし、余計に惹かれたんだろう。鳥ってヤツに。
 そうでなくても、人類もミュウも気にしちゃいない鳥の世界は、大いに魅力的なんだしな。



 前のお前の夢だった鳥を山ほど呼ぶか、とハーレイが言ってくれるから。餌も色々用意しようと頼もしい言葉もくれたから。
 いつかハーレイと暮らし始めたら、山で、林で小鳥を呼ぼう。色々な鳥を。
 最初は口笛で呼べるウグイス、来ても喧嘩が目的だけれど。
 綺麗な鳴き声はオスの縄張り争い、その代わり、猫には攫われない。やって来たって、遊ぼうと思っていないから。縄張りを荒らしたオスのウグイス、それと喧嘩をしに来るのだから。
(…ぼくと喧嘩は出来ないんだから、直ぐに行っちゃう…)
 鳴き声の主が人間なのだと分かった途端に、飛んで行ってしまう鳥がウグイス。それでも充分、練習は出来る。猫を気にせず、家の庭でも。
 口笛でウグイスを真似るのが無理でも、鳥寄せの笛のバードホイッスル。
 練習をすれば、きっと上手に吹けるだろう。何種類もの鳥の鳴き声を、その笛で。
「ハーレイ、ぼくがバードホイッスルを吹けるようになったら…」
 青い小鳥も来てくれる?
 山や林の中で吹いたら、綺麗な青い鳥だって。
「そうだな、オオルリは難しそうだが…」
 青い鳥は他にも色々いるから、上手く真似れば来てくれるだろう。
 餌も用意しておかんと駄目だな、青い鳥が喜びそうな餌。
 でないとお前に恨まれちまう。せっかく青い鳥が来たのに、餌が無いから行っちまった、と。



 青い鳥の餌を調べないと、とハーレイも協力してくれる。いつか鳥たちと遊ぶ時には。
 前の自分にも出来なかったこと、鳥たちを呼んで遊ぶこと。
 それが出来るのが今の自分だから、ハーレイと二人で楽しもう。「こんなに来たよ」と。
 山や林でバードホイッスルを吹いて、沢山の鳥を呼び集めて。
 地球は凄いねと、青い鳥もいるよ、と。
 アルテメシアよりもずっと沢山と、シャングリラには鶏しかいなかったのに、と。
 きっと幸せだろうと思う。鳥に囲まれて遊ぶ自分は。
 小鳥たちと同じ世界で遊んで、餌をやったり、眺めたり。
 満足するまで一緒に過ごした後にも、帰ってゆく先は地球の上。
 鳥のいない船に戻ってゆくことはなくて、地球の地面に建っている家。
 ハーレイと暮らす家の庭でも、呼んだら鳥は来るのだから。
 猫が狙わないよう気を付けていたら、いつでも鳥たちを呼べるのだから…。




         鳥たちの言葉・了


※前のブルーにも出来なかったのが、鳥たちを呼んで遊ぶこと。鳥には思念が通じなくて。
 今なら、バードホイッスルで鳥を呼べるのです。いつかハーレイと山や林で、沢山の鳥を…。
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(たまには、のんびり食ってみるかな)
 よし、とハーレイが選んで籠に入れたチーズ。これにしよう、と。
 ブルーの家には寄れなかった日に、帰りに出掛けたいつもの食料品店で。けれど、食べたいのはチーズそのものだけではなくて…。
(これと、これに…)
 これも美味い、と次々に籠に入れてゆく食料品。忘れちゃならん、とパンを扱うコーナーにも。欠かせないのがバゲットだから。これを忘れたら始まらない。
(ついでがあるなら、パン屋に行ってもいいんだが…)
 朝食用のパンは買ってあるから、この店のものでいいだろう。専門店とは違うけれども、パンは此処でも焼いているから。種類が少ないというだけのことで、味は充分、いいものだから。
 バゲットを買って、他にも色々。メインはチーズ。
 支払いを済ませて、詰めて貰った袋。それを手にして、足取りも軽く駐車場へと。其処で待っていた愛車に乗り込み、鼻歌交じりに家へと向かう。
 今夜はチーズフォンデュを食うぞ、と。一人だけれども、ちょっと豪華に。明日も仕事がある日とはいえ、ワインなんかも開けたりして。
 食べたくなったら、その時が一番美味しい時。料理も、それに食材だって。



 家に帰ったら、もう早速に始めた準備。チーズフォンデュに使える鍋を取り出して。野菜などは切って茹でてやる。バゲットも丁度いい大きさにカット。
 そういった具材を見栄えよく盛ってゆく大皿。一人分でも手抜きはしない。豊かな時間を味わうためには、手間を惜しまないことも大切。
(ブルーの家でも食ったんだがな…)
 両親も一緒の夕食の席で、「どうぞ」と出て来たチーズフォンデュ。色々な具材が揃っていた。それを端からフォークに刺しては、ブルーと、両親と食べた夕食。それは賑やかだった食卓。
 けれども、一人でのんびりやるのも悪くないもの。チーズを溶かして、ワインをお供に。
 実際、前はよくやっていた。気ままな一人暮らしならではのことで、思い付いたら、帰りに店で食材を買って。あれもこれもと、目に付いたものを籠へと入れて。
 ブルーの家へと通う習慣が出来る前には、何度やったか分からない。食卓には自分一人でも。
(寒い冬場は、特に美味いが…)
 今の季節だって美味いんだ、と整えた支度。これでいいな、とチェックして。
 ダイニングのテーブル、その上にチーズフォンデュに使う鍋。漂う美味しそうな匂いと、鍋からフワリと立ち昇る湯気。溶かしたチーズと、それを滑らかに伸ばすために入れた白ワイン。
 これに合うのは…、と選んだワインを開けて、グラスに注いでやって…。
(美味い!)
 用意した甲斐があったってもんだ、とチーズを絡めたバゲットを噛む。最初はバゲット、それでチーズの味を見るのが楽しいもの。もう少し緩めた方がいいのか、これでいいのかと。
 今日のチーズの出来は上々、他の具材もフォークに刺しては絡めてゆく。次はこれだ、と思ったものを。野菜も、バゲットも、ソーセージなども。



 一人だからこそ、要らない遠慮。何を選ぼうが、どう食べようが。
 ブルーの家で御馳走になった時には、気を遣うこともある食事。チーズフォンデュの時だって。次はあれを、という気分のままには食べられない。用意されている量があるのだから。
 ブルーの母が「これだけあれば」と大皿に盛っていた具材。それの減り具合で、どれを選ぶか、考えなくてはいけないから。同じものばかりを取っていたなら、他の誰かの分が減るから。
 その点、家では気楽なもの。選んだ具材が偏っていようが、余ろうが。
(俺の好きに食えばいいってな)
 好きに飲んで、と頬張ってゆくチーズフォンデュ。次はこいつ、とフォークに刺して、とろけたチーズを絡めてやって。
 用意した具材が残ったならば、明日に自分が使うだけ。それを使って作れそうなものは何か、と考えて。野菜だったら、そのように。バゲットが余れば、朝食の時につまんでもいい。
 こういう食事もいいもんなんだ、とワインのグラスも傾けていたら…。
 頭に浮かんだ小さな恋人。今日は一緒に夕食を食べられなかったブルー。
(あいつと二人きりだったなら…)
 きっと気を遣いはしないのだろう。料理がチーズフォンデュでも。
 ブルーも自分も好きに選んで、フォークに刺してゆく具材。気の向くままに。
 残りのバゲットが一つになっても、お互い、遠慮などしない。食の細いブルーが其処までついて来られるかどうかは、ともかくとして。
(最後の一個になっちまった、と思っても…)
 俺のだ、と刺すかもしれないフォーク。早い者勝ちだ、と手を伸ばして。
 ブルーが「酷い!」と叫んだとしても、悠々と絡めていそうなチーズ。「お前が悪い」と。
 食べたかったのなら、もっと早くに動くものだ、とニヤニヤ笑って。



 そうは言っても、相手はチビのブルーだから。苛めたら膨れそうだから。
(俺のフォークで刺したヤツでも…)
 欲しがるのならば、きっと譲ってやるのだろう。「俺のフォークで刺しちまったが」と、膨れるブルーに渡してやって。「このままでいいか?」と。
 もしもブルーがチビでなくても、そうやって譲ることだろう。「早い者勝ちだ」と取ったって。そういうルールで食べていたって、愛おしさの方が先に立つから。
 気を遣うのとは違う所で、想ってしまうブルーのこと。「こいつを優先しないとな?」と。
 前の生から愛したブルーは、今でも宝物だから。大切にしてやりたいから。
(いつか、あいつと食いたいもんだな)
 昔のように、と遠く遥かな時の彼方に思いを馳せる。白いシャングリラで暮らした頃に。
 朝食はいつも二人だったし、たまに夜食も食べていた。青の間で二人、サンドイッチなどを。
 あんな風にブルーと食べてみたい、と思うけれども…。
(チーズフォンデュは…)
 食っていないな、と簡単に分かる。白い鯨でブルーと二人で食べてはいない。
 朝食にチーズフォンデュは出ないし、凝った夜食も食べられはしない。二人きりでは、こういう手間のかかる夜食は無理だから。
 もっと手軽に食べられるもので、後の片付けも簡単なもの。夜食はいつも、そういったもの。
 厨房から何か運ばせるにしても、仕事の後で、前の自分が「これを頼む」と作って貰って、青の間まで運んでゆく方にしても。
 それに…。



 モノがこれだ、と見詰めるテーブルのフォンデュ鍋。一人分でも、必要な鍋。
 チーズフォンデュは、常にチーズを温めていないと駄目な食べ物。鍋が無ければ温められない、柔らかく溶けているチーズ。
 冷めてしまえばチーズは固くなってしまって、塊に戻る。それでは具材に絡みはしないし、鍋で温め続けるもの。一人用だろうが、何人もで食べる時であろうが。
 テーブルに置いた鍋と熱源、それが欠かせないのがチーズフォンデュで、美味なのだけれど…。
(あの船にチーズフォンデュってヤツは…)
 無かったのだった、白いシャングリラには。チーズフォンデュという料理は。
 船にチーズはあったけれども、食堂で皆に供するためには向かない料理。一人分ずつ出すには、かかりすぎる手間と鍋などの食器。とてもメニューに入れられはしない。
 大勢で囲むパーティー料理にも、あの船の場合は向いてはいない。なにしろ船には、仲間たちが大勢いたのだから。一つの鍋では済みはしないし、やっぱりかかりすぎる手間。
(厨房のヤツらが、てんてこ舞いで…)
 懸命になって用意したって、きっと追い付かないだろう。
 船の仲間たちの胃袋を充分、満たせるだけのチーズフォンデュを作ること。チーズを溶かして、具材を揃えて、食事の後には幾つものフォンデュ鍋を洗って。



 今の自分が考えてみても、「無理だ」と即答出来ること。とても作れるわけがない、と。
 厨房出身のキャプテンでなくても、チーズフォンデュは無かったと分かるシャングリラ。いくらチーズがあったと言っても、皆の分を作れはしないから。
(前の俺は、食っていないんだよな…)
 こういう洒落たチーズ料理は、とフォークで口に運んだバゲット。熱いチーズと中のバゲット、それが奏でるハーモニー。ただのチーズとバゲットだけでは出せない味わい。
 今ならではだ、とモグモグと噛んでいたのだけれど。次の具材はどれにしようかと、フォークを握って皿の上を眺めていたのだけれど…。
(待てよ?)
 チーズフォンデュ、と聞いた気がする。この料理の名を、遠い昔に。
 前の自分が生きていた船で、今はもう無いシャングリラで。
(…チーズフォンデュだと?)
 存在した筈が無い料理。あの船では皆に出せない料理。
 けれども、確かに「チーズフォンデュ」と耳にした記憶。それも料理の名前として。
(誰だ…?)
 チーズフォンデュの名を口にした仲間。誰が自分に言ったのだろう?
 船には無かった料理なのだし、ヒルマンだろうか、それともエラか。博識だったあの二人なら、調べて知っていそうではある。
 チーズがあったら、こういう料理が作れると。…自分では食べたことが無くても。



 いったい何処で聞いたのだろう、と首を捻ったチーズフォンデュという料理。シャングリラでは無理だと分かる料理は、何処から出て来たのだろう、と。
(あそこじゃ作れもしない料理を…)
 持ち出したのは誰なのか。どうしてそういう話になるのか、チーズフォンデュは作れないのに。食堂のメニューを決める会議があったとしたって、議題にするだけ無駄なのに。
(…会議?)
 それだ、と戻って来た記憶。あれは会議で聞いたのだった、と。
 シャングリラを白い鯨に改造した後、開かれた何かの会議の席。長老の四人と、前のブルーと、前の自分の六人が集まるのが常だった。
 自給自足の生活が軌道に乗って、乳製品が順調に出来ていた頃。ブルーとも、とうに恋人同士になっていたから、白い鯨は平穏な日々を送っていたのだろう。アルテメシアの雲海の中で。
 その日の議題を検討した後も、そのまま残って続いた会話。昔馴染みの六人だから。あれこれと話をしている内に…。
 「チーズは充分あるのだがね」と言ったヒルマン。切っ掛けが何かは覚えていない。農場の話を交わしていたのか、それとも食べ物の話題だったか。
 どちらにしても、ヒルマンの言葉だけを聞いたら、チーズに関する何かが気がかりらしいから。
「チーズだと?」
 何か問題でもあるのだろうか、と尋ねた自分。たとえ些細なことにしたって、キャプテンとして聞いておかねばならない。
 チーズは充分あるというのに、何か起こっているのなら。満足のいく品質になっていないとか、味にバラつきがあるだとか。
 そういうことなら、手を打つようにと促すのもまた、キャプテンの仕事。チーズ作りの責任者を呼んで、「なんとか出来ないものだろうか」と。



 これはキャプテンの出番だろうな、とヒルマンの答えを待ったのに。それ次第では、ブリッジに真っ直ぐ戻る代わりに、乳製品の製造場所へ出向いて行かなければ、と考えたのに。
「そういうことではなくてだね…。チーズ自体には、何の問題も無いのだが…」
 このシャングリラでは、出来ない料理もあるという話なんだよ、チーズがあっても。
 チーズは充分、足りているとは思うんだがねえ…。
 残念だよ、とヒルマンが髭を引っ張るものだから。
「なんだって…?」
 シャングリラでは作れないチーズ料理があるのか、その言い方だと…?
 確かめなければ、と思ったヒルマンの言葉。チーズはあっても、出来ない料理があるのなら。
 せっかく作ったミュウの箱舟、改造を済ませたシャングリラ。
 自給自足で生きてゆく日々は順調なのだし、不自由があるなら改善するのも必要なこと。材料のチーズが足りていたって、作れない料理があってはならない。
 元は厨房の出身だけに、調理方法の問題だろうか、と考えた。相手はチーズ料理だから。
 今の厨房では無理だと言うなら、改装を検討すべきだろう。それを作れるだけの設備を備えた、使い勝手のいい厨房に。もっと広さが要るのだったら、拡張だって。
 白い鯨は進化してこそ、より良い船に出来るのだから。
 現状に不満を抱いているより、解決して先へ進んでこそ。
 それが自分の信条だったし、厨房の改装などは次の会議の議題だろうな、と思ったほど。
 此処で話題になった以上は、きちんと対処しなくては、と。
 そうしたら…。

 

「作れないことはないのだがね」と、ヒルマンが軽く広げた両手。今の厨房でも充分だ、と。
「調理方法としては可能なのだよ、問題は無いと言ってもいい」
 チーズと同じだ、厨房の方にも問題は何も無いのだが…。今すぐにで作れそうだが…。
 問題があるのは料理の方だね、食堂で出すには不向きなのだよ。
 不味いとは思えないのだが…。むしろ、歓迎されそうだとも思うのだがねえ…。
 しかし無理だ、とヒルマンは最初から諦めているようだから。試しもしないで、無理だと決めてかかっているから、余計に気になったチーズの料理。それはいったい何なのだろう、と。
 だからヒルマンにぶつけた疑問。真正面から。
「何なのだ、それは?」
 歓迎されそうだと思っているなら、どうして試してみないんだ。厨房の者に訊いてみるとか…。
 何もしないで諦めるというのは、この船らしくないと思うが…?
 どういう料理が無理だと言うんだ、チーズを使った料理と言っても色々だろうが…。
「チーズフォンデュだよ、知っているかね?」
 料理の本とは違う本でも、割によく見る名前だがね。
「あれか…。本で見掛けたことならあるな」
 作り方も、と名前だけでピンと来た料理。鍋で溶かしてやったチーズに、野菜やバゲットなどの具材を絡めて食べるもの。
 美味しそうだ、と読んだのだった。レシピも、添えてあった写真も、鮮明に記憶に残っている。
 チーズを船で作れる今なら、あの料理だって作れるだろう。
 ただ…。



 なるほどな、と頷かざるを得なかった。チーズフォンデュの材料はあるし、チーズを溶かすのも厨房で出来る。けれど其処まで、食堂で皆が揃って食べるには不向き。
「…この船の皆で、鍋を囲むわけにはいかないか…。専用の鍋が幾つ要るやら…」
 それに食事の時間の方も、それぞれの持ち場で違うものだし…。
 時間に遅れた、と駆け込んで行ったら、食べるものがろくに残っていない恐れも出て来るな…。
「そうなのです。一人用に作ることも出来るようなのですが…」
 全員の分の鍋を用意する手間や、片付けなどを思うと非効率的です、と応じたエラ。
 「残念ですが、チーズフォンデュは諦めざるを得ないでしょう」と。
 美味しそうな料理なのですが…、とエラも言うから、ゼルとブラウも興味を示した。今の船では出来ないらしいチーズフォンデュとは、どんな料理かと。
 前のブルーも黙って聞いてはいたのだけれども、瞳を見れば直ぐに分かった。「無理だ」という答えを知ったがゆえの沈黙なのだ、と。関心が無いわけではないと。
 ヒルマンとエラが、ゼルとブラウに訊かれるままに語った料理。チーズフォンデュの作り方。
 熱を加えれば、とろけるタイプのチーズを使う料理だと。
 それをすりおろすか、細かく刻んで、専用の鍋に入れてやる。熱しながら溶かして、白ワインで伸ばして、具材に絡めるのに似合いの濃度に。
 そうやって出来たチーズを絡めて、食べやすいサイズに切られた具材を食べるもの。バゲットや茹でた野菜などを。
 鍋のチーズが濃くなりすぎたら、白ワインを足して緩めてやって。



 チーズフォンデュはこういうものだ、と説明されたゼルとブラウが漏らした溜息。残念だ、と。
「もったいないねえ、材料は揃っているのにさ」
 とろけるチーズは山ほどあるだろ、グラタンとかに使っているんだから。
 あれを溶かせば出来ると分かっているのにねえ…、とブラウが嘆けば、ゼルだって。
「まったくじゃて。それに具材もあるのにのう…」
 バゲットも、野菜やソーセージもじゃ。どれも、この船で手に入るんじゃが…。
 そうじゃ、ワシらだけで食うのはどうじゃ?
 会議で集まっている時じゃったら、たまに食事もするんじゃし…。
 この部屋で食えば良かろうが、と言い出したゼル。六人分なら手間も材料も、それほどの負担はかからない。厨房の者に頼んで用意をさせるとしても。
「ちょいとお待ちよ、船の仲間に、それで示しがつくのかい?」
 あたしだって食べたいと思うけれどさ…。あたしたちだけで食べるなんて、とブラウは反対。
 ヒルマンとエラも反対したから、ゼルは新たな意見を述べた。諦め切れずに。
「なら、ソルジャーのための特別料理というのは無理かのう?」
 会議の時の食事なんじゃが、ソルジャー用なら誰も文句は言わんじゃろう。
 特別な料理が用意されることは、実際、たまにあるんじゃからな。
「それだと食事会になっちまうじゃないか、招待状が無いってだけでさ」
 ソルジャー主催の食事会だろ、特別な料理が出るってヤツは。
 でもねえ…。誰がそいつを食べていたのか、厨房の連中には分かっちまうよ?
 あたしたちだけで食べたってことが。…食事会とは違うことがね。
 さっきの意見とどう違うのさ、と指摘したブラウ。「それはマズイよ」と。
「やはり駄目かのう…」
 ソルジャー用の特別料理と言うんじゃったら、チーズフォンデュも通りそうじゃが…。
 ワシらだけで食うのはマズイじゃろうなあ、皆に示しがつかんからのう…。
 美味そうな料理なんじゃがな、とゼルは残念そうだった。六人だけで食べるというのは、やはり後ろめたいものがあるから。諦めざるを得ない料理が、チーズフォンデュというものだから。
 「酒のつまみにチーズがあるだけマシとするか」というゼルの言葉で終わった会議。
 チーズは色々役立っているし、贅沢を言っては駄目じゃろうな、と。



 その夜、青の間に出掛けて行ったら、待っていたブルーに尋ねられた。キャプテンとしての報告などを済ませた後で、「今日の会議のことだけれど…」と。
「会議が済んだら、チーズフォンデュが話題になっていただろう?」
 君も知っていたようだけど…。あれは本当に、作るのが難しいのかい?
 チーズを溶かす鍋が沢山要るというのは、ぼくにも分かったんだけど…。美味しそうなんだし、船でなんとか出来ないのかな、と思ってね。
「そうですね…。会議の時にもヒルマンたちが言っていましたが…」
 色々と手間がかかりそうです、チーズフォンデュという料理は。
 もっと人数の少ない船なら、皆で食べても、厨房の者たちの負担は軽いのですが…。
 なにしろ大人数の船です、現状では無理がありすぎます。…材料だけでは作れませんよ。
 皆には諦めて貰うしか…、と昼間の会議の結論と同じことをブルーに言ったのだけれど。
「それなら、いつか地球に着いたら食べようか」
 この船では無理な料理だったら、いつか地球でね。
「地球ですか?」
 チーズフォンデュをお召し上がりになりたいのですか、地球に着いたら?
「いい考えだと思うけれどね?」
 地球だったら、きっと美味しいチーズもあるよ。地球で育った牛のミルクで作ったチーズが。
「そうなのでしょうね、地球ですから…」
 この船で作るチーズなどより、ずっと美味しいことでしょう。
 せっかくのチーズフォンデュなのです、いつか本物の地球のチーズで食べてみましょうか。
 時間もたっぷりあるでしょうから、鍋でゆっくりチーズを溶かして。
「地球なら、きっと店もあるよね」
 チーズフォンデュが食べられる店が。…其処へ行ったら、誰にも迷惑はかからないよ?
 厨房の仲間たちにもね。
「店ですか…。確かに地球なら、そういう店もありそうですね」
 それでは、いつか地球まで辿り着いたら、二人で行くとしましょうか。
 本物の地球のチーズを使った、美味しいチーズフォンデュを食べに。



 地球に着いたら、と前のブルーと交わした約束。シャングリラが地球に着いたなら、と。
 白いシャングリラが地球に着くには、人類と和解せねばならない。けれども、それさえ済ませてしまえば、ソルジャーもキャプテンも要らなくなる。ミュウは追われはしないのだから。
 ソルジャーでもキャプテンでもなくなった後は、ブルーとはただの恋人同士。
 隠し続けた仲を明かして、何処へでも二人で出掛けてゆける。ブルーが焦がれた地球の上で。
 青い地球まで辿り着いたら、ブルーと一緒にやろうと夢見ていたことの一つ。
 シャングリラでは作ることが出来ない、チーズフォンデュを食べに出掛けてゆくこと。
(…あれっきりになっちまったんだ…)
 前のブルーも「美味しそうだ」と思ったらしいチーズの料理。本当に船では無理なのか、と。
 あれから後にも、白い鯨でチーズフォンデュは作られないまま。材料になるチーズはあっても、食堂で皆に出せる料理ではなかったから。大人数の船の食堂向きではなかったから。
 そしてブルーは逝ってしまった。たった一人で、メギドを沈めて。
(…この味なんだな…)
 前の俺もブルーも知らなかった、と眺めた目の前のフォンデュ鍋。温かくとろけているチーズ。一人で美味しく食べていたけれど、前の自分たちは知らなかった味。
 材料は船に揃っていたのに、食べ損ねたままになっちまった、とチーズを絡めてやるバゲット。今の自分も、今のブルーも知っている。チーズフォンデュはどんな料理か、どんな味かを。
(あいつと二人で…)
 小さなブルーと二人きりで食べてみたいけれども、実現は難しいだろう。
 ブルーの家では、チーズフォンデュは夕食用の料理だから。両親も一緒に鍋を囲んで、賑やかに食べるものだから。
(しかし、こうして思い出したし…)
 今度ブルーの家に行ったら、小さなブルーに話してみようか。「覚えてるか?」と。
 それまで自分が覚えていたら。
 前のブルーと交わした約束、地球で食べようと夢見たチーズフォンデュのことを。



 運良く次の日、早く終わった学校での仕事。チーズフォンデュも、まだ忘れてはいなかった。
 丁度いいから、ブルーの家に出掛けて行って、テーブルを挟んで座る恋人にぶつけた質問。
「チーズフォンデュを覚えているか?」
「この前、ハーレイと食べたよね。パパとママも一緒だったけど」
 美味しかったよ、あのチーズフォンデュがどうかしたの?
「そうじゃなくてだ…。今の俺たちの話じゃない」
 前の俺たちだ、覚えていないか?
「えっ?」
 チーズフォンデュって、何のことなの?
 そんなの、シャングリラで食べていないと思うけど…。それとも、あった?
「お前の記憶で合っている。…あの船じゃ無理な料理だったな、チーズフォンデュは」
 材料は船に揃ってたんだが、船の人数が多すぎた。全員に出せるチーズフォンデュは作れない。
 だから、お互い、知ってはいたって、食い損なった料理だってな。
 ヒルマンが持ち出した話だったが、最初から「無理だ」ってことだったから。
 それでだ、前のお前と約束をして…。例のヤツだな、地球に着いたら、と。
「思い出した…!」
 そうだったっけ、いつかハーレイと地球に着いたら…。
 シャングリラで地球まで辿り着いたら、チーズフォンデュを食べに行こうって…。
 本物の地球のチーズで作った、うんと美味しいチーズフォンデュがあるだろうから。
 船の仲間に迷惑をかけてしまわないように、お店に出掛けて食べようね、って…。



 忘れちゃってた、と丸くなっているブルーの瞳。
 せっかく二人で地球に来たのに、ハーレイと食べたのに忘れていたよ、と。
「…パパとママも一緒だったけど…。本物の地球のチーズフォンデュ…」
 食べていたのに、すっかり忘れていたなんて…。
 どうしよう、ハーレイと食べたくなって来ちゃった…。今度は二人でチーズフォンデュを。
「俺もなんだが、我儘は言えん」
 昨夜、一人で食ってて思い出したんだが…。こいつだった、と。
 だがなあ、お前の家だと、チーズフォンデュは夕食の時に出るモンだしな?
「そうだけど…。頼んでみようよ、チーズフォンデュを」
「はあ? 頼むって…」
 誰にだ、お前、どうする気だ?
「決まってるじゃない、ママに頼むんだよ」
 晩御飯の時に頼んでみるよ。今度、ハーレイと食べたいから、って。
「おい、お前…!」
 我儘が過ぎるぞ、俺と二人で食うってか?
 お母さんに用意をさせるつもりか、昼飯用にチーズフォンデュを…?



 無茶を言うな、と止めたのに。「そいつはチビの我儘だぞ」と軽く叱っておいたのに。
 両親も一緒の夕食の席で、小さなブルーはこう持ち出した。
 恋人同士だったという話は隠して、「シャングリラで食べ損なった料理がね…」と。
「本当なんだよ、ぼくもハーレイも、食べ損ねたままになっちゃった…」
 料理の名前は知っていたのに、シャングリラでは作れなかったから…。
「あら、なあに?」
 材料が足りなかったのかしら、と首を傾げたブルーの母。「何のお料理?」と。
「チーズフォンデュ…。材料は船にあったんだけど…」
 手間がかかりすぎて、みんなの分はとても作れないから…。お鍋も沢山要りそうでしょ?
 ヒルマンたちと会議をしてたら、そういう話になっちゃって…。無理だよね、って。
 だけど、とっても美味しそうだし、前のハーレイと食べる約束をしていたんだよ。
 いつかシャングリラが地球に着いたら、本物の地球のチーズで作ったのを食べようね、って。
 船の仲間に迷惑をかけちゃ駄目だし、お店に行って。
「ほほう…。そいつを思い出したんだな?」
 お前もハーレイ先生も、とブルーの父が投げ掛けた問い。「うん」と頷く小さなブルー。
「チーズフォンデュ、ハーレイと食べてみたいのに…」
 うちだと晩御飯の時に出て来るから…。ハーレイと二人は無理みたい…。
「なるほどなあ…。前のお前とハーレイ先生の夢だったんだな、チーズフォンデュが」
 どうだろう、ママ。今度の土曜日のお昼御飯に、チーズフォンデュをお出しするのは?
「そうね、お昼ならハーレイ先生とブルーだけだし…」
 ブルーと食べて頂きましょうよ。ハーレイ先生とブルーの約束のお料理、ブルーの部屋で。
「いいの、ママ?」
 本当にいいの、チーズフォンデュを作ってくれるの?
「もちろんよ。お店の味にも負けないのをね」
 楽しみに待っていなさいな。今度の土曜日、お昼御飯はチーズフォンデュよ。



 ブルーのお部屋に運んであげるわ、という声で決まった、土曜日の昼食。チーズフォンデュを、二階のブルーの部屋で二人で。
 その部屋で食後のお茶を飲みながら、呆れ顔で見詰めてしまった恋人。「大した策士だ」と。
「ああいう風に持って行くとはなあ…。食べ損なった、と来たもんだ」
 俺とお前と、二人揃って、シャングリラで。
 おまけに、いつか地球で食おうと約束してたと言われたら…。
 お父さんたちだって、用意しようと思うよな。この家で作れる料理だったら。
「ぼく、上手いでしょ?」
 ずっとパパたちと暮らしているもの、おねだり、とっても上手なんだよ。
 どういう風にお願いするのが一番いいのか、考えるのだって得意なんだから。
 小さい頃から、一杯、お願いしてたしね?
 駄目な時は「駄目」って言われちゃうけど、前のぼくたちの約束だったら大丈夫。
 だから土曜日はチーズフォンデュだよ、本物の地球のチーズをたっぷり使って。
「うーむ…。俺はお前に感謝しないと駄目なんだろうな」
 こんな形で実現するとは思わなかった。
 昨夜、一人で食ってた時には、お前と一緒に食えるチャンスは当分無いと…。
 ずっと先だと思っていたのに、そうか、今度の土曜日なんだな、俺たちの約束が叶うのは。



 何でも言ってみるもんだな、と感心させられたブルーの機転。チビでも、中身はブルーだと。
 もっとも、ブルーが子供だからこそ、ブルーの両親は息子に甘いのだけれど。
 それでも凄い、と思う間に、やって来た週末。約束の土曜日。
 いつものようにブルーの家を訪ねて行ったら、昼食に出て来たチーズフォンデュ。ブルーの母が支度を整えてくれて、二人で過ごす部屋のテーブルに。
「ね、ハーレイ。約束の地球のチーズフォンデュだよ?」
 食べようよ、お店じゃないけれど…。ぼくの部屋だけど、それだって素敵。
 そんなの、思っていなかったもの。地球の上に、ぼくのための部屋があるなんて。
「まったくだ。…それに約束、叶っちまったな、凄い速さで」
 お前のお蔭で、アッと言う間に。…こいつが地球のチーズフォンデュか、本物のな。
「そうだよ、二人で地球まで来られたんだから、食べなくちゃ」
 どれにしようかな、一番最初は…。バゲットかな?
「お前の好きに選んでいいぞ。ドッサリ用意をして貰ったしな、こいつの具材」
 俺も遠慮しないで食っていくから、お前も好きなの、端から選べよ?
「好き嫌いは無いから、どれも好きだよ。チーズだって、とても美味しいし…」
 ホントに本物の地球のチーズで、ハーレイと一緒に食べられるんだし、最高の気分。
 でもね…。約束していた頃と違って、ぼくは子供になっちゃったから…。
 ハーレイとお店に出掛ける代わりに、此処で食べるしかないみたい…。
「まあなあ…。今は一緒に食うってことしか出来ないよな」
 お前をデートに連れても行けんし、こうして二人で食ってるだけか…。チーズフォンデュも。
「でしょ? だから、いつかはハーレイが作ったのを食べたいよ」
 ママじゃなくって、ハーレイの。…この前、一人で作っていたのを二人分で。
「そのくらい、お安い御用だってな。それに、食べにも出掛けないと…」
「チーズフォンデュが食べられるお店?」
「ただの店じゃないぞ、こいつの本場に行こうじゃないか」
 スイスの辺りになるんだろうなあ、昔のスイスとは違うわけだが…。今でも気候はそっくりだ。
 美味いチーズが沢山出来るし、チーズフォンデュも美味いらしいぞ。
「凄くいいかも…」
 絶対行こうね、其処のお店も。…いつかハーレイと結婚したら。



 うんと楽しみにしているからね、と笑顔のブルー。
 フォークを手にした、今日の昼食のチーズフォンデュの立役者。「えっと、次は…」と、具材も気になるらしい恋人、どれを食べようか迷っているのが可愛らしい。
 バゲットか野菜か、ソーセージか。野菜も幾つも盛られているから、どれにしようかと。
 いつかブルーが前と同じに育った時には、今度こそ本当に二人きり。
 ブルーと暮らす家で腕を奮おう、とびきり美味しいチーズフォンデュを食べるために。
 美味しいと評判のチーズを買って来て、すりおろして。上等の白ワインを惜しみなく使って。
(こいつはアルコールが飛んじまうから、ブルーも平気で食べられるしな?)
 現に今でも酔っ払っていない、小さなブルー。「美味しいね」と、せっせと食べているのに。
 この愛おしい人と一緒に暮らし始めたら、「地球で食べにゆく」という約束も叶えてやろう。
 白いシャングリラには無かった料理を、チーズフォンデュを、ブルーと二人で食べにゆく。
 本場に出掛けて、洒落たシャレーに泊まったりして、綺麗な景色を満喫して。
 チーズフォンデュを食べた後には、お土産にチーズも買って帰って、家でも楽しむ。
 旅の思い出をブルーと一緒に、本場のチーズをすりおろしながら、語り合って。
 「この味だよな」と、「チーズフォンデュはこうでなくちゃな」と。
 今度は二人で、地球の上で旅が出来るから。旅の後には、二人で帰れる家もあるから。
 前の自分たちが夢に見た地球、その上で二人、幸せに生きてゆけるのだから…。




              チーズの料理・了


※シャングリラでは無理だった、チーズフォンデュ。いつか地球で、と夢見た料理の一つ。
 ブルーのおねだりで、ハーレイと食べることが叶った休日。結婚したらハーレイが作る約束。
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