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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

(歌を忘れたカナリヤ…)
 小さなブルーが広げた新聞、其処に載っていた童謡の記事。とても懐かしい歌のタイトル。幼い頃に歌っていた。多分、幼稚園で教わった歌。
 学校から帰って、今はおやつの時間だけれど。ふうん、と覗き込んだ記事。あの歌はこんな歌詞だったっけ、と。
(歌を忘れたカナリヤは、後ろの山に捨てましょか…)
 藪に埋めるとか、柳の鞭で打つだとか。酷い提案ばかりが続くけれども、最後には…。
(象牙の舟に銀の櫂…)
 月夜の海に浮かべてやれば、忘れた歌を思い出す、と優しい言葉で終わっている歌。カナリヤはきっと、元のように歌い始めるのだろう。月夜の海に浮かぶ舟の上で。美しい声で。
 捨てられも、埋められもしなかったから。鞭で打たれもしなかったから。
(…酷いことをされたら、絶対に思い出せないよ…)
 歌の種類は色々だけれど、鳥たちの歌は楽しい歌。悲しい時に歌いはしないし、悲しさが増せば余計に思い出せないだろう。忘れてしまった歌のことを。
 象牙の舟に銀の櫂。…カナリヤのための小さな舟。
 月が綺麗な夜の海にそれで漕ぎ出してゆけば、歌いたい気持ちが戻って来そう。月の光に、銀の櫂はきっと映えるから。象牙の舟も、月の舟のように見えるだろうから。
 月を映して揺れる波の上、何処までも漕いでゆけたなら。夢のような旅が出来たなら。
(…気が付いたら、きっと歌ってるんだよ…)
 舟を漕ぎながら、いつの間にか。…澄んだ歌声で、波間に響く美しい歌を。
 忘れた筈の歌を思い出して、それを歌って、カナリヤは舟を漕ぐのだろう。小鳥の力でも操れる舟を。軽い象牙で出来ている舟を、銀の櫂で楽しく操りながら。
 そうして、いつか飛び立つのだろう。一緒に歌った仲間たちの許へ、もう一度歌を歌うために。象牙の舟はもう要らないから、自分の翼で飛んで戻ってゆくために。



 きっとそういう歌なんだよ、と歌詞を読みながら思ったカナリヤ。綺麗な歌声で知られた小鳥。それなのに歌を忘れたなんて可哀相、と。カナリヤは歌が好きなのに。
 童謡だけれど、少し悲しい歌。歌を忘れてしまったカナリヤ。
 読み進めたら、歌が生まれた背景のことが記されていた。作詞した、西条八十という名前の人。
 その人がまだ幼かった頃、クリスマスの夜に行った教会。華やかに明かりが灯された中で、彼の頭上の明かりが一つだけポツンと消えていたという。理由は分からないけれど。
 クリスマスを祝う沢山の灯の中、一つだけ灯らない明かり。辺りを照らせない明かり。
 子供心に、輝くことが出来ない明かりが可哀相で、そして寂しげで。
 様々な鳥たちが揃って楽しげに囀っている中、たった一羽だけ、囀ることを忘れた小鳥のような気持ちがしたのだという。歌を忘れた小鳥が一羽、と。
 その夜のことを思い出しながら、作詞した歌が『歌を忘れたカナリヤ』だった。
 煌々と灯るクリスマスの夜の明かりたち。幾つもの明かりが煌めいているのに、たった一つだけ光ることを忘れてしまった明かり…。
(…明かりなのに、光れないなんて…)
 消えていたという明かりは寂しかっただろう。他の明かりたちは、揃って光っているのだから。一年に一度の聖夜を祝って、教会を華やかに照らし出すために。
 歌を作った人の気持ちが分かる気がする。…大人になっても、それを忘れずにいたことも。
 遠い昔の日本の出来事、まだ人間が地球しか知らなかった頃に作られた歌。
 今の自分も歌ったけれども、あの歌の歌詞が生まれる前には、光ることを忘れた明かりが一つ。歌を忘れたカナリヤのように、光ることを忘れてしまった明かり。
 作詞家の心に残ったほどに、明かりは寂しげだったのだろう。歌を忘れた小鳥のようで。
 其処から歌が生まれたほどに。歌を忘れたカナリヤの歌が。



 新聞を閉じて、食べ終えたケーキのお皿などをキッチンの母に返して。
 二階の自分の部屋に帰って、勉強机の前に座って歌ってみた。さっき読んで来た懐かしい歌を。
「歌を忘れたカナリヤは…」
 後ろの山に捨てましょか…、と続いてゆく歌。象牙の舟で、月夜の海に漕ぎ出すまで。銀の櫂で舟を漕いでゆくまで。
 歌を忘れてしまったカナリヤ。仲間たちが綺麗な声で歌っている中、囀ることを忘れた小鳥。
 作詞家が灯らない明かりにそれを見たという、可哀相な鳥。
 小鳥は歌うものなのに。…歌うことが好きで、歌で気持ちを伝えるのに。
(人間だって、楽しい時には歌いたくなるのに…)
 歌わなくても特に困らない、人間だって歌うのに。歌いたい気分になるものなのに。歌の他には気持ちを伝える術の無い鳥、それが歌えなかったなら。
 歌を忘れてしまったならば、どんなに悲しくて寂しいだろう。
 歌おうとしても、出て来ない歌。囀ろうとしても、囀れない小鳥。
(…忘れた歌、思い出せるよね…?)
 象牙の舟に銀の櫂。月夜の海に浮かんだならば。
 月の光が照らす海の上を、綺麗な小舟で漕いで行ったら。
 歌を思い出して、歌い出して。…自分の翼で飛んで戻って、仲間たちと一緒に歌って欲しい。
 忘れたままでは悲しすぎるから、カナリヤが可哀相だから。
 人間でさえも歌を歌うのに、カナリヤが歌えないなんて。…カナリヤは歌が大好きなのに。



 きっと歌えるようになるよ、とカナリヤを乗せた小舟を思った。月夜の海に浮かんだ舟を。銀の櫂でカナリヤが漕いでゆく舟、象牙で出来た軽い舟。
 月明かりの下で旅をする内に、歌だってきっと思い出せる、と。
 楽しい気持ちになった時には、人間だって歌うのだから。カナリヤもきっと歌い出す筈。象牙の舟を漕いでゆく内に、銀の櫂で舟を操る内に。
 自分は舟を漕いだことは一度も無いのだけれども、月夜の海は素敵だろうから。月明かりの海へ旅に出たなら、いつの間にか歌い出しそうだから。
 月の光と降るような星と、象牙の舟に銀の櫂。きっと楽しくて、歌うのだろう。どんな歌かは、気分次第で。…月の歌やら、船の歌やら…、と考えたけれど。
(あれ…?)
 もしかしたら、と気付いたこと。象牙の舟を漕ぎながら自然に歌い出す歌。
 今の自分は幾つも歌を知っているけれど、ソルジャー・ブルーだった前の自分。遠く遥かな時の彼方で、共に旅をした仲間たち。
 前の自分たちは、歌を忘れていなかったろうか…?
 月夜の海をゆく象牙の舟。銀の櫂で漕ぐ軽やかな舟。その舟の上で歌い出そうにも、歌える歌はあっただろうか?
 月の歌やら、船の歌やら。他にも歌いたくなる歌の数々を、前の自分は知っていただろうか?
 もちろん幾つも知っていたけれど、ソルジャー・ブルーも歌を歌っていたけれど。
 アルタミラから脱出した直後の、前の自分は…。



(歌なんか、覚えている筈が…)
 なかったのだった、記憶を失くしたのだから。
 成人検査で目覚めの日までの記憶を奪われ、その後に続いた人体実験。ミュウと判断された前の自分は、人間扱いされなかった。人間ではなくて実験動物、人格など認められない存在。
 容赦なく過酷な実験をされて、普通だったら曖昧ながらも残る筈の記憶も全て失くした。何処で生まれて、何処で育ったか、両親の名は何と言ったのか。友達の名前は何だったのか。
 そういったことさえ忘れてしまって、白紙になってしまった記憶。
 辛うじて記憶に残っていたのは、成人検査の前後だけ。検査の順番を待っていた部屋、その壁に映った自分の姿。金色の髪に青い瞳の、アルビノではなかった本来の姿。…成人検査でミュウへと変化し、それも失くしてしまったけれど。色素まで失ったのだけれども。
 アルビノになった前の自分に向けられた銃。問答無用で撃った兵士たち、それから後はもう人間ではなくなった。ただの実験動物だった。
 歌の記憶を何処で失くしたか、いつまで歌を覚えていたのか。…それさえも何も覚えていない。
 歌というものがあったことさえ、前の自分は忘れてしまった。かつて歌った筈の歌たち、学校や家で覚えた歌。どれも記憶から抜け落ちていって、何も残りはしなかった。
(…歌を忘れていなかったって…)
 あんな所では、歌いたくなどならないだろう。押し込められていた狭い檻の中、其処だけが前の自分の世界。餌と水とが突っ込まれるだけ、他には何も無かった檻。
 生かされていたというだけの自分、夢も希望も未来も失くして。育つことさえ止めてしまって、楽しいことなど何も無かった。
 今日も明日も、どうでも良かった世界。本当にただ生きていただけ。
 それでは歌など歌うわけがない、歌いたい気持ちも起こらない。鼻歌でさえも。
 歌わない内に歌を忘れたのか、歌の記憶も失ったのか。…とにかく歌が無かった世界。自分では気付いていなかったけれど。歌を忘れてしまったことに。



 そうだった、と蘇って来た遠い遠い記憶。アルタミラからの脱出直後。
 前の自分は、歌を忘れたカナリヤだった。…長い年月、歌うことなど無かったから。人体実験と狭い檻しか無い世界では、歌いたい気持ちになりはしないから。
 誰であっても、あの環境では歌えない。心がすっかり壊れてしまって、息を引き取るまで歌った者なら誰かいたかもしれないけれど。…歌の世界に逃れた仲間。歌だけを歌い続けた仲間。
 けれど、研究者たちはミュウ同士が決して出会わないように管理していたから。
 壊れてしまった仲間の歌さえ、耳にしたりはしなかった。歌声を聞きはしなかった。実験をする研究者たちは歌いはしないし、実験室に音楽が流されることも無かったから…。
(ぼくだけじゃなくて…)
 みんな忘れていたのだろう。あの狭い檻に閉じ込められて、過酷な実験を繰り返されて。
 様々な他の記憶と一緒に、歌だって。
 世界にはどういう歌があったのか、自分は何を歌ったのか。きっと誰もが忘れていたろう、共に脱出した仲間たちは。…歌のことも、それを歌ったことも。



 その筈なのに、まだシャングリラではなかった船。元は人類のものだった船。
 やっと手に入れた自由な世界で、いつしか歌われ始めた歌。船の仲間は一人残らず、歌を忘れたカナリヤだった筈なのに。…歌を覚えてはいなかったのに。
(…誰が最初に歌っていたわけ?)
 あの船で歌い始めた仲間。歌を歌っていたのは誰か、と遠い記憶を探ってみたら。
(ハーレイ…?)
 厨房を居場所に決めたハーレイ。其処へ行ったら、鼻歌交じりに料理をしていた。フライパンや鍋で料理しながら、楽しそうに歌っていた鼻歌。
 ゼルも歌っていたような気がする。鼻歌はもちろん、機嫌のいい日は歌声だって。自分の腕前を自慢する歌、「俺は凄い」と歌っていたゼル。
 他の者たちも、鼻歌や歌。…色々な歌を歌った仲間。
 メロディも歌詞も、多分、豊富にあった筈。仲間の数だけあったのでは、と思うくらいに。
(…誰が教えたの?)
 歌を忘れたカナリヤばかりが乗っていた筈の、あの船で。歌の先生もいなかった船で。
(…象牙の舟に銀の櫂…)
 月夜の海に漕ぎ出してゆけば、カナリヤは歌を思い出すけれど。
 それと同じで、星の海でも、カナリヤは忘れた歌を取り戻して歌い出すのだろうか?
 象牙の舟と銀の櫂の代わりに、宇宙船でも。…それで星の海を旅してゆけば。



 どうやって歌を思い出したのか、船の仲間たちが歌っていたのか。
 まるで分からないし、記憶にも無い。歌を教えた仲間は誰だったのか、その仲間がいつから歌を取り戻して歌っていたのか。
 誰だったろう、と悩んでいたら、仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから。前のハーレイも確かに歌っていたから、訊くことにした。テーブルを挟んで、向かい合わせで。
「えっと…。ハーレイ、歌を忘れたカナリヤ、知ってる?」
 歌があるでしょ、歌を忘れてしまったカナリヤをどうしようか、っていう子供向けの歌。
 山に捨てちゃおうとか、鞭でぶつとか、酷いんだけど…。そうはならずに、月夜の海に浮かべる舟を貰うんだよ。象牙の舟と銀の櫂とを。
「あるなあ、うんと古い歌だな。…それこそ俺の古典の世界だ」
 古典の授業で教えはしないが、あれがどうかしたか?
「前のぼくたちみたいだと思って…。歌を忘れてしまったカナリヤ」
 歌なんて、みんな忘れてたでしょ?
 成人検査よりも前の記憶は消されちゃったし、歌だって…。ハーレイもそうでしょ?
 歌を忘れたカナリヤと同じで、本当に歌を忘れてしまって。
「まあな。…酷い目に遭わされちまったしなあ…」
 歌なんか覚えているわけがないな、あの状況じゃ。
 …覚えていたって、歌わんだろうが…。歌いたい気持ちが無かったろうしな。
「ぼくもだよ。…だから不思議に思ったんだけど…」
 前のハーレイ、料理しながら楽しそうに鼻歌を歌っていたから…。
 あの歌、いつから歌っていたの?
 アルタミラから逃げ出して直ぐの頃には、歌っていないと思うんだけど…。
「俺の鼻歌?」
 はて…。いつから俺は歌っていたんだ?
 前の俺が料理をしていた時の鼻歌ってヤツだな、いつ頃から歌っていたんだっけなあ…?



 腕組みをして考え込んでしまったハーレイだけれど、やがて「すまん」と頭を掻いた。
「思い出せんな、これというのは…。自覚が無いと言うべきか…」
 気付けば歌っていたってわけだ。料理をしてたら、楽しい気分になるからな。
 でたらめな歌を捻り出しては、こう、フンフンと歌っていたなあ…。その日の気分で。
「…でたらめ?」
「そういうことだが?」
 でたらめな歌しか歌えんだろうが、歌を覚えていないんだから。
 真っ当な歌ってヤツは知らんし、こう適当に…。即興と言ったら聞こえはいいがだ、でたらめな歌を歌っていたんだ。気に入りの節回しが出来た時には、そいつを覚えて何度もな。
 他のヤツらも似たようなモンだ、ゼルの腕自慢の歌だって。作業しながら「俺は凄い」と歌っていただろ、あの歌はゼルのオリジナルだぞ。…元の曲があった替え歌じゃなくて。
「えーっ!?」
 ゼルの歌はゼルのオリジナルって…。あの歌、作詞も作曲もゼルだったの?
 前のハーレイの鼻歌もそうで、思い出した歌じゃなかったわけ…?
「そうなるなあ…。ただし、最初の間だけだが」
 ごくごく初めの間だけだぞ、オリジナルソングというヤツは。
 …そいつが真っ当な歌になった切っ掛け、そういや、前のお前だったか…。
 うん、そうだったな、一番最初の本物の歌は、お前のためにあったんだっけな。



 思い出した、とハーレイはポンと手を打った。前のお前のための歌だ、と。
 まだシャングリラという名前ではなかった船で、皆が適当に歌っていた頃。でたらめな歌が船のあちこちで歌われ、ゼルの歌のようなオリジナルが幾つも出来ていた。仲間の数だけオリジナルの歌があったと言ってもいいくらいに。
 歌声や鼻歌、色々な歌が歌われる中で、歌の効果に気付いたのがヒルマン。自分も含めて、歌を歌いたい気分になる時があるようだ、と。
 作業が順調に進んでいる時や、愉快な気分になった時。機嫌がいいと歌うらしいと、でたらめな歌が飛び出すらしいと。
「なのに、お前は歌わなくて…」
 少しも歌おうとしないんだ。…鼻歌も、でたらめな歌ってヤツも。
「…ぼく?」
 前のぼくは歌を歌わなかったの、みんな色々歌ってたのに…?
 ハーレイの鼻歌も、ゼルの歌もちゃんと覚えているのに、ぼくには歌が無かったわけ…?
「うむ。…完全に忘れちまってたんだな、歌うってことを」
 歌を忘れたカナリヤそのものだったってわけだ、前のお前は。
 楽しい時には歌えばいいのに、それさえもお前は忘れちまってた。…歌えばもっと楽しい気分になるってことを。
 あの頃はヒルマンも其処まで調べちゃいなかったが…。歌の効果に気付いただけだが…。
 人間は昔から、色々な時に歌って来たんだ。辛い仕事をしている時にも、歌えば気持ちがマシになる。農作業だとか、漁だとか…。自分を励ます歌ってヤツだな、楽しい気分で仕事をしようと。
 歌うと作業がはかどるくらいに、歌には凄い力があった。グンと気分が良くなる効果が。
 仕事でさえも楽しくなるんだ、歌うだけで。…楽しい時に歌ってやったら、最高だろうが。



 でたらめな歌を捻り出しては、好きに歌っていた仲間たち。歌えば楽しい気分になると、多分、本能的に気付いて。…気分が良ければ歌を歌って、もっと楽しく。
 けれど、その中に歌を忘れたカナリヤが一羽。
 歌うことさえ忘れてしまった、前の自分がポツンと一人。歌を覚えていなかったから。どういう風に歌えばいいのか、それも忘れてしまっていたから。
 ヒルマンも、ハーレイも心配した。歌わない前の自分のことを。歌おうとしないカナリヤを。
「その内に歌い出すだろう、って思って見てても歌わないんだ。…前のお前は」
 楽しそうにニコニコ笑っていたって、お前は少しも歌いやしない。他のヤツらなら鼻歌の一つも飛び出すだろうに、歌わないんだ。…いくら待っても。
 それで、歌うってトコから教えてやるか、って話になって…。
 しかしだ、そこでゼルの歌だの、俺やヒルマンの鼻歌だのは教えられないだろう?
 同じ教えるなら、でたらめな歌ってヤツじゃなくてだ、本物の歌を教えてやらんと…。
 もうその頃には分かってたしなあ、本物の歌があるってことも。



 船の中には、相変わらずのオリジナルソングしか無かったけれど。本物の歌を覚えるよりかは、好きに歌うのがいいと思われていたけれど。
 歌を忘れたカナリヤに歌を教えてやるなら、でたらめではない本物の歌を。
 そう考えたヒルマンがデータベースに向かったけれども、山のようにあった本物の歌。記憶から消えてしまっていた歌。
「山ほどあって選べないぞ、とヒルマンも頭を抱えちまった」
 お前に教えてやるとなったら、他のヤツらにも教えてやらないとな?
 せっかく本物の歌を教えるんだ、誰だって知りたくなるだろう。…本物の歌はどんな歌かを。
 そうなると、誰もが気に入る歌を選ばなきゃならん。ついでに覚えやすいヤツ。
 ところが、歌は山ほどあるから、メロディも歌詞も多すぎてなあ…。
「それで?」
 何を選んだの、ヒルマンは?
 沢山ありすぎて選べなくても、選ばないと教えられないよね…?
「選ばれた曲か?」
 俺も何度か相談されたが、この際、こいつがいいかってことで…。
 今のお前も知っているだろ、誕生日の歌の定番だからな。…ハッピーバースデートゥーユー。
「ハッピーバースデー!?」
 あれを教えたの、前のぼくに?
 誕生日なんか全く覚えてないのに、バースデーケーキも無かったのに…?
「そいつが一番、素敵だろうが」
 祝い事の歌だぞ、幸せな場面とセットの歌だ。誕生日おめでとう、ってな。
 バースデーケーキも蝋燭も無くても、おめでとうと言われて悪い気分はしないだろうが。
 第一、本当に誕生日なのかもしれないしな?



 アルタミラから脱出した仲間は、誰一人として誕生日を覚えていなかった。とても大切な記念日なのに、自分が生まれた日だというのに。
 ハッピーバースデーと祝いたくても、いつが誕生日か分からない。だから、どの日でも誕生日の可能性がある。一年の中の、どの日であっても。
 ヒルマンとハーレイは、その部分にも目を付けた。「誰でも毎日が誕生日だ」と。
「一月だろうが、五月だろうが、いつでもハッピーバースデーってことに出来るしな?」
 覚えていないんだから、自分がその気になりさえすれば。今日は自分の誕生日だな、と。
 ハッピーバースデーと歌って貰って、怒るようなヤツは誰もいないぞ。本当に誕生日だったかもしれないんだからな。…自分が忘れてしまっただけで。
 そういう歌だし、誰に歌ってやってもいいだろ。相手の名前で、「おめでとう」とな。
 自分が楽しい気分になったら、楽しい気分のお裾分けで。
 それに短いしな、あの歌は。
「短いね…」
 ハッピーバースデーの繰り返しだし、うんと短いし…。
 だから子供でも歌えるんだものね、幼稚園でもよく歌っていたもの。…お誕生日会で。
「いいチョイスだと思うんだがな?」
 今の俺でも、いい歌を選んだという気がするぞ。あの船で最初の真っ当な歌。
 ヒルマンと俺が覚えて歌って、他のヤツらも直ぐに覚えた。船のあちこちで肩を叩き合っては、あの歌を歌うもんだから…。
 前のお前もアッと言う間に、狙い通りに覚えてだな…。
「思い出した!」
 歌ってたんだよ、ハッピーバースデー、って。
 ぼくも歌ったけど、船のみんなも。…ホントに毎日が誕生日みたいに。



 歌を忘れたカナリヤだったという、前の自分。歌わなかった自分のためにと、ヒルマンが探してくれた本物の歌。ハーレイと「これだ」と選んでくれた、誕生日を祝う短い歌。
 ハッピーバースデーと繰り返す歌は、船の仲間たちに愛され、歌われていた。色々な場所で。
 皆が同じ歌を楽しそうに歌っていたから、前の自分も歌ったのだった。それまでのオリジナルの歌と違って、お揃いの歌。誰もが同じ歌を歌うから、楽しそうな歌声に釣られるように。
「…前のぼく、ハーレイたちに歌って貰って…」
 ハーレイとヒルマンと、ゼルもブラウもエラもいたよね…?
 ワッと囲まれて、「おめでとう」って。…ハッピーバースデーって…。
 それでとっても嬉しくなって、ぼくも歌ってあげたくなって…。
「うんうん、お返しに歌ってくれたぞ」
 初めて囲んで歌った時には、キョトンと目を丸くしていたもんだが…。
 船のヤツらがあちこちで歌っていたから、お前も覚えて歌ってくれた。俺たちの名前をちゃんと織り込んで、ヒルマンにもゼルにも、「ハッピーバースデー」と楽しそうにな。
「…あの時、最初にハーレイに歌った気がするよ…」
 ハーレイ、お誕生日おめでとう、って。…ハッピーバースデー、って。
「そういや、そうだな…」
 俺の名前で歌ってくれたな、あの時のお前。…一番最初に歌った時。
 そうだ、確かに俺だった。ヒルマンでもエラでも、ブラウでもなくて…。ゼルでもなくて。
「ハーレイだったよ、なんでだろう?」
 どうしてハーレイの名前で歌ったんだろう、初めて歌を歌ったぼくは…?
「友達だったからじゃないのか?」
 俺の一番古い友達。…前の俺はお前を誰かに紹介する時は、いつもそう言っていたもんだ。俺の一番古い友達なんだ、とな。
 お前の方でもそう思ってたろ、アルタミラで最初に出来た友達。
「うん。…ハーレイと一緒に、シェルターを幾つも開けたんだものね…」
 仲間が閉じ込められていたのを、端から全部。…初めて出来た、ぼくの友達。
 それでハーレイに歌ったんだね、御礼の歌を一番最初に。ハッピーバースデー、って。



 歌うことさえ忘れてしまったカナリヤがようやく覚えた歌。前の自分が初めて歌った、誕生日を祝うための歌。「おめでとう」と、誰かの名前を織り込みながら。
 あの歌を覚えたばかりだった頃は、よくハーレイの名前で歌っていた。ハーレイの姿が見えない時でも、一人きりで部屋にいる時でも。
 楽しい気分になった時には、「ハーレイ」とつけて飽きずに歌った。「おめでとう」と歌を贈る相手がいない時には、いつもハーレイ。幸せな気分で歌い続けた、ハーレイの名前。
「あのね…。ぼく、ハーレイのことが好きだったんだよ、きっと最初から」
 前から何度も言っているけど、やっぱり、そう。
 だって、あの歌…。「おめでとう」って言える相手がいない時には、いつもハーレイの名前。
 ハーレイの名前しか歌わなかったよ、そういう時は。
 だからハーレイ、特別なんだよ。…好きだったから、いつもハーレイの名前で歌ったんだよ…。
「俺の名前か…。実は、俺もだ」
 お前が俺の名前で歌っていたように、俺もお前の名前ばかりを歌っていたな。
 でたらめな歌の時もあったが、あの歌を歌う時にはな…。



 前のハーレイも、「ブルー」と歌っていたという。ハッピーバースデー、と。
 厨房で料理をしながら歌う日もあれば、自分の部屋で歌っていたことも。織り込む名前はいつもブルーで、他の名前は歌わなかった、と。
「ハーレイも、ぼくとおんなじなんだ…。ぼくはハーレイで、ハーレイはブルー…」
 二人で一緒に歌ったっけ…。
 ヒルマンやゼルがいない時とか、二人で何かしていた時とか。
「歌っていたなあ…。俺が料理の試作をしていて、お前が覗きに来た時なんかに」
 お前が歌って、俺が歌って。…逆のこともあったな、ハッピーバースデーと祝い合うんだ。
 今から思えば相聞歌だよなあ、二人で交互に歌うんだから。
「なに、それ?」
「相聞歌は古典の授業でやるだろ。…恋人同士で歌い交わすヤツ」
 有名なトコだと、アレだ、万葉集に出てくる歌だな。額田王と大海人皇子。
 額田王の歌が「茜さす紫野行き標野行き、野守は見ずや、君が袖振る」。
 その歌に、大海人皇子が「紫草のにほへる妹を憎くあらば、人妻ゆえに我恋ひめやも」と返した話は、お前も習っている筈だが…?
「そっか、あれなんだ…。相聞歌です、って教わったっけ…」
 教えてくれた先生、ハーレイじゃなかったんだけど…。前の学校の先生だけど。
 でも、前のぼくたちの歌が相聞歌って…。ハッピーバースデーって歌ってたんだよ、恋の歌とは違うんだけど…?
「お互いに相手のことが好きで歌っていたんだろ?」
 だったら、立派に相聞歌じゃないか。しかも相手の名前まで歌っているんだから。
「そうなのかも…」
 まだ恋だって気付いてなくても、好きだと思って歌っていたなら相聞歌かもね。
 ハッピーバースデーって歌うだけでも、ハーレイのために歌ってたんだし…。ハーレイはぼくに歌い返してくれてたんだし、ハッピーバースデーでも、相聞歌みたいなものだったかもね…。



 相聞歌のように前のハーレイと歌い交わした、誕生日を祝うための歌。ハッピーバースデー、と何度も歌った。ハーレイの名前を歌に織り込んで。
 歌を忘れたカナリヤだった前の自分の、初めての歌。覚えた頃には、あの歌ばかり。でたらめな歌を歌う代わりに、いつも「ハーレイ」と、「ハッピーバースデー」と。
 やがて幾つもの本物の歌が歌われ始めて、姿を消したバースデーソング。
 本物の誕生日を覚えている仲間はいなかったから。…本物の誕生日は誰にも無かったから。
「…ぼく、忘れてたよ、あれが最初の歌だったことを」
 シャングリラで子供たちを育て始めても、誕生日を持ってる子供たちが来ても。
 誕生日にあの歌を歌ってお祝いしてても、「この歌は知ってる」って思っただけで…。ホントにすっかり忘れちゃってた、前のぼくの最初の歌だったことを。
「俺も綺麗に忘れていたなあ、あれが最初の歌だったことも、お前のことも」
 前のお前が、歌を忘れたカナリヤだったってことすら忘れちまってた。
 …前の俺だった頃から忘れていたんだろうなあ、お前は歌えるカナリヤに戻っていたからな。
 歌を忘れていた時代があったことさえ、お前も忘れていたんだろうし。
「…そうだけど…。前のぼくも忘れていたんだけれど…」
 でも、思い出したね、あの歌のこと。…歌を忘れたカナリヤが船にいたことも。
「お互いにな」
 俺もお前も思い出したな、二人で歌っていたことまで。
 誕生日なんか覚えてないのに、何度も何度も、ハッピーバースデー、ってな…。



 前の自分は歌を忘れたカナリヤだった上に、誕生日も覚えていなかった。ハーレイの誕生日も、知らないままで終わってしまった。アルテメシアを制圧してデータを手に入れた時は、前の自分はいなかったから。
 けれども、今は誕生日がある。ハーレイも自分も、本当に本物の誕生日。人工子宮から出された日とは違って、母の胎内から生まれて来た日が。
「…ハーレイの誕生日、過ぎちゃってるよ…」
 せっかく思い出したのに…。あの歌、今なら誕生日に歌ってあげられたのに。
「ちゃんと歌ってくれただろうが。俺の誕生日に」
 お前の家で、誕生日パーティーをして貰ったしな?
 お父さんやお母さんも一緒だったが、お前、あの歌、歌ってくれたぞ。
「そうだっけね…!」
 ママが御馳走とケーキを用意していて、みんなで歌ったんだっけ。おめでとう、って。
 今のハーレイにも歌ったんだっけ、何の歌かを忘れてただけで…。
「次はお前の誕生日だな。…あれを歌うのは」
 お前の誕生日が来たら、今度は俺が歌ってやるさ。
 その頃には由来を忘れてそうだが…。前の俺たちが歌ってたことも、前のお前が歌を忘れていたことも。…あれが最初の歌だった、っていうことなんかも、綺麗サッパリ忘れちまって。
「うん、ぼくも…」
 ハーレイがぼくに歌ってくれても、ニコニコ笑って聞いてるだけになっちゃいそうだよ。
 お返しに歌を歌うどころか、ケーキのことばかり考えてるとか…。



 今の自分には、あまりにも普通の歌だから。バースデーソングの定番だから。
 きっと忘れてしまうのだろう。…あの歌を飽きずに歌い続けた、前の自分がいたことを。
 けれど、まだシャングリラではなかった船で最初に歌われた本物の歌。
 歌を忘れたカナリヤだった前の自分が、初めて歌ったバースデーソング。前のハーレイと何度も歌い交わした相聞歌だから、忘れる前に歌いたい気分。
 象牙の舟に銀の櫂。月夜の海に漕ぎ出したカナリヤが、初めて歌った歌なのだから。
「ねえ、ハーレイ…。あの歌、もう一度、歌ってもいい?」
 今のハーレイに「ハッピーバースデー」って、歌ってあげてもかまわない…?
「おいおい、俺の誕生日は過ぎちまったが?」
 とっくの昔に過ぎちまった上に、パーティーも開いて貰ったんだが…?
「でも、歌いたい気分になっちゃったから…」
 一度だけいいでしょ、ハーレイに歌ってあげたいんだよ。
 前のぼくが歌っていたみたいに。…いつも「ハーレイ」って歌ったみたいに…。
「なるほどなあ…。それなら、俺も歌を返さないといけないわけか」
 お前が見事に歌い終わったら、俺からもハッピーバースデーと歌うべきだが…。
 しかしだ、お前の誕生日はまだで、そこまでのサービスをするのはなあ…。
「ううん、ハーレイは歌わなくてもいいんだよ」
 ぼくの誕生日、まだだから…。ハーレイの歌は、それまで楽しみに取っておくから。
 その頃にはすっかり忘れちゃってても、ハーレイの歌を聞けるだけで、ぼくは充分幸せだもの。



 だから歌うね、とハーレイに向かって歌ったバースデーソング。
 ハッピーバースデー、と前の自分が歌ったように。
 前の自分が飽きることなく、ハーレイの名前で歌った歌を。
 ハーレイと歌い交わした歌を。
 今の自分たちには、本物の誕生日があるけれど。…ハーレイの誕生日にも歌ったけれど。
 それでも、「ハッピーバースデー」と繰り返す歌は、特別な歌。
 前の自分のためにと、前のハーレイたちが探してくれた本物の歌。
(…あの船で最初の、本物の歌…)
 歌を忘れたカナリヤだった、前の自分のために歌われた初めての歌で、特別な歌。
 その歌を今はこんなに幸せな気持ちで、ハーレイだけのために歌うことが出来る。
 蘇った青い地球の上に、二人で生まれ変わって来たから。
 本物の誕生日を持ったハーレイのために、あの歌を歌ってあげられるから。
 象牙の舟に銀の櫂。
 歌を忘れたカナリヤは歌を思い出したし、いつかハーレイと幸せに歌い交わせる時が来るから。
 今度は恋の歌を歌おう、お互いの想いを歌に託して、甘く、優しく。
 この地球の上で、今度こそ二人、いつまでも、何処までも、幸せに生きてゆくのだから…。




              カナリヤの歌・了

※歌を忘れたカナリヤだった、前のブルー。船の仲間たちが歌っていても、歌おうとしないで。
 そんなブルーに歌を教えようと、選ばれた歌。最初の歌はバースデーソングだったのです。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv










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(ふうん…?)
 今もあったら凄いんだろうな、とブルーが眺めた新聞記事。世界で一番古い本という見出し。
 学校から帰っておやつの時間に、ダイニングで広げてみた新聞。
 人類が作った最古の本。人類と言っても、前の自分たちが「人類」と呼んでいた種族とは違う。まだ人類もミュウも無かった、遠い遠い昔。人間は全て人類だった時代のこと。
 人間が地球しか知らなかった頃に、人が作った最古の本。羊皮紙や和紙に文字を綴った例なら、色々あるけれど。粘土板や石に彫られた文字もあるけれど。
 本なのだから、製本されて本の形になったもの。記された文字は手書きだったけれど、きちんと綴じられて本の形になっていた。紀元前五百年という遥かな昔に作られた本。
 エトルリア語とかいう言語で書かれて、博物館に収められていた。人類の貴重な遺産として。
 けれど、失われてしまったという。地球が滅びてしまうよりも前に。保存技術が無かったから。当時の技術では、時の流れに抗うことは出来なかったから。
(…SD体制の時代まで残っていたら…)
 どうだったろう、と思うけれども、多様な文化まで消していたのがマザー・システム。
 世界で一番古い本を後の時代に残してくれたか、疑問に思わないでもない。データがあれば充分だろうと、ろくな手を打たなかったとか。…元の本には大して敬意を払いもせずに。
(そういうことだって、ありそうだよね…)
 様々な生き物たちは、地球が蘇る時に備えて保存されたけれど。それをしたのは機械ではなくて人間だから。SD体制を始めるしかないと決断を下した人間たちが保存を決めていたのだから。
(…機械にとっては、生き物なんて…)
 きっと、どうでも良かっただろう。人間でさえも無から創ろうとしたのがマザー・システム。
 神の領域にまでも踏み込んだ機械、人の文化に関心があろう筈がない。世界で一番古い本など、顧みようとする筈もない。データさえあれば、と放っておかれて朽ちてしまうのがオチ。
 保存する技術を持っていたって、使わずに。たかが本だ、とデータだけ取って。



 やっぱり残りはしなかったのか、と溜息をついてしまった本。今もあったら、本当に凄い宝物。世界最古だというだけで。…人間が作った、最初の本だというだけで。
 本の中身が何であろうと、誰もがそれを見たがっただろう。「これが世界で一番古い本だ」と。綴られた文字が読めなくても。エトルリア語などは知らなくても。
 今の自分だって、写真だけでも見たかった。本は好きだし、どんな本かと。なのに、データすら無いらしい本。遠い昔にそういう本が存在した、と伝わるだけで。
 残念だよね、と考えたついでに、思いを馳せた遠い時の彼方。前の自分が生きていた時代。
(前のぼくたちの時代の本だと…)
 キャプテン・ハーレイの航宙日誌が宇宙遺産になっていた。超一級の歴史資料として。
 同じハーレイの手になるものでも、木彫りのウサギとは全く違って非公開だけれど。研究者しか見られはしなくて、収蔵庫の奥にあるのだけれど。
 木彫りのウサギなら百年に一度、特別公開されるのに。行列に並べば誰でも見られるのに。
 そうはいかない、キャプテン・ハーレイの航宙日誌。実物を読めるのは超一流の研究者だけ。
(書いたハーレイでも読みに行けないよ…)
 絶対に無理、とクスッと笑った。今のハーレイは古典の教師で、研究者とは違うのだから。
 自分自身が書いたというのに、読みに行けないらしいハーレイ。
 超一級の歴史資料になってしまって、手も足も出ない宇宙遺産の航宙日誌。



 当時の本なら、人類の本も幾つか残っているのだけれども、宇宙遺産になってはいない。
 SD体制を肯定するような内容だから、宇宙遺産ではなくて単なる資料。人間が残らずミュウになった今は、それを好んで見たがる者などいないから。宇宙遺産としての価値が無いから。
 もっと古い時代に作られた本は、世界最古の本と同じに失われたという。地球と一緒に。
(ノアまで移送出来なくて…)
 地球に置き去りにするしかなかった本たち。あまりに古くて、運べなかった。技術が追い付いていなかった。保存技術も、輸送技術も。
 それほどに古いものでなくても、置いてゆかれた本たちもあった。SD体制の時代にそぐわない内容だから、と移送されずに、地球に取り残されてしまった。
(…その後に、地球が燃えていなければ…)
 何か見付かったのかもしれない。SD体制よりも前の時代に作られた本が。
 世界最古のエトルリア語の本は、それよりも前に消えてしまっていたらしいけれど。
(きっと、幾つも燃えちゃったんだ…)
 死に絶えた地球に残っていたかもしれない、古い本たち。SD体制が崩壊するまで、時の流れを越えた本たち。
 何冊かはきっと、あったのだろう。…地球と一緒に燃えてしまって、消えて行った本が。
 残っていたなら、今の時代の「世界最古の本」になれた筈の本が。



 ホントに残念、と新聞を閉じて二階の自分の部屋に帰って。
 勉強机の前に座って、本というものを考えてみた。自分の部屋にも何冊もの本。ズラリと本棚に並んだ本は色々、SD体制の時代よりも前に書かれた本も沢山。
(本の中身はあるんだけどね…)
 SD体制の時代も、それよりも後も、データベースに残っていたから。
 今のハーレイが教える古典も、データベースから引き出された資料で作られたもの。源氏物語も枕草子も、平家物語も。
 そういう日本の古典はもちろん、ピーターパンの本だってあった。セキ・レイ・シロエが大切にしていたと伝わるピーターパンの本。
 同じ中身の本は今でもあるのだけれども、シロエが持っていた本は残っていない。
(あの本、今まで残っていたら…)
 間違いなく宇宙遺産になっていただろう。歴史に名前を残した少年、セキ・レイ・シロエ。彼の大切な持ち物だった上に、後にキースの手にも渡った。
 ピーターパンの本はシロエと一緒に宇宙に消えた筈だったのに。シロエが乗っていた練習艇を、キースが撃墜した時に。
 ところが、ピーターパンの本は残った。事故調査で訪れた人間が見付けて持っていたのを、後に手に入れたスウェナ・ダールトン。彼女がキースにそれを渡した。
 其処までは確かに記録に残され、ピーターパンの本の写真もスウェナが撮っていた。



 けれど、無くなってしまったシロエの本。ピーターパンの本は姿を消した。
 SD体制が崩壊した後、スウェナが何度も捜させたのに。…ノアも、その他の様々な場所も。
 キースが立ち寄りそうな場所の全てを捜し尽くしても、ピーターパンの本は見付からなかった。
(多分、キースが…)
 処分したのだと言われている。処分した理由は謎だけれども、有力な説はシロエからキースへのメッセージが隠されていたというもの。
 マザー・イライザがキースを無から創り上げたことを、シロエは探り当てていたから。命懸けで手に入れたキースの秘密を、シロエは本に隠したのだと。
 それをキースが目にしていたから、本ごとメッセージを消した。…そういう説。
 肝心の本が何処へ消えたかは分からないけれど。
(…ぼくだったら、教育ステーション…)
 キースが、シロエが過ごした教育ステーション。其処へ返しに行っただろう。処分ではなくて、シロエに返しに。…廃校にされたステーションにあった、シロエの部屋へ。
 きっとキースは、シロエを嫌っていなかったから。…シロエが乗っていた練習艇を、撃ち落とす他にはなかっただけで。
(もしも、ぼくなら…)
 自分がキースだったなら。
 どんなメッセージを目にしようとも、シロエに本を返しただろう。大切にしていた宝物の本を。
(キース、E-1077を…)
 処分しに出掛けて行ったと言うから、その時に。…ピーターパンの本を、シロエの部屋に。
 そうして本は消えたのだと思う、歴史の中から。持ち主だったシロエの所に帰って行って。
(…分かんないけどね?)
 真相は、何も。あくまで今の自分の想像。
 キースは個人的なことについては、記録を残さなかったから。ほんの僅かな覚え書きさえも。



 宇宙遺産になっただろうに、消えてしまったシロエの本。中身なら今も残っているのに。書店に行けば、シロエのと同じピーターパンの本が手に入るのに。
(他に、宇宙遺産になりそうな本…)
 なれる資格を持っていたのに、残らなかった本はあるのだろうか。前の自分が生きていた時代の本たちの中に。…時の流れに消えてしまって、宇宙遺産になり損なって。
 白いシャングリラでも、改造前の船でも、色々な本を作っていた。データベースから引き出した資料を纏めて、本の形にしてあったもの。実用的な本はもちろん、読み物も沢山。
 最初から船に乗っていた本も何冊もあった。元は人類の物だった本。そちらの方なら、それこそ雑誌の類まで。アルタミラがメギドに滅ぼされる前に、元の船の乗員たちが読んでいたから。
(…本は一杯あったんだけど…)
 どれも駄目だ、と溜息をついた。宇宙遺産に指定されるほどの価値は無かった本たち。
 人類の世界にもあっただろう本、それと似たような中身では。ミュウが作ったというだけでは。たとえシャングリラ最古の本であっても、話にならない。
 キャプテン・ハーレイの航宙日誌と違って、歴史的な価値が皆無だから。



 古いだけでは駄目なんだよね、と考えた本。新聞にあったような世界最古の本となったら、中身までは問題にならないけれど。古いこと自体に価値があるのだけれど。
 キャプテン・ハーレイの航宙日誌が存在する以上は、宇宙遺産に指定されるには、同等の価値が必要だろう。歴史的に重要な意味があるとか、中身がとても重要だとか。
(古いっていうだけなんだったら…)
 航宙日誌よりも古かった本は多かった筈。元から船にあった本の他にも、あの船で作った数々の本。ハーレイがキャプテンになるよりも前に。
 シャングリラ最古の本と言うなら、それは航宙日誌ではない。もっと他の何か。
(…シャングリラで最古…)
 はて、と考え込んでしまった。どの本が一番古かっただろう?
 元は人類の物だった本は除いて、シャングリラ最古の本となったら。…一番最初に作られた本。
(…作った本なら…)
 本当に色々とあったと思う。改造前の船の頃でも、何冊も作ったのだから。
 けれども、覚えていない順番。船の航行に役立つための本から先に作ったろうか。それとも船の仲間たちのために、小説などが先に作られたろうか。
 船で直ちに必要な本なら、最初から乗せられていただろうから、もっと別の本。読んで楽しめる様々な本を作っただろうか、船の生活を彩るために。
(どうだったっけ?)
 思い出せない、本の順番。何から先に作り始めたか、どれが最古の本だったのか。
(…ハーレイなら分かる?)
 あの頃はキャプテンではなかったけれども、備品倉庫の管理人をしていたハーレイ。前の自分が奪った物資を整理して入れておくのが仕事。



(本は倉庫じゃなかったけれど…)
 倉庫に入れたら読めはしないから、専用の部屋があった筈。一種の図書館。
 けれど、どういった物が何処にあるかをきちんと把握していたハーレイ。管轄外の筈の物でも。倉庫には入れない工具箱が無いと慌てた者にも、「置き忘れていないか?」と言ったほど。多分、あそこだと場所まで挙げて。
 そんな具合で、「見当たらない物があったらハーレイに訊け」と言われた船だったから。
 ハーレイだったら分かるかもしれない、シャングリラ最古の本のこと。「それならアレだ」と。
(…訊きたいんだけどな…)
 来てくれるかな、と視線を遣った窓の外。仕事の帰りに寄ってくれたらいいんだけれど、と窓を見ていたら、運のいいことにハーレイが訪ねて来てくれたから。
 チャンス到来、と部屋でテーブルを挟んで向かい合うなり、ワクワクしながら問い掛けた。
「あのね、ハーレイ…。シャングリラで一番古かった本って、知っている?」
 どの本が一番古い本だったか、ハーレイなら覚えていそうだと思って…。
 新聞に世界最古の本っていうのが載っていたから、気になったんだよ。その本はとっくに消えてしまって、もう残ってはいないんだけど…。紀元前五百年頃の本だった、って。
「そいつは古いな、そんな時代なら日本じゃ紙も無い頃だよなあ…」
 いや、紙どころか書くような中身があったのかどうか。日本の文化の限界ってヤツだ。
 …それはともかく、シャングリラ最古の本ってか?
 元から船に乗ってたヤツなら、どれも古いぞ。航宙学の本でも、雑誌とかでも。
「そうじゃなくって…。それは人類が作った本でしょ?」
 みんなは飽きずに読んでいたけど、それよりも後。…ぼくたちが船で作った本だよ。色々な本を作った筈だよ、データベースから引き出した資料を纏めて綴じて。
「ああ、そっちか…」
 作っていたなあ、白い鯨が出来る前から。…俺が厨房にいた時代から。
 俺もあれこれ読んだもんだが、あの中で一番古い本ってか…?



 いったい何の本だったろうな、とハーレイも腕組みをして考え込んだ。本と言えば…、と。
「あの船で本を作り始めた頃ってヤツはだ、それこそ手当たり次第でだな…」
 中身は選んでいないと思うぞ、生きてゆくのに欠かせない本は最初から乗っていたからな。操船技術の本はもちろん、メンテナンスのための本だって。…マニュアルの他にも、色々なのが。
 だから、本を作ろうと思った頃には、その場の思い付きだろう。これを作ろう、と適当に。
 前のお前が奪った物資に、本を作るのに使えそうな物があったら本作りだぞ?
 これは使える、と手先の器用なヤツらが取り出して、見よう見まねながらも本格的で…。表紙もきちんとしたのを作って、元からあったのと変わらない本を。
 引き出した資料を印刷して綴じるだけだしなあ…。「これを頼む」と注文も出来たし、文字通り何でもアリってことだ。本の中身は。
「…じゃあ、ハーレイにも分からないの?」
 シャングリラで一番古かった本が何だったのか。…何の本を最初に作ったのか。
「うむ。…恐らく同時進行ってヤツで、何冊か一度に作ったんじゃないか?」
 データを纏めて印刷してから、手分けして。…全部が小説か、そうじゃなかったのか…。
 必要不可欠な本を作ったんなら、俺も覚えているんだが…。ただの読み物ではどうにもならん。
 印刷じゃなくて、手書きの本でもあったというなら別だがな。



 世界最古の本もソレだろ、というハーレイの指摘。「印刷技術が無い時代だから」と。
「…シャングリラにもそういう時代があったら、最古の本を絞り込めるが…」
 誰が書いたか、それが手掛かりになるからな。…しかし、前の俺たちには印刷技術というヤツがあって、だ…。本を作ろうってことになったら、端から印刷していっただけで…。
 手書きの本なんか無かったんだよな、手間をかけなくても機械が印刷してくれるんだし。
 …ん?
 待てよ、と顎に手を当てたハーレイ。
「何かあったの?」
 思い出せそう、古かった本?
 シャングリラで作った一番古い本は何だったのか、何か手掛かりでも思い出せたの…?
「それだ、手書きだ!」
 手書きの本ってヤツだったんだ。…あの船で一番古かった本は。
「えっ?」
 手書きの本なんかが、あの船にあった…?
 ハーレイだって言った筈だよ、印刷技術はあったんだから、って。
 本の中身はデータベースから引き出したヤツで、全部印刷していたんだし…。そんな手間なんか誰もかけないよ、手書きで中身を写そうだなんて。
 …せいぜいメモを取ってたくらいで、普通は印刷しちゃっていたよ?
 データベースの資料を持ち出したい時は。本にしようってわけじゃなくても、いつも印刷。
「確かにそいつが基本だったが…。だから、俺が言う手書きの本だって…」
 基本は印刷だったんだがな。データベースの資料そのままで、引き出して印刷したヤツで。



 全部が手書きの本というわけではなかったが…、とハーレイが浮かべた苦笑い。
「あの船で一番古かった本は、どうやら俺が作ったらしい」
 中身はもちろん、本に仕上げる所まで。…前の俺がな。
「ハーレイが!?」
 それ、ハーレイが作っちゃったわけ?
 手書きと印刷のが混じってる本を、前のハーレイが作っていたの?
 …しかもシャングリラで一番最初に。他の本なんか、まだ無かった頃に…?
「そのようだ。…頼まれたんじゃなくて、なりゆきだがな」
 本作りの趣味があったわけでもないから、もう本当になりゆきだ。俺が作るしか無かったしな。
 俺が自分で作らない限り、その本は手に入れられないんだから。
「えーっと…。航宙学の本?」
 元から船にあった分では足りなかったの、専門の本が?
 もっと詳しい本が欲しくて、ハーレイ、自分で作っちゃったの…?
「おいおい、あの頃、俺は厨房にいたんだぞ?」
 その時代だと承知で俺に質問をぶつけてたくせに、お前が忘れちまってどうする。
 俺は厨房で料理をしていて、備品倉庫の管理人を兼ねていたって時代の話をしてるんだが?
 何処の料理人が航宙学の本を読むんだ、仮に読んだとしたって作ろうとまでするわけがないぞ。もっと詳しく知りたいだなんて、考える筈がないからな。…読んだというだけで満足だろうさ。
 第一、もっと詳しく知りたくなっても、あの分野ってヤツは広すぎる。
 どのデータを引き出して集めりゃいいのか、料理人には見当すらも付かないってな。
 だからだ、前の俺が作ったシャングリラ最古の本というのは…。



 料理の本だ、と片目を瞑ってみせたハーレイ。それは楽しげに。
「厨房時代の俺に似合いの一冊だろうが?」
 いろんな料理の作り方から、調理法やら、それに必要な調理器具やら…。
 オーブンの扱い方まであったな、沢山の器を入れる時にはどういう風に並べるかだとか。置いた場所によって、熱の伝わり方ってヤツが変わってくるからな…。
 これがけっこう、大切なんだ。オーブンの中での器の配置は料理の肝だな。
「…なんで料理の本だったわけ?」
 それにオーブンの扱い方って、そんな本を作って何に使うの?
 前のハーレイは料理が上手だったし、料理の本なんか作らなくても良さそうだけど…。
「お前なあ…。俺が最初から料理のプロだと思うのか?」
 そりゃあ、確かに他のヤツらより料理の腕は上だった。手つきがまるで違ったからな。何処かで基礎を身につけたことは間違いないが…。その時代の記憶を失くしちまったというだけのことで。
 しかし、いくら料理の基礎があっても、それだけじゃ本当に美味い料理は作れないんだ。
 材料を手際よく切れた所で、どう使うのかが肝心だってな。…煮るのか焼くのか、味付けの方はどうするか。勘で作っても限度があるんだ、俺の知らない料理は作れん。
 消されちまった記憶の中にあったものなら、舌が覚えているんだろうが…。俺はサッパリ忘れていたって、こういう味付けも出来る筈だ、と試作してみる気になるんだが。
 一度も食ったことのない料理だったら、そうはいかんぞ。…俺はそいつを知らないんだから。



 初めての食材を見るのと同じだ、とハーレイは説明してくれた。
 卵は卵だと知っているから、焼いたり茹でたり出来るだけ。もしも卵を知らなかったら、白くて丸いというだけのもの。割ってみたって、どうすればいいか分からない、と。
「食い物なんだ、と聞かされたとしても、食べ方を全く知らないんだぞ?」
 そのまま生で食うのがオチだな、とりあえず。…そんな卵を焼くのはともかく、丸ごと茹でると思い付くのはまず無理だ。その茹で方にしても、固ゆでだとか、半熟だとか…。
 一事が万事で、俺の頭に浮かんでくれない料理というのがあったわけだな、いろんな時に。
 前のお前がやらかしてくれたジャガイモ地獄やキャベツ地獄だと、俺の頭も限界ってわけで…。何か無いかとデータベースに走って行ったさ、行き詰まったら。
 そういう時に、厨房でヒョイと開いてみる本。…そいつが何処にも無かったからな。
 船にはそういう本が無かった、とフウと溜息をついたハーレイ。あの頃の厨房に戻ったように。
 後にシャングリラと名前を変えた、元は人類のものだった船。
 コンスティテューションという名前で人類を乗せていた頃は、厨房の者たちは皆、プロだった。船を操る者たちがプロだったように、料理のプロたち。
 参考にする本など無くても自由自在に料理を作れていたのか、無かったレシピ。料理の本も。
 でなければ、彼らは簡単にレシピを調べる方法を何か持っていたのか。
 とにかく船の何処を探しても、厨房の隅から隅まで探し回っても、レシピはもちろん、参考書も一冊も見付からなかった。…こうすれば料理が出来ますよ、と書かれていた本。



 その手の本やレシピが何処にも無くても、作らねばならない毎日の料理。工夫を凝らして、船の仲間が飽きないように。…ジャガイモ地獄やキャベツ地獄の時なら、尚更。
「…だが、俺の場合はプロじゃないから、レシピってヤツが必要なわけで…」
 こんな料理を作りたいんだが、と思い付かなきゃ、調べに行くしか無かったわけだ。料理の本を開く代わりに、わざわざデータベースまで。
 …しかしだ、料理の試作をしようとする度にデータベースには行っていられないってな。時間の無駄だし、纏めて引き出して来た方がマシだ。
 ジャガイモならジャガイモ、キャベツならキャベツ。…これだってヤツを、端から全部。
 最初の間はプリントアウトだ、データベースのをそのまま印刷。そいつが俺のレシピ帳だった。あの料理は何処にあったっけか、と紙をめくって参考にしたり、その通りに作ってみたりして。
 ところが、どんどん数が増えちまって、散らばっちまうことも度々で…。
 キャベツはキャベツ、って纏めておいても、レシピが増えたら量も増えるし…。何かのはずみに手が滑ったら、俺のレシピ帳が厨房の床に散らばったってな。
「そうだっけね…」
 ハーレイが「おっと!」って叫んだ時には、もうヒラヒラと飛び散っちゃって。
 ぼくがサイオンで止めるよりも前に、床に散らばっちゃうんだよ、レシピ。
 纏めてサイオンで拾おうとしたら、いつもハーレイに止められたっけ…。
 「ちゃんと上下を揃えて拾わないと後が面倒だから、すまないが手で拾ってくれ」って。



 レシピを記した紙には上下があるものだから。…逆さになったら、文字も逆さになるから。
 そうならないよう、一枚ずつ拾っていたハーレイ。沢山のレシピが床一面に散らばる度に。
 前の自分も一緒に拾った覚えが何度も。上下が逆にならないようにと注意しながら、一枚ずつ。
「あれをだ、俺が何回もやってる内にだ…」
 見ていたブラウが「そんな面倒なことをやっているより、本にしちまいな」と言ったんだ。本に纏めれば散らばらないし、面倒が一つ減るじゃないか、と。
 エラとヒルマンにも勧められちまった、「面倒なのは最初だけだから」とな。
 本に纏める作業自体は大変だろうが、作っちまえば、二度とレシピは散らばらないし…。何度も拾う手間を思えば、時間も得をすろうだろうし、と。
 それに、目次もつけられる。…本と同じに、索引だって。各段に使いやすくなるしな、そいつを作りさえすれば。
 ついでに俺のオリジナルのレシピも加えるといい、と言われちまった。データベースには無い、俺のオリジナル。…料理人としては、ちょいと嬉しくなるだろうが。
 データベースに入っていたレシピと、俺のレシピが同じ本の中に載るんだぞ?
 いっぱしのシェフになった気分だ、自分の料理を纏めて出版して貰えるような、超一流のな。



 備品倉庫の管理人だっただけに、面倒な作業もどちらかと言えば好きだったから、とハーレイが懐かしそうに語る思い出話。料理の本を作ろうと決心してから、出来上がるまで。
 まずはレシピの整理から。
 データベースから引き出して印刷したままのレシピを順に並べて、何度も検討。素材別だとか、調理法ごとに分けてみるとか。
 どういう順にするのかが決まれば、次はハーレイのオリジナルのレシピ。本にするのに似合いのレシピを選び出しては、手書きして付け加えていった。この料理は此処、と思った場所に。
「そいつを綴じて本にしたんだ、素人作業だったがな」
 ヒルマンとエラに、「こうやるんだ」と製本のやり方を書いた資料を渡して貰って。
 せっせと糸で綴ったんだぞ、順番にな。…間違えて綴じたら大変だから、と確認しては。
「そういえば…。ぼくが渡していたんだっけね」
 ハーレイが本を作っている時は、手伝いに行って。…なんだか面白そうだったから。
 だけど針仕事の腕に自信が無くって、失敗したら悪いから…。そっちは手伝わなかったっけ。
 代わりに綴じるレシピの順番を確認しながら、「はい」って渡して。
 …間違っていないか、ハーレイがもう一度チェックしてから「よし」って綴じていたんだよ。
 端っこの方に糸を通して、外れないように注意して留めて。
「思い出したか? 俺が作っていた本」
 印刷と手書きが混じっていた本、どうやら思い出してくれたようだな。
「うん。ハーレイの本、とっても凝っていたんだっけね」
 綴じ方と表紙も頑張ってたけど、あの中身だって。…ハーレイ、凄く凝っていたもの。
「手書きのトコはな。…他は印刷そのままなんだし、俺は纏めただけなんだが…」
 俺のレシピも、プロのレシピに負けないような見栄えにしたいじゃないか。
 誰かが眺めたら作りたくなる、そんな気持ちになれるページに仕上げてこそだ。こだわれるのも手書きだからだし、どうせ書くからには凝らないとな?



 他のレシピと同じサイズの紙を選んで、ハーレイが手書きしたオリジナルのレシピ。
 材料ごとの分量を示した部分を枠で囲んだり、出来上がった料理や調理過程の写真を添えたり。
 データベースから引き出した数々のレシピ、それに見劣りしないようにと。
 それを幾つも間に挟んで出来上がった本は、ハーレイがよく開いていた。厨房で料理を試作する時に、「これを参考に…」といった具合に、パラパラめくって。
 素材で調べたり、調理法だったり、その時々に合わせた調べ方。目次も索引も役立ったらしい。それを作るまでの手間を補って余りあるほどに。
「…ハーレイ、あの本…。あれから後はどうなったわけ?」
 シャングリラで一番古い本だけど、ハーレイがキャプテンになった後にはどうなっちゃったの?
 まさかブリッジには持って行かないよね、ハーレイの部屋に持ってった…?
「俺の部屋に移してどうするんだ。あれは料理の本なんだぞ?」
 厨房で料理に役立ててこそだ、だから厨房に残して行った。良かったら参考に使ってくれ、と。
「そうだったんだ…。それって、代々、引き継がれてた?」
 厨房のスタッフ、あれから何人も変わったけれど…。ハーレイの本も一緒に引き継ぎ?
 変わる時には引き継ぎだものね、船のみんなの好きな料理とか、色々なことを。
「いや、もっといい本が手に入ったからな、後の時代は」
 データベースの資料を基にだ、料理の本を作ろうってヤツも出て来たし…。
 白い鯨になった後には、手に入らなくなった食材もあったし、それに合わせて料理も変わった。時代にピッタリのレシピが一番なのは当たり前だし、そっちの本になっただろうな。
 …古臭い俺の手作りじゃなくて、綺麗に仕上がった料理の本に。
「じゃあ、あの本は…」
 シャングリラで一番古かった本の、ハーレイが作った料理の本は…?
「消えちまったんじゃないか?」
 綺麗サッパリ、それこそ何処かに。…ゴミになったかもしれないなあ…。
「えーっ!」
 ゴミって、あんなに素敵な本が!?
 前のハーレイが頑張って作った、シャングリラで一番古かった本がゴミになっただなんて…!



 とんでもない、と上げてしまった悲鳴。シャングリラで最古だった本。
 キャプテン・ハーレイのオリジナルレシピが手書きで綴られた本で、ソルジャー・ブルーが製本するのを手伝った本。
 キャプテン・ハーレイもソルジャー・ブルーも、知らない人などいないのに。…そういう二人の共同作業で作られた本が、よりにもよってゴミだなんて、と。
「…だって、ハーレイ…。あの本、残ってたら宇宙遺産だよ?」
 ハーレイの航宙日誌は歴史資料だから当然だけど、シロエが持ってたピーターパンの本。
 …あれがあったら宇宙遺産になった筈だって言うんだもの。…いくら中身が料理の本でも、前のぼくたちが作った本なら、絶対に宇宙遺産だったよ。
 キャプテン・ハーレイが書いたレシピと集めたレシピで、ソルジャー・ブルーと二人で製本…。
「…間違いなく超一級の宇宙遺産だな…」
 シロエの本でも指定されたと言われてるんだし、いけた筈だな。
 …誰か気付いていたんなら。あの古臭い本の価値ってヤツに。



 今も伝わる伝説の英雄、ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイ。
 その二人が作った料理の本。手作りだった、シャングリラで一番古かった本。今もあったなら、宇宙遺産になっただろうに、誰もその本の価値に気付かなかったから。
 シャングリラ最古の本は失われた。…世界最古の本と同じに。
「えーっと…。白い鯨になった後には?」
 もう無かったのかな、あの本も…。新しい船で使わない物は廃棄処分にしていたし…。
「それだけは無いな、厨房のレシピは全部纏めて運ぶようにと指示したからな」
 新しい船でも食っていかなきゃならないし…。食べ物無しでは、絶対に生きていけないんだし。
 どんなレシピの出番があるかは謎だからなあ、「とにかく全部運べ」と言った。
 だから、あの段階では厨房にあった筈なんだが…。それから後はどうなったんだか。
 使えないな、と奥の方へと突っ込まれちまって、それっきりなのか。
 でなきゃ誰かが汚しちまって、誰も読む気になれない見掛けになっちまったか…。
 どっちにしたって、トォニィの代には誰も気付かなかったってこった。
 …シャングリラを解体しようって時に、あの本は何処かへ移されもせずに、それきりなんだし。



 シャングリラが白い鯨になった時までは、残っていたらしい手作りの本。
 けれど分からない、あの本のその後。
 消えてしまった最古の本。ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイが作り上げた本。
「もったいないね…。消えちゃったなんて」
 前のぼくとハーレイが作った本なら、シロエの本より、よっぽど凄いと思うのに…。
 そんな本があったっていう話さえ無いよ、誰も知らずに消えちゃったよ…?
「世の中、そうしたモンだってな。…色々なものが消えていくもんだ」
 知られもしないで、ひっそりと。古典になれずに消えちまった本も多いんだから。
 俺の本なら、航宙日誌が残っているからそれでいいだろ、あれは立派な宇宙遺産だぞ。
「でも、ハーレイでも見られないよ?」
 本物の航宙日誌ってヤツは、超一流の研究者しか見られないんだから…。
「別に見たいとも思わんしな、俺は」
 データベースで見られりゃいいんだ、とハーレイは気にもしていないから。
 今でもあれこれ読んでは楽しんでいるのだろう。ハーレイにだけは読み取れるという、元の字をそのまま写し取っている航宙日誌に隠された遠い昔の自分の記憶を。
 文字の向こうから見えてくるらしい、それを綴っていた日のことを。
「…ハーレイはそれでいいんだろうけど…。ぼくは字だけを見たって分からないんだよ!」
 ハーレイが何を思って書いたか、どんな気持ちが詰まってるのか。
 航宙日誌、いつか研究者向けのヤツを買ってよ、そしてぼくにも解説してよ?
 この日にはこういうことがあった、って。
「さてなあ…?」
 研究者向けのは高いからなあ、本物のレプリカみたいなものだし…。
 買ったら大散財なんだ。…お前だって知っているだろ、べらぼうに高いということは。
 それだけの金を払えば色々出来るぞ、旅行も、美味い食事だってな。



 同じ金なら値打ちのある使い方をだな…、と上手く誤魔化されてしまったけれど。
 航宙日誌を買おうとは言って貰えなかったけれど、今日は許そう。
 シャングリラで一番古かった本。
 キャプテン・ハーレイの手書きのオリジナルレシピが入った、最古の本を二人で作った思い出。
 それを二人で語り合えたから、本の記憶が蘇ったから。
 あの頃からきっと、互いに特別だったから。
 二人で一緒に本を作るほど、シャングリラで最古の本を二人で頑張って作り上げたほどに。
 きっと特別な運命の二人。そう思えるから、今日はそれだけでいい。
 作った本は時の流れの彼方に消えても、あの幸せな思い出だけは今も残っているのだから…。




           一番古い本・了

※シャングリラで一番古かった本は、前のハーレイとブルーが作った料理の本だったのです。
 前のハーレイの手書きのレシピも入った、手作りの本。残っていれば、立派な宇宙遺産。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv











(ココちゃん…?)
 小さなブルーの頭の中にヒョイと浮かんで来た名前。家に帰ったら、白いウサギのぬいぐるみ。制服から着替えて、おやつを食べに行ったら出会った。
 ダイニングのテーブルの上にチョコンと座っているウサギ。クルンと丸い瞳をした。
(ぼくの…?)
 幼かった頃に、こんなぬいぐるみを持っていた。ウサギのココちゃん。そういう名前。
 真っ白でフカフカ、抱き締めていたら幸せだった。柔らかくて温かかったココちゃん。お日様の匂いがしていたココちゃん。
 記憶の通りの姿だけれど。首についているピンクのリボンも同じだけれど。
(幼稚園の時ので…)
 いつかウサギになりたいと思っていた頃には、もうココちゃんが側にいた。ココちゃんのせいでウサギになりたいと思ったわけではないけれど。
 幼稚園にいた、元気一杯のウサギたち。それに憧れてウサギを目指した。生まれつき弱い身体は直ぐに熱を出したし、はしゃぎ過ぎたら寝込んだから。ウサギみたいに元気になりたい、と。
 ウサギの小屋を覗き込んでは、友達になろうと頑張っていた。友達になれば、ウサギになれると幼かった自分は信じていたから。
(…ウサギになってたら、ココちゃん、どうするつもりだったんだろう?)
 大切な友達だったココちゃん。病気で家から出られない日にも、ココちゃんは側にいてくれた。ベッドで寝ていた自分の側に。
 もしかしたら、生まれてすぐから一緒。それがココちゃん。



 鮮やかに蘇って来た記憶。ココちゃんと過ごした、幼かった日々。ココちゃんの隣に座り込んで絵本を何度も読んだし、おやつの時にも抱えて出掛けた。ぼくの友達、と。
 そのココちゃんが目の前にいるのだけれど。記憶のまんまのココちゃんだけれど。
(こんなに綺麗な筈がないよね…)
 フワフワでフカフカのぬいぐるみ。真っ白で、お日様の匂いもしそう。
 でも、ココちゃんの筈がない。学校に上がって人間の友達が増えていったら、遊ぶことを忘れてしまったココちゃん。いつの間にか部屋からいなくなっていた。消えたことにも気付かなかった。
 あんなに大事にしていたのに。いつも一緒で、大切な友達だったのに。
 ココちゃんが部屋から消えてしまってから流れた時間。幼稚園児だった自分は十四歳になって、学校も一つ上の学校。ココちゃんがいた頃に入った学校は、もう卒業してしまったから。
 最後に見たのはいつだったろうか、ウサギのココちゃん。
 かなり経つのだし、忘れていた間に傷んでしまったことだろう。フカフカだった毛皮は汚れて、きっと埃を被ってしまって。柔らかかった身体も、誰も抱かないから固くなって。
(でも、ココちゃん…?)
 何処から見たって、ココちゃんそっくりの真っ白なウサギのぬいぐるみ。顔を近付けてみたら、ふわりとお日様の匂いまでする。懐かしいココちゃんと同じ匂いが。
 けれど、ココちゃんはすっかり古くなった筈。残っていたって、きっと傷んでしまった筈。
 首のリボンも色褪せて。…こんなに綺麗なピンクではなくて。



 そうは思っても、ココちゃんにしか見えない真っ白なウサギ。
(…ママがそっくりのを買って来たとか…?)
 何処かで見付けて、懐かしくなって。多分、ココちゃんを買ってくれたのは母だから。
 なのに、新品だという気がしない。ココちゃんだとしか思えない。古くないのに、少しも傷んでいないのに。
(やっぱり、本物のココちゃんなの…?)
 どうなのだろう、と触っていたら。ココちゃんと同じ、とフカフカの毛皮を撫でていたら。
「あら、覚えてた?」
 懐かしいでしょう、と母がやって来た。おやつのケーキと紅茶を載せたトレイを持って。
 お皿やカップを並べてゆく母は、楽しげな顔に見えるから。ワクワクしているような顔だから、このぬいぐるみは、ひょっとしたら新品ではなくて…。
「…ココちゃんなの?」
 ママ、本物のココちゃんなの、これ?
 …凄く綺麗だけど、ホントにココちゃん…?
「そうよ、ブルーのココちゃんよ、これ」
 昔のままでしょ、フワフワのココちゃん。…ブルー、大好きだったものね。
 何をするのもココちゃんと一緒。本を読むのも、おやつを食べるのも、寝る時にだって。



 そのココちゃんが会いに来たのよ、と微笑んだ母。「ココちゃんはブルーに会いに来たの」と。
 探し物をしていた母が、袋の中から見付けたココちゃん。長い間、眠っていたぬいぐるみ。
 母は早速、綺麗に洗って、お日様でフカフカに乾かした。元の通りになるように。柔らかだったココちゃんが戻って来るように。
 くたびれていた首のリボンも、同じリボンを探して買った。元のリボンは…。
 「ほら、これよ」と棚から母が取って来たリボン。色褪せてしまったピンクのリボンがきちんと巻かれて、透明な小さな袋の中に。
「このリボンは外しちゃったけれども、大切に取っておかなくちゃね」
 だってそうでしょ、ブルーと一緒に大きくなったココちゃんのだから。…大事なリボン。
 ウサギのぬいぐるみは沢山いたけど、ブルーが選んだのがココちゃんだったの。
 …まだ小さくて、上手に喋れなかったけど…。この子がいい、って。リボンの色もね。
「ココちゃん…。ぼくが選んだの?」
「そうよ、名前もブルーがつけたの。ウサギはココちゃん、って」
 大好きだった絵本のウサギの名前がココちゃんだったからよ、きっと。赤ちゃん向けの本。
 ブルーのココちゃんはこの子だったの、元の絵本を忘れちゃっても。



 すっかり元の通りになったココちゃん。懐かしいウサギのぬいぐるみ。
 抱き締めてみたら、フカフカの身体。温かかったココちゃんが本当に帰って来たらしい。優しい感触を確かめていたら、母に訊かれた。
「ココちゃん、部屋に飾っておく?」
 元々はブルーの部屋にいたんだし、連れて帰ってあげることにする?
「んーと…」
 どうしようかな、と思ったけれど。今の自分なら、ココちゃんを忘れてしまったりせずに、埃を被らないよう綺麗に残しておけそうだけれど。
 問題は、訪ねて来るハーレイ。「あれはなんだ?」と訊くに決まっているハーレイ。
 そのハーレイに見られるのは、なんだか恥ずかしい。ココちゃんは大切だったのだけれど。
(ココちゃんがいないと寝られなかったし…)
 いつも一緒に遊んだ友達。絵本を読んだり、おやつを食べたり。…ぬいぐるみが友達、寝る時もギュッと抱き締めたまま。幼い子供ならではのこと。今の年では流石にやらないから…。



 やっぱりいいよ、と断ったココちゃん。自分の部屋には連れて行けない。
 きっとハーレイに笑われてしまって、顔が真っ赤になるだろうから。「子供じゃないから!」と叫んだとしても、「そうか、そうか」と大きな手で頭をクシャリとやられる。
 そうなることが見えているから、ココちゃんを部屋に連れて帰るのは諦めた。母が専用ケースを買ってくれたから、会いたくなったらいつでも会える。
 もう、物置には戻らないココちゃん。母が自分の部屋に飾ってくれるから。
(良かったね、ココちゃん…)
 見付けて貰えて、と心で話し掛けたココちゃん。「また会えたね」と。
 おやつの間は、テーブルに座ったココちゃんと一緒。久しぶりにココちゃんとおやつを食べた。母が焼いてくれた美味しいケーキと、ふんわり優しいミルクティー。
 ゆっくりのんびり味わった後は、「バイバイ」とココちゃんに手を振って部屋に帰った。
 「ハーレイが来るかもしれないから、片付けておいてね」と母に念を押して。ハーレイが来たら夕食を食べて帰るから。…ダイニングで。
 テーブルの上にココちゃんがいたら、文字通りに赤っ恥だから。
 父と母とが披露するだろう、幼かった自分とココちゃんの話。ココちゃんがいないと寝られない子だったとか、おやつの時にも一緒だったとか。



 ココちゃんと別れて戻った部屋。母はココちゃんをケースに入れているのだろうか。母の部屋に運んでゆくために。ココちゃんは母の部屋にも何度も出掛けていたけれど。
 幼かった頃には両親の部屋で眠っていたから、昼間も其処で遊んだりした。ココちゃんを大切に抱えて行って。
 そのココちゃんが最後にいたのは何処だったかな、と部屋を見回したけれど、分からなかった。棚の上だったか、あの頃はあった子供椅子の上に座っていたのか。
 覚えてないや、と勉強机の前に腰掛けて、頬杖をついた。ココちゃんは知らない勉強机。小さい頃には別の机で、下の学校の途中で机を買い替えたから。
(ココちゃん…)
 まさか今頃、再会するとは思わなかった。何年ぶりに会ったのだろうか、ウサギのココちゃん。
 けれど、本当に懐かしかった。子供の頃の記憶そのまま、母が洗ってくれたココちゃん。
 フワフワのフカフカの姿に戻って、ココちゃんが会いに来てくれた。幼かった頃の思い出を沢山持って。幾つも抱えて、大きくなった自分に会いに。
 大きいと言っても、前の自分には敵わないけれど。まだまだ背丈が足りないけれど。



(前のぼくにも、ココちゃん、いたかな…)
 ソルジャー・ブルーと呼ばれた自分。遠く遥かな時の彼方で生きていた自分。
 何も覚えてはいなかった。成人検査を受ける前のことは、子供時代の記憶は何も。思い出も夢も全て失くした、機械のせいで。…ミュウへと変化してしまったせいで。
 成人検査で消された上に、繰り返された人体実験。その衝撃で消えてしまった記憶。一つ残らず零れ落ちて消えて、欠片さえも覚えていなかった。
 お気に入りのオモチャも、両親の顔も。どんな家で暮らしていたのかも。
 だから記憶にココちゃんはいない。前の自分の記憶の中には。
(あの時代だと…)
 成人検査が消していた記憶。子供時代の記憶は消されて、塗り替えられるものだった。
 たとえ前の自分が成人検査をパスしたとしても、ぬいぐるみの記憶を持って教育ステーションに行くことは無理だっただろう。ぬいぐるみの記憶は、大人の社会では何の役にも立たないから。
 ぼんやりと姿がぼやけてしまって、漠然としたものになっていただろう、ぬいぐるみ。
 好きだったことは思い出せても、どんな姿のぬいぐるみだったかは思い出せない程度の記憶。
 そうやって少しずつ忘れてゆく。ぬいぐるみのことも、養父母のことも。
 当時の世界は、そうだった。機械が統治していた時代は。



 ブルッと肩を震わせたSD体制の時代。今は歴史上の出来事だけれど、前の自分は其処で確かに生きた。人の記憶が消される世界で、それ以上の記憶を消されながらも。
 懸命に生きたソルジャー・ブルー。過去を失くしても、子供時代の記憶の全てを失っても。
(ココちゃん…)
 前の自分もココちゃんと一緒に育っただろうか。ウサギではなくても、ココちゃんという名前でなくても、お気に入りだったぬいぐるみ。一緒に眠って、おやつも、本を読む時も一緒。
 子供ならではの小さな友達、それが自分にもいたのだろうか。ココちゃんのような友達が。
 前の自分は何が好きだったろうか、と考えたけれど分からない。ウサギが好きだったか、もっと違うものか、それさえも分かる筈がない。
 記憶は消されて、おまけに踏み躙られたから。あまりに過酷な人体実験、その繰り返しで頭から消えてしまったから。…前の自分の子供時代は。
(…ぬいぐるみを持ってたか、そうでないかも…)
 分かりはしないし、前の自分は手掛かりさえも掴めなかった。子供時代の記憶は、何も。
 それを思うと、今の自分は幸せすぎる。記憶は一つも消されていないし、自分が忘れてしまっただけ。新しいことや興味のあること、そういったものに夢中になって。
 記憶を仕舞っておくための引き出し、それが開かなくなっただけ。鍵の在り処を自分が忘れて。鍵穴もすっかり錆びてしまって。
 そんな具合に忘れていたって、ココちゃんに会えた。
 沢山の子供時代の思い出を抱えて運んで来てくれたココちゃん。すっかり忘れてしまった自分にココちゃんが会いに来てくれた。
 幼かった自分の記憶そのままの姿で、温かなお日様の匂いをさせて。



 思いがけなく会えたココちゃん。お蔭で開いた記憶の引き出し。失くした鍵がヒョッコリと姿を現して。錆び付いた引き出しを軽々と開けて、思い出が幾つも飛び出して来た。
 ココちゃんが抱えて来てくれた思い出。幼かった頃の自分の記憶。
(今の時代だからだよね…)
 機械が選んだ養父母ではなくて、血の繋がった本物の両親と暮らせる時代。だからココちゃんは物置に仕舞われていた。いつか大きくなった自分と出会う日のために。
 その日が来たなら、懐かしく思い出すだろうから。…もう要らない、と忘れていても。
 幼かった自分がココちゃんに見向きもしなくなっても、母は大切に取っておいてくれた。捨てる代わりに袋に入れて。…ココちゃんが思い出を運ぶ日のために。
(…前のぼくの時代だったら、絶対に無理…)
 十四歳になった子供は、二度と家には戻らないから。成人検査で行ってしまって、養父母たちとお別れだから。
 いずれ家からいなくなる子供、思い出の品など残すだけ無駄。残しておいても、いつかその子が成人検査の日を迎えたなら、ユニバーサルから職員が来て処分するから。不要なものだ、と。
 次の子供を育てるつもりの養父母の家に、前の子供の思い出は要らない。
 そういう時代に、ココちゃんのようなぬいぐるみが取っておかれることは無い。子供が飽きたらそれでおしまい、ゴミとして処分されたのだろう。…二度と出番は来ないのだから。



 もしも前の自分が、ココちゃんと一緒に育っていても。ぬいぐるみの友達と暮らしたとしても。前の自分が今の自分と同じに忘れてしまった途端に、養父母はそれを捨てただろう。物置の奥へと仕舞う代わりに、ゴミ袋に入れて。
 だから、前の自分は再会出来なかったココちゃん。…もし、ココちゃんがいたとしても。
 どう考えても無理だったよね、と時の彼方で生きた時代を思ったのだけれど。
(あれ…?)
 ふと引っ掛かった、誰かが喜んでいた記憶。それは嬉しそうに弾んでキラキラ輝く心。光の粉を振りまくかのように、はち切れそうな思念が弾ける。
 また会えた、と何かを抱き締めて。両腕で強く、もう離すまいと。
(ぬいぐるみ…?)
 曖昧でハッキリしないけれども、ぬいぐるみ。それを抱き締めていた幼い子供。そういう記憶。
 まるで幼かった頃の自分とココちゃんのように、ぬいぐるみの友達を持っていた子供。
 その友達との再会を喜び、はしゃいで弾けていた思念。
 シャングリラにぬいぐるみはあったけれども、それで遊んだ幼い子供たちは、今の自分と同じに忘れてしまった筈。そういう友達がいたことを。
 ぬいぐるみは次の子供が貰って、いつかくたびれて、役目を終えてしまった筈。懐かしむ子供がいたとしたって、あんなに喜ぶものだろうか?
 自分のぬいぐるみには違いなくても、次の子に譲ったぬいぐるみ。もう要らないから、と。
 そうして譲り渡した以上は、懐かしんでも「昔、遊んだ」という程度の筈で…。



 まさか、と追い掛けてみた記憶。ぬいぐるみであれほど喜ぶなんて、と。
 白いシャングリラで、「また会えた」とぬいぐるみを抱き締めて喜んだ子供。そんな子供が誰かいたろうかと、いったい誰が、と。
 けれど、記憶に残っている。遠く流れ去った時の彼方で、確かに誰かが…。
 誰だろう、と引き寄せた遠くおぼろげな記憶、ぬいぐるみと…。
(カリナ…!)
 あの子だった、と思い出した。後にトォニィの母になった子。SD体制始まって以来、初めての自然出産に挑んだ、勇敢なカリナ。
(…カリナが持ってたぬいぐるみ…)
 幼かったカリナにとってのココちゃんと言えるぬいぐるみ。それをカリナは失くしてしまった。白いシャングリラではなくて、アルテメシアで。
 何が原因でミュウと発覚したのだったか、ユニバーサルに通報されて処分される寸前、救出班の仲間がカリナを救って連れて来た。シャングリラへと。
 其処までは上手くいったのだけれど、救出の時にカリナが失くした大切なクマのぬいぐるみ。
 いつも一緒だったカリナのココちゃん、それをカリナは離してしまった。ユニバーサルの兵から必死に逃れる途中で、いつの間にか。
 シャングリラに着いたカリナがふと気が付いたら、ココちゃんは何処にもいなかった。小型艇の中にも、船の通路にも、格納庫にも。
 泣きながら探して貰ったけれども、クマのぬいぐるみは見付からなかった。ずっと一緒にいたというのに、逃げる時にもしっかり抱えていた筈なのに。



 ぬいぐるみを失くしてしまったカリナは、今の自分がココちゃんと一緒だった頃の年。誰よりも大切にしていた親友、それがカリナのクマのぬいぐるみ。
 ココちゃんという名前ではなかったけれども、カリナのココちゃん。眠るのも、おやつも、本を読むのも、クマのぬいぐるみと一緒だったカリナ。
 なのにカリナは失くしてしまった。ただでも養父母や暮らしていた世界を失くして心細いのに、大親友のぬいぐるみまで。
(カリナ、泣いてて…)
 毎日のように泣いて泣きじゃくって、前の自分にも届いた心。悲しみに濡れたカリナの思念。
 「あの子が、ミーナがいなくなった」と。いなくなってしまって、もう会えないと。
 ヒルマンが「諦めなさい」と教え諭しても、毎晩泣いていたカリナ。ベッドの中で声を殺して、心の中で。「ミーナがいない」と、涙を零して。



 最初の間は、前の自分も「いずれ忘れる」と思っていたのに、泣き止まなかった幼いカリナ。
 何日経っても、失くしてしまった友達を呼んでは、涙を零し続けたカリナ。ぬいぐるみなのに、生きた友達とは違うのに。
 そのせいだろうか、余計に気になったクマのぬいぐるみ。…カリナのココちゃん。
(リオに頼んで…)
 探し出して貰ったのだった。カリナの記憶にあるぬいぐるみと、救出の時に辿ったルート。船の中からサイオンで探して、在り処を見付けて、リオを派遣した。
 瞬間移動で拾い上げることも出来たのだけれど、それも訓練の内だから。リオにとっては経験を積むことになるから、「今度の任務はクマのぬいぐるみの救出だよ」と。
 リオは小型艇でシャングリラを離れ、首尾よく回収して来たけれど。…困り果てた顔で青の間に報告にやって来た。カリナの大切な友達を連れて。
「ソルジャー、仰った場所で見付かりました。でも、傷んで…」
 排水溝に落ちたままでしたし、泥まみれになってしまっています。あれから雨も降りましたし。
 …これではカリナが可哀相です、自分のせいだと思うでしょう。落としたせいだ、と。
「…確かに酷いね…。でも、この船には頼りになる仲間が大勢いるから」
 任せておけば元通りになるよ、きっと綺麗に。
 直るまではカリナに言っては駄目だよ、これを回収して来たことは。…また泣くだろうけれど、こんな風になってしまった友達を見て泣き叫ぶよりは、知らない方がいいからね。



 リオには口止めをして、報告だけをさせておいた。救出を担当している部門や、その関係者に。
 無事に回収出来たけれども、すっかり汚れて泥まみれになったクマのぬいぐるみ。こればかりはサイオンでも直せないから、服飾部門の者たちに頼もうと思っていたら。
「ぬいぐるみ、見付かったんだって?」
 リオに聞いたよ、と現れたブラウ。泥まみれになっちまっていたらしいね、と。
「…そうなんだ。服飾部門に頼めば直るだろうけれど…」
 こんなに酷く汚れてしまって、とリオに渡された袋を見せた。クマのぬいぐるみが入った透明な袋。その袋ごと、服飾部門に預けに行こうとしていたのに。
「ふうん…。ボロボロだけどさ、大丈夫、あたしが直してやるよ」
 エラと二人でやってみようって話になっているんだよ。…リオに話を聞いたからね。
「直すって…。君とエラとで出来るのかい?」
 服飾部門の仕事なんかとは無縁だろうに…。これは洗って縫い直さないと駄目なんだろうに。
「任しときなよ、裁縫の腕ならアンタとは比較にならないってね」
 エラだってそうだ、普段はやっていないってだけさ。…なあに、二人でやれば早いよ。洗って、ほどいて、また洗うってことになるんだろうけど…。大した手間ってわけでもないし。
 こういうのは心が大切なのさ、とウインクしたブラウ。服飾部門はプロだけれども、仕事として修理をするよりも心のこもった修理が一番、と。



 「あたしたちが直すから、再会の場は用意してやりな」とブラウが持って行ったぬいぐるみ。
 ほんの三日ほどで、ブラウとエラはやり遂げた。クマのぬいぐるみを洗ってほどいて、元通りに縫って、すっかり綺麗に仕上げて来た。「上手いもんだろ?」と。
 こうしてカリナが失くした大親友は、シャングリラの新しい乗員になった。…人間ではなくて、ぬいぐるみだけれど。小さな茶色いクマだったけれど。
(それで、ハーレイと…)
 相談して、再会の場を用意したのだった。カリナが親友にまた会えるように。
 居住区に幾つも鏤めてあった公園の一つ、其処に据えられたテーブルの上。クマのぬいぐるみをチョコンと置いて、ハーレイがカリナを近い所まで連れて行った。
 他の子供たちが一緒にいたなら、肝心の対面が台無しだから。「ちょっと貸してよ」と幾つもの手が、ぬいぐるみを横から奪うだろうから。
 ハーレイは「ちょっといいかな?」と何気ない風を装ってカリナを連れ出した。養育部門から、手を引いて。「カリナはいつも泣いているけれど、友達は何処にいるんだろうね」と。
 友達を探す手伝いなんだ、と話したハーレイ。「キャプテンなら力になれそうだから」と。
 この辺りで探そう、とハーレイはカリナと二手に分かれた。「私は向こうを探してみよう」と。
 キャプテンが一緒に探してくれる、とカリナは張り切って歩き始めて…。



(後は、誘導…)
 前の自分が、青の間から。思念でカリナに行き先を示し、そうと知らないカリナは自分の意志で道を選んでいるつもり。通路を進んで、例の公園に行き着いた。
 「入ってごらん」と促したから、カリナは真っ直ぐ公園に入って、キョロキョロ見回して。
 そして見付けた、テーブルの上に。ずっと探していた友達を。…茶色いクマのぬいぐるみを。
 また会えた、と駆け寄って抱き締めたカリナ。頬ずりして、泣いて、大喜びして。
 今の自分が一番最初に思い出したのが、其処だった。嬉しそうに弾けたカリナの思念。キラキラ光って、弾んで、零れて。
 「また会えた」とクマのぬいぐるみを強く抱き締めて、「ミーナ」と何度も呼んでいた名前。
 カリナのココちゃん、大親友だったクマのぬいぐるみのミーナ。
 もう会えないと泣き続けていた、カリナが大切にしていた友達。カリナはミーナを大切に抱え、別の方へと向かったハーレイを捕まえて笑顔で報告した。「見付かったわ!」と。
 やっと再会出来た友達、カリナが「いなくなった」と毎晩泣いていたクマのぬいぐるみ。感動の対面を果たしたカリナは、その友達を船中に披露して回っていた。
 「この子とずっと一緒だった」と、「私の一番の友達だったの」と。
 ぬいぐるみでも、それがカリナの友達。救出の時に失くしてしまって、悲しくて泣き続けていた友達。一番の友達を取り戻したカリナは、それからずっと一緒だった。友達のミーナと。



 ミーナを大事にしていたっけ、と思い浮かべた幼かったカリナ。何処に行くにもミーナと一緒。おやつも食事も、遊ぶ時にも。「ミーナも行こう!」と抱えてやって。
 可愛かったよね、と思う幼いカリナ。両腕でしっかりと抱き締めていたぬいぐるみ。赤ちゃんを抱くお母さんみたいだった、と微笑んだけれど。
(…お母さん、って…)
 カリナは本物の母親になったのだった。…ずっと後になって。SD体制の時代の最初の母親に。
 歴史の授業では、ジョミーの養母に憧れたのだと教わるけれど。前の自分も、ジョミーに母親のことを訊いていたカリナを覚えているけれど。
 それよりも前に、クマのミーナを抱いていたカリナ。赤ん坊を胸に抱く母親のように。
(…あれで、カリナはお母さんになった…?)
 もしかしたら、と思わないでもない。カリナには素質があったのかも、と。
 歴史に名前を残したカリナ。…一番最初の自然出産児、トォニィの母になった勇敢なカリナ。
 彼女の母性は、ジョミーに会うよりも、もっと前からあったのだろうか。
 カリナのココちゃんだったミーナを懸命に探して、やっと取り戻せたあの時から。



 考えるほどに、母親そのものに見えて来たカリナ。クマのミーナを抱いていたカリナ。
 やはり、あの時からカリナは母親だったのだろうか。ミーナは友達だったけれども、その友達はぬいぐるみだから。…大切に抱えて連れて行かないと、何処へも行けない友達だから。
(…そうなのかな…?)
 そうだったのかな、と考え込んでいたら、仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから。自分の考えを聞いて欲しくて、テーブルを挟んで向かい合うなり問い掛けた。
「あのね、ハーレイ…。カリナのぬいぐるみのこと、覚えてる?」
「はあ?」
 ぬいぐるみって…。カリナっていうのは、あのカリナだよな?
 トォニィの母親になったカリナしか、俺はカリナを知らないんだが…。ぬいぐるみだと?
「忘れちゃったかな、クマのぬいぐるみ。…名前はミーナ」
 救出の時に失くしてしまって、カリナがいつまでも泣き止まなくて…。
 可哀相だったから、ぼくがシャングリラから思念で探して、リオが拾いに出掛けてくれて。
 だけど泥だらけになっちゃってたから、ブラウとエラが直したんだよ。洗って、ほどいて、元の通りに縫い直して。…ぬいぐるみのミーナ、覚えていない…?
「ああ、あれなあ…!」
 いたっけな、そういうクマのぬいぐるみ。…俺が一緒に探すふりをして…。
 前のお前が誘導してって、公園で再会出来たんだった。うん、あのクマは確かにミーナだ。
 ぬいぐるみだったが、カリナの大切な友達だったんだよなあ…。



 ハーレイも思い出してくれたようだから、「それでね…」と話した今の自分の閃き。
「あのぬいぐるみ、カリナはずっと大事にしてたけど…」
 いつも一緒で、何処へ行く時も、抱っこして連れて行ったんだけど…。
 クマのミーナを抱いていたカリナ、お母さんみたいに見えたんだよ。とても小さな子供なのに。
 …カリナはジョミーの話を聞いたから、本物のお母さんになろうと思ったらしいけど…。
 ひょっとしたら、素質があったのかな、って思ったんだよ。ミーナを大事にしていた時から。
 ぬいぐるみのミーナを大切にしてて、失くしちゃったら泣いてたくらい。
 そんなカリナだから、トォニィのお母さんにもなれたのかな、って。
 ねえ、ハーレイはどう思う…?
「クマのミーナか…。ジョミーに出会うよりも前から、母親の素質があったってか…」
 その可能性も大いにあるなあ、言われてみればな。
 …救出の時に大切な物を失くした子供はけっこういたんだ、ぬいぐるみだとか、本だとか。
 しかし、どの子も諦めちまった。…まるで世界が変わったんだし、仕方ないと思ったんだろう。怖い目にも遭ったし、あれを取り戻すのはもう無理だ、とな。
 ところが、カリナは違ったわけで…。ソルジャーのお前が動くくらいに頑張ったわけで。
 失くしちまったぬいぐるみを慕い続けて、とうとう見事に取り戻しちまった。
 …そんな子供は、他にはいない。カリナだけだな、キャプテンの俺が言ってる以上は確かだぞ。
 それほどに大事にしてたってわけだ、あのぬいぐるみを。小さかったカリナは。
 三つ子の魂百までと言うしな、ずっと変わらずに母性ってヤツを持ってたのかもな…。
「そっか、三つ子の魂百まで…」
 そう言うんだものね、そうだったかもね…。
 クマのミーナを大切にしたなら、赤ちゃんだって同じだものね。…ミーナも赤ちゃんも、守ってあげなきゃ駄目だもの。
 カリナがミーナのことを諦めていたら、ミーナは泥に沈んだままだよ。…シャングリラには絶対来られなかったし、それっきりになっていたんだものね…。



 ミーナはカリナの友達だったけれど、自分では何処へも行けない友達。その友達を大切にして、失くしたことを悔やみ続けたカリナ。
 …自分のせいだと、きっと分かっていたのだろう。ミーナがいなくなったのは。
 もしもカリナがユニバーサルの兵に追われなかったら、手を離すことも無かった筈。しっかりとミーナを抱き締めたままで、自分の家に帰れたのだから。
 だからミーナを諦めようとしなかったカリナ。取り戻せないことを悲しみ続けたカリナ。
 前の自分は泣き続けるカリナが可哀相になって、クマのぬいぐるみを探したけれど。…見付けてリオに拾わせたけれど、そうしてカリナがミーナと再会出来たことが強い母性を育んだなら。
 そうだとしたなら、あのぬいぐるみを探した価値はあったどころか、凄すぎた。
 泥まみれだったクマのぬいぐるみ。あれを「心が大切だから」と綺麗に直したブラウとエラも、まさかぬいぐるみがトォニィの誕生に繋がったとは、思いもしなかったことだろう。
 ぬいぐるみと最初の自然出産児では、全く違いすぎるから。価値も、中身も。
 ぬいぐるみに命は入っていないし、赤ん坊と違ってお金で買える。…もっとも、ぬいぐるみも、子供にとってはお金で買えない友達だけれど。他のぬいぐるみでは駄目なのだけれど。
 カリナが諦めなかったように。…今の自分が「ココちゃんがいい」と選んだように。



 今の自分が長い長い時が流れ去った後に見付けた真実。カリナの母性の強さを示すエピソード。
 ハーレイは「ふうむ…」と腕組みをして何度も頷き、感心した様子で訊いて来た。
「凄いな、お前。…カリナとクマのぬいぐるみとは…。最初から母親向きだったとはな」
 俺も今まで気付かなかったが、お前、どうして気が付いたんだ?
 カリナのクマのぬいぐるみ。…あれがトォニィに結び付くっていう凄い閃き、何処で見付けた?
「えっとね、ココちゃんに会ったから…」
 それで色々考えたんだよ、あれはカリナのココちゃんだよね、って。
 ミーナだったけど、カリナのココちゃん。…そう考えていたら、閃いたんだよ。
「ココちゃん?」
 誰だ、そいつは?
 それこそ知らんが、お前の友達にココちゃんっていたか?
「え、えーっと…」
 ココちゃんはココちゃんで、ココちゃんなんだよ。
 ハーレイは会ったことが無いだろうけど、ココちゃんだってば…!



 母には「片付けておいてね」と頼んで来たというのに、自分で喋ってしまったココちゃん。
 しまった、と慌てて誤魔化したけれど、バレてしまってもかまわない。
 そんな気持ちにもなってくる。
 ハーレイと夕食に下りて行ったら、ダイニングのテーブルの上にウサギのココちゃん。
 それを前にして父と母とが、「これが無いと眠れない子だったんですよ」と話してしまっても。
 ハーレイが「ほほう…。これがココちゃんなのか」とニヤニヤしながら覗き込んでも。
(…だって、ココちゃんのお蔭で分かったんだもの…)
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分が探したカリナのぬいぐるみ。小さなミーナ。
 それがトォニィに繋がったことに、ハーレイと二人、今頃になって気が付いたから。
 あの時代の最初の自然出産児、そのトォニィを連れて来たのは小さなクマのミーナだから。
 だから、ココちゃんがバレたっていい。
 幼かった自分の大切な友達だったココちゃん。ぬいぐるみでも大事な友達だから。
 沢山の思い出を一杯に抱えて、会いに来てくれたココちゃんだから…。




           子供の友達・了

※ブルーの大切な友達だった、ぬいぐるみのココちゃん。再会したお蔭で、思い出したこと。
 時の彼方で、カリナが大事にしていた、ぬいぐるみ。カリナの母性は、ミーナが育んだかも。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv











(なんだか色々…)
 あるんだけれど、と小さなブルーが覗き込んだ新聞。学校から帰って、おやつの時間に。
 色とりどりの写真で飾られた、華やかな記事。プレゼントのためのラッピング特集。綺麗な紙やリボンで包まれた箱が幾つも、包み方を教えるための写真も。
 同じ箱でも、包み方が変われば雰囲気が変わる。リボンの色を変えただけでも、包み紙を別のにしただけでも。
 そのリボンだって、使い方が色々あるらしい。どういう風に箱にかけるか、どう結ぶのか。包み紙の方も、それは様々な包み方。わざと折り返して裏側の色も出してみるとか、色の違う紙を組み合わせるとか。
(リボン無しでも…)
 紙を複雑な形に折って飾りにしてある箱もある。襞を寄せたり、折り畳んだり。
 リボンにしたって、二種類使うとか、リボンの代わりに布製の紐をかけてみるとか、もう本当に何種類もある箱の飾り方。包む前の箱はシンプルなのに。模様すらついていないのに。
 しかも、どんなに凝った包みも、中身は同じ箱だというから驚いた。それが素敵に変身を遂げる包み紙やリボン。
 開けるだけでワクワクしそうな形や、心が躍るような包みや。
 中身の贈り物を取り出す前に、じっと眺めてみたくなる箱。リボンをほどくより前に。包み紙を開けてしまうよりも前に、中身は何かと、素敵な箱を。
 もしかしたら写真を撮るかもしれない、「こんなに綺麗な箱を貰った」と。リボンを解いたら、きっと元には戻せないから。芸術品みたいに折って畳んだ包み紙だって。



 凄い、と見詰めた特集記事。模様も無い箱が素晴らしい箱へと変身する魔法。ちょっとリボンに凝るだけで。包み紙や包み方にこだわるだけで。
(大切な人に…)
 心のこもったプレゼントを、という趣旨で編まれている記事。ラッピングだけで変わる雰囲気、世界に一つだけの包みを是非どうぞ、と。
 中身は同じものだとしたって、包み方は人それぞれだから。選ぶリボンも、包み紙の色も。
 贈る相手を思い浮かべながら、どう包むかを考えるのもいいらしい。自分らしさをアピールする包み方もお勧め、個性を出して。
 本当に世界にたった一つの贈り物。包み方だって、何種類だってあるのだから。
(いつかハーレイに…)
 こういうプレゼントをあげたいな、と膨らんだ夢。きっと喜んで貰えるだろう。開ける前から、包みを眺めて笑顔になってくれるだろう。「なんだか開けるのがもったいないな」と。
 記事に載っている写真のように、綺麗に包んで渡したら。リボンや包み紙で彩ったら。
(ぼくが自分で包んだんだよ、って…)
 開けてみてね、とハーレイに贈るプレゼント。どう包もうかと工夫して。リボンにも包み紙にも凝って、世界にたった一つだけの素敵な箱に仕上げて。
 きっと包む時からドキドキするのだろう。ハーレイの喜ぶ顔を思って、丁寧に紙に包んでゆく。皺にならないよう、きちんと折って。リボンもそうっと結んで、飾って。
 どれも綺麗、と何度も見詰めた写真たち。こんなプレゼントを贈りたいな、と。記事に出ている包み方の他にも、やり方は幾つもあるらしい。専門の本があるほどに。
 そういう本を借りてくるのもいいよね、と頭に叩き込んだラッピング特集。ハーレイに贈り物を渡す時には、これを活用しなくっちゃ、と。



 とても参考になった、と新聞を閉じて、部屋に帰って。勉強机の前に腰掛けて、さて、と考えた贈り物のチャンス。相手は当然、ハーレイだけれど。
(誕生日プレゼントは…)
 今年のはもう済んでしまった。夏休みの残りが三日しか無かった、八月の二十八日に。
 プレゼントは贈ったのだけれども、その時の箱は自分ではなくてハーレイが包んで貰って来た。買いに出掛けたのがハーレイだから。プレゼントの羽根ペンは少ししか買えなかったから。
(…高すぎたんだもの…)
 子供のお小遣いでは買えない値段だった羽根ペン。それでもプレゼントしたくて、悩んで。
 浮かない顔をしていた自分に、ハーレイが気付いて尋ねてくれた。「どうしたんだ?」と。
 お蔭でプレゼント出来た羽根ペン。ハーレイが自分用にと買うことになって、ほんの少しだけ、支払ったお金。「羽根ペン代」とハーレイに渡した、一ヶ月分のお小遣い。
 あの時は、どうしても羽根ペンをプレゼントしたかった。白い羽根がついた羽根ペンを。
 遠く遥かな時の彼方で、キャプテン・ハーレイが愛用していた羽根ペンそっくりのものを。その羽根ペンで、今のハーレイにも思い出を綴って欲しかったから。毎日の日記。
 ハーレイの日記はただの覚え書きで、今の自分と再会した日でさえ、「生徒の付き添いで病院に行った」としか書かれていないと聞いたけれども。
(それだけでも、ハーレイには充分なんだよ)
 文字を見たなら、ハーレイは思い出せるから。それを綴った日に何があったか。
 キャプテン・ハーレイの航宙日誌が、そういうものだとハーレイに聞いた。前のハーレイが羽根ペンで記した文字を見たなら、それの向こうに思い出が鮮やかに蘇るのだと。
 だから羽根ペンを贈りたくなった。今の自分との日々も、そのように綴って欲しいから。
 どうせだったら前と同じに、航宙日誌を書いていた頃さながらに羽根ペンの文字で。



 精一杯の贈り物だった、白い羽根ペン。お小遣いの一ヶ月分で頑張って買って、プレゼント。
 ハーレイが「買って来たぞ」と誕生日に持って来たのを、自分が受け取って贈り直した。自分の手で渡して、ちゃんとハーレイへのプレゼント。
 きちんと自分で贈れたのだし、心もこもっていたとは思う。ほんの一部しか買えなくても。
 でも…。
(あの羽根ペン…)
 ラッピングを変えれば、もっと素敵になったろう。さっき新聞で見たように。
 ハーレイが買って来るのは変わらないとしても、誕生日前に買いに行って、家まで届けて貰っていたら。何日か前に「これだ」と渡して貰っていたら…。
(ぼくが綺麗に包み直して…)
 ハーレイが来るのを待つことが出来た。誕生日の日に。
 羽根ペンはプレゼント用に包まれてリボンもかかっていたけれど、もっと素敵に。あの百貨店の包装紙やリボンは外してしまって、ラッピング特集で見たような凝った包み方に。
 そうしていたら、あれを売り場で包んで貰ったハーレイも驚くプレゼントに出来たことだろう。箱を見るなり「同じ物とは思えないな」と言ってくれそうな。
 きっと中身が分かっていたって、ハーレイは嬉しかったに違いない。まるで違った空気を纏った贈り物になっているのだから。ハーレイの記憶にあった包みとは、別の包みに。



 羽根ペンの箱を思い返して、ついた溜息。ただ受け取って、そのままハーレイに渡した自分。
 なんの工夫も凝らそうとせずに、百貨店の売り場の包みのままで。リボンも、それに包装紙も。
(失敗しちゃった…)
 ぼくって駄目だ、と頭を振った。あのままで渡してしまったなんて、と。
 どうして思い付かなかったのだろうか、羽根ペンの箱を自分で包み直すこと。ハーレイに早めに買って来て貰って、預けて貰えば出来たこと。すっかり違う包みにすること。
 ハーレイが「おっ?」と驚くような。「これがアレなのか?」と目を瞠るような素敵な包みに。
 ラッピングし直す程度だったら、お金だって…。
(お小遣いを全部使わなくても…)
 少しだけで足りていただろう。綺麗な紙を何枚か買えば、それで立派な包み紙。一枚だけでも、凝った折り方にすれば豪華になる。襞を寄せたり、畳んだりして。
 それにリボンや、シールとか。たったそれだけで変わった雰囲気。変身しただろう包み。
 羽根ペンの箱は生まれ変わったに違いない。ハーレイが初めて目にするものに。
 ほんの少しのお小遣いで買える、紙やリボンを使ったら。…それで綺麗に包み直したら。



(ぼくって、馬鹿だ…)
 つくづく馬鹿だ、と零れた溜息。贈り物のチャンスを逃したらしい。ハーレイのために、想いをこめて世界に一つだけの贈り物。自分のセンスで紙やリボンを選んで、素敵に包んで。
 とはいえ、仕方ないけれど。
 ラッピング特集に出会うタイミングが遅すぎた。知らない知識を使えはしないし、過ぎた時間は逆さに流れてくれないのだから。
 夏休みに戻ってやり直したくても、包み直せない羽根ペンの箱。
(だけど、ママが…)
 色々と包むのを何度も見ていたのが自分。「プレゼントにするの」と綺麗な紙で包み直したり、リボンをかけたり、様々な折に。
 家で焼いたケーキの箱も包むし、庭で咲いた花たちもリボンと紙とで花束。
 そんな調子だから、要は自分の心の問題。ラッピング特集に出会わなくても、母がお手本。家で何度も目にした光景、包み方一つで変わる雰囲気。
 自分もいつか、と思っていたなら、きっと覚えていただろう。心をこめて包み直したら、とても素敵になるのだと。
 自分らしい贈り物が出来ると、世界に一つだけのプレゼントの包みが出来上がるのだと。
(大失敗…)
 母というラッピングの名人がいたのに、まるで気付きもしなかった自分。羽根ペンの箱を預けて貰って、自分風に包めばいいことに。
 ハーレイが知っている包装紙とリボンを外してしまって、もっと素敵に出来たのに。ハーレイに似合いのプレゼントの箱を作り上げることも、自分らしい贈り物の箱に仕上げることも。
 お小遣いの一部で紙とリボンを買うだけで。…工夫を凝らして包み直すだけで。



 逃してしまった、贈り物のチャンス。ハーレイのためにプレゼントを選んで包むこと。
 次のチャンスは当分来ない。来年の夏の、ハーレイの次の誕生日までは。
(他にプレゼントをあげられる日は…)
 クリスマスかな、とも思ったけれど。クリスマスが近付くと、母がせっせとプレゼントを包んでいるのを見るのだけれど。
(…あれは大人同士…)
 親しい友人や、親戚などにと母が選んだ贈り物。母の所にもプレゼントが届いて、子供の自分は貰う方だった。サンタクロースならぬ、母の友人や親戚から。プレゼントの箱や袋なんかを。
 だからクリスマスは、贈るのではなくて貰うのだろう。もしもハーレイがくれるつもりなら。
 チビの自分は、ハーレイにプレゼントを贈る代わりに貰う方。「ありがとう」と。
 クリスマスは駄目だ、と他の機会を探してみても。
(…なんにもない…)
 まるで浮かばない、プレゼントの日。ハーレイに贈り物が出来る日。
 それどころか、自分の誕生日が来る。来年のハーレイの誕生日よりも前に。



 三月の一番最後の日が来たら、十五歳になる誕生日。誕生日プレゼントを貰える日。
 その日の主役はチビの自分で、プレゼントは当然、貰う方。決して贈る方ではない日。ハーレイだって何かくれるに違いない。この日ばかりは、消えない何かを。
 普段、ハーレイから貰えるものは食べ物ばかり。消えて無くなるものばかり。消えなかったのはフォトフレームだけ。夏休みの記念に二人で撮った写真を収めたフォトフレーム。
 他には何も無いのだけれども、誕生日となったら、きっと特別。
(ハーレイが凄いプレゼントを持って来ちゃったら…)
 嬉しくて大感激なのだろうけれど、自分の馬鹿さを思い知ることにもなりそうな感じ。誕生日のプレゼントにハーレイは心をこめてくれたのに、自分は全く駄目だった、と。
 お小遣いの一ヶ月分しか羽根ペンを贈れなかったから。
 その上、包み直しもしないで、そのまま渡してしまったから。
 ハーレイがくれる誕生日プレゼントは、どんなものでもハーレイが全部を自分で支払ったもの。一部だけしか買えなかった羽根ペンとは違う。
 それにハーレイは大人なのだし、ラッピングも知っているかもしれない。自分で包み直すことは無くても、誰かに頼んで素敵に仕上げて貰うだとか。
(…ハーレイのお母さんなら、得意そう…)
 しかもハーレイの母は自分がハーレイと結婚することを知っているから、張り切って包み直してくれそうだった。ハーレイがそれを頼んだならば。
 ハーレイが「これで頼みたい」と紙やリボンを持って行ったら、「こっちの方が良さそうよ」と別の紙やリボンを出して来て。…ひょっとしたら、わざわざ買いに出掛けて。
(きっと、そういうタイプだよね…)
 ハーレイの話を聞いているだけでも、人柄は分かるものだから。
 優しくて、とても温かな人。いつかハーレイと結婚する自分のためにと、心を砕いてくれる人。包み直しを頼まれたって、きっと素敵に仕上げるのだろう。ハーレイが頼んだ以上のものに。



 次の機会を捉えて巻き返す前に、敗北しそうなプレゼント。凄いプレゼントを貰ってしまって、嬉しいのと同時に悲しい気分。「ぼくのプレゼントは駄目だったのに」と。
 ラッピング特集にもっと早くに出会えていたら、と溜息はもう幾つ目なのか分からない。数える気にもなれないから。
 其処へ聞こえたチャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたけれど。またまた零れてしまった溜息、ハーレイに贈り損なったプレゼントが問題なのだから。
 ともすれば俯きそうになるから、ハーレイもどうやら気が付いたようで。
「なんだ、いつもの元気はどうした?」
 具合が悪いようではないが…。さっきから溜息ばかりだぞ、お前。
 メギドの夢でも見ちまったのか、と訊かれたから。
「ううん、ラッピング…」
「はあ?」
 ラッピングってなんだ、なんの話だ?
「…そのまんまだよ。失敗しちゃった、ハーレイの誕生日のプレゼント…」
 ホントのホントに大失敗…。ハーレイの誕生日、次は来年まで来ないのに…。
「誕生日って…。お前、羽根ペン、くれただろうが」
 ちょっぴり予算不足だったか知らんが、お前はきちんと俺にくれたぞ。俺が欲しかったものを。
 あの時、お前が買ってくれなきゃ、俺は未だに羽根ペンを持っていないだろうし…。
 第一、お前が俺に渡してくれたんだろうが、「誕生日おめでとう」って。
「そうだけど…。そうなんだけど…!」
 包み直すの、忘れたんだよ…。
 ハーレイが売り場で包んで貰ったままの羽根ペン、それを渡してしまったんだよ…!



 忘れたんじゃなくて知らなかったんだけど、と訴えた。チビの自分の馬鹿さ加減を。心をこめて贈りたいなら、あれは預かるべきだったと。
「…ハーレイに先に持って来て貰って、誕生日まで預かって…。その間に包み直すんだよ」
 どんな紙を使って包んだらいいか、どんなリボンを使おうか、って…。他にも色々。
 そしたら、世界に一つだけのプレゼントになったのに…。そういう包みを作れたのに。
 …今日の新聞にラッピング特集が載っていたから、今頃になって気が付いちゃった…。ぼくって馬鹿だ、って。包み直せば良かったのに、って。
 ラッピング特集を知らなくっても、ぼくにその気があったら出来ていたんだよ。…プレゼントを包み直すこと。
 ママが色々包んでいるから、ちゃんと見てたら、そういうやり方、分かったのに…。
「おいおい、落ち着け。…お前はまだまだチビだろうが」
 俺くらいの年の大人になったら、男でも気が付くヤツだっているが…。チビではなあ…。
 おませな女の子だったらともかく、男の子なんかはそんなもんだ。プレゼントってヤツは中身が大切、外側の包みはまるで気にしちゃいないってな。
 …お前、友達の誕生日祝いに凝った包みで持って行くのか?
 お前くらいの年頃だったら、菓子とか、オモチャって所だろうが…。それを包み直して。
「…ううん、やらないけど…」
 届けに出掛けて行くにしたって、お店の包みのままだけど…。
「ほらな、そういうのを貰ったことだって無いだろうが」
 友達ってヤツに限って言えばだ、凝った包みのプレゼント、貰っていないんじゃないか?
「うん。…貰っていたなら気が付くよ」
 ラッピング特集を見ていなくっても、包み直した方がいいよね、って。…素敵になるから。
「俺だって、そいつは貰ってないさ」
 ガキの頃には、一つもな。…今なら凝ったのを貰うこともあるが…。
 あれは俺の友達が包んでいるわけじゃないな、奥さんが好きでやってるんだろうな。



 学校でだって、とハーレイは笑う。
 たまに教え子からプレゼントを貰うこともあるけれど、男の子の場合は質実剛健、と。
「包み直すどころか、包みもしないでドンと渡されるなんぞは普通だな」
 他の友達にも配る途中、といった感じでデカイ袋から出して、「はい、先生の」と来たもんだ。旅の土産でも、沢山買ったら「小さな袋をつけますか?」って訊かれるのにな。
 そうするための袋だろ、って分かるのが入れてある袋から出しては配ってるヤツもいるってな。袋に入れずに、そのまま「はい」と。…後で袋に気付いて悩むといった所か、何の袋かと。
 女の子だったら、可愛い箱とか袋に入れて渡されることも多いんだが…。
 男となったら、ラッピングなんぞは最初から頭に無いもんだ。袋がついてても気付かんしな。
 お前も男なんだから、とハーレイは全く気にしていない様子だけれど。
 それでも少し悔しい気分。
「…そっちが普通かもしれないけれど…。ぼくの友達も、そうなんだけど…」
 ハーレイが言ってるようなことをやってる友達、確かに何人もいるんだけれど…。
 分かっているけど、もっと早くにラッピング特集、読みたかったよ。
 そしたら羽根ペンの箱を包み直して、ハーレイにプレゼント出来たのに…。
 ぼくからの誕生日プレゼントだよ、って素敵な箱を渡せたのに…。



 夏休み前にあの特集に出会いたかったな、と繰り返した。せめて夏休みの途中とか、と。
 羽根ペンの箱を包み直すことを思い付ける頃に、間に合って包み直せる頃に。
「…ハーレイの誕生日の一週間前でも良かったかも…」
 自分で紙やリボンを買いに行ってる暇は無かったかもしれないけれども、ママに頼めば…。
 ハーレイの誕生日のことはママも知ってたし、包み直したい、って言ったら、代わりに買い物に行ってくれたと思う。紙もリボンも。
 …それに、家にもあったかも…。ぼくが使いたいような紙やリボンが。
 包み方だって、ママが教えてくれたかも…。初めてでも失敗しないリボンの結び方とかを。
「…そんなに包み直したいのか、お前?」
 俺はあの箱で充分、嬉しかったんだが…。お前から羽根ペンを貰えただけでも、間違いなく人生最高の誕生日っていうヤツだったんだが。
 …それなのに、お前はあの箱を包み直したかった、と。あれでいいと俺が言ったって。
「今から時間が戻せるならね…」
 ハーレイの誕生日に間に合うトコまで、時間が戻ってくれるんなら…。
 紙やリボンを買いに行けなくても、家にある分で包み直せるだけの時間があるのなら。
 羽根ペンの箱を包み直したいよ、ママに習って。
 …ハーレイが買って来た箱をそのまま渡してしまうんじゃなくて、もっと素敵な包みにして。



 心をこめて贈りたかった、と項垂れた。せっかくのハーレイの誕生日だったのだから。
 それに、プレゼントしたかった羽根ペン。キャプテン・ハーレイの羽根ペンにそっくりのペン。同じ贈るのなら、自分らしく。…世界にたった一つしか無いプレゼントの箱で。
 羽根ペンの予算が足りなかった分は、自分の気持ちで補いたかった。お小遣いで買える値段の、紙やリボンを上手に使って。箱を綺麗に包み直して。
「ホントのホントにそうしたかったよ、羽根ペンのお金、殆どハーレイが出してくれたから…」
 ぼくはちょっぴりしか出してないから、その分、心をこめたかったよ。
 箱を包み直すための紙やリボンは、お小遣いで充分買えるから…。それで素敵になるんだから。元の包装紙とリボンもいいけど、ぼくらしい箱に出来たんだよ。
 買って来たハーレイだって知らない箱に。…初めて見る箱に変身してたら、ハーレイだって…。
 絶対、もっと嬉しい気持ちになったと思う。中身はおんなじ羽根ペンでも。
「それはまあ…。そうだったろうな」
 お前に箱を預けた時点で、包み直すんだとは分かっちゃいるが…。どういう風に包み直すのか、そこまでは俺にも分からないし。
 誕生日のお楽しみってヤツは増えただろうなあ、どんなプレゼントを貰えるのかと。
 遠足の前の子供みたいにワクワクし過ぎて、前の日の夜にはなかなか眠れなかったかもしれん。
「…やっぱり、そうでしょ?」
 貰える物が分かっていたって、包みが変われば気分が違うし…。
 ぼくだって、きっとそうなると思う。…どういう風に変身するのか、箱が気になって前の晩には寝られないんだよ。どうなるのかな、って。
 …そういうワクワク、ぼくはあげ損なっちゃったんだよ、ハーレイに…。
 ラッピング特集に今日まで会えなかったせいで。
 …ママがプレゼントを包んでいるトコ、興味津々で見ていなかったせいで…。



 本当に残念でたまらない上に、ハーレイにもプレゼントを開ける時の喜びを贈り損ねた。凝った包みに仕上げていたなら、「もったいなくて開けられないな」と言ってくれたかもしれないのに。
 それでも開けてくれただろうけれど、リボンも包み紙も、そうっと、そうっと。
 百貨店の包装紙とリボンだったら、そんなに丁寧には解かないだろうに。
 実際、あの羽根ペンの箱をハーレイは当たり前のように開けていたのだから。リボンを解いて、包装紙を剥がして、中身に早く出会いたいと。…けして乱暴な開け方ではなかったけれど。
「…ごめんね、ハーレイ…。ぼくがもうちょっと早く知ってれば…」
 包み直したら、うんと素敵になるってことを。…同じ箱でも変わるんだってことを。
 そしたら、ハーレイ、誕生日プレゼントを貰えるドキドキ、あったのにね…。
 前の晩には寝られないほど、ワクワクしながら待てたのにね…。どんな箱になるのか、ホントにドキドキ。…その箱、ハーレイは知らないんだから。
「いや、別に…。残念と言えば残念なんだが、いいんじゃないか?」
 さっきも言ってやった通りに、お前は男の子なんだから。…普通は気付かん。
 次に心をこめてくれれば、それで充分、俺は嬉しい。
 お前が俺のために、って考えてくれて、心をこめて包み直してくれるんだろう?
 まだまだチビで、小さなお前が。
 お前くらいの年のヤツらは、そんなトコまで全然考えていないのにな…?



 上の学校に行ってるヤツでも、まるで気付かん、とハーレイは断言してくれたけれど。
 自分の学生時代の経験からして、間違いないと言ってくれたけれども。
「でも…。その人たちは、ハーレイの友達っていうだけのことで…」
 ぼくとは違うよ、ぼくはハーレイの恋人なんだよ?
 前のぼくだった頃から、ずっと恋人。…その分、心をこめなくちゃ…。
 来年のハーレイの誕生日の時は、絶対、失敗しないから。…ぼくらしく包み直すから…!
 今度はぼくのお小遣いで買えるものだったとしても、ちゃんと綺麗に。
 お店で買ったままじゃなくって、包み紙もリボンも、包み方だって。…うんと素敵に。
 ママに教わるとか、本を借りるとか、練習もきちんとしておくから…!
「ふうむ…。お前は頑張りたい、と」
 だが、次も失敗したっていいぞ。俺は全く気にしやしないし、努力はほどほどにしておけば…。
 それに、そうだな…。失敗の方がいいかもしれんな。
 次だけと言わず、その次とかも。…失敗続きの方が良さそうだな、うん。
「失敗続きって…。なんで?」
 その方がいいって、どうして失敗の方がいいわけ?
 プレゼントは素敵な方がいいでしょ、羽根ペンの箱だって包み直してたらワクワクしたって…!
「…そうは言ったが、気が変わった」
 待てば待つほど値打ちが出るしな、心のこもったプレゼント。
 お前が失敗を続けていたって、そいつを貰える時を思ったら、最高だ。
 だからいいんだ、失敗続きのプレゼントでもな。…店で包んで貰ったままでも、俺はかまわん。



 心のこもったプレゼントが来る日を気長に待つさ、とハーレイが浮かべた穏やかな笑み。鳶色の瞳はとても嬉しそうで、きっと何かを待っている顔。…心のこもったプレゼントの何か。
 それが分かるから、訊いてみた。
「何か欲しいの?」
 ハーレイ、何か欲しい物があるの、ぼくから貰えそうなプレゼントで…?
 ぼくがハーレイにあげられそうなもので、楽しみにするだけの値打ちがあって…。
「…そんなトコだな。包み直して貰えるものに気が付いた」
 お前が心をこめて包み直してくれれば、グンと値打ちが出る物に。
 俺はそいつを待っているから、お前は遠慮なく失敗しておけ。包み直すのも、プレゼントも。
「待ってよ、ハーレイ! 気が付いたんでしょ、何か欲しい物に?」
 それ、あげるから、ぼくに教えて。…ちゃんと包み直してプレゼントするから、教えてよ。
 来年の誕生日まで待たなくっても、クリスマスだってあるし…。
 ぼくは子供だけど、クリスマス・プレゼントをあげちゃ駄目って決まりも無いだろうし。
 それをあげるよ、だから教えて。…ハーレイの欲しい物は何なの、何処で買えるの…?
「お前の気持ちは嬉しいが…。直ぐにでも欲しいくらいなんだが…」
 まだ早いんだ、お前がそいつを用意するには。…チビだからな」
「えっ…?」
 チビだと駄目なの、そのプレゼントは買いに行けないの…?
 ハーレイは凄く欲しいらしいのに、チビのぼくだと、そのプレゼントはあげられないわけ…?



 また高すぎる何かだろうか、と心でついた小さな溜息。チビの自分には買えない何か。
 ハーレイの誕生日にプレゼントしようと勇んで買いに出掛けて行ったら、駄目だった羽根ペンと似たような何か。子供のお小遣いでは買えない値段で、背伸びして買っても喜ばれないもの。
 きっとそうだ、と思ったけれど。…だからハーレイは自分が育って買える日が来るまで、それを待つのだと考えたけれど。
 ハーレイが欲しい物が何かは知りたい。前のハーレイの思い出の品か、今のハーレイならではの物か。それが知りたくてたまらないから。
「えーっと…。ハーレイが欲しい物って、どんな物なの?」
 ぼくが買うには高すぎる物だと思うけど…。何が欲しいのか、それだけは訊いておきたいな。
 何処に売ってる、なんていう物…?
「…生憎と、そいつは金では買えんな」
 お前が大きく育ったとしても、金を出しても買えないものだ。…俺が欲しい物は。
 いつかお前に心をこめて包み直して欲しい物はだ、店に行っても売ってないってな。
「…お金じゃ買えないって…。お店に行っても売っていないって…」
 そんな物、ぼくはどうしたらいいの?
 どうやって手に入れてプレゼントするの、ハーレイに…?
 心のこもったプレゼントはハーレイにあげたいけれども、その前に、それを手に入れないと…。
 包み直すことも出来やしないよ、だけど売られていないんだよね…?



 ハーレイが欲しいプレゼントは店では買えない物。お金を出しても買えない何か。
(もしかして…)
 無理難題というものだろうか、まるで童話か何かのように。お伽話の世界のように。ハーレイが欲しい何かを探しに、冒険の旅が必要だとか。
 ソルジャー・ブルーだった頃ならともかく、今の自分はサイオンも上手く扱えない始末。それに伝説の英雄でもないし、勇者でもないのに冒険の旅。今の自分に出来るのだろうか…?
「…ハーレイ、ぼくに期待をし過ぎていない…?」
 前のぼくなら、勇者みたいなものだから…。
 冒険の旅も出来るだろうし、ドラゴン退治も出来ると思う。…でも、今のぼくは出来ないよ?
 どんなにハーレイが期待してても、凄い宝物、探しに行けないと思うんだけど…。
 絶対に無理、と話を聞きもしないで降参したら。
「冒険って…。お前は黙って立っているだけでいいんだが?」
 ドラゴンを倒してくれとも言わんし、何かを探しに旅に出ろとも言わないが…。
 金で買えないのは間違いないし、お前でないと手に入れられないのも確かだなあ…。
「…ぼくでないと手に入れられない物って…」
 それに、お金で買えない物で。…だけど、冒険の旅は要らないなんて…。
 立っているだけで手に入るなんて、それって、いったい、どんなものなの?
 ハーレイが欲しいのは分かるけれども、ぼくは囮か何かなわけ…?
 ぼくを狙って何かが来るわけ、ぼくがチビではなくなったら…?



 何かとんでもない化け物相手の囮だろうか、と心配になってしまったけれど。ハーレイがそれを見事に倒して、化け物の宝を手に入れるのかと考えたけれど。
「おいおい…。なんだって俺が化け物退治をすることになるんだ」
 まあ、仕方ないがな、お前の頭は冒険の方に行っちまったし…。チビは想像力が豊かだし。
 …いいか、俺が欲しい物はお前だ、お前。
 お前を丸ごとくれるんだろうが、いつかお前がちゃんと大きく育ったら。
 綺麗にすっかり包み直して、とハーレイが片目を瞑ったウェディングドレス。そうでなければ、ハーレイの母も着たという白無垢。どちらも結婚式で花嫁が着る衣装。
 ハーレイが包み直して欲しい物は、前と同じに育った自分。花嫁衣装で包み直して、ハーレイに自分をプレゼント。
 確かにお金では買えない物だし、自分しか手に入れられない物だけれども…。
「…包み直すって…。それ、ぼくだったの…?」
 ハーレイが欲しい物はぼくで、ウェディングドレスで包み直すの…?
「最高だろうが、俺が貰えるプレゼントとしては」
 お前の心がこもっている上に、中身も素敵だ。…プレゼントはお前なんだから。
 ウェディングドレスでも白無垢でもいいぞ、綺麗に包み直してプレゼントしてくれ、お前をな。
 そのプレゼントを開けるのは俺だ、お前が本当に心をこめて包み直してくれたのを…な。
「えーっと…。そのプレゼント…」
 開けるってことは、もしかしなくても…。ラッピング、剥がしてしまうんだよね…?
「そうに決まっているだろう…!」
 長年、待って待たされたんだ。もちろんワクワクしながら開けるさ、紙もリボンも外してな。
 もう最高のプレゼントってヤツだ、まだまだ手には入らないがな…。



 だが、俺は楽しみに待っているんだ、と聞かされて真っ赤に染まってしまった頬。
 いつか大きく育った時には、花嫁衣装で自分を包み直してハーレイのためにプレゼントする。
 綺麗にラッピングしてプレゼントしたら、剥がされてしまう花嫁衣装という名の紙やリボンや。
 肝心なのは中身だから。…プレゼントは中身を出すものだから。
 それを思うと恥ずかしいけれど、耳まで真っ赤になりそうだけれど。
 ハーレイがそのプレゼントを欲しいと言うなら、包み直そう。
 前と同じに育った自分を、真っ白な花嫁のための衣装で。
 ハーレイにとって、最高のプレゼントになるように。
 精一杯の心と想いとをこめて、自分を丸ごとハーレイにプレゼントするために…。




          贈り物の包み・了

※ハーレイに誕生日のプレゼントを渡す前に、包み直せば良かった、と後悔するブルー。
 けれど、素敵に包んだ贈り物なら、渡せる日が必ず来るのです。自分を花嫁衣裳で包んで。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv











※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。




春うららかな今日この頃。ソルジャー夫妻と「ぶるぅ」を交えてのお花見三昧も、シャングリラ学園の新年度の行事も一段落して、今日は平和な土曜日です。会長さんの家でのんびり、場合によっては何処かへ出掛けてお花見も、といった感じで朝からダラダラ。
桜を見るなら、もうかなり北の方へ行かないと無理ですが…。それでも瞬間移動があるだけに、行くとなったらパッとお出掛け。桜だ、おやつだ、と話に花が咲いている中で。
「…そういえば、また馬鹿が捕まってたな…」
まだいるんだな、とキース君。
「馬鹿って何だよ?」
俺は知らねえぜ、とサム君が訊くと。
「今朝の新聞にチラッと載ってただけだからなあ、気付かなかったかもしれないが…」
大昔に流行ったタイプのヤツで、と嘆かわしそうに。
「女子中生だか、女子高生だかの下着を買った馬鹿がお縄になった」
「「「あー…」」」
分かった、と頷く私たち。その手の犯罪で捕まる馬鹿がまだいたんですか。…って言うより、今の時代も下着を売ろうって人がいますか、なんだってそんなの売るんだか…。
「なんでって…。そりゃあ、手軽に儲かるからで」
それしかないだろ、と会長さん。
「バイトするより早いからねえ、おまけに稼ぎの方もボロイし」
「…そういうもの?」
下着だよ、とジョミー君が訝りましたが、会長さんは。
「君たちには多分、分からないね。もっとも、ぼくだって買おうって神経は謎だけどさ」
女性には不自由していないし…、と出ました、シャングリラ・ジゴロ・ブルーな発言。
「女子高生の下着だったら、買わなくっても…。ううん、ぼくが買うのは新品の方で!」
そして贈るのが生き甲斐なのだ、とアヤシイ発言。
「これを着けたらどんな感じかな、と選ぶ時の楽しさがまた格別でねえ…!」
「あんたは黙って捕まっていろ!」
キース君が突っ込みましたが、会長さんは意にも介さずに。
「捕まるわけないだろ、自分の恋人を通報する女性なんかは有り得ないしね!」
紳士的に扱っていさえすれば、と言われれば、そう。じゃあ、キース君が言う捕まった馬鹿は…。
「ん? ああいうのはねえ、モテない上に欲求不満も溜まってます、って大馬鹿者だよ」
下着を贈る相手もいなければ、着けて見せても貰えないのだ、と何処ぞの馬鹿をバッサリと。会長さんほどモテていたなら、モテない男性の気持ちなんぞは鼻で笑うようなモノなんでしょうね…。



「まあね。モテない方が悪いんだよ、うん」
そういう馬鹿なら心当たりが無いこともない、と会長さん。
「あの馬鹿者が未だに捕まらないのは、ターゲットが限定されてるからだね」
「「「は?」」」
何処の馬鹿だ、と首を傾げた私たちですが。
「分からないかな、あまりにも身近すぎるかな? 学校に行けばもれなく生息してるけど?」
「「「学校?」」」
「そう! シャングリラ学園教頭、ウィリアム・ハーレイ!」
あれこそ究極の馬鹿というヤツで…、と会長さんは遠慮なく。
「まるでモテないくせに、諦めの方も悪くって…。ぼくを追い掛け続けて三百年以上、普通だったら何処かで捕まりそうだけど…」
「あんた、何度もそういう危機をお見舞いしてるだろうが!」
それこそ逮捕スレスレの…、とキース君から鋭い指摘。けれども、会長さんは「そうだったかなあ?」と涼しい顔で。
「少なくとも下着関連で通報したことはないよ、そもそも下着を売らないからね」
あんなヤツに売るような下着は持っていない、と冷たい台詞。
「ハーレイの方では勝手に買ったりしているけどさ…。ぼくに似合うかも、と買ってることもあるんだけどさ…」
普段は駄目だね、と一刀両断。
「モテ期に入れば買い漁ってることも珍しくない。そして一方的に贈って来るけど、普段はヘタレが先に立ってさ…。ガウンとかを買うのが限界だってね!」
それでも充分迷惑だけど…、とブツブツと。
「ぼくに似合うと思い込んだら、即、お買い上げ! コレクションは増える一方だしさ…」
「それを横から掠めて行くのが例の馬鹿だな」
誰とは言わんが、とキース君。
「そう、あの馬鹿! どういうわけだか、あの手のヤツが好きだからねえ…」
なんだかんだと貰うチャンスを狙っているね、と会長さん。
「相当な数をゲットしたんじゃないのかな? ガウンとかをさ」
「…だろうね、付き合い、長いもんね…」
それにしょっちゅうやって来るし、とジョミー君が大きな溜息。
「下着だってさ、チャンスがあったら貰うんだよ、きっと」
「貰うだろうねえ、ブルーならね」
どんな悪趣味な下着だろうが、と会長さんも同意でした。あの馬鹿、すなわち何処かのソルジャーのこと。教頭先生のコレクションから色々貰っていますよね?



何かと言えば教頭先生が集めたガウンとかを横取りしたがるのがソルジャー。貰うの専門、売る方では決してありません。ソルジャーが教頭先生に売り付けるものは、もっと怪しさ満載のもの。妙な写真だとか、もっとアヤシイものだとか…。
「そうだね、ブルーは下着は売りそうにないね」
もっと直接的に毟るね、と会長さんが頷いた所でユラリと部屋の空気が揺れて。
「こんにちはーっ!」
遊びに来たよ、と紫のマントのソルジャーが。
「ぶるぅ、ぼくにもおやつはあるかな?」
「かみお~ん♪ 今日は春の爽やかフルーツタルト! イチゴたっぷりだよ!」
待っててねー! と走って行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は直ぐにタルトを切って来ました。それにソルジャー好みの紅茶も。
「はい、どうぞ! ゆっくりしていってね!」
「ありがとう! もちろん、ゆっくりさせて貰うよ」
なんだか楽しそうな話だから…、とソルジャーはタルトにフォークを入れながら。
「えっと、下着を売るんだって? それってどういう商売なのかな?」
「…君はどの辺から聞いていたわけ?」
会長さんの嫌そうな顔に、ソルジャーは「最初から!」と悪びれもせずに。
「下着を買った馬鹿が捕まった、って所からだよ、ちょうど退屈してたから…。ぼくのハーレイ、今日も朝からブリッジだしね」
年中無休の職場だから、と毎度の愚痴が。
「土日くらいはゆっくり休めればいいんだけどねえ…。なかなかそうもいかないし…」
「特別休暇を取らせてるだろ、頻繁に!」
「そうでもしないと、ぼくがストレス溜まるんだよ!」
なにしろヤリたい盛りの新婚だしね、とか言ってますけど、新婚どころか結婚してから何年経っているんですか、というのが現実。バカップルだけに未だに熱々、充分、新婚で通りますが…。
「そうなんだよねえ、ぼくとしてはね、もう毎日がハネムーンでもいいくらいで!」
「君のシャングリラはどうなるんだい!?」
「…其処が問題なんだよねえ…」
みんなの命を預かってるだけに放置するわけにもいかなくて、と深い溜息。
「仕方ないから息抜きなんだよ、こっちの世界を覗き見とかね!」
でもって、こっちのハーレイにもちょっかいを…、とニコニコニコ。
「それで、どういう商売なわけ?」
その下着売り、と興味津々、もしかして売ろうとしてますか、下着?



「うーん…。売るかどうかは、どういうものかを聞いてからで…」
ぼくの魂に響くようなら売ってもいい、と言い出したからたまりません。
「売るだって!? 君の下着をハーレイに!?」
「そうだよ、ハーレイが喜んでくれるんならね! ボロ儲け出来る商売なんだろ?」
「お小遣いならノルディが山ほどくれてるだろう!」
「たまには自分で稼ぎたいじゃないか、お小遣いだって!」
シャングリラの基本は自給自足で…、とソルジャーは演説をブチかましました。最初の頃こそ海賊船のお世話になったり、人類側から奪いまくったりしたそうですけど、今では一部のものを除いて船の中だけで賄えるとか。
ゆえに自分のお小遣いなるものも自給自足で稼ぎたい、と理論が飛躍。楽して稼げてボロ儲けならばやってみたいと、楽しめるのなら是非やりたいと。
「ソルジャーたるもの、お小遣いを貰ってばかりではねえ…。稼げる時には自分で稼ぐ!」
「…真っ当な商売じゃないんだけどね?」
下着売りは…、と会長さん。警察のお世話になることも多いと、売った方にも買った方にもそれなりのペナルティーが来るものなのだ、と。
「いいかい、売ったとバレたら売り手は補導で、買った方も捕まっちゃうんだけどねえ?」
「それは通報する人がいるからだ、と君が自分で言ったじゃないか!」
こっちのハーレイはそういうケースに該当しない筈なんだけど、と会長さんの台詞を逆手に取られた格好です。会長さんは「うーん…」と唸って。
「確かに君なら補導されるなんてことは絶対に無いし、ハーレイが逮捕される方にも行かないだろうけど…。でも、下着だよ?」
それを売ることになるんだけれど、と会長さん。
「気味悪くないかい、ハーレイが君の下着を買って行くなんて!」
「…気味悪いって…。こっちのハーレイだって、ハーレイには違いないからね!」
下着を売るどころか脱がされたって問題無し! とソルジャーは胸を張りました。
「たとえ下着に手を突っ込まれようが、中身を触りまくられようが、いつでもオッケー!」
大歓迎だよ、とソルジャーならではの台詞が炸裂。
「そのままコトに及ぶのも良し、そうなったら、もうガンガンと!」
こっちのハーレイを味わうまでだ、と言ったのですけど、会長さんは。
「…それは下着を売ろうってヤツとはちょっと違うね」
「えっ?」
「下着だけを売って儲ける所が真髄なんだよ、あの商売のね」
それよりも先はついていないのがお約束だ、という話。あれってそういうものですか…?



未だに絶えない、女子中高生が下着を売るという商売。会長さんが言うには売り物は下着、その先はついていないのだそうで。
「そっちも売ろうという場合だったら別料金! ぼったくり価格! でもねえ…」
普通は下着を売って終わりだ、と会長さん。
「その場で脱いで売りますというのもあったけどねえ、それもそこまでなんだしねえ…」
「…その場で脱いで売るだって!?」
「うん。もちろん普通に売るよりも高いよ、そういうのはね」
「楽しいじゃないか!」
これはやってみる価値がある、とソルジャーは拳を握りました。
「最初は普通に下着を売るってトコから始めてエスカレート! 値段もグングン!」
「「「…え?」」」
「ハーレイに下着を売るんだよ! ぼくの下着を!」
そしてお小遣いをバンバン稼ごう! と、その気になってしまったソルジャー。
「…で、最初はどうやって売りに行くんだい?」
「その手の店を通さないなら、ハーレイと直接交渉かなあ…」
「買ってくれる? と行けばいいのかい?」
「そうじゃなくって、最初は買うかどうかの交渉からだね」
会わずに値段の交渉をするものなのだ、と会長さんも面白がっているようで。
「まずはハーレイに連絡だね。こういう下着を買いませんか、と写真をつけて」
「ぼくの写真も?」
「顔写真つきは値打ちが高いね、どんな人のか分かるからね」
「じゃあ、そうするよ!」
早速ハーレイに連絡しよう、とソルジャーが取り出した携帯端末。エロドクターに買って貰ったとかで、こっちの世界での待ち合わせなどに便利に使っているようです。
「えーっと、ハーレイのアドレスは…、と…」
サクサクと文面を打ち込んでますが、肝心の下着の写真の方は?
「ああ、それね! そっちは後からでいいんだよ!」
食い付いて来たら送るってコトで…、とソルジャーは送信してしまいました。「ぼくだけど」という凄い出だしで、「ぼくの下着を買わないかい?」と。
「これで良し、っと…!」
「…君のアドレス、ハーレイは知ってたんだっけ?」
「たまに送っているからね!」
言われてみれば、そうでした。ソルジャーが携帯端末をゲットして以来、たまに送っていましたっけね、とんでもない中身が詰まったのを…。



アヤシイ文章が発信されて、暫く経って。「来た!」とソルジャーが携帯端末を。
「よし、釣れた! 買うってさ!」
ほらね、と見せられた文面には「喜んで!」の文字。値段も品物も分からないのに、教頭先生、即決ですか…。
「そりゃあ、これを見て買わなかったらハーレイじゃないと思うけど? えーっと…」
今度は写真が要るんだっけね、とソルジャーは周りを見回して。
「…脱いでもいいかな?」
「私服に着替えるだけなら許すけれども、下着だったらお断りだよ!」
そういう着替えはゲストルームでやってくれ、と会長さん。
「迷惑なんだよ、君の下着の撮影会なんて!」
「…下着と言っても、種類は色々あるからねえ…」
これも下着で、とソルジャーが袖を指差しました。ソルジャーの正装の袖の部分を。
「「「は?」」」
それって服とは言いませんかね、どう見ても服だと思うんですけど…。
「ううん、立派に下着ってね! ぼくの場合に限定だけど!」
それにぼくのハーレイもそのクチかな、と黒い衣装を示すソルジャー。
「キャプテンの制服の下にはコレを着てるってコト、知ってるだろう? ぼくも同じで!」
上着とマントを着けない間は下着と同じ扱いなのだ、と身体にフィットした黒いアンダーウェアをソルジャーは下着扱いで。
「売るんだったら、まずはコレから! 最初はコレだよ!」
「…それって詐欺と言わないかい?」
会長さんが訊きましたけれど。
「平気だってば、ちゃんと写真はつけるから! ついでに次のお誘いも!」
「「「お誘い?」」」
「また買ってくれますか、って書いておくんだよ!」
そうすればアンダーウェアでも売れるであろう、と悪辣な考え。いずれは本物の下着が買えると食い付いてくると、ハーレイならばそうなる筈だ、と。
「だからね、アンダーウェアを脱いで写真を撮りたいんだけど…」
「今、着てるソレを売り飛ばすわけ?」
「まさか! 安売りはしないよ、そこまではね」
渡す商品は新品のアンダーウェアなのだ、とソルジャーは威張り返りました。脱いだヤツの写真を撮って送って、現物は違うものなんだ、と。



ひでえ、と声を上げた人は誰だったのか。ソルジャーはサイオンで一瞬の内に私服に着替えて、ウキウキとアンダーウェアを絨毯の上に広げました。
「うん、どう見たって脱ぎたてだっていう感じだよね!」
袖を通す前のとは一味違う、と携帯端末で写真を撮影、それから「ちょっとお願い」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に頼んで自分の顔写真も。
「商売道具は揃った、と…。はい、送信!」
こんな値段を付けてみたよ、と見せられた文面のゼロの数は強烈なものでした。アンダーウェアをその値段で売るのか、と絶句しましたが、ソルジャーは平然とした顔で。
「この服、けっこう高いんだけどね? いわゆる原価が」
開発費も相当かかっているし…、と会長さんの方に視線を。
「この値段でもおかしくないよね、君なら分かってくれるだろう?」
「うーん…。妥当なトコって感じだねえ…。ハーレイだって納得だと思うよ、キャプテンをやっているんだからね」
とはいえ、こういう値段では…、と会長さん。
「これを言い値で買ってしまったら、後が無さそうだと思うんだけどね?」
「何を言うかな、こっちのハーレイ、ガッツリ貯め込んでいるんだろう? 君との結婚生活に備えて、キャプテンの給料をしっかりと!」
「そりゃそうだけどさ…。でもねえ…」
ハーレイだって馬鹿じゃないし、と会長さんが頭を振り振り言った所へ着信音が。ソルジャーは携帯端末を眺めて「やった!」と歓声。
「買ってくれるってさ、この値段で! 今後もよろしく、って!」
「「「うわあ…」」」
買っちゃうんですか、教頭先生? あのとてつもないお値段がついたアンダーウェアを…。
「買わないわけがないだろう! 相手はこっちのハーレイだよ?」
日頃からブルーに不自由しまくり、とソルジャーは宙にアンダーウェアを取り出しました。きちんと畳まれたいわゆる新品、自分の世界から空間移動で運んで来たに決まっています。
「それじゃ、今から売ってくるから!」
「もう行くのかい?」
「お待ちしてます、って書いてあるしね!」
金庫に現金があったのだろう、とソルジャーはいそいそと出掛ける用意を。「そるじゃぁ・ぶるぅ」に貰った紙袋にアンダーウェアを突っ込み、「行って来まーす!」と姿が消えましたが、その直前に言葉を残してゆきました。「生中継で楽しんでね!」と。



「…中継ねえ…」
仕方ないか、と会長さんが指をパチンと鳴らして、壁に中継画面が出現。ソルジャーが教頭先生の家のチャイムを鳴らしています。ドアがガチャリと開き、教頭先生が現れて。
「これはようこそ…! 早速来て下さったのですか?」
「もちろんさ! こういったことは急いだ方が君も嬉しいだろう?」
「え、ええ…。まあ、そういうことになりますね」
お入り下さい、と教頭先生はソルジャーを招き入れると、リビングで紅茶とクッキーのおもてなしを。お昼御飯に出前でも…、とも仰いましたが。
「ああ、昼御飯はいいんだよ! ブルーの家で御馳走になるから!」
食べに来るのかい! と言いたい気分ですけど、ソルジャーが来た時点でそれは決まっていたようなもの。「そるじゃぁ・ぶるぅ」もそのつもりで用意をしてますし…。
中継画面の向こうのソルジャーは、「それより、商売!」とアンダーウェア入りの紙袋を教頭先生の前に押し出すと。
「…買ってくれるんだよねえ、これ?」
「はい! 是非とも買わせて頂きたいと…!」
「じゃあ、どうぞ」
恥ずかしいから後で開けて、とソルジャーが心にも無い台詞を。それにアッサリと引っ掛かるのが教頭先生、「そ、そうですね!」と大きく頷き、「では…」と札束を出しました。
「仰ったとおりの金額を用意しましたが…」
「そうみたいだねえ? ぼくとしてはね、これからも末永いお付き合いをね…」
あくまで商売なんだけどね、とソルジャーが念を押しましたけれど。
「商売でも私は嬉しいですよ!」
こういう素敵な商売でしたら、これからも是非…、と教頭先生はペコペコと。
「いつでも買わせて頂きます! お気が向かれましたら、どうか私に連絡を!」
ノルディではなくて…、と頼む教頭先生、それなりに頭は回るようです。エロドクターよりも先に自分が買おうと、ゲットするのだと。
「頼もしいねえ、次もお願いしたいものだね」
「ええ、喜んで買わせて頂きますとも!」
出来れば本物の下着がいいのですが…、とヘタレとも思えぬ言葉が飛び出し、ソルジャーが。
「オッケー、本物の下着も希望、と。覚えておくよ」
「お願いします!」
どうぞよろしく、と土下座せんばかりの教頭先生に「じゃあね」と手を振り、ソルジャーは戻って来てしまいました。「お昼御飯は!?」と瞬間移動で…。



お昼御飯は鮭と春野菜のクリームパスタ。ソルジャーの帰りに合わせて出来上がりましたが、私たちの前には相変わらず中継画面があって、その向こうでは。
「うーむ…」
どうも脱ぎたてには見えないのだが、とアンダーウェアを見詰める教頭先生。腕組みをしてお悩み中です、かれこれ半時間は経っているかと思うんですけど…。
「ハーレイもなかなか諦めが悪いねえ…」
騙されたと思いたくないんだねえ、とソルジャーがパスタを頬張り、会長さんが。
「あれだけの値段を払っちゃうとね、認めたくないのが普通だろうと…。脱ぎたてだと信じたくなると思うよ、ヘタレでもね」
「やっぱりそう? でもさ、脱ぎたてかどうか確認するなら、見てるだけより…」
匂いで確認すればいいのに、とソルジャーのサイオンがキラッと光って。
「そうか、匂いという手があったか!」
画面の向こうの教頭先生、アンダーウェアを手に取りました。顔を押し付け、クンクンクン。
「うーむ、やっぱり…」
騙されたのか、とガックリですけど、ソルジャー、今のは?
「あれかい? ハーレイの意識に干渉をね。匂いが一番、と!」
でもって次に打つ手は、と…、とパスタをパクパク、「中継画面はもういいよ」と会長さんに合図をして。
「どうしようかな、次に売るなら本物の下着なんだけど…」
「使用済みはやめてくれたまえ!」
またハーレイがアレで確認しそうだから、と震え上がっている会長さん。たとえソルジャーの匂いであっても、自分と同じ姿形の人間のパンツをハーレイにクンクンされたら嫌だと、それだけは御免蒙りたいと。
「えっ、でもねえ…。ボロ儲けするには、いずれはねえ…」
そういうサービスも付けなくっちゃ、とソルジャーは聞いていませんでした。
「今日の所は普通に売ろうと思うんだ、パンツ」
「「「…パンツ…」」」
「そう、パンツ! ごく普通のを一枚ね!」
あのアンダーウェアの下にはこんなパンツ、と宙に取り出された白いパンツ。ソルジャーはそれを両手で広げて「どう?」と披露し。
「アウターに響かないよう、生地は極薄、だけど強度の方はしっかり!」
見た目は平凡なパンツだけどねえ…、と写真撮影をしているソルジャー。食事中からソルジャーのパンツを拝まされるなんて、いくら新品でもなんだかねえ…?



「食事中だと、どうかしたのかい? 分かってないねえ、ぼくの下着の値打ちってヤツが!」
このパンツでドカンと稼ぐのだ、とソルジャーはパンツをダイニングの床に置いたまま、教頭先生宛の文章を携帯端末に入力中で。
「先に食べるか、パンツを仕舞うか、どっちかにしたまえ!」
君はデリカシーに欠けている、と会長さんが怒鳴りましたが、ソルジャーが従う筈などなくて。
「うん、こんな感じで送信、っと…!」
パンツの写真は送っておいた、と食事に復帰。パンツを仕舞う方には行かない所が流石です。私たちの神経なんぞはどうなろうが知ったことではないと…?
「当然だよ! 商売第一!」
それに下着を売るという話は元々は君たちがやってたことで…、と反省の色もありません。そのソルジャーが「御馳走様!」とパスタを食べ終え、私たちも食後の飲み物を手にしてリビングへ移動しようか、というタイミングで「来た!」と響いた叫び声。
「やったね、パンツも売れそうだよ!」
こんな値段で、とソルジャーが見せた携帯端末に表示された数字。アンダーウェアにも負けない価格どころか、上乗せされていませんか?
「当たり前じゃないか、パンツもソルジャー仕様なんだよ! 高いんだよ、原価も開発費も!」
ねえ? と視線を向けられた会長さんが「うーん…」と呻いて。
「確かに普通のパンツよりかは高いけどねえ、アンダーウェアより安い筈だよ?」
「そうだけど…。でも、パンツだしね?」
本当に本物の下着な分だけお高くなるのだ、とソルジャーも譲りませんでした。下着を売るという商売自体がそういうものだろうと、そう教わったと。
「安く買ったパンツでもプレミアがつくのが女子中高生の下着なんだろ、だったら、ぼくのも!」
ハーレイにとっては超プレミア! と主張されれば、それはそうかも。教頭先生、世間一般で売られるであろう下着なんぞには全く興味が無いのでしょうし…。
「ね? だからプレミアをつけていいんだ、ちょっとパンツを売りに行ってくるよ!」
紙袋はある? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に訊いているソルジャー。また行くんですか?
「決まってるじゃないか、商談は早い方がいいってね!」
そしてバンバン稼ぐのだ、と言われて嫌な予感が。パンツだけでは済まないとか…?
「どうなのかなあ? ぼくの頭の中にはプランが一杯、とりあえずパンツ! 売りに行くから、中継よろしく!」
ハーレイがカモにされる所を高みの見物で楽しんでいて、とソルジャーはパンツを小さな紙袋に突っ込んでいます。高みの見物で済むんだったらまだマシですかね、下着売り…。



ソルジャーの姿が瞬間移動で消えると、会長さんが中継画面を出してくれました。ソルジャーの言葉に従わないと怖いから、というのもありますけれども、私たちだって気にならないわけじゃないですし…。ソルジャーはまたしても玄関先でチャイムを鳴らして、ドアが開いて。
「ようこそお越し下さいました」
どうぞ、と歓迎モードの教頭先生。ソルジャーをリビングに通すと紅茶とクッキー、甘い物が苦手なだけにケーキとはいかないみたいです。ソルジャーは紅茶を一口味わってから。
「持って来たよ、パンツ。今度も買ってくれるんだってね?」
「ええ、ノルディには譲れません!」
どうか私に売って下さい、とドンと札束、とソルジャーが数えて、紙袋を「はい」と。
「ありがとう。はい、これがぼくのパンツ。恥ずかしいから、後で開けてよ?」
「…それについては、かまわないのですが…。そのぅ…」
言いにくそうにしている教頭先生。
「どうかしたわけ?」
「…そのですね…。先に頂いたアンダーウェアですが、そのぅ…。あのぅ…」
「ぼくの匂いがしなかったって?」
「は、はいっ!」
教頭先生は茹でダコかトマトみたいに真っ赤になって。
「…ぬ、脱ぎたてだと伺ったのですが、そのぅ…。嗅いでみましたら、あのぅ…」
「うんうん、君にしては頑張ったじゃないか、ぼくのアンダーウェアの匂いを嗅ぐなんてね!」
確かめたいならそれに限るよ、とソルジャーは笑顔。
「残念だけどさ、たったあれだけの値段で脱ぎたてアンダーウェアっていうのはねえ…。ぼくも自分を安売りしたくはないからね?」
「で、では、あれは…!」
「一度も袖を通してないヤツ!」
「…や、やっぱり…」
ガックリと肩を落としている教頭先生の顔には落胆の色がありありと。脱ぎたて下着に大金を払ったと信じていたのに、新品のアンダーウェアではそうなるでしょう。けれど、ソルジャーはパンツ入りの紙袋を前へと押し出しながら。
「あのアンダーウェアはそうだったけどね、今度のパンツはどうだと思う?」
「…脱ぎたてですか!?」
「さあねえ、自分で確かめてみれば?」
もう君の物だし、と紙袋を渡すと、札束を掴んで「じゃあね」と瞬間移動でトンズラ。教頭先生、例のパンツも匂いで確かめるつもりでしょうか?



ソルジャーが戻って、私たちの方も本当だったらティータイムですが、中継画面の教頭先生が問題です。パンツを取り出すに決まってますから、お茶の時間は後にしないと…。
「失礼だねえ、君たちは!」
ぼくのパンツには価値があるのに、とソルジャー、プリプリ。持って帰って来た札束を見れば価値は充分に分かりますけど、お茶を飲みながら見たいものではありません。だから後だ、と言っている間に、教頭先生は袋からパンツを取り出して。
「…履いたようには見えないのだが…。だが、しかし…」
あの素材は皺が出来にくいのだったな、とキャプテンならではの発言が。ソルジャーの衣装の素材についても把握なさっているようです。会長さんが肩をブルッと震わせると。
「…ぼくのパンツを評されてるような気がするんだけど…!」
「いいじゃないか、お揃いのパンツなんだし」
ぼくのも君のもそっくり同じ、とソルジャーが自分の顔を指差して。
「同じ身体なら、サイズも同じ! ついでにあのパンツは素材も同じ!」
「だから嫌なんだよ! 頼むから確認するのだけは…!」
やめてほしい、と会長さんが叫び終わらない内に、教頭先生がパンツに鼻を近づけてクン、と。更にクンクン、何度か嗅いで。
「…ブルーの匂いはするのだが…。微かだし…」
手に持った時の匂いだろうか、との呟きにソルジャーが「当たり!」と親指をグッと。
「ハーレイの鼻も大したものだね、ダテに大きくないってね!」
「…君はそれでもいいんだろうけど…!」
ぼくは貧血で倒れそうだ、と会長さん。ハーレイにパンツの匂いを嗅がれたと、クンクンされてしまったと。
「どうしてくれるのさ、もう履けないよ、あのパンツ!」
「あれを履こうってわけじゃないから気にしない! それが一番!」
パンツが別物なら無問題! とソルジャーは高らかに言い放ちました。教頭先生が匂いを嗅いだパンツはもう教頭先生の私物で、コレクション。会長さんのクローゼットに入ってしまうことだけは絶対に無いと、安全、安心のパンツなのだ、と。
「ハーレイには君にあのパンツを履かせる度胸は無いしね、君は履かなくても済むんだから!」
「…それはそうだけど…。でも、デザインが…」
「ガタガタ言わないでくれるかな? ぼくはまだ商売するんだからね!」
下着でガッポリ儲けるのだ、とソルジャーはまだまだ稼ぐつもりで。
「次は脱ぎたてサービスなんだよ、本物の脱ぎたて!」
「それは駄目だと!!」
やらないでくれ、と絶叫している会長さん。使用済みも脱ぎたても絶対嫌だと、そんな商売をしないでくれ、と。



「そもそも、ハーレイ、ヘタレだから! そんな商売、成り立たないから!」
脱ぎたてなんかをやろうものなら鼻血で倒れてそれっきりだ、と会長さんは指摘しましたが。
「うん、その場で脱ぐのは相当先になるだろうねえ…」
「「「は?」」」
「現時点では普通に脱ぎたて、いわゆる使用済みのパンツというのを売るんだよ!」
「やめて欲しいんだけど!」
今度こそハーレイがクンクンと…、と会長さんは青ざめましたが、ソルジャーは「ぼくの商売に口を出すな」と怖い顔。売ると言ったら売ってやるのだと、濡れ手で粟の商売なのだと。
「文字通り、濡れ手で粟なんだよ! ぼくにとっては!」
「君はそうかもしれないけれどね、ぼくには濡れ手で粟どころか…!」
もう死にたくなる気分だけれど、と会長さんが嘆くと、ソルジャーは。
「んーと…。君が着けるとは思えない下着を売りに行っても?」
「…え?」
「セクシーランジェリーっていう部類のだよ、例えばこんなの!」
イメージでどうぞ! とソルジャーがパチンと指を鳴らすと浮かんだ幻、首輪からパンツまでがセットで一体型になっている下着。どう見ても女性用ですが…。
「女性用だよ、だけどたまには着てみたいってね! ぼくだって!」
でも君の方はどうだろう、と会長さんに赤い瞳が向けられ、会長さんは首を左右にブンブンと。
「ぼくは間違っても着たくないから!」
「ほらね、だったらいいじゃないか! こういう下着を売るんだから!」
使用済みで…、とソルジャーはニコリ。
「こっちのハーレイに買って貰って、持って帰って、ぼくのハーレイの前で着て見せて…。それから楽しくコトに及んで、下着の方は後で売り飛ばす!」
「ちょ、ちょっと…!」
本気なのか、と会長さんの声が震えましたが、ソルジャーの方は。
「もちろん、本気! こっちのハーレイ好みの下着を色々ゲットのチャンスだってね!」
ぼくの世界では買えない下着がこっちの世界にはドッサリ山ほど、と御機嫌で。
「しかもハーレイ、普段から妄想逞しいんだし…。こういう下着をぼくに贈れば使用済みになって返って来るんだよ、買わない筈がないってね!」
もう狂ったように買うに違いない、とソルジャーは決めてかかっていました。教頭先生ならば絶対に買うと、この話に乗ってくれる筈だと。そして…。



「やったね、ハーレイ、オッケーしてくれたってね!」
もう今夜にはドカンと手に入るのだ、と上機嫌のソルジャーが瞬間移動でお戻りに。会長さんは討ち死にモードでしたから、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に中継して貰ったわけですが…。
早い話が教頭先生はソルジャーの提案に二つ返事で、セクシーランジェリーの買い出しに行こうと準備中。車で行くのが一番だろうか、それとも公共の交通機関で…、と。
「この商売は儲かるよ? この先もどんどん展開できるし!」
「…それは良かったな…」
ブルーは死んでいるんだがな、とキース君が顔を顰めましたが、ソルジャーは。
「その内、復活するってば! ぼくが荒稼ぎを始めたら!」
ぼくだけに儲けさせておくような玉じゃないし、と言われてみれば、そういう人かもしれません。ソルジャーの一人勝ち状態で札束乱舞ということになれば、寄越せと復活して来るかも…。
「そんな感じだよ、儲けを半分寄越せと怒鳴るか、自分も参戦して来るか…。どっちかだね」
でもって、ぼくの商売は…、とソルジャーはプランを語り始めました。
「ハーレイは鼻血体質だからね、最初の間は脱ぎたての下着だけを売ろうと思うんだよ」
元はこっちのハーレイが買った下着だけどね、と悪魔の微笑み。それを自分が着たということでプレミアがつくと、脱ぎたてに値段がつくのだと。
「…あんた、相当な金額を吹っかけていたが、本気なのか?」
たった一回、着たというだけであの値段なのか、とキース君が確認したのですけど。
「プレミアを甘く見てないかい? あれでも良心価格だよ!」
もっとボッてもいいくらいだ、とソルジャーは自信に溢れていました。そういうプランも今後は提案してゆくのだ、と。
「「「…プラン?」」」
「そう、プラン! 脱ぎたて下着の買い取りにハーレイが慣れて来たなら、写真つき!」
「「「写真?」」」
「うん、その下着を着たぼくの写真をセットで売り付けるんだよ!」
もう間違いなく使用済み、とソルジャーが拳を高く突き上げ、会長さんがガバッと顔を上げて。
「そこまでする気!?」
「儲かるならね!」
そしてセクシーランジェリーがドッサリ手に入るならね、とソルジャーは笑顔全開で。
「次から次へと買って貰えるなら、ぼくの写真くらいはいくらでも! ぶるぅに頼めばセクシーショットも任せて安心、ハーレイ好みの写真が撮れるよ!」
ちゃんと着ました、という証拠写真をつければ一層プレミアが…、と暴走してゆくソルジャーを止められる人は誰一人としていませんでした。会長さんも勝てるわけなどなくて…。



「…どうなると思う?」
あの商売…、とジョミー君が声を潜めた夕食後。鶏ガラのスープで魚介類や肉や野菜を煮込んでピリ辛ダレで食べるエスニック鍋で栄養だけはしっかり摂れましたけれど、問題はソルジャー。
「また明日ねー!」と帰って行ったソルジャーの手には大きな紙袋があり、中身はセクシーランジェリー。教頭先生が買い集めて来たものをお持ち帰りで…。
「…ぶるぅが写真を撮るんですよね?」
「違うだろ? 今の時点じゃ着るってだけだぜ、写真は抜きで」
写真はもっと先になってからだろ、とサム君がシロエ君の間違いを正して、キース君が。
「…あの野郎…。いずれは動画もつけると言ってやがったな…」
「脱がすトコのね…」
キャプテンが文句を言わないだろうか、とジョミー君が首を捻りましたけれど。
「…撮るのはぶるぅよ、プロ級の筈よ?」
覗きのプロだと聞いてるじゃない、とスウェナちゃん。
「それじゃキャプテン、知らない間に撮られるってわけ?」
「そうなりますね…」
考えたくもありませんが、とマツカ君が頭を振って、会長さんが。
「ハーレイの鼻血体質に期待するしかないよ。使用済みの時点でもうアウトかもしれないし…」
「だよなあ、普通はそこで死ぬよな?」
でないとブルーも困るもんなあ、とサム君が合掌しています。あんな商売が横行したなら会長さんの立つ瀬が無いと、いたたまれない気持ちになるだろうと。
「…そうなんだよねえ…。儲けは正直、気になるけどさ…」
山分けしたい気持ちだけどさ、と会長さんがぼやいて、「南無阿弥陀仏」とお念仏を。これでなんとかならないものかと、出来ればブルーを止めたいと。
「君たちも唱えておきたまえ。ほら、一緒に!」
十回だよ、と言われて唱えた南無阿弥陀仏。それが効いたか、はたまた最初から教頭先生には無理だったのか。
翌日、使用済みとやらの下着を教頭先生に売り付けに行ったソルジャーは手ぶらで帰って来て、カンカンで。
「金庫の中身が空になったから、小切手を切ってくれるって言ったくせに…!」
その前に鼻血を噴いて倒れられた、と怒り狂っているソルジャー。商品の袋を先に渡したのが間違いだったと、自分としたことが儲け話に目がくらんでいて失敗したと。
「ふうん…。それは御愁傷様」
商品の方も鼻血まみれか…、と会長さんがケラケラ笑っています。ソルジャーが懲りずに商売をするか、諦めるのか。分かりませんけど、お念仏がどうやら効くようですから、唱えましょう。ソルジャーの商売、潰れますようお願いします。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…。




            売りたい下着・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 ソルジャーが始めた最悪すぎる商売、まさに濡れ手で粟な勢いで稼いでますけど。
 教頭先生の鼻血体質とお念仏しか、縋れるものは無いようです。大丈夫でしょうか…?
 次回は 「第3月曜」 7月20日の更新となります、よろしくです~!

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、6月と言えば梅雨のシーズン。キース君が困っているのが…。
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